《甦生氷城》突入戦~氷城の最奥に待つ氷の少女

作者:河流まお


 兵庫県にある小さな駅『鎧駅』。
 山陰本線に連なる無人駅の一つで、天気の良い日には駅の一番ホームから美しい日本海と入り江を一望することが出来る。
 筈なのだが――。
 いま海は大嵐のように猛々しく狂い、暴風が駅舎を吹き飛ばさんばかりに吹き荒れていた。
 その原因の発端は、鎧駅沖合に存在する死神達の拠点《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングで起こった異変だ。
 現在、巨大な竜巻が《甦生氷城》の周囲数kmに渡って幾つも発生しており、その猛威はもはや死神達ですら制御不可能な状況となっているのだった。


 《甦生氷城》の最奥にて、この『不自然な大災害』に思考を巡らせる一人の死神がいる。
 【死神拠点を守る軍師少女】クー・フロストである。
「……大洪水は阻止されてしまったようだね」
 と、静かに呟いたクーに、側近の一人が「まさか――」と肩を竦める。
「そのような時間的余裕はケルベロス達には無かったはずです」
 冥王イグニスと共に、準備に準備を重ねた今回の大洪水は、まさに必勝と言っても過言ではない、完璧な作戦だったはずだ。
 それがなぜ、阻止されたと思われたのですか? と問いかける側近たちの視線にクーは頷き、
「それは、この竜巻の原因が恐らく……って、それどころじゃないか」
 いま、クーとしては自分の見解を側近たちに説明している時間が惜しい。
 判断の正確さと、決断の速さ。
 それこそが、クーがこの拠点を任されている理由なのだ。
「急ぎ、《甦生氷城》を閉鎖する儀式を執り行う」
 その簡潔なクーの言葉に、側近達はその表情を楽観から緊迫へと変える。
 そうだ、万が一この大嵐を、あの忌まわしい巨大戦艦が突破できるのだとしたら――。
 今こそが《甦生氷城》を攻め落とす千載一遇のチャンスなのだから。
「……攻めてくるかもしれない。『やつら』が」
 死神達は動き出す。
 荒れ狂う海上の魔城で、次なる戦いが始まろうとしていた。


 作戦室に集まったケルベロス達にセリカ・リュミエールが一礼する。
「皆さんのお力により死神達の目論見、ザルバルクによる大洪水を阻止することが出来ました」
 未曽有の大災害を回避することに成功し、一先ずは胸を撫で下ろす一同。
「そして……この結果によって、兵庫県鎧駅沖に出現した死神拠点《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングにて異変が発生しました」
 ピッとモニターに映し出されたのは、曇天の海の上にそびえたつ不気味な魔城。
「現在、鎧駅沖の《甦生氷城》から半径数キロメートルに、巨大な竜巻が複数あらわれ、大荒れに荒れているのです」
 セリカの報告にケルベロスの一人が首を傾げる。
「竜巻……? なんだか変なタイミングだね」
 少なくとも先日の天気予報ではそんな予報は無かった気がする。
 セリカが頷き。
「この竜巻は海水では無く、ザルバルクで作られているようです」
 つまり大洪水が阻止され、溢れ出そうとしていたエネルギーが行き場を無くした結果が、この大竜巻となったらしい。
「その内部には、多くの死神の軍勢が巻き込まれ、制御を失っているようです。
 現在は制御を失っているものの、膨大な数のザルバルクと死神の軍勢が地球に出てきているのは間違いなく、これを放置することはできません」
 つまり、この機に乗じて死神の拠点《甦生氷城》を攻め落とそうというのが今回の作戦というわけだ。
「いや、とは言ってもよ――」
 懸念を示したケルベロスの一人。
 モニターに映し出された大竜巻は、大海原と曇天の空を繫ぐような、これまで見たことも無いほどに巨大なものである。
 いかに巨大戦艦『ケルベロスブレイド』といえど、この大嵐を突破することが可能なのだろうか?
「たしかに、ザルバルクの大竜巻は近づくだけでもかなり危険な状況です。ですが――」
 不可能ではありません、とセリカは微笑む。
「万能戦艦ケルベロスブレイドには『ザルバルク剣化波動』があり、ザルバルクの無力化が可能です」
 その効果範囲は半径8キロメートルに及び、ザルバルクの大竜巻を完全に無効化することができる。
 今回の作戦では、ケルベロスブレイドで《甦生氷城》に近づき、ザルバルクを剣化した隙をついて、《甦生氷城》に突入して、制圧する事が目的となる。


