機械仕掛けの夜

作者:成瀬

 まるい月が夜の世界を煌々と照らしている。
 街からは遠い小高い丘の上、荒れ果てた空き家があった。住民の使っていた家具や電化製品は片付けられることなく、そのまま放置されている。
 掌に乗る小さなコギトエルゴスムがうごめいて、デジタル時計の中に潜り込んでいく。よく見れば金属で出来た細い足があり、まるで虫のよう。
 硬い部品がぶつかり合って、金属の擦れ合う嫌な音がする。
 可愛らしい牛の形をしたデジタル時計を顔の部分に備え、たくさんの部品が繋ぎ合わされていく。不気味に緑色へ光る数字盤にはむちゃくちゃな時刻、両肩には無骨なガトリングガン。いびつなダモクレスがゆっくりと起き上がり、目覚まし音の代わりに咆哮を響かせた。

 集まってくれたケルベロスたちに、ミケ・レイフィールド(薔薇のヘリオライダー・en0165)がゆるりと一礼する。挨拶をすると事件について説明を始めた。
「長く放置されていた空き家があるんだけど、そこで……そう、牛ね。可愛い牛のデジタル時計が、ダモクレスになってしまったみたいなの。今は郊外の空き家にいるけれど、街に出てしまったら間違いなく惨劇になるわ」
 たくさんの人々が傷つけられ命を落とし、グラビティ・チェインを奪われてしまうとミケは声のトーンを落とす。
「その前に現地へ急行し、皆の力でダモクレスを撃破して欲しい」
「元々はファンシーな見た目の白黒牛ちゃん時計みたい。それがロボットみたいに変形してしまって、ガトリングガンも装備しているし、もう……」
 可愛さは残っていないわね、とミケは息を吐いた。
「ガトリングガンや文字盤を光らせてビームのようなものを撃って来るわ。特に、弾丸に炎の魔力を乗せた攻撃がメインとなると思うから、気をつけて。空き家周辺でダモクレスを捕捉し戦闘に入る流れになると思う、広さも十分よ」

 説明を終えたミケは、これから戦いに向かうケルベロスたちひとりひとりへ静かな目を向ける。
「もうあの時計は、役目を果たしたの。こうなってしまってはもう時を刻むことはできない。表示するのは狂った意味のない数字だけ。……もういいのよ。最後のおやすみなさいは、あなたたちケルベロスの手で」
 お願いね。そういってミケは皆を送り出した。


参加者
御影・有理(灯影・e14635)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
城間星・橙乃(歳寒幽香・e16302)
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)
鉄・冬真(雪狼・e23499)
サイレン・ミラージュ(静かなる竜・e37421)
九竜・紅風(血桜散華・e45405)
シャルル・ロジェ(明の星・e86873)

■リプレイ


「がう!」
 夕刻を過ぎて世界が夜に包まれる頃、月が明るい晩のこと。ケルベロスたちは牛型のダモクレスが出たという丘の上へと向かっていた。目的地まであと少し。
 主人から決して遠く離れたりはしないものの、リムとシャティレが軽くじゃれ合っているようにも見えた。ふわりとシャティレのリボンが揺らめく。木の葉がひらひらと落ちて来ると驚いてリムが鳴き声を上げ、あわあわと御影・有理(灯影・e14635)が追いかけて、ついた葉っぱを細い指先で優しく払っている。
「シャティレ、もうすぐ到着だよ。良い月、良い夜だね」
 いつの間にか音も無く、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)の傍にシャティレが戻っていてその足元へ無邪気に身体を擦り付けていた。都市部より緑の多いこの場所は風音にとっても居心地が良い。
「今年は牛が人気なのでしょうか。そういえば今年の干支でしたね」
「……そうだね。牛か。縁を感じるとまでは言わないけど、何だかちょっと懐かしいな」
「そうなのですか。面白い思い出話がありそうですね、アトリさん」
「えぇ? ハードル上げちゃ駄目だって」
 白と黒。対の色をしたウイニングキャットを傍に、サイレン・ミラージュ(静かなる竜・e37421)とアトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)は連れ立って歩いていく。
「どうやら今回はサーヴァントを連れている人が多いみたいね。目的を忘れるわけじゃないけど、ちょっと賑やかで、もしこんな事じゃなかったら――」
「夜の散歩か何かだと思ってしまう?」
 鉄・冬真(雪狼・e23499)がそう問いかけると、城間星・橙乃(歳寒幽香・e16302)は微笑み頷いた。まるでこれから本当に、楽しい楽しい夜の散歩にでも行くように。これから戦いを控える者が持つ緊張や身体の強張りといったものなど、橙乃には縁の無いものだ。仲間の連れているサーヴァントたちの可愛らしい姿に、冬真は目を細める。
 ガイナはシャルル・ロジェ(明の星・e86873)の守護者として静かに付き従い、九竜・紅風(血桜散華・e45405)が連れている疾風丸は警戒を緩めずにいるのか時折辺りを見回すようにしている。
 サーヴァントと主人の間には見えない絆で結ばれている。何物にも代えがたい唯一の。「絆」ふとそう思って冬真の視線が動いたのは無意識の内、けれど次の瞬間には認識する。光と、熱を。
 キヌサヤの耳がぴくりと動いた。鋭い目を夜気の向こう、空き家の方へ向ける。金属同士がぶつかり合う音、そして扉の破砕音が派手に響いた。
(牛だ……。本当にガトリングガンまで搭載されてる。可愛い牛も原型がなくなっちゃって、ここまで変わるものなんだ。……実はダモクレスって凄いのでは)
 何処がどう繋がっていて動いているんだろう。
 すぐ目の前に現れた牛型ダモクレスにシャルルは興味津々といった眼差しを向ける。純粋な好奇心は恐怖を和らげ余裕を生むが、ケルベロスとして戦場のぴりりとした空気を肌で感じ気を引き締める。
「行きますよアンセム、頼りにしていますからね」
 ぎゅいーんとぎこちない動きで牛型ダモクレスがサイレンたちの方を向く。ケルベロスたちを敵と認識し、頭部の文字盤がぎらりと怪しく輝いた。


