シャイターン襲撃~霧のオルレアン

作者:七凪臣

●緋色の涙
 人は、どんな時に血の涙を流すのだろう?
 悲しい時? 苦しい時? 悔しい時?

 ざしゅり。
 鋭い一刀に、鮮やかな朱が中空に花を咲かす。温く、鉄錆の匂いのする花を。
「やめてやめて!」
「逃げなさいっ」
 混乱に惑う人々の悲鳴にかけられる慈悲はない。ある少女は翳した両手ごと斬り伏せられ、ある父親は幼い息子を逃がそうとして矢に胸を穿たれた。その息子も、父親に幽かな息があるうちに柔らかな肉を槍に貫かれたのだけれど。
「助けて」
「誰か、誰かっ!」
 東京都日野市。多摩の穀倉として知られたこの街に現れた、ヴァルキュリア12体は、3体ごとに別れると、それぞれ住宅地を目指し四方へ飛び去った。
 そうして繰り広げられるのは、血の惨劇。無辜の民の虐殺。
「ぃや、……殺さないで……」
 弱々しい懇願を、大きな瞳のヴァルキュリアは無感動に見下ろす。そして彼女は、躊躇うことなく矢を番え、放った。
 否、本当に無感動?
 彼女の頬には緋色の滴が伝っている。それは決して返り血などではない。瞳から止め処なく溢れるのは、血の涙。まるで心と体の乖離を訴えるように。
 見れば、他の2体のヴァルキュリアも同様に。無論、殺められ逝く人々に、そんなことを気にする余裕はないのだけれど。
「おとーさぁん、おかぁさーん」
「来るなっ! こっちに来ないでくれよぅ」
 絶叫など耳に届かぬ風情で、光翅の戦乙女達は凶行に耽る。
 ただただ、緋色の涙を流しながら――……。

●霧の向こう、奇跡を探して
 城ケ島でのドラゴン勢力との戦いも佳境に入っている今、エインヘリアルにも大きな動きがあった。
 鎌倉防衛線で失脚した第一王子ザイフリートの後任として現れた新たな王子が、地球侵攻を開始したらしいというのだ。
 エインヘリアルはザイフリート配下であったヴァルキュリア達を何らかの方法で強制的に従え、魔空回廊を利用し、人間たちを虐殺しようとしている。
 勿論、グラビティ・チェインを得る為に。
「皆さんに赴いて頂きたいのは東京都日野市です」
 告げるリザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)の口調は、常にない緊張感を帯びていた。
 何故なら、新たなデウスエクスが確認されたからだ。その名は、シャイターン。妖精8種族の一つであり、新たな王子イグニスに率いられる妖精種族。
 そのシャイターンに従えられたヴァルキュリアが、都市内部で暴れ殺戮の限りを尽くす。
「これに対応するには、ヴァルキュリアに対処しつつ、シャイターンを撃破する必要があります」
 東京都日野市に現れるシャイターンは1体。従うヴァルキュリアは16体で、4体はシャイターンの護衛につき、残りは3体1組となってシャイターンの意に添うべく虐殺を行う。
「今、僕の話を聞いて下さっている皆さんには、ヴァルキュリア1組の対処をお願いします」
 3体のヴァルキュリアは、ゾディアックソード、槍、妖精弓を携えた個体がそれぞれ1体ずつ。中でも妖精弓を持つヴァルキュリアは、大きな瞳が人目を惹く愛らしい顔立ちをしている。
「もしかすると、この妖精弓のヴァルキュリアには見覚えがある方がいらっしゃるかもしれませんね。以前、静希という少年を連れ去ろうとしたヴァルキュリアですから。あの時は戦わず撤退してくれた彼女ですが……」
 リザベッタが言葉を詰まらせたのは、ヴァルキュリアが繰り広げるだろう惨劇のせい。彼女らはグラビティ・チェインを奪う為に住民たちを虐殺しようとする。
「でも、邪魔する誰かが現れたら、その邪魔者の排除を優先して行うように命令されているみたいなんです。つまり、ケルベロスがヴァルキュリアに戦いを挑めば、ヴァルキュリア達が住民の方々を襲う事は無くなります」
 所々に滲む、リザベッタのヴァルキュリア達への気遣い。彼女たちがただの悪ではないのは、予知で見た彼女らが流す血の涙で十分に知る事が出来た。
 ――しかし。
「ヴァルキュリアは洗脳されているんだと思います。でも、同一市内にシャイターンがいる限り、その洗脳はとても強固みたいで。彼女達は迷う事無くケルベロス達を殺しに来るでしょう……」
 何と哀れな戦乙女たち。
 だが、希望がないわけではない。
「シャイターン撃破を担当するケルベロス達がその任を成し遂げたなら、ヴァルキュリア達に何らかの隙が生じるかもしれません」
 かもしれません。そう可能性でしか語りようがないのは、まだ確たる事が言えないからだ。それに洗脳され操られているヴァルキュリア達にどれだけ同情しても、洗脳を解けないままケルベロス達が敗北してしまえば、住民たちが虐殺されてしまう。
「ですから、判断は現場で。もしもの時は、迷わずヴァルキュリア達を撃破して下さい」
 辛い戦いになるかもしれない。
 しかし、そうはならないかもしれない。
 未来は凝った深い霧の向こう。歩み出さねば、光差す場所へは出られない。
「例え洗脳を解けなかったとしても。血の涙を流すほど心が叫びを上げる虐殺に手を染めさせないのは、彼女たちにとっては救いになると僕は思います。ですから、どうか――」
 皆さんにとって一番悔いなき最善を択び採って来て下さい。
 そう言ってリザベッタは、ケルベロス達へ向け恭しく頭を垂れた。


