●
その時――。
ゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)は出撃準備の終わったヘリオンのコクピットに座り、万能戦艦ケルベロスブレイドの艦橋からリアルタイムで届く戦況報告を、瞬きも、息をすることも忘れて、祈るような気持ちで見ていた。
「……みんな、頑張って。勝って、無事にここに戻ってきて」
小さなモニターの中で、万能戦艦ケルベロスブレイドとヘリオンから行われたケルベロスたちの一斉攻撃により、攻性惑星が吹き飛んだ。
島根県隠岐島上空が炎に切り裂かれ、惑星爆発によって放射状に広がる光でさらに明るさを増す。
「やった! やったぞ! ケルベロスが勝った!」
ゼノは歓喜の声をあげ、こぶしを突き上げた。
攻性惑星だった大きな欠片が次々に爆発し、重力に引かれながら落ちていく。攻勢植物の破片が炎に包まれたまま、雨あられと竜十字島に降り注ぐ。破片が引く煙の尾がもつれたリボンのような雲になって、不自然に明るい空に幾つもたなびいた。
作戦成功だ。
「さあ、ヘリオン。ボクたちも出撃だ。みんなを迎えに行こう」
ブレイドを回し、大きく空に開いたハッチにヘリオンの機首をむける。
突然、艦内照明が点滅して、緊急事態発生を知らせる警報ブザーが鳴り響いた。
――ドラゴン来襲!! 竜業合体したドラゴン達が、地球に到着ッ!!
予期しない、いや、予期はしていたが来るのがあまりに早い。
ショックで頭が激しく揺さぶられ、くらくらと眩暈がする。
とっさに、ブレイドの回転を止めた。今、出てはダメだ。もっと情報を集めなくては。
気を取り直してモニターに目を向けると、ドラゴンたちが崩壊する攻性惑星を喰らっていた。移動で失った力を回復しようとしているようだ。
コクピットに座ったまま何もできないことに焦っていると、ケルベロスブレイドがドラゴンたちに向けて砲撃を放った。
着弾と同時にモニターが白く飛ぶ。
「やった?」
直後、艦が大きく揺れた。
ドラゴンたちの反撃か?
一瞬、肝を冷やしたが、ドラゴンたちの攻撃はすべて、ケルベロスブレイドに張り巡らされたバリアで防げたようだ。各所、異常なしの報告が次々とスピーカーから聞こえてきてほっとする。
(「だけど、ドラゴンたちに直接攻撃されたら……いくらケルベロスブレイドだって、撃墜は免れない」)
追ってくるドラゴンが、一体、二体であれば、ケルベロスを乗せたヘリオンを出撃させて対処すればいいのだが。さすがに数十体以上のドラゴンを一度に相手にするのは分が悪すぎる。
――出撃者たちの回収に成功。現時点をもってケルベロスブレイドは、島根県隠岐島上空域から緊急離脱、成層圏へ向かう!!