 紅風は空き家の中や辺りへ声をかけ部外者がいないことを確かめる。
「いくぞ、疾風丸。応援を頼んだぞ!」
 空き家の扉をぶち壊し現れた牛型ダモクレスとケルベロスたちは対峙する。
「頼むね」
 黒猫は返事の代わりに振り返り、ほんの短い時間、深い青い目でアトリを見た。鳴き声さえ上げはしなかったが、アトリにはそれで十分だった。言葉を交わすことができなくても、唯一無二の相棒なのだから。
 金属のパーツや歯車ががちりと組み込まれ、鉄の蹄が力強く地面を蹴る。電子音が牛の鳴き声を合成し夜気をびりびりと震わせた。空気を吸い込むよう大きく口を開き――爆炎の塊を生み出した。夜気の中、それは星にしては眩しく月にしては余りにも暴力的であった。
 襲い来る炎塊を腕で払う。空気の焦げる匂い、重い衝撃。しかし払い切れぬ熱にも冬真はほとんど表情を変えることはない。何度も何度も数え切れない程に感じて来た戦いの空気、そして痛み。慣れたわけではない。ただ理由が、戦う理由が――守るべきものの存在が、今確かに己の力になっている。炎と対極にある「氷」の力をその拳に込めて、思い切りダモクレスに叩き込んだ。
「もう誰も傷付けさせないように。哀しい記憶は此処で終わりにしよう」
 ほんの一瞬、されと一瞬。二人の視線が交わる。後方からは有理が足技で攻撃を仕掛け、リムが牛に負けじと思いっきり息を吸い込みブレスを吹きかける。
「人々に危害を加えるのなら、此処で止めるまで」
「きっちり片付けないとね」
 シャルルや風音を中心として、牛ダモクレスの仕掛けて来る異常状態攻撃に対し前衛メンバーから備えを展開し、炎や威圧感への注意はケルベロスたち全体で共有された。
「ファンシーな牛には戻してあげられないけど、これで終わりにしよう」
「ンモオオオオオオオオオ! 一生寝テロ!!!」
 攻撃で氷によるダメージを重ねられながらも数発で牛ダモクレスは倒れはしない。清々しい朝とは程遠い目覚まし音を立て後衛へ広範囲の衝撃波を飛ばすが、攻撃が届く前に守り手のひとり、アトリがその身を盾として風音を庇う。
「っ、間に合った。大丈夫?」
「えぇ、おかげで。助かりました」
 今でこそ賑やかな、賑やか過ぎる音ではあるが、元はどんな音を奏でていたのだろうかと風音は思う。
 今回橙乃はケルベロスでは唯一のクラッシャーだ。回復を他の仲間に任せ、オーラの弾丸や斬撃で序盤からダメージを重ねていく。
「大自然の属性よ、仲間を護る盾となるがいい!」
 紅風によって半透明の盾が具現化すると、続いて疾風丸がくるんと回ってテレビ画面にを変化させる。牛ダモクレスが映し出すのは狂った数字だけ、けれど疾風丸がその画面に再生するのは仲間への応援動画だ。
「どうせなら可愛い牛の状態で出会いたかったところだわ。叶わないのは、少し残念ね」
 橙乃の放つオーラが敵へ喰らいつく。冬に落ちる雷の如く、白い光を纏い夜の闇を切り裂いた。
「この氷で、凍えてしまいなさい!」
 熱く燃えるような痛みも、仲間やアンセムが回復、支援のおかげで大きな負担にはなっていない。敵が繰り出す炎の攻撃には注意していたが仲間による回復が間に合い、そのおかげでサイレンは攻撃に手番を割くことができた。
 ケルベロスたちが敵の氷や威圧の攻撃を十分に警戒し回復を重視したおかげで、破壊力のある攻撃を食らっても危機的な状況には陥ってはいない。守り手が多かったこともある。
(まるで狩りみたいだな)
 回復が偏らないよう気をつけつつ、シャルルは前衛の仲間へ回復の拳を飛ばす。
 時間が経つにつれて牛ダモクレスの四肢や胴には氷が張り付き、痺れたように動きが少しずつ鈍くなっていく。じりじりと追い詰めていくような、そんな感じがした。
 ただこのダモクレスは野の獣のように身の危険を感じても、逃げ出したりはしない。


