風をだに待つ程もなき徒花は枝にかかれる春の淡雪

作者:砂浦俊一


 朝な夕な気の向くままに自らが管理する墓地や、お気に入りの廃墟を散歩する。
 それがセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)の習慣だった。
 いずれ朽ちゆくモノを愛し、それ故に日々を尊いモノとして感謝する。朝の新鮮な空気を吸い、彼女は生を実感する。
「寒さも和らいできた……春が近いのね」
 早朝の外国人墓地、彼女以外に人の姿はない。
 空には一羽の鷹が飛んでおり、脚に何かを掴んでいるようだ。このあたりで鷹は珍しい――セレスティンがそう思った時、鷹は掴んでいた何かを地面へ落とした。
 セレスティンの足元まで転がってきたのは、自分と瓜二つの生首。
 そして息を呑んで立ち尽くす彼女へと生首が不気味に笑い出す。
 異常な光景に思わずセレスティンは後ずさる。
 何者かの攻撃だろうか、周囲を見回す彼女は、背後で不気味な気配を感じた。
「セレスティン・ウィンディア」
 振り返れば、石の十字架の上に同性でも瞳を奪われるほどの美貌の女が立っていた。
 大理石のような漆黒の肌、流れる赤く長い髪、眩いほどの白い翼を持った、人型のデウスエクス。
「朝から気分を台無しにしてくれたのは、あなた?」
 後ろに下がりつつセレスティンは身構える。
「ねぇ、セレス」
「……気安く呼ばないでほしいわね」
 デウスエクスの目的も攻撃手段も不明だが、単独行動中を狙われたのは確実だ。
「貴女の空色の瞳、とても綺麗ね」
 大きく広がった両翼から無数の光弾がセレスティンへと放たれた。


「緊急事態です! セレスティン・ウィンディアさんが死神に襲撃される予知がありました! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡が取れず……皆さんには大至急で救援に向かってほしいのですっ」
 ケルベロスたちを呼び集めたイオ・クレメンタイン(レプリカントのヘリオライダー・en0317)は真っ青な顔だ。
「死神の名は【手折る花】アメリア。美しく着飾ったり、美しいものを追い求めたり、美に対して強い執着心を持った性格ですが、時には狙った標的を勝手気ままに解体する……嗚呼、眩暈が」
 予知した光景が猟奇的すぎたか、倒れそうになったイオは壁にもたれかかってしまう。
 しかし大切な仲間であるセレスティンに、非業の死を迎えさせるわけにはいかない。
 ケルベロスたちはイオに敵の情報を求める。
「アメリアの攻撃手段ですが、まずは手にしたナイフ、それと追尾する花弁型の光弾。他に猛禽類を無数に召喚して襲撃させるのですが、これには催眠効果があるようです。詳しくはこちらの資料を。配下はいませんが、単独でケルベロスを襲撃する死神、充分に注意してください」
 資料を配布すると、次にイオはパネルを操作してテーブル型のディスプレイに地図と現地の写真を映し出した。
「場所は外国人墓地、早朝なので埋葬の予定は入ってませんし、お墓参りの人もいません。敵はこちらの攻撃を避けるために墓石の陰に隠れたり、弾除けに利用するかもしれません。あとセレスティンさんとの合流が1~3分ほど遅れる可能性があります」
 到着時には戦闘がある程度進んだ状態かもしれない。
 こちらもすぐにセレスティンに加勢できるよう、万全の態勢にしておきたい。
「セレスティンさんを救えるのは皆さんだけです、どうか死神を撃破して下さい!」
 敵は【手折る花】の二つ名を持つ死神。
 仲間の無事を祈るケルベロスたちを乗せ、ヘリオンが発進する。


参加者
セレスティン・ウィンディア(穹天の術師・e00184)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
皇・絶華(影月・e04491)
エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)
 

