シャイターン襲撃~焔の蝕み

作者:深水つぐら

●狂宴
 這い出た闇は蕩けていた。
 背に従えるそれが翼なのだとかろうじてわかるのは、僅かに脈打っているからだろう。燃える様な赤髪に手を入れた青年は、退屈そうにあたりを一瞥すると、一息吸った。
 暖冬だと言う十二月の空気は、例年と比べれば温かなだけで、外に出てしまえば寒いのは変わらない。葉の落ちた桜の間から眼下に広がる凍えた街を望むと、青年は濁った眼に笑みを宿す。
「残るのは四体、残りは三体に別れていけ。グズグズすんなよ」
 言葉の後で揺らめいたのは、共に這い出してきた影達――金の髪を木漏れ日に濡らしたヴァルキュリア達は、瞳に意志の色を持たず、虚ろな揺らぎを湛えているばかりだ。
 青年はその中の一人の顎を掴むと、値踏みする様に顔立ちを眺める。やがて鼻で笑い、頬を強かに叩いて突き飛ばせば、少女の唇から悲鳴が漏れた。
「木偶人形ってのは便利だな。イグニス王子もいいご趣味だよ、全く」
 薄笑いと共に青年が喉の奥で笑うも、その様に気を悪くしたヴァルキュリアはいない。否、もしそうだとしても、譲渡されたとは言え、支配権を握られている以上、彼女達が青年に逆らう事は出来ないだろう。
「おい、木偶人形」
 呼ばれて振り返った一人が青年の傍に寄れば、その金の髪を掴まれる。
 悲鳴が喉の奥で弾け、抵抗しようとする手が震えていた。止めようと伸ばされたはずの手は、弱々しく震えるばかりで先へ伸びる事はなかった。引きちぎられる――可憐な少女の長い金髪の間を青年の指が滑り、半分まで来た所で炎が生まれた。
 燃える。金の髪が炎に巻かれ、陽の輝きを散らしていく。
「あっははははは!! いいな、その顔!」
 燃えた髪にもがく少女の悲鳴をしゃぶりあげる様に、哄笑がその場を満たしていく。ようやくヴァルキュリアの火が消え、短くなった髪を愛おしげに眺めた青年は、天秤の文様が掘られた己の剣を杖の様に両手で支えると、歌う様に告げた。
「さあ、我が主・イグニス王子の地球侵攻の前祝いとして、人間を殺せ!」
 慈悲などない。徹底的に、嬲り、引き裂き、燃やす。
 ヴァルキュリア達がその翼を広げ、空へと飛び立っていく。
 その手には命を散らす狂刃。
 己が手を血に濡らす為に。

●焔の蝕み
 見つけた光景をどう説明すればいいか。
 ギュスターヴ・ドイズ(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0112)はしばらく自身の髭を弄っていたが、纏まりあぐねた思考を振り散らす様に首を振った。
 考えているだけでは意味はない。先日の城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っている所だが伝えねばならぬのだ。新たに見えた脅威の出現――その事を告げると、ギュスターヴはケルベロス達へと視線を向けた。
「目まぐるしい情報となるが、よく聞いてくれ。エインヘリアルに大きな動きがあった」
 告げられた言葉に注目が集まる。それは鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートの後任として、新たな王子が地球への侵攻を開始したというものだった。彼らはザイフリート配下であったヴァルキュリアを、なんらかの方法で強制的に従えているという。
 その上で起こしたアクション――魔空回廊を利用して人間達を虐殺しグラビティ・チェインを得ようとしているという。
「今回見えた事件の舞台は東京都多摩市。都心から西にある場所だ」
 小田急多摩線の終着駅があるこの都市は、共に流れる多摩川を枕に一つの丘を有していた。その丘の一端にて春を寿ぐ桜の名を持つ公園――東京都立桜ヶ丘公園の中央に魔空回廊が作られるという。
