ケルベロスブレイド防衛戦~船団随う海魔

作者:吉北遥人

 兵庫県鎧駅沖──日中だというのに、あたりは夜のように仄暗い。海上に発生した竜巻が空を覆い隠しているからだ。
 それは見るも禍々しい渦だった。
 のたうつ灰色の竜が天と海を縦断するように大竜巻はうねり、破滅的な狂音を奏でている。そして竜巻は一つではなかった。死神の拠点、《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングを取り巻くように複数の竜巻が出現しているのだ。
 いかな膨大なエネルギーを蓄えられる海上とはいえありえざる規模だが、この場に見るべき者がいれば竜巻を構成するのが海水ではなく、無数のザルバルクであると見抜いただろう。
 さらには暴風圏のただ中に、死神の巨大なシルエットが浮かんでいることにも。

「デスバレス大洪水の阻止おめでとう! みんな、すごくがんばったね」
 集まったケルベロスたちを笑顔で労いながら、ティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)はソファを勧めた。着席した面々を見回し、表情を引き締める。
「大洪水を阻止された影響だろうね。死神の城の周辺、半径数キロもの広範囲に異変が起こっている。大規模かつ複数の竜巻が発生したんだ」
 スクリーンに粗い映像が映し出される。猛烈にしけた海の上、《甦生氷城》を取り囲むように暴風の渦がいくつもそびえ立っているのはこの世の終わりを見ているかのようだ。
「この竜巻は自然のものではなく、ザルバルクで構成されたものと判明してる。加えて、この竜巻に死神の軍勢が巻き込まれていることも。今でこそ竜巻の影響で制御を失っているようだけど、いずれは回復する。地球に出現したこのザルバルクと死神軍に対処するには、今しかない」
 竜巻もそうだが、死神の軍勢もかなりのものだ。放置すれば大きな犠牲を招くことに繋がりかねない。
 生身ならば激しい風に翻弄され、近づくこともままならないだろうが、こちらには万能戦艦ケルベロスブレイドがある。
「ケルベロスブレイドで《甦生氷城》に接近して『ザルバルク剣化波動』を起動するよ。効果範囲は半径八キロ──大竜巻を完全に無効化できる。ザルバルクが剣化した隙に突入班が城に乗り込み、制圧する。これが今回のオーダーさ」
 この作戦には大きな課題が存在する。
 作戦の核を成すのは当然、万能戦艦ケルベロスブレイドだ。作戦中、《甦生氷城》を『ザルバルク剣化波動』の範囲に入れ続けるため、ケルベロスブレイドはその場にとどまる必要がある。
 すなわち、竜巻から制御を取り戻した死神どもにとって、格好の静止標的になってしまうのだ。
「大多数の敵は主砲『雷神砲』で薙ぎ払えるけど、特に強力な巨大死神はそれに耐えて、こちらを撃墜しようと向かってくる。キミたちにお願いしたいのはその迎撃。巨大死神〝クラーケン〟からケルベロスブレイドを守り抜いてほしい」
 ケルベロスブレイドは敵の遠距離攻撃を『分解式魔導障壁』で無効化できる。敵の接近を許しさえしなければ被弾は防げるだろう。
「ケルベロスブレイドを守ることは、ある意味《甦生氷城》に乗り込むこと以上に重大なことだ。死神たちもそれをわかった上でこちらを沈めに来るだろうね。慢心なく、力を尽くそう」
 グッと拳を握りしめ、ティトリートは皆に一礼した。


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
折平・茜(モノクロームの中に・e25654)
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)
仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)

■リプレイ

●剣の戦空
 眩い閃光が迸った。
 鎧駅沖の上空数百メートル──万能戦艦ケルベロスブレイドが発射した『雷神砲』は曇天を駆け、竜巻から大量の剣へと化したザルバルク群に突き刺さった。竜巻に巻き込まれて制御不能に陥っていた有象無象の死神たちが、雷鳴と爆光に薙ぎ払われる。
 無論、これで終わりではない。同胞が燃え尽きるのをよそに、爆炎を突き破って飛来する巨大な影がある。
「来たね。クラーケン」
 凄まじい速度でこちらへと向かってくる巨大イカの死神を視界に収め、折平・茜(モノクロームの中に・e25654)は爪先で足場である小剣型艦載機群をとんとん蹴った。そしてへらりと含み笑う──万能戦艦に巨大死神、規模は大きいし追いかけ回すわけでもないがドッグファイトと言えちゃったりするだろうか。
「たこやきになれそうにない感じなの、そもそもイカだけど」
「おっきなイカさん……焼いたら美味しくは、ないですよね」
 死神を前にした大弓・言葉(花冠に棘・e00431)と仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)の所感はだいたい似ていた。全体的にイカでも、髑髏の顔に鉱石っぽい体躯のクラーケンはさすがに食欲をそそる見た目とは言い難い。
 だが食べられるか否かで戦意が変わるわけでもない。かりんが自らを奮い立たせるように敵を見据える。
「悪い子はばばーんとやっつけちゃうですよ!」
「ええ。死神たちを放置はできません。数多の命が犠牲になるというのならば尚更です」
 高天の風が勢いを増し、戦いの刻を伝えてくる。ボクスドラゴンのシャティレを傍らに置いて、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)が凛と告げる。
「共に戦う仲間もケルベロスブレイドも、しかと護りましょう」
「はい、行きましょう。作戦通り、敵の進路上で迎え撃ちます」
 朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)の声を合図に、無数の小剣型艦載機群が音もなく空を滑り出す。
 クラーケンの行く手を阻む扇状へと。
 その布陣は獲物を待ち構える漁網のようにも見えた。
「悪あがき……なんでしょうか。それとも、何が何でも近づけたくはないのでしょうか」
 風に流されないよう姿勢を低くしてエルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)が空を駆ける。遠くにあった敵の巨影がさらに大きく迫り来る。
「いずれにしても、この船は落とさせませんよ」
 エルムの怯まぬ宣言に、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)が無言で頷いた。
 仲間たちを無事《甦生氷城》に送り出すため、不退転の決意で挑む──リューディガーの手中で、拳銃が不敵に黒く瞬いた。
「俺たちに敗北の二文字はない!」
 リューディガーの眼光と、クラーケンの眼窩に灯る赤光がぶつかった。死神もケルベロスという障害を認識したのだ。突進の勢いのまま、長い触腕が数本、大きく振りかぶられる。
 空をかき混ぜるような薙ぎ払い──それが振るわれようとしたその瞬間、さらに上空からギターの音が雷のように降り注いだ。
「それではケルベロスライブ、スタートデース! ロックンロール‼︎」
 シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)が戦場を染めるように開戦のギターをかき鳴らす。降り注いだのは音だけではなかった。オウガメタルが空へ飛び散り、後衛たちに加護として纏わりついたのだ。
 充分な命中補助を受けて、シャティレの乗る小剣がクラーケンへと突き進んだ。それを見た言葉のボクスドラゴンぶーちゃんが、少したじたじっとしたものの、怯えを振り切るように目をつぶったまま小剣を発進させる。
 振りかぶられていたクラーケンの触腕が俊敏に動き、向かってくる小剣をはたいた。それだけで小剣は破壊されるが、そのときには二頭のボクスドラゴンは翼を拡げ、死神の顔へと肉薄している。
 クラーケン自身の突進も相まって大きな衝突音が響いた。鼻っ面にWボクスタックルをかましたシャティレとぶーちゃんが、敵のあまりの硬さに空中でふらつく。その隙に触腕が、二頭を纏めて締め上げた。
 だがボクスドラゴンたちが豆粒のように潰されることはなかった。上空からの切り裂くようなスターゲイザーが死神の胴体に突き刺さって、その突進を完全に押しとどめるとともに、触腕の束縛を緩めたからだ。
「よく頑張ったね、ぶーちゃん!」
 死神の胴体から小剣へと飛び移りながら、言葉がサーヴァントを労った。

●船団随う海魔
「そうはさせん……動くな!」
 銃声──リューディガーが発砲したHeulende Wolfの弾丸は触腕の根元、硬質な表皮を突き破って亀裂を生じさせたが、触腕の動きは止まらない。その先にいるのは小剣に飛び移ったばかりの言葉だ。かわす余裕はない。
 だが鈍い音が響いたとき、触腕が殴打したのは言葉ではなく、無数の骨の手によって組み上げられた盾だった。かりんが間に割り込み、死霊魔法の盾を張ったのだ。
 骨の盾をなおも押し込んでくる触腕を、かりんとミミックのいっぽが懸命に押しとどめる。その膠着状態を、守護の鎖が終わらせた──風音のもたらしたサークリットチェインがシールドを強化したのだ。グラビティのひときわ大きな発光の直後、触腕が弾かれる。
「ぶっ潰れろやああ!」
 その間、小剣から小剣を加速しながら飛び移り、茜がクラーケンに迫っていた。大きく溜めた運動エネルギーを全て変換した頭突きを見舞う。いかなる威力か頭蓋殴打撃<改>はクラーケンの胴体に数メートルに及ぶ亀裂を生んだ。茜本人も反動で、小剣の上でふらついているが、その隙はエルムが突かせなかった。茜を狙って蠢く触腕を、エルムの戦術超鋼拳がかちあげる。
「環、今です!」
 エルムが環を呼ぶ。
 普段は朱藤さん呼びなのに急にファーストネーム呼び捨てにされて少しドキッとしたが、自らのすべきことを環は怠らなかった。灼熱の剣と鉄粒がクラーケンの頭上に出現する。
 強襲式・刀輪暴雨──斬撃と高熱の嵐は先ほど茜が作った亀裂を中心に、クラーケンを真っ赤に染めた。クラーケンが十の触腕をでたらめに振り回す。そのうちの一本が確かな殺意をもって環に振り落とされた。
「……っ!」
 防御も間に合わず、環が宙空へ叩き落とされた。とっさにジェットパック・デバイスで持ち直そうとしたが、それより早く救いの手はもたらされた。下に回り込んだ風音の小剣が環を受け止めたのだ。
「ありがとう、翡翠さん……」
 咳き込みながら環がずぶ濡れになった全身をぷるぷる震わせる。触腕のせいだ。猫耳にまで水が入って気持ち悪い。
 一方、環を花と春の二重唱でヒールしながら、風音は表情を硬くした。視線の先にいるのは元の青ざめた色に戻ったクラーケン。その背後で、空間が歪むように渦を巻いている。
 黒々とした巨大な渦がいわば〝門〟だと気付いたのは、そこから複数の船の舳先やフィギュアヘッドが現れてからだ。
「これが、この死神がサルベージした魂たち……」
 風音の声が一瞬、憎悪に震えた。
 民間客船、貿易商船、古代軍艦、最新鋭戦艦……〝門〟からは一様に青白くも多種の幽霊船がとめどなくあふれ、我らが海原とばかりに戦空を埋め尽くしつつある。このまま増えれば小剣型艦載機群の数すら上回りかねない。
「すごい数なの。古今東西の船舶博覧会とかできちゃいそう!」
「それ面白そうだけど、まずくないかな、これ」
 時空凍結弾を撃ちながら感嘆する言葉に、茜が口調だけはどうでも良さげに現状を憂慮する。
 ひしめく船団がクラーケンへの射線を切ってしまっている。かといって近づこうにも船体が邪魔だ。ケルベロスブレイドを守るためにこちらが行っている妨害を逆にやり返されている気分だ。
「こうなったら船を飛び移っていって──」
「待ってください。それは危険です」
 エルムが首を振って制止した。
 船の合間を縫って迫っていた触腕を、星型のオーラをもって蹴り返して、リューディガーもエルムに賛同する。
「船の動きが速い。うかつに乗れば、望まない場所へ連れて行かれる恐れがある」
 敵の配下が思った以上に忌々しい──船団に光点が灯ったのは、そのときだった。
 海賊船や武装商船、軍艦から轟音とともに鉛の砲弾が一斉に撃ち出されたのだ。山なりの軌道を描いて迫るそれらは決して速くはないが、量が尋常ではない。それに加えて、一拍遅れて戦艦のキャノンが火を噴いた。
 水平と上方からの砲撃がすべて後衛に向いていると悟ると同時に、風音はサークリットチェインを展開した。だが鎖の魔法陣は艦砲射撃を数秒食い止めたのち、砲弾の嵐に食い破られた。風音とシャティレ、ぶーちゃんが砲撃の炸裂に飲み込まれる。
 後衛で唯一免れたのは言葉だった──言葉を庇って砲撃をまともにくらったかりんが小剣の足場を踏み外し、煙の尾を引きながら落下する。落下するかりんを追って死神の触腕がしなった。
「困った船デスねー……なーんて」
 一閃。触腕はかりんに触れる寸前、シィカの惨殺ナイフによって先端を斬り落とされている。
 触腕が慌てて引っ込むのに対し、シィカはキャッチしたかりんを小剣に下ろしながら、悠然とケルベロスブレイドを振り仰いだ。
「邪魔なら吹っ飛ばせばいい話。今デス! 『雷神砲』発射!」
 シィカが惨殺ナイフを船影に隠れたクラーケンにビシッと突きつけた、次の瞬間──。
 ケルベロスブレイドの主砲が咆哮した。

●海から遠い場所で
 戦域を駆け抜けた『雷神砲』が青白い船団を切り裂き、串刺しにする。次々と爆発、炎上して墜ちていく船──あとに残ったのは死神へと至る切り開かれた道だ。
「サイッコーにロック! デース!」
「すごいです。これで攻撃が通りますね」
 戦果にギター演奏を添えるシィカに、かりんがふと疑問に思って小首をかしげた。
「シィカ、いつの間に『雷神砲』を撃てるようになったんですか?」
「偶然タイミングがバッチリだっただけデス! それより今がチャンス!」
 せっかくできた道をまた塞がれるわけにはいかない。シィカの小剣が急発進する。
 高速で接近するシィカを叩き潰さんと、触腕が斜め四十五度から振り落とされた。だが振り落ちる途中、飛んできたエネルギー光弾に撃ち抜かれ、その威力と速度を急激に失う。エルムのゼログラビトンによる援護だ。
 妨害をすり抜けて、シィカがエクスカリバールを思い切り振り抜いた。釘付き鈍器が死神の髑髏面を耳障りな擦過音を立てて横断する。
 その瞬間、低い唸りが大気を震わせた。
 あるいはそれは、クラーケンが初めて発した絶叫だったのかもしれない。己を癒す手段を持たないクラーケンに、ケルベロスは状態異常を重ねる方針を立てていた。その結果が今、動きに精彩を欠き始めた姿として現れている。
「ああそうそう、市街地に来られたらたまったもんじゃなかったろうから、のこのこ出てきてくれてありがとね」
 茜が軽薄に嘯き、ふと、迫り上がってくる輝きに気付いて真下を見た。
 潜水艦だ。死神配下の潜水艦が、巡航ミサイルを発射したのだ。狙いが自分の前を滑空する三人だと察すると同時に、茜は小剣の行き先をミサイルへと転換していた──私が盾やってれば誰かが決めてくれるから。
 大爆発と爆風を背中に受け、リューディガーが跳躍した。逆しまに構えた槍に雷を宿し、落下とともに突き下ろす。稲妻突きがクラーケンの硬い肉体を突き破り、スパークする蒼雷がクラーケンの全身へと駆け抜けた。海産物というより石の焼けるような臭いが風に吹き流される。
 雷で焼かれながらもクラーケンは触腕を振り回し、環と言葉の駆る小剣を破壊していた。二人が宙空に投げ出される。重力に引かれる中、言葉が背の六翼を拡げた。そして環を抱き止める。
「いくよ朱藤ちゃん!」
 環が意図を理解したときには、言葉は遠心力をつけて環を投げ飛ばしている。飛ぶ先は髑髏面だ。叩き落とそうと触腕が蠢く。
「もうずぶ濡れは──」
 ジェットパック・デバイス起動。すれすれで触腕をすり抜け、直後、ダブルジャンプで空を蹴る。チェーンソー剣がけたたましく鳴り響く。
「──遠慮願います!」
 ズタズタラッシュが、先ほどシィカがつけた傷と交差するように髑髏面を深く抉った。再び絶叫が低く響く。
「シャティレ。援護をお願いね」
 死神の苦悶が収まるのを待つ理由はなかった。焼け焦げた服や肌、砲撃によるダメージを濃く残しながら、風音が刃を手に空を駆ける。道中、薙ぎ払わんとする触腕はサーヴァントたちが引き受け、壁になろうとする船はかりんが獣撃拳で破壊している。
 夾雑物の無き道を翔破して、風音がクラーケンと交錯し、通り過ぎた。
 そのときにはクラーケンの体はひときわ大きな絶叫とともに、シャドウリッパーで切り裂かれた箇所を起点に崩壊を始めている。
 まるで水晶の粉のようにさらさらとこぼれ消えていく死神を背に、風音が祈ることは一つだった。消えていく〝門〟。そして船団。
「サルベージされた器物の魂……今度はどうか、安らかに」
 沈めた死神と沈められた船たちは、こうして海から遠い空で最期を迎えた──。
 満身創痍の茜に肩を貸しつつ、リューディガーは約八キロ先の《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングを見やった。
 奇怪な城の外側が、ほどけるように崩れていく様を。
「『死者の泉』にまで、あと少しで手が届く。ようやく俺たちは……否、人類はここまで来たのだ」
 巻きついていた城が海面に落ち、大きな飛沫をあげる。
 次の戦いまで、もう間もない。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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