《甦生氷城》突入戦~青薔薇の毒を秘す

作者:桜井薫

 見る者全てを震わすような轟音を連れて、数多の竜巻が立ち昇る。
 海面から天まで渦を巻くそれを引き起こしているのは、風でも雨でも雲でもなかった。
「…………!!」
 竜巻を作り上げているのは、冥府の海が凶暴な鮫の形を得た死神ザルバルク。
 無数のザルバルクが螺旋を描く暴威にさらされた海は荒れ狂い、うねり、乱暴な波しぶきを上げていた。
 陽の光さえも遮るザルバルクの大群の中心には、いびつな部屋が無秩序に寄り集まったような、本能的に不安を覚えさせるような昏い色の巨大な城がそびえ立つ。
 それこそが、死神最後の拠点『甦生氷城』ヒューム・ヴィダベレブングだった。

「押忍! ザルバルク大洪水は、先に向かった皆の尽力で、無事に阻止することができたじゃ! まっことお疲れさまじゃ、押忍!」
 万能戦艦ケルベロスブレイド獅子宮の、ヘリオン発着場にて。
 円乗寺・勲(熱いエールのヘリオライダー・en0115)は、まずは気合いを一つ入れ、吉報を報告した。そして表情を引き締め、さらなる作戦の説明を始める。
「じゃが、まだめでたしとは行かず、もう一働きしてもらわにゃならんじゃ。ザルバルク大洪水が阻止されたことで、鎧駅の沖に出現した死神最後の拠点『甦生氷城』ヒューム・ヴィダベレブングに、異変が生じたんじゃ」
 勲によると、『甦生氷城』を中心とした半径数キロメートルの広範囲に、多数の巨大な竜巻が現れ、海域が大荒れに荒れているという。
「こん竜巻は、普通の竜巻じゃなか。ザルバルクそのものが竜巻となっちょる。ほいで、そん中には多くの死神ば軍勢が巻き込まれて、制御を失っておるんじゃ」
 制御を失っているとはいえ、膨大な数のザルバルクと死神の軍勢が地球に出てきているのは間違いなく、放置することはできない。
「ザルバルクの竜巻は、近づくだけでもえらい難儀な、ぶち危なか所じゃ。じゃが、わしらの万能戦艦ケルベロスブレイドなら、こがあな危機でも突破口を開けるんじゃ!」
 『すごく強い戦艦』は、昔から男の子たちを興奮させてきた。三十路となった勲も例外ではないようで、珍しくテンションの上がった様子でザルバルクへの対抗手段を説明する。
「日本列島防衛戦でも大活躍した、『ザルバルク剣化波動』! こん秘密兵器さえありゃあ、ザルバルクもただの剣ばなって、無力化されるんじゃ。攻撃範囲は半径8キロメートルほどあるじゃて、『甦生氷城』一帯のザルバルク大竜巻は、一網打尽じゃ!」
 一息ついて、勲は今回の作戦目標に話を移す。
「今回の作戦目標は、『甦生氷城』の制圧じゃ。ケルベロスブレイドで『甦生氷城』ば近づき、ザルバルク剣化波動を発動させ、その隙をついて『甦生氷城』に突入するんじゃ、押忍っ!」

 続いて勲は、この場に集ったケルベロスたちの作戦目標について話を進める。
「現在の『甦生氷城』周辺は、大洪水の阻止で行き場を失ったザルバルクが暴走しちょる。こん状況を逆に利用すれば、そこらをケルベロスブレイドがデスバレスに突入する足がかりにすることも可能じゃ」
 暴走した『甦生氷城』の回廊を利用して、巨大な万能戦艦ケルベロスブレイドの突入口として利用したいところだが、敵もさるもの。
 『甦生氷城』を守る指揮官である『死神拠点を守る軍師少女』クー・フロストは、『甦生氷城』の回廊を閉鎖して、使用不能にするべく何らかの儀式を開始したようだ、と勲は言う。
「こん儀式が完成してもうては、せっかく見つかったデスバレスへの足がかりが無くなってしまうじゃ。じゃけん、儀式が完成する前に『甦生氷城』に突入して、クー・フロストと回廊を守る幹部の死神たちを倒してもらいたいんじゃ」
 勲は集まったケルベロスたちに一礼し、複数居る中からこのチームが担当することになる有力敵の詳細について説明を始める。

