冬のバレンタインパフェ迎撃戦!

作者:藍鳶カナン

●前途遼遠
 夜に味わうパフェは、まるで禁断の恋の味。
 硝子の器に甘く冷たい煌きをたっぷり詰め込んだパフェはさながら甘味の宝石箱、しかもバレンタインを迎えるこの時期あるパフェテリアで味わえるバレンタインパフェは、かつて媚薬と謳われたチョコレートの味わいゆえか、夜にパフェを堪能する背徳感をいっそう甘く蠱惑的なものにしてくれる。
 雪のごとく真白なホワイトチョコ風味のソフトクリームが高く美しく渦を巻いて、頂から夜闇を思わすダークチョコソースがとろり雪山を彩れば、純白の麓から夜闇の頂までかかる大きな三日月、ブロンドチョコレートの月もが皆を甘やかに誘惑して。
 雪山の麓にちりばめられたのは苺にラズベリーにブルーベリー、艶めくそれらに負けじと煌くのはスティック状のオレンジピールで、果実や果皮の宝石達の下ではさくさくクッキーそぼろと蕩ける林檎のアップルクランブルに、蠱惑的なカカオの風味が濃厚に際立つダークチョコガナッシュが待っていて――大きなパフェグラスの一番底では、春の薔薇を思わせる華やかな色合いのルビーチョコアイスが、極上の味わいを咲かせる瞬間を夢見ている。
 これだけなら良かったのかもしれない。
 だが、問題は、件のパフェ自体がビッグサイズの大容量であることと、ソフトクリームやチョコガナッシュなどの上部と最後のルビーチョコアイスの間に、此方も雪のごとく真白なマスカルポーネがたっぷり詰められていることだった。ティラミスに使われることで名高いフレッシュチーズである。
 勿論それは最高級のマスカルポーネ。
 けれど中間層を成すそれのあまりの深さと量、そして美味なれど単調な味わいに心折れ、志半ばで力尽きる者が続出していたが、それでも多くのひとびとがこのパフェの制覇に挑み続けている、そんなある夜のこと。
 おっきなチョコトリュフそっくりな、まんまるひよこが転がり込んできた。
『チョコはトリュフでいただくのが正義なんだちょこ! バレンタインだからってチョコのクリームだとかアイスだとかパフェだとかなんて、絶対許さないんだちょこー!!』
「そうよチョコは小さいトリュフが一番! パフェだなんて欲張りすぎなのよっ!」
「そうだそうだ、そんなバレンタインパフェなんか滅びちまえ! うわあああん!」
 おっきなチョコレート色のまんまるひよこ、すなわちビルシャナは、信者達の声を受け、ちっちゃな翼をぴっと広げた。
『バレンタインパフェとかいう悪逆非道……そんなの出してるこの店も、そんなの食べてる悪党どもも、このチョコはトリュフ以外絶対許さない明王が成敗してやるんだちょこ!! 恐れおののくがいいんだちょこー!!』

●冬のバレンタインパフェ迎撃戦!
「そんなわけで! みんなの出番ですっ!!」
 冬空のもと笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はヘリポートに元気溌剌と声を響かせて、『みんなの出番』について語り始めた。
「このビルシャナのこと、見たまんまチョコひよこさんって呼びますねっ! 今回みんなにお願いしたいのは、もちろんチョコひよこさんの撃破ですっ!」
 だが、問題はチョコひよこさんに賛同する信者たちだ。戦いとなれば彼らはチョコひよこさんの盾として参戦する上、普通に倒せば死んでしまう。
「ですが実はこの信者さん達、以前バレンタインパフェに挑んでマスカルボーネの中間層で力尽き、チョコへの愛情とパフェへの絶望で揺れているところにチョコひよこさんの教義が染みちゃったひと達なんです。――なので!!」
 避難勧告ばっちりな一般人避難済みのパフェテリアで!
 ケルベロス達が見事マスカルポーネ層を攻略し、信者達の眼の前でバレンタインパフェを完食して見せたなら! 希望を見出した彼らはずばーんと正気に戻るに違いない!!
