焼きたてはいかが?

作者:神無月シュン

 マンションの敷地内にあるごみ置き場。そこに一台のオーブントースターが粗大ごみとして捨てられていた。
 それを目ざとく見つけた、握りこぶし程の大きさの機械の蜘蛛の様な姿をした小型ダモクレスは、迷うことなくオーブントースターの内部へと侵入した。
 小型ダモクレスの手によってオーブントースターは瞬時にダモクレスへと生まれ変わる。
 オーブントースターの胴体に左右から細い手が生えた新しい体に、左右交互に短い足で何度も跳びはね喜びを顕わにするダモクレス。
 ダモクレスはまるでスキップするよう跳びはねながらマンションの方へと向かっていった。


「粗大ごみとして捨てられていた家電製品が、ダモクレスになってしまう事件が発生します」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の話によると、まだ被害は出ていないようだが、ダモクレスを放置すれば、マンションの住民が虐殺されてグラビティ・チェインを奪われてしまうとの事。
「流石に放置するわけにはいかないでしょう」
 側で聞いていた七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)の言葉に頷いたセリカは「準備ができ次第、現場に向かって、ダモクレスを撃破して欲しい」と告げた。

「このダモクレスは自らの体内で食パン、ピザ、もち。様々なものを焼いては飛ばして攻撃してきます」
「どれも熱そうですね」
 攻撃方法を聞いた綴はその様子を思い浮かべ、感想をもらす。
 ダモクレスの足は遅い様で、上手くマンションに侵入される前に攻撃を仕掛けることが出来れば、一般人への危険は大分減るだろう。

「マンションへの侵入を阻止できたとしても、出入りする住人が居ないとも限りません。油断しないようお願いします」


参加者
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)
六星・蛍火(武装研究者・e36015)
天月・悠姫(導きの月夜・e67360)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)

■リプレイ


 ヘリオンデバイスを装着し終え、現場のマンションへ向かって住宅地を歩いていくケルベロスたち。
「私が危惧していたダモクレスが本当に現れるとは驚きました」
 予測した通りの敵の出現に、七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)は今回の任務に率先して参加していた。
 別に綴のせいで事件が発生したわけではないが、ダモクレスが出現するのを知った以上見ぬふりは出来なかった。
 ただ黙って歩いているだけなのも寂しいと、兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)は隣を歩いていた綴に話しかけた。
「このオーブントースターは何故捨てられていたのでしょうかね? 不良品だったのでしょうか?」
「新しい物に買い替えたとか、壊れて動かなくなったとか、もしかしたら引っ越しの際に処分したと言う可能性もありますね」
「まぁ、今となっては知る由もないので、今は人々に被害が出ない様にしましょう」
「そうですね。一般人に被害が出る前に、何とかして倒してしまいましょう」
 紅葉の感じた疑問に、答えは出なかったがダモクレスになってしまった以上、最優先は一般人への被害を出さない事。そう確認し合って、2人は頷いた。

 マンションの前へと辿り着くと、リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)はすぐに『キープアウトテープ』を取り出した。
「念の為、人払いをしておくわ。手伝って貰える?」
 リサの手伝いをしながら獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)が口を開いた。
「今度はオーブントースターね。それにしてもどこから食べ物を?」
「食べ物を飛ばして攻撃するなんて、食べ物を粗末にしたらバチが当たるわよ」
 それに反応したのは同じく手伝いをしていた、六星・蛍火(武装研究者・e36015)。
「パンにピザに餅か、とても美味しそうね。でも、それも敵の攻撃なのだから油断は出来ないわね」
「焼きたての食べ物は、どれも美味しそうだけど、やっぱり熱くて食べられないのかな? ともあれ、今は戦闘に集中しておきましょう」
 ダモクレスの攻撃のラインナップに味を想像するリサ。美味しそうという意見に、手伝っていた天月・悠姫(導きの月夜・e67360)も同意する。しかしどれもダモクレスのグラビティである。たとえ美味しそうな食べ物が飛んでこようとも、攻撃である以上油断はできないと気を引き締めた。
「ところで、銀子さんはどうして水着なの?」
 テープを貼っている最中、リサは疑問に思ったことを本人にぶつけてみた。
 街中に不釣り合いな銀子の『大胆な水着』姿。その姿には女性らしいしなやかさを残しつつも、腹筋や脚からはしっかりと鍛えられた様子が窺える。見事な肉体美と言えた。
「これは、セクシーなくのいちスーツよ」
「そ、そうなの?」
 本人がそう言うのであればと、これ以上この件に触れることはやめにした。

