●藍に晦む
「皆様、まずは《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングの制圧、ケルベロスブレイド防衛戦お疲れ様でした」
万能戦艦ケルベロスブレイドの一角、ヘリオンと共にこの地に乗船していたレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は集まったケルベロス達を見た。
「皆様も既に耳にされているかもしれませんが、鎧駅沖の海上にデスバレスの回廊が確認されました」
そしてもう一つ、とレイリは告げる。
「《甦生氷城》で戦っていたケルベロスの皆様から、聖王女エロヒムの声を聴いたという報告も届いております」
同じものを『グラビティ・チェインレーダー』で確認し、解析を行ったのだ。
「その結果、この解析情報を元にし、強化された予知能力によりデスバレスの死神の動きを予知する事に成功しました」
突入口の向こう側、デスバレスの情報——そして、死神の防衛作戦について情報を得る事ができたのだ。
「この機を、逃す訳にはいきません。
これより、万能戦艦ケルベロスブレイドを用いて、デスパレスへの突入を試みます」
万能戦艦ケルベロスブレイドは、デスバレス回廊を突破、そして冥府の海潜航能力を使って、聖王女エロヒムが囚われていると思われる『デスバレス深海層』を目指すことになる。
「危険な任務となります。ですが、死神との決着をつける為にもどうか、皆様のお力をお貸しください」
●晦むヒルドル
「皆様には、敵軍主力である『ヴェロニカ軍団』の幹部をケルベロスブレイドに近づけさせないように防衛を、そして耐久戦をお願い致します」
耐久、と眉を寄せるケルベロスにレイリは、小さく頷いた。
「それはもう、ちょっとそいつはずるいんじゃないかっていうのが ヴェロニカ軍団にはありまして。詳しく説明をさせていただきますね」
ヴェロニカ軍団は、死神の最精鋭軍だ。その特性上、地上とデスパレスを繋ぐ唯一の回廊に相応しい強力な防衛能力を有している。
「ヴェロニカ軍団は、撃破された軍団をサルベージし戦い続ける不死の軍団であるという情報があります。その上、「七大審問官」を従える「イルカルラ・カラミティ」により、その不死性が強化されています」
撃破した軍勢がすぐに蘇生し、再出撃してくるのだ。
「主戦力である奈落の兵団『ヴァルキュリア“アビス”』が撃破される度に、ヴェロニカの軍の幹部の下で蘇生されて最出撃してきます」
そう言って、レイリは眉を寄せた。
「これが耐久戦の理由なんです、と言いたいんですがもうひとつ」
すぅ、と息を吸って狐の娘は告げた。
「ヴェロニカ軍の幹部ですが『撃破されたその場で蘇生されて再出撃』します」
幹部の一体でも、万能戦艦ケルベロスブレイドに取り付かれてしまえば——甚大な被害を受けることとなる。
「幹部をその場で倒すことができても、その場で復活する軍勢によって攻め込まれてしまいますから」
ならば残る方法は一つ、だ。
「7体いる幹部、これを迎撃し、ケルベロスブレイドへの接近を阻止します」
そう言って、レイリは真っ直ぐにケルベロス達を見た。
「無限に蘇生する相手を足止めする厳しい戦いとなりますが——一つ、この事実はヴェロニカ軍団も認識しています」
自分達の軍勢が『無限である』と信じているのだ。
「その為、無限再生する奈落の兵団・ヴァルキュリア“アビス”による波状攻撃を以てケルベロスブレイドを撃沈しようとしてくるでしょう。ゆっくり、確実に前進して、私達を追い詰めることで」
だが、復活するという事実が故に、幹部は、ケルベロスに攻撃をされても自分を守らせるようなことはしない。
「自分がケルベロスブレイドに近づくことで、蘇生による再出撃の時間が短くなって、こちらを撃沈できると信じているようです」
だが、その事実こそ彼らを追い詰める術となる。
「皆様による迎撃作戦と同時に、イルカルラ・カラミティを撃破するためのチームが出撃します。女王襲撃のチームがイルカルラ・カラミティを撃破、或いは儀式を破壊できれば敵の編成と最出撃が止まります」
軍団が永遠と信じている蘇生が、止まるのだ。
「だからこその防衛戦であり、耐久戦です。
女王の撃破、或いは儀式破壊まで耐えて、戦い抜いてください」
それが決して容易いことではないと分かってはいるが、だが、だからこそ信頼と覚悟を込めてレイリは真っ直ぐにケルベロス達を見て告げた。
「皆様ならば成せると、信じています。
