希望

作者:藍鳶カナン

●めざめ
 桜にあらず、桃にもあらず――。
 空の青にも海の青にも優しく映え、潮風にさやさや唄いながら海辺に花霞を描きだす春の花々は、桜に似ているけれども桜にあらず。桃に似ているけれども桃にもあらず。
 早春に美しい白や桃色の花を咲かせ、春のめざめを報せてくれるそれは、ヘブライ語ではまさしくめざめを意味するシャーケードと呼ばれる花木。この国でもっとも親しまれている名では、アーモンドといった。
 冬の眠りを越えて、数多のアーモンドの樹々が春のめざめを咲き誇らせる海浜公園。
 桜よりも早く訪れる開花がこの春はいくらか遅れ、そのため延期されていたアーモンドの花祭りが無事に開催を迎えれば、満開の春のめざめに逢える日を待ち望んでいたひとびとが喜び勇んで訪れて、次々に笑みの花をも咲かせていく。
 見た瞬間に笑顔になってしまう花。
 この春はひときわ優しく華やかに咲き溢れて見えるのは、開花の遅れを取り戻すつもりかそれとも、例年よりもひときわ歓びに満ちた春のめざめを報せるためか。
 ――然れど、めざめを迎えたのは春のみにあらず。
 空の青のもと、海の青の底では、春ではなく、光がめざめを迎えていた。
 海浜から波の下に潜って、延々と海底を歩いてきたらしい機械脚の宝石が出逢ったのは、朝靄のようにほんのりと透ける乳白色のたまご。元はやはり海浜にあり、波に浚われて遠い海底まで転がってきたと思しきそれに、機械脚の宝石――コギトエルゴスムが融合すれば、淡く透けるたまごの裡に春の陽射しを思わす光が燈る。
 握りこぶしよりひとまわり大きなたまごは、自然光に近い朝の光を枕元に燈してめざめを促す光目覚まし時計。光をめざめさせたそれは見る間に大きさを増し、光の主機能は勿論、補助機能や台座に収納されていた付属端末も取り込んで、まるで孵化を迎えたかのごとく、大きな鳥へと生まれ変わった。
 元がたまご型であったからか、鳥の声やせせらぎの音でめざめを促す補助機能の影響か、磨り硝子の裡に春の陽射しを燈したような美しい機械の鳥となったそれは大きく翼を広げ、海の青から空の青へと羽ばたいた。
 空と海のあいだを翔けてめざすは勿論、海辺を彩る春のめざめの花霞。

●希望
 桜にあらず、桃にもあらず――。
 桜よりも少し大振りなアーモンドの花は数多咲き溢れる様を遠目に眺めるのも綺麗だが、間近で見れば目が覚めるような美しさ。愛らしくて、ほんのり色づく花の芯からぱっと開く花糸が花火みたいな華やかさを添えて。
 桜とはまた違った魅力があるのだと真白・桃花(めざめ・en0142)が語れば、
「花祭りを待ち望んでいたひとびとが大勢やってくるのも、変化したばかりのダモクレスがひとびとの命を、グラビティ・チェインを求めてそこをめざすのも当然の流れってわけだ」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)が頷き、改めてケルベロス達を見渡した。
「避難勧告は手配済みで、警察も協力してくれる。だけど避難はぎりぎり間に合うかどうかってところでね。確実にひとびとを護るために、そして、花祭り会場や花々への被害を防ぐために、あなた達には海上で敵を食いとめて、撃破して欲しいんだ」
 相手は空と海のあいだを飛翔する鳥。
 海浜から離れた海上で食いとめて戦うならば、当然、空中戦で挑むことになる。
「翼飛行とかじゃなく、クラッシャーの『ジェットパック・デバイス』の飛翔と牽引能力を活かした空中戦をお願いすることになる。牽引できるのはヘリオンデバイス装着者のみで、戦場も海上の空中だから、あなた達ケルベロスのみで臨むのが無難だと思う」
「わたしは避難のお手伝いに回りますなの、もしサーヴァントの子がいればわたしと一緒に来てくださいなの~!」
 海上の空中戦となればデバイスの恩恵を受けられない者には少々厳しいものがある。
 あらかじめ主からサーヴァントに『桃花と一緒に行って、もし一般人に危険が及ぶような事態になったら護ってあげて』と命じておくべきだろう。
「だけど、あなた達ならもしもの事態になんてさせやしないよね?」
 挑むような笑みに確たる信を乗せて、遥夏が更に言を継ぐ。
 敵は元は光目覚まし時計であった鳥。光でめざめを促す主機能は光で炎を燈す術となり、眠りを破る補助機能は水流で加護を破る術となり、枕下に仕込めば時間差の振動で二度寝を阻んでくれる付属端末は、魔法の振動波で癒しを阻む術となった。
「光は単体で、水流と振動波は範囲攻撃。決して弱い敵じゃないから、絶対に侮らないで」
