●2021年、春
やわらかな春が溢れる空間で、そのイベントは開かれる。
イベントに並ぶのは、プロやアマチュアが情熱と技術を籠めて作った物ばかり。
急須。皿。壺。カップにグラス。白テントの下に食卓や小休憩、作業の共となりそうなものがいくつも並ぶエリアの先にも白テントは並んでおり、服や鞄、アクセサリーといったファッションアイテムがずらり。
木彫り、石、陶器といった様々な素材の置物や、ちりめん、端切れ、やわらかなタオル生地などなど――こちらも様々な素材を使って生まれたぬいぐるみといったアイテムは、その向こうに。
輝くような緑の芝生の上、エリアごとに並ぶ白いテントを巡るよりも口に入れる物が欲しい時は、その外側へ。
マルシェを囲むように咲く桜の近く。同じく白いテントを利用したいくつかの店には、小腹を満たすのに丁度良い、クッキーやパウンドケーキといった焼き菓子の店が複数あり、他には、果実をふんだんに使ったジャムと食パンを売っている店もあるのだ。
もっとしっかり食べたいのなら、テントと仲良く並ぶキッチンカーへ。
甘口から辛口まで揃ったカレーは、春の野菜と小さめの角煮めいた形の豚肉が浮かんだ絶品カレーだ。オムライス専門のキッチンカーはチキンライス一品のみの提供。しかし、店長自慢のテクニックでとろり半熟玉子がドレスのように被せられて――何より、美味しい。
それとも、火が通って甘い春キャベツと新玉葱たっぷりの焼きそばに?
果物を搾った新鮮なジュースや美味しいワイン、ホットもコールドもある地元の茶葉を使った緑茶も味わえる。腹の虫と予算と相談しながらあちこち覗くのも、きっと楽しいだろう。
そんなイベントの名前は『春空マルシェ』。
青空の下、桜に囲まれて開催される、それはそれは豊かなマルシェだ。
●春空マルシェ
「元々はお城があったそうです」
城主とその地が辿った歴史により、現代に残るのは、そこに城があったという事実と名残が見える土地と――そこを利用したイベント各種だ。
その一つが春空マルシェですと解説した壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)は、開催期間が誕生日と重なっていたのでと添えてチラシを見せる。ええ、と困ったように呟いたのはラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)だ。
「満開の桜に囲まれてのマルシェだって? これだから日本は最高なんだ……!」
「ふふ、そうね。桜とマルシェのセットだなんて、とても素敵で豪華だわ」
ラシードの文句と見せかけた褒め言葉に花房・光(戦花・en0150)が笑み、継吾もそっと微笑みを浮かべる。
前述の通りイベント会場は城跡である為、なかなかに広い。桜の木は会場を四角く囲うように植えられていて、カレーを始めとした飲食の店もある為、ちょっとしたお花見も楽しめるだろう。マルシェで買ったばかりの物を手に小休憩、もし放題だ。
「配送サービスもあるようですから、少し買い過ぎても安心ですね」
「……君なら軽々と持ち帰れるのでは?」
「そうですね。でも、腕は二本しかありませんし、背中を使っても限界がありますから」
家族のお土産もとなると――。
スマホを使い、公式サイトで色々と確認をする眼差しはやわらかだ。
ケルベロスとなったばかりの頃と比べて表情と声から硬さが薄れているのは、家族の事を考えているから、というだけではない。
経験と交流を重ね、外のあたたかさに触れてきた暗めの薄鼠色が、ケルベロスたちを見て微笑む。
「楽しい一日になると、いいですね」
春の空。春の陽射し。春の花びら――は、ひらり舞ってエトヴァの目を惹いたそれと、テントの下でジェミの心を射止めた素朴な取り皿だ。花びら模様に舞い降りた一枚がそっと重なる。
「お店に置くのにどうかな。はんなり、和風の可愛らしさだね」
「……おや、はんなりというのでショウカ……愛らしいですネ」
同じ感想を抱いたそれの他にも幾つか包んでもらったそこへ、ふわり漂ってきた良い匂い。ああ、どうやら眠っていた腹の虫は揃って目覚めたらしい。
笑い合った二人は暫し別行動。そして桜の下、花の色と香りに昼食という美味が添う。
「エトヴァは何にしたの?」
「オムライスですネ。あっつあつに、とろとろのたまごを絡めていただくのデス」
