センキ

作者:紫村雪乃


 雨にぬれて、男が横たわっていた。
 どこか孤独の翳のある精悍な風貌の青年。死んでいるかのように、彼にはぴくりとも動く気配はなかった。
 その男の足もと、黒衣が揺れた。女である。これは死神であった。不気味なその顔に生気はない。
 死神は球根のような『死神の因子』を男に植え付けた。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 死神は告げた。
 瞬間、男の目が開いた。ゆらりと立ち上がる。
 すでに死神の姿はなかった。そのことを気にしたふうもなく、男は辺りを見回した。相棒の少女がいたようだが、あまり覚えていない。データが欠落していた。また目標も。何かを取り戻そうとしていたようだが、それもまた記憶にはなかった。
 男は足下に転がっているものに右手を伸ばした。それは異様なものであった。肘からさきの左腕だ。
 男の左腕は肘からさきがなかった。あるのはぎらりと光る刃である。
 まるで鞘のように左腕を装着。手を何度か握って感触を確かめると、男は歩き出した。


「死神によって『死神の因子』を埋め込まれたデウスエクスが暴走してしまう事件が起きることが分かりました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「『死神の因子』を埋め込まれたのはダモクレス一体。機体名はセンキといいます。死神が選んだだけあって、強力な個体のようですね」
 センキが歩む先は東京近郊の市街地。多くの人間が集まる場所を狙っているのだった。
「死神の因子を埋め込まれたセンキは、大量のグラビティ・チェインを得るために、人間を虐殺しようとします。殺戮が行われるより早く、センキを撃破してください」
 セリカはいった。今から行けば森林の中でセンキを捕捉することができるだろう。
「センキの攻撃方法は?」
 姫神・メイ(見習い探偵・e67439)が訊いた。
「両腕に仕込まれた日本刀です。グラビティもそれ。ケルベロスのものより強力ですが」
 それと、とセリカはケルベロス達を見た。
「この戦い、普通に戦うだけでは死神の思惑に乗ることとなります」
 センキを倒すと、センキの死体から彼岸花のような花が咲き、どこかへ消えてしまうのだ。
「死神に回収されてしまうのです。ですが、センキの残り体力に対して過剰なダメージを与えて死亡させた場合は、死体は死神に回収されません」
 セリカはいった。そしてケルベロスたちを見回すと、
「人々を殺戮しようとするダモクレスを見逃すわけにはいきません。撃破をお願いします」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
城間星・橙乃(歳寒幽香・e16302)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
瀬部・燐太郎(殺神グルメ・e23218)
香月・渚(群青聖女・e35380)
姫神・メイ(見習い探偵・e67439)

