竜業合体ドラゴンの強襲~双頭、雷火纏いて疾風と化す

作者:月見月

●強襲、竜業合体
『攻性惑星の撃破に成功。各ヘリオンは脱出してくるケルベロスの収容にあたれ。繰り返す、攻性惑星の撃破に成功――』
 島根県隠岐島上空から竜十字島へと向かおうとした攻性植物残党の拠点『攻性惑星』。ドラゴン勢力との合流を目論んだ乾坤一擲の作戦は、ケルベロスたちの活躍によって文字通り木端微塵に打ち砕かれた。その光景は圧巻と言う他なく、人々の祈りが結集した新造戦艦の威をこれ以上ないほど示す結果となったのである。
「……皆さんの活躍で致命的な事態は避けられましたね。これで攻性植物との戦いにも一区切りつくのでしょうか」
 撃破成功を告げる放送へと耳を傾けながら、水見・鏡歌(ヴァルキュリアのヘリオライダー・en0296)は己がヘリオンを操って戦闘空域へと向かっていた。勝利したとはいえ、ケルベロス側も無傷とは言えない。戦闘後の仲間を回収すべく、機首を向け更に加速しようとした――その時である。
「これ、は……!?」
 大気が震えた。圧倒的な存在感を纏う『ナニか』が、突如として竜十字島上空へと出現したのだ。鏡歌がヘリオンの制御を取り戻しながらサッと視線を走らせると、視界へと飛び込んできたのは……ドラゴン。それも一体や二体ではない。数十もの竜が絡み合った群れだ。竜十字島から敵が上がってきたという連絡がない以上、思い当たる正体は一つしかない。
「竜業合体したドラゴンたち……そんな、よりにもよってこのタイミングで!?」
 彼らの本星より、数多の同胞を喰らって出陣した竜の軍勢。宇宙空間を光速以上の速度で飛翔して来たドラゴンたちがこの瞬間、遂に地球へと辿り着いたのだ。しかし、その道程は最強種族を以てしても過酷だったのだろう。グラビティ・チェインがほぼ枯渇状態の彼らはケルベロスを横目に、少しでも失った体力を回復するため『攻性惑星』を喰らい尽くさんと殺到してゆく。
 だが、それをむざむざ許すほどケルベロス側とて甘くはない。『ケルベロスブレイド』は素早く艦前部主砲を差し向けるや、間髪入れずに発射。敵群の一部を吹き飛ばすことに成功する。一方、相手もそれに素早く反撃して幾条ものブレスを吐き出してくるが、獅子宮及び双児宮による二重の障壁によりそれらは完全に防がれた。
(初撃は防げましたか。ですが、楽観視は出来ない状況です 今のうちに皆さんの回収を!)
 砲撃戦では万能戦艦側が優位に立ってはいる。しかし、万が一にでも接近し取り付かれてしまえば損傷を免れる術はない。最悪、撃墜の可能性とて十分に在り得るのだ。故に鏡歌を始めとするヘリオライダーたちは、攻撃で生じた爆風に紛れてケルベロスを収容。そのまま『ケルベロスブレイド』へと帰還するや、体勢を立て直すべく一時距離を取ってゆく。
 その間もケルベロス側は絶えず攻撃を試みるが、相手は弱体化著しいとは言え最強の名を冠するデウスエクスである。がっちりと護りを固められてしまえば生半な手段では効果が薄く、かと言って現時点では接近して勝負を仕掛けるのもリスキーに過ぎた。
 故に、成層圏を舞台に竜の群れと万能の戦艦は睨み合いの膠着状態へと陥る。この強敵をどう攻略すべきか。ケルベロスが対応に追われる中、先に状況を動かしたのはドラゴン側であった――。