「マ・ス・カ・ル・ポ・ー・ネ……!!」
 尻尾がぴ・ぴ・ぴ・ぴ・ぴ・ぴ・ぴこーん! と跳ねた真白・桃花(めざめ・en0142)がぴるぴるぴるっと武者震い。相手にとって不足なし!!

 冬のバレンタインパフェの最後に待つのは極上の恋の宝石だ。
 長い冬を越えた春に花開く薔薇のごとく華やかで、初めての恋のごとく甘酸っぱい美味を咲き誇らせるルビーチョコレートのアイス。そこに至るまでの冬の深さを表すかのような、純白のマスカルポーネたっぷりの中間層がこれまで数多の挑戦者達を阻んできた。
 だが志半ばで散ったのは、武器を持たずに挑んだ者達である。
「軽やかでなめらかで、かためにホイップした生クリームみたいな感じのとっても美味しいマスカルポーネなんですが、量の多さと味の単調さで心折れちゃうみたいなんです。なのでパフェと一緒に武器を、つまりドリンクと追加トッピングを注文して挑んでくださいっ!」
 温かいココアでほっこりするもよし、レモンスカッシュの爽快感にすがるもよし。
 マスカルポーネには相性間違いなしのエスプレッソソースをトッピングするのもいいし、大好物のフルーツやお気に入りフレーバーのアイスがあれば頑張れるという者は愛に賭けるのもいいだろう。香ばしいコーンフレークをざくざく混ぜ込み、食感を変えてみるのもありかもしれない。
 パフェ上部のフルーツをマスカルボーネ層まで温存しておくなどの個人的工夫があれば、更に攻略しやすくなるはずだ。

「ちなみにチョコひよこさんは『恐れおののくがいいんだちょこー!!』って言ったあと、みんなの反応を待ってから攻撃するつもりです! なので反応しちゃダメです! みんなはチョコひよこさんを無視して楽しくバレンタインパフェを攻略してくださいっ!!」
 無視されたチョコひよこさんは『恐れおののくがいいんだちょこー!!』と何度も一途に繰り返すだろうが、絶対に構っちゃダメ。
「信者さん達も無視しておいてくださいっ! こっちから声をかけたりするとチョコひよこさんが反論してきて、うっかり信者さん達の信仰心が高まったりするかもしれませんっ!」
「ああん合点承知、放置プレイでめざせ完食! なの~!!」
 チョコひよこさんも信者達も空気扱いしつつ、皆で和気藹々とパフェ攻略に勤しんで。
 見事完食し、信者さん達を解放できれば完全勝利は秒読みです、と締めに入ったねむ。
「信者さん達の壁さえなければチョコひよこさんは弱めなので、ヘリオンデバイス無しでも桃花ちゃんくらいの戦力のケルベロスが四人もいれば楽勝の圧勝だと思いますっ!」
「ああん、可哀想だけどみんなが一緒ならきっと、びょ・う・さ・つ・なの~!」
 桃花が信頼に満ちた眼差しで仲間達を振り返ったなら、冬のバレンタインパフェ(の店に転がり込んでくるチョコひよこさん)を迎え撃つ戦いがもうすぐはじまる……!!
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
ティアン・バ(こう路・e00040)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
朱桜院・梢子(葉桜・e56552)

■リプレイ

●冬のバレンタインパフェ攻略戦!