■リプレイ


 泣いているみたいだ。
 暗雲を抜けて降下する女は、帽子が飛ばぬように手でおさえながら思った。
 二十歳であるのだが、童顔と小柄のために少女にしか見えない。名を姫神・メイ(見習い探偵・e67439)といった。
「私が危惧していた死神の動きが本当になるとは驚いたけど、これ以上死神の思惑通りにはさせない、今はそれに専念するわね」
 地に降り立ったメイが独語した。
 その瞬間だ。降りしぶく銀線を切り裂いて斬撃が襲い来たった。
 精鋭たる天司・桜子(桜花絢爛・e20368)ですら捉えきれぬほどの鋭さと剛さ。空間ごと切断するような凄まじい斬撃に、前衛に立つ者たちの胸辺りがざっくりと裂かれた。
「くっ」
 快闊で可愛い桜子の顔が苦悶でゆがんだ。物凄い衝撃に打ちひしがれ、激痛が彼女の豊満な肉体を走りぬける。
 それは他の三人ーー城間星・橙乃(歳寒幽香・e16302)とマロン・ビネガー(六花流転・e17169)、香月・渚(群青聖女・e35380)も同じであった。橙乃は尊大そうな顔をさすがにゆがめているし、マロンは可憐な容姿を朱に染めている。渚は勝ち気そうな顔を大げさにしかめていた。
 どうやらセンキの攻撃力が高いというのは本当のようである。範囲攻撃でありながら、体力の半分ほどが持っていかれている。
「……来るのが早いな、ケルベロス。邪魔をしないでくれ」
 地に佇む男がいった。ダモクレスーーセンキである。
 センキの足下に左右の腕が転がっていた。抜刀したのである。彼の両腕の肘から先は刃となっていた。
「はい、そうですかってわけにいくかよ」
 地を陥没させて着地。木陰に飛び込むと、精悍な風貌のその男ーー瀬部・燐太郎(殺神グルメ・e23218)はごちた。
「チッ。こんな時に限って、タバコが吸いたくなるぜ……」
 燐太郎は舌打ちした。が、タバコを吸うことはできない。火と煙で位置を特定される危険性があった。
「お前に恨みは無いが、デウスエクスである以上、な……」
 センキを見据える燐太郎の目に、この時、ちろちろと熾火のような炎が燃え上がった。
 その炎の正体は憎悪であった。自身の左腕を奪い、そして婚約者を殺したデウスエクスへの復讐心である。
 よって、死してなお戦いを強いられているセンキに対して慈悲の心などなかった。デウスエクスは全て殲滅すべき敵である。
「困ったときは、この《手》に限るってなもンだ」
 燐太郎は左腕を狙撃銃のようにセンキにむけた。義骸装甲に仕込んだ重力子加速器に地獄のエネルギーを流し込み、わざと超過負荷状態をつくりだしーー一気に解放。膨大かつ高圧の衝撃波を放った。
「ぬっ」
 センキが呻いた。衝撃波の威力そのものはたいしたものではない。問題は副次効果だ。衝撃の振動により機体がフリーズしてしまっている。
 その時、すでにバジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)は治癒行動を始めていた。
「大丈夫ですか、緊急手術を施術しますね!」
 グラビティ発動。魔法により細胞レベルでの切除と再生を行う。
 その様を現役の医師がみたら驚嘆するに違いなかった。バジルのオペレーションの速さと的確さに。
「自分では何も分からずに、死神に利用されるのは哀れですね。せめて、死神の手駒にさせない事が彼にとっても救済になるでしょう」
 バジルがセンキに目を転じた。その彼女の前、銀光が雨にけぶっている。
 ただの光ではない。ケルベロスの超感覚を呼び覚ます光である。
 放っているのは陽光色の瞳を輝かせた娘である。彼女は戦闘金属生命体をまとっているのだが、光はその生命体が放っているのだった。
「死神がなに考えてるかわからないけど、手駒は増やしたくないよね。被害が大きくならないようにここで食い止めなきゃ」
 娘ーーメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)がいった。


「死神の思惑通りにはさせないわ」
 暗雲に稲妻がはしり、橙乃の姿を青白く浮かび上がらせた。
 次の瞬間、ぬかるみを蹴り、橙乃は大鎌を薙ぎつけた。美しい斬跡を描く一閃は、さしものセンキであっても回避は不可能。ざっくりとセンキの脇腹は切り裂かれた。
「ううぬ」
 呻くセンキは、この時、薄暗い空をよぎる銀光を見た。
「さぁ、この飛び蹴りを避けきれるかしら?」
 コートの裾を翻し、靴に流星の如き光をやどらせたメイが、センキの肩を強かに蹴りつけた。たまらず地に転がるセンキ。
「両腕に日本刀を仕込むなんて、危なっかしい敵だよね。ともあれ、死神に利用されない様に、因子も破壊しないとね」
 センキを桜子は見据えた。彼女の手には、可愛らしい容姿にはそぐわぬ物騒な得物が一つ。戦闘用に特化されたバールーー宝桜鉄棍であった。
「それっ、その固い身体をかち割ってあげるよ!」
 はねおきたセンキめがけ、桜子は襲いかかった。渾身の力を込めて宝桜鉄棍を叩きつける。一切の通常攻撃を無効とする呪的防護を施したセンキの装甲がはじけた。
 さらなる攻撃をーーその衝動を抑え、渚は治癒行動を決意した。まだ体力の回復量が足りない。
「さぁ、行くよドラちゃん。サポートは任せたからね!」
 相棒のボクスドラゴンーードラちゃんに声をかけると、渚は詠唱した。
「癒しの力を持つ奇跡の雫よ、助けてあげて!」
 渚の身体から菫色に輝くオーラが立ち上った。瞬間、凝縮。雫と化したオーラを橙乃に与え、橙乃の傷を再生した。
 同じ時、ドラちゃんも治癒を行っていた。桜子に属性をインストールする。
 その時、異変が生じた。柱が突如現出したのである。
「死神は相変わらず得体が知れないですが、これ以上センキさんを利用されない為にも、彼に安らかな眠りを」
 祈るようにマロンがいった。すると柱に秘められた星の輝きが増し、光が広がった。加護の力を秘めた、聖魔の光が。