「この状況を利用して一気に攻め落とす、か」
「はい、ですが――」
 セリカの表情が引き締められる。ことはそう簡単では無いらしい。
「この危険性に気付いたのか、【死神拠点を守る軍師少女】クー・フロストは、《甦生氷城》の回廊を閉鎖して使用不能するべく儀式を開始したようです」
 その儀式が完成すれば《甦生氷城》は分厚い氷に覆われることになり、立ち入ることは不可能になるだろう。つまり――。
「皆さんには、この儀式が完成する前に、《甦生氷城》に突入して、クー・フロストを撃破していただきたいのです」

 この班は《甦生氷城》の最奥で儀式を行う【死神拠点を守る軍師少女】クー・フロストの撃破を担当することになる。
 クーはこの魔城を統括するリーダーで、強力な魔力を有する死神である。
 可憐な少女の見た目とは裏腹に、敵対するもの全てを氷に閉ざす無慈悲なる死の魔女だ。
 詳しい能力は不明だが『頑健・敏捷・理力』の内、二つに特に秀でた技能を持つようだ。
 逆に言えば、残る一つを把握できれば、そこに付け入る隙を見出せるのかもしれない。

「もし道中で他の敵幹部と遭遇しても、皆さんはクー・フロスト戦のために力を温存しておいてください」
 手傷を負った状態で相手できるほど、容易い相手ではないということだ。
 セリカは静かにケルベロス達に視線を向け、
「皆さんは最奥へと急ぎ、何としても儀式が完成する前に必ずクー・フロストを撃破してください」
 それぞれが他の班を健闘を信じ、渾身の一矢を敵将の元へと届かせる。
 速度重視の作戦だ。
「そして、皆さんが誰一人欠ける事無くここに帰ってくることを、私もまた信じています」
 そう説明を結び、セリカはケルベロス達に一礼するのだった。


参加者
七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)
八千草・保(天心望花・e01190)
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ


「にゃ、にゃにゃっ!?」
 暴風に煽られて大きく揺れる大戦艦の内部。
「ぎにゃーッ! 本当に大丈夫なんですかぁ!? コレェ!」
 配管の一つにしがみ付きながら七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)が叫ぶ。
「大竜巻を無効化する『剣化波動』の効果は8km……。
 つまり、その射程圏内に目標地点《甦生氷城》を収めるまでは、この悪天候の中を航行すしかないのでしょうね」
 極めて冷静に状況を伝えるのは霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)。
 その身体はオウガメタルのイクスを使って船体の壁に固定されている。即席のシートベルトといったところだろうか。
「にゃんかズルくないそれ!?」

 ギギギギッ――。

 身を竦ませるような不気味な金属音が船内に響き渡る。
「……船の竜骨が軋む音やねぇ」
 常人ならば平衡感覚がぶっ壊れそうなほど大揺れする船内で、のんびりおっとりとした調子で八千草・保(天心望花・e01190)が呟く。
「このままパキッと船体が折れたりしたら、大事やな」
 場を和ませるための軽い冗談のつもりで保が笑うが――。
 この状況下では実際にあり得そうで怖い。
「それは困ります。戦う前から敗北だなんて」
 トントンと壁を蹴りながら、舞い踊るように揺れを受け流すイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)。
「わはははははっ! 楽しくなってきたのう! やはりカチコミはこうでなくてはなッ!」
 服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)が拳を握り、進行方向を羅針盤のように指し示す。
「さあ、いざ参らん! 嵐の中心に敵はおるぞッ!」
 からからと上機嫌に、豪快に笑う無明丸。
「も~、なんでみんな平気そうなの~……」
 相棒の翼猫・ビーストくんを胸元に抱き寄せながら、ややゲンナリした様子でベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)。
 まぁ、飛行種族はこういうの上下左右の揺れにも耐性があるのかもしれない――。

 さて、この拷問のような状況がいつまで続くのか、と思ったその時。
 曇天の海の先で、不気味な建造物の姿が浮かび上がってきた。
「あれが《甦生氷城》ね。
 ふ~む、なかなかに禍々しくて呪わしいデザインだわ」
 遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)が感心しながら頷き、その陰陽服の懐からスマホを取り出す。
「『映える』かしら――」
 人知を超えたその建築様式は、たしかに写真映えしそうではあるのだが、
「うう、揺れすぎて上手く撮れないっ」
 歯痒い思いを噛みしめる篠葉。
「たしかに、あの城からは魔術的な様式を感じますね」
 ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)も頷く。
 サクラダファミリアの尖塔を細長く引き伸ばして、螺旋状に巻きなおしたかのようなその威容。
 それはまるで、巨大な花の『蕾』を思わせる。
「あの螺旋形状は何かの封印でしょうか……? もしかすると、あの城自体が――」
 と、ウィッカの考察は尽きないところだが――。
 ついに戦艦ケルベロスブレイドが《甦生氷城》を『剣化波動』の範囲に捉えたようである。
 拳を打ち鳴らす無明丸。
「では彼奴らの覆いを剥ぎ取り! その城塞、打ち砕いてくれようぞ!」
 攻める者、防衛する者。互いの死力を尽くす戦いが始まろうとしていた。


