竜業合体ドラゴンの強襲~黒蝕晶

作者:雨屋鳥


 万能戦艦ケルベロスブレイド。
 新たにケルベロスの力となった戦艦、そこから展開したケルベロス。その一斉攻撃によって攻性惑星は、崩壊し、崩れ落ちていく。
「……やった」
 ケルベロスブレイドの内部に控え、それを見ていたダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)は、勝利の光景に静かに拳を握る。
 これで一つ。迫るドラゴン襲撃の懸念を取り除くことができた。
 だが、決して、油断はできない。
 ともすれば、今すぐにでも、地球へと至るかも知れないその存在。警戒を止めず、常に戦場と化すのだと意識し続けなければいけない。いつかの平穏の為にいかなる状況であろうと対処できるように気を張り続けなければいけない。簡単なことではないが、それでも、希望はそこにある。ケルベロス達が、そこにいる。
 果たして、そこに油断はあったのか。
 勝利に気を引き締める、その時の一瞬の緩和。それを油断と呼ぶのかはさておき。
 それを理解するのに、ダンドは優に数秒の時を必要とした。
 ふと、影が差した。
 比喩ではなく。
 言葉通りに。
 影がダンドの視界を暗く染める。
 忽然と、それは現れた。
 遮るものの無い大空にあって、翳りをもたらすものは。
「――」
 竜の群れ。
 ドラゴンの大軍。
 竜業合体したドラゴン達。これまでの尖兵等ではなく、その本隊がここに、今この瞬間に――。
 数秒、いや、一瞬だったのかも知れない。時間感覚の狂う思考停滞の中でドラゴンが動いた。
 ケルベロスへは意識を向けない。その竜達は崩壊していく攻性惑星へと向かっていく。
 喰らおうとしている。そこに残る力を喰らい回復しようとしている。
「う……くッ!」
 突如として、揺れが戦艦を襲う。主砲を含めた再びの一斉砲撃、それが攻勢惑星を喰らおうとしているドラゴン達の一部を撃破する。
 だが、回復を優先させるドラゴン達も、その攻撃を看過することは無かった。
 反撃に放たれた幾条の光。複数のドラゴンからの攻撃をバリアで防ぎながら、脱出したケルベロスを回収し、ケルベロスブレイドは竜業合体ドラゴンから距離を取るように舵を切っていく。
 双攻撃の爆風。船体を帆としてそれを受け、軌道を強制的に修正する衝撃が船内を貫いた。ダンドは床を転がりながらも、あがくように立ち上がり、未だ現状を十分に理解できないままに、己のヘリオンへと走る。
 勝利による脱力、安堵、歓喜。脅威の出現による激震、恐怖、焦燥。
 そんな相反する感情達が心臓を激しく打ち叩いて、脳へと酸素を送る。喘ぐ頭が痛むままに、床を蹴り飛ばしていく。


