シャイターン襲撃～血涙の雨

■リプレイ

●断ち切るべきもの
　国分寺市、住宅街の中の公園。
　憩いの場であるはずのそこは、まるで戦場だった。
「こ、こっち狙ってる！」
「逃げろぉ！」
　突如現れた未知の存在に命を狙われ、場はパニックに陥った。ヴァルキュリアが構えた弓から放たれた矢が、逃げる人々の背に容赦なく襲いかかる。
「……っ！」
　八岐・叢雲（静かな闘志・e06781）とっさに間に割り入って矢を叩き落とす。駆けつけたケルベロスたち全員が、罪なき一般人の盾となった。
「っとあぶね。よし、あとはオレ達に任せておきなさい。ああ礼とか今度でいーから、早く逃げな」
　日崎・恭也（明日も頑張らない・e03207）はあくまでマイペースに誘導する。緊迫した状況だが、つられてリラックスしてしまう独特の緩さが、恭也にはある。
「全力で走れ！　後ろ振り返るんじゃねーぞ」
　シャス・ナジェーナ（紡ぐ翼・e00291）も、外見にそぐわぬ勇ましい声で避難を促す。だが視線はすでに、目の前の敵に釘付けだった。
　３体のヴァルキュリア。ただでさえ強敵である戦乙女たちは今、己の意志を奪われただ殺戮を繰り返す人形となっているのだ。
「貴方達の相手はここにいるわ！」
　虹・藍（虹のかけら・e14133）が緊張を振り払い、自分の胸に手を当てて声高く呼ばわった。その声にヴァルキュリアたちは一斉に引きつけられ、そして瞬く間に戦闘態勢をとる。ケルベロスの姿を認めて舞い降りる姿は、一見女神にも似るというのに。
　前衛に、赤い短髪。中衛に金髪の個体が布陣し、そして最高列には長い黒髪をなびかせた１体が。
「……大丈夫、私たちがいますから焦らずに。でもなるべく急いで逃げて下さい」
　エスカ・ヴァーチェス（黒鎖の銃弾・e01490）も周囲への避難誘導をしつつ、じっとヴァルキュリアたちを見つめていた。血涙の向こうにあるだろう、彼女たちの真意を探るように。
「なるほど、その顔……」　
　ナギサト・スウォールド（老ドラゴニアンの抜刀士・e03263）がその異様さに眉を寄せた。血に汚されたヴァルキュリアの相貌は、敵ながら痛々しい。
　彼女らを操り、支配しているのはシャイターン。タールの翼に濁った目を持ち、衝動のまま闘争を繰り返す、危険な一族。
「……どうにも下劣な奴らに操られてるみたいね。品性の無さがはっきり伝わって……来る！」
　貴石・連（砂礫降る・e01343）が叫んだ時には、後列から放たれた漆黒の矢が一直線に彼女に飛んできていた。激しい衝撃を、大手甲『破天』が弾く。
「さっさとおっ始めようや。話すにしたって手順てモンがあんだろ」
　ヴァーツラフ・ブルブリス（バンディートマールス・e03019）が性急に撃鉄を起こした。力でねじ曲げられたものを戻すには、同じだけの力が必要なのだと知っていればこそ、ヴァーツラフは戦いを急ぐ。
「賛成よ！」
　言うや連の旋刃脚が唸る。本当に切り裂かなくてはならないのは、ヴァルキュリアたちに絡みつく呪縛だ。
　思いをひとつに、戦いの火蓋が切って落とされた。

●血涙の乙女
「全員バラバラできおったか。赤いのからじゃな……っと」
　ナギサトが翼を広げ、少しでも庇える範囲を大きくする。敵を赤いの、黒いの、金色、と髪色で区別する。金色の放った矢は全て、ナギサトが引き受けた。
　矢の雨をかいくぐったエスカのバスターライフルとヴァーツラフのリボルバーが火を吹いた。狙いはディフェンダーの赤髪ヴァルキュリア。
「いかん、俺が遅れとる。しかし身体を使う技なぞ久しぶり過ぎるぞ……」
　居合い時の鋭さからは想像のつかない、どこか暢気な調子だが次の瞬間、敵を焼き尽くす熱線が吐き出された。
「ゴホッゴホッ……、あー、喉が焼けそうじゃ」