どうやら慎重に距離をとってドラゴンたちと対峙する事にしたらしい。グラビティ・チェインの枯渇によるエネルギー切れを狙ってのことだろう。
成層圏に達してからも、ケルベロスブレイドからの攻撃は続いていた。
だが、ドラゴンたちもこちらの攻撃を巧みに回避したり、あるいは相殺したり、ただ耐えたりと、防衛態勢を構築し、執拗に追ってくる。
双方ともに決め手に欠ける膠着状況が続く中、ドラゴン側に動きがあった。
一部のドラゴンが戦列を離れて日本列島へ向かった、という情報がコクピットに飛び込んできたのだ。
「なんだって!?」
グラビティ・チェインが充分では無い状態でケルベロスブレイドと対峙し続ける事を避け、早急なグラビティ・チェインの確保を優先したのだろう。
このままではまずい。
非常にまずい。
出撃準備の要請を受ける前に、ゼノはシートベルトを外してヘリオンから飛び出した。
降車口からケルベロスブレイドの格納庫の床へ飛び降りる。胸いっぱいに空気を吸い込むと、近くにいるケルベロスたちに大声で呼びかけた。
「ドラゴンの一部が、戦場を離脱して日本に向かった。人々を虐殺して、グラビティ・チェインを略奪しようとしている。戦える人はヘリオンに乗って、一緒に来て!!」
●
名乗りをあげてくれたケルベロスたちが搭乗するや、ゼノはブレイドを回した。いつでも飛び出せるように、ハッチの近くにヘリオンを移動させた。
ハッチの外に見えていた地球の丸い水平線が、グングンと水平になり、雲が大きく迫ってくる。
「いま、高速飛翔するドラゴンたちをケルベロスブレイドが追撃しているところだよ。追い付いた所で『小剣型艦載機群』をドラゴンと同じ速度で射出するから、それを足場にして戦って」
ドラゴンたちはヘリオンの速度を超える速度で飛翔していた。日本に残っているヘリオンで迎撃しようとしても、速度的に不可能だ。
それだけではない。ドラゴンがジェットパックデバイスが届かない高度から市街地を狙って攻撃すれば、ケルベロスが先回りして迎撃しても都市の壊滅は免れない。
「だから自分たちがいま行くしかないんだ。無茶で危険な戦いになると分かっていても」
ケルベロスたちが足場にする小剣型艦載機群は全長2メートルだ。
風速800mの暴風雨の中、その上でドラゴンと戦わなければならない。
しかも、だ。『小剣型艦載機群』を利用しての戦いは今回が初めてとなる。不安がないといえば嘘になるだろう。
――11体のドラゴンたちが別れ始めました。それぞれ別の都市を目指しているようです。各ヘリオンはこちらから指示があるまで待機してください。順次、目標の詳細を送ります。
ゼノは了解、と返すと、送られて来たデータをもとに、ケルベロスたちに敵戦力の説明を始めた。
「ボクたちが倒すのは七罪竜アウェンティヌス。口から地獄の黒々とした氷の息を吐くドラゴンだよ。グラビティ・チェインを充分に得られていないから弱体化しているけど、それでも魔竜に勝るとも劣らない戦闘能力を持っている。超硬化した手足の爪と太い尾にも気をつけて」
また新たな情報がケルベロスブレイドから入った。
ゼノは耳で聞いたことをそのまま口にして、ケルベロスたちに伝える。
「……アウェンティヌスが目指しているのは、静岡県浜松市! みんな準備はいいかい。 次、ボクたちの番だ。出撃予定時刻は、きっちり3分後!」
ドラゴンと戦っていられる時間は、精々15分程度。
富士山が視界に入った時点でアウェンティヌスを倒せていなければ、最悪、浜松市は消滅する。
熱海市へ向かう虹炎竜王・レインボロスを追って、一機のヘリオンがケルベロスブレイドから出撃していった。
ゼノはブレイドの回転数をあげ、機体を浮かせた。
「残念だけど、ヘリオンではついていけない。でも、必ず追いついてみんなを回収するよ。絶対に」
参加者 | |
---|---|
エレ・ニーレンベルギア(月夜の回廊・e01027) |
一式・要(狂咬突破・e01362) |