 ドラゴン達と距離を取り、互いに遠距離からの攻撃を交わしながらも、状況は膠着状態であった。
 ケルベロスブレイドからの攻撃はその殆どが相殺され、ドラゴンの攻撃はバリアによって防御している。もし、あのドラゴン達に囲まれてしまえば、バリアは効果を発揮できず、ケルベロスブレイドは撃墜されるだろう。
 故に、こちらからは仕掛けられず、後手に回らざるを得ない状況。
 それが、今までの状況だった。
「一刻の猶予もありません……!」
 息切るダンドは、声を発する。
 既にケルベロスブレイドは動き出している。船内と外の空間が分たれていく、そんな急激な加速の感覚が、既に作戦が始まっている事をケルベロス達へと告げていた。
「11体のドラゴンが、日本各地へと飛び立ちました」
 北海道釧路市、宮城県仙台市、茨城県水戸市、千葉県勝浦市、静岡県熱海市、三重県和歌山市、高知県高知市、静岡県浜松市、北海道函館市、沖縄県那覇市、大分県別府市。
 軌道から推測されるこの11都市へと、ヘリオンの数倍の速度、更にはジェットパックデバイスでは飛行できない高度からの急襲を行おうとしている。
 尋常ではない被害が20分後には確実にもたらされるだろう。いや、既に残り19分か。
 その速度、おおよそ時速3000km。
 それを超え、対抗できるのは、ケルベロスブレイド。ただ一つ。だが、ケルベロスブレイドによる撃破は、他の十都市を見捨てる判断に他ならない。
 故に。
「全ドラゴンへと接近させたケルベロスブレイドより小剣型艦載機群を射出、並走させ、それを足場として各ドラゴンを撃破します」
 当然、時速3000kmの暴風雨の中で戦う事になる。僅かな瑕疵で戦場から弾き出されかねない想像を絶する状況での戦いだ。それでも、それしか打つ手はない。
 正面からケルベロスブレイドを相手にせず、グラビティ・チェインの確保へと動いたということは、やはりドラゴンの損害は、彼らをして無視できない程に蓄積しているという事だ。
 であるならば、尚更に、彼らに力を与えることはできない。
「応じていただける方は、私のヘリオンへ」
 ダンドが導く先は、北海道釧路市。
 空間を蝕むような黒い水晶を周囲へと浮かばせるドラゴンが遠くに黒点として浮かんでいる。
 水晶、というよりも、水晶の形をした世界の欠落。とでも言うべきだろうか。
「彼の竜は、己の能力をその黒水晶の容へと化し、封じていたようですが」
 恐らくはゲートを潜る為。竜業合体により疲弊し、その分離した能力を御しきれていないらしい。
 全てを蝕む闇の力。黒点の周囲は光が歪み黒く明滅し、時折水晶から世界の罅のような黒い稲妻が走っていた。暴走を留める為、封じた水晶を全て従え、グラビティ・チェインを得ようとしている。
 だが、その向かう先に迷いや乱れはない。精神すら乱されているなら幾らか楽だったかもしれないが。
 その力を取り戻させてはいけない。
 刻は過ぎていく。近い距離から順に投下を行っていく間にも焦りばかりが募る。
「そろそろです」
 悩む時間はない。
 ヘリオンは、この高速戦闘には関われないだろう。ヘリオンデバイスの発動と、帰還の足だけが役割だ。
 取り付けたヘリオン改造装置に手を触れながら、ダンドは言う。
「人々を守るため……どうか、よろしくお願いします」
 時速3000kmで荒ぶ風が、ケルベロス達を歓迎した。


参加者
ティアン・バ(こう路・e00040)
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
写譜麗春・在宅聖生救世主(誰が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)
ルカ・ラトラス(幼き研究者・e67715)