●緊急追撃戦、発令
「……皆さん、竜業合体ドラゴン側に動きがありました。詳細はこれより説明致しますが……端的に言って、時間がありません」
 万能戦艦『ケルベロスブレイド』へ格納されたヘリオンの傍らで、鏡歌は慌ただしく動き回るケルベロスたちへ呼びかけながら説明の口火を切る。その口調は平静であろうと努めている様子だったが、言葉尻からは切羽詰まった内心が滲み出ていた。
「先ほど、敵戦力の一部が戦場を離脱したとの一報が入りました。その数は十一体。どうやら速度に秀でた個体を抽出し日本本土へと派遣、人口密集都市を襲撃する事によって不足したグラビティ・チェインの補充を目論んでいる様です」
 ドラゴンたちの向かう先はその数と同じ十一か所……釧路、函館、仙台、水戸、勝浦、浜松、熱海、和歌山、高知、別府、那覇といった太平洋側の都市である。離脱した個体はどれもがヘリオンを超える速度で移動を開始しており、本土に残っているヘリオライダーを動員しても迎撃は不可能。上陸後に対処しようにも、ジェットパックデバイスの上昇限界高度より上から攻撃を仕掛けられては、仮にケルベロスの派遣が間に合ったとしても都市の壊滅は免れないだろう。
 つまり、この火急の事態を解決できるのはヘリオン以上の速度を発揮でき、かつ大量のケルベロスを抱えた存在……万能戦艦『ケルベロスブレイド』を置いて他に存在しないのだ。
「そういった状況を鑑み、急遽十一体のドラゴンを目標とした追撃戦が発令されました。本艦はこれより日本の主要都市へと接近しつつあるドラゴンを追跡、追いついた所で『小剣型艦載機群』と共に皆さんを射出……同じ速度で並走しながら、これの撃破を目指します」
 ドラゴンの飛翔速度はおよそ時速3000km。各国で採用されている主力戦闘機の最高速度とほぼ同等だ。バランスを崩し足場である小剣型艦載機より落下する事は、即ち戦闘からの脱落を意味している。如何な歴戦の番犬とは言え、そのような状況下を生身のままで戦うのは過酷を極めるだろう。況や、最強種族たるドラゴンが相手とあっては猶更。
「まず間違いなく、危険な戦いとなるでしょう。ですが、それでもなお作戦に参加する意思を持つ方は私のヘリオンへとお集まりください。担当して頂くドラゴンについて説明を始めます!」
 その声に対し、幾人かのケルベロスたちが応じてくれた。万が一の事態に備え余力を残していた者や、戦闘で受けた負傷をものともせず名乗りを上げた者も居る。鏡歌は彼らの顔をゆっくり見渡すと、己のヘリオンへと招き入れるのであった。


「――今回皆さんに対処して頂くのは『七罪竜カエリウス』。九州大分県が別府市を狙う、双頭の飛竜です……っと、どうやらこちらも移動を開始したようですね」
 早速集まってくれたケルベロスたちを前に口を開く鏡歌であったが、不意にその体を傾がせた。その場に居た者たちもまた、ぐらりという振動を感じ取る。一分一秒を無駄にはすまいと、万能戦艦もまた追撃の為に加速し始めたのだろう。うっすらと身体に掛かるGを感じながら、鏡歌は説明を続けてゆく。
「実際の戦闘もこのような高速移動下で行われます。その際に皆さんの足場となるのは、先ほどもご説明した『小剣型艦載機群』です」
 ドラゴンを追い抜いた瞬間にケルベロスと共に投下されるそれらは、名称通り剣の形をした全長二メートルほどの無人航空機である。艦載機群は驚異的な速度を以て敵と並走し、戦闘を行うための足場となるのだ。ケルベロスの意思によって操作可能であり、数も十分。しかし、それは飽くまでも相手と同じ土俵に立つための手段に過ぎない。
「移動速度は音速の壁を優に超えています。当然、吹き荒れる風圧も地上の比ではありません。その勢いは実に風速800m。恐らく、大型台風がそよ風に思えるでしょう。その移動速度故に、戦闘開始から本土上陸までの予想時間は……およそ十五分。それがタイムリミットです」
 音速を超える戦場、それに伴う暴風と制限時間。ただでさえ厳しい条件に拍車を掛けるは、敵ドラゴンの戦闘能力だ。竜業合体したドラゴンたちとて、グラビティ・チェインの不足によって追い詰められている。十一体のドラゴンはそうした苦境の打破を任せられた者たちなのだ。当然ながら速度だけの弱卒であろうはずもない。
「先ほども申した通り、七罪竜カエリウスは双頭のドラゴンです。頭が二つあるという事は視界や攻撃手段もまた通常より幅広いという事。決して一筋縄でいく相手ではありません」
 カエリウスの攻撃手段は三つ。二つの頭より吐き出される灼焔と轟雷の広範囲ブレス。双頭の連携で敵単体を駆り立てる連撃。そして、強烈な雄たけびによる行動の阻害。後述する相手の気質のせいか、搦め手を弄するよりも真正面からのぶつかり合いを好むようだ。比較的シンプルな攻撃手段ではあるが、ドラゴンとしての身体能力を以て振るわれればそれは災害にも匹敵するだろう。
「同じように『七罪竜』の名を冠するドラゴンが確認されていますが、個々の関連性は判然としていません。ですが、このカエリウスに関してはどうやら戦闘狂の気質があるようです。場合によっては其処に付け入る隙があるかもしれません」
 そも、相手の主目的は都市を襲撃してグラビティ・チェインを集める事だ。ケルベロスに勝利する事ではない。万が一防戦に徹され、時間切れを狙われるという可能性も十分に考えられるのだ。しかし相手のそうした気質を利用できれば、土壇場で活路が見出せる可能性も無いとは言い切れない。頭の片隅に留めておくのも無駄ではないだろう。
「『小剣型艦載機群』を使用しての戦闘は今回が初となります。まだまだ、手探りの部分もあるかもしれません……ですが、この艦は多くの祈りによって生まれた存在です」
 万能戦艦の艦内放送がもうすぐドラゴンと接敵する旨を伝えて来る。鏡歌は己がヘリオンの発艦準備を進めながら、説明を締めくくってゆく。
「だから皆さんであれば必ずや使いこなし、あの魔竜にも劣らぬ難敵に勝利できるはずです。私たちのヘリオンは戦闘についてはいけませんが……再び皆さんを回収できると信じています」
 そうして鏡歌は小剣型艦載機群を引き連れて愛機を発進させるや、激励の言葉と共にケルベロスたちを送り出すのであった。