 星さえも凍りつきそうな夜にあかりを燈すパフェテリア、そのテーブルに堂々と聳えたつ特大パフェグラスの天頂に、純白のホワイトチョコソフトクリームが高く美しく渦を巻く。
 凛然たるその姿は正しく孤高の雪山、夜闇を思わすダークチョコソースにとろり彩られる様も甘やかに艶めくブロンドチョコレートの三日月がかかる様も何処かの物語めいていて、雪山の麓へと鏤められた苺やラズベリーにブルーベリー、そしてオレンジピールの煌きは、さながら雪夜の山荘で秘密の宝石箱を開いたよう。
「堂々と挑めるなんて夢のようだ……ここは全力で満喫させてもらうよ」
 対峙するのは偉容と呼ぶに値する特大のパフェ、年下の子達の目やカロリーなどを忘れてそれに挑めるこの好機に、ティユ・キューブ(虹星・e21021)が任務という名の大義名分とパフェスプーンを握って臨めば、淡い虹色を映すボクスドラゴンが翼でふわりふわりと虹色真珠めいたシャボン玉を舞い上げる。
 昨冬に体験した夜の締めパフェ、あれの何倍あるのだろうか――なんて考えるのは早々に放棄して、ティアン・バ(こう路・e00040)の瞳が辿るのは硝子越しに覗くパフェの層。
「硝子に虹色のきらきらが映って、いっそう宝物っぽく見えるな」
「うん、アップルクランブルの林檎も金色にきらきらしてるしね」
 秘密の金鉱脈みたいなアップルクランブル、蠱惑の闇を湛えたダークチョコガナッシュ、その先に続くマスカルポーネの雪のあまりの深さに息を呑むけれど、雪の涯てには春めく薔薇色を咲かせる恋の宝石が待っている。
 頑張るぞと改めて決意した瞬間に聴こえたのは、気高きパフェの偉容をばっちりスマホに収めたアストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)のシャッター音、あ、と瞬いたティアンも匙でなくデジカメを手に取って、今夜はパフェの完全なる姿を忘れずに。
 軽やかなシャッター音にヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)は背を押してもらえた心地。ほのかな気後れを振りきれば、
「僕みたいな厳つい男でも、時にはパフェを食べたっていいでしょう?」
『パフェだとかなんて、絶対許さないんだちょこー!!』
「いいに決まってるよ! 男子二人頑張ろうな、ヨハン!!」
 おっきなチョコトリュフそっくりなまんまるひよこが転がり込んできたけれど、朗らかに黙殺したスバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)と男同士こつりと拳を合わせ。食い入るように朱桜院・梢子(葉桜・e56552)が特大パフェを見つめて、
「これを完食できなかったら、すいーつ好きの名折れってわけね」
『恐れおののくがいいんだちょこー!!』
「やってやろうじゃない! 葉介、私が食べ終わるまでちゃんと見ていてよね!!」
 ちっちゃな翼をぴっと広げたチョコひよこさん、でなく気合満開で闘志を燃え上がらせた梢子に恐れをなした和装のビハインドがこくこく頷く様に、隠・キカ(輝る翳・e03014)も隣のテーブルに玩具ロボを座らせた。
「ここで応援しててね、キキ。――わあ、ミュルも応援してくれるの?」
 真っ白なフェレットが玩具ロボの隣にぴょこんと飛び乗れば、恋人をイメージして作ったテディベアを並べたくなる衝動を堪えてヨハンは傍らの恋人(本物のほう)に微笑んで、
「では、冒険の旅立ちといきましょうか、キャプテン?」
「うん、秘宝のルビーチョコアイスを求める大冒険へ――いざ出発!」
「ああん合点承知、キャプテン・クラリスについていきますともー!」
 愛するひとからの呼び名にクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)が胸を張ったなら、その頭に真白・桃花(めざめ・en0142)が備えつけの紙製テーブルナプキンで折った海賊帽をぽふり。いいなそれと瞳を輝かせたスバルには、
「それじゃあスバルは、私が折ったのを被るといいのだわ」
「わ、アリシスだ! ありがとアリシス!」
 アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)お手製の海賊帽が優しく被せられ、いざ大冒険と誰もが意気込んだ、そのとき。
 ――ぷるんっ。
「早っ!?」
「もう追加トッピングいれちゃうの……!?」
「パフェにプリンは欠かせない、ボクのスイーツハンターの本能がそう告げ……あっ」
 スバルとキカの瞳を釘付けにしたのは、騎士っぽいミミックが恭しく捧げ持ったプリンを潔くパフェに投入したアストラの姿! だったけれど、プリンと一緒に各層をバランスよく食べるつもりだった少女の手が止まる。
 パフェ上層を食べねば中間層には至れない、それが構造上の宿命なのだ。
 だがしかし!
 南国の光も影も色濃い密林めいた夏のトロピカルパフェに、恐ろしい魔女が住まう堅固な塔を思わす秋のハロウィンパフェ、立ちはだかる強敵達を越えてきた今、
「絶対にも思える宿命……だけどもう、それを覆す秘策がこの手にあるんだよ!」
「噂の垂直掘りってやつね!」
 夏のトロピカルパフェをともに攻略した仲間が編み出した秘策、パフェの縦半分を垂直に掘りつつ食べ進める必殺技をとうにクラリスは会得済み! 上層の美味を確実に中間層へと持ち越す秘策、速攻で繰り出された大技に「垂直掘り……だと……?」とチョコひよこさん信者達がざわつき始めたが、彼らではなくパフェを見据え、梢子も難敵へ立ち向かう!