 無事にすべてを終えられたなら、春のめざめの花祭りが皆を待っている。
 見た瞬間に笑顔になってしまう花――とは、この地の花祭りを毎年楽しみにしているひとびとが口を揃えていう言葉。遠目に眺めるのも間近に眺めるのも魅力的な花を楽しみつつ、焼き立てのアーモンドサブレやアマンディーヌ、フロランタンといった、アーモンドの風味たっぷりの菓子を摘まみながらの散策は、きっと幸せなものになる。
 菓子にはアーモンドミルクやアーモンドミルクのカフェオレが飛びきりよく合うはずで、紅麹仕込みの甘酒、酒精なしのそれのアーモンドミルク割りならば、柔らかな淡桃色がより春を感じさせてくれるはず。冷たい杯か温かい杯かはお好みで。
 春のめざめを咲かせることから、希望という言葉を与えられた花。
「世界中のひとが抱いている希望があると思うの。その希望が叶う日は遠くないんだって、今年の花は報せてくれてるみたいな気がするから」
 みんなで逢いにいければ嬉しいの~と、桃花が尻尾を弾ませる。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
ティアン・バ(世界はいとしかったですか・e00040)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ

●晴天
 蒼と青。めくるめく彩が魂を吹き抜けていく心地がした。
 空と海のあわいを翔ける機械の鳥、磨り硝子の裡に春陽を燈すがごとき翼で羽ばたく鳥に世界中の希望の結晶たるデバイスの飛翔で挑む空中戦は、数多の術も敵も味方も、空と海の青と光を嵐と成すかのように翔けめぐる。
 鮮烈に爆ぜた幾度目かの曙光は、元は誰かに優しく朝を告げていたはずのもの。
 遥か海の底に浚われたたまごが迎えた、光のめざめ。
 亡くした命が戻ってくるようなそれを歓迎できればどんなによかったろう。だけど、
「阻ませてもらうのだわ! 貴方の行く手も、貴方が齎す災禍も!!」
 蒼き天穹澱みなく、降りし陽光濁りなく――と織り成す詠唱は殲滅の魔女の物語、彼女と自身の魂を重ねる心地でアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が握り込む左手の薬指には金環が、光の灼熱に抗う風を踊らす右手の薬指には魔法陣が煌き、仲間の盾となって曙光を受けとめたアンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)に晴天の青と癒し手の浄化を贈った。
 眩い曙光と炎の輝きに覆われた視界が一瞬で空と海の青を取り戻し、
「これほど頼もしい支えがあるのだからね、仲間も花祭りも守り抜いて見せようともさ」
「折角の花祭りだしネ、花も命も散らされンのは御免こうむりマスヨ――っと!」
 淡く優しい風が齎す癒しは元より強力で、それが共鳴とデバイスによって圧倒的なまでに高められる様を改めて体感したアンゼリカが笑んだ刹那、軽い口調とは裏腹に峻烈な疾風と化したのはキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)。
 ――吹き遊べ、
 仲間を牽引するジェットパック・デバイスの最高速度を遥かに超えて敵へと肉薄するのは彼が連れる風の刃ゆえ、虚ろにして苛烈なそれが鳥の首を裂き追撃の烈風で肩を抉れば、
「ありがとアンゼリカ! アンゼリカのぶんまで、きぃが光をおかえしするね!」
 黄金騎使に護られた隠・キカ(輝る翳・e03014)が間髪を容れず魔力を解き放つ。上空へ逃れんとする鳥を誰より確かな狙いで捕捉した魔法が齎すものは眩い閃光の幻、無数の光の槍で貫かれる幻覚の痛みが翼の羽ばたきを鈍らせたなら、
「もしもお前に浜へ帰りたい気持ちがあるなら、帰る翼を手に入れたところを悪いけれど」
「うん。たとえそうでも、きみを帰らせるわけにはいかないから……ごめんね!」
 機を逃さずティアン・バ(世界はいとしかったですか・e00040)の指先の星が潮風に描くくじら座から、クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)が空と海の青をその手にも咲かせるパズルから、幾重にも凍てる煌きを連れた光の鯨と雷の痺れを連れた稲妻の竜が、空と海の狭間へ躍り上がって鳥を追う。雄大な光景、続け様に爆ぜる衝撃と輝き。
 幻覚の魔法と凍気の斬撃に雷竜の破壊、純粋な火力に命中精度を加味した威力はいずれも同程度のはずだったが、標的に段違いの痛撃を齎したのは。
 ――魔法攻撃!!