「いいね。僕は、やきそば。お家でも作れるけど、自分で作るのと屋台のとはやっぱり違うんだよね」
沢山の春の味覚は柔らかく香ばしいソースに麺が絡み何とも――と来れば自然とシェアの流れへ。買ったばかりの桜模様の皿に分けて食べれば、閃きが幸せな笑みを呼ぶ。
「うん、優しいお味……ふふ、春を頂いているみたイ。俺のもシェアしまショウ」
「やった、ありがとうエトヴァ」
オムライスは春皿から匙の上へ、そしてハイ、とジェミの口元へ。
「凄く美味しいね」
「ハイ、とても」
賞味したふわふわの一口と、春の風情と隣の存在に心もふわふわと。
そんなひとときを、薄紅の景色がきらきらと優しく、やわらかに包み込む。
春空の下、ティアンの足が止まっては歩いてを繰り返す。
目当ては間もなく来る自分の誕生日、その日飲む予定の酒の為のグラスだ。けれど、自分は下戸なのか飲めるのかは誕生日当日まで判らない。丁度いい大きさもだ。
結果、ティアンが見かけたラシードを捕まえたのは自然な事。
「とりあえず最初は梅酒を準備してもらっているんだが、どういう物がいいとおもう?」
「そうだなぁ……風味を楽しめそうなこれとかどうだい?」
男が指した洋梨めいた膨らみ持つグラスは大きすぎず小さすぎず、“丁度いい”に収まるサイズだった。購入したそれは五月ニ日に活躍するだろうけれど。
「ラシードも、そのうち、乾杯、一緒してくれたらうれしい。どうだろう」
「それは勿論、喜んで」
もし下戸だったら?
――その時は美味しいジュースも用意して、乾杯を!
ラウルの胸を満たすのは桜の香り。けれど今から心身を満たすのは、春野菜の串焼やパスタといった誘惑乗り越えて得た料理達だ。
「見てシズネ! このオムライス、お日様色のふわふわ半熟卵が貴婦人のドレスみたいで凄く綺麗だね」
弾む声に目を向けたシズネは、きらきら卵色ドレスに沢山の苺スコーンを見て目をぱちり。そんなに食えるのか? そう言いたげな目線に淡い色の瞳が笑む。
「シズネが居るから大丈夫!」
フリルのような卵と何もかもが豊かなチキンライスを匙で掬い、口に迎えれば、抜群の相性で楽しげな頬は幸せいっぱいの桜色へ。
それを見たシズネも笑みを溢れさせて辛口カレーをばくっと食べた。
足を吸い寄せるパワーを放っていたカレーは、たっぷりの野菜とごろっとした肉と予想以上に美味しい。ラブコールに応えた店主の計らいで作られたカレー山を食べていく橙の目はぴっかぴかで、頬は――ラウルと同じ桜色。
「んん、美味え!」
「美味しすぎる……!」
気付けば空になった皿へ花弁がひらり。頭上には桜の天蓋と、その向こうに広がる空の青。ああ、ラウルと一緒に見る桜はいつも綺麗だ。
ラウルの目にも、どれだけ満喫しても尽きない春の幸せと共に、傍らで花笑むシズネが映る。巡る春の温もりが増すのは、気のせいじゃない。
「シズネが……君と見る桜が好きだよ」
それは微風にとけるほどの囁きだった。けれど傍らの耳は良く、胸に抱いた想いと同じ。薄縹色に橙が交わって、
「オレも、好きだ」
満開の桜は贅沢だがやはり心は花より団子だし、花がこれだけ咲いたならおピクニック気分にもなる。絶品カレーかオムライスか――視線彷徨わすキソラがカレー屋に並ぶラシードを見付けた瞬間、その視界をサイガがスタスタ横切った。
「あんたはカレーでも飲むワケ?」
視界の外からにゅっと絡めば驚いたらしい。エルフ耳を跳ねさせた男はキリリ真剣な顔でスープカレーなら、と言ってから何で飲む事にと吹き出した。
「カレー通イメージあんだよな。多分ナマステだと思う」
「確かヒンディー語でこんにちは?」
「ナマステから離れようなー。オムライスと迷ってんだケド、オススメある?」
それならと得た情報を元に他も巡った三人の手はすぐ満杯になり、桜の下に広げれば豪勢さはより顕著に。食べ切れる?と問う40代からの視線に30丁度のキソラはけらけら笑った。
「ナニ大人3人でかかりゃよゆーよゆー」
そんな会話をよそにサイガが取り出した果物丸ごとサンドイッチは、キソラの視界に割り込んでは断面の美を見せてカメラ心を擽り、ドヤと頬張れば瑞々しい味が贅沢に広がる品。が、隣のカレーもなかなかの強者で体がついそちらに傾く。
「いや食いたいなら食いたいって言え、つうかソッチのも食わせろ」