■リプレイ


「――」
 寒い。その一言すら発せない。
 写譜麗春・在宅聖生救世主(誰が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)は、極寒の風が吹き荒ぶ空を駆けて、早く帰りたいと願っていた。
 暴れ狂う風が呼吸一つ許さない。
 声一つ、その吐息一つ、阻むものなくとも追いつけない。瞬く間に遥かへと置き去りにする速度。
 ゴーグルにどうにか視界は良好だが、口を開けば、風が体内を暴れて内側から引き裂かんとする。世界に拒まれている、そんな錯覚すら感じる暴風を突き進む。
 巨大な雲を抜けるのに一秒の時間すらかからない。揺蕩う1ミリにも満たない滴すら肌を叩く雨の弾丸だ。剣の群れが空を裂く。風の叫びが全ての音をかき消す。白い壁、雲の帳、灰色の世界、剣は最短の距離を奔り、雲を突き抜け。
「――」
 黒竜。
 羽ばたくそれを追い抜く剣の上で、火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)は豪風が景色すら揺さぶる速度の中で、七色の爆煙を放たんと爆破スイッチに指をかける。
 黒。
 ひなみくはそれを見た。味方を鼓舞する為の色ではない。敵の色。竜の胸の瞳が彼女を睨んでいる。
 黒晶が迫る。
 だが、彼女の皮膚に触れるより早く、その表面に罅が走った。聞こえぬ筈の硬質な音が響く。亀裂から何かが溢れる。その刹那。
 飛び込んだ白銀が、黒を攫っていった。
「――」
 剣を蹴り飛ばし、自ら不自由な暴風の中を飛んだレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は、竜骨の大剣で結晶を貫いていた。亀裂が広がる。ひなみくの眼前から引き剥がした黒が一斉に広がり、レスターを飲み込んだ。
 一面の黒。
 体全てが魂から引き剥がされ、壊れて崩れる無痛が指先から広がっていく。喪失感ばかりがレスターの体を形作っていく。
 万能戦艦ケルベロスブレイドとはなんだ。
 それは人の祈りと願いによって成し得た容、実現体。本質は願望にあり、真価は願望に宿る。
 故に。
「この身千切れようと立ち続けろ」
 戦う限り、願う限り、剣が彼らを導く。虚空に伸ばした足先が、剣を踏みしめた。
 銀を宿した瞳が燃える。宿る地獄が己を定義する。黒闇は心地いいが、視界を焼く光が瞼を閉すことを許してはくれない。
 銀閃が闇を裂く。
「――」
 欠如を砕き、空が舞い戻る。体を激痛が蝕んだ。風が鼓膜を叩く。安寧から一転した激痛に吠える。誰にも届かない声が体を震わせる。
「――」
 一秒にも満たない時間。黒の爆炎から抜け出したレスターへと、ひなみくは己の翼から引き抜いた羽の光矢を番え、放つ。
 その傍らを、ティアン・バ(こう路・e00040)が駆ける。
 先んじた在宅聖生救世主が放つ竜砲撃の光が爆ぜるのを標に、剣の群れを蹴り飛び、羽ばたき一つで軽く吹き散らかされそうな黒翼を追い抜く。
 レスターが攻撃へと飛び込んだ瞬間は肝が冷えた。己にそれがあると再認識させた彼が視界の端に映る。
 ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が黒竜を見据える。
「あなた、も、ずいぶん遠くまできてしまい、ました、ね」
 風に潰され、誰の耳にも届かないだろう声を零す。感傷、と言うには希薄すぎる言葉。
 本心ではある。その蕩尽と化す足掻きに思うところが無いわけではない。
 ただ、全力を持って相手取る。それだけ。
 ウィルマの赤糸が照らし出す加護の光陣を突き抜けた先。
「――」
 竜を追い抜く。暴れる風と狂う天地。もはや真横に強力な重力が働いているような世界。頭から墜落してくる竜を真上に見上げ、ティアンは銃を掲げた。
 剣が交差する。その刹那。ティアンとレスターが肩を並べた一瞬。銃口が叫ぶ。その音の欠片すら響かない間にすれ違う二人に、取り残される弾丸が、二つ。
 駆けたそれが黒い鱗を砕き、黒竜の動きが乱れた。ほんの僅かに停滞した動きに急制動した剣から弾き飛ばされないよう、靴の粘着に剣柄へと引っ掛けたフックを掴んだ。
 足止めにもならない。即座に加速する黒竜を睨む。
 ティアンとてドラゴンを拒んでいる。それは奪う、誰かの思いを、記憶を、過去を。
「何も、これ以上、奪わせはしない」
 放つ妖精の矢が黒竜へと襲いかかる。


