予約録画は「死の瞬間」

作者:神無月シュン

 マンションのごみ置き場。そこには1台のディスクレコーダーが放置されていた。
 粗大ごみとして申請されていなかったそれは、回収されることなく何ヶ月もの間ここに放置され続けている。
 このまま雨ざらしになり朽ちていくのを只々待ち続けるディスクレコーダーの元へ、金属粉のような鈍く光る胞子が上空から降り注ぐ。
 胞子は隙間から内部へと入り込み、ディスクレコーダーを作り変えていく。
 一度光に包まれ、その光が粒子となって辺りに霧散すると、そこには新たなダモクレスが誕生していた。
 倍の大きさに巨大化したディスクレコーダーを胴体としてそのままに、そこから木の根を2本捻じった様な足が8本。胴体から一度上方へと伸び、少ししてくの時に曲がって地面へと伸びる。
 シルエットはまるで蜘蛛のようなそれは、見る人によれば激しい嫌悪感を抱くだろう。
「番組ヲ選択シテクダサイ」
 流れる声は本来ディスクレコーダーを使う時に聞く音声ガイド。
「予約ヲ完了シマシタ」
 淡々とダモクレスが自身を操作し、番組の予約を行っていく。
「番組名ハ『死の瞬間』。コレヨリ殺戮ヲ開始シマス」
 音声ガイドの声で紡がれた言葉は、到底ディスクレコーダーが発することはないもの。
 ガサガサと音を立て、ダモクレスはマンションの玄関口へと入り、壁を登り天井を這い獲物を探して突き進んでいった。


「ごみ置き場に放置されていたディスクレコーダーがダモクレスになってしまう事件が発生します」
 招集を受け集まったメンバーにセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は説明を始める。
「幸いにもまだ被害は出ていませんが、ダモクレスを放置すれば、多くの人々が虐殺されてグラビティ・チェインを奪われてしまいます」
 更にセリカは、「ダモクレスには攻性植物の特徴があり、ダモクレス化した原因は、金属粉のような胞子に憑依されたのが原因であるようです」と説明した。
 人々が虐殺される前に現場に向かって、ダモクレスを撃破する事が今回の作戦となる。

「このダモクレスはディスクレコーダーと植物が融合し、蜘蛛の様な姿をしています。主な攻撃方法は、ディスクトレイ部分から円盤状の刃を飛ばしてきます」
 その他にも、植物部分を使って攻撃を仕掛けてくるようだ。
「壁や天井を移動することができ、非常に機動力が高いので注意してください」
 マンション内では思わぬところからの攻撃にも警戒する必要があるだろう。

「おそらくこの事件は、ユグドラシル・ウォーで逃げ延びたダモクレス勢力によるものでしょう。事件を解決していけば、敵に繋がる何かを得られるかもしれません」


参加者
トレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)
花開院・レオナ(薬師・e41749)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)

■リプレイ


「ヘリオンデバイス・起動! ご武運を」
 ヘリオライダーのコマンドワードと共に、地上へと降り立ったケルベロスたちに向かってヘリオンから四本の光が伸びてくる。
 降り注ぐ光に身を任せると、ケルベロスたちの元に各々が申請したヘリオンデバイスが姿を現す。
 ヘリオンデバイスの実体化が終わり、ヘリオンの離脱を見届けたケルベロスたちはダモクレスの侵入したマンションへと視線を移した。
 マンションは全6階建て。1階に2部屋。2階から6階が4部屋の横長のつくりをしていた。
 視線をゆっくりと下ろし、玄関口へと目を向ける。ダモクレスが潜んでいるというだけで、何の変哲もない入り口も、大口を開けて獲物を待っている様に感じてしまう。
「『死の瞬間』とは、何とも悪趣味な番組名ね。そう簡単に、わたし達も負けるわけには行かないんだから」
「『死の瞬間』という番組か、まるでホラー番組みたいね。ともあれ、人々に被害が出る前に、早く倒してしまいましょう」
「何とも不吉な番組名ですね。怖い物は苦手ですので、さっさと倒してしまいましょう」
 予知で得た情報に、花開院・レオナ(薬師・e41749)、リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)、兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)の3人はそれぞれの考えをもらす。
「……成程、搭載機能に適った殺戮動機だ。不法投棄には物申したい所だが、予約実行を阻止するのが先だな」
 トレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)は1人、資料を確認しながら呟いていた。
 ダモクレスが待ち構えていようとも、突入しなければ直に一般人の命が失われることになるだろう。ケルベロスたちは意を決してマンションの中へと足を踏み入れた。

