鎧駅沖にぽつりと浮かんだ《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングは、いくつもの巨大な竜巻に包まれていた。暖かくなってきたはずの日差しは竜巻に遮られ、《甦生氷城》には届いていない。そしてその竜巻の正体とは、無数のザルバルクなのだ。この数え切れぬほどの下級死神が気候そのものとなるほど暴れるがゆえに、海もまた白波を立てて荒れている。
よく見ればその竜巻の中に、ザルバルクでない下級死神の姿を見つけることができるかもしれない。この竜巻を死神たち自身でさえ操りきれていないのか、巻き込まれた個体も少なくないようだ。
ともあれザルバルクの群れを鎧うこととなった《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングに、生身で近づくのは不可能だろう。それでも、ケルベロスたちはこの城を陥落せしめねばならないのである。
ケルベロスたちの活躍によって、ザルバルク大洪水は阻止された。これでめでたしといけばよかったのだが、とアレス・ランディス(照柿色のヘリオライダー・en0088)はかすかに渋面を作った。兵庫県鎧駅沖に出現した《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングなる死神の拠点に、異変が発生したのだという。
「異変というのは竜巻の発生だ。しかも複数。その上、その正体は風や海水ではなく大量のザルバルクときている」
《甦生氷城》周辺では大洪水を阻止されたザルバルクが暴走し、いくつもの竜巻を作っている。しかもそれらは死神たちの制御を離れてしまっているのか、下級死神さえも巻き込んで荒れ狂っているという。
「死神連中がこれを武器として使えないのは僥倖だが、だからといって放置もできん。なにせ敵の拠点と大量のデウスエクスが地上に出てきているのだからな」
ではどうするのか。ザルバルクの竜巻に生身で近づくのは不可能だ。巻き込まれてどのような目に遭うか分かったものではない。
「だが俺達には万能戦艦ケルベロスブレイドがある。『ザルバルク剣化波動』の機能を用いれば、この大竜巻を完全に無効化することができる」
波動の範囲は半径8キロメートル、範囲としても十分だ。今回の作戦においては、ケルベロスブレイドによって《甦生氷城》へ接近し、ザルバルクを剣化、その隙をついて敵拠点へ侵入、制圧するのだ。
デウスエクスである死神でさえうかつに手を出せていない、多数のザルバルクの暴走する竜巻群。これを突破すれば、ケルベロスたちが《甦生氷城》に突入する好機となる。《甦生氷城》の【死神拠点を守る軍師少女】クー・フロストは、これに気付いたのか魔空回廊の閉鎖を試み儀式を開始したという。この儀式が完成する前に、クー・フロストを撃破、魔空回廊を確保するのが今回の作戦における全体の目的である。
「しかし死神たちもこちらの足止めを狙ってくることは確実だ。よってこちらも複数のチームで突入し、足止めに現れた死神に対処する」
このチームが戦う相手は【蘇れし兄】リオン・ルフィールと呼ばれる死神だ。黒き甲冑を纏ったウェアライダー風の男で、剣による攻撃を得意としているようだ。
「注意すべきは二本の剣を用いたブリッツベイルという必殺技だ、これは他の攻撃より威力に優れる」
これにいかに対処するかが攻略のカギとなるだろう。
また、配下として【死神軍防衛一般兵】デスナイトが付き従っているが、それ以上の戦力はザルバルク大竜巻に吹き飛ばされてしまったのか、確認されていない。
「イグニスとも随分長い付き合いになってきたが、奴はまだ万能戦艦の能力を把握しきっていないようだ。今こそ、好機といえるだろう」
作戦失敗およびそれによる想定外の事態、死神の混乱は明らか。これに乗じ、死神勢力を叩くのだ。
参加者 | |
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愛柳・ミライ(白羊宮図書館司書・e02784) |
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
神宮寺・結里花(雨冠乃巫女・e07405) |
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983) |
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228) |
水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101) |
夢見星・璃音(輝光構え天災屠る魔法少女・e45228) |
●突入、《甦生氷城》
「敵の拠点がここまで露出してるなら、一気に攻撃するチャンスっすね!」
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)は親指を立てた。デスバレスへの橋頭保へとなる魔空回廊が、この地、《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングだ。確保の好機はまさに今。六グループを組んだケルベロスたちがザルバルク大竜巻を突破していく。
《甦生氷城》へと無事侵入を果たしたケルベロスたちは、強敵と出会うごとに一班、また一班と別れて奥を目指していく。そうして最後の二班として残ったのが、このチームとクー・フロスト班であった。
(「皆、無事に帰れますように……」)
足止めとして残ってくれたケルベロスたち、そしてこのチームを残して決戦に挑む仲間を思い、水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)は走りながらも祈りを捧げる。
他班との距離がどの程度離れたかを記憶しながら、このチームもついに相手を見つけるときが来た。
「ぴゃっ!? あっお化けかと思ったら死神でした!」
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)の声にカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が振り返る。
(「ぴゃっって……それ、可愛すぎませんか?」)
大丈夫かと声をかければ、平気との返事。彼女はお化けは怖くともデウスエクスなら平気らしい。
「いたっす、あれが【蘇れし兄】リオン・ルフィールに間違いないっすよ!」
神宮寺・結里花(雨冠乃巫女・e07405)が叫ぶ。三体のデスナイトを従わせた、ウェアライダー風の男。黒い鎧に身を包み、手には二本の剣。伝え聞いた特徴通りの死神の出現に、ケルベロスの間に緊張が走った。
その傍らを駆け抜けたのは十一人、リオン・ルフィールは迷わず通り抜けていった班を攻撃しようとするが、直後に反転したフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)、セット、灯、そしてその相棒のウイングキャット・アナスタシアに阻まれ断念。ならばと防御が手薄そうな残りのケルベロスたちに向き直った、その時だった。
「いきますよ! 一斉攻撃を!」
背後のフローネの号令とともに、次々とグラビティが着弾する。挟み撃ちされる形でフローネのゼログラビトンが、カルナの閃穿魔剣(アルター・エッジ)が、ケルベロスたちの持てる最高のグラビティが次々とリオン・ルフィールへ襲い掛かる。
(「大事なのはこの先……さらに先だからこそ、今、信じてやるべきことを」)
時空凍結弾を放ち終えた愛柳・ミライ(白羊宮図書館司書・e02784)はクー・フロスト班、魔空回廊、そしてその先のデスバレスへの想いを切り替え、目の前の敵に集中する。
ケルベロスたちの一斉攻撃を受けてなお、リオン・ルフィールの戦意は挫けない。もはやクー・フロスト班の追撃は不可能と悟ったのか、デスナイトに攻撃命令を出した。
●ブリッツベイルを凌げ
超威力のブリッツベイルへの対策が必要。事前に伝え聞いていたケルベロスたちはヘリオンデバイスの力を発揮する。
「お兄ちゃんやっほー」
同じ『りおん』の名を持つ夢見星・璃音(輝光構え天災屠る魔法少女・e45228)は挑発的にリオン・ルフィールを兄と呼ぶ。その身は既に空中にあり、さらには結里花と協力して前衛・中衛陣を空中へと引き上げていた。リオン・ルフィールは璃音らを睨むが、時既に遅く。距離のある後衛はもとより、脆いであろう攻撃役にも必殺技が届かない。
「あの人達を追いかけたいなら、まずは私たちを倒してからにしてもらいましょうか!」
初手で最大出力にて攻撃を行った浮遊砲台は冷却中、和奏は【バレットハンマー】に持ち替えて竜砲弾を発射する。攻撃はデスナイトの一体に命中し、その体力を大きく削った。
「ドローン展開! 思い通りにはさせないっすよ!」
「この盾が幾度砕けようとも、何度でも掲げましょう」
同時にセットとフローネがそれぞれヒールドローンを展開、強烈な攻撃に備える。リオンが動くなら、最も危険なのは盾役だろう。そのためにあらゆる準備をして威力の低減を図っている。灯はアームド・デバイスでバリケードを作りつつ、スチームバリアでさらに防御を固めていく。
「油断して返り討ちなんて、カッコ悪いマネはできません」
まずはデスナイトを狙うカルナは、自らの爪を超硬化させて骨ごとデウスエクスを切り裂く。
「カルナさんはどんな時でもカッコイイから大丈夫ですよ?」
きょとんとした灯にストレートに言われたカルナが照れると、今度は灯が恥ずかしくなって。そんな気恥ずかしさをごまかすように灯は言う。
「ま、まあ最強の私達は負けませんけど! ね、シア!」
アナスタシアはにゃあと鳴くと、敵陣に近い者へと風を送って障壁となす。
「この距離なら! まとめて燃やします!」
それぞれのデスナイトがリオン・ルフィールを守るように動いていることに気付いた結里花は、それを逆手にとってリオンをめがけて突撃。案の定守りに来たデスナイトたちごと、炎を纏った如意棒で敵を焼き払わんとする。
「そろそろ一体くらいやれそうな感じ?」
璃音は虚無魔法を展開し、デスナイトの一体を消滅させた。小さくガッツポーズをし、次のターゲットを探した、その時だった。
「! 来ます!」
リオン・ルフィールが身を低くしていることに気付いたミライが警告を発する。双剣の切っ先、視線は――セットに向いている。
「ッ! ドローン!」
「こっちっす!」
フローネが、セットが、それぞれ展開しているドローンをセットに集中して回す。灯が撒いた蒸気を一直線に突っ切るリオン・ルフィール。その目に蘇りし死者の諦念はなく、ただクー・フロストを守ろうとする意志だけが伝わってくる。迫りくる死神、その剣にまとわりつくドローンの装甲が割れ、貫かれ、切っ先がセットに届く!
(「お願い、耐えてなのです!」)
祈りながら、ミライはTomorrow code(トゥモローコード)を歌い上げる。手を尽くしてなお一撃でセットに膝をつかせたその威力に驚嘆しつつも、ケルベロスたちもまた衰えること無き戦意でまずはデスナイトたちを屠っていく。
●戦う理由
配下のデスナイトを殲滅するまで、ケルベロスたちは二度、ブリッツベイルに耐えてみせた。初回のセット、二度目のフローネと狙いが分散した幸運もあったかもしれない。そのうえで、事前の対策に防御の厚さ、そしてミライの必死の回復が、全員無事に立ち続けている今を作り出したのだ。
分の悪さはリオン・ルフィールとて理解しているだろう。己が身一つとなっても、この場を死守する――寡黙の中にそんな覚悟が感じ取れる。だが引けないのはケルベロスも同じだ。
(「死神には個人的にちょっと思う事があるんすよね」)
複雑な事情を抱え、それゆえに死神の企みは見過ごせない。結里花はその意図を打ち崩すべく【白蛇の咢】を加速、リオン・ルフィールへと叩きつける。
「潰せ、白蛇の咢よ!」
結里花のグラビティが吸い込まれるようにリオン・ルフィールへと向かう。剣で受けた死神だが、そこに小さな亀裂が入った。
「どうして、今、こんなにも、足止めに一生懸命なのです、か?」
戦いの合間、ミライは疑問を口にする。リオン・ルフィールは眉一つ動かさず、返答はないかのように思われたが。
「……守りたいものがある」
その沈黙は、いかに回答すべきかという迷いだったのかもしれない。ただ一言、ミライに戦う理由を告げると、リオン・ルフィールはなにごともなかったかのように戦闘を再開している。
「そう、ですか……」
そのためなら、自らが御しきれない力でさえ使う。その様は暴走してでも使命を果たそうとするケルベロスにも似ていて、けれど今回、そんな未来は絶対に訪れない――それはこちらの切り札がないことも意味する――と固い決意でミライは【Angel voice】を握りしめる。
「それは私たちも同じです。ですから……引くわけにはいきません」
ここまで活路を開いてくれた、仲間たちのためにも。結里花はオーラの弾丸でリオン・ルフィールを追撃する。たとえ一度避けられようとも。
「逃がしませんよ!」
弾丸は死神の回避先へと軌道を変えて食らいつく。信念と執念が激しい火花を散らす中、紫色の輝きがデウスエクスに襲い掛かった。
「守ろうとする貴方のココロは、私にもわかります。ですが……この紫水晶の輝き、貴方に無視できますか?」
フローネの紫水晶の盾が輝き、敵の注意を引き付ける。とはいえ彼女は一度ブリッツベイルを受けて消耗している身、灯がガネーシャパズルから幻影を出現させてフォローに回る。
(「冥府でなら、例えば死んだ家族に会えるんでしょうか」)
冥府より蘇った、誰かの兄だというリオン・ルフィールを見て、ふと家族に思いを馳せる灯。いや、両親は行方不明なだけなのだと、自分を叱咤して【やるきげんきオーラ】を纏う。なぜなら、灯は最強! なのだから。
「僕たちも知りたいことがあるんです。だから……答えを得るために、前に、進みます!」
カルナの理力を込めた蹴りを、リオン・ルフィールはその剣で受ける。入った亀裂が大きくなるが、未だその剣は折れず。
カルナを双剣であしらいつつも、死神はしきりに後方を気にしている。クー・フロストのことか、それとも。ケルベロスたちに知る術はないが、目の前のデウスエクスが確実に焦りを募らせているのは見て取れた。
「どこを見てるんですか?あなたの相手は私たちですよ?」
和奏は【メテオブレイカー】を素早く構えると、リオン・ルフィールに向けて照射する。反応する死神も流石なもので、ダメージを避けて剣で受けるが、それも和奏の計算通り。刃を痛めた剣の威力は確実に削がれることだろう。
皆が無事に帰るために。初めから、和奏の意識はただ一つに目標に向かっている。そのためには、この班の一人でも欠けさせるわけにはいかないのだ。
死神の尻尾が不安げに揺れるのを見てほんの少し興味を惹かれたセットは、首を横に振って気合を入れなおす。
「今は目の前のことに集中っす!」
それはお互い様なのかもしれないが、気もそぞろでは守るべきものも守れまい。
一度受けたセットは気付いている。ブリッツベイルは双剣を用いた超高速の突進技、しかし今は剣に損傷を受けている。あれでは得物のほうが技に耐えきれないだろう。リオン・ルフィールが遠距離からの雷撃にて攻撃を行ったのを見て、ブリッツベイルはもう来ないと悟ったセットは自らの爪で攻勢に出る。
そんな中、璃音は一人、祈るように目を閉じる。ここまで封印してきた最強の切り札は、初めて使う技。上手くいくかどうか……そんな不安が脳裏をよぎる。
必ず当ててみせるという決意とともに、璃音が目を見開いた、その瞬間。突如として、リオン・ルフィールが後方を向く。千載一遇の好機だ。
「あの人やみんなが教えてくれた、無謀とは違う勇気をここに! 『流星疾駆(メテオルム・スプリント)』!」
チャージ時間を代償として莫大な魔力とともに突進するその技を、平時であれば死神は簡単に回避していただろう。だがリオン・ルフィールは動かない。ケルベロスたちの遥か先を見るその瞳に絶望の色が浮かんでいることに、ディフェンダーたちだけが気付いていた。彼の『守りたいもの』が失われたであろうことは、容易に想像がつく。
火・水・風・土・雷・氷・光・闇……あらゆる属性の糸が死神に絡みつく。もはや抵抗する意思を失ったリオン・ルフィールは、駆け抜ける璃音を一瞥もすることなく……魔力の爆ぜる轟音の中、小さく誰かの名前を口にしながら光の中に消えていった。
●帰りを待つ人
死神の消滅を見届けて、和奏は一つため息をついた。手の届くところくらいは守りたいという願いを持つ和奏。リオン・ルフィールとて同じだっただろう。だが彼の願いは叶わなかった。
「最後、避ける気なかったみたい……だよね」
「そうっすね……たぶん、クー・フロストに何かあったっすよ」
セットに死神の最期を伝えられ、璃音もまた割り切れない気持ちを抱く。大切な人に教えてもらった本当の勇気を力にする技は上手くいった。けれど、もし逆の立場だったら? 想像してしまうことすら憂鬱で、璃音は蒼と紫の翼を閉じた。
「お兄さんだって言ってましたよね、リオン……」
「ええ……彼にも帰りを待つ人が居たのでしょうか」
灯は心の中で一言詫びる。彼の帰りを待つ人が、再び残されてしまったのか、冥府で再会することになるのか、その時の灯やカルナには分からないことではあったが。
「おそらく援護は必要ないでしょう、ですが念のため……」
奥を目指そうとしたフローネは、足から伝わる振動に気付く。
「まずいっすね、城が揺れてるみたいっす! ここは一時撤退っすよ!」
戦闘の緊張が抜けた結里花に別の緊張が襲い掛かる。城が崩れるかもしれない……ケルベロスたちは慌てて元来た道を戻っていく。
ふと何かに気付いたミライが立ち止まって振り返る。
(「歌……?」)
誰かが、歌っている。何を言っているかは聞き取れないが……しかし今は逃げなければならないと思いなおし、ミライもその場を後にする。
こうして、ケルベロスたちは全員無事の帰還を果たした。だがこれは前哨戦に過ぎない。デスバレス突入のための橋頭保は確保されたが、本当の戦いはこれからだ。
作者:廉内球 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年4月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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