 黒雷が、まとわりつく剣を蹴散らすように爆ぜた。数本がそれに穿たる欠片を潜り抜け、空気の壁を突き進む。
「――」
 剣ごと黒雷を避けたルカ・ラトラス(幼き研究者・e67715)は、ドラゴニックハンマーを砲撃形態へと変形させた。
 ケルベロスチェインで吹き飛ばされないようにしていなければ、この手順一つ命取りになりかねなかったと考えると、冷や汗が垂れる。
 まあ、そんなものすぐさま風に攫われて凍りつくだろうけど。
 竜砲弾を強烈な衝撃と共に撃ち放った。轟音は響かない、いや、響く頃にはルカはそこにいない。遠く過去に衝撃と音を置き去ったルカは、羽ばたきと共に吹き荒れた結晶の刃から僅かに距離を取る。
 耳は頼りにならず、鼻も利かず、ただ視覚だけが情報の全てであるような環境。各ドラゴンへと追いつく速度。戦場構築。そもそもが持つ戦闘能力を合わせれば、万能戦艦。その名称も誇張ではないのだろう。
 上手く扱いきれるか不安だな。
 黒い刃が仲間を切り裂く。その光景に目を向けることもしない。やるべきこと。やらねばならないこと。
「やるからには――全力だ!」
 常に最善を。ルカは、火炎を纏わせる脚で剣を蹴り飛ばし、爆炎の尾を引いた。
「――」
 豪炎が肉を焦がす。ウィルマはルカの放った蹴撃が、僅かに逸らされたのを見る。
 巧い。矜持もなく只餌へとひた駆ける飢えた獣とは思えない。
 見境を無くした飢えた獣程厄介なものはない。だというのに、更に上。
 冷静に、狂暴に。全身の傷は全てケルベロスが突き立てた牙だ。万全とは言い難いが、それでも不足を補い、整えたケルベロス達を相手にしている。
 というのに、黒竜はその翼を力強く羽ばたかせる。
「――」
 闇は無数の匙で肉を掬うように体を蝕んでいた。そこに何があったかすら忘れるような整った亀裂の断面が無数に散らばる黒雷に穿たれた傷を、光の蝶の鱗粉が癒やしていく。
 暴風など知らないとばかりに緩く飛ぶ蝶を、用は済んだと散らしたウィルマの視界でレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が黒竜へと駆ける。
 巧みに傷を減らすのであれば、その要である翼の傷を深めるレーグルに、写譜麗春・在宅聖生救世主(誰が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)が流星の輝きを纏い、追いすがる。
「――」
 確かな手応えと、終わりの見えない手応え。矛盾するような二つの感覚に苛まれながら在宅聖生救世主は、その黒竜の姿に記憶が刺激される。なにか、この場を優勢に勧められる手掛かりはないかと、一瞬とも油断のできない中で頭を働かせる。
 黒い雷。闇を覗かせる水晶。濁ったように澄む三瞳。
「――」
 だが、それ以上に記憶は無い。過去に起きた闘争の中に姿を見せたデウスエクスの一体としか手記には記載はなかった。
 闇を呑んだドラゴン。ラグナルガル。
 声が届いたのか。いや、届くはずのない速度の中で、しかし、在宅聖生救世主は悪寒を走らせる。
 来る。直感に、竜の傷を斬り深め、跳んだ在宅聖生救世主の眼前に、影が踊った。水晶の影でも、竜の影でもない。
 ひなみくのミミック、タカラバコ。それが、在宅聖生救世主へと迫る黒蝕晶に飛び込んでいた。
「――」
 闇の爆炎に飲まれたタカラバコは、黒が晴れると共に僅かな残滓を残して消える。
「――」
 寒い、帰りたい、などと言ってはいられない。
 ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)がオーラを蹴り飛ばし、在宅聖生救世主が生み出した溶岩が黒竜を焼く。
 僅かな怯み。
 確実に削れてはいる。だが、その攻撃は未だに熾烈を極めている。剣を牽制するように走る黒蝕晶が、邪魔するなと襲い来る。
 溢れ出した黒がウィルマへと襲いかかる寸前、レーグルが飛び込んでいった。
「――」
 狙われている自覚はあった。回復へと目を向けさせる、一種の遅延作戦。それとも、狙いをつけ続ける他のケルベロスが鬱陶しいのか。
 兎に角時間を稼ごうとしている動きに、面倒だとウィルマが考えたその時。
 真横。結晶が砕けるのを見た。
「――」
 避ける、と考える間もなく、ウィルマは陣を敷いた鋼糸に力を通す。加護の光が溢れる。衝撃はない、ただ、有無の境が壊れる。
 役割は、仲間の治癒。故にその光はウィルマを癒やさない。それは離れたレーグルの傷を拭っていた。
 崩れ落ちる体の感覚もない。ウィルマのウイングキャット、ヘルキャットが避けていたので、手荒く洗ってやろうと決めながら、仲間の顔に視線を巡らせた。
 こんな時ですら、人間らしい彼らがどうするか。そんな所に重きを置く自分は、やはり愚かなのだろう。
 まあ、治す気は無いが。