「皆に担当して貰いたいんは、『【魔将】エントツュッケントゼーラフ』。可愛らしい姿とおとなしか態度にそぐわん、厄介な力の持ち主じゃ」
 勲によると、エントツュッケントゼーラフは猛毒と幻惑の力を秘めた青薔薇と、自らの抵抗力を高める癒しの鎌を使いこなし、万全の搦め手で迎え撃つだろう、という。
「広い範囲に純粋なダメージとなる猛毒を放ち、敵味方の区別がつかなくなる催眠をばらまき、自分の状態異常耐性を高める追加効果を持った回復技まで持っておる。いろんな意味で、状態異常への備えが肝心となるじゃろうの」
 また、配下として数体のデスナイトを連れているので、そちらも勘定に入れておいてほしいとのことだ。
「正確な数は不明じゃが、まあそう多くはなか。戦力もそう警戒するほどのもんは無かが、エントツュッケントゼーラフをかばうので多少戦闘が長引くかも知れんの。『軍師少女』を倒すチームが心置きなく戦えるよう、ボスも配下も一体残らず倒してつかあさい」
 くれぐれも後顧の憂いなく作戦を遂行できるよう、突入するチーム皆で力を合わせてほしい……と、勲は念を押す。
「こん作戦は、デスバレスに王手をかける重要な一手じゃ。皆なら、死神との長か戦いに終止符を打つ道ば切り拓けると、わしは信じてるじゃ……押忍っ!」
 最後にひときわ力強いエールを送り、勲はケルベロスたちを送り出すのだった。


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)
神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)
ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)

■リプレイ


(「死神達を追い詰める絶好のチャンスだね。このチャンス、絶対に逃がさないよ!」)
 リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)が固い決意を胸に進むのは、『甦生氷城』ヒューム・ヴィダベレブングの回廊。
 すでに三体の有力敵を他のケルベロスたちに任せて進んできた彼女らもまた、城の最奥部に向かう仲間たちを速やかに送り出すため、自分たちの目標……『【魔将】エントツュッケントゼーラフ』の姿を求め、回廊をひた走る。
(「あなた方には、あなた方の理念があるのでしょう。けれど、死を支配しようとする、死を利用しようとする、その行いはわたくしには許容できません」)
 親友の隣で駆けるルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)の胸中もまた、確固たるものだ。死神らの相容れない目的を阻止するため、何度でも道を阻む覚悟はできている。
(「我らの任は死神クー・フロストを滅する班の道を開く事、それまでは静かに、着実に……」)
 以心伝心というものだろうか。道を阻むために、まずは道を開く。
 ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)の任務に対する使命感は図らずも、同じ寮の仲間二人の思いと通じ合うものだった。
 隠密気流や周辺への警戒など、万全の備えで回廊を進むケルベロスたちに言葉はなくとも、デスバレスへと繋がるこの作戦を成功させる意志は同じだ。
「魔将、なんて大層な二つ名にゃ、ちょいと似合わねえ気もするがな。可愛らしげなのと、お供が……4体か」
 できる限り戦場の情報を集め注意を払って進んでいた水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)の視界に、小柄な少女と、死神が重なり合ったような骸骨4体が映る。
 少女はどこかおずおずとした表情に不釣り合いな大鎌を手に、青と黒のゴシックなワンピースをまとい、足元にはリボンにあしらった青薔薇が花開いている。
「ふむ、言われてた人相書き通りじゃな、間違いないじゃろう。それにしても、やぶれかぶれの特攻好きのイグニスにしてはここにはいないのじゃな?」
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)がぽろりとこぼした通り、死神たちについて、儀式について、敵将について、気になることは山ほどある。
(「……ともかく、今は、此の場を、制圧、する為に、尽力、しないと、いけません、ね」)
 だがこの場に居るケルベロスたちの思いは、神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)の心の声が代弁する通りだ。あおは、声に出すのが今も得手ではないのを補うように、金色の瞳に無表情なりの強い意志を込め、青薔薇の少女をしっかりと見据えた。
「さぁ、お付き合いしてもらうよ?」
 無事に目標を見つけた以上、残り2チームのケルベロスたちを先に通すため、やることは一つ。
 シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)は、エントツュッケントゼーラフに手元の相棒、蒼穹棍『シルフィード・アンカー』を向ける。棍を握る左手薬指には、ダブルリングが輝いている……回廊の外でまさに今戦ってる、暖かい太陽のような伴侶を想えば、負けられない思いもひとしおだ。
「わたしはお付き合いしたくないけど……あのひとは誰も通すなって言ったの」
 少女が鎌を水平に構えると、身につけた青い薔薇の花びらがほころび、棘をまとった蔦がするすると渦巻いた。消極的なようで確かな戦意は、今まさにこの場を戦場に変えようとしていた。
「へ、ここは俺たちに任せて先へ行きな」
 比良坂・陸也(化け狸・e28489)は、密かにちょっとわくわくした気分を乗せ、一度は言ってみたかった台詞をケレン味たっぷりに響かせる。
 その対象は言うまでもなく、さらなる奥を目指す仲間たちだ。
「ああ、頼んだ!」
 力強い応えと共に、残り2チームのケルベロスたちが駆けてゆく。
 デスバレスへと繋がる戦いが、今始まろうとしていた。