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716) |
土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983) |
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570) |
栗山・理弥(見た目は子供気分は大人・e35298) |
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254) |
副島・二郎(不屈の破片・e56537) |
●
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)は、無いよりはマシといった程度の情報をしっかりと頭に刻み込んだ。
「ゴーグルを持っている人は装着して」
暴風雨の中を、ドラゴンを攻撃しながら時速三千キロで移動するのだ。雨粒の一つすら、凶器と化して目に飛び込んでくる。
「俺はヘリオンを出たらつけます」
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)は強化ゴーグル型の『ゴッドサイト・デバイス』を装着するという。すぐに戦闘状態になるので味方の位置や地形の把握はできないが、暴風雨よけとしては十分すぎるほどだ。
「しかし、攻性惑星の次は竜業合体ドラゴンの本隊か……やることが多いですね。ですが、俺達のやることは変わりません」
なあ、と声をかけながら『一輪』こがらす丸のシートを軽く叩く。
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)が唸りながらゴーグルを着ける。
「ったく、つくづく面倒なことしてくれやがるぜ。鉄砲玉になりに来たんなら撃ち落とすっきゃねぇわな」
左の掌に右の拳を強く打ちつけ、気合を入れた。相手がドラゴンだろうがなんだろうが、やってやる。
「やつを浜松にたどり着かさせねえぞ。絶対にな」
「その通り。進ませはせん。ここで確実に、墜とす」
副島・二郎(不屈の破片・e56537)の目がゴーグルの奥で強い光を放つ。
二郎は膝の上で生身の拳をぐっと握りこみ、誰一人としてデウスエクスに奪わせはしない、と決意を新たにした。
張りつめた空気を破るように、にゃん、と愛らしい声がしてみんなの注目をあつめる。
「出撃前に時間合わせをしましょう」
『飛猫』ラズリを肩にのせたエレ・ニーレンベルギア(月夜の回廊・e01027)が、ゴーグル越しに時計を確認する。
「ヘリオンを出ると同時に装着したデバイスを起動。私がみなさんを通信で繋ぎます。浜松市まで二分になりましたら、総攻撃の合図を出しますね」
一式・要(狂咬突破・e01362)が、時計を合わせながらいう。
「浜松市まで二分で見える景色は……天候が良くても右手に富士山しか見えない」
ずっと時速三千キロで移動しているとして、二分前であれば、浜松市から海上を百キロいったところか。その時点での高度にもよるが、見えたところでせいぜい、水平線に薄く陸地が乗っている程度だろう。
「でも、気をつけさえしていれば、富士山はもっと早くから確認できる。ベストな条件が重なれば六分前ぐらいから、北北東にごく小さな青色の三角錐が見えるでしょう。ゼノくんが、富士山が見えたら終わりっていったのは、それが富士山だとはっきり認識した時点で陸まで二分もないからね」
要は寒冷地仕様のケルベロスコートの前をしっかりとしめた。
栗山・理弥(見た目は子供気分は大人・e35298)が勢いよく立ちあがる。
「浜松は俺の地元だ、壊されてたまるか!」
特製リストウォッチのボタンをピピッと押して、アラームをセットした。
「よし、十三分後にアラームをセットした。ゴーグルもバッチリ。スパイダーブーツもオッケーだ。いつでもいけるぜ!」
ヘリオンがじわりと動きだした。