 ラルバが、剣の上に崩れ落ちたウィルマをロープで固定して、歯を噛みしめる。その視界に、仲間が映る。
 血の色がやけに鮮やかに。
 ひなみくは、温かな血に滑る弓を握る。
 癒せ。癒せ。
「――」
 己を叱咤する。
 足りないと虚ろに強請るよりも、優先順位を考えて癒せ。
 痛覚も凍る。片耳が爆音すら拾わない。だからどうした。仲間が傷を負う。何よりも、自分の傷よりも、その事が痛みを呼び覚ます。
 揺らいだ。黒雷が瞬く。世界を砕く罅が迫る。
 痛覚が、温度が、恐怖が諦めろと迫る。
 それでも。
「煩い、動けッ!」
 激情は体を動かした。
 凍る指で矢を番う。血と風に攫われぬよう込めた力が爪を割る。知ったことか。指を放す。
 四翼の祝福が放たれる。
 闇がひなみくを劈く。狭まる視界に四つ羽が輝く。繋ぐ一矢。
 その先にいたティアンは、打ち込まれた矢に、その意思を継ぐ。傷が消える。風の痛みが和らぐ。
 周囲に散らばる黒が瞬く。滑らかな表面をした闇の泡が膨れ上がり、ティアンの体が吹き飛んだ。
 ティアンは別の剣を掴んで風に暴れる体を御して、自分を弾き飛ばしたレスターを見た。
「――」
 褪せぬ決意の眼光が、反射的に伸ばそうとしたティアンの手を留める。
 ここを、ヤツの墓場にしろ、と。伸ばそうとした手を、握らせる。
 巻いたロープが彼を繋ぎ止める。烈風が彼を凍らせる前に終わらせる。ティアンが決意すると同時に。
 黒い水晶が撒き散らされた。
 閃く黒晶。折り重なる刃が無尽に空を抉り取る。
「――」
 レーグルが迫るそれを視認した直後、膝を剣へと着いた。屈み、避けようとした。のではない。消耗が体を蝕んでいる。
 手を突いて立て、と急かす脳が叫んでいる。その為の両腕は、既に肩から失われているというのに。
「――」
 体は宙を舞う。剣から弾かれたレーグルの目に黒刃が舞う。それはレーグルの胸の中心へと。骨と肉を喰らい、風穴を開けた。
「――」
 吠えた。地獄の炎が巨大な腕となり、黒竜を押し潰す。
 膨れ上がる炎腕が、黒竜を包み込んだ。地獄の腕の檻に、闇が交じる。鬩ぎ合いは瞬きに果て、黒一色が爆炎を呑む。
 落ちる。
 レーグルは墜落する。
 それでも尚、その幻の掌に何かを包もうとする。奪われまいと抱くように。
「返せ」
 風穴の空いた胸の奥。畝る火が、閉した鎖を砕いた。
 ――龍が熾きる。