　軽い調子を保っているが、金髪のヴァルキュリアが放った矢は、ナギサトに確実なダメージを与えていた。
　一方赤髪のヴァルキュリアも、重ねられた炎を纏いつつ表情を変えない。変えられない、と言うべきかも知れなかった。新たな鮮血の涙が、頬を伝う。
「あーもうやり辛ぇわ……さっさと正気に戻らんかいっ。見てる方もなんかどっか痛ぇ気分になんだよ……」
　ガトリングの連射を止め、恭也が舌打ちする。ぶっきらぼうな態度を取る恭也だが、根は誰より優しい。
「あいつ……本気で俺らの攻撃全部ひとりで受け止める気かよ……」
　シャスが琥珀の瞳に動揺の色を浮かべた。赤い短髪をターバンでまとめ、どこか中性的な雰囲気のヴァルキュリアは相変わらず最前列に立ちはだかり、壁となっている。髪の色といい頑固そうな性格といい、どこか自分に近いものを感じるのか、シャスは妙に彼女が気になってしまう。そこへ射かかる、エネルギーの矢。
「！」
「ここッ！」
　至近から放たれた矢は、やはり至近から叢雲が体を張って防いだ。
「叢雲っ！」
　シャスももちろん、戦闘中であることを忘れているわけではない。とにかくこの戦いでは回復役に徹すると腹を決めてある。気を取り直し、赤毛に凄んでみせる。
「おい！　てめーがどんだけ頑張ろうとなあ、俺がいる限り誰も倒れさせやしねえぞ！　大丈夫か、叢雲」
「シャスさん良いこと言った！　私も回復しまくってやるんだから」
　藍が賛同し、ウィッチオペレーションの準備を始める。メディックふたりの頼もしい言葉に支えを得て、戦いは進む。
　しかし、敵もさるもの。
　素早いモーションから交互に繰り出される矢の雨は厄介だった。それも中・後衛ふたりの射手が、機械のように正確に同じ技を重ねてくる。赤毛のヴァルキュリアはただ一身にケルベロスたちの攻撃を引き受け続けていた。
「……っ、本気で盾になる気なのね。それなら……我が前に塞がりしもの、地の呪いをその身に受けよ！」
　連が戦いが長引くことを懸念し、結晶化した拳を叩き込んだ。ヴァルキュリアの身体が一瞬ピキッと硬化し、大きくのけぞった。
『……グ、ッ！』
　戦い始めて、５分。
　赤毛のヴァルキュリアは明らかに蓄積ダメージが大きくなっている上、その傷の回復は大いに遅れている。
「ここいらじゃろ」
　ナギサトが懐に飛び込み、ほっ、と軽い声とともに裏拳を腹部に押し込んだ。
『……！』　
　瞬時に呼吸を奪われ、赤毛ががくりと身体をふたつに折る。ガクガクと震えながらもなお立ち上がろうとするその姿は、自分が壊れたことに気づかずに進み続けようとする玩具のようだった。恭也が眉を曇らす。
「……ホント、やり辛ぇんだってば……」
　が、これで戦いが終わるわけではない。むしろここからが正念場だった。
「来たわ！」
　藍が見据えた先には、新たな翼。
　シャイターンの元から増援としてもう１体、ヴァルキュリアが舞い降りたのだ。
「案外お早いお出ましじゃねーか」
　ヴァーツラフが咥えていた葉巻を吐き捨て、好戦的に笑う。新たな１体は黒髪と並んでスナイパーに加わり、妖精弓を引き絞る。対抗し、標準を合わせるヴァーツラフ。
「撃ち合いで負けるつもりはねえぜ……！」

●混乱
　ヴァルキュリアたちを殺さない方針を固めていた以上、苦しい防戦が続いた。
　まずは高い打撃力を脅威と見られた連が、矢の集中砲火に晒された。ディフェンダーのナギサトと叢雲が、そこに割って入ってやはり矢面に立つこととなる。
　味方の援護攻撃も空しく、連ががくりと膝をつく。
「く……っ、ごめん、みんな……」
「トドメなぞは、させんよ……ッ！」
「ジジイ！」
　その連をかばって翼を一際大きく広げたナギサトも、背中に２本矢を受けて呻き声をあげ、その場に崩れる。チッとヴァーツラフが舌打ちし、時間稼ぎに回る。
「皆、しっかりしろ！　今俺が……、うぁ！」