 真っ先に動いたのは、リリエッタだ。
「打ち砕け……!」
 グラビティを凝縮した数多の弾丸は、幾筋もの銀色の糸となって打ち上がり、デスナイトたちの頭上から流星雨のように襲いかかる。
「……!」
 気合いの乗った初撃はまずまずの威力で突き刺さったようで、骸骨の騎士たちはドクロ模様の盾を構え、崩れた体勢を立て直そうとした。
「リリちゃん、さすがですわ」
 ルーシィドはすかさず息の合った連携で見えない爆弾を振りまき、固まったデスナイトたちを盛大に爆破する。特に1体の敵には当たりどころが良かったようで、早くも足元がおぼつかない様子だ……事前に予知されていた通り、魔将を全力で守っている鬱陶しさはあれど、戦力はそれほどでもないらしい。
「あなた達じゃね……わたし達の歩みを止められないからっ!」
 親しい二人の奮戦に勇気づけられたように、シルは弱った敵を逃さず畳み掛ける。電光石火の蹴りは、一点特化してよく鍛えられた力と火力重視の戦術が合わさり、恐ろしいほどの威力でデスナイトを横薙ぎに打ち砕いた……ひとたまりもなく崩れた骨の残骸が、カラリと乾いた音を立てる。
「……強いの。でも、強ければ強いほど、この毒が効くの」
 エントツュッケントゼーラフは、早くも配下の1体が倒されたのを気にするふうでもなく、淡々と反撃の体勢を整える。
 静かに持ち上げられた手を彼女がくるりと返すと、掌にはふわりと青い花びらが舞い上がり、品の良い香木のような香りが辺りに満ちていった。
「止める!」
 ジークリットは反射的に、シルの前に立ち塞がった。
 相手の言う通り、敵味方の区別を惑わせる力が働いた時に何より危険なのは、鍛え抜かれた頼もしい戦力だ。ケルベロスの中でも選りすぐりのこのメンバーたちは、誰もがある意味目の前の死神よりも危険な存在になり得ると言って差し支えなかった。
「厄介じゃのう。それ、皆、正気に戻るのじゃ」
 だが、危険が事前に分かっていれば、備えることもできる。ウィゼはシル以外の前衛が催眠の影響下にあるのを見て取り、癒しの薬液を広く振りまいた。誰がどれだけの異常に侵されているかを綿密に想定してグラビティを選んできたので、ウィゼの動きには一片の迷いもない。
「しょっぱなから、『回復が追いつかない』か……見掛け倒しだったら良かったんだがね。まぁ、こんなこともあるよな」
「すまない、助かった」
 ジークリットに状態異常が残っているのを察し、鬼人は気力のオーラで援護に回る。ジークリットは簡潔に礼を述べ、アームドフォートの主砲を魔将へと差し向けた。重い銃声とともに放たれた砲弾はかばうデスナイトの盾に突き刺さったが、牽制としては十分だ。
「おうおう、すまし顔して中々やってくれるじゃねえの」
 間髪を入れず、陸也は魔将の注意を引きつけるべく軽い煽りを入れながら、敵の懐に飛び込み、鋭い蹴りで足止めを食らわせる。術者らしい出で立ちから繰り出される遠慮会釈のない格闘ぶりは、さながら荒行上等の豪気な仏法僧のようだ。
 派手にやる陸也の影で、あおは精神の中に音のない詠唱を浮かべ、竜語魔法の炎を掌に燃え立たせる。どこかエントツュッケントゼーラフの雰囲気にも似通った、蒼と白のイメージを思わせる幻影の竜は、時が凍ったような蒼炎を鋭く投げかけた。
「やるしか、ないから。あのひとの言う通りにできない『【魔将】エントツュッケントゼーラフ』は、何の価値もないって……」
 少女は青白い鎌をぎゅっと握りしめ、胸の前で祈るように両の手を合わせる。
 鋭い鎌の刃からはうっすらと光が漏れ出し、抑えというには手痛い傷をかなり塞いだ気配を感じさせた。