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)

■リプレイ

●接敵、七罪竜
 日本各地の人口密集都市を狙う十一体のドラゴンを追撃せんとする、万能戦艦『ケルベロスブレイド』。飛翔巨艦はその内の一体、双頭の赤竜を捉え追い越した瞬間、小剣型艦載機群と共にケルベロス達を投下し始める。
「っと、とと!? 事前に説明は受けていたけど、これは中々に強烈だね。さて、上手く展開してくれると良いんだけれど」
 先陣を切ってた笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)は手近な艦載機へ着地すると、まずは随伴機の位置を調整してゆく。イメージするのは双頭竜を頂点とした魚の群れ。艦載機群を戦場後方へ複層展開する事により、万が一脱落した際の復帰を容易にする狙いがあった。
「神様なんて信じてない。でも、人の祈りが形になったものは、背中を押されている気持ちになれるわね……とはいえこの風、この環境で戦うのもちょっと正気じゃないかも」
「確かに、物語には飛竜に騎乗する竜騎士というものが存在しますが、流石にこのような形で空中戦を行った騎士は今まで居なかったでしょうね。ですが騎士として対応して見せます!」
 続けてアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)もまた艦載機へと降り立つが、予想以上の風圧に思わず顔を顰める。この暴風下での戦闘は困難を極めるだろう。しかし一方で、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)はなればこそと気を引き締め直している。今後、剣型艦載機群を使用した戦闘も増える筈だ。早めに慣れておくに越したことは無い。
「わー! ジェットコースターよりすごーい! ……はっ!? いえ、何でも」
 そういう意味では、臆するどころか寧ろ楽しんでいる華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)は適応が速いと言えるだろう。慌てて澄まし顔を取り繕う友人の姿に、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)はクスリと小さく笑みを漏らす。
「確かに艦載機の上で戦闘なんて、ちょっとわくわくします。隣に灯さんも居ますし、絶対に負けられませんね」
 事態は逼迫しているが、かと言って気負い過ぎるのも問題だ。二人の様に適度に力を抜くのも大切な事である。幸い、神宮時・あお(彼岸の白花・e04014)が展開するデバイスによって伝達手段は確保されていた。意思疎通に関しては脱落でもしない限り心配無用だろう。
(制限時間は、僅か、十五分……此処で、絶対、食い止め、ません、と)
 これもまた万能戦艦と同じく、人々の祈りが結実した存在。そう考えると感慨深いものがある。故にこそ、必ずや都市襲撃を防がねばなるまい。彼らの視線の先では、赤色の巨躯が急速に視界を埋め尽くしつつあった。
「……地球へ到着さえすれば勝ちだと思っていたが、中々どうして面白い。都市襲撃を優先せざるを得ないのが口惜しいぞ」
 双頭のうち一方をもたげ、番犬と艦載機群を見やる七罪竜カエリウス。与えられた任務に従っているものの、戦闘狂としてはその力を試したくてしょうがないのだろう。事実、相手は紛う事なき強敵だ。
「遂に来ましたね、竜業合体のドラゴン! 飢餓状態であれ、貴方達に差し出すグラビティ・チェインなどありません! 銀天剣、イリス・フルーリア―――参ります!」
「折角遠路はるばるやって来たからには、地球の文化も楽しんで欲しいデスよ? それではケルベロスライブ、スタートデース! ロックンロール!」
 だがそれに臆することなくイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)は二振りの刃を構え、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)は楽器型デバイスを掻き鳴らす。斯くして番犬達は双頭竜と戦闘を開始するのであった。

