シャイターン襲撃~No pain no gain

作者:天草千々

●東京都府中市、駅前のとあるビル屋上
「……ふん、随分と形が残ってるじゃあないか」
 人々の行きかう街を見下ろし、濁った瞳を細めながら、タールの翼を持つ妖精族は不愉快そうに言った。
「やはりザイフリート殿下のご采配ではこの程度か……それとも、貴様らヴァルキュリアが能無しの役立たずだったからか?」
 エインヘリアルの第一王子をこき下ろし、その従者たちへ嘲笑を向ける。
 けれど彼の後ろに控える16人の鎧姿の乙女たちは、その言葉にいかなる反応も示さなかった。
 それが彼女らの自制による成果でないことは、虚ろなその目を見ればあきらかだ。
「つまらん、実につまらん。口ごたえする程度の自我は残しておいてもらうのだったな」
 吐き捨て、黒い翼を一度、強く羽ばたかせた。
 それを合図に1組を3人として計4組、12人の乙女が空へ舞う。
 残りを自らの護衛に残して、低い声で続けた。
「行け、ヴァルキュリアども。殺し、奪い、焼き尽くせ。我らが主、イグニス殿下をお迎えするには灰の大地こそが相応しい」
 言葉に機械的な動作で頷いて、ヴァルキュリアたちは四方へと飛び去っていった。

「城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境だが――エインヘリアル陣営でも見逃せない動きが起ころうとしている」
 鎌倉での戦いに敗北した第一王子ザイフリートにかわり、新たなエインヘリアルの王子が地球侵攻を開始したのだ、と島原・しらせ(サキュバスのヘリオライダー・en0083)は硬い表情で言った。
「尖兵となるのは変わらずヴァルキュリアだが、今回は少し事情が異なり、彼女たちを率いるものがいるようだ」
 その名はシャイターン。
 炎を司る、妖精8種族のひとつ。
 新たな王子の従卒である彼らは、本来はザイフリートに従うヴァルキュリアたちを何らかの手段で操って、今回の戦いに駆り立てているらしい。
「彼らは魔空回廊を利用して各地に侵攻、人々を虐殺しグラビティ・チェインを得ようとしている、なんとしてもこれを阻止しなくてはならない」
 向かう先は東京都、府中市。
 古来よりの交通の要衝、そこが、新たな戦場だ。
「府中市内で敵は5つのグループに分かれて行動している、まず3体を1組としたヴァルキュリアのグループが4つ」
 これには他のケルベロスたちが対処に当たる予定だ、としらせは言う。
「皆の相手は、彼女たちの指揮官であるシャイターン1体と護衛のヴァルキュリア4体のグループ……だが、真に倒すべきはシャイターン1体だと考えて欲しい」
 シャイターンを倒せば、操られているヴァルキュリアたちになんらかの影響が出る。
 それは恐らくケルベロスたちにとって有利に働くはずだ、早期に決着をつけられればそれだけ早く他の仲間たちを助けることが出来るだろう。
「とは言え、5体全員がそろっている状況での戦闘は、極めて苦しいものになる」
 シャイターンに攻撃を集中し、こちらが全員倒れる前になんとか撃破する、というような、かなり危険な賭けになるはずだ、としらせは分析する。
「鍵になるのは、ヴァルキュリアと戦う他の仲間たちだ」
 シャイターンはケルベロスとの戦いに苦戦している戦場に対して、護衛に残していたヴァルキュリアを2体ずつ援軍として送り込むらしい。
 戦況次第の面はあるが、最初の2体が動くのは、3~5分後、残りの2体は、7~10分後が目安となるだろう。
 護衛がいなくなり、シャイターン1体となった状況なら勝利はまず間違いない。
 待てば待つほど自分たちは楽になるが、その一方で援軍が向かった先では仲間たちが苦戦を強いられることになる。
「現実的な無理のしどころは護衛に2体が残る状況だと思うが、それでも苦しい戦いになることは間違いない。しっかりとした作戦、意識の共有と、戦い抜く覚悟が必要だな」
 開戦のタイミングは任せるが、目標はあくまで指揮官であるシャイターンの打倒だということは忘れないで欲しい、としらせは繰り返した。
 もしそれを果たせなかった時は、府中市で戦う全てのケルベロスたちが、ひいては府中市民の多くがより大きな危険に晒されることになるからだ。
「敵は全員ルーンアックスを使う、グラビティは攻撃用が2種とヒールになるが……シャイターンはヒールのかわりに炎を操る未知のグラビティを使用する」
 これに関してはどのような効果か全く見当がつかない、と申し訳なさそうにしらせは頭を下げた。
 そうして顔を上げた時には強く、表情を改めている。
「新たな敵は確かに脅威だが、この戦いで出鼻を挫くことができれば、それは多くを変える一歩になるかもしれない。どうか力を振り絞って欲しい」