危ないから座って、と土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983)が理弥の腕を引く。
「ところで、『小剣型艦載機群』の発射はヘリオンの出撃と同時になるのかな?」
コクピットから、離艦の三秒後だよ、と回答があった。
三秒間の間に超高速で飛ぶヘリオンを出て、デバイスを装着、起動しなくてはならない。間髪入れず、飛んでくる『小剣型艦載機群』を捕えて乗るのだ。
なかなか忙しいね、と竜は笑う。
「小型の足場での戦いか。螺旋忍者になるために色々無茶な修行はさせられたけど、こういうのはなかったな。不謹慎かもしれないけど、少し楽しみだよ」
発艦位置についたヘリオンをカタパルトが暴風雨の中へ弾きだす。猛烈な加速に耐えながら、ゼノは機体を飛び立たせた。
ケルベロスブレイドを離れたヘリオンの機体は、みるみるうちに速度をあげていった。
コクピットから、ゼノがケルベロスたちに檄を飛ばす。出撃の時だ。
「武運を祈っているよ。……みんなにならアウェンティヌスの進撃を阻止できる!」
おー、とケルベロスたちの気勢があがる。
ヘリオンのドアが開いた。
●
かぐらは後方から迫ってきた『小剣型艦載機群』の一つに、デバイスの機械腕を伸ばして掴んだ。
凄まじい空気抵抗にあらがって引き寄せる。
(「デバイスもそうだったようにも思うけど、お試し会とかできたらよかったのにね」)
ぼやいていても始まらない。事前に確認できなかったのは残念だったが、なるようになるだろう。なんといってもケルベロスのために作られた物なのだし。
「さぁて、追いついて止めに行くよ」
かぐらは両脚をしっかり小剣型艦載機の上に載せた。
計都は空中でこがらす丸にライド・オンすると、デバイスのゴーグルで視界を確保した。
丁度、一輪の下に飛んできた『小剣型艦載機群』の上に落ちるようにして乗る。
「よし。固定しよう」
特製フック付ロープを取りだして、こがらす丸を小剣型艦載機に固定した。
あたりを見まわして仲間たちの姿を探す。
暴風雨で視界が極めて狭い。あたりは夜のようにくらく、視界は五十メートル先がもう見えない。
(「こんな時こそ必要なのになぁ」)
同士討ちをすることはまずないだろうが……ともかく、標的のドラゴンを見つけるのが先決だ。
真っ先にアウェンティヌスを見つけたのはエレ、いや、その肩に乗った『飛猫』のまラズリだった。
左右に割れた積乱雲の中に、巨大な体が稲光を受けて眩しく輝いたのだ。
「お手柄ね、ラズリ」
さっそく、雲を裂いて飛ぶアウェンティヌスの映像を仲間たちに送った。
「目標は私たちの下にいます。少しずつ高度を下げているようですね」
「こっちもいま肉眼で捕えた。早速、仕掛けるぜ」
道弘は上体を軸足に被せるようにして倒した。ライダーの動きを察知して、小剣型艦載機が機首を下げる。
水色のチョークを手に、そっと長い首の後ろへ忍び寄った。
幸いにも暴風雨の騒音が、小剣型艦載機の飛行音を消してくれた。アウェンティヌスはまだ気づいていない。
『そら、熱力学の出張講義だぜ。感謝しろよ!』
道弘の手から、つい今しがたまで持っていた水色のチョークが消える。――と、アウェンティヌスの首のつけ根に、大きな氷の華が咲いた。
――グアアアァアアツアアアアーツッ!!??
思いがけない痛みに、ドラゴンは絶叫する。
「ケルベロスか!?」
アウェンティヌスの目が稲光を受けてギラついた。
「そうよ。他に誰が来るというの」
かぐらがヒールドローンを仲間たちに向けて放つと同時に、蒼きドラゴンの咢(あぎと)が大きく開かれ、地獄の底よりも暗くて冷たい息が吐きだされた。
アウェンティヌスの息は空中で解凍されて水滴となり、風によってあわさりながら、また凍る。細長い氷の針となって、後を追うケルベロスたちに襲いかかるまで、僅か半秒の出来事だった。
ヒールドローンが次々に大破し、後ろへ流れていく。エレがエクトプラズムで体を包んでくれていなければ、仲間たちの多くがかなりのダメージを受けただろう。