●音速越えの死闘
 時間が利するのは番犬達ではなく双頭竜側。故に護りを固める相手に対し、まず先手を取ったのは後方で機を窺っていたイリスであった。
「相手は巨躯ながらも、空を飛ぶ故に極めて身軽です。ならばまずは……光よ、かの敵を縫い止める針と成せ! 銀天剣・弐の斬!」
 揃いの装備として持ち込んていたアンカー付き吸着靴で体を固定しつつ、乙女は頭上へと刃を掲げる。切っ先に収束した光が巨大な針を形成したかと思うや、双頭竜目掛けて投擲した。それは狙い違わず敵の背へと突き立つと、無数の鎖と化して相手の動きを封じてゆく。
「おのれ、鬱陶しい真似を……! だが、弱ければ弱いでそれもまた詰まらんからな。どれ、一つ小手調べだ。早々に墜ちてくれるなよッ!」
 しかし、カエリウスもまた尋常ならざる膂力で光鎖を引き千切るや、お返しとばかりに大咆哮を響かせる。それは風圧を物ともせず、衝撃波と化してを戦場後方を薙ぎ払っていった。咄嗟に別の艦載機へと飛び移って被害を最小限に抑える一方、灯もまたこの隙に一手布石を打ちこまんと戦場前方へ視線を巡らす。
(初撃はダメージこそ受けたけど、まだ致命的じゃない。前衛の誰か……ううん、ここは支援に手を回すべきですね)
 ならばと彼女は赤々とした林檎を作り出すや、攻撃の機を窺っていたカルナへと投擲する。風に乗って一瞬だけ甘い香りが鼻腔を擽る中、アリシスフェイルとシィカは着々と下準備を進めている最中だった。
(上陸する前に、何としてもドラゴンを落とすわ。だけど制限時間は15分、ただ我武者羅に攻め立てても勝機は薄い。故にこそ、一手費やしてでもこちらの対応を整えるべきね)
 番犬達は各々で時間の分かる装備を持ち込んでおり、戦闘開始から13分経過時点で通知が入るように設定されている。相手はデウスエクス最強種たるドラゴンだ。ラスト2分は防御を捨てて攻撃に専念するとして、それまでは通常通りに戦闘を行うと決めていた。
「まずは馴染みやすい曲調の方が良いデスかね? 風なんかには負けないのデスヨ! レッツ、ドラゴンライブ……スタート!」
 故に影妖精が前衛役へ銀の燐光を振りまいてゆく横では、同じように竜人が天高らかに勇ましき調べを響かせてゆく。仲間の火力と命中精度を上げつつ、それに一拍遅れてカルナもまた動いた。
「まずは威力よりも、こちらが戦いやすい状況に持っていきませんとね。幸い援護も貰えましたし、僅かでも速度を削げれば良いのですが……!」
 砲撃形態へと変形させた竜鎚から敵目掛けて鉄塊を放つ。それはやや風に流されながらも命中し、鱗に包まれた身体を凹ませてゆく。だが幾ら本土到着が優先とは言え、攻撃されて何時までも黙っている相手ではない。双頭竜は苛立たし気に二つの頭部を差し向けて来た。
「何やら小細工を仕掛けている様だな。しかし無駄な事だ。羽虫は大人しく怯え竦んでいれば良いッ!」
 天を覆い尽くすは、二つの顎より吐き出される灼熱と轟雷の吐息。強化や妨害が鬱陶しかったのだろう。それらが向かったのは中衛達が居る空域だった。
「おっと、なら悪いが羽虫の如く邪魔させてもらうよ。貴竜に食卓は提供できぬのでね! 飢餓作戦も戦術の倣い。卑の誹りあえて受けようとも!」
 こちらの動きが鈍れば、その分余計な時間が掛かってしまう。そうはさせまいと鐐は箱竜と共に仲間の防御へと回りながら、聖夜色のミトンを思い切り振りかぶる。手応えは硬く、どれ程のダメージを与えているかは窺い知れない。だが狙いは威力ではなく、相手の動きを鈍らせる事。
(今はまだ、目立った負傷や行動の支障も、無い様です……であれば、ボクも動きますね?)
 一方、攻撃範囲に巻き込まれかけたあおは、足場にしている艦載機を操って辛くも攻撃から逃れていた。背の翼で風を受け、命綱替わりの鬼鋼で振り落とされないよう苦心しながら、彼女はそっと喉を震わせる。
「……風よ、雲よ。これは……遥か彼方、世界へと紡ぐ、悠久の、詩」
 声に乗せた魔力によって風を束ね、不可視の流れによって相手の動きを阻害してゆく。一度や二度失敗したからと言って手を緩める理由などない。十重二十重と手を打ち、着実に相手の動きを封じていけば良いだけだ。そうしてジワジワと相手の自由度を狭めていった果てに、満を持してセレナが飛び出した。
「これならば外す心配もありませんね。我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、貴殿を倒します……ッ!」
 振るわれるは乙女座の星辰を宿せし銀剣。剣閃は双頭竜の横腹を深々と斬り裂き、決して浅くはない傷を刻み込む。じわりと鮮血が蒼空に散るも、高空特有の低温によってそれらは瞬く間に赤い霜へと変わっていった。
「……今のは効いたぞ、少しばかりだがな。だが同時に安心もした。たかが使い走りの駄賃としては、どうやら十分に楽しめる相手らしい」
 双頭竜はグルリと愉快気に喉を鳴らす。戦闘はまだ始まったばかり。本腰を入れ始めた飛竜を前に、番犬達も全力で挑み掛かってゆくのであった。