 《甦生氷城》に接舷しても、ここで一休憩というわけにはいかない。
 既にクーの儀式は始まっており、ここからは時間勝負である。

「もう春だってのに寒いよぉ」
 まるで冷凍庫の中のように冷えた城の内部。
「なんだか最初の戦いを思い出すな」
 走りながらもベルベットは昔のことを思い出す。
 たしか、そう。あの日も寒い雪の日だったっけ。
 あれから、戦って、戦って、戦って――。
 まるで駆け抜けてきたような4年間。
 戦いをやめて立ち止まることも出来たのかもしれない。
「でも――」
 でも、なんだかんだでベルベットはこうして走り続けている。
 それは復讐なんかじゃない、新しい目標。
 自暴自棄な顔面消失ガールはもういないのだ。

 徐々に霜がこびりつき、通路を狭めてゆくのが見て取れる。
「封印儀式が完了すれば、この城は完全に氷の防壁に閉ざされるというわけですね」
 ゴッドサイトデバイスにより周囲の情報を集めてゆく和希。
「冷気の流れがありますね。この元を辿れば――」
 すぐさまその情報を仲間と共有し、進むべき道を指し示してゆく和希。
 そして、彼の索敵が通路先に潜む敵の姿を捉える。
「イリスさん!」
 和希の言葉に頷いてイリスは二刀抜刀。
「折角のデスバレスに至る道、閉ざされる前に何としても確保します!」
 予告通り、通路を曲がった先に待ち構えていた3体のデスナイト。
 イリスは速度を緩めることなく前傾のまま斬り込んだ。
 地擦る様な一閃で敵の脚を切り裂き、旋風の如き返し刃で胴体を断つ。
「――ぐ、がッ」
 もう一体のデスナイトが、仲間の敵討ちとばかりにイリスを狙うが、
「お勤めご苦労さんやなぁ。でも、ボクらも急いどるんで」
 敵に対してもゆっくりと、ちょっとだけ申し訳なさそうにしながら神をも蝕むウイルスを打ち込む保。
 残る一体も――。
「あなたの今日の運勢は大凶、『お足元にご用心!』よ」
 水晶玉を構えた篠葉が悪戯な笑顔を見せる。
 その背後からぶわっと『ムンクの叫び』みたいな呪霊がご登場――。
「――ごふっ!」
 突然、氷に足を滑らせてデスナイトが盛大にコケた。
 なんという不運……。
 って、よく見たらさっきのムンクが思いっきりデスナイトの足を引っ張っているじゃねーか!
「はーい、それじゃまた明日~♪」
 篠葉がていっとデスナイトをキック。ザコ敵は「ああ~っ」と、カーリングのように滑りながらムンクと共に遥か彼方へと消えてゆくのだった。


 漂う冷気が一段と濃く、鮮明に感じられる。
 まるで舞踏会のホールのような場所に辿り着いたケルベロス達。
 中央には魔法陣が展開されており、その上に立つのは――。
「来たか……。儀式完成まであと一手、足り無かったようだね……」
 青白い髪を揺らしながら、クー・フロストが振り返る。
「本当にあの大嵐を抜けてくるとはね」
 その表情には軍師としての称賛の色も含まれていた。
「……止めにきましたん。イグニスはんの企てを」
 穏やかに、柔らかに、されどその瞳に決意を湛えて、敵と相対する保。
「お主もさるもの! この強襲を勘付いておったか! ならば話は早い!
 さぁ! いざ尋常に、勝負ッ!!」
 翼を広げて構えをとる無明丸。
「銀天剣、イリス・フルーリア―――参ります!」
 愛刀『風冴』を突き付けながらイリスも名乗りをあげる。
 心なしか、刃が普段よりも重く感じられる。
 足止めを引き受け、ここまで導いてくれた数々の仲間たちの想い。
 この班は作戦の総仕上げ。ここを落とせば全ての努力は水泡と帰す。
 重く伸し掛かる重責を感じながらも、イリスは柄を握りしめる。