「はああん、なにこのサンド様が気になるって? しゃあねえなあ!」
「そしてそんな瞬間を俺が撮る。はい目線下さーい」
あと欲しいのは――そう、酒だ。
「あーワインもあるつってたなぁ」
しかし外では飲ませられない。
向いた視線の意味を知っているのかどうなのか、サイガが息だけで笑う。
「酒? んなもんなくても十分」
余裕の声は頭上の桜を見ながら。
それもそうだと笑った空色と赤色の目も春へと注がれる。
土産に買って帰る楽しみに未だ見ぬ宝も加わりそうだ。
春の陽射し。満開の桜。まさに花見日和という日、久々に集まった四人は挨拶を交わし合い、固まってマルシェを行く。
食事と代金は年長者なアッシュと瞳李持ち。更にアッシュの一言により瞳李が二人の歳を思い出した事で春の日に成人の祝が加わわれば、二人からの厚意を蓮と志苑が断る筈もない。
暫くして桜の下へ四人と共に集ったのは、春野菜カレーにオムライス、そして赤ワインにジャムとオレンジジュースを使ったアッシュ特製簡易サングリアだった。
花見が進めば自然美味い料理も酒も減るものだが、蓮の皿は志苑の気遣いという料理追加により常に賑わっている。それに倣ってアッシュの皿に盛っていた瞳李は、食事が一段落してから切り出した。
「私の勘違いだったら悪いんだが……蓮と志苑はいつからそう言う関係なんだ?」
皿の件はいつも通り故、そのまま過ごしていた蓮と志苑は一瞬目を丸くする。
お二人にはお話されて? いや話していないが既に察知され――と、ド直球を受けた二人に見えた無言の会話で、アッシュはサングリアを渡しつつ笑って見やる。
「まぁ、大体察しちゃいるが、俺も直接聞きてぇなぁ?」
「間違いだったり言いたくないないらいいんだ。ただ何となく……」
「ええ、形式的な関係を結んだのは昨年の冬からで、きちんと気持ちをお伝えしたのは今年の冬です」
「いや、そこ正直に言うのか!?」
物凄く迷いがない。やや焦る蓮というのは瞳李の中では珍しいが、そんな蓮が在るのは志苑のお陰だろう。幸せそうで何よりだと笑い合う二人に、志苑は緩やかに首を振って隣を見た。
「それは蓮さんのお陰ですね。悩んでいた私をずっと待ってくださり受け入れてくださいました」
また、迷いがない。成る程なぁとアッシュはニヤリ笑い、勝つのは難しそうだぞと蓮を見た。経験談ですかという声にまた笑う。
「勝敗云々っつーより……男としちゃ、惚れた女の照れる顔は見てぇもんだろ」
「ああ……そこは致し方なし惚れた弱みという奴ですよ」
晒し者のような、けれど嫌ではない空気に包まれて答えた蓮は一向に減らない皿からオムライスを一口掬う。けれど今だけですからそのうちに、なんて言いつつ隣で笑う志苑に勝てる気などしないのだけど。
「そうすると、成人祝いだけじゃなくて二人の関係にも乾杯しないとかな」
「だな」
「では、お祝いに」
「ああ」
過去から今、未来へ続くこの縁に――乾杯!
気になるもの沢山のマルシェに瞳を輝かせ、まずはとぬいぐるみ店へ向かう由佳の後ろで巽は溜息をついた。春色菓子が気になるが、こうなった由佳は止まらない。仕方なく後をついて行き――傍の翠に似たペンギンで静かに瞳を輝かす。
(「折角だし、買っていこう、かな。あ、ぶにぷにするのにちょうど良い、サイズ……」)
「ダイオウグソクムシさん、クラゲさん、ダイオウイカさん……あ、がおがお恐竜さん!」
ところで由佳のチョイスはなかなか個性的。が、由佳は何か言いたげな巽の視線ではなく一期一会の出会いに励む。モタモタして運命の出会いを逃す前に心ときめいた子を確保し、皆で一緒にお家に帰りましょうと幸せいっぱいに笑い――、
「ゆか、この大きなイッカクのぬいぐるみさんも気になっているの」
「何処に置くの……洗濯とか、誰が面倒見るの……」
うちじゃ飼えな――いや、食事の必要は無いが。嵩張ると言う巽に由佳は首を傾げた。
「巽お兄ちゃんっていう荷物係がゆかの目の前に居るじゃない。そういう訳で、お願いね!」
「って僕が荷物係……そこは、配送サービス使おう、よ……! あ、翠も、ドサクサに紛れてイッカクさんより大きなクジラさん持ってこないで……!」
「もう、お兄ちゃん達は放置! 次は甘い春のお菓子よ!」
由佳が向かった後、残されたのは個性的なぬいぐるみを抱えた巽一人。
これ、結局全部買う流れでは?