参加者
フロエ・コトブキ(アマランタイン・e00266)
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)
竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)
タニア・サングリアル(全力少女は立ち止まらない・e07895)
ヴィオラ・セシュレーン(百花繚乱・e11442)
レクシナ・メヘン(睡朧・e13408)

■リプレイ

 ただ、『その時』を待つ。
 ヘリオンからビルの屋上へと降り立ったケルベロスたちは、構造物の陰に身を寄せ、息を潜めていた。
(「……178、179、180」)
 時計を注視していたレクシナ・メヘン(睡朧・e13408)が、軽く右手をあげる。
 それを受け、一行の中でもっとも小柄なフロエ・コトブキ(アマランタイン・e00266)が、遮蔽からわずかに顔を出して『敵』の姿を見た。
 視線の先には黒く濁った翼の男が1人と、光の翼を持つ鎧姿の乙女が4人。
 観察を続け、変化がないことを確かめるとフロエは身を戻し、首を横へ振る。
 その仕草にタニア・サングリアル(全力少女は立ち止まらない・e07895)はヘッドセットに添えた手を戻し、ゆっくりと息を吐いた。
 じりじりとした時間の中、瞳を閉じたレクシナが220を数えた時、ばさりと風を叩く音が響いた。
 目をあける、時計の数字は心中のカウントとほぼズレることなく進行していた。
 再び顔を出したフロエがすぐに顔を戻し、頷く。
「2体のヴァルキュリアが飛び去ったのを確認したのです。皆さん、どうかご武運をっ!」
 タニアが通信機ごしに、今まさに別の場所で戦っている仲間たちへと呼びかける。
「参りましょう」
 言い終わらぬうちに、シルク・アディエスト(巡る命・e00636)は、飛び出していた。
 機械の翼が唸りを上げ疾風の勢いを生む、先には2人に数を減らした乙女と、僅かに驚きを浮かべる黒い翼の男。
 鋼鉄の妖精は舞うようにその間を駆け抜け、砲撃と爆音を置き土産とした。
 ほとんど速度を落とさぬまま端まで駆け抜け、縁を蹴って再び敵へと迫る。
 空を飛べぬ身、高所であることを考えればいささか狂気じみた振る舞いであった。
「ネズミが、潜んでいたか」
 迎え撃たんとルーンアックスを構えたところへ、炎の軌跡をひいて袴が翻る。
「いいや、『終わり』じゃよ。お主のな!」
 シルクを颶風とするならば、竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)はさながら流水。
 青い竜の剣士は炎をまとったエアシューズで男の胸を裂き、着地と同時に間合いをとるべく後退をはじめる。
 男をかばうように前へ出た乙女が、逃がさんと斧を振りかぶる。
 高々と飛び上がっての一撃は、ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)のバトルオーラをまとった両腕が受け止めた。
「失礼」
 告げると同時、巨漢のドラゴニアンは強く一歩を踏み込み、右肩でかちあげるように体をぶつけ乙女の身体を吹き飛ばす。
 同時に、大きく身を回して左腕を伸ばした。
「がっ……!」
 バスターライフルを、トンファーのように扱った降魔の一撃が男の顔を打ちつける。
「……舐めた真似を!」
 血の混じった唾を吐き捨て、男は即座に反撃に転じた。輝きを放つルーンアックスが、首を吹き飛ばさんばかりの勢いで振り上げられる。
「むっ」
 刃は上体を逸らしたギヨチネの額をかすめた、ぱっと血がしぶき、視界を奪う。
 そこへ後方に控えていたもう一人の乙女が、一気に間合いをつめて襲い掛かった。
「かがんで!」
 少女の声に、ギヨチネは大人しく従った。
 筋肉の隆起した岩のような背をタニアの小柄な体が跳びのぼる。
「やっ!」
 右肩に両手をつくと逆立ちの要領で体を回し、振り下ろされた刃を蹴り飛ばすようにエアシューズをぶつけ、受け止める。
 金属が噛み合う耳障りな音が響いた。
 足を振り、斧を流してタニアは地に下りるとオーラを高め、ギヨチネの傷を癒す。
 巨漢を守るように立つ少女の脇を、青い蝶が通り過ぎた。
 不規則な上下動で飛んだそれは、タニアと睨みあう乙女にぶつかり、はじけた。
 うつろな瞳に僅かに敵意を乗せ、首を巡らせた乙女が、優美に舞うヴィオラ・セシュレーン(百花繚乱・e11442)の姿を捉える。
 灰髪のシャドウエルフは場違いに柔らかな微笑みでその視線に応えた。
「天地の棘、火水の棘、闇と光の棘……舞うは裁きの茨、罪の冠。神敵よ、我が血脈の下に命ず!! “其処を動くな”!!」
 朗々とした男の声が響き、戦場に赤・青・紫・黒・白の薔薇の花吹雪が舞った。
 不死鳥の尾の形をとったそれは男と、乙女の1人へと絡みつき、魔力の棘を突き立てる。
「元より貴様を見逃す道理はないが、ヴァルキュリアを操り、意に沿わぬ虐殺をさせるなど言語道断! その濁った翼ごと裁いてやる!」
 金の髪、金の瞳、そして一際輝く金の翼、ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)は断固として告げた。
「こんなの、絶対にゆるせないのよ……っ!」
 フロエの熾炎業炎砲が飛び、レクシナのブレイブマインの爆音が響く。