●地を見ることなく、墜ちよ竜
「……ヴォォォオオオッ!」
「これはかなり、重いデスね! っぅ、しま……!?」
 赤竜の頭部がうねり狂いながら番犬へと伸び、それを受け止めたシィカは凄まじい重圧に顔を顰めた。一撃ならばまだ耐え切れる。だが、続けて繰り出されたもう一つの頭部によって強引に防御が抉じ開けられてしまう。デバイスと二種の武装で体を固定していたものの、肝心の艦載機がその衝撃に耐え切れず崩壊。少女の身体が後方へと投げ出されてゆく。
「シィカさんが!? 脱落は免れたけど、かなり後ろの艦載機まで飛ばされたみたいです!」
「前線を支える人数が減るのは非常にまずいですね……! 私がカバーに回りますから、灯さんは回復をお願いします!」
「っ、分かりました! 此処は私がやるから、シアは後ろを!」
 手にした双刀から時間を止める弾丸を放ち、イリスが何とか相手を押し返している横では、灯が残った壁役へ蒸気煙幕を付与しつつ供の翼猫を艦載機群後方へと派遣。手分けして前後の仲間へ援護を行ってゆく。だが既に前衛役だけでなく、後方に居た者もみな傷だらけといった有様であった。
(決して押されているばかりではありませんが……やはり、手強い!)
 歯噛みしつつイリスが腕時計を盗み見れば、接敵から既に11分が経過しようとしている。度重なる攻撃の甲斐あって徐々に双頭竜の動きが鈍りつつある一方、番犬側の消耗も決して軽くはなかった。戦況は拮抗状態、そのバランスはふとした拍子に崩れてもおかしくはないのだ。
「到着までの退屈しのぎと思ったが、こうなれば全滅させるのも一興か! となれば、まずは数を減らすとしよう」
 一人弾き飛ばして気を良くしたのか、双頭竜が限界まで顎を開く。狙うはカバーで手一杯の後衛達。相手の口内に渦巻く灼雷を見て、思わず最悪の事態を覚悟する灯だった、が。
「……これ以上、傷つけさせるつもりはありません。作戦的にも、僕の信条的にも、です!」
「カルナさん!」
 仲間を庇う様にカルナが射線上へと躍り出た。彼は微かな笑みと共に少女へ視線を向けつつ、幾つもの不可視の刃を形成してゆく。
「穿て、幻魔の剣よ!」
 それらは術者の意思に応じて飛翔する巨躯へと殺到するや、喉元を中心として幾つもの斬傷を刻んでゆく。これには相手も堪らず首を振り、攻撃の機会を逸してしまう。
「おのれ……であれば一匹ずつ仕留めて!」
「そうはさせないよ! 不謹慎だが貴竜のような大いなる存在に挑むはこっちも心が躍るのさ! 我は白き盾、竜の剛爪すら止めてみせよう!」
 吐息ではなく双頭による連撃に切り替えた相手に対し、ならばと名乗りを上げるのは鐐。彼は一撃目を大柄な体で受け止めつつ、手にしたナイフを相手の眼球へと突き立て視界を潰す。しかし、間髪入れずにもう一つの頭による追撃が襲い掛かって来る。
「が、ぁああっ!? だがこれで、二つッ!」
「いいえ……まずはこちらが一つ、です!」
 だが、それに一瞬先んじてセレナが動いていた。視界が半減し、無事な頭部が攻撃へと移る一瞬。伸びきった首に生じた隙を狙い澄まし、騎士は刃を振り下ろした。
「アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」
 魔力による身体強化から放たれる、月の如く弧を描く斬撃。それは双頭竜の筋骨を断ち、一刀の元に片頸を刎ね飛ばす事に成功した。さしもの赤竜もこれには苦悶せざるを得ない。そしてそんな好機を見逃すほど番犬達も甘くはなかった。
「これは……残り二分にはまだ早いけれど、一気に畳みかけるべきかしら。こちらも退く心算なんて最初から無いのですしね?」
「へたにじかんをあたえれば、おしかえされるかも、しれません……だから、こそ!」
 アリシスフェイルが握りし巨大鋏を模した刃、あおの構える白緑の花弁。それぞれから放たれる空を断つ斬撃と進化の可能性を奪う超重の打撃は、相手の翼を切り裂き遥か下方へと赤い巨躯を押しやってゆく。
「がァ、ハハハッ! たった一度のミスで、よもや此処まで押し切られるとは! これも驕り高ぶったツケか。だが、まだだ! まだ、我は……!」
 本土到着まで既に150秒を切った。だがここで戦闘狂としての性質が顔を覗かせたのか、双頭竜は耐えるのではなく牙を剥いて反撃を試みる。頭上の艦載機群へと顎を開き、そして。
「残念デスけど、ライブはこれにて閉幕。観客の皆さんは……」
 それに否を叩きつけたのは、前線へと舞い戻って来たシィカだった。彼女は鬼鋼をギター型に変形させるや、ネック部分を掴んで振りかぶり。
「お帰りの時間デスヨ!」
 渾身の殴打を以て、双頭竜を大西洋へと叩き落すのだった。