「止まれ!」
計都が六枚ある翼のうち、左上の一枚を狙って流星の蹴りを放つ。
凄まじいエネルギーを秘めた流れ星が翼のつけ根にヒットして、弾けた。流れ出した血が風にちぎれ、赤い花びらのように吹き飛んでいく。深手を負わせたのは間違いないが、翼を落とすまでは行かなかったようだ。
「ぶちかませ、こがらす丸!」
小剣型艦載機の上で一輪が激しく回転し、炎を吹きあげる。火の玉となって降る雨を蒸発させ、白い水蒸気の尾をたなびかせながら、流血する傷口に体当たりをした。
翼をもぎ取られながらもアウェンティヌスは気力を振り絞り、痛みを耐えて飛ぶ。
「……感じる。感じるぞ。この海の果てに餌が、グラビティ・チェインがある!」
バランスを崩したのか、アウェンティヌスの体がともすれば右へ右へと流れ出した。進路を戻すためか、はたまたケルベロスたちを追い払うためか、時折体をローリングさせて方向を正す。
そんなアウェンティヌスを後方から、エレとエレの支援を受けた理弥が攻撃する。
「ふざけないでください。人は……浜松の人々は貴方の餌ではありません!」
「そうだよ、ふざけんな。お前を浜松には絶対に行かせないからな!!」
理弥の手元で雷鳴を束ねたような轟音が轟き、竜頭を象った弾丸が放たれた。氷の華で抉られた首のつけ根に、グラビティの牙が食い込む。
「にゃーん!」
ラズリがモフモフの尻尾を懸命に振るって、光の輪をアウェンティヌスの尾に向けて投げた。
「おのれ! 小うるさい犬どもめ!!」
アウェンティヌスはぐるりと仰向けになると、上を飛んでいた道弘に爪を振るった。
ドラゴンの死角に位置取って仲間の回復に努めていた要が、すかさずガードに入る。
「ザンネンでした」
要は口の端に笑いを浮かばせると、巨大な氷柱のような爪を押し返した。
ふう、とひと息吐き、ごく軽い感じで、「富士が見えてきたわよー。まだ米粒みたいなもんだけどぉ」とみんなに報告する。
「ということは、制限時間を半分過ぎましたか」
竜はすっかり乗りこなしている小剣型艦載機を駆って、再び背を向けたアウェンティヌスに迫った。
翼を一枚飛ばし、首に二撃を入れてはいるが、アウェンティヌスはまだまだ時速三千キロを保ったまま飛行を続けている。
竜は小剣型艦載機の上ですっと腰を沈めると、丹田にグラビティを集めた。
「あと一枚とは言わず、その翼、すべてもぎ取りましょう!」
アウェンティヌスの右下の翼に、今度は忍びの奥義が起こした炎が炸裂する。
『この技を見た物は必ず死ぬ。忍びの技の恐ろしさを知るといい』
痛みと引き換えに右腕に纏った炎がドラゴンの翼に移り、広がった。
雨に濡れた翼の肉が焼けて、水蒸気が発生する凄まじい音が耳を突く。真っ白な煙幕の内にちらちらと炎が踊る。
翼が焼け落ちる痛みに耐えかねたアウェンティヌスが、体を高速回転させ始めた。風で炎を掻き消そうとしているのか。
否。
「我が死の息に包まれ、海に落ちるがよい!」
時速三千キロで突き進むトルネードが、アウェンティヌスの凍える息をまき散らしながら飛ぶ。スクリュー回転する尾がケルベロスたちを襲った。
乱気流に揉まれて、ケルベロスが駆る小剣型艦載機が木の葉のごとく揺れる。短時間で小剣型艦載機を乗りこなしていたケルベロスたちだったが、息と尾のダブル攻撃をすべて避けることはできなかった。
この攻撃でパートナーを庇ったラズリが沈む。
「ラズリ!!」
エレはラズリがいた左肩を手で押さえながら、絶叫した。鎖骨が折れたため、左腕は動かせない。
こがらす丸も、計都に入ったダメージを肩代わりしたために、大破寸前にまで追い込まれた。
「あと一撃。あと一撃でいい、堪えてくれこがらす丸」
ぎり、と奥歯を噛みながら、『一輪』を縛るフック付きロープを外す。
「ニーレンベルギア、北條、下がれ! 他に負傷した者もアウェンティヌスから一旦離れろ!」