「番犬ども。邪魔をするなといっている!」
 二振りの刃を、冴ゆる流水のごとき滑らかさをもってセンキは横薙ぎした。そのあまりの鋭さに、盾となろうとしたケルベロスも身動きもならない。四人の前衛者が、再び血煙に包まれる。
 がくりとマロンと桜子が膝を折った。攻撃手と違い、彼女たちの治癒は浅い。息も絶え絶えになっている。
 まずいと見るや、バジルは薬液の雨を銀線に紛らせて降らせ、前衛者を癒やした。メリルディは指輪ケースを思わせる小箱を開いて爆破スイッチを押し、仲間を爆煙に包み込む。
 が、まだ回復量が足りない。次回に攻撃を受けた場合、戦闘不能に陥るのは必至だと判断した渚は絶叫し、自身を癒やした。ドラちゃんはマロンの再生だ。
 そのマロンであるが。暗雲を切り裂くようなオーロラを思わせる光で仲間を癒やした。
「攻撃力が高いというのは確かなようだな。ならば」
 少しでも攻撃力を下げる。そのために燐太郎はトリキュラー/T-X Mod2でセンキをポイント、灼熱弾を叩き込んだ。
「ふん!」
 センキが灼熱弾を刃で受け止めた。が、着弾の衝撃におされる。
「逃がさないわ」
 メイがたぐいまれな美貌をむけた。魅力されたようにセンキの動きがとまる。
 何でその隙を見逃そう。橙乃が大鎌を薙ぎつけた。その一撃は雷火を散らしてとまった。センキが刃で受け止めたのである。
 が、同時に放たれた桜子の攻撃は避け得なかった。彼を包み込んだ桜吹雪が紅蓮の炎と変じ、灼熱の嵐に巻き込む。
 機体を灼かれつつ、センキは後退した。踏み止まると、次の瞬間、彼の姿はもう空にある。
 ケルベロスたちがあっと思った時は遅かった。彼らの眼前にぬっと迫ったセンキは銀光を横に疾らせた。
 しぶく鮮血と絶叫。
 血風に吹きくるまれながら、しかしケルベロスたちもまた踏み止まった。それはケルベロスたちの気力の高さによるのだが、燐太郎の攻撃により、センキの斬撃の威力が弱められていたことも一因であった。
「ううぬ」
 センキは歯噛みした。これほどしぶといとは思っていなかったのだ。
 彼の斬撃に三度耐えることのできる者はいなかった。よほど準備を整えての臨戦に違いない。ゆえに侮りがたい敵あると、今更ながらセンキは実感していた。
 そのセンキを見やり、メリルディは哀れだとぼつりと呟いた。無理やり蘇らされ、死ぬために再び戦わされている。惨めな操り人形であった。
 同情はする。けれどーー。
「見逃すわけにはいかないよ。生きてあることは、やっぱり素晴らしいことだから」
 メリルディはいった。
 其々に想いを抱いて駆ける戦場、雨にけぶる世界は、酷く美しく見えた。
「くーりーー! いっけぇー!」
 一気に畳み込むべきだ。そう判断したメリルディは毬栗を放った。
 咄嗟にセンキは横に跳んだ。が、毬栗は軌道を変えた。毬栗は追尾弾に改造されていたのであった。
 爆発。凄まじい衝撃にセンキが吹き飛んだ。
 地を転がるセンキを見つめ、マロンはこの時、戦意とは別種の感情を抱いていた。それは敬意である。センキの剣技に対する畏敬の念であった。
 剣豪は剣豪を知る。
 日本刀はマロンもまたよく得物とするものであり、二刀流は一種の美学だと彼女は認識していた。その二刀流と文字通りの真剣勝負に立ち会えて、マロンは光栄とすら感じていたのである。
「奥ゆかしいお菓子さんです!」
 マロンが栗饅頭を投擲した。むくりと起き上がったセンキが一閃。
 刹那、爆発。栗饅頭は小型爆弾であったのだ。


