通年で冷やし中華を出す店絶対に許さん!

作者:秋津透

 その店は、特に繁盛しているわけでもなく、特に寂れているわけでもない。幹線道路を車で走っていけば、ロードサイドにいくらでも見られるような、ごく普通の、ちょっと古ぼけた小さな中華料理店。店の壁に張り出されたメニューの横に『冷やし中華あり□(ます)』という手書きの張り紙が一年中張ってあるが、それも煤けて目立たない。
 ところが、ある時、その店の正面に車が止まり、中から鳥人間ビルシャナと、簡易火炎放射器を背負った四人のモヒカン頭の信者たちが降りてきた。どやどやと店に乗り込んできたビルシャナは、仰天して逃げ出す客や店員たちには目もくれず、甲高い声で叫ぶ。
「我こそは、通年で冷やし中華を出す店絶対に許さない明王である! 料理で何よりも大切なものは季節感! この季節にしか食べられない、この時期にしか提供されない料理こそが、季節の移り変わりを示す風物詩として価値がある! しかし、何ぞや、この店は! 季節感を示す料理の代表格、夏の訪れを示す冷やし中華を、一年中のべつまくなしに提供するだと?! そのようなだらしない真似は許さん! 天誅に値する!」
 大仰な身振り手振りを交えて長々と喚くと、ビルシャナは孔雀型の火炎を発して、既に無人の店内に叩きつける。同時に、信者たちも一斉に火炎を放射する。あっという間に、店は焼け落ちた。

「神奈川県平塚市の中華料理店をビルシャナと信者が襲い、火を放って焼き尽くすという予知が得られました」
 ヘリオライダーの高御倉・康が、憮然とうんざりの中間ぐらいの表情で告げる。
「このビルシャナは、えーと、『通年で冷やし中華を出す店絶対に許さない明王』と名乗り、長々と演説をしてから火を放ったので、店にいた人々は早々に逃げ出し犠牲者は出ないようですが、だからといって放置はできません」
 そう言うと、康はプロジェクターに画像を出す。
「現場はここです。今から急行すれば、ビルシャナたちが襲ってくる時刻より三十分ほど前に到着できます。事情を話して、店の人やお客さんには事前に避難してもらうのが良いと思いますが、店を閉めてしまうとビルシャナたちがよそへ行ってしまうので、必ず開けた状態にしておいてください。店が開いていて『冷やし中華あり□(ます)』の張り紙が張ってあれば、他の状況がどんなに不自然でも、ビルシャナたちは突入してくるでしょう」
 そう言って、康は画像を切り替える。
「ビルシャナのポジションは不明。グラビティは孔雀炎を使いますが、他はわかりません。周囲を見ないで激しく主張するタイプのようで、あまり戦闘慣れしているようには見えませんが、油断はできません。信者は四人。野焼きをする時に使うような簡易型火炎放射器を装着している、モヒカン頭の危ない人たちです。ビルシャナの主張にどの程度共感しているのかはわかりませんが、尻馬に乗って何か叫んだりはしていないので、単に催眠にかかっているだけかもしれません。経験則として、説得・離脱させられないうちに戦闘になったら、ディフェンダーとして盾に使われるものと思われます。火炎放射されても皆さんにダメージはないですが、店が焼けてしまうので注意が必要でしょう」
 そして康は、一同を見回す。
「いったい何がどうなって、こんな変な教義を奉じるに至ったのかわかりませんが、ビルシャナになってしまった人は倒すしかありません。『ヘリオンデバイス』での支援も可能な限り行いますので、できるだけ他に被害や悪影響を与えないうちに、撃破していただければと思います」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は頭を下げた。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
天月・悠姫(導きの月夜・e67360)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)

■リプレイ

●この店の冷やし中華に文句つける奴、絶対に許さん!