ぱーん最後に言ってやりましょう。永遠の終わりを。これが最後の眠りになると」
真っ直ぐに見つめ告げると、レイリは戦うこととなる幹部の名を告げた。
「死神“嗤う者”の娘の1人である、晦むヒルドルです」
嗤うヴァルファズルに忠実な死神と言われている。
「毒など様々な状態異常の付与に長けています。その能力から、敵のポジションはジャマーと推定されます」
ヴァルキュリア“アビス”達はクラッシャーやメディック、キャスター、スナイパーが確認できる。幹部に比べれば能力は低いが、蘇生されることも考えておくべきだろう。
「全ての敵を倒す必要は無いかと。彼らを前進させないようにどう戦うかが重要になってきます」
一つ息を吸い、話を区切るとレイリは集まったケルベロス達を見た。
「ここまで話を聞いてくださり、ありがとうございました。確実に言えるのは防衛戦であり耐久戦であるという事実です」
ですが、とレイリは顔を上げる。
「ヴェロニカ軍団は、デスバレスでも有数の軍勢と確認されています。この軍勢を突破することが出来れば、敵軍団の再編成は死神であっても難しくなるでしょう」
そしてここを乗り切れば、聖王女エロヒムのいる、デスバレス深海層に大きく近づくことができる。
「同時に、デスパレスの海の途上でケルベロスブレイドが破壊されれば我々に生きる術はありません。——勝負の時ですね」
ですが、とレイリは告げる。
「勝ちましょう。私達の未来と、明日の為に。
ぱーん最後に言ってやりましょう。永遠の終わりを。これが最後の眠りになると」
皆様に、幸運を。
参加者 | |
---|---|
幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039) |
ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352) |
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695) |
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771) |
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
ティユ・キューブ(虹星・e21021) |
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244) |
エマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314) |
●死の淵にありて
「ここが地上とデスパレスを繋ぐ唯一の回廊か」
虹色真珠の髪が、回廊に僅かな煌めきを残す。ほう、とティユ・キューブ(虹星・e21021)は静かな笑みを浮かべた。
「あぁ、随分なお出迎えだね」
「人気モンは辛いってね」
軽く、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は肩を竦め——だが空の色彩を残す瞳は何処までも真っ直ぐに眼前の影を見据えていた。
「要所らしい詰め合わせをしてくれたモンだ」
無数の人影。それが軍勢である、と思えたのはあの影達の立ち姿にあるだろう。悠然と立つヴァルキュリア“アビス”とその向こうに幹部の姿が見える。
「気配が生者とはまるで違う……あれは」
薄く開いた唇をアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は引き結ぶ。
「死んで戻ってきて、何度でも戦って。確かに脅威なのだけど……その心はどうなのかしら。恐怖は、ないのかしら……」
「そのようなものを我らが抱くと?」
声は、軍団の奥より響いた。黙した死神の娘達が一斉に構えを取る。路を開けて行く。
「我らに憂いを抱くのであれば自らその身を差し出すことだ」
死神は、自ら響かせた声と足音を以てケルベロスにその存在を告げていた。
「何を抱かずとも、首を差し出せば私の狩りも早くに終わる」
“嗤う者”の娘・晦むヒルドルの言葉にあるのは、強者特有の驕りでも無ければ自負でも無い。ただ事実として告げる死神の瞳は何処までも冷えていた。
(「あれは暗殺者の目だ」)
迷わず、揺れずそして容赦が無い。肌に感じる空気が変じていくのをローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)は感じた。敵意では無い、純粋な殺意。