 バジルはこの時、一瞬だが迷った。
 高度治癒か攻撃援助か。
 治癒を行わなければ、次の攻撃に守り手たちは耐えられないだろう。がーー。
「もう少しよ!」
 メイが叫んだ。
 わずかな服の染みからすら全てを見通すメイの眼力ーー実はグラビティでもなんでもない、この超推理力こそメイの真骨頂であるのだがーーは見とめている。センキの残耐久力がわずかであることを。
 瞬時に判断すると、バジルはスイッチを押した。不吉な鮮血の赤を覆い隠すよう七色の爆風を巻き起こす。今回の攻撃でセンキを斃すべしというのがバジルの判断であった。
 その時、爆炎が断ち切られた。センキの一閃である。その鋼の足がギシリッと地を踏み砕いた。
「跳ぶつもりのようだな。が、そうはさせん。悪いが、もう少しおとなしくしていてもらうぞ」
 口調はおどけたものだが、燐太郎の目の憎悪の炎はさらに黒く燃え上がっていた。
 どのような事情であろうとデウスエクスはやはりデウスエクス。慈悲をくれてやるつもりはなかった。
 自身も、そして婚約者も、命乞いの暇はなかったのだ。デウスエクス、死すべし。
 仲間の血に濡れたセンキの刃は強く燐太郎の眼に灼きついて、彼は大きく間合いを取った標的のそれを目当てにポイントする。漆黒の双眸に差しているだろう紅蓮の彩、それがデウスエクスへの私怨ゆえに熾火のごとく煌くのを自覚しつつ。
 冷徹に暗黒太陽を現出。暗黒光を放射し、燐太郎はセンキを灼いた。
「ぬっ。足がーー」
 センキは呻いた。足が動かない。跳べないのだ。
 雨に濡れた蒼い髪を頬に貼りつけたまま、渚はセンキを見つめた。戦闘狂いの気味のある彼女は、ともすれば飛び出しそうになるのだが、先ほどからその衝動は抑えつけている。
 血にまみれ、泥だらけ。可愛い女の子と見られたいと願う渚だが、その願いはしばらくかないそうになかった。
「哀しいけど、これ、命がけの戦いなのよね」
 独語すると、渚は彼女の身を覆う戦闘金属生命体に声をかけた。
「オウガ粒子よ、皆の感覚を研ぎ澄まさせてね!」
 瞬間、薄闇を切り裂いて銀光が渚の身からほとばしでた。その眩しさに、センキの電子アイが光量調節に悲鳴をあげたほどの、それは圧倒的な煌めきである。
 銀光をあびた橙乃と桜子は瞠目した。感覚が亜神域にまで研ぎ澄まされている。空気の流れすら肌で感知できた。


「皆、頑張ってね。力を貸してあげるから!」
 メイがスイッチを押した。逆巻く爆煙が辺りを席巻する。
 メイの頭蓋内でめまぐるしく回転する灰色の脳。推論は完結した。底上げされた二人の攻撃手の破壊力なら、完膚なきまでにセンキを殲滅することができるはずであった。
「借りるわ、メイさんの力」
 桜子が拳を握りしめた。ふつふつと、抑え切れぬ力がわきあがってくる。
「ーーなるほど」
 橙乃は、ちらと周囲を見回した。身から溢れ出す凍気により、雨はいつの間にか吹雪と化している。
「トドメだね。橙乃さん、行けるかな?」
 桜子が見やると、橙乃は小さくうなずいた。
「あたしたちで、きめるわ」
 煌煌と、照らされ佇む冬の碧。そう橙乃が詠唱した。
 次の瞬間だ。センキの周囲を碧雷がおどった。
「まずい!」
 碧雷の正体を、周辺の水分から生み出された氷の水仙と知り、反射的にセンキは跳び退った。が、遅い。
 水仙に触れた箇所が凍りついた。のみならず冷凍現象は内部にまで及び、機体内機構まで損傷を受けていた。
「こ、これは」
 愕然としてセンキは呻いた。機体が動かない。ナノマシンで自動調整しているが、回復が追いつかなかった。
 その時、センキの電子脳のデータの一部が回復した。かつて相棒としていた少女型のアンドロイドである。
 その面影と被さるように桜子が迫った。その手には宝桜鉄棍。この時、宝桜鉄棍には凶猛そうな釘が生えていた。
「同じ機械の身体を持つ者同士。せめて一撃て眠らせてあげるよ!」
 美しきレプリカントは、全解放したパワーで宝桜鉄棍を振り抜いた。


 戦いは終わった。が、まだケルベロスたちにはやるべきことが残されている。メリルディと燐太郎は辺りの修復を始めた。
「死神の因子は……どうなったのかしら?」
 倒れたセンキのそばに、メイはかがみ込んだ。バジルもまた。
 死神の因子はなかった。どうやら作戦は上手くいったようだ。
「もういいですか?」
 マロンもまたかがみ込んだ。その手には桃の花が握られている。
「私は忘れませんから。とある強いダモクレスの生き様を」
 センキの胸に、そっとマロンは桃の花をそえた。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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