 マンション内へと入ってすぐ、ケルベロスたちはその異様な光景に口を開け唖然とした。
「これは……随分と派手にやってくれたわね」
 メリュジーヌであるリサはその特徴である青い蛇の下半身を器用にくねらせ、元凶の前へと進む。
 蔦が蜘蛛の巣を張り巡らしたかのように、壁、天井所狭しと通路を塞ぐ形で広がっていた。
「何かの罠……なのか?」
「さ、触ると感知されるとかでしょうか?」
「でも、何とかしないと先に進めないわ」
 蔦に触れないギリギリの所で、注意深く観察する。蔓は壁や天井を繋いでいるだけでそれ以上は伸びていない。ダモクレスの元まで繋がっていない所を見ると、触れたり斬ったりしてもダモクレスが気付くとは思えない。
 とはいえ、触れた瞬間に蔦が対象に絡みついてくる可能性はあるのだが……。
「リサ、敵の位置は分かるか?」
「ちょっと待ってね」
 トレイシスは顎に手を当てしばし考えると、リサへと声をかけた。
 リサは強化ゴーグル型のヘリオンデバイス『ゴッドサイト・デバイス』を装着すると、階上を確認していく。
 『ゴッドサイト・デバイス』は非戦闘状態であれば半径1km以内の敵味方の位置を、地形を無視して把握することができる。この能力を使えば、どこに潜伏していても一目瞭然だ。
「この位置だと……2階にいるわね」
「近いわね」
「それなら、蔦を斬って気付かれたとしても追い付けるだろう」
 後は斬った瞬間に蔦が襲い掛かってこない事を祈るばかりだ。
「そ、それじゃあ。斬ってしまいますね……ふぎゃ」
 紅葉が蔦へと近づき日本刀『紅の和み』の鍔に指をかけた瞬間、何もないところで躓いて盛大に蔦へと突っ込んだ。
「紅葉!? 大丈夫?」
「へ、平気です……」
 レオナの慌てた声に、紅葉が返事を返す。その紅葉は物干し竿に干した布団の様に腹を支点に蔦から垂れ下がっているという、情けない恰好で「転ぶのはいつもの事なので」と苦笑いを浮かべていた。
「絡みついたりとかはないみたいね」
「だな。恐らくマンションの住人が逃げられないようにするのが目的だろう」
 2人の様子を眺めながら、リサとトレイシスは蔦の役割を考察していた。
 マンション内の異変に気付き、逃げ出そうとしても蔦に阻まれ徐々に追い詰められていく。そして恐怖に駆られた人々を次々と殺していく。趣味が悪いとしか言いようがない。
 そのような惨劇が起きる前に何としてもダモクレスを倒さなければならない。4人は顔を見合わせ頷き合うと、蔦を斬り2階へと駆け上っていった。


 2階へと上るとそこは、1階以上に蔦が縦横無尽に張り巡らされ、通路を分断していた。
 蔦を斬り通り道を確保しながら、ゆっくりと進んでいく。
 これが屋外であれば『ジェットパック・デバイス』の能力で飛行して上空から探すことも出来ただろうが、天井がそれほど高くもないこの場所で飛んだところで、動きづらいだけだ。
「見当たらないですね」
 紅葉は早々に飛行する事を諦め、歩きながら辺りをキョロキョロと見回す。
「この階に居るのよね?」
「確認した限りではそうね」
 いつ奇襲を受けてもおかしくない状況のため、リサは『ゴッドサイト・デバイス』による索敵を2階に上がったときから止めている。その為、移動されたら確認のしようがない。
「っ!? 危ない下がれ!」
 トレイシスは微かな風を切る音を感じ、声をあげた。
 4人が飛び退くと、先程まで立っていた場所に円盤状の金属が4枚、等間隔に床に突き刺さっていた。
「まともに食らえば真っ二つ、か。良い映像になりそうだな」
 トレイシスが天井を睨みつける。その先、天井付近を覆う蔦の裏からダモクレスがゆっくりと姿を現した。
「あんなところに隠れていたのね」
 どうやら住人を逃がさないために張られたと思われた蔦は、ダモクレス自身が戦闘を有利にするという意味合いもあったようだ。
 ダモクレスの姿を確認したケルベロスたちは戦闘の為、すぐに陣形を整えた。