 冬の夜に聳える雪の孤峰、純白のソフトクリームを一匙頬張れば、
「うまーーーー!!」
「おいしいね、あまあまだね……!!」
 冷たく瑞々しいミルクの風味の奥から濃厚なホワイトチョコレートのこくが溢れ、体温に惹かれるようにカカオバターの香りと甘さが咲き誇った。いただきますと手を合わせた次の瞬間の甘い至福にスバルの歓声が弾けて、笑みを咲かせたキカが真紅の宝石たる苺と一緒に頬張れば、ぷつりと弾けて溢れた果汁がホワイトチョコと融け合って、
「――――…………!!」
「ここは我慢のしどころだよティアン、ああでも、僕も柑橘の誘惑には抗い難い……!」
 感極まる少女の姿に中間層までフルーツ温存作戦を採るティアンの尖り耳がぷるり。
 同じくある程度は果実を温存したいティユも、夜闇めいたダークチョコレートのソースと雪山めいたソフトクリームを鮮やかな橙きらめくオレンジピールで掬って味わう、絶対的な楽園からは逃れられない。
 蠱惑的な黒の苦味と官能的な白の甘味、チョコレート達の二重奏が甘酸っぱくもほろ苦い柑橘の風味を引き立てる即席オランジェット、その美味にティユの眼差しが陶然と緩む様に然もありなんと頷きながら、ヨハンはブロンドチョコレートの三日月をひとかじり。
 初めて体験するそれは、
「香ばしいビスケットや塩キャラメルのような、不思議な風味ですね……!!」
 十年以上かけて開発されたルビーチョコレートが人類の英知の結晶なら、偶然のミスから誕生したブロンドチョコレートは幸運の女神の賜物だ。
 元々は焙炉に長く放置されたホワイトチョコレート、優しくゆっくりキャラメリゼされた偶然からこの世に生まれた月は彼の温かな珈琲との相性も抜群で、
「びすけっとの風味ですって!? でももう少し我慢よ、私!」
「美味しそう……! だけど私もマスカルポーネまで我慢するよ!」
 三日月を温存するつもりの梢子も心を揺らし、クラリスも誘惑されかかったけれど、初志貫徹とばかりに匙をざくりと秘密の金鉱脈に突き立てた。勇気と慎重さを携えつつ掘り進む鉱脈はアップルクランブル。
 小麦粉とバターと砂糖を混ぜ合わせ、そぼろ状にしたそれを林檎に振りかけて焼き上げた菓子は、雪山と果実に埋もれつつも香ばしさとさくさく食感を残したクランブルに、天火で甘酸っぱく蕩けた林檎が絡み、
「これも半分のこさなきゃ……!」
「――うん、すぐ食べきってしまうのは惜しいな」
 無意識に食べ急ぎそうになるのを堪えてキカは苦めのココアで一休み。素朴ながらも皆を虜にする美味を堪能したティアンも確り嚥下してから同意し、続けて臨むは蠱惑的に艶めくダークチョコレートのガナッシュだ。
 豊かな夜を思わす濃厚なカカオマスの苦味、それをたっぷりの生クリームが贅沢に蕩かす味わいは、夜パフェの背徳感を皆にひときわ甘く募らせて、
「あ! やっぱり崩れちゃったわ、でもこれもパフェーの醍醐味よね!」
 口溶けのよい柔らかさゆえに梢子の垂直掘りを崩落させたけれど、美味が混じり合う様は彼女も望むところ。醍醐味ですともと首肯し、ヨハンは夜闇の先に覗いた前途遼遠なる白に固唾を呑んだ。
「これが多くの挑戦者を拒んだマスカルポーネ層……まるで広大な雪原ですね」
『恐れおののくがいいんだちょこー!!』
「ですが、踏破を許さず孤高であり続けたあなたを僕は――ひとりには、しない……!!」
 懸命に訴えるチョコひよこさんには気づかないふりをして、大胆に突き立てた匙が一気に貫く秘密の金鉱脈と豊かな夜闇。純白のマスカルポーネをそれらごとたっぷり掬って、彼は遥かな雪原への先陣を切った――!!