■リプレイ


 そのオラトリオを、私は忘れない――襲撃者の姿に、セレスティン・ウィンディア(穹天の術師・e00184)は大切な人の面影を見ていた。
「貴女の空色の瞳、とても綺麗ね」
 襲撃者の両翼から撃たれた花弁型の光弾がセレスティンを襲う。
 横に跳ねて直撃こそ避けたが、肌を掠めただけでも骨にまで響く衝撃が走る。
「無作法ね。ここは私と死者たちが静かに語らう場所。名前くらい名乗りなさいよ」
 セレスは眦も鋭く襲撃者を睨みつけるが、相手は薄く笑って光弾を連射をするのみ。
「肉体のある人に追いかけられてもあまり嬉しくないわね」
 セレスティンは巧みに避けるが、連射された光弾は弧を描いて追尾してくる。
 回避しきれず数発喰らったセレスティンを狙い、ナイフを手にした襲撃者が一気に間合いを詰めた。
 セレスティンは袖から掌へと惨殺ナイフを滑らせ、逆手に掴み、応戦する。
 至近距離での斬り合い。互いの刃が互いの肌を傷つけ、血飛沫が舞う。
 硬い金属音とともに受け止めた敵のナイフは、セレスティンの眼前にあった。
 刃の切っ先が彼女の目を刳り抜こうと、じりじりと迫ってくる。
「……私の眼が欲しいの?」
「欲しいわね。私がもっと美しくなるために」
「これがいかに大事な存在が、貴女にはわかって? ただの美しい物じゃないのよ」
 セレスティンは刃を押し返そうとするが、先ほどのダメージが響いているのか力を出しきれない。
「大切な瞳なら、ますます欲しくなってしまう」
 覆いかぶさるように体重をかけられる。
 ナイフの切っ先がセレスティンの右の瞳に触れんばかりに近づいた、まさにその時。
 何かを察知したように襲撃者が後方へ飛び退いた。
 直後に轟音、舞い上がる土煙。
「カンのいい奴だな。しかし墓所を荒らすとは中々に罰当たり者だ。死神だからそういうこともお構いなしか?」
 セレスティンが土煙の向こうに見たのは、皇・絶華(影月・e04491)の背中。
 ジェットパック・デバイス使用による上空からの奇襲は避けられたが、絶華はセレスティンを敵から庇うように、両者の間に立った。
「私のお友達と何をしていらっしゃったのかしら? 虐めなんてしていませんわよね?」
「セレスさんに手を出したこと――高くつくぞアメリア!」
 空烈竜牙紅斧の爪が開放、砲塔が展開する。自慢の脚力を活かして駆け付けたエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)は襲撃者へと挨拶代わりの轟龍砲、ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)は怒りの破鎧衝を叩きつけた。
 エニーケとローレライが敵を引き付けているうちに、エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)はセレスティンに駆け寄り回復魔術を用いる。
「ご無事で何よりです」
「ありがとう、助かったわ」
 夜明けの唄に癒されていくセレスティンは、エリザベスに問いかけた。
「アメリア……それがあいつの名?」
「ええ。【手折る花】という二つ名を持つ死神、アメリア。覚えはありますか?」
「ないと言えば、ない……でも、あると言えば、あるわ」
 アメリア。
 名前に覚えはなくとも、面影は忘れもしない。
 セレスティンにとって大切な人の面影が、そこにある。