「魔空回廊を作り上げた場所に居たのは、見慣れぬ者だった。どうやらシャイターンという者達らしい」
 シャイターン。妖精八種族の一つである彼らが、今回のヴァルキュリアを従えている。今回の戦は彼らが送りだしたヴァルキュリアに対処しつつ、シャイターン撃破する必要があるのだ。
「そこで君らには、このシャイターンへの対応を頼みたい」
 そう言ったギュスターヴは、手帳を捲ると、対峙する事になる敵の情報を述べていく。
 どうやら、シャイターンの傍には四体のヴァルキュリアが護衛として残っているらしい。だが、先に出立したヴァルキュリアが苦戦している戦場に対して、二体づつ援軍を派遣するという。
 ヴァルキュリアと戦っているケルベロスの状況によるが、派遣されるタイミングは時間で決まっているようだ。最初の二体が三~五分後、次の二体が、七~十分後に派遣されると考えると目安になるだろう。つまり、時間が経てば護衛のヴァルキュリアが援軍として派遣される為に、シャイターンの護衛は手薄になっていくのだ。
 だが、それでも迷う選択肢でもある。
 なぜならば。
「時間が経てばこのチームは有利だろうが、他のチームには援軍が行く事になる。どの時点で襲撃をかけるかは任せるが、なにが最良かはよく考えて欲しい」
 もちろん、指揮官であるシャイターンを撃破する事ができれば、ヴァルキュリアと戦う仲間達が有利に戦う事が出来るだろう。その点を踏まえて、確実にシャイターンを撃破出来るような作戦を作らねばなるまい。
 ひと通りの説明を終えたギュスターヴは、次いで手帳の頁をめくると、シャイターンの情報を詳しく告げていく。
「現れたシャイターンは一体だな。赤毛をした青年の様だが、背負うタールの様に溶けた翼のおかげで見間違えはしないだろう」
 得物として天秤図が彫られたゾディアックソードを所持しており、それに順したグラビティで攻撃するだろうか。同時に、正体は不明だが、『見えた』情報からすれば『炎』を操る力があるらしい。
 護衛であるヴァルキュリア達は弓を所持している者が残っており、攻撃手段も得物に準じている様だった。
 そこまで情報を告げたギュスターヴは、集まった一同に視線を投げる。
 新たな敵の襲来、それは未知数に満ちている。だが、ヴァルキュリアを使役して悪事をなすのであれば、見逃す訳にはいかない。ましてや、新たなエインヘリアルの王子が現れるとなれば、なおさらである。
 ギュスターヴは手帳を閉じると、改めて一同へ視線を送る。
「ケルベロスがいる限り、地球は好きにさせない。その想いは皆にあるな」
 黒龍の茶の瞳が穏やかに揺れ、一度瞬かれると、その手がもう一度だけ手帳を開いた。その指が文字をひと撫ですると、静かに止まった。
「強制的に従わされ、人間の虐殺を命じられているヴァルキュリアの為にも、元凶であるシャイターンを倒さなければならない。皆にはそれが出来ると信じている」
 なぜなら。
「君らは希望だ、その力を存分に揮ってくれ」
 告げた黒龍は、真っ直ぐに一同を見つめていた。


参加者
明鏡・止水(ドラゴニアンの鹵獲術士・e00364)
付喪神・愛畄(白を洗う熊・e00370)
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)
ファブル・エフェメラル(ひよこ様お世話用レプリメイド・e04136)
白・常葉(一億円札チョコ神・e09563)
久遠寺・眞白(鬼の力宿りし忍び・e13208)
アリーセ・クローネ(略奪の吸血姫・e17850)

■リプレイ

●刻の三
 憩うには少し寂しい色合いだった。