「……名前長いから、エントでいい? 舌噛みそうだもん、長すぎて……」
 油断なく構えつつも、思わずシルがこぼす。実際、長い。ここに来たケルベロスたちの中で正確に少女の名前を覚えてる者は、たぶん居なかっただろう。
「……あのひとはゼーラフと呼ぶけど、あなたがそう呼びたいなら、それでも別に……」
 熟練のケルベロスを苦しめる強大な死神とは思えない、どこか頼りない表情。
 自分の意思を確認されたときの彼女は、まるで見た目通りのか弱い少女であるかのような様子を見せる。
「いや、自分の名前だろ、どうでもいいってことはねぇだろう。たとえ死神でも、元は人間だったりしたりするなら、なおさらだ」
「…………」
 気を引きがてら、彼女の正体にかまをかける鬼人に対する応えはない。
 答えたくないというより、本当にどう答えていいかわからないようだ。
「というか、さっきから何度も言う『あのひと』とは何者なのじゃ。この期に及んで隠すこともないじゃろう」
「『【魔将】デッド・デスブロイラー』。デッドのいうことが、いまのわたしのすべて」
 引き出せる情報はとことん引き出そうと問いを投げかけるウィゼに、今度は即答で、他のチームが戦っている死神の名が返ってきた。
「そうか。だが、そのデッドとやらも、我らケルベロスの仲間たちが戦っている」
「ええ。皆様は、必ず倒しますわ」
「ルーとジークの言う通りだよ。死神には、容赦しないから……エントも、デッドも、皆!」
 ジークリットとルーシィドに続いて言葉を叩きつけたリリエッタは、あまり感情を出さない彼女にしては珍しく、はっきりとした嫌悪の表情を隠さなかった。今は亡き親友のことを思えば無理もない。
 ルーシィドもジークリットも、リリエッタを気遣いつつも、死神たちに一歩も引かない強い視線を投げつける。
「デッドを、倒す……」
 だが、激しい感情をぶつけられた魔将の反応は、思いがけないものだった。
「そうか、デッドがいなくなったら、わたしは……!」
 今までの不安そうな表情が、嘘のように。
「わたしは、わたしが好きな人のために、戦う!」
 はっきりとした意志の宿った瞳で、少女は鎌を握り直し、ケルベロスたちに声を張った。