 効果的に痛手を与えられる弱点を見極め周知せんとしていた三人が声をあげた次の瞬間、
「それと、回避の弱点が――敏捷攻撃です!!」
 柔らかに輝く鳥の真下へと跳び込んでいたカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が天へ打ち上げる勢いで白梟を解き放った。流星の蹴撃と幻覚の閃光、足止め二種を駆使するキカが前者をより鋭く決めていた様を見逃さず杖に魔力を凝らせたカルナ、彼の意のままに変じた白梟がティアンの氷とともに一瞬で敵の胸を貫いて、その縛めを強めながら蒼穹へと突き抜ける。
 青へ翔けた白の軌跡に負けじと蒼穹へ舞い上がったのはリリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)ともうひとり、
「んっ。敏捷と魔法が弱点なら、リリ達からはこれを」
「御見舞いさせてもらおうか!!」
 先程打ち下ろした小さな身体に似合わぬ大きな斧、スカルブレイカーの猛撃を凌ぐ勢いで降り落ちるリリエッタと、己が翼でなく彼女の牽引で翔けるアンゼリカが揮うは電光石火の速さで魔法の痺れを叩き込む旋刃脚。期せずして両翼を貫いた二人の蹴撃が大きな鳥を海へ墜とせば、盛大な水飛沫が爆ぜた。ひときわ濃密に香る潮の匂い。
 既に上空へ逃れていたカルナの手に白梟の杖が戻った刹那、皆が反撃の気配を察したが、
「大丈夫だよ、パラライズが効いたみたい!」
「ええ、ばっちり効いたわよね!」
 海水に紛らせ放たれんとしていた清流の斬撃が波飛沫となって砕ける様を夏空と蜂蜜色の眼差しが捉えた瞬間に、七彩を招く靴先に流星を、白銀の巨大鋏を模す刃に雷を、それぞれ燈したキカとアリシスフェイルの急襲が大きな鳥を再び波間へ縫いとめる。
 弾ける海の飛沫とともに蹴撃の反動で舞い上がれば、透明に煌く飛沫越しに見える青。
 空と海の青の向こう、遥かな青の彼方へと、どこまでも翔けていけそうな高揚感にキカは胸を高鳴らせつつも、腰に確り固定した玩具ロボのキキをそっと撫でた。
 だけどいつかは、地上の楽園にかえろうね。
 波間から舞い上がった鳥の翼を彩る海の雫、きらめく水滴に微細な震えが奔る様を認めたティアンが、振動波がくる、と発した声に誰より速く翔けたのはカルナ。天から降る気流を白翼めく外套で受け追い風にするよう急降下し、大きく放たれた振動波に吶喊する勢いで、
 ――舞え、霧氷の剣よ!!