参加者
ラミン・ナツバヤシ(身体はカフェオレでできている・e00842)
盛村・優斗(春唄獣・e02133)
ヴィヴィアン・ローゼット(ぽんこつサキュバス・e02608)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
丹羽・秀久(水が如し・e04266)
未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)
深鷹・夜七(新米ケルベロス・e08454)
チャチャ・クオン(断罪の剣・e09229)

■リプレイ

●誓い
「ぼくらはケルベロス! もう、大丈夫だから!」
 悲鳴が渦巻く混沌を、深鷹・夜七(新米ケルベロス・e08454)の腹から張った声が斬り裂く。
 逃げ惑う人々の波。器用に掻き分け、盛村・優斗(春唄獣・e02133)は走った。目指す獲物は槍を振り下ろそうとしているヴァルキュリア。ジャングルを抜ける黒豹の勢いで一気に肉迫すると、
「なぁ、そんな痛々しい涙流してるくらいなら、俺らと遊ばねぇ?」
 漆黒の柄をくるりと返し、天地揺るがす超重力の十字斬を叩き込む。
 ちらり。緋色の雫を頬へ伝わせる瞳が、無感動なままに視線の矛先を、非力な餌たちから武器を手にした元たちへ移した。
 間近でそれを見た優斗の喉が、ごくりと鳴る。欠片も心が滲まぬ眼は、空虚な硝子玉のよう。
「――」
 言葉無く、ラミン・ナツバヤシ(身体はカフェオレでできている・e00842)と天津・総一郎(クリップラー・e03243)は目線を交わす。そうして総一郎はヴァルキュリア達へ背を向けると、恐怖に呑まれた住民たちの中へ飛び込んで往く。
(「夜七、総一郎、秀久。避難は任せたわ――その間は、きっちり持ち堪えてみせるわよ」)
 人波へ消える背をラミンが見送ったのは一瞬。
 柔らかな花色の髪をふわりと空に躍らせ身を翻したラミンは、素早く二挺の弓を束ね、巨大な矢を番えた。

 氷を纏う槍の一閃。鋭い一撃が、前に立つ者たちを一斉に血吹かせる。
「アネリー、お願い!」
 間髪入れずに放たれた星辰を宿す剣のオーラに、ヴィヴィアン・ローゼット(ぽんこつサキュバス・e02608)のボクスドラゴンが、美しい薄紫の毛並を舞わせて己が身を盾とした。
「ありがとうございます」
 後衛に在る者たちをも容赦なく襲う一撃から唯一守られた未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)は、小さな体とその主へ礼を送り、高い魔力を有するギターで同朋を鼓舞する旋律を掻き鳴らす。と、同時に、メリノは改めてヴァルキュリア達を視る。
 はらり、ほろり。溢れて止まらない、血の涙。
(「……虐殺も、その泪も。必ず、止めてみせます」)
 誓う決意は固い。
 この戦いは、哀れな『敵』の心を救う為のものでもある。故にこそ、一人の犠牲者も出したくなかった。
「皆、慌てなくていいよ!」
「大丈夫です、皆さんに危害が及ぶ事はありません」
 一先ずの戦局を仲間へ託し、夜七は住民たちへ落ち着くよう促し、丹羽・秀久(水が如し・e04266)も状況を説く。
 事実、ヴァルキュリア達の戦意はケルベロス達へのみ注がれている。となれば、理性と冷静さを取り戻す者が現れるまで、そう長い時間は要さなかった。
「ここは任せて。この辺の事なら、僕らの方が詳しいよ」
 小走りに近寄って来た同世代の青年に、総一郎は力強い頷きを返す。
「助かる。出来るだけここからは離れてくれ」
「了解! 君らも頑張って」
「ああ、勿論」
 少しおどけて肩を聳やかし笑った総一郎は、青年の背中を言葉のエールで押し、そして夜七と秀久を呼ぶ。
「征こうぜ! あんまり待たせたら、悪いしな」