 色とりどりの魔石を握りしめながら、五芒星の魔法陣を描き出すウィッカ。
「大洪水は阻止しました。続けてここを落として、死神の企てを全て阻止してあげましょう」
 その言葉にクーはくくっと不敵な微笑みで返す。
「おや? まさか、ここに辿り着いただけで『勝った』つもりでいるのかな? エルフの小娘さん」
 バチバチと睨み合う赤と青の魔女。膨大なる魔力の奔流がぶつかり合い、大気を震わせる。
「いくぞッ!」
 先手を打ったのはクー。
 渦巻く冷気と共に、雪氷の刃が雨あられと降り注いでくる。
「『契約に従いてその力を我が前に示せ! 其が宿すは腐敗の魔力、絶対なる傷を与える刃なり!』」
 高速詠唱と共に魔石を地面に叩きつけるウィッカ。
 砕けた破片が無数の魔法陣へと変わる。顕現するのは悪魔の力を宿した刃。
「――ッ!」
 互いを迎撃しあうように、ぶつかり合う氷刃と魔刃。
 押し負けないようにと次々と魔石を使用してゆくウィッカ。
 意地と意地のぶつかり合いのような魔術合戦が戦場を彩る。
「死神の軍師ですかー……。頭の良さで勝負なんてせず、暴力と胆力で勝負しましょう」
 猫のようなしなやかさで、氷刃の嵐をすり抜けてゆく七海。
 クーも迫り来る七海に気が付き、攻撃を集中してゆくが――。
 まるで月の上を歩くような、フワフワとした七海の動きを捉えることが出来ない。
「下手にフェイントを入れるより早く、ですよ」
 りん、と鈴の音が響き渡る。振りかぶるのは暗狗ノ牙“狗々狼”。
「暴力をもって自宅(世界)を取り返させてもらいます」
 獣の気を纏った七海の鉈が、クーへと振り下される。
「くっ――」
 纏う冷気を攻撃から防御へと転じ、氷の障壁を作り上げるクー。
 ガァンと獣の牙が突き刺さり、氷壁に乱杭の傷痕を刻む。
「む、防ぐとはやりますね」
 クーの大鎌による反撃を躱しながら、七海は微笑む。
「ですがこの『自宅』。必ずや取り返させてもらいますよ」
「ここ、私の城なんだけど……」
「のんのん。私がいる場所は、すべて私の自宅なのです」
 どーん、と胸を張って言い放つ七海に、さしものクーもどう返してよいものか迷っている様子だ。
(ん~、それしても――)
 軽口を呟きながらも先程の攻防を考察する七海。
 わりと自信があった撲殺釘打法が防がれたということは、もしかすると敵の能力は頑健寄り?
「それじゃ、お次は!」
 ぺろりと唇の端を舐めて、七海は次の攻撃を繰り出してゆく。
 連携して互いに攻撃後の隙をカバーしあうのはイリス。
「冷たい氷も良いですが、たまには熱い炎も如何ですか!」
 翼による姿勢制御が可能とする、変則的な蹴り。
 炎を纏った逆姿勢からのカカト落としが、クーの顎を蹴り上げる。
 互いに譲らぬ攻防が繰り広げられてゆく中。
「さーて、今日もバリバリ呪っていきましょ!」
 どう呪ってやろうか……と、じっと敵を観察する篠葉。
「むむ……あれは――」
 攻防自在に形を変えるクー『冷気』。
 素人では見逃してしまうだろうが、呪いの専門家である篠葉の眼ならばその正体を見破るのは容易い。
「ふーむ、使役されている死霊か……。これは使えそうだわ。
 呪い給え、祟り給え。その身をもって、己の業を受けるがいいわ!」
 篠葉が呪詞を唱え晴明印を結ぶ。
 クーが纏う死霊たちのコントロールを一時的に奪う篠葉。
「あ、あれ――?」
 突然、冷気がストップして狼狽するクー。
 え? なんで? と死霊たちの方に視線を向けると、ごうッと強烈な冷凍ビームが放出され、クーの髪と睫毛をカッチコッチに固めあげた。
「き、貴様の仕業か……」
 般若のような表情で篠葉を睨みつけるクー。
 戦いは更に熾烈さを増してゆく。