「へえ、うちの店にデウスエクスが押しかけてきて、焼き討ちするってんですか」
 やってきたケルベロスたちから話を聞いた中華料理屋の老店主は、当然ながら目を丸くする。
「してまた、いったい、どういう風の吹き回しで?」
「さあ、何しろデウスエクスは宇宙人ですから。何を考えてるのか、さっぱりわかりません」
 詳しく話をすると時間を取られると思い、日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)は適当に告げたが、その配慮(?)を兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)が無邪気にぶち壊す。
「あのですね、あのですね、デウスエクスのビルシャナは、このお店が一年中冷やし中華を出しているのが、許せないんですって! ひどいですよね! ふざけてますよね! 私は、美味しい冷やし中華は一年中食べられるのが、絶対にいいと思います! このお店の方針に、大賛成です!」
「ひゃあ、そりゃまた……」
 店主は目を丸くしたまま、力説する紅葉と、店の壁に貼ってある『冷やし中華あり□(ます)』の張り紙を見比べる。
 そして紅葉は、そのままのテンションで店主に告げる。
「それでですね、デウスエクスのビルシャナは私たちがやっつけますけど、ビルシャナに惑わされてる地球人の人たちがいるんです! その人たちには、冷やし中華の美味しさを見せつけて、目を覚まさせようと思うんです! ちゃんとお金は払いますから、美味しい冷やし中華、作ってもらえますか?」
「ようがす。任せてください」
 二つ返事で応じる店主に、蒼眞が狼狽気味に告げる。
「いや、それはちょっと……デウスエクスとは戦闘になるでしょうし、非常に危険なので。お志はありがたいですが、避難していただけませんか?」
「んー、そのデウスエクスの一味は、もう、すぐに押しかけて来るんですかい?」
 店主に訊ねられ、蒼眞より先にリサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)が冷静な口調で応じる。
「時間は三十分ほどあります。間に合いますか?」
「三十分ありゃ余裕でさあ。つーか、むしろ普通に茹でたら麺が伸びちまうな。出前用の、ちょい硬め茹ででいくか。おい、先に具を刻んどけ」
 店主が応じると、若い店員たちが冷蔵庫から具を出して刻み始める。
「デウスエクスに惑わされてる奴らは、何人いるんです?」
「え、ええと、四人です」
 でも、いいのかしら、と少々戸惑いながら天月・悠姫(導きの月夜・e67360)が答える。すると店主はうなずいて応じる。
「そいつらに喰わせるのが四人前、あんたがたに四人前、合わせて八人前承りましたってね。あ、お代はあっしの志。デウスエクスから店を守ってもらうんですから、金なんか取ったらバチが当たりまさあ」
「……ご厚意、有難くいただきます」
 これは断ったり代金を出したりしたらかえって失礼だな、と、蒼眞が深々と頭を下げ、他の三人も礼をする。
 そして、ビルシャナ一味の到着予定時刻のおよそ五分前。八人前の冷やし中華が、二つのテーブルに四つずつ置かれる。
「こっちはちょっと硬め茹で、そっちは普通に茹でてありやす。伸びないうちに、どうぞ」
 店主に促され、ケルベロスたちは普通茹での冷やし中華が置かれたテーブルに着く。
「では、いただきます」
 一礼して、冷やし中華を口に運んだ四人が一斉に声を上げる。
「美味しいっ! 文句なく美味しいっ!」
「こりゃあ、いけるぜっ!」
「うわ、すご……スパイス、効いてる……本格派……」
「なんて幸せな味、お箸が、お箸が止まらない~」
「お気に召したようで、何よりでさあ」
 にこにこ顔で店主が一礼し、店員たちも軽く頭を下げる。
「じゃ、あっしらはちょいと避難させていただきやす。皆さんのご武運を祈りますぜ」
「任せてください! こんなに美味しい冷やし中華を出すお店を焼き払うなんて、絶対にさせません!」
 紅葉がテンション高く応じ、他の三人も麺をすすりこみながらうなずいた。

●美味こそが正義! 美味こそが無敵!