 五人のケルベロスと、三体のサーヴァント。対するヴァルキュリアは、三体。時間にして三分程度の攻防は、流石の強さをデウスエクス側が発揮していた――しかし。
「さぁ、ここからが本番ですよ」
 迫る心強い足音を耳に、チャチャ・クオン(断罪の剣・e09229)は罪や過ちを叩き潰す巨大な剣を、改めて構え直す。
 前後を器用に攻め分ける戦乙女たち押されてはいるが、未だ誰も倒れてはいない。
「私はケルベロス、断罪の剣・チャチャ。罪無き方々へ手出しはさせません」
(「助けます、守ります。市民の皆さんも、ヴァルキュリア達も」)
 音にする言葉は挑発、胸に留めた言葉は愛憐。
 チャチャが静かに燃やす闘志は、この場に立つケルベロス達の総意でもあった。

●霧中の命運
 空を翔けた矢がメリノを貫き、閃いた剣が放つ波動が戦線を後方から支える者たちを舐める。
 重なる苦痛に、メリノの眉根はきつく寄っていた。その痛みを自らの物のように感じつつ、己が腕にも凍てた違和を覚えながら、ラミンは弓持つ光翅の少女へ微笑みかける。
「先日ぶりかしらね。あなたと戦う時がこんな早々にくるなんて、ね」
 見覚えのある姿を映す赤い瞳は、只管の慈愛で満ちていた。
 最初に戦った時から、何とか出来ないものかという想いがラミンの胸には溢れていた。誰かに操られて、心とは反する行動をさせられるなんて。そんな姿は見ているだけで、胸がキリキリと締め上げられる。
 同じ想いは、額に脂汗を滲ませるメリノの裡にも。
「こんにちは。貴女にお礼を伝えたくて、貴女自身の想いを護りたくて、会いに来ました」
 連れ去ろうとした少年の意志を尊重し、無理強いする事はなかったヴァルキュリア。名前さえ知らないけれど、ずっと感謝を伝えたかった。
「もう少しだけ、耐えていて下さい」
 耐えているのは自分の方だろうに。毅然と告げるメリノには、躊躇の一つもない。
 血の涙を流そうとも猛攻を仕掛け続ける彼女たちへ、未だ言葉が届かないのは分かっていた。それでも、どうしたって声をかけられずにいれないのだ。少しでも、心を慰めたくて。
「あたしはあなた達を助けたい!」
 地を滑り、生じた熱で炎纏わせた蹴りを、槍の乙女へ見舞うヴィヴィアンも祈りを叫ぶ。
「これより正義を執行、浄化してあげます」
 両手で握り締めた剣で、チャチャが続く。断罪の剣――チャチャだけが操ることが出来る光り輝く一閃は、今の戦乙女たちへ対する最善の贈り物であるようにさえ思えた。
「行くぜっ」
 連なる、攻撃の波。一つの瞬きの間さえ外す事無く、優斗の二刀斬りが敵の攻手の要を叩き伏せる。
 一体ずつ追い詰める狙いは、堅実に敵の力を削ぎ始めていた。しかし、伝い滴る血で刃に咲いた桜花を見つめる優斗の表情は苦い。
 闘う事は、好きだ。でも、自分の事より仲間を重んじる優斗にとっても、望まぬ虐殺を強いられるヴァルキュリアには、心を揺らされる。
「……シャイターンめっ」
 口の端から洩れた悪態こそ、怒りの根源。
 だがどれだけ恨んでも、未だ『時』は訪れず。ヴァルキュリア達は其々の得物を、軽やかに振るい続ける。
「ぼくと一緒に頑張ろう、彼方!」
 夜七の声援に、ピンと耳を立てたオルトロスが頽れかけた身を起こす。
 ケルベロス達の策が耐える手堅さに長じるのと同じに、戦乙女たちは殲滅戦の定石を確実に踏んでいた。減らせる護り手を集中的に狙い、機あらば癒し手を落しにかかる。実際、既にヴィヴィアンのボクスドラゴンは倒れ、メリノの消耗も小さくない。
「っ!」
 気勢を吐いて、総一郎が魂喰らう一撃を槍のヴァルキュリアの肩口へ呉れる。じわり沁みて来る温もりは、ダメージを与えると共に総一郎を癒す。長丁場を凌ぐのに、適した一手。
 けれど、ここまでにも幾度か繰り出した拳が、この時は転機を齎した。
「加減してやってくれ!」
「分りました」
 ヴァルキュリア達の逐一を注視していた優斗の声に、秀久はデウスエクスの肉体から鍛造したガントレットに込めていた力を弱め、致命傷を与え難い一打へ切り替える。
 ふぅ、と短い息を吐いたのは、回復支援の為に気力を溜めた夜七だった。
 戦局は次なるステージへ進んだ――殺さない為に、手加減を加える段階へ。だがそれは決して楽な戦い方ではない。いっそ一思いに畳み掛ける方が、幾らもやり易くはあるだろう。
 そうしないのは。
(「彼女は静希くんの意志を尊重してくれた」)
 今はそれだけで、救いの手を差し伸べる理由に事足りる。それに。
(「……ぼくはもう、虐殺は見たくないから」)
 過る記憶の蓋をそっと閉め、夜七は癒しのオーラを解き放つ。