 そのオラトリオの特徴を、私は忘れやしない――何故自分がアメリアに狙われたのか、セレスティンは悟る。
 突然の襲撃と眼前に迫るナイフには恐怖を覚えたが、今は怒りの方が勝っている。
 激情が沸々と煮えたぎっていく。
「運命に打ち勝ち、宿縁を断ち切る力をっ」
 セレスティンの治療を終えたエリザベスはメリジェーヌハープを奏で、味方を鼓舞し未来を切り拓く歌を高らかに唄う。敵は単独でケルベロスを襲撃した強者、こちらも火力は上げられるだけ上げておきたい。
(あの翼、それと睡蓮……セレスさんから聞いていた、大切な人によく似ている……)
 アメリアと激しく撃ち合うローレライは、セレスティンが襲撃された理由に思いを巡らしていた。嫌な推測が脳裏をよぎり、彼女の表情の険しさが増す。
「もし、もしそうだとしたら。私は貴女を許すわけにはいかない」
 ローレライが構えたアームドフォートの砲口が火を吹き、次いでエニーケがアメリアに斬りかかる。
「隠れているとお墓ごとぶった斬りますわよ」
 ゴッドサイト・デバイスにより敵の位置は常に把握している。この死神はセレスティンを、大事な友達を傷つけた。お礼に数万倍返しのおもてなしをしてやらねば彼女は気が済まない。
 一方、アメリアはセレスティン救援のケルベロスが合流しても余裕の表情を崩さない。
 彼女は花弁型の光弾を攻撃の主軸とし、ケルベロスたちが近づけばナイフで迎撃する。時には墓石を盾にしてケルベロスの攻撃を避ける。そのたびに墓碑は深く抉れ、石の十字架は粉微塵に吹っ飛び、供えられた献花が宙に舞い散った。
 戦いが激しさを増すほどに、手入れの行き届いた外国人墓地が見るも無残に荒れていく。
「貴様も死神なら、もう少し死を悼むぐらいはしたらどうだ」
「あら? ここを荒らしているのは貴方たちでしょう?」
 霊剣を抜き打つ絶華と、手の中でナイフをくるりと回転させたアメリアが交差した。
 絶華の左肩から血が吹き出し、振り返って笑みを見せたアメリアの頬には赤い線のような傷。追尾式の光弾は厄介極まりなく、刃物の扱いにも熟達、アメリアはこれまでどれだけの獲物を仕留めてきたのだろう。己が求める美しさのために、美と言う名の花を手折ってきたのだろう。
「そう、ただ己が追い求める美のために。奪ったのでしょう、あの子から……」
 だから自分を知っていた。
 だから自分に目をつけた。
 忘れもしない金色の面影、でも目の前の女は別人。
 そこにいるのは【手折る花】アメリア。
 己を美しくするために着飾り、己を満たすために美を追い求める死神。
 そんな存在に自分の大切なものを奪われたことが哀しくてならない、悔しくてならない、だからこそ、取り戻さなければならない。
「ねぇ、あの子はどこ……? ……いないわよね。せめて、返してよ!」
 負傷者をボディヒーリングで癒したセレスティンは、アメリアへと激情を迸らせた。


 叫ぶセレスティンへのアメリアの返答は光弾の連射だった。
 被弾も気にせずセレスティンはアメリアの懐へ飛び込むや掴みかかり、惨劇の鏡像、具現化されたトラウマを叩きつける。
 追い払おうとアメリアがナイフを突き出すが、セレスティンは刺されようが突かれようが一歩も引かない。むしろ逃がすまいと、重力鎖を操り己と敵を繋ぎ止めた。
「奪ったもの、返してもらうわ」
「良いわ、最高。貴女はなんて奪い甲斐のある獲物なのかしら」
 凄惨かつ壮絶な斬り合いが始まる。
 両者の血飛沫は飛び散ると同時に、自らの糧とするべく両者の体に吸収されていく。
「貴女の瞳で私はもっと美しくなる。美しいものを愛で、着飾るのは自然なこと」
「それも全て他者から奪ったものでしょう」
「ねぇセレス。貴女だって美しい花を摘んだことぐらいあるでしょう?」
「私が花なら、貴女にだけは摘まれたくないわ。見せかけだけの美を求める、中身が空っぽな女はお断り」
 立ち入る隙も無いような、セレスティンとアメリアの、生命と生命の奪い合い。
 しかし刃物の扱いに一日の長があるのはアメリアの方か。
 次第にセレスティンの出血量が増えていく。
「やらせはしないっ」
「貴様とセレスの因縁は知らぬ。だが共に歌を唄ったこともある。戦友の命は獲らせん」
 ローレライと絶華の左右からの斬撃。
 繋がれた状況で3対1は不利と見たか、アメリアは重力鎖を断って後方へ跳ねた。
 再び光弾の連射に移ろうとアメリアが両翼を大きく広げる。
 だが大地を蹴り、一直線に彼女の懐へ飛び込んだエニーケの方が一手早い。
「斬られることの痛みを味わいなさいな!」
 掌中に光の剣を発現させてからの一喝と一閃。
 高速の剣閃は周囲の墓石も巻き添えにアメリアの体を切り裂いた。
 真一文字に斬られた墓石が次々と地面に落ちる中、苦悶に歪ませたアメリアは翼をはためかせて空中に舞い上がる。
「逃げる……? いいえ、あれは!」
 ハープを奏で治癒の唄を歌うエリザベスは、指を天へと向けたアメリアに息を呑む。
 アメリアの指の先には、空を埋め尽くす無数の猛禽類。
 地上には生ぬるい風が吹きすさぶ。
「1人残らずお食べなさい。でも、あの空色の瞳だけは傷つけてはダメよ」
 アメリアの指がセレスティンの瞳に向き、猛禽類の群れがケルベロスたちに襲いかかる。