「来たか」
 店員の服装をして店の前に立っていた蒼眞が、走ってきたワゴン車を見やって呟いた。
 現場の店のファンは予想以上に多く、ケルベロスたちが来訪してからも、店に入ろうとする客が数人いた。そこで、ビルシャナたちが来る少し前から、蒼眞が店の前に立って、入ろうとする客がいたら断ることにしたのである。ちなみに、女性陣が立ったら逆に客寄せになってしまう恐れがあるので、必然的に、この役には蒼眞が割り当てられた。
 そして、急停止したワゴン車から降りてきたビルシャナと信者四人は、蒼眞を完全に無視して店に走りこむ。蒼眞は苦笑し、店の扉に「臨時休業」と書いた紙を張り付け、店内に入ってドアを閉める。
 一方、店内に走りこんだビルシャナ一味は、名乗り口上を上げるより早く、ハイテンションの紅葉に迎えられる。
「いらっしゃいませ! このお店の冷やし中華は、とっても、とっても、とっても美味しいんですよ!」
 予定では、ビルシャナ一味の前で冷やし中華を食べて見せるはずだったが、あまりの美味しさに負けて一味登場を待たずに完食してしまった紅葉は、その分を挽回せんとありったけの情熱を籠めて告げる。
「そして皆さんには店主さんのご厚意により、今だけ無料で冷やし中華を提供できます! この機会に食べていかない手は、ないですよ!」
「……え? 無料? タダ飯?」
 仮面か彫像のように無表情だったモヒカン男たちの表情が、微妙に動く。
 そしてビルシャナが、慌てて喚く。
「こら! 何を動揺しておるか! お前たちは、我が選ばれし信者! そして我こそは、通年で冷やし中華を出す店絶対に許さない明王! その信者たるお前たちが、よりにもよって無料提供の冷やし中華に心を動かされるとは嘆かわしい!」
 しかし、モヒカン男たちはビルシャナの喚き声など耳に入っていないらしく、律儀に火炎放射器を外して降ろすと、ちょっと硬め茹での冷やし中華が置かれているテーブルに着く。
 そして、信者たちを制止しようと身を乗り出すビルシャナの前を塞ぐように、リサと悠姫がずいと出る。
「世の中には、季節限定じゃなくて一年中食べられる料理も沢山あるじゃない。なんで冷やし中華だけダメなのよ。料理ごとに差別は良くないよ思うわ、冷やし中華も一年中食べられる様になるべきだと思うわね」
 リサが冷然と告げ、悠姫がうなずく。
「美味しい物なら、一年中食べられる方がお得じゃない。美味しい物が、特定の季節しか食べられないのは勿体ないと思うわ」
「し、しかし、それでは、季節感というものがだな……」
 喚くビルシャナに皆まで言わせず、悠姫がきっぱりと告げる。
「季節感を出すのは間違っているわけでは無いだろうけど、通年出す権利はどんな料理でもあるのだと思うのよね。それを否定してはいけないわ」
「季節感を大切にしたいから夏にしか冷やし中華を食べないと、あなたが自分で決めるのは勝手よ。でも、他人に強要はできないし、ましてや店を燃やすなんて論外よ。それこそ絶対に許せないわ」
 リサが言い放った時、四人のモヒカン男たちが一斉に叫ぶ。
「うめーっ! この冷やし中華、さいっこーっ! 一年中、食いてえーっ!」
「お、お前たち……」
 かくも簡単に堕落してしまうとは、なんと嘆かわしい、と呻くビルシャナに、背後から歩み寄った蒼眞が冷ややかに告げる。
「信者も何も、お前、通りすがりのモヒカン君たちを安易に催眠で配下にしただけだろ? 冷やし中華を通年でどーたらとかいうくだらない教義を説いて説得したわけじゃないんだろ?」
「な、なぜ、わかった!?」
 愕然としてビルシャナが叫ぶ。そんなもん、見てりゃわかるわ、と、蒼眞は溜息をつく。
 そしてビルシャナは、周囲を見回して叫ぶ。
「こ、こうなったら、我一人でも、通年で冷やし中華を出す不埒な店に天誅を下してくれるわ! どうも見たところ、我の分の無料冷やし中華はないようだしな!」
「あったり前でしょ! 人間辞めちゃったビルシャナに喰わせる冷やし中華はないの!」
 珍しくもというべきか、リサが露骨に呆れかえった表情で告げ、同時に蒼眞が、それこそ遠慮会釈のカケラもなく、オリジナルグラビティ『終焉破壊者招来(サモン・エンドブレイカー!)』を駆使して袈裟懸けに深々と斬りつける。