「義侠気取りに調停者、それにシャドウエルフか、よくもまぁぞろぞろと……!」
 ケルベロスたちの姿を確認し、男――シャイターンは吐き捨てた。
 仕掛けられた戦いに、一旦流れを落ち着かせようと言葉を続けるが、その間にもヴァルキュリアと前衛陣の駆け引きが続いている。
「原住民が見当たらんが、相変わらずエルフは使われる立場か? 健気なものだが、二度も滅ぼされるのはさぞ辛かろうな」
「あら、どこかでお会いしましたやろか?」
 訳知り顔の、それでいて勘違いを含んだ言葉に対して、街角で声をかけられたような気安さでヴィオラは応じ、続ける。
「こんな女の子の扱いわかってはる方、よう忘れへんにゃけど」
 状況が違えば、言葉だけを聴いたのであれば、真意を取り違えることもあったろう。
 だが笑みの形は保ったままで、赤の瞳は明らかな敵意に燃えていた。
「心外、実に遺憾です。興味は多少あれど親しみなど感じていません」
 同じ妖精族などと括られたくないとレクシナが続け、シルクに至っては完全に黙殺した。
 誘い文句の返事代わりと、アームドフォートが火を噴く。
「小娘どもが!」
「そない声荒げてまぁ、ホンマわかってはるわあ」
 言って、再びヴィオラは舞った。続けざまの攻撃だったが、当てられる確信はあった。
 青い蝶が、彼女の舞いにあわせるようにふわりふわりと飛ぶ。
「――少ぉし痛いけど堪忍え、うちを見てる間にぜぇんぶ終わるさかい」
 先とは違う乙女にグラビティの蝶が怒りを与える。しかし、彼女へ向けるヴィオラの笑みには言葉通りの優しさがあった。
 一方で、前衛陣のぶつかり合いは苛烈の一言に尽きた。
 シルクはひたすら前に出る動きでシャイターンを追い、ギヨチネが相手の前進を阻む壁になる、そうしてフロエが、タニアが、定位置であるレクシナのそばを離れたスナッグルが突き出される槍のように相手を押し込む。
「あっ……!」
 刃を鋸のように変形させた一撃が、乙女に大きく傷をつけ、フロエは自らが傷つけられたかのような表情を浮かべる。
 無論、狙ってのことではない、シャイターンへの一撃に割って入られたのだ。
「ごめんね、でも、今は我慢して欲しいの!」
 言って意味のないことは理解していた、それでもそう言わずには居れなかった。
「我は放つ神の御使!」
 ロウガの声と共に、金の炎を纏った猪の幼獣が乙女へと飛びかかった。
 怒りに燃える乙女の前進をギヨチネが阻む。
 その脇を青の竜が駆け抜けた。
「うっとうしい連中だ……!」
 シルクに張り付かれ、引くも行くもままならぬシャイターンが忌々しげに腕を振る、ごう、と燃えさかる炎弾が一刀に向けて放たれた。
 予知に聞かされていた、未知のグラビティ。
 ディフェンダーたちの動きは遅れた、仲間たちに緊張が走る。
 ――シャイターンたちが振り回すルーンアックスに比べれば、今、一刀が構えた日本刀はいかにも細く、頼りなく見えた。
 だがその認識は誤りだ。
 雨だれでさえ石を穿つ。
 まして一刀は、剣術と言う時代を越える河の一支流である。
 時に大地でさえも喰らいつくす流れの前に、炎ひとつがいかほどのものか。
「破ッ!」
 一閃が炎弾を切り裂き、遅れた風が割れた炎を吹き飛ばす。
 唖然、と間が生まれた。
「ふむ、これが炎の手ごたえか」
 悪くないのう、と竜顔の剣士は口の端に笑みを浮かべ――激流と化してシャイターンに神速の一撃を突き立てた。