 空の様子をそう思いながら、明鏡・止水(ドラゴニアンの鹵獲術士・e00364)は視線を下げると、ようやく騒ぎ出した方向へと顔を向けた。潜む茂みから注視するのは、金色の髪を泳がせる少女達――ヴァルキュリアと呼ばれる彼女らは、タールの様に溶けた翼を背負った青年を仰ぎ、その言葉に頷いていた。
 シャイターン。妖精八種族の一つである彼は、ヴァルキュリア達よりもケルベロス達の方に近い位置に立っている。このまま奇襲をかければ、彼と真正面に戦う事になるだろう。
「ヴァルキュリア達は奥のままだろうか」
 目を細めた久遠寺・眞白(鬼の力宿りし忍び・e13208)の言葉に、ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)はふむ、と唸りを返す。ケルベロス達が予想していた様に、シャイターンは奥に引っ込んではいなかった。今後もそのままなのかは相手の出方を見て判断すべきだろう。
 そう結論付けたジンが隣を向けば、ファブル・エフェメラル(ひよこ様お世話用レプリメイド・e04136)が残念そうに息を吐いていた。
「やはり無理そうですね……」
 言った彼女の手には信号弾が握られている。元々は他所で戦う仲間への合図として用意したのだが、奇襲成功の為には使う訳にはいかなかった。もしここで広範囲に認識できる合図を送れば、他所へ向かったヴァルキュリア達が引き返してしまうだろう。
 再びヴァルキュリア達へ視線を戻せば、その中に髪を焼かれた者を見止め、眉根を寄せた。
 あれは自分だ――かつてダモクレスの中で使命遂行のみを許された機械として存在した自分。その悲しい姿が胸を締め、思わず目を伏せる。その瞳が過去に引きずられる事を知らずに、アリーセ・クローネ(略奪の吸血姫・e17850)の瞳は、シャイターンへと注がれていた。彼らの力は予知で『炎』としか判明していない。未知の力に対する心構えは自分なりにしているつもりだが、どうなる事か。
 同じ様に静かに潜む付喪神・愛畄(白を洗う熊・e00370)は、傍らに控える自らのサーヴァント・つくもに視線を合わせると、小さく頷く。再び望んだヴァルキュリア達は、そろそろ動きだそうとしている。
 以前関わった依頼では彼女達の境遇はわからなかった。だが、今は操られ意に反した事をさせられ様としている事を知っている。
(「だから……出来る限り殺したくないよ」)
 思わず握った手に、八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)の指が触れた。
 体育座りをした親友は元気付ける様に愛畄の中指をつつくと、頬を紅めながらも不器用に笑った。穏やかに全部笑う事が出来ないのは、彼も緊張しているからだ。
 緊張をもたらしたのは八王子の悲劇――デウスエクスに襲撃された東京・八王子の事実が彼に影を落とす。あんな悲しい悲劇をご近所の西東京市に味あわせたくはない。それにあのヴァルキュリアに対する態度だって――。
「見過ごせませんよ、こんなの。だって、弱い者いじめと同じじゃないですか」
 唇を噛んで息巻くとぎゅっと肩に掛けたヘッドフォンを握る。その手を彼の相棒であるテレビウムの小金井が、ぽむぽむっと叩けば少しだけ二人の間の空気が緩んだ。
 大丈夫、親友と一緒ならやり遂げられる。
 ケルベロス達が気持ちを引き締めたその時、様子を窺っていた白・常葉(一億円札チョコ神・e09563)が楽しそうに言葉を紡ぐ。
「ほな、行ってみよか」
 言葉の後にほわりと浮かんだ笑みひとつ。
 胡桃色の髪を弄り終えたシャドウエルフは、己が得物と共に茂みを飛び出した。

●七を解く