 ぴりりとした空気や、味方の中に動きが鈍くなったメンバーを確認する。ざっと土を軽く巻き上げて足を止めると、銃の構えを解きアトリが回復にまわる。
『緩やかなる恩寵を……!』
 夜の戦場、微風が静かに吹いて癒やしの力を味方に届ける。己を含めた前衛メンバーの身体が、心が、騒がしい戦場にありながら、その風は静穏を思い起こさせるのだ。
 エンジンの音を響かせ炎を纏いガイナがダモクレスへ車体を飛び込ませると、軌道に続いて夜の闇に雷が煌めく。シャルルの槍の切っ先がダモクレスの硬い身体に突きこまれた。
 十分な回復で戦況は比較的安定していた。誰かが傷付き炎の熱で焼かれれば、誰かがすぐに癒やしを飛ばす。
 だが、回復しきれないダメージは少しずつケルベロスの身体に溜まっていく。安定と引き換えに戦闘には多少時間がかかっているようだ。
『何処に在す、此処に亡き君。鎮め沈めよ、眠りの底へ。形無くとも、届けと願い。境の竜よ、御霊を送れ』
 具現化した幻影竜は哀しみと鎮魂の願いを込め、もの哀しくその響きを歌声として響かせる。ダモクレスがギギ、と軋むような音を立てて一歩踏み出し、頭を天に向け長く咆哮した。二度と戻らない時を嘆いているのか、無理矢理に動かされるデジタル時計の叫びなのか。壊れかけの機械が発するような、ただの異常音なのか。本当のところは、ケルベロスたちにはわからない。
 具現化した守護を担ってきた一族だからこそ、守れず喪失したものがあったのかもしれない。喪失の哀しみを、有理は知っている。
「この炎で、その身を溶かしてあげましょう!」
 氷の欠片が張り付いたその太い胴にサイレンが素早い蹴りを叩き込むと、冬真が連携を取って素早く動く。
(どうか、安らかな眠りを)
 予め考えていたように、ダモクレスの動きを見て冬真は攻撃手段を変える。
『――終焉を、』
 黒一色で塗り潰した短刀『哭切』を構えダモクレスの頭部へと突き刺す。魂に痛みや嘆きが刻み込まれぬよう、一刻も早い終焉を。全ては生き残った者が背負えば良い。冬真がそう願うのを片割れはどう思うのだろう。知る術などはありはしない。だが気のせいか、この季節にしては暖かい夜風が冬真に触れ通り過ぎていった。
「オ、オオオ……!」
 ダモクレスが空気を震わせて唸り声を上げた。
 ぐわ、と口を開き吐き出した炎玉がシャティレに――命中する。だが身体を丸めた防御姿勢でダメージを減らすと、次の瞬間には反撃に淡い碧のブレスを思い切り放った。
(此処は押していくべきでしょうか。……よし)
 味方のダメージや敵の状況、ポイントを踏まえて風音は思考を巡らせ、僅かな間で答えを出す。今は、この一手は攻撃を。そう判じて踏み込み斬撃を繰り出した。
 ダモクレスが吐き出した炎玉がシャティレに命中する。身体を丸めた防御姿勢でダメージを減らすと、次の瞬間には反撃に淡い碧のブレスを思い切り放つ。
 ダモクレスの液晶画面に凄い速さで数字が流れていき、明滅を繰り返す。
「……! 様子が変。皆、気をつけて」
 アトリが文字盤の変化に気づいて声を上げた。ダモクレスからは組み上がった金属パーツが剥がれ落ちたり、ネジが緩んで取れかかったり動きも何やらぎこちない。ぐらり、と機械の体躯は揺らぐがそれでも両肩に備えられたガトリングガンから雨のように弾丸を放つ。
「悪いがここを通すわけにはいかない、……ッ!」
 ダモクレスの両肩からガトリングガンの掃射を浴びた紅風は足にぐっと力を込め、その場に踏み止まる。土煙に汚れても美しく、白い肌についと血がひとしずく流れゆく。
 ダモクレスが太い前足で何度も地面を蹴り、ガタガタと身体を震わせると細かな部品が地面に落ちて転がっていく。
 まるで血でも、流すように。
「目覚ましの音って急かされてるみたいで嫌いよ。――あんまり大きい音で鳴らさないでちょうだい」
 ぴき、と小さな音がした。僅かな水気は凍り、碧雷を纏う水仙の形を成す。掌に乗せるよう生み出したそれを、橙乃はふっと息を吹きかけて放つ。艷やかな唇が弧を描いて微笑み、最期を告げる花を送り出した。
「役目を終えたならゆっくりと眠って。おやすみなさい」