(「……539、540」)
 戦いがはじまっておおよそ5分がたった。
 レクシナは時計を確かめるようなことはしない、隙に繋がるからだ。
 一方で時間の把握は多くの場合重要だ、そのためにカウントは切り離された意識の一部で請け負っている。
「チッ、まごついてる暇があるなら援護しろ愚図が!」
 ヴィオラへの怒りにとらわれた乙女たちへ、いらだったシャイターンが声を挙げる、ブレイクルーンが彼の傷を癒したが、全快には程遠いはずだ。
 ケルベロスたちもまた傷を負っているが、それは決着を急げばこそ。
 余力はまだ充分にある――だが、だからこそ手を緩めるべきではない。
 流れは今、確実に傾きつつある。
「流々、仕上げにかかりましょう」
「応!」
 呼びかけに皆が応えた直後、ギヨチネがブレイクルーンで力を増した炎に飲まれた。
 もがくような動きを見せたあと、なにをおもったか彼はそのまま手にしたバスターライフルを額に押し付けた。肉のこげる、嫌なにおいがあがる。
「下がっておれい!」
「ヒールを!」
 一刀がグラインフドファイアで飛び込み、ロウガが時空凍結弾を放ちながら声を挙げる。
「――無用に御座います、血止めはすみましたので」
 だが、それを炎を払った当の本人が却下した。
 最初の一撃で割られて以来、ヒールを受けても度々に開く額の傷口を焼くことで処置したらしい。眉間から流れおちた血を拭うと、満足げに彼は頷く。
「明快、良い判断かと」
(「少しナーバスにも見えますが」)
 行動を賞賛しつつ、要望を却下してレクシナはバトルオーラで癒しを行った。
「この想いに奇跡よ宿れ! かけがえの無いあなたのために!」
 乙女のルーンアックスをかわしながら、タニアがエアシューズで屋上にを刻んでいく。
 カッ、と高く仕上げの音と同時に、ウルズのルーンが輝き、癒しの力が発動する。
 屋上がずんと揺れた。
「飲み込んでなの、人魚姫!」
 魚座の重みを宿したゾディアックブレイクの一撃が、ルーンの加護を喰らう。
「ぐっ……! 貴様ァ!」
「きゃあっ!」
 怒りに燃えるシャイターンの反撃に、フロエの小さな体が吹き飛ばされた。
 空いた空間を埋めるように、再びシルクが前へ出る。
 それを待っていたとばかりに男の唇が釣りあがった。
「来い!」
 叫び、後ろへ飛びのく。かわりに2人の乙女がルーンアックスを構え、殺到した。
 完全に狙われていたにもかかわらず、かわす素振りを見せぬシルクの襟首を太い腕がひっ掴み、前へと出たギヨチネの体に二振りの斧が食い込んだ。
「――!」
 呻きは食いしばった歯がかみ殺したが、右の腕はだらりと力を失い、膝が折れる。
 乙女が斧を引き抜くと同時、掌に炎を浮かべシャイターンが来る。
 シルクが、かがんだギヨチネの背を飛び越えて、それを迎え撃つ。
「阿呆が!」
「死を与えて差し上げますね」
 巨大な炎がシルクを飲み込み、アームドフォートの一斉射がそれを吹き飛ばして、男を打ち抜く。
 間合いが離れたところで、レクシナがサークリットチェインの守護を描く。
「無理をなさる」
「無茶な方ですね」
 一拍をおきドラゴニアンの巨漢と、シャドウエルフの少女は異口同音にそう言った。
 互いの行為に驚きはない、かつて一度、共に戦った身である。
「どっちもだよ!」
「私たちもいるの、忘れないでほしいのね!」
 競い合うように傷を増やす2人へ向けたタニアの声は叱責めいており、立ち上がったフロエの言葉は懇願の響きがあった。
「心配してもらえるうちが花じゃぞ」
 一刀の言葉にギヨチネは姿勢を正し、シルクは困ったような表情を浮かべる。
 その少女の緑の黒髪が一房、残り火で焼ききれた。
「――女の命に何しよるん?」
 それを見逃さなかったヴィオラの声についに明確な怒りが混じった。
 妖精弓から放たれたエネルギーの矢が、深々とシャイターンの胸に突き立つ。
 あるいは、男がケルベロスの狙いが自分1人にあると早々に気づいていれば。
 あるいは、数の不利を認めることが出来ていれば、異なる結末を迎えたかもしれない。
 だが今回、全てはケルベロスたちの作戦通りに運んだ。
「ぬしの煩悩百八つ! 一つ残らずたたっ斬る!」
 炎をまとった一刀の剣が翻り、言葉通りに無数の閃きがシャイターンを切り刻む。
「殺す! 貴様ら全員焼き殺してやる……!」
 往生際悪く怨嗟の声を挙げる男へ、ロウガが指を突きつける。
「――理無き神の刻よ、“これ以上動くな”!」
 放たれた光に砕かれ、男はどう、と仰向けに倒れた。