 咄嗟に成した詠唱で顕現させた八柱の凍てる刃、氷の牙のごときそれらで己への振動波を喰い破って相殺し、仲間を呑まんとする振動波を受けとめた。海からの上昇気流に乗るのも爽快だろうなと思ったけれど。
「好い感じの風だな、この分なら花祭りが再開されるときにも晴れ空まちがいなしだ」
「こういう下降気流ってのは、たいてい晴天を約束してくれるからネ」
「そうか、逆に海からの上昇気流は水蒸気を連れてって、雲を作ったりするんでしたっけ」
 彼に護られたティアンが海面すれすれを飛翔し、波間に落ちる鳥影に滑り込むようにして燼の刃を跳ね上げる。大きな翼の付け根を裂くのは幾重にも災禍を深める影の斬撃、体躯を傾がせつつ強引に急旋回する鳥を逃さず追うのは空からキソラが撃ち込む黒き鉄梃。
 錆を纏いながらも強靭さを失わぬそれが鳥の背を深々と抉った次の瞬間、海と空に親しむ二人の言葉に笑んだカルナが光を蹴り放つ。敵を穿つ魔法の輝きは、護りを砕く幸運の星。
 希望の花々の背が雨雲に彩られることがないなら重畳、
「晴天の約束って、素敵な響きよね」
「だね。天が晴天を約してくれるなら、私達はひとびとに希望を約そうか」
 笑みを咲かせたアリシスフェイルの足元で蝶が舞うと見えたそのとき、空と海のあわいへ舞い上がったのは二重の浄化を乗せた癒しの花々。飛翔するがゆえに自陣すべてに及ぶ敵の列攻撃も此方の列回復も減衰するが、今の彼女が的確に状況を見極めつつ揮う癒しは減衰も振動とともに仲間を蝕む治癒阻害も一つ程度なら物ともせずに、皆を満たしきる。
 護り手達を主軸に携えた癒しの補助も勘案すれば自陣が崩れる可能性はほぼ皆無、特に、致命的な深手に備えた己の癒しの黄金翼を展開する機会は訪れぬだろう戦況を歓迎しつつ、胸元に薔薇を踊らせ翻した銃口から、アンゼリカは凍てる輝きを迸らせた。
 仲間の氷を連れて敵を撃ち抜いた凍結光線が新たな氷を奔らせ、涼やかな煌きを辺りへと振りまくよう羽ばたいた鳥が高く舞い上がれば、清冽な水の香を察したアリシスフェイルの声が、清流なのだわ、と響くと同時にクラリスが踊り出る。
 青空から打ち下ろされる流水の斬撃、寸前に奔らせた細き鎖で弾いてなお此方を海面へと叩きつけんばかりの衝撃がクラリスにかかるが、背に護った友が抱きとめてくれて、
「……っ! ありがとうなのよ、クラリス!」
「アリシスもありがとう、それじゃあ、行こうか!」
 唯それだけで意を交わした瞬間に揃って潮風に舞い上がり、それぞれ鎖を解き放った。
 真鍮色の蔓薔薇咲く鎖は皆を癒しながら守護魔法陣を展開し、薬指に薔薇咲くクラリスの左手が躍るまま奔った細き鎖は躱す間もなく鳥を捕え、魔法でその翼を縛める。
 破魔の流水から己を護って砕けたのは予め仲間が展開してくれた魔法陣、空と海の狭間に展開された蔓薔薇の鎖が痛手を癒し新たな護りを構築する様を感じつつ、
「このまま食いとめさせてもらうよ! ルー、力を貸して!!」
 未来へ希望を繋ぐ鎖に縛められた鳥を見据え、リリエッタが声を張れば、その傍らに華の絆たる幻が顕現した。手を繋げは一瞬で循環して膨れ上がる魔力が愛銃に装填され、即座に撃ち放てば絶大な威を孕む荊棘の魔弾が標的を喰らって爆ぜる。
 海の底でたまごから孵り、空と海の青へと羽ばたいた鳥の翼が砕け、破片が舞い散る様に胸は痛むけれど、キカも迷わず術を織り上げて。
「生まれたばかりなのにごめんね。でも、きぃ達はあなたをこわさなきゃいけないから」
「めざめてまだ間もないものな。だけど、そう、見過ごしてはやれない」
 まっすぐ迸らせる光はいのちのきらめきを石の彩に封じる古代語魔法、少女の白金の髪に躍る柔い虹にどこか似た輝きが爆ぜれば続け様に、ティアンが解き放った術が同じ光の幻を見せ、追想が鳥の傷も縛めも強く深めていく。
 ――おはよう、それから、おかえり、お還り。
 海風にとけそうなティアンの言の葉、それが耳に届けばキソラは微かに眦を和らげ、
「起きたトコ悪ぃケド、望まぬ目覚めだろ。ゆっくり眠り直すとイイ」