 滞りなく『キープアウトテープ』を貼り終え、銀子は電柱の天辺に立ちダモクレスの出現に備えていた。
「ん?」
 額に手を当て日よけにしながら辺りを見回していた銀子は、ごみ置き場の方へと視線を動かすと、視界の隅にダモクレスを捉えた。
「ダモクレス発見。準備して」
 銀子は仲間に注意を促し電柱から飛び降りた。
 左右の足で跳びはねながらコミカルな動きでこちらへと向かってくるダモクレス。真っ直ぐに目指すはマンションの入り口。
 しかしケルベロスたちもダモクレスをそのままマンションへと入らせるわけにはいかない。
「ここからは通さないわよ」
 マンション入り口前で立ち塞がるように待ち構えていたケルベロスたちは、武器を構えダモクレスの行く手を遮るのだった。


「電光石火の蹴りを受けて、痺れてしまいなさい!」
 綴が地を駆け先制の蹴りを見舞う。突如襲う衝撃にダモクレスが困惑する。先ほどまでのコミカルなステップが今では進路を邪魔され真上にピョンピョンと跳び上がり、怒りを顕わにしている。
「卓越した技術の一撃を、受けてみなさい!」
 紅葉は相手の都合などは関係ないと、跳ねるダモクレスへと一撃を浴びせる。
「霊弾よ、敵の動きを止めてしまいなさい!」
 エクトプラズムを圧縮し大きな霊弾を作り出す悠姫。それをダモクレス目掛けて飛ばす。
 霊弾を受けながらも、ダモクレスは反撃にオーブントースターの扉を開け、焼きあがったパンを2枚射出する。パンは手裏剣の様に回転しながら左右に分かれ、悠姫の両側から同時に襲い掛かった。
「雷鳴の蒼螺子よ、仲間を護る盾を展開しなさい!」
 リサがそれをすぐに回復。
「さぁ、行くわよ月影。サポートは任せたからね」
 ボクスドラゴンの月影へ指示を出すと、蛍火はダモクレスへ向けて攻撃を繰り出す。
 回復支援に専念するよう指示を受けた月影は、初めに蛍火へと支援を行った。
「ここを通りたければ、私たちを倒す事ね」
 銀子は挑発的な態度でそう言い、低い姿勢を取るとそのままダモクレスへと組み付いた。
「私でも、やれば出来るのです!」
 綴のやればできると信じる心が魔法に変わり、その一撃をダモクレスへと叩きつける。
「この呪いで、貴方を動けなくしてあげますよ!」
「この弾丸で、その身を石に変えてあげるわよ」
 紅葉が尋常ならざる美貌から放たれる呪いを浴びせ、悠姫はガジェット『不思議なポケット』を拳銃形態へと変形させると、魔導石化弾を発射した。
 連続攻撃にも怯まずダモクレスは再びオーブントースターの扉を開けた。次に射出されたのは直径20㎝程の丸いピザだ。ピザは一度右側へと飛んでいくと、ブーメランの様に折り返し、横一列に薙ぎ払う様に綴たちへと襲い掛かった。
 ダモクレスの攻撃に対して竜の翼から風を放ち、即座に治療を行うリサ。
 治療を受けすぐさま反撃に出た銀子。ダモクレスへと接近すると、チェーンソー剣を振り下ろす。ダモクレスを捉えたのこぎり状の回転刃が守りを斬り破らんと轟音を立てた。
「オーラの弾丸よ、敵に喰らい付きなさい!」
 その間に蛍火が『夜光のオーラ』を練り上げ弾丸を作り出すと、ダモクレスへと放った。放たれたオーラはダモクレスを食い破る勢いで、先程の銀子の付けた傷に喰らいついたのだった。