「おっと、なんか、火ぃ点けちまったか? だがお前さん、いい顔になったじゃあねぇか……今までに買った怨嗟、清算してもらうぜ!」
 明らかに雰囲気の変わった魔将に、陸也が皮肉っぽくも、どこか清々しい様子で符を叩きつける。
「やる気アップにはパワーアップで応えるのじゃ。皆、頑張るんじゃ」
 ウィゼはハープから溢れる力を前衛たちに預け、仲間たちを頼もしく鼓舞している。
「ありがとうな。まずは、無粋な邪魔者に、ご退場願おうぜ」
 援護を受け、鬼人の刀が一閃、骸骨の騎士へとひらめいた。
 極限まで無駄を省き、基本に忠実に、それでいて達人の極地に至った『無拍子』の太刀筋は、狙いあやまたずデスナイトを切り裂いた。
「ええ、そういたしましょう」
 ルーシィドの呼び声に応え、すべてを覆う茨の蔦が、魔将の従者の影から伸びる。死を引き寄せる茨は、彼女の確かな意志を乗せてデスナイトに絡みついた。
「…………!」
 全員が繋いでいた感情は、矢継ぎ早の連携となり、あれよあれよという間にデスナイトを一掃する。
「わたしは、もう、迷わない……!」
 護衛が居なくなっても、魔将はひるむ様子を見せず、蒼い薔薇の蔦を高々と宙に舞わせた。
「通しはしない」
 ジークリットの守りはあおを万全にガードし、まともに当たるところだった毒棘をその身で受ける。
(「誰か、が、代わりに、傷つく、のは、嫌……でも、今は、それより、も」)
 人が傷つくぐらいなら、自分が全ての傷を負いたい……自己犠牲精神溢れるあおにとって、この瞬間は、たとえようもない苦痛を伴うものだ。
 だが、今やるべきことを、見失いはしない。
「……満ちる、朽ちる。……理を翻す、歪曲の……」
 いにしえの唄が、あおの細い喉から絞り出される。めったに発することのない声は、永い眠りを誘う力を秘めて、エントツュッケントゼーラフの華奢な身体を包み込んだ。
「……不思議。痛いのに、痛くない」
 少女は強い勢いで体力を削った攻撃を受けてもなお、どこか幸せそうな表情を浮かべ、青薔薇の花弁を舞い散らせる。
「リリエッタさん……!」
「もう、こんなことで友達を傷つけたりしないよ!」
 心配するシルを安心させるように、惑わす香りを振り払うように、リリエッタはお腹の底から声を挙げた。魔将の力は痛くないはずもなかったが、友との絆が、仲間への信頼が、リリエッタの気力を限界まで奮い立たせていた。
「友達……そう、わたしは、クーと、みんなのために!」
 ケルベロスたちを繋ぎ、力を与えているもの。
 それと同じようなものが、青薔薇の少女に力を与えている。そしてそれは、つい先刻ケルベロスたちに出会った時の彼女からは想像もつかない、大切な何かに間違いなかった。
「ならば私は、リリと、ルーのために。剣に宿りし星辰の重力よ。悪しき加護を断ち切れ、ゾディアックブレイク!」
 ジークリットの凛とした声は、剣を振るう力となり、魔将へ星辰の重力を叩きつける。
 力も気力も十分に乗った重い斬撃は、少女の気力を削ぐことはなくとも、身にまとう積み上げた耐性を見事に断ち切ってみせた。
「変なの……つらいのに、すごく楽しい。こんなの、初めて……!」
 傷つくほどに、エントツュッケントゼーラフの表情はいっそ明るく輝く。
「へっ、楽しいなら、そいつは何よりだ……!」
 陸也は心置きなく錫杖を振るい、音速を超えてハウリングを起こす一撃を零距離から打ち据える。
 その後も、ケルベロスと魔将たちは何合も打ち合い、時に魂が肉体を凌駕する限界すら超えて、その力を余すことなくぶつけ合った。
 だが、ついに、この永遠に続けとすら思わせる時間にも、終わりが訪れる。
「ドラゴンもタダで済まなかった魔法だよ。あなたも、遠慮せずにもってけっ!!」
 命中精度も射程距離も犠牲にして、威力に全ての力を割り振ったとっておきの精霊魔法、『六芒精霊収束砲』。
 六つの元素を凝縮した圧倒的な力は、シルの豪語に恥じない勢いを持って、エントツュッケントゼーラフの身体を激しく貫いた。
「…………!!」
 声なき悲鳴を上げた少女は、青い薔薇が舞い散る中、光の中に消えてゆく。
(「わたしを、わたしにしてくれて……ありが、とう……」)
 しかし、最後に見せたその顔は、確かに微笑んでいた。
 自分を取り戻した微笑みが向けられた先は、『甦生氷城』の最奥なのだろう。

作者:桜井薫 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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