 然れど勿論ためらいなく、青空へ閃かせた白を打ち下ろした。
 己そのものを天から吹き降ろす強風と成す勢いで叩き込むのは残骨の竜鎚、超重の一撃に籠められたのは膨大な魔力。壮絶な強撃が再び鳥を波間に墜とし、海から空へ昇る滝めいた水柱が上がる。
 海水の瀑布越しに見える柔らかな鳥の輝き。
 だが、残る力を振り絞るよう波の上に舞いあがった鳥が溢れさせんとした曙光が消える。胸元へ新たに奔る石の彩、それでも海の底でめざめた鳥は綺麗で。
 海底から解き放たれたきみがデウスエクスでさえなければ、歓迎したかったけれど。
「花祭りも、そこに咲く笑顔たちも、みんなが目指す楽園も守りたいの」
 だから指鉄砲を形作るクラリスの右手は、揺るがずに鳥を指す。銃声代わりに弾けるのは小さな声、なれど撃ち込まれた不可視の弾丸は大きく眩く爆ぜて。
 超新星めいた輝きで空と海のあわいを満たして、戦いの終幕を遠い海浜へも知らしめた。
 海浜で遠い戦場の輝きに銀の瞳を細めた天使が、ふと聴こえた足音に振り返る。
「お出迎えですか?」
「ええ。大切なひとの、ですよね?」
 あなたのほうもと訊き返すよう笑んだ竜人にはいと応え、柔らかに輝く鳥が空と海の青へ還った彼方をともに見霽かす。青を翔けくるひと達の姿が見る間に大きくなっていく。
 空と海のあわい、潮風を追い越す心地で飛翔する先には春色の花霞、けれどそれより浜で待つ竜人の姿にクラリスの笑みが咲いて、満開の笑みでカルナは仲間の牽引でなく己が翼で加速する。手を振りながら帰るのは、春色の天使のもと。
 ――お帰りなさい! 花とお菓子と甘酒と、私が待っていましたよ!
 ――お待たせしました! ただいまです!

●希望
 何処までも限りなく、春の歓喜が咲き溢れる心地がした。
 優しくも華やかに春のめざめを咲かせるアーモンドの花々は春の青空を白や桃色で彩り、遠く花霞を成す花々が潮風に唄う花波が二人の間近の花々へも寄せれば、春花の彩を燈した華輪・灯(春色の翼・e04881)の髪も柔らかに揺れて。
 ――綺麗ですね。
 思わずカルナが零した言葉、それが何方へ向けたものだったのか、教えてくれないと私のフロランタンはあげませんよと彼女が胸を張ったけれど、
「なんてのは嘘なのです! カルナさん手が塞がってますよね、じゃあ――」
「あっ、はい、手が塞がってるので仕方ないですよね……!」
 次の瞬間咲いた悪戯な笑みに鼓動が跳ねて、己の左手で淡桃色の甘酒が揺れる。右手にはアマンディーヌがあるのだから、春色天使があーんと差し出してくれた菓子をそのまま一口いただくのは、きっと自然な流れのはず。
 お返しにと此方からも差し出せば、灯の目許がほんのり春色に染まって――。
 敵出現の報にひとびとが騒然とする中に通った重低音の割り込みヴォイス。
 彼のそれがいかに避難誘導で活躍したかを真白・桃花(めざめ・en0142)が力説すれば、照れるヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)の様子にクラリスがふふと笑みを零す。そうして恋人達が踏み出すのは希望の花々が彩る世界。
 桜より大振りで、けれど愛らしい花に笑みを咲かせて楽しむのはアマンディーヌ、菓子を彩るスライスアーモンドも花めいて、食めばぱきぱき弾け、しっとりアーモンドクリームとさくさくタルトの幸せをもクラリスの口中に咲かせていく。
 今年のレミントン夫妻の結婚記念日には、と微笑む彼が、
「アーモンドのお菓子を作って贈りましょうか。それからまた写真も」
「両親の記念日、覚えてくれてたんだ……って、これいつの間に!?」
 見せてくれた液晶画面には花々に迎えられつつ空から舞い降りる己の姿。擽ったい心地で笑み返し、この報告もしなきゃと左手薬指のダズンローズを希望の花へと翳す。
 昨春は桜の、今春はアーモンドの、花のたよりを。
 青空に優しい白を描きだす花々を写せば心が躍り、春の甘さを息づかせるよう芯が色づく花を間近で接写すれば鮮明に撮れたその美しさに息を呑む。桜に似て、桜とは違った魅力を持った花。もしや今までキソラが桜と思っていた花々も。