 闇を呑んだ竜は視覚を持たない。
 捉えるのは存在。概念。
 その眼がその時捉えたものは。
 熔け堕ちる炎であった。


 胸に傷はなく、そもそも人型ですら無い。
 巨大な火炎腕と渦を巻く角を持った、燃え盛る炎龍。
 ラルバは、風の隙間から響くアラームに耳を傾けながら、突如として現れたそれを見る。
 いや、彼ははじめからそこにいた。共に戦っていた。
 その瞳が語る。
 立ち止まるな、と。
 為すべきことを為せ、と。
「――」
 まだ、護られている。叫ぶ。体を轟かす声は風に潰される。
 ゴーグルの内側に水滴が踊る。打算が過ぎる。鍛えた戦闘経験が語っている。
 攻めろ、と。
 葛藤も、悔恨も、噛み砕いて攻めろ。剣がラルバを載せ駆ける。
 攻めろと。
 黒竜が傷を負おうとも、ただ先へ進む。必死なのだろう。だから、同じだ。だが、同じだ。
 全霊を込める。拳から巻き起こす業風が、竜の体を削り取る。
 必死だ。笑顔が壊されるのはごめんだ。
 だから。
「ここで、……止まれッ!」
 叫ぶ。
 だが、止まらない。
 黒竜は尚も進む。炎龍ともつれ合いながら、それでも先へ。
 跳ねた斬撃が、ラルバの腹を貫いていた。体が軽くなる、息が途端に重くなる。痛みを忘れ、敵を見た。
「――」
 まだ、終わっていない。終われるはずはない。ラルバは薄れる意識を繋ぎ止める。固定する綱を握る。
 ルカが火炎の蹴りを打ち込む。
 彼とて消耗している。だが、己の傷も、他の誰の傷も、構う暇など無い。
 負けられない。
 負けてはいけない、という事だけは断言できる。
 反撃が来る。予め理解している。
 放たれた黒蝕晶が暴走を起こす、罅が走る。だが、死にはしない、ならば、これが最善だ。
 ルカを虚空の爆発が包み込んだ。
 その捨て身の一撃が黒竜を崩した。動きが乱れる。制御を失ったように黒雷が周囲を包むその一瞬。
 炎龍が、地獄の腕を滾らせて、自ら諸共海へと黒竜を叩き落とす。
 轟音。
 海が吹き飛んだ。熱が風を巻き上げ、世界を震わせる。
 白に染まる。
 強烈な豪炎が海を白煙と化している。噴き上がる蒸気に、しかし、――剣は速度を緩めない。
 追うべきものが残っているとケルベロス達に告げる。遠くに陸が見える。
 熱霧の中に、黒が走る。
 それを細い指が指し示した。
 まだ、戦う。戦えると在宅聖生救世主が超重の光を形成する。
 巨大な光球は瞬く間に十字架へ変形し、――発射。風を引きちぎり、霧の中へと吸い込まれた十字架が黒竜を過たず捉え。
 爆ぜた。
 衝撃を生む程の苛烈な光が溢れ、霧が晴れる。
 人影一つ。
 光に焼かれる闇の主へと降り立つ姿。ティアン。
 脚を砕き、全身を黒の鱗で引き裂きながら、どうにか着地した彼女は、銃口を真下へと向けた。躊躇は欠片もない。
 引き金を引く。
 火炎の弾丸が、打ち込まれる。
 銃声が僅かに跳ねる。
「――」
 叫びは聞こえず。震えだけが足先から伝わる。
 命の終わる声がした。


 停止した剣の上で、ケルベロス達はヒールによる応急処置を済ませた。
 海を吹き飛ばしたレーグルの姿はない。海に沈んだわけではないはずだ。黒竜が沈んだ後も残っていた炎熱は、紛れもなく彼が生きている証。
 だとしても、今すぐに探しに行く余裕はない。
 彼の行方を思う一方で、ドラゴン勢力との決戦を前にこれ以上の無理はできないと、誰もが暗黙のうちに気付いている。
 予感などではない。
 決着をつけなければ、地球は滅ぶ。それを、ドラゴンを相手取ったことで厳然とした事実となって突き付けられているのだ。
 澄んだ空は果なく、ケルベロス達を見下ろしていた。

作者:雨屋鳥 重傷:火倶利・ひなみく(スウィート・e10573) レスター・ヴェルナッザ(銀濤・e11206) ルカ・ラトラス(幼き研究者・e67715) 
死亡:なし
暴走:レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079) 
種類:
公開:2021年2月26日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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