●次なる戦いへ
「一時はどうなるかと思いましたが、何とか無事に撃破できましたね」
「七罪竜カエリウス、確かに強敵だった。その名その威、忘れず史に刻ませて貰おう……」
 戦闘終了後、速度を落として静止した艦載機群の上でアリシスフェイルと鐐は小さく一息ついていた。課せられた役割を無事に果たせ、肩の荷が下りたのだろう。
「ふぅ。途中ちょっとヒヤッとしましたけど、カルナさんのお陰で助かりましたです!」
「いえ、まぁ……それが役目ですから、ね?」
 庇って貰った礼を述べる灯に対し、カルナはやや気恥ずかしそうに頬を掻く。そんな仲間の様子を微笑まし気に眺めながら、あおはデバイスより入って来た情報を共有する。
「へりおんも、むかえにきてくれている、そうです……あと、ほかのどらごんも、げきはできた、と」
「なんと、それは朗報ですね! 一つでも討ち漏らせば事でしたから」
 その一報にセレナは疲労も忘れて破願した。此処が成功でも他で失敗すれば意味がない。これで本当の意味で安心する事が出来る。
「竜業合体ドラゴンは恐ろしい敵ですが、決して勝てない相手ではない事が今回証明出来ました。となれば……」
「次の戦争はドラゴンとのラストライブ、デスね?」
 シィカの言葉にイリスは静かに頷く。ヘリオンのローター音が聞こえ始める中、ケルベロス達の視線は遥か彼方の竜十字島へと注がれてゆくのであった。

作者:月見月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月26日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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