 溢れた衝動のままに螺旋手裏剣を振るった。
 螺旋力を帯びた眞白の一撃がヴァルキュリアの弓を穿つと、次いで飛び出した止水が狙いを付けていく。
「では、まず貴方から少しの間我慢してください」
 あの後ろの、いけ好かない炎の妖精をたたき伏せるまで――。
 止水の放った礫が回避の牽制となれば、さらにアリーセが長柄のルーンアックスを振るう。
「この子を!」
 言葉と共に生まれた『氷河期の精霊』は、辺りに吹雪を生むとヴァルキュリア達の腕を凍りつかせた。包囲と共に奇襲が成功した――誰もがそう思った瞬間、炎が踊る。
 それは前衛を守る眞白の前――灼熱の炎塊が彼女を包むその直前に閃光が走った。その輝きが辺りを包んだ後に、立っていたのは握り拳を作った東西南北だった。
「やいそこのガキ大将! お前なんかちっとも怖くないぞ!」
 テレビウムの小金井が言葉を後押しする様にぶんぶんと手を振ると、ケルベロス達は炎を放ったシャイターンへと目を向ける。
「その歳で人形遊びなんていいご趣味ねー。私、貴方みたいな男嫌いなのよ」
「……なんだてめぇら」
 言葉を放ったアリーセを濁った眼が興味深そうに見つめていた。そんな彼女を守る様に前へ出た東西南北は、ありったけの声を張り上げる。
「よく聞け、ボクは八王子東西南北! 八王子最強の男だ!」
 それはおそらく、彼を知る者が見れば信じられない程の声量――啖呵を切った青年を、シャイターンは鼻で笑うと舌舐めずりする。その笑みは過去の痛みを思い出させるのに十分なものだった。だが、震える体を押さえられるのは、親友の存在があったから。
「そりゃあご大層だ。なら遊んでやんねえとなぁ!」
 おそらくはわかったのだ。デウスエクスを傷つけられる者――それはケルベロスだと言う事を。
 仮初めの支配者が歌うと、ヴァルキュリア達は受けた傷をそのままに前後へと動いていく。その瞳は虚ろに揺れ、意思の光は見えない。
 それが、怖かった。
 得物を握るファブルの手が血の気失い白じんでいく。
「彼女たちはいままで自分の意思で戦ってきた。その結果を憐れむつもりはないけど……ただ、あなたのやり方はとても不快だね」
 眼前のシャイターンを睨み付け、ようやく吐き出した言葉に呼応する様に、前へと飛び出したのはジンだった。
「電撃戦よ。素早く、確実に……あの喉笛を掻き切るね」
 その為に。
 ジンが手を出したのは手近のヴァルキュリアだった。
 手に馴染んだ病刃から繰り出された影の如き斬撃は、最前を守るヴァルキュリアの身を切り刻んでいく。次いで追いかけたのはファブルが放つ大量の誘導弾――その着弾する先、シャイターンを守る様に飛び出したのは縮れ髪の少女だった。
 被弾する。その音が耳を劈いてもなお、攻撃の手は緩めてはいけない。
「ちょいと痛いで! 堪忍な!」
 地を蹴り獲物と共に踊った常葉が、ヴァルキュリアの身を斬り上げれば、鮮血の花が開き散る。一瞬上げた悲鳴もすぐに呑み込むと、鮮血に染まった少女は己が身を顧みず、弓を下げようとはしない。
「ほぉら、気張れよ木偶人形!」
 嘲笑う声と共にシャイターンが得物を振るった。抑えに回った仲間が走るもその軽口は止まらない。
 その姿に眞白は思わず唇を噛む。
 ヴァルキュリアは勇者を探していると聞いていた。こうした殺戮は望んでおらず、彼女達の意思ではない筈――となれば、シャイターンという共通の敵に対しては、一時休戦・共闘の道もあるのではないか。
 そんな淡い期待もあったのだが、そう望むには支配が強すぎたのだ。
 支配を解くには操っている者を倒すしかない。
 それを含め、この戦はシャイターンの撃破が最優先であると全員が意識していながら、彼らがまず抑えたのはヴァルキュリアであった。