「何となく、見えてきたかんじやね」
 三色による攻撃。それぞれの効果と命中精度を統合してゆく保。
 敵の能力は理力と頑健の二本柱に間違いないだろう。
 事前の予想と完全一致とはいかなかったものの、ケルベロス達の立てた戦術は十分対応可能な優れたものだった。
 弱点を見破ったことにより、戦いは時間と共にケルベロス側の優勢へと傾いてゆく。
「くっ、しぶとい、奴め――!」
 なかなか倒れない盾役のベルベットに業を煮やし、クーは自らの大鎌でトドメを刺さんと迫ってくる。
(来る――。あとはタイミング次第……!)
 ベルベットには秘策があった。
「アタシだって4年間戦い続けてきたんだ。たとて強敵でも見切れるはず!」
 自らに活を入れ、集中力を研ぎ澄ます。
 袈裟懸けに振るわれる大鎌。
 それに対してベルベットは、
「今だ!」
 突如、白い蒸気が立ち昇り敵の視界を塞いだ。
「ッ!?」
 ベルベットの中で燃え盛る地獄の炎、その排熱が肩から噴き出したのだ。
「ケホッ……! き、貴様ァ」
 まんまと奇策に嵌められて、クーは奥歯を噛む。
 ベルベットはへへんと笑い。
「アタシは紅蓮嬢ベルベット・フロー。この星の守護者。炎の盾よ!」
 そう言って胸を張るものの、さすがにこれまでの蓄積ダメージは高いようで――。
「無茶しはりますな、ベルベットはん。
 ――でも、おおきにな」
 次はボクが支える番や、と保は優しく微笑む。
『光、花、守護を導き賜え』
 保の言葉に応じて喚び出された精霊。
 移ろいゆく季節に応じて姿を変える幻影の花々は、やはりと言うべきか『春』を代表するあの花を選んだようだ。
 氷に閉ざされた空間に、パッと咲き乱れたのは桜花絢爛の花吹雪。
 敵も味方も一瞬だけその美しさに言葉を失い、見惚る。
 僅かにたじろいだクー。その隙を見逃さず間合いを詰めるのは無明丸だ。
「ぬぅあああああああーーーッッ!!」
「――ッ!?」
 氷の障壁で防御を固めるクー。
 だが、そんなものは関係ないと無明丸は拳を振りかぶる。
 ガード上等。攻略法はちゃんと考えてある。
 思いっ切り力を込めて。全身全霊で、ひたすら真っ直ぐに正拳突きでブチ破る。
 地響きのような衝撃と共に、堅牢な氷がひび割れる。
 同時に、右の拳に感じる鋭い痛み。

 だが、この『痛み』こそが――。彼女に生を実感させるのだ。
「もういっぱぁつっっ!」
 ひび割れた氷の隙間を狙って、雷のような速度で以て貫き手が突き込まれる。
「――!」
 錐(きり)が分厚い氷を断ち割るが如く、一点集中の衝撃が敵の防壁を貫いた。
「うぐッ!?」
 よろめきながらも、なんとか態勢を立て直すクー。
 追い詰められた獣のような、危険な色がその瞳にはあった。
「こうなれば――」
 残る力を振り絞るように、魔力を解放させてゆくクー。

 だが――。
「――そうはさせない」
 死神に死を告げる冷徹な声が響き渡る。
 黒衣をはためかせながら、バスターライフル『アナイアレイター』の照準、クーの最後の姿を見届けるのは和希。

 まずは大鎌を持つ右腕を――。
 次に逃がさぬように左脚を――。
 淡々と、ごく平然と撃ち込まれてゆく弾丸の数々。

 崩れゆく最中、クーは見た。
 まるで死神のような――。いや、それを超えるような『何か』を和希の瞳に。
 蒼月のような瞳に宿る、デウスエクスに対する『狂気』――。

 最後の銃弾がクーの心臓を貫く。
「ふ、ふふ……定命の者、たちが、生きたままデスバレスの深海層へと、赴く、か……」      ケルベロス達に「一足先に」と笑いかけながら――。
 クーは事切れるのだった。


 戦いが終わり、この城の最奥から冥府の海への連絡手段や経路がないかどうか確認してゆく保。
 と、その時――。
「あれ? なんか、歌が聞こてきーひん?」
 保の言葉を受けて耳を澄ませてみると、たしかに何処からか歌声が響いてくる。
 まるでケルベロス達を招くような、そんな歌声である。
「聖王女エロヒムの歌声――?」
 突如、激しい揺れが城全体を揺らす。
 クーという核を失い、《甦生氷城》の封印が崩れているのだ。
 城の尖塔がまるで蕾が花開いてゆくように割れてゆく。
 デスバレスへの門が、今まさに開こうとしていた――。

作者:河流まお 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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