叫ぶ二郎の体から瑠璃色の水が匂い立つように広がって、たちまち雨と風と雷に支配された死の空を、生きる響きで魅了する。
『――命を支える、力となれ』
深い傷を瞬時に癒す水を流し、次々と仲間たちを包み込んでいった。
立て続けのグラビティ仕様は、二郎の精神を大きく疲弊させた。理弥の凍傷を癒した直後、ぐらり、と体が揺れた。
「く……この命、尽きるとも――必ず助けてみせる」
気合を入れるも小剣型艦載機から足を外しそうになる。
道弘は咄嗟の判断でデバイスを起動、二郎の体を繋ぎ止めた。しかし、『ジェットパック・デバイス』は最高で時速三十キロしかでない。すぐにビームを切った。あっという間もなく、『ジェットパック・デバイス』は空の彼方に消えた。
「ナイス、道弘くん」
要が横から近づいて、腕をとって二郎の体を支える。
「すまん。二人とも助かった」
「一人でムチャしないでよ。回復は私とかぐらちゃんにもできるんだから」
「そうだな」
「それに、そろそろ二郎くんにも攻撃に参加してもらわないとね」
その言葉を裏付けるように、ケルベロスたちが持つ時計が一斉にアラームを鳴らした。
デバイスを通じ、エレが涙をにじませた声で告げる。一時の別れとはいえ、ラズリの不在が辛い。
「浜松市まであと二分となりました。これより総攻撃を開始します!!」
グラビティ・チェインが豊富に存在する陸が迫っている。そのことを本能で嗅ぎ取ったアウェンティヌスが太い咆哮をあげた。
●
「うるさい!」
ああ、暑い。暑苦しい。要は身をよじるようにしてケルベロスコートを脱ぐと、ぎゅっと丸めて右手に握った。
自由自在に小剣型艦載機をあやつり、雨と乱気流が作る風の波に乗ってウェンティヌスの顔の横につく。
「ちょっとその口、閉じて?」
腕を後ろへ引くと、目にもとまらぬ速さで頬にケルベロスコートの弾丸を叩きつけた。
固い鱗に覆われたドラゴンの頬が裂け、牙が粉々に砕ける。
そこへ――。
『これが! 俺達の精一杯だッ!!』
烈風が吹雪いた。変形したこがらす丸を右足に纏わせた計都が、魂の冷え凍るような音をたててドラゴンの背骨を蹴り砕く。
ウェンティヌスの絶叫は周囲の大気に共鳴し、共鳴は凄まじい波動となって雨雲を払った。がくんと高度と速度を落とすも、まだ浜松市に向かって飛び続けている。 一方、合体が解けた計都とこがらす丸は、小剣型艦載機に戻ることができなかった。
「後を頼みます!」
「馬鹿を言わないで!」
かぐらがデバイスアームを伸ばして、暴風に流されていく計都たちをキャッチする。
「最後まで一緒に戦いましょう」
水平線が地平線に変わった。ぐんぐんと厚みを増していく。富士はもうはっきりと肉眼で見えるはずだが、ケルベロスの誰一人として北北西を向く者はいない。ただひたすらボロボロになっていくドラゴンに集中し、攻撃する。
到達まであと一分。
「実家も、通った学校も、聖火リレーで泳いだ浜名湖も! 絶対に守ってみせる!」
これが駄目なら暴走も辞さない、と理弥が小剣型艦載機から跳ぶ。
小さな竜巻となった理弥がウェンティヌスの背で荒れ狂い、残っていた翼をすべてもぎ取った。
「おのれ、ケルベロスッ」
墜ちた巨体が海面に激突し、空に届くほどの白波がそそり立つ。
雷鳴の轟に似たごう音を残して、ウェンティヌスは回転をしながら海に飲み込まれていった。
「見て、あれ」
道弘はかぐらが指さす先を見た。
大量の海水が落ちながら太陽に輝き、富士山の上に虹をかけている。
「……絶景だな」
仲間たちも虹の富士に感嘆の声をあげる。
水平線の向こうからヘリオンの羽音が聞こえてきた。
作者:そうすけ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年2月26日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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