「嗤う者の名を以て命じる。全軍進め。あの船を沈めよ」
ヒルドルの掲げた弓が淡く光を帯びる。来る、と警戒を告げる声が重なった。
「全てを——死に還せ」
「仰せのままに!」
ヒュン、と弓の放たれる音と共に、空の無い回廊が——白く、染まる。冷たいだけであった空気が急速に下がっていく、青白い風が生んだのは——。
「冷気、上だよ!」
警戒を告げたシル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)が精霊達に呼びかける。トン、と地を蹴り出そうとした所で、別の光が見えた。
「シル!」
響く声がひとつ。幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)の声。それだけで意味は分かった。目の端から足元を攫うように来たのは——斬撃だ。
「倒れなさい」
「悪いけど、そんなつもりはないよ!」
身を飛ばすようにして避ける。続いて容赦なくヒルドルの氷結の矢が降り注いだ。
「——っく」
は、と息を吐いて、痛みを散らすのは他の前衛も同じだった。アビス達の突撃、そっちを躱すのを選んだのは単純に「そうできる」と分かったからだ。
「わたし達も、ここから先に進むために止まってられないっ」
「うん、絶対に」
言って、鳳琴はデバイスを使い、身を空に置く。視線を向けた先、アビスの兵が掲げる黒い鎖が見えた。零れる鈍い光に、エマ・ブラン(ガジェットで吹き飛ばせ・e40314)が、顔を上げる。
「あれ、回復だよ!」
自らも癒やし手であるからこそ、エマには分かった。黒き鎖、黒羽根を散らし戦場に描かれるのは守護の力。告げたエマへとアビスの兵が視線を向けた。
「ヴァルキュリアが、我らを阻むか」
「勿論、いっくよー!」
軽やかに告げて、エマは白銀の鎖を展開させる。零れ落ちる光が、癒やしと加護——そして、前に立つ仲間に刻まれた麻痺を払った。
●晦むヒルドル
「こちらから攻め入る好機が遂に来たね。敵も必死だろうが多くのデウスエクスと散々根競べをしてきた僕達だ」
掲げる掌、見えぬ空を伝えるように娘は紡ぐ。導こう、と。星の輝きを以て回廊に星図が描かれる。
「これは——……」
「競り勝ち進ませて貰うよ」
僅か、瞬いたヒルドルへと真っ直ぐに告げてティユは後衛にある仲間へと癒やしと加護を紡ぐ。星の光は、アリシスフェイルとエマの視界を研ぎ澄ます。
「加護を紡ぐ、か。その力、この場には不要だ」
「させないよ!」
行け、と紡ぐヒルドルの声と、否を紡ぐ影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)の声が、重なった。魔法の木の葉を纏い、己が力を引き上げた娘の視界にキソラが行く。一気に入れた踏み込みは——駆け抜ける剣士の横を抜けたものだ。
「は、僕か!」
狙いを己と見た魔導書を持つ兵が声を上げる。嘲笑う娘の足元から無数のページが湧き上がった。
「素直に貰えって?」
息を吐きキソラは拳を握る。刃のように切る頁に構わず、空いた腕を差しだし——最後の一歩を、詰めた。
「大層な攻撃ダケド、遠慮しとく」
穿つ拳を真っ正面に。頁にぶち当たった瞬間、空気が震える。ガウン、とぶつかった感触が手に返り、ガントレットが鈍く光る。次の瞬間、重力震動波が戦場を駆けた。
(「不死たぁデカく出たモンだ。だがソレも崩してみせる。その先……地獄に野暮用があるンでね」)
地獄とは何なのか。半身程を変えた身だ。それをキソラは確かめたかった。
「——な」
衝撃に、アビスの兵達が身を揺らす。制約が魔導書を紡ぐ指先を強ばらせる。その一瞬に、迷わずローレライは行った。
「この路は、必ず切り開く」
告げるローレライの声と共に、力が走った。真っ正面から一撃を受けた兵が崩れていく。その横、笑みを浮かべながら見送ったアビスの兵は魔導書を掲げた。
「力よ!」
「シュテルネ、回復を」
仲間への回復を任せ、ローレライは剣を構える。巻き上がった頁は、だが、踏み込む少女が受け止める。
「もうすぐ本丸、いざ参ります!」
鳳琴だ。ダン、と踏み込みと同時に雷光が回廊を駈ける。長く尾を引く姿は龍のそれだ。パズルから解き放たれた力が、魔導書を掲げていた兵を撃ち抜けば、ぐらり、とその身が崩れていく。
「僕らを倒したところで……」
「蘇り続けると、そう迷わないのね」
笑い消えた兵にアリシスフェイルは戦場の奥へと目をやる。兵の蘇生までそう時間も無い筈だ。何よりヴァルキュリア“アビス”達はこちらを無視する勢いで母艦を目指してくるのだ。