 幾度と繰り返される攻撃の応酬に、辺りには食欲を刺激する美味しそうな匂いがこれでもかと充満していた。昼時という事もあって、ケルベロスたちも戦闘中だというのに腹の虫がご飯が食べたいと訴えかけてくる。
「別の意味で厄介ですね」
 ダモクレスの攻撃による思わぬ副次効果に綴は嘆息した。
 ダメージと言う点で変わるわけではないが、こうぐぅぐぅなられては気力が削がれる感じがするのだ。
「我慢の限界が来る前に、片付けるとしましょう」
 綴は気を引き締め直し、ダモクレスを蹴り付ける。
「その案には賛成です」
 紅葉はそう言うとダモクレスに飛びかかり、傷口を素手で引き裂いていく。
「その硬い身体を、かち割ってあげるわ!」
 紅葉が離れたタイミングに合わせて、悠姫が跳び上がると『月光天斧』をダモクレスの頭上から叩き込んだ。
 その衝撃にダモクレスが二歩三歩と下がると、オーブントースターの扉を開けて熱々の餅を網状にして前方に放った。
「あっづ!? 餅が顔に引っ付いた!?」
 顔にへばり付いた餅の余りの熱さに銀子が叫び悶える。
「大丈夫よ、落ち着いていれば安全だからね」
 リサが竜の翼を羽ばたかせると、心の乱れを鎮める優しい風が辺りを包み込む。
「弱点を見抜いたわ、これでも食らいなさい!」
「さっきはよくも! これはお返しよっ!!」
 蛍火の一撃に続いて、銀子の爪による高速斬撃。
 これには堪らずダモクレスは距離を取ろうと後ろへと下がる。
「どこに居ようと無駄です、これで吹き飛んでしまいなさい!」
「わたしの狙撃からは、逃れられないわよ!」
「この電気信号で、痺れてしまうと良いわよ」
 ダモクレスの動きにいち早く反応したのは紅葉、悠姫、リサの3人だった。
 紅葉が精神を集中させ、離れたダモクレスの元へ爆発を起こすと、悠姫は『不思議なポケット』を形態変化させ、特殊な弾丸を撃ち込む。更にリサが放った電気信号が、輝きを携えて高速でダモクレスへと流れ込んでいく。
「この一撃を受けなさい!」
 流れる連続攻撃によろめくダモクレス。その隙を見逃さずに蛍火は距離を詰め達人の一撃を浴びせた。
「獅子の力をこの身に宿し……以下略、さあ、ぶっ飛べっ!!」
 詠唱と共に銀子の胸元を中心に全身に紋が広がっていく。紋の効果で身体能力が爆発的にはね上がった肉体から放たれるラッシュ・ラッシュ・ラッシュ。目にも留まらぬ速さで拳がダモクレスに何度も何度も吸い込まれていく。最後の一撃を浴びダモクレスの体が上空へと吹き飛んだ。
「身体を巡る気よ、私の掌に集まり敵を吹き飛ばしなさい」
 目を閉じ両手の掌へ気を集中させる綴。目を見開くと同時、ダモクレスに向けて掌を突き出すと放たれた気が天に向かって伸びていく。やがて気がダモクレスを飲み込んで通り過ぎると、ダモクレスは跡形もなく消え去っていた。


 戦いを終え一息つくと、ケルベロスたちは手分けして辺りの修復を始めた。その頃には辺りに充満していた食べ物の匂いも霧散していた。その事を残念に思いつつも、作業は進めていく。
 やがて修復を終え、後は貼ってあった『キープアウトテープ』を剥がせば任務は終了となる。
「色々な食べ物を見てしまったから、お腹が空いてきたわね。そろそろ昼ご飯を食べたいわ」
 しまいには焼きたての匂いのおまけ付きだった訳だが……。
 リサがそう口にしてしまえば、思い出したかのように腹の虫があちらこちらから響いてくる。腹の虫の大合唱である。
 誰も彼もが、今はご飯を食べたいという想いで一杯だった。
「どこかでご飯にしてから帰りましょうか?」
 綴の提案に、反対する者は誰も居なかった。
 善は急げと、食事がとれる場所を目指してケルベロスたちは歩き出す。何を食べようかと論じながらの皆の足取りは、とても軽やかだった――。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月12日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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