「ランディの意志と力を今ここに!……全てを斬れ……雷光烈斬牙…!」
「ぎょえーっ!」
 異世界の冒険者、ランディ・ブラックロッドの意志と能力の一端を借り受けた強烈な一撃をまともに喰らい、ビルシャナは濁った悲鳴を上げる。
「し、死ぬ、死ぬ、殺される! しんじゃぁ~! たぁすけろぉ~!」
 ビルシャナは大声で喚くが、四人のモヒカン男は冷やし中華を味わうことに夢中で、まったく目もくれない。
 そして悠姫が、こちらもオリジナルグラビティ『エレメンタル・ガジェット』を発動させる。
「わたしの狙撃からは、逃れられないわよ!」
「うぎゃひーっ!」
 形態変化したガジェットから放たれる麻痺弾が、ビルシャナの胸部に命中。ビルシャナは羽をばたつかせて見苦しくもがく。
「それじゃあ、この際私もオリジナルグラビティ、行っちゃいます!」
 紅葉が宣言し、オリジナルグラビティ『メイプル・ダスク』を放つ。
「まどろみの世界へ誘う紅葉の舞を、ご覧下さいね」
 本来列攻撃なのでダメージこそ小さいが、『メイプル・ダスク』の真の恐ろしさは催眠効果にある。綺麗な紅葉が辺り一面に舞う幻影を見せられたビルシャナは、覿面に混乱に陥って喚く。
「紅葉が、紅葉が、こんな季節に綺麗な紅葉が、うわー、季節感が衆合無の彼方へ消えていくぅ~」
「まったく、冷やし中華が出るの出ないのとかいう浅薄な季節感に頼ってるから、そういうみっともないことになるのよ」
 言い放つと、リサもオリジナルグラビティ『ライトニングパルス』を放つ。
「この電気信号で、痺れてしまうと良いわよ」
「びゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ~!」
 リサが放った高速の電気信号を受け、ビルシャナは踊り回るような動作でばたつく。
「し、死ぬ、死ぬ、殺される、このままでは死んでしまう。治癒だ、治癒、ヒール、清めの光……あれ?」
 ビルシャナは必死で変なポーズを取るが、何も起こらない。催眠が効いたのか、それとも三重にかけられたパラライズの効果か、ビルシャナの行動はものの見事に失敗した。
「終わったな」
 まあ、最初から始まってもいなかった気もするが、と言い放ち、蒼眞がビルシャナの脳天から股間まで、唐竹割りにずっぱり斬り放つ。攻性植物やダモクレスなら、真っ二つにされてもしぶとく再生することも多いが、そこは戦闘でも後手を引きまくる未熟者のビルシャナ、ばさっと黄色い羽毛が散ったかと思うと、そのまま死骸も残さず消滅する。
 そして冷やし中華を食べ終わったモヒカン男たちが、けっこう礼儀正しく合掌して唱和する。
「ごっちゃんでした! あー、美味かった!」
「ところであんたたち、何で火炎放射器なんか持ち歩いてるんだ?」
 蒼眞が訊ねると、モヒカン男の一人がきょとんとした表情で応じる。
「この火炎放射器は、えーと、春の下草焼きをするってんでバイト先で渡されて……あれ? なんでそれが中華料理屋で冷やし中華喰ってるんすかね?」
「あなたたち、デウスエクスのビルシャナに催眠かけられて、中華料理屋さんを焼き討ちする手先に使われるところだったのよ」
「私たちはケルベロス。ビルシャナは、既に私たちが倒しましたけど、一つ間違えたら危ないところでしたよ」
 リサと悠姫の言葉に、モヒカン男たちは目を丸くする。
「そ、そうだったんすか! そ、それは、助けていただいてありがとうっす!」
「礼なら、この店の店主さんに言うんだな」
 そう言って、蒼眞は小さく笑う。
「さあ、店主さんたちに、万事解決したと伝えに行こうぜ。そして腹に余裕があるなら、きちんと金払って、も少しなんか食わせてもらおう」
 冷やし中華もう一杯もいいが、きっと他の料理も美味いに違いないからな、と、蒼眞は言葉に出さずに呟いた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月31日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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