「ね、やめよう?」
 三体いたサーヴァントは倒れ、次なる標的とされたヴィヴィアンは、桃色の霧を自らに纏わせながらも呼び掛け続けた。
 膝はとっくに笑い始めている。でも、顔だけは必死に上向けた。それは折れぬ意志を示す強さであり、例え記憶に残らなかったとしても、倒れる姿は見せたくないという優しさでもあり。
「ごめんなさいね」
 詫びるラミンが繰り出す手刀に、槍の乙女がよろりと踏鞴を踏んだ。直後、彼女は翼を広げ、大地を蹴った。
 追い縋る暇はない。限界に達したヴァルキュリアは、戦線から退いたのだ。
「ならば、次は……」
「待てっ! 様子が――」
 決めた流れなら、チャチャが構えたアームドフォートはゾディアックソードを振るうヴァルキュリア目掛け、火を吹いた筈だった。
 しかし、留めの声を、再び優斗が発する。
「……っ!?」
「っ、あっ」
 ただの硝子玉だった戦乙女たちの眼に、感情の片鱗が滲んでいた。戦い始めて、おおよそ14分が過ぎた頃。そしてヴィヴィアンは、ポケットに仕舞っていた携帯が歌う音色に、ここではない戦場での勝利を悟った。

●戦乙女の目覚め
 ヴァルキュリア達は、正気と洗脳の狭間を行き来しているようだった。心を取り戻したかに見える間はケルベロス達を癒し、同朋を傷付け。かと思えば、再び瞳の灯が消えると、ケルベロス達に襲い掛かって来る。
 現れては消える、苦悩と苦痛。だが、それは確かな足掛かり。
「私達は貴女達も助けたいです。知っています、自由を奪われていること」
 治されたばかりの傷を、同じ相手の刃に抉られながらチャチャは懸命に問う。
「ヴァナディースの宝……ニーベルングの指環……。ヴァナディースが死ねばその力も失われると聞きましたが――貴女達はどうしたいか教えて下さい。ヴァナディースに死んでもらった方が良いのかを」
 ヴァナディース、予兆で視た女神。
 チャチャ自身の理想は、誰一人犠牲を出さない道。しかし、虚ろな眼差しのヴァルキュリア達が、それに応える事はなかった。
 まるで此方の声は、先程までと変わらず、届いていないかの如く。けれど、不安は胸に押し込めて、彼女らをも救いに来た者たちは祈念を迸らせる。
「自分達の声は聞こえますか? ここは引いて下さい。自分は前にあたな達とは違うヴァルキュリアと話をした事がありますが、あなた達はこんな行動を望んでいた訳ではないと思います。その緋色の涙が、何よりの証です……!」
 振るう刃に慈悲を、紡ぐ言葉に慈愛を込めた秀久の声に、弓引く乙女の大きな瞳が細められた。
「ね、あの時。君が静希くんを無理に連れていかなかったのは、君が矜持を持って勇者を選んでいたからだって僕は思ってるんだ」
 夜七が、前へ出る。
「それを踏み躙るようなこの状況は、君達の本意じゃないよね。だから、武器を収めて欲しい」
 戦乙女は、一歩退いた。それでも夜七は、『想い』で追い討つ。
「このままじゃきっと静希くんが悲しむよ……」
「……っ!」
 抗うように、戦乙女は頭を振った。そして、血涙を流しながら矢を射る。
「ケルベロスはシャイターンを倒し、お前達を洗脳から解放しようとしてる。ザイフリート襲撃も、阻止しようとしてる」
 ずぶり。
 鋭利な切っ先を腹に貰い、しかし総一郎は薄墨色の闘気と龍の意匠が刻まれた指輪を手放す。
「これ以上何の為に戦う? 他人の思惑に乗って死ぬのが役目か?」
 貫通した傷は、焼けた鉄杭を押し付けられているよう。にも拘わらず、総一郎は揺れぬ瞳で、一度言葉を交わした戦乙女を見た。
 勇者を探すという役目を奪われ、自分の運命すら自分で決められない奴隷。常は黒鎖を撃ち込む身の総一郎だが、今日ばかりは彼女らを縛る鎖を断ち切ってしまいたい。
 立ち昇る烈火の気迫に、戦乙女がたじろぐ。ふるりと首を振る所作は、不安の顕れ。だが、同じ不安の霧が総一郎の中にもある。
(「この霧が晴れたなら……いや、晴らしてみせる」)
 一歩、光翅の少女へ近付き、手を差し伸べる。
「……もう泣きたくないのなら、俺達を信じて欲しいんだ」
「――!」
 大きな瞳が、更に大きく瞠られた。甦る光は、強く眩しく。
「あ……ぁ、あ」
 ヴァルキュリアの手が、ゆっくりと総一郎に近付く。そっと触れる、指先。交わされた熱に、戦乙女の唇から丸い吐息が零れ――ようとした、その時。
「止めて! この人達は敵じゃないのっ」
 振り下ろさんとされているゾディアックソードを見止め、少女が叫ぶ。
「お願いします、皆さん! リーアに声を、届けてっ」

