デスバレス大洪水を阻止せよ~母胎回帰の夢を見る

作者:月見月

●回帰を望むは無邪気な邪悪
 深い夜闇の帳が降りる、真新しい建築物が立ち並ぶ一角。此処は福岡県北九州市が再開発地区。かつては死神によって度重なる襲撃を受けながらも、ケルベロスの活躍によって奪還された旧ミッション地域である。とは言え、まだまだ完全なる復興には程遠く、こうして夜ともなれば人の気配も疎らとなるのだが……この日は少しばかり、趣を意にしていた。
「……さむい、さむいわ。とってもさむくて、たまらないの」
 建物の陰と陰の間で静かに反響するは、幼子の独白。惑う様に、迷う様に零れ落ちるか細い声だけを聴けば、大抵の人間は同情を覚えるだろう。親切心で声を掛ける者とて居るかもしれない。だがひとたび間近に近寄れば、そんな気遣いは一瞬にして恐怖へと変貌するはずだ。
「それはわたし『たち』が空っぽだから? なんにもない『がらんどう』だから?」
 朧げな街灯の光に照らし出されるは、一見すれば可愛らしい少女の姿。されどよくよく見れば頭部には漆黒と紅桃色の角が二対伸び、真白いフリルの裾から覗く指先は節くれ立った骨の其れ。くるりとその場で小さく身を翻せば、ケープの下に隠されていた身体が露わとなる。其処に在るべきはずの肉は無く、ただただ黒々とした骨のみが組み上げられていた。彼女は幼子であって幼子ではない。その正体はこの付近一帯から駆逐されたはずのデウスエクス、『死神』の一体だ。
「おかあさんがいれば、こんなきもちも消えるの? ねぇ……あなたは、どうおもう?」
 幼子がこくりと首を傾げながら背後を振り返ると、そこには同じく全身が白骨で出来た死神たちが佇んでいる。彼らはデスナイト。その名の通り、様々な武具を身に纏った総身白骨の騎士たちだ。しかし、幼子が問い掛けたのはまた別の存在……死騎士の中心に捕らわれている、人間の女性だった。
「……さて、ね。ただまぁ、骨だけならそりゃ寒いでしょうよ。そんなに寒ければお家に帰った方が良いんじゃないの、お嬢ちゃん?」
 歳は若そうではあるが服装はややけばけばしさが感じられ、その表情は恐怖が滲みながらも負けん気の強さが表れている。恐らくは夜の仕事に就いているのだろう。仕事の行きか帰りかは分からぬが、運悪く死神勢と出くわしてしまったといった所か。
「そうかもしれないわ。着こんでも、あったかい血肉を得ても、ちっともあたたかくならないのだもの……だから、そう。だからね」
 皮肉を返す女性に対し、幼子はさして気に留めた様子も無くそっと歩み寄ってゆく。へたり込む女性を見下ろしながら、ちらりと傍らの死騎士へと視線を向ける。コクリ頷く従僕に笑みを浮かべると、彼女はそっと両手を伸ばし……。
「みぃんな、水底に沈んじゃえば……きっと、おかあさんを見つけられるよね?」
 骨ばった腕で女性を抱きすくめるや、人外の膂力を以て呆気なく絞め殺してしまった。悲鳴すら上げられず絶命した相手を幼子がそっと地面へ横たえると、俄かに小さな穴が開き骸が沈む様に飲み込まれてゆく。
 刹那、それが文字通りの呼び水となり、穴の内部から膨大な量の黒水が溢れ出す。それはデスバレスに満ち満ちし、死そのものだ。濁流と化した死の水は瞬く間に再開発地区を飲み込み、修復されたばかりの建築物群を押し流してゆくのであった――。


「皆様、集まって頂きありがとうございます。まずは日本列島防衛線、誠にお疲れさまでした。ドラゴンとの死闘を制したとあって、本来であればゆっくり休んで頂きたいのですが……そうも言っていられない事態となりました」
 デウスエクス勢力最強の一角、ドラゴン。彼らとの決戦に勝利し喜びに沸いたのも束の間、ケルベロス達へ緊急招集を告げる一方が入った。疲労を覚える身体に鞭を打ってヘリオンへと集まった仲間たちを前に、険しい面持ちの水見・鏡歌(ヴァルキュリアのヘリオライダー・en0296)はそう口火を切って説明を始めてゆく。
「冥王イグニスの言葉通り、死神勢力が動き出したようです。彼らは兵庫県の鎧駅に一大拠点《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングを出現させ、その上でかつて自分たちが制圧していた旧ミッション地域に対して襲撃を計画している事が予知されました」