 その矛盾は、僅かな歪を生む。

●褥の十
 飢えた妖精が放った天秤の光は、愛畄のサーヴァントを撃ち抜いた。
 その力にサーヴァントは耐えきれなかったのだろう、胸に天秤の片皿で穿たれた傷が出来ていた。姿が光と溶ける間に、つくもは東西南北を気遣う様に親指を立てると大丈夫だと言う様に笑った。
 その姿に愛畄は萎えた耳をぐっとあげた。見止めた姿に応える様に、片膝を付いた仲間へ強引な緊急手術を施すと、背中を叩いて送り出す。
「頼むよ、シホー!」
 そしてすぐさま戦場へと視線を走らせ、自分のやるべき事を探す。
 愛畄の目まぐるしさは普段のメディックの比では無かった。ヴァルキュリアとシャイターン、戦場の対応バランスが極端だった事で招いた多忙だったが、東西南北のテレビウムの手助けが無ければこなせなかっただろう。もちろん数名は自身で治癒を負担してはいるが、それがない者のカバーは怠る事が出来ない。
 特にシャイターン担当への支援は頻繁で、その身はほとんど焼け焦げている。このままでは彼が倒れるのも時間の問題である。
 もちろん、止水の様に攻撃の隙間を縫いシャイターンへの牽制も放つ者もいたが、相手にしているヴァルキュリアは元々八人がかりで対応していたデウスエクスである。彼女らへの注意を外す事も出来ず、ずるずると時間だけが経っていた。
「もう寝てるよろしね。次に起きればアナタの悪夢も醒めるよ」
 業を煮やしたジンはそう言うと、両手に持った惨殺ナイフをヴァルキュリアへと閃かせる。手応えが確かにあった。その間にちらりともう一体へ視線を向ければ、アリーセのルーンアックスがその力を纏い、その腹を薙いでいた。
 おそらくヴァルキュリア達はこれ以上の攻撃を受ければ死ぬ。
 すでにファブルの様に手加減攻撃へと切り替え始めた者も多かった。だが、それは今後の攻撃が通常受けられる状態異常の恩恵を得られないと言う事だ。目的がヴァルキュリアを討つ事であったならば良い判断だっただろう。
「ヴァナディースちゃんが宝物と自由がどうこう言うとったで。今の状況は不本意なんやろ、ほな俺らんとこおいでや。力貸すで!」
 常葉は牽制する様に攻撃を放つも、ヴァルキュリアは一筋の血涙を流しただけで、攻撃の手は止まらない。
 真に彼女達を解放したいと思うのならば、支配している者を撃破する事が救いであり、彼らの標的であった筈だ。
 その影響はこの場所にいるヴァルキュリアだけにあるものではない。多摩市に散らばった者達にも影響があると言う重さ――その為の選択をするべきであった。
 その歪は東西南北の身に狂刃を付き立てる。
 口元の血糊を拭いたサキュバスが、エアシューズで地を蹴ると一気に間合いを詰めていく。
 その眼には諦めも苛立ちも、かつて虐げられた弱い色もない。
 あの頃のボクとは違う。今のボクはだれかを守れる。その想いを胸に揮われた攻撃――ふわりと相手の身が消えた瞬間、頭上に影が落ちる。
 見上げる暇があらばこそ、三日月の様に刻まれた残虐者の笑みが見下ろしていた。
 瞬間、背中へ衝撃が走った。
 焼ける。
 熱い。
 燃える。
 溶ける。
 灼熱の炎塊が肌を舐め、東西南北の意識を刈り取っていく。響き渡る悲鳴を甘露の様に味わうのか、シャイターンは狂った様に哄笑すると、その手が彼の首を吊りあげる。
「最強君の必殺技ってのはなかったのかなぁ?」
「……みせて……あげま、すよ……!」
 間合いを詰められた時点で、接戦は必須だと理解していた。ならば、それを活かすのみ。
 互いの距離は腕一本、その間に駆け昇ったケルベロスチェインは、シャイターンの回りを二重螺旋の如く絡み合い天へと伸びると、その中心に巨大な火柱を生み不死鳥の幻影と共に爆ぜる。