「なぁ、戦いなんか望んでないだろ? そんなあんたと戦いたくねぇよ」
 まるで自分が痛いみたいに、優斗は困惑の只中に在る戦乙女に呼び掛ける。
「貴女を操っていたシャイターンはもう倒されました。もう、誰に矛を向ける必要もないんです。だって、行おうとしていた虐殺も本意ではありませんよね? あなたの泪が、そう語っています」
 胸に手を当て、メリノも言う。
 人の意志を尊重できるヴァルキュリア。彼女らの心根が捻じ曲げられ、貶める行いをさせる事が、メリノには許せなかった。
 だから、だから。
「お願いです、今の貴女を討ちたくありません」
「大丈夫、あたし達は分かり合えるよ」
「そうよ。だって私達にはあなたの哀しそうな、辛そうな声が聞こえてるもの」
 メリノからヴィヴィアン、そうして二人を継いだラミンが姉の眼差しで星剣の少女を包み込む。
 絶対に、何とかしたかった。辛い思いを、抱えさせた侭でいさせたくなかった。
「私たちの想いや声が聞こえるなら、答えて頂戴?」
 そっと踏み出し、ラミンは両腕を広げる。
「少しでも、ヴァルキュリアさんの事を教えて頂けませんか? もっとお話がしてみたいです」
 頑是ない妹を抱くようラミンの腕が回された光翅ある背中へ、メリノもゆっくりと歩み寄った。

●微笑み
 運命を閉ざしていた霧は晴れた。奇跡は、為った。
「私はメリノ。未野メリノ」
「俺は、天津総一郎。名前を教えちゃくれないか、弓使い」
 個を鮮やかに色付ける唯一無二を渡され、求められた光翅の乙女は柔く微笑む。
「私はイトト。メリノ、総一郎……」
 ありがとう。
 穏やかな弓張り月が紡いだ想いは、自分たちに正気を取り戻させてくれた全てのケルベロスへ向けて。
(「一度目は偶然だが、二度目なら必然。もしも三度目があればそれは運命ってやつかもな」)
 触れようと思えば届く距離。でも今は、と総一郎はふわりと羽ばたく光の翅を見送る。否、総一郎だけではない。優斗はニカリと笑い、チャチャは胸を張り、ヴィヴィアンは滲む透明な涙で瞳を潤ませて。
「元気でね?」
「ばいばい」
 ラミンと夜七が振る手に、イトトとリーアは中空で一度だけ旋回した。
(「いつかきっと彼女達と笑い合って……」)
 蒼へ消えゆく姿を見守り、秀久は少し古ぼけたカメラを握り締める。廻る時の先で、彼女らと共に優しい笑顔の写真が撮れるよう――そう、祈って。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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