「月光の如き華麗な剣術を、避けきれますか?」
 紅葉は『紅の和み』を構え、横へと薙ぎ払う。斬撃が三日月を描きダモクレスを切り裂く。
「幻影よ、仲間に力を貸し与えてね!」
 レオナの支援によって妖しく蠢く幻影を纏うリサ。リサの放った流星の煌めきと重力を宿した一撃がダモクレスへ襲い掛かる。
「抱く闇は如何程か……穿たせて貰う」
 トレイシスが指先をダモクレスへと向けると、その指先から針が放たれダモクレスの精神の闇を穿つ。
 ダモクレスは敵意をトレイシスへと向けると、自身の足一本を触手の様に伸ばしトレイシスを締め上げる。
「この呪いで、その身体を動けなくしてあげるわ」
 リサと紅葉の尋常ならざる美貌の放つ呪いがダモクレスを覆う。
 二度三度と軽く跳ねると、ダモクレスは無数の回転刃を前方へとばら撒いた。
「うっ」
「このっ」
 紅葉とトレイシスは回転刃を一つ二つと躱していくが、数の多さに腕や肩、太腿へとかすり赤い筋を作っていく。
「すぐに癒すわ」
 レオナは咄嗟に薬ビンを放る。ビンは天井へと当たり砕け、中身の薬液が雨の様に紅葉とトレイシスの元へと降り注いだ。薬液を浴びた傷口が痕も残さずみるみると塞がっていく。
 トレイシスがマインドリングへと力を込めると、浮遊する光の盾を自身の目の前へと出現させ「さあ、いつでもかかって来な」と次の攻撃に身構えた。
 張り巡らされた蔦を巧みに使い、素早い動きで攻撃を繰り出すダモクレス。しかし戦闘が続く中、その蔦も次第に数を減らしていく。不利だと感じたダモクレスは床へと着地すると、壁を這い上の階へと駆け上っていった。
「逃げたわ」
「早く後を追いましょう」
 レオナと紅葉が階段へと向かって走り出すと、トレイシスとリサの2人も続いて後を追いかけた。


 ダモクレスを追い上の階へと上がれば蔦の張り巡らされた通路で戦闘を行い、再び不利になればまた上の階へと逃げ出す。それをまた追いかける。それを繰り返す事4度。
「流石に次はないわね」
 これ以上、上の階へと上る階段がない事を確認したリサは疲れた様子で呟いた。
「このオーラで、態勢を整え直してね」
 レオナは階段を上りながら傷の治療していた。
「貴方の命、頂きます!」
 ダモクレスが姿を隠すよりも先。紅葉がその姿を見つけ、一気に距離を詰める。その勢いに反応しきれなかったダモクレスの一番前の右足を掴むと、尋常ならざる怪力でもってブチブチと音を立て、ダモクレスの足を素手で引き裂いた。
「虚無球体よ、敵を呑み込み、その身を消滅させなさい!」
 リサの手から放たれた不可視の虚無球体が、ダモクレスの右足を更に2本飲み込み消滅させる。
 その間に距離を詰めていたトレイシスの日本刀が弧を描き、最後の右足を両断した。
 片側の足を全て失ったダモクレスが体を傾け床へと崩れ落ちる最中、胴体から回転刃が射出される。
「なっ!?」
 刀を振り抜いた状態だったトレイシスの元に回転刃が襲い掛かる。トレイシスは何とか体を捻り回避を試みるが、躱しきれずに回転刃が横っ腹を掠める。
 傷口からボタボタと血を流しながら、トレイシスはダモクレスとの距離を取る。
「大丈夫かしら? 緊急手術を施術するわね」
 レオナは駆け寄るとすぐに治療を始めた。
「この電気信号で、痺れてしまうと良いわよ」
 高速で流れる電気信号をダモクレスへと撃ち込むリサ。攻撃を受けたダモクレスが綺麗な電気の光を輝かせている。
「この一撃で、その身を氷漬けにしてあげますよ!」
 紅葉の『紅の和み』から放たれた一閃がダモクレスを瞬く間に氷漬けにする。
 治療を終えたトレイシスが氷の前へ。日本刀を高く上げ、空の霊力を帯びさせると真っ直ぐに振り下ろす。
 一撃を受けたダモクレスはバラバラに砕け散ると機能を停止したのだった。


「次こそは正式に廃棄する故、鎮まるがいい」
 光の粒となって消えていくダモクレスだった残骸を見つめ、トレイシスが呟く。
 その後は手分けして事後処理を始める。
 事後処理を終え、マンションの外へと出てくる頃には4人は共にぐったりとしていた。
「疲れたわ……」
「そうね……」
 レオナとリサは傾いた日差しに、時間の経過を感じ遠い目をする。
 マンションの全体で戦闘を行ったため、修復個所が広範囲にわたった。しかし、4人が疲れた本当の原因は他にあった……。
 その原因と言うのがマンション全域に残された、ダモクレスの張り巡らせた蔦である。
 蔦一つ一つを丁寧に剥がし、ある程度集まるとグラビティを用いて処分する。それを全階層延々と繰り返したのだ。4人が疲れるのも無理はない。
 当初袋にまとめてごみとして出そうかと考えたが、デウスエクスの残した物が安全とは限らないという結論を出し、その場で処理することに決めたのだ。
「ようやく帰れます……」
 紅葉は大きく伸びを一つすると、トボトボと歩き出す。他の3人も後に続いて歩き出し、マンションを後にするのだった。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月22日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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