 びき、とダモクレスの組み合った金属部品にヒビが入る。ケルベロスたちに一瞬緊張が走った。
 やがてダモクレスだったモノが、重苦しい音を立て地面へ――倒れた。もう、動きはしない。
「倒せましたね。街も無事です。皆さん、お疲れ様でした」
 戦いで空き家は多少壊れてしまったようだが、サイレンはヒールで辺りを綺麗にしていく。
「サイレンさんもお疲れ様。光る文字盤って、……ちょっとカッコ良かった」
「あら。男の子はメカが好きな子が多いのかしら。好奇心旺盛なことは良いことじゃない」
 指先で毛先を軽く整え、橙乃が話に加わる。
「敵だけど機械は面白いと思って」
「面白い、楽しい。そう思う気持ちって大事だわ」
 頷いて応えたシャルルはゆっくりおやすみ、とダモクレスへ目を向けた。もう二度と時を刻むことが無い代わりに、永遠の安息を得たのだ。
 戦いを終えた紅風は少しだけ先に進み、丘の上から街の景色を見下ろす。眼下に広がる夜景、自分たちが守った光景。あのひとつひとつの元に、今も誰かが息づいている。
「綺麗だな」
「……そうだね」
「同じ瞬間は二度と無いというが、それを感じることは多くない。そういう意味で、今夜はいつもと違うのかもしれないな」
「仮に同じ人が集まったとしても、同じ結果になるとは限らないしね」
 傍で夜景を見ていたアトリが紅風へ小さく声を返した。無意識にホルダーへ手を触れさせ、馴染みのある感触に視線を落とした。キヌサヤは、足元で同じ光景を見詰めている。霧の無い、街。
 一方、少し離れた場所では。
 空き家の壊れた場所は既にサイレンが直してくれたようだ。そして大怪我を負った仲間もいない。無傷ではないが、僅かな時間で元のように回復するだろう。
「有理、寒くない? おいで」
「少しだけ、寒いかな」
「おいで、皆で一緒に暖まろう」
 差し出された手を有理がそっと取り繋ぐ。赤いマフラーで二人包まれて、呼ばれたリムが嬉しそうにその間にもぞもぞと入り、ひょこっと顔を出した。
「ね。冬真、リム。あの時計は、今度こそ安らかに眠れるかな……眠れるといいな」
「大丈夫だよ、有理。きっと安らかに眠れる。ほら、リムもそういってるよ」
 華奢な腰を抱き寄せながらリムが鳴くのを耳にし、落ち着くまでしばらくそうしていた。
「……いつか何もかも終わったら、緑のたくさんあるところで落ち着いてみるのも悪くないね。森の中で、時々綺麗な音楽を聞いたり歌ったり……どう思う、シャティレ」
 夜の光を眺めていたのは風音もだった。そんな二人を微笑ましく思いつつシャティレを撫で、そう問いかけてみる。
(どうかゆっくり、眠りについて)
 空き家を振り返り、そっと風音は願う。
 戦いはまだ終わらない。けれど今は、遠くない未来を思うのだった。

作者:成瀬 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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