 焔の中で悲鳴が聞こえ、自由を得た東西南北はそのまま意識を手放していく。
「このッ……雑魚があああ!」
 瞳を閉じたサキュバスへ再びシャイターンの狂炎が解き放たれ、煙幕の様に炎が荒れた。
 目も眩む様な光が晴れた時、そこ立っていたのは一つの影。
「雑魚はお前や」
 爛れ露わになった肌を隠す様にウィズローブを結ぶと、常葉は得物を握り直す。その瞳は夕陽に染まる桜よりも、少し濃い色に見えた。

●十二の焔
 戦場は動き始めていた。
 その動向はケルベロスにとって利となるものだ。常葉が加勢に入る事が出来た事はそれを意味している。
 シャイターンを押さえていた東西南北の危機を知った事で、仲間達はヴァルキュリア達を討ち取る形へと方針を変えたのだ。早々に一体を討ち取った者達は、シャイターンへと攻撃を放っていく。
 それはヴァルキュリア相手とは違い、遠慮無い手段を使えると言う事。
「みんな、絶対に負けないで!」
 愛畄の気合いと共に、満月に似た光球が仲間の身を癒すと、その力を底上げする。
 守ってくれたシホーの為に。親友の想いを汲まない訳がない。
 状況を変え始めたケルベロスの姿に、シャイターンは舌打ちをすると横たわるヴァルキュリアへと吐き捨てる。
「抑えもできん木偶人形どもがあ!」
「そう、その顔よ。それが見たかった」
 焦りと憤怒。自身に向けられる負の足音は如何?
 アリーセは小さく笑うと己のルーンアックスをひと撫でした。次いで力によって真紅に染め上げられた柄を握ると、ありったけの力を込めてその腹を薙ぐ。
「穿ち、啜れ――」
 言葉は檻。哀れな翼の妖精を蝕み、捕え、生命力や魂を削り取る檻。
 略奪の吸血姫から鮮血啜る渇きの紅槍を受け悲鳴を上げた瞬間に、ファブルはその身を躍らせる。悠長に膝を付かせて痛がらせるなんて、そんな優しい事などしない。
「人が苦しむ姿を見るのが好き? なら、あなたにお似合いの末路をあげる!」
 放たれたケルベロスチェインがシャイターンの身を締め上げれば、もはや次の攻撃は避けられない。残りのヴァルキュリアを退けた止水が、目にも止まらぬ礫で得物に皹を与えればその力は半減する。
 すでに体力が削られていたのだ。その上、与えられていたプレッシャーは、攻撃を集中させるのに相応しい下地となっていた。
 その隙を眞白は見逃さない。
 燃える様に暴れるは己が魂の混濁。デウスエクスとも見紛う姿へ変わった両腕は、鬼としての様相を描き出すと、眞白の拳として揮われる。
「喰らえ、そして地獄で詫びな」
 間合いを詰めた先に醜い顔の男が見えた。その胸に螺旋手裏剣を叩きつける。飛び散った鮮血から身を遠ざけ、眞白がその場を譲ると追走した影が飛んだ。蹲ったシャイターンの前に、音も無く下りた影――ジンは得物をだらしなく垂らすと、はっきりと告げた。
「スウ師父から伝言あるね。『テメェとは地獄で遊んでやるから楽しみに待っていろ』、だそうよ」
 氷に似た視線が相手を射抜いた瞬間、ジンの身が空を舞う。
 その軌跡を追った影が針へと変わった。
 影が反り、穿ち、抉る。這い蹲る獲物を貪った瞬間、その肉塊から生えた翼が光となって消えていく。
 それが、シャイターンの最後となった。
 水分と時間がかかってしまった――他の場所は大丈夫だっただろうか。
 零れた命があった事を痛み、それでも無事な者がいるのならと願う。
 誰もが息を吸い望んだ空は、冷たい空気が渡っていた。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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