「戦艦はこの先私達が戦う為に、守りたいモノを守る為に必要なもの」
薄く、唇を開く。一度だけ握った拳。指輪の感触も、守りたい彼が私の心を守ってくれると感じられる。
「通さないし、触らせないわよ」
雷光に似た音が回廊に響いた。それは一つの伝承から生まれた力。
「壊れた夢の痕で侵せ――柩の青痕」
青と灰の光が絡み合った棘の槍が打ち出された。踏み込んできた兵がぐらりと身を倒せば、また次が来る。
「しかし……イグニスかな、この作戦立てたのは……」
シルは展開した魔方陣から光を放つ。唇に乗せた古き言の葉は、光と静寂を告げればアビスの兵が崩れ落ちる。長い付き合いだ、嫌らしいことしてくるよねぇ……、と息をついた先、予想外の所から声が返った。
「誰であろうが構わない。何一つ意味は無い」
ヒルドルだ。再び構えられた矢と共に、死神の周囲に兵が蘇っていく。
「父が殺せと言った。それだけのこと」
それは、最早答えでは無く——応えだ。一撃、放つより先にヒルドルはトン、と地を蹴り——一気に踏み込んできた。
「だから、私はそれを成す。遊びは終わりだ」
ヒュン、と素早い踏み込みに、飛び込んだ先でアビスの兵達が蘇った。
●進行
「成る程、無理にでも踏み込んでくるのはそれが理由だね」
怨霊の黒い弾丸が、後衛へと撃ち込まれた。庇い立ったティユの前、星の輝きが零れる。は、と僅か息を零すだけで終えたのは、届く癒やしがあったからだ。
「回復するね!」
零れる蒸気がティユの傷を癒やしていく。自分で、と告げた鳳琴が傷を癒やしていくのを視界に、ティユは戦場を見据えた。
(「バリケードを作る資材も無かったけど、この感じだと、作っているだけの暇も無かったね」)
ケルベロスブレイド内部での戦いであれば意味はあったかもしれないが、今は目の前の戦場だ。
「これはみっちり、根比べだね。ベル」
勿論、と言うように翼を広げたベルにティユは小さく笑う。これは確実に耐久戦だ。そも相手が蘇生する以上、敵の総数に変動は無い。
「まぁこれ以上増えないのは良いことかな」
「そうだね。いっぱいになっちゃうと色々見にくいし」
声を掛け、仲間と共に回復を紡ぎながらエマは思う。これは本当に「倒せない」軍団だ。
(「もしかしたらレプリゼンタって死神と何か縁があるのかも。でも今は戦いに集中しなきゃだね」)
多分、とエマは思う。ヒルドルもこちらが彼女を積極的に狙わない事に気が付き出している。だからこそ、躊躇いなく踏み込んでくるのだ。
(「まだ、みんなは戦える。でも……」)
戦場を見据え、仲間の姿と状態を確りみながらエマは呟いた。
「近くなってるよね」
「あぁ、だが——抜かせはしない」
応じて踏み込んだのはローレライであった。距離を詰めた理由はただ一つ、突破を狙ってきたのがヒルドルだからだ。
(「あの大剣は我らの生命線! なんとしても阻止すればなるまい! そしていくら蘇ろうが屠りつくす!」)
その為に、と炎剣の騎士は告げる。
「我はこの地に、在るのだ!」
「簒奪の矢よ」
ヒュン、と放たれる矢がローレライに届くより先に、振り下ろした竜砲がヒルドルに届く。矢が空を切り、瞬間、空間が歪む。
「右だよ」
短く告げたキソラに、言葉を返すより先にローレライは身を飛ばす。蘇生したヒルドルが地を滑らせるようにして矢を番えていた。
「氷雪よ集え。今こそ古の監獄を開く」
「嗤う者に導きを」
重ねて響いた声は、アビスの兵か。魔導書を持つ兵が紡ぐのは回復と加護だ。
「いや、そいつは打ち止めヨ」
パチン、と鳴らす指ひとつ、キソラは静かに笑う。
「あげないヨ」
戦場の喧噪に潜み這い寄るのは光を呑み込む黒き雨。ひたりひたり、ぱたぱたと肩を伝い、指先に触れ——沁みていく。それは、蝕み、覆っては、癒えぬ禍の檻となるものであれば。
「これは……」
ひゅ、と兵が息を飲む。力の落ちた回復に気がついたのだろう。射貫くほどの瞳に、ただ微笑だけを返して、キソラは地を蹴った。足を止めている暇など、誰にも無かった。
「彼女達は理力に弱いようだけど、貴方はどうかしら」
言葉としてアリシスフェイルが告げるのは、仲間にそれを知らせる為。苦戦しているという事実はもう、誰もが分かっていた。同時に誰一人諦めてもいなかったのだ。苦戦は事実、だがまだ崩れていないのであれば。
「放つは雷槍、全てを貫け!」
稲妻の幻影をリナは己の武器に宿らせる。タン、と一歩踏み込みと雷光を以て答えたのは、この一瞬が機と思ったから。