 桃の花だったり、杏の花だったり、林檎の花だったりしたのだろうか。
 ――けれどソレもこれから覚えていけばいいか、と新たな希望を抱けば、見知った娘達が内緒話をしているような姿が空色の瞳に映る。
 おかわりにいきますなの~と甘酒に惹かれていった桃花を見送ればふと気になって、
「ティアンちゃん、真白がなンてったのか訊いてもイイ?」
「全然内緒話じゃないぞ。お昼寝するなら誘ってね、って」
 春が麗らかで、潮の香が慕わしくて。座れる処に長居したらうたたねしてしまうかも――なんてティアンが呟けば、ほっぺちゅーついでにそう耳打ちされたのだ。
 ここで眠ったら空に浮かぶ心地になれるカモ、と笑う彼の眼差しを追えば、青空に白雲を描くような春の花。キソラらしいなと眦を緩め、潮風を胸に満たせば、ティアンは海の青と白の砂浜を見る心地。まるで希望の花が海へ広がっていくかのよう。
 浜はすべて、海で繋がっている。
 そう教えてくれたひとが暮らす墓標の浜へも、数多の幸福と唯一の絶望が綯い交ぜになる故郷の浜へも、あの日『彼』が世界に還った夕凪の浜へも、海を通じて、どこまでも。
 春の空色映した振袖に、紺瑠璃の袴。
 袖や裾をふわり踊らす風に花々も舞えばリリエッタは小首を傾げたけれど、次いで仲間の声が耳へと届き、
「アーモンドの花って、枝にくっついて咲くんだね……!」
「ああんそうなのキカちゃんの言うとおりなの、アーモンドは花柄がほとんどないの~」
「桜だと、さくらんぼの柄になるところよね? 言われると納得なのだわ」
 其方を見やれば、玩具ロボに間近で花を見せているキカと尻尾ぴこぴこな桃花、柔らかな笑みで花を仰ぐアリシスフェイルの姿。
 青空に花々が映える様も間近に覗く花が華やかに花糸を咲かせる様もキカの胸を弾ませ、艶めくキャラメルアーモンドがバタークッキーを彩るフロランタンを食めば、美味しいねと笑みも声も弾む。菓子もカフェオレのミルクも、使われているのは輸入アーモンド。
 ここで実は採れないのかなと不思議に思っていたリリエッタの疑問もすぐに解けた。
 世界的なアーモンドの産地はいずれも夏に乾燥する地域。この国では梅雨どきに実が傷むことが多く、商業規模での収穫は難しいのだ。
「当たり前に見えても、花が咲いて命を繋ぐ実を結ぶのは、いつだって奇跡なの~」
「ありえないから、奇跡。だけど奇跡は『絶対にありえない』わけじゃないのよね」
 満開に咲く花がアリシスフェイルにも笑みを咲かせてくれるから、ここのアーモンド達もいつか命を繋ぐ奇跡を得るだろうと自然に思えた。永遠の離別で幕を閉じたはずの物語が、空と海のもとで再び幕を開けた奇跡が夢ではないのだと、薬指の金環が証すから。
 明日に希望を持てる幸せが。
 約束を結び、未来を楽しみにできる歓びが、この手にあるから。
 ――次の春には彼と一緒に、この地に咲く希望の花を観にくるの。
 来年めぐる春は、きっと今よりもっと平和な春。然れど。
「夏には、皆に平和を届けたいね」
「アンゼリカ! アンゼリカは、夏には楽園を手に入れられると思う?」
 花祭りに咲くひとびとの笑顔、その人波の先から姿を見せた彼女にキカが訊ね、思うよと応えてアンゼリカはアーモンド香るカフェオレで仲間達と乾杯した。ただ思うだけでなく、誓いを新たにするために。
 皆の希望は既に自分達に託されている。その結晶たるデバイスの恩恵で翔けた高揚感が、この先も負けられぬと黄金騎使の士気をいっそう昂揚させる。
 世界中のひとびとの希望を叶えてみせよう。
 ――この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた、真に自由な楽園に。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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