「鳥さんたちの爪と嘴、それと死の幻惑。生きながら鳥葬にされる気分はどうかしら?」
 地上に降り立ったアメリアは、無数の猛禽類と催眠効果を振り払おうとあがくケルベロスたちの姿を嘲笑した。
 だがアメリア自身も深手を負っている。出血が、止まらない。
「このまま押し潰す。でもその前に。セレスの瞳だけはこの手で――」
「……ばないで」
 ナイフを握り直したアメリアの耳に、か細い声が聞こえてきた。
「気安く呼ばないで、って言ってるのよ。私の瞳は貴女を飾る花じゃない」
 セレスティンの全身から放たれる凍てつく殺気。彼女にまとわりつく猛禽類の群れも怯えて飛び去っていく。
「私が悲しみの底にいても染まらなかった空の色。私が怒りに燃えても染まらない生まれつきの色。微塵も渡す気はないわね。それよりも、貴女が返すのが先よ!」
 か細い声はやがて叫びとなり、吹き荒れる旋風の如く周囲を震わせる。
「セレスティンさんの、青い瞳……空の様で、海の様で、とても綺麗。でもそれは造詣の美しさだけじゃない……セレスさんが、その瞳で多くを見て、感じて、培ったものだから。形だけじゃない、意志の光が美しさの理由。アメリア……あなたには奪わせない!」
 アメリアが大技を使ってきたのなら、それを使わなければ倒せそうにないと判断したからだ。向こうも追い込まれている証拠に他ならない。
 ここが正念場、アメリアには何ひとつ奪わせない。
 力強く奏でられるエリザベスのハープが味方を鼓舞する。サーヴァントのシュテルネとハクも、猛禽類に啄まれながらもケルベロスたちの治癒に駆け回る。
「最後に転がるのは貴女の首ですわよ」
「そして全て焼き尽くす。その白い翼以外を!」
 エニーケとローレライ、両者が構えたドラゴニックハンマーとアームドフォートからの砲撃に援護され、絶華とセレスティンが駆けた。
 直撃弾にアメリアの動きが鈍り、口からは塊のような血が吐き出される。
 なおもアメリアは反撃に右手のナイフを突き出すが――その腕を、すれ違いざまに絶華の霊剣が肩から断ち落とした。
「後は、任せた」
 耳を劈く絶叫の中、アメリアの後方へすり抜けた絶華は剣を鞘に納める。
「生と死は、等しく全て私のもの……さあ、返しなさい」
 セレスティンの顔がアメリアに喰いつかんばかりに肉薄する。
 両手が真白な翼の根本を掴む。
 黒いドレスの袖と裾からたなびく重力鎖がアメリアの全身に絡まり、その力を吸い尽くしていく。
 セレスティンの瞳を見つめるアメリアは微かな笑みを見せた。
「嗚呼、やっぱり綺麗な瞳――」
 力を吸い尽くされたアメリアの体が、散る。
 自身を彩り飾っていた美しいものが徒花となって散っていく。まるで春の淡雪のように。
 猛禽たちは一斉に羽ばたき大空へ消えていく。
 遺されたのはセレスティンの腕の中の翼のみ。
 膝をついたセレスティンは両手で顔を覆った。
「……大切な、人だったのよ」
 その言葉に彼女の想いの全てが込められていた。
 一呼吸、わずかの間だけ。
 彼女はケルベロスとしての己を忘れ、一人の女性になっていた。
 そっと両手を開けば、見えるのは仲間たちの顔。彼女を気遣う顔、涙をこらえている顔、アメリアに何かを奪われた者たちへ、そして死者たちへ祈りを捧げる顔。
(でもね、私この景色も好き――)
 これは夢でもなんでもない、今の物語。
「みんな、助けに来てくれて本当にありがとう。さあ、荒れてしまった墓地を元に戻しましょう。死者たちの眠りを妨げないように」
 涙を拭ったセレスティンは普段通りの顔、仲間たちも安堵の表情を浮かべる。
「今度は戦いじゃなくて、ピクニックに来たいわね」
「良いですわね! 広ーい自然に場所を移していくとしましょう♪」
 一羽の猛禽が止まっていた枝から飛び立ち、やがて枝の先の蕾が花を開いた。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月4日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。