●冬のバレンタインパフェ迎撃戦!
 ――Mas que bueno!!
 時は12世紀、イタリアを訪れたスペインの総督が「なんて素晴らしいんだ!」と現地で食したチーズを絶賛した言葉、それがマスカルポーネの名の由来と聴くけれど。
「全くもって同意だね。確かに素晴らしいよ、このマスカルポーネ……!」
「うん美味しい! 無糖なのにほんのり甘いのもいいよね!」
 穢れなき純白の雪もといマスカルポーネをそのままで味わえば、ティユの舌の上で蕩けるなめらかさとクリーミィ感そのものが快感を齎し、濃厚な乳脂肪のこくが溢れたと思えば、発酵や熟成と無縁であるがゆえのフレッシュなミルクの風味を連れて喉を滑り落ちていく。なのに後引く余韻もクリーミィで、かき氷に乗せてみたいなとスバルが思い馳せるは最愛の氷菓子。だが、美味なる雪は早速その手強さを発揮した。
 大きく瞠られたのはアストラの眼、
「プリンの味が、マスカルポーネに呑まれて……!?」
 基本的なレシピで作るカスタードプリンの材料のうち、最大量を誇るのが牛乳である。
 ゆえにマスカルポーネとの親和性があまりにも高く、蕩けて馴染んだプリンは単体ならば濃厚な卵の風味も乳脂肪のこくに呑まれてぼやけ、プリンを彩る少量のカラメルソースでは厚いマスカルポーネ層には太刀打ちできない。
「でもボクは挫けないよ、本命の切り札はこっちだからね!」
「アストラがんばって! きぃやみんなとの一口交換もあるからね……!」
 けれどプリンで挑むのが危険な賭けであったことはアストラも承知の上、ビターなホットチョコレート片手に奮起する彼女を励ましながら、キカも半分ほど残した果実や垂直掘りを見倣って温存した美味、そして切り札たるコーンフレークとともに深雪に挑む。
 ケルベロスだったという両親もきっと、こんな苦難を乗り越えてきた! 気がする!!
 だが深雪の恐ろしさはそこに留まらず、
「これは……そふとくりぃむも馴染みすぎちゃうわ!」
「そう言えば、ソフトクリームも雪山に喩えられていましたね……!」
 主原料が牛乳であるソフトクリーム、上層から持ち越したそれもホワイトチョコの風味を曖昧にしていく様に梢子の声が跳ね、金鉱脈と夜闇がマスカルポーネと混然一体となる様を堪能していたヨハンにも緊張が奔る。
 嗚呼! 夏のタピオカ層や秋のコーンフレーク層の攻略では皆にとってあれほど頼もしい味方であったソフトクリームが……!!
 衝撃の展開にクラリスが戦慄した、そのとき。
「そのソフトクリームが、冬のバレンタインパフェでは敵に回っちゃうだなんて……!」
『お、恐れおののくがいいんだちょこー!!』
「ソフトクリームは先に食べきっちゃってて正解だったね、クラリス!」
 一途なチョコひよこさんが頑張ってみたけれど、垂直掘り作戦を採りながらも溶けそうなクリームは早めに食べきっておいたスバルと、夏と同じくアイス系は先に食べる派を貫いたクラリスがハイタッチ!
 更に意を決して切り札で挑んだティユが、
「あ。乳製品同士でもヨーグルトソースは結構いける」
 口許を綻ばせれば、辺りの緊張感もふわりと解けた。
 親和性の高さは此方も同じ、なれど乳酸発酵が生み出す上質な酸味はヨーグルトソースが馴染んだマスカルポーネそのものに爽やかさを添え、食べやすさを増してくれる。そして、
「やっぱり甘酸っぱいのは正義だな。ここからはティアンのターンというやつ」
「ええ、果実の酸味ってほんと絶妙よね!」
 爽やかに気泡が弾けるレモンスカッシュは上層攻略中には手を出さなかったとっておき、果実の宝石達もたっぷり