「目移りしちゃいますね」
「アイツらに土産買うンだろ?」
元気に遊びに行った弟妹二人へ何か土産でもと思っていたナキは、ぽかんとした。智秋は共に継吾へ祝辞を贈った時との差を面白がりつつ、ニヤリ笑む。
「荷持ちシてやるから好きなの買えよ。お前の好きなモンは俺が買ってやるし」
そう言って並ぶ店に目を向ければ、どれを土産にしても喜ばれそうな多彩さ。智秋が眺めている間、ナキの目は智秋の手をこそりと見ていた。
(「……手、繋ぎたいな、なんて」)
そっと伸ばしてみるも、指先が触れた瞬間にボッと照れが先行したものだから触れた時間はごく僅か。けれど気を取られていた智秋が気付くには十分で。
「今日はあったかいな」
智秋が見たナキの笑顔は真っ赤だ。今の言葉も誤魔化しきるには少し足りない。くくくと喉奥が震え――ぶわり。春風で二人の服や髪が桜吹雪と共に舞う。
つい目を閉じたナキの手が無意識に智秋へ伸びた。その手にナキの指が確りと絡み、手だけでなくナキを強く引き寄せる。離さない。
すぐ伝わった体温に安堵したばかりの心は、想像より近い顔に早鐘を打ち始めた。顔が真っ赤だ。今度こそ誤魔化せない。だって目の前にある智秋の口角が意地悪く上がっている。
「桜より赤くなッてンのか。俺には隠さず全部見せろよ」
そしてまた桜が吹雪いて、二人一緒に包まれる。
天気は良く、繋いだ手からは光流の力が直に来るからウォーレンは何でも出来る気がして――そのせいか。二人の空いている腕は大小の紙袋ですぐいっぱいになった。
「調子だけやなくて羽振りも良えな?」
「あれもこれも可愛いから……あ、見て光流さん、丸っこい猫の置物があるよ。可愛いー」
「へー、おもろいなあ」
猫形の小石に絵を描いたそれが並ぶ様は猫集会のよう。漬物石サイズの物は招き猫が描かれていて、サイズのせいか頼もしい。開運厄除、家内安全、身体堅固に効くとくれば二人は即、それをお買い上げ。
そんな風にマルシェを巡れば荷物は更に凄い事になっていて。
「ナチュラルに持ってくれたけど……重いよね? ごめんね」
「いや重さ自体は余裕やねん。けど君と手を繋げへんのがつらい」
「じゃあ、配送受付を探そう」
「そういえば、“ある”ちゅうてたな」
ジャムと食パンの袋は自分で持ったまま桜の下で食べよう。巡る中目にしたいろいろなジャムを使えばジャムパーティーだって。継吾に会えたらパーティに誘って――と、ウォーレンは光流が周りを見ているのに気付き、首傾げたウォーレンに光流が気付き、笑みが向く。
「目もあといくつか欲しいとこやな思て」
「……あ。ふふ、そうだねー」
空、花、マルシェ。
全て見るのに合わせて四つは幸せだけど――青空が夕空になってしまいそう。
「桜だぜーっ」
桜にはしゃぎ歩く広喜の周りも笑顔ばかり。マルシェの華やかさは眸の目にも眩しく、楽しい雰囲気はカルナの財布の紐を緩ませる気配を漂わせ――目についた旬の苺ジャムとふんわり食パンで早速緩んでいた。
眸チョイスのミルクジャムが合わされば訪れる苺ミルクの予感。三人の心はジャムの煌めきと共により躍って、広喜が逢った桜ジャムは味の予測がつきにくいが、こちらも艶々と美しい。
「クッキーも多めに買ってと……あとで皆で食べようぜ」
「桜ジャムとの味合わせモ楽しみだ」
「ええ、これは是非後で味見をですね……あ、眸さん今何を買いました? 蜂蜜ハンターの僕の目は誤魔化されませんよ」
「蜂蜜は色々使えルから……それと、桜ラテも欲しイ」
「あ、俺も桜ラテってやつ飲んでみてえっ」
大きな蜂蜜瓶の次はメイン料理となるカレーでは、眸は辛口を、広喜は真ん中をとって「普通のにするぜ」と笑い、カルナは――。
「甘口で」
「辛いの苦手だっタのか?」
「あれです。頑張ればいける的な」
小声の選択に少し意外そうな視線が向いてすぐ、広喜の両手が二人の肩をぱしぱしと明るく叩いた。
「大丈夫だ、きっとどれも美味しいぜ」
「そうです、辛くても辛くなくてもカレーは美味しいのです!」
「三種類のカレーの味の違イを比べてみても良イな」