 静かにレクシナが歩み寄ると、空を見上げる濁った瞳は既になにも映していないようであった。
 これは、『あるいは』の姿だろうか、もしくは『いつか』の姿だろうか。
 そう思いながらも、やはり憐憫の情は浮かんではこなかった。
「応報、魂を焦がし尽くし、塵も残さず消えると良い」
「……フン、燃え尽きるのを恐れる炎がどこにある」
 レクシナの言葉に、唇を歪めて男は笑う。
 ごうと一際高く炎があがり、あとには翼の形をしたタールの染みだけが残った。
「――シャイターンを撃破っ! もう戦乙女を縛る物は何も無くなったのですよ!」
 ヘッドセットのマイクを握り、タニアは仲間たちの無事を祈るように空を見上げた。
 一方で解決すべきことがまだ、目の前に残っている。
「さて、意に染まぬ戦いを続けるかの?」
 一刀の問いに、ヴァルキュリアからの答えはない。
 武器は手放さないものの、明確な戦意は持ち合わせてないようだった。
「ねぇ、わたしたちじゃ探していた勇者になれないかな? そして、いずれはあなたたちも誰かの勇者になるの」
 そうなれたら素敵だ、とフロエは言う。
 一方でレクシナは警戒を解かぬまま簡潔に告げる。
「忠告、追いはしません、戦う意思がないのなら退きなさい」
「自分らかて、したくないことし続けるんは嫌やろ?」
「引いてくれんかのう」
 ヴィオラが、一刀が重ねて訴える、それに乙女たちは無言で地を蹴って答えとした。
 一瞬、緊張が走る。
 だがそれは杞憂に終わった、彼女たちはそのまま飛び去っていったからだ。
「あ」
 フロエは少し寂しそうに、多くのものは安堵して。
 そして、シルクは見逃すことをわずかに悔いるかのように。
 各人がそれぞれの思いを抱えてそれを見送る。
 ――あるいは、救えるものもあったのだろうか。
 かつて戦った乙女たちを思い出し、直ぐに意味の無い感傷だとギヨチネは頭を振る。
 何かを変える一歩があるとすれば、それは今日このときから始まるのだと。
 痛みが、それを証明しているかのようだった。

作者:天草千々 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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