(「皆でデスパレスに辿り着く為にも今は自分達の拠点を守り切らないとだね」)
敵が不死身で強きだとしても、こっちも気持ちで負けるわけにはいかないのだと告げるように——雷刃の槍を放った。
「貴方を止めるよ!」
●深き泉へ
雷光がヒルドルを穿った。あぁ、と落ちる声と共に衣が揺れる。血濡れの身が膝を付き、だがゆっくりと起き上がっていく。
加速する戦場は、剣戟の光が溢れた。誰一人倒れていないのは、エマの細かな回復と持ち寄った癒やしの術にある。戦況を苦戦に留められているのも事実だ。厳しいと分かれば、それに対応し、行動する。それが出来ているからこそヒルドルは近づけど、母艦に決定的に触れる事は出来ていなかった。
「次こそ、終わりにしよう。ケルベロス」
起き上がったヒルドルが一気に飛ぶ。踏み込みに、初めて兵達が連れ添った。
「させ……ない!」
だがそこに、シルが飛び込んだ。体ごと、ヒルドルにぶつかるように一気に体当たりをすれば、死神の娘が息を飲む。
「——退け」
僅か開いた距離。低く落ちた声と共に、シルの目に見えたのは矢を握るヒルドルの姿だ。
「それ、でも……!」
「ならば、その矜持ごと殺されなさい。アビスよ」
兵の名をヒルドルが喚ぶ。剣兵が踏み込み——だが、一撃が、空で止まった。
「——琴」
「新婚旅行が冥府の底とか、物騒すぎるよね」
一撃を受け止めた鳳琴が、顔を上げる。見据えた先、爆ぜる衝撃にヒルドルが身を僅かに後ろに飛ばす。その姿を見ながら、鳳琴は思う。シルとならそれも——と、でも、必ず勝利し、帰るのだ。
「物騒だけど……。でも、琴がいるから大丈夫っ!」
二人手を握って、身を起こす。二つの指輪が重なれば力と勇気が湧いてきた。
「まだ勝っていないだけさ、それに」
ヒルドルを追ったティユは踵を鳴らす。降り注いだ弾頭がアビスの兵を散らせば、死神は息を飲んだ。
「まさか——……」
「そう、減っていると思わないかい?」
その事実に、先に気がついたのはケルベロス達だった。あれだけ倒しても減らなかった圧。殺意というのものが揺らいだ。魔術の気配が一気に——薄れたのだ。
「カラミティが撃破された? なら、お前達だけでも必ず」
殺す、と告げた晦むヒルドルが、氷結の矢を戦場に放った。
「儀式の破壊、成功だね。さあ反撃の狼煙をあげるよ。スイッチON!」
エマが高らかに告げ、援護の爆発を生む。カラフルな光が仲間を癒やし、戦う力を紡ぐ。そう、今、届ける加護は勝利の為に。
「チャンスが来る瞬間は逃さないよ!」
リナは前に行く。敵の間合いへと臆さずに行く。敵のメディックは既に倒した。放たれた矢に身を逸らし、浅く受けども構わずにヒルドルの間合い不覚に沈み込む。
「行くよ!」
リナの刃は絶空の一撃となる。矢を構え、ヒルドルは受け止めるが——だが、リナの刃の方が重い。
「く……ッ、まだ、終わっては……!」
荒く矢を構えるヒルドルが兵よ、と告げる。だが、応じる声は無い。
「言ったでしょう。通さないし、触らせないと」
アリシスフェイルは静かに告げる。アビスの兵達を永遠の眠りに送りながら、一度だけ手を握る。指輪の感触も、守りたい彼が私の心を守ってくれると感じられる。
「今度こそ終わりだよ」
「必ず止めます!」
シルと鳳琴の一撃が届く。ぐらり、と身を揺らしたヒルドルが矢を持つ。だが番える前に、指先から零れ落ちた。
「な……」
制約、だ。重ね紡いだ力が今、ヒルドルの動きを止めたのだ。
「終わると……? 父の命も果たせずに」
「あぁ、今度こそ終わりだ」
応じたのはローレライだった。七色の宝石で出来た矢を構え、騎士は告げる。
「全て浄化してあげる!」
「それで漸く、死の淵だ」
光り輝く矢と共に、踏み込んだキソラの拳が届いた。ゴウ、と爆ぜる力と衝撃が戦場に生まれ——カタン、とヒルドルの矢が落ちる。
「ああ……これで、これが……終わり……」
ヒルドルが光の中に消えていく。一時の静寂が、ケルベロス達に勝利を伝えていた。母艦に傷も無い。耐え抜き、守り抜いた勝利が——その先の未来がケルベロス達の手にあった。
作者:秋月諒 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年4月19日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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