比べる場は当然、桜の木の下で。広げれば即席パーティが一気に華やぎ、カレーを挟みながら甘味も堪能した眸の表情が緩んでいく。
「広喜のカレー、一口貰っていいだろウか」
「いいぜっ。うわ、どれもすげえ美味い!」
「食パンとジャムも絶品ですよ、ほら……!」
そして満開になって輝くのは桜だけでなく――春と共に、幸せが満ちていく。
満開の春の下、温かな緑茶片手の花見の時をより輝かすのは、ヨハンとクラリスそれぞれが逢ったマルシェ戦利品という花だ。
「ふふ、私の戦利品はね……」
ヨハンの問いにクラリスはそっと包み紙を開く。顔を覗かせた北欧風の皿は白と青が鮮やかで、他にも、手作りのさくらんぼジャムとふかふかパンという心もお腹も惹かれる一品に逢えた。
「お洒落で綺麗ですね、そっちも美味しそうです」
「でしょ? 明日の朝ごはんの時間、楽しみだなぁ。ヨハンは?」
「僕はこれです。小鹿田焼という品だそうで、一目で気に入りました」
「何だかヨハンらしいチョイスだね」
ヨハンが示した物は桜の木漏れ日も加わり、ぽってりとした一輪挿しの素朴な暖かみが増したよう。更に小粒おかきを開封すれば緑茶に似合いの海老やざらめ等の香りも。二人の花見は自然、笑顔と共に咲く。
「そうそう、ワインもボトルで買っておいたの。今度貴方の家でお泊まりする時、一緒に飲みたくて」
「おお、そのワイン。僕も気になっていたのですよ、飲んでみるのが楽しみですね。あと」
「あと?」
「僕の家に来た時の、貴女用のマグカップが欲しいのです」
一つ屋根の下、二人で共に暮らすにはまだ時間がかかるけど。
「一緒に選んでくれませんか?」
「……うん、マグカップは二人で選びたいと思ってた」
優しさと愛しさを胸に花見の時は過ぎ――使い勝手の良い物をと、二人は手を取り、指を絡めて歩き出す。
手にはマルシェで買った飲み物を。目には頭上に広がる桜の空を。そんなルーチェにはアーモンドの花の方が馴染みがあるのだけれど、この花にも思い入れが出来た。
視線へつられるようにして見上げたブランシュの蜂蜜色には、ルーチェが映すものと同じ春が映っている。かすかな風で舞い散る花弁はひとつの印だ。
「もう今年の桜も終わりなのですね。この僅かな期間に貴方と見に来れて良かった」
「そういえば、二人きりでの外出は初めてだねぇ。もう少し早く来れば良かったかな」
「そうですね、思えば二人で出掛けるのは初めてで」
いつかと約束していた時は長かったけれど、その分今はとても嬉しいと春の色彩纏う少女は笑む。名の通り光のような色持つルーチェも微笑んで――告げたのは春への想い。
騒々しい季節と思っていたのが、ブランシュと出会い、感じ方が変わった気がするのだ。それに、とルーチェは少し笑む。
「物静かで控えめなのに、僕に強い印象を残したのって君が一番かもしれない。勿論、良い意味でね?」
「……ふふ、そうなのですか。私にとって……ルーチェさんの印象は出会った頃も今でも、きっと変わらないです」
「……それはきっと、桜のような女性だから、なのかもしれない」
それが個人的にとても好ましく思うと紡がれた言葉より、少し前。“桜のような”の意味がすぐにはわからず、ブランシュは枝に揺れる桜を見つめた。風がまた吹いて、花弁が繊細に零れていく。
ルーチェは真紅の瞳を細め、ブランシュを見た。煌めく蜂蜜色が春とルーチェを映す。
「あと何度機会があるかはわからないけれど、君とまた是非、ご一緒したいな」
「ええ、私も。また貴方と一緒に色々な所へ出掛けてみたいです」
その時見る春は――季節は、どんな彩をしているだろう。
作者:東間 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年4月23日
難度:易しい
参加:24人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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