　己の身を省みず味方の回復に動いていたシャスに、金髪のヴァルキュリアの魔法の矢が突き刺さる。刹那、頭が混乱し、誰を回復すればいいのかの判断を見失う。一手遅れただけだったが、そこから陣形が綻び始めた。
「……！　私が、皆の盾に……！」
　次々に倒れた仲間を気遣いつつ、叢雲は戦線を保つべく必死で身体を張った。だが。
　戦いが長引いていくにつれ、弓矢の強烈なダメージがついに叢雲をも捕らえる。
「どうして……っ？」
　エスカが当惑する。こちらのグラビティは命中している。しかしヴァルキュリアたちはまるで痛みを感じることすら出来ないのだとばかりに、攻撃の手をますます激しくしてくるのだ。もしシャイターンの洗脳が、心だけでなく、ヴァルキュリアたちの体にも無理を強いているのだとしたら。焦る気持ちばかりが募ってしまう。
「シャスさん、待って！　あなただって傷を負ってるのよ！」
「いいから、俺は……俺が立ってる、限りは……仲間を……」
「無茶よ……！」
　歯を食いしばるシャスだったが、その足は身体を支えきれてはいなかった。傾く体を、藍が受け止める。
　まずい、と恭也はつとめて冷静さを保ちつつも、いやな汗をかいていた。戦えるケルベロスの数は半分。あとひとりでも減れば戦線は一気に崩壊する危険性がある。
「面白え、とことんまでやってやらぁ。ブッ殺さねえように、ってのが面倒だけどよ」
「マジすか……なんならブッ殺す方向でも……いやなんでもないっす」
　この期に及んでも作戦を変える気はないらしいヴァーツラフが、素早い動作で新しい弾丸を愛器に装填した。
　防御陣は崩された。このまま撃ち合えば、ケルベロス側の敗北は濃厚と思われた、その時。
『……あね、うえ、いけない……』
　うずくまっていた赤毛のヴァルキュリアが、矢をつがえていた１体に向かって手を伸ばし、そう言った。
「……え？」
　ヴァルキュリアたちの様子に、明確な変化が訪れる。近くの戦場にいたシャイターンが、撃破されたのだ。
『アイア！　なぜ前に出たのです！　貴女はいつもひとりで無茶ばかり……！』
　後衛に布陣していたヴァルキュリアが黒い髪を振り乱してそう叫び、赤毛の元へ駆け寄った。
　汚れた頬を洗うように流れる涙。それは血の色ではなく、涙本来の透明なしたたり。
「もしかして、洗脳、解けてる……？」
　恭也が期待をこめて、その顔をのぞき込む。しかし。
『……、……！』
　屈辱に対する、純粋な怒りにも見える涙はまたすぐに、鮮血に塗りかえられてしまう。
『ウウッ……？！』
　赤毛のヴァルキュリアを助け起こすのかと見えた黒髪が、赤毛の首を絞めだした。
「一体何が……、何が貴女たちをそんな風に」
　痛々しげに眉を寄せるエスカ。明らかに、ヴァルキュリアたちは混乱していた。その様子に、藍が思わず叫ぶ。
「泣くほど嫌なら、抗ってみせなさいよ！」
　血を濯ぐ、涙の雨。
　それはヴァルキュリアたちの本来の心が、彼女らを抑圧するものと戦おうとしている証だった。もどかしくて、その背を押したくて、つい藍は叱責する。
「違う道を選ぶ力があなた達にはあるでしょう？　戦った私たちには、それがわかるの。お願い、抗って！」
『……！』
　黒髪のヴァルキュリアの目に、光が戻る。首を絞めていた手を慌てて離し、顔をあげてケルベロスたちを見回す。まだ戦えるケルベロスたちも全員攻撃を止め、それぞれの思いを胸にヴァルキュリアたちを見守っていた。
「……好きに選べや。奴隷のまま死ぬか、徹底的に抗うかだ」
　射竦める視線とともに放ったヴァーツラフの言葉は、決して優しい呼びかけなどではなかった。気に食わないだけ、と本人は思っているだろう。だがそこには彼女たちのための、怒りがあった。理不尽な支配を強いる者への、純粋な怒り。
　シャスが静かに頷いてから、口を開いた。　
「なあ。話、してみねえか？　俺、あんまそういうの得意じゃねえけど、アンタらとは話し合える気がするんだよ……」
　一瞬、アイアと呼ばれた赤毛のヴァルキュリアと、シャスの視線がかみ合った。その瞬間だけを切り取ったなら、それはまるで戦友同士に見えただろう。
「あ……」
　アイア、と、今聞いた名前で呼びかけてみようと叢雲が口を開きかけた時。
『ア……ウァア……ッ！』
　苦しげな呻き声を上げたのは、射られた方だったのか、それとも。
　見れば、金髪のヴァルキュリアの放った矢が、黒髪の肩を貫いているではないか。
「ああっ？！」
　動けない赤毛のヴァルキュリアが、哀しげな目をする。混乱した彼女たちにはもはや、ケルベロスと戦う力は残っていなかった。
　黒髪のヴァルキュリアが、血を流しつつ赤毛を助け起こす。
『……抗ってみせよう。我らは、道具にあらず』
　呟くようにそれだけ言い残すと、２体は寄り添うようにして、飛び去っていった。
『……』
　残っていた２体は、残念ながら正気に返った様子はなかった。再び見えぬ何かに支配され、新たな命に従うべくすっとこの場を離れていく。先に飛び去った２体とは、別の方向へ。
「……助かった、のですね」
　そう言って息を吐き、エスカは仲間に駆け寄った。

●いつか届く声
　難しい戦いだった。だが封じ込められた彼女らの意思に呼びかけようという作戦は、間違っていなかったはずだ。
「伝えれば良かった。もっと大きな声で、苦しんでいる貴方達を助けたかったって、ちゃんと言えれば、良かったのに……」
　絞り出すような声で、叢雲が言った。その体を支えていた恭也が、子どもをあやすようにぽんぽんと優しく背中を叩いてやる。
「……伝えられるよ。これが最後の機会じゃねえって。いいから、今は自分の体のコト、心配しな」
　倒れそうな者を、余力のある者が支える。心ある者ならば普通に出来る事すら封じられてしまったヴァルキュリアたち。
　身も心も傷ついた彼女たちは、どこへ行ってしまったのか。
　エスカが、そっと口を開いた。
「……手を取り合う時が訪れるのでしょうか。それともこのまま、争うのみ……なのでしょうか」
「ううん」
　不安げなエスカの言葉を遮って、藍が笑顔で言う。
「大丈夫。きっとその時は来るよ。今日わかった」
　混乱したヴァルキュリアたちの表情。屈辱に怒り、仲間を傷つける恐怖に怯え、そして哀しんでいた彼女達。その心は、垣間見えた。
　ナギサトに肩を貸しつつ葉巻をふかしていたヴァーツラフが、ふーっと煙を吐いた。
「まあ、奴隷で終わるタマでもなさそうだったな、確かに」
「まだ諦めるわけには、いかんようじゃの……俺にも１本、くれんか」
「元気そうだな爺さん」
　救い、解放するには至らなかった。だがまだ希望は十分にある。
「シャイターン……絶対、許せない。戦場に立つ者への侮辱よ」
　連が悔しげに唇を噛み、誰もいなくなった空を見上げる。
　思うのは、シャイターンのやり口の汚さと、その上に立つエインヘリアルの新たな指揮官。
「本当の敵が、見えたな……」
　シャスの脳裏に浮かぶのは、混乱し苦しむヴァルキュリアたちの姿。『使われる』苦痛。
　絶対に許せないものがある。その為になら、まだまだ戦える。傷ついた身体で戦場を後にするケルベロスたちの表情は、決して暗くはなかったのだった。　

作者：林雪	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年12月24日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 3／キャラが大事にされていた 1
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