 死神たちの目的、それはデスバレスの海をこの地球上へと呼び込むことにある。《甦生氷城》を起点とした六つのミッション地域――北九州再開発地区、関門トンネル、大鳴門橋、足摺岬、比叡山、和歌山県海南市――にて、一般人を殺害。その死を呼び水として、デスバレスと地球を繋ぐ穴を開けようとしているのだ。
 もしそうなってしまえば西日本は勿論、七十二時間で世界中の海全てがデスバレスに飲み込まれる。その場合の被害規模は想像を絶する範囲へと及ぶことになるだろう。
「これを阻止するために、一般人の殺害を実行する死神を速やかに撃破する必要があります。幸い、この儀式はタイミングを合わせて実行する事が必須らしく、正確な時間と場所は既に割り出し済みです。これも『万能戦艦』による強化された予知のお陰ですね」
 こうなれば話は簡単だ。敵が現れるであろう場所で待機し、出現と同時に逆奇襲を仕掛けてやれば良い。作戦の重要性から言って死神も手練れを派遣してくるだろうが、流石にドラゴンよりも強力ではないはず。決戦後とは言え、十分に勝機はある。
「注意点としては、出現前に動くことが難しい点でしょうか。万が一こちらの存在が察知された場合、敵が姿を見せない可能性もありますから……その為、死神が儀式用の一般人と接触する事を未然に防ぐのは少々難しいでしょうね」
 一般人を救出を優先するか、それとも儀式が行われる『タイミング』前に速攻を仕掛けるか。方針によって戦闘の内容は大きく変わってくるだろう。
「今回、皆さんに向かって頂く旧ミッション地域は北九州再開発地区。かつては硬鱗魚と蒼白の騎手によって蹂躙されていましたが、現在では少しずつ復興してきている場所です。死神が出現するのは再建されたビル群の間、左右をビルの壁面で囲まれた人目に付きにくい隘路となります」
 死神側としては何よりも『タイミング』が重要となる作戦なのだ。不確定要素を出来る限り排除するためにも、敢えて人気のない場所を選んだのだろう。儀式に捧げられる一般人は、不運にもたまたまその近くを歩いていた若い女性である。
「夜がメインとなるお仕事らしく、職業柄トラブル慣れをしているようで……もちろん戦闘力に期待は出来ませんが、少なくとも恐怖で動けなくなるという心配はなさそうですね」
 身動きが出来ず縮こまるだけの者と多少なりとも自力で動ける者。目まぐるしい戦闘の最中では、その差はささやかだが極めて大きい。当人には悪いが、不幸中の幸いと言えた。
「今回出現する死神は合計で十一体。『デスナイト』と呼ばれる配下が十体と、それを従える指揮官という構成ですね。やはり一番の脅威はこの個体となるでしょう」
 死騎士たちを従えるのは、『フェートゥス』と言う幼子の姿をした死神だ。見た目こそ愛らしい少女の外見だが、服の下は配下と同じく黒々とした骨で形作られた異形である。『母親』という概念に執着しているらしく、上記の一般人を狙ったのも職業や女性だからと言った要因が影響しているのだろう。
「元となったのは、子供や赤子たちの魂なのでしょうか? ただ口調こそ幼いものの知性は高く、戦闘力は決して侮れません」
 フェートゥスの使用する技は三つ。頭部の角や鉤爪を駆使した薙ぎ払い戦法。死神には癒しを、他の生物には苦痛を齎す呪詛波動。そして遠くの敵であろうとも至近距離まで肉薄し、物々しい両腕で繰り出す強烈な圧殺抱擁。呪詛で呪いをばら撒きつつ、薙ぎ払いで敵陣を崩し、必殺の抱擁でトドメ……といった戦術か。
 デスナイト達はそれぞれの手にした得物を中心に、集団戦を仕掛けてくるようだ。
「相手は儀式の為、然るべき機が来るまで生贄をすぐに殺すことはありません。ですが逆に言えばタイムリミットになった瞬間、戦闘を放棄してでも生贄の殺害を試みるでしょう」
 となれば、取れる作戦は主に二つ。一般人を先んじて救出し、安全な場所へと逃がしつつ時間制限を気にせず戦うか。それとも初手から全力でぶつかり、タイムリミット前に敵を全滅させるか。戦闘力こそドラゴンに劣るが、数ならばこちらを上回っている。どの様に立ち回るか、作戦と連携が重要になってくるだろう。
「……これはピンチであると同時にチャンスでもあります。この大洪水を防ぎ、鎧駅の《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングを制圧する事が出来れば、デスバレスへの逆侵攻も可能になるかもしれません。となればまた一つ、デウスエクス勢力との戦いに終止符を打つ道が見えて来るはずです」
 連戦に次ぐ連戦。如何にケルベロスといえども、気力体力共に厳しいかもしれない。だが此処を凌ぎ切れば、神と人類の戦力比を大きくこちら側へと傾ける事が出来るだろう。その為にも、まずはこの一戦が要となる。
 鏡歌はそうして説明を締めくくると、仲間たちを送り出すのであった。


参加者
セレスティン・ウィンディア(穹天の死霊術師・e00184)
リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)
神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)
タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)

■リプレイ

●小夜中に童は謡いて
 深夜の旧ミッション地域『北九州市再開発地区』。昼間ならば兎も角、夜になれば真新しい街並みは人気も光源も疎らになる。そんな中、ビルの間に満ちる影の中で八つの人影が静かに息を潜めていた。
「有言実行って大抵の場合は美徳なんだけど、今回はしないで欲しかったかな。何はともあれ、死神達の凶行は阻止しないとだね」
「デスバレスの水を地球へと引き込み、海と同化させる……私たちがドラゴンと死闘を繰り広げている隙に、まさかこんな一手を画策していたとは。少しばかり驚いたわね」
 黒々とした闇の中で嘆息する影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)の呟きに、セレスティン・ウィンディア(穹天の死霊術師・e00184)は鋭く空色の瞳で警戒を行いながら相槌を打つ。彼らが此処に集ったのも、先の『日本列島防衛戦』における冥王イグニスの言葉と『万能戦艦』によって強化された予知を受けての事だ。
「此処はようやくデウスエクスの手から取り戻し、少しずつ復興して来た土地だ。それを再び災禍に沈めんとする企みなど、見逃すつもりは毛頭ない。必ずや阻止して見せよう」
 リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)は髪を一旦解くと、戦闘の邪魔にならぬ様改めて結び直していた。きつく、固く、彼女の覚悟を示すかのように束ね上げられてゆく。一方、その横ではビルの壁面に背を預けながら、クノーヴレット・メーベルナッハ(知の病・e01052)がどこか茫洋とした視線を虚空へと漂わせている。
「……因縁、と言うほど根深いかどうかは分かりませんが。あれから短くない時間も経ちましたし、今度こそ受け止めて見せましょうか」
 彼女はこの場所に現れる筈の死神と以前交戦したことがあった。その際は力及ばず敗走せざるを得なかったが、成長した今なら違う結果を引き出すことが出来るだろう。
「大体、死神って誰も彼も背景が悲惨そうなんだよなぁだぜ。同情しない訳でもないけど、だからと言って見逃す事は無いですけどねだぜ」
「母親に恋焦がれる子供、か。正直、孤児院を任されている身としてはどうにも他人事とは思えないよ。交戦が避けられないとはいえ、ね」
 だが死神はその多くが死者から生み出された存在だ。故に相手の言動などから彼らの生前が透けて見える事が多い。タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)は事前説明の内容を思い出して眉根を顰め、ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)はやりきれぬように首を振る。倒すという結果は同じでも、その過程で何かしてやれないかと考えている様だった。
(母性、ですか……正直、よく、分かりません。それがどのようなモノなのかも、そして欲する感情も)
 神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)は今回集った番犬の中でも最年少、精神年齢的には死神と近いとも言える。だが、二重の意味で母性と言う概念に実感が湧いていないらしかった。だがそれも彼女の生い立ちを考えれば仕方のない事なのだろう。
「この地の『惨劇の記憶』達が哭いている。遂に報復の刻来たれり、復讐するは我にあり……と。さぁ、そろそろ時間です。この後の動きは打ち合わせ通りに」
 だが何であれ、死神の謀略を看過する理由にはならない。ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)の言葉を受けると、デバイスを起動させたリィンとあおがタクティやリナを牽引しながらビルの上へと飛翔してゆく。
 そうして番犬達が待ち伏せする中、まずは生贄にされる女性が姿を見せ、それから一拍遅れて骨身姿の死神がじわりと滲み出るように出現。一般人を確保せんと敵が動くよりも、一瞬早く。
「……いまよっ!」
 セレスティンの合図の元、番犬達は死神目掛けて上下二方向より飛び出してゆくのであった。

●求めし熱は掌をすり抜けて
(女性と、接触されるのは、避けないといけませんね……儚く、瞬く、星の息吹。願いを、想いを、綴る、星霜の詩)
 機先を制したのは当然ながら番犬側。あおは着地を待つことなく古代唄魔法を起動させると死神たち目掛けて光の刃を解き放った。それらは頭上より降り注ぐや、敵の動きを牽制してゆく。
「まずは保護と避難が最優先ですだぜ! ミミックと一緒に壁になるから、その隙に保護をお願いしますだぜ!」
 タクティがそれに一拍遅れて地面を踏みしめると、右手の盾付き戦籠手を横薙ぎに振り抜いた。拳閃の軌道に沿って煌めく光刃が、身動きの取れぬ敵を真一文字に両断。開始早々死騎士を一体沈黙させると、そのまま死神と女性の間へ仁王立つ。
「これは……ケルベロス? そんな、なんで……イグニスは予知をぼうがいしたと、いっていたのに。まさか、わたしを騙したの?」
 一方、死神側は突然の奇襲を受けて俄かに浮足立っていた。敵の首魁たるフェートゥスすらも信じられないと言った様子で瞳を見開く。敵ながら余りにも無警戒過ぎたが、ベルローズは相手の物言いに違和感を覚える。
(予知を妨害? 先の戦争時にイグニスが見せた余裕からして、恐らく嘘ではないでしょう。これはもしや、ケルベロスブレイドの予知強化が無ければ危なかったかもしれませんね)
 どうやら敵も何か手を打っていたらしいが、番犬側の方が一枚上手だったらしい。何であれ、やるべきことは変わらない。魔女は星辰の結界で前衛を支援しつつ、女性を救出すべくレスキュードローンを差し向ける。
「っ! だめ……その人をのがしたら、ぎしきが出来なくなってしまうわ! そしたら、お母さんもさがせなくなっちゃうの!」
 そこでようやく我に返った女童が配下へと命令を下しつつ飛び出してくる。隊伍を組んだ死騎士たちによる突撃支援を受けながら、フェートゥスは女性へと両腕を伸ばし……。
「……そんなに寒いならアタシが温めてあげるよ!」
「可哀そうだとは思うけど、同情で惑わされたりなんかしたら駄目だよね! そこのお姉さん、どうぞこちらへ! 安全な場所まで送り届けます!」
 間一髪、両者の間にベルベットとリナが割って入り奪還を阻止する事に成功する。紅蓮嬢が真正面から攻撃を受け止める一方、影剣士が女性の手を引いてドローンへとひた走ってゆく。そちらへ視線を向ける相手に対し、番犬は軋みを上げる身体の痛みを押し殺しながら優しく声を掛けた。
「アタシはベルベット。孤児院のお義母さんをしてるの。ひとりぼっちになっちゃった子供達を守るのがアタシの夢。皆の本当の家族になって、あったかい“帰る場所”を作るんだ。だから、そんな寂しそうな顔しないで?」
 それは女性を逃がす為でもあったが、同時に本心から出た言葉でもあった。目論見通り、相手の意識がこちらへと向く、が。
「そう、なの。なら……わたしと同じになって? じゃないと、ずっと一緒にいられないから」
 相手の思慕もまた凶悪なモノ。更に絞まる抱擁を受け続ければ無事では済まない。流石にそれは見過ごせないと、セレスティンが虚無球体を叩き込んで強引に引き剥がした。
「白と黒の骨に母性もくすぐられるその姿……こんな状況じゃ無ければ是非お友達になりたかったわね。ねぇ、私にとっても母親は特別な存在なの。あなたにとって母親ってどんな存在か、聞かせてくれないかしら?」
「それ、は……分から、ない。だって、わたし『たち』には初めからいなかったの。だから、さがして、求めて……」
 同様に死霊術師もまた、攻撃と共に問い掛けを織り交ぜて注意を逸らさんと試みる。彼女らの放つ言葉はどれも本音交じりのもの。それ故に、女童も反駁する事無く素直に応じているのだろう。だが一方で、死騎士たちはそんな統率者の隙を補うべく女性が逃げた方向へ駆け出そうとしていた。
「上と違って、配下は何とも可愛げのないものだ。その悪意、此処で断ち切らせて貰おうか!」
「色々言いたい事もありますが、こんな状況では落ち着きませんしね。まずは邪魔者から排除するとしましょう」
 そんな敵の前に立ちはだかったのは、重厚なドレス姿に変身したリィンと小さく嘆息するクノーヴレットの二人。彼女らがサッと得物を振るうや、敵の頭上へ氷蒼色の刀剣群を、足元には路面を凍てつかせる精霊を召喚する。氷河期を思わせる冷気が相手の脚を道路へ固定して身動きを封じ、そこへ無数の切っ先が突き立ってゆく。咄嗟に盾を構えられた個体は何とか耐えたものの、対応の遅れた二体の死騎士が剣山と化して消滅した。
 だが、幸運にもそれらから逃れた死騎士も居たらしい。片足を引き千切り、強引に凍結地帯を突破して更に追い縋ろうとする、のだが。
「風舞う刃があなたを切り裂く……残念だけど、行かせるつもりは無いよ?」
 甲高い風切り音が響く。それと同時に死騎士は全身をバラバラに寸断されて崩れ落ちる。攻撃の主は女性を送り届け終え、戦場へと舞い戻って来たリナ。これにて、儀式が遂行される可能性は無くなったと言って良い。
 後は敵群を殲滅するのみ。番犬達は後顧の憂いがなくなったと、眼前の敵へ猛然と攻め掛かるのであった。

●せめて温もりの残り香を
「骨と言う点では変わらないかもしれないけれど……比べてしまうとどうにも見劣りしてしまうわね。月明りでも差せば、少しは映えるかしら?」
 雨霰と降り注ぐ投槍や弓矢を避けながら、セレスティンはやや詰まらなさそうに目を細める。彼女は小さく息を吸い込むと、調べと共に青白い月光を放ってゆく。それを受けてグラリと敵が体を傾がせた一瞬の隙を狙い、あおがすらりと日本刀を抜き放つや敵陣へ流れるような剣閃を叩き込んだ。敵も盾を掲げて防御態勢を取るものの、刃はその隙間より入り込み、敵の護りを打ち崩してゆく。
「段々と敵もなり振り構わなくなっているみたい。恐らく、タイムリミットが近いのでしょう。まぁ、かと言ってね?」
「どらごんと、くらべてしまうと……どうしても、もろくかんじてしまい、ます」
 敵の足並みが乱れた事を確認しながら、死霊術師と少女がそう言葉を交わし合う。既に戦闘開始から数分が経過しており、それに比例して敵の攻勢も激しさを増してはいる。しかし十全な準備と連携を以て臨んでいた番犬側はそれを巧みに往なし、死騎士の撃破数を更に三つ重ねていた。
「ふつうにたたかっていれば、まだわかりませんでしたが……」
「やっぱり、初動で相手の意表を突けたのがやっぱり大きかったなだぜ」
 加えて立て直す暇は与えぬと、タクティが左手の戦鎚籠手を振り被って駄目押しとばかりに追撃を浴びせかけてゆく。唯一相手に勝ち筋があったとすれば数を頼みとした連携戦術なのだが、奇襲によって早々に数を減らされた時点でその望みは断たれたと言って良かった。
「此処は既に解放された場所。故に、この地へこれ以上の『惨劇の記憶』が溢れないように。過去の『惨劇の記憶』達よ……どうか、力を貸して」
 である以上、悪戯に戦闘を長引かせる理由も無い。ベルローズは戦いを一気に決すべく、長らく蹂躙されてきた土地より斃れていった者たちの想いを汲み上げてゆく。それは復讐の願いを示すように、仲間たちの武器を覆っていった。
「既に敵も疲弊している様子だからな。ここで一気に決めさせて貰おう!」
 そうして殲滅役を買って出たのはリィン。桜の刻印が施された刃を鞘走らせると、その軌跡に沿って漆黒の花びらが舞い踊る。何とか踏み留まっていた死騎士が武器を構えて反撃を試みるが、それは余りにも遅く……。
(これで少しでも恨みを晴らし……惨劇の犠牲者達も成仏できたのでしょうか)
 ベルローズが視線を向けた先で、限界に達した死騎士たちは纏めて消滅していった。黒き花弁は淡い光の粒子となって天へと昇ってゆく。どこか感傷を覚える光景ではあるが、まだ戦いは終わっていない。
「これで残るはフェートゥスのみ……ッ!?」
 攻撃後も油断する事無く最後に残った強敵へと視線を走らせるリィン。だが、彼女はその瞬間に言い知れぬ怖気を感じ、壁面を蹴り登ってその場から飛び退く。刹那、その場を襲ったのは呪詛を伴った嘆きであった。
「あ、あぁ……時間が、すぎてしまった。だめ、もうだめ……これじゃあ、デスバレスにつうじる穴が、開けない。おかあさんが、見つけられなくなっちゃった」
 女童の言葉から察するに、儀式に最適なタイミングを遂に逃してしまったようだ。フェートゥスはくしゃりと表情を歪ませながら、どうしようもない怒りをぶつける様に暴れ狂い始める。
「なら、せめて……この場にいる人たち、だけでもつれて行くのッ!」
「っ!? 技術も何もないですけど……速度がこれまでと比べ物になりませんね!」
 異形と化した両椀を振るい、縦横無尽に番犬達の間を駆け抜けてゆく女童。それは極めて強力な一方、まるで癇癪を起した駄々っ子の様にも思えた。否、『様にも』ではなく。
「……きっと、それそのものなんだろうね。本当なら君だって助けたい。でも、それは出来ないから……せめて今だけでもアタシをお母さんだと思ってよ」
 ベルベットは瞳に悲し気な色を浮かべながら、仲間への被害を抑えるべく敵前へと身を晒してゆく。回復を織り交ぜているとは言え、彼女は率先して壁役を買って出ていたのだ。ダメージの蓄積量は誰よりも大きい。
「この場にいる誰もが、まだ死ぬ運命には無いのだからね。だから、それ以上はやらせないよ!」
 仲間に更なる負担は掛けまいと、リナは跳ね回る女童へ狙いを定めるや呪詛を籠めた斬撃を繰り出す。直撃こそしなかった一方、相手の纏う衣服へと切っ先を届かせ、斬り裂き乱す事で僅かにだが動きを鈍らせる。黒々とした胸部と虚ろな胸元を晒しながら、それでもと女童が向かったのはベルベットの元。
「さむいの。がらんどうで、こごえそうなの。だから、せめて……!」
 最も負傷し、かつ母性を感じた相手を道連れにせんと言うつもりなのだろう。流石にこの圧殺抱擁を受ければ、戦闘不能の可能性も出てきてしまう、が。
「…本当のがらんどうなら、そもそも疑問も何も持たんでしょうよ」
 まだ若干余力を残していたタクティが代わりにその攻撃を受け止めた。番犬側唯一の男性に抱き着いてしまい、フェートゥスは目を剥きながら咄嗟に飛び退こうとする。だがそれは何よりも致命的すぎる隙を生む事になった。
「母の愛を求めるなら、おいでなさい……望み通り『愛』を教えてあげます」
「ッ!?」
 そっと、背後から忍び寄っていたクノーヴレットの攻撃を許してしまう。するりと指先が肋骨の隙間から体内へ滑り込み、虚ろな心臓を掴み取る。急所中の急所を撫ぜられた女童に、最早抵抗するだけの体力は残っておらず――。
「あ、ぁあ……っ!」
「――続きは、人として生まれ変われたならば、その時にね?」
 掌が握り締められると共に、母胎回帰を求めた幼子は再び揺籃の水底へと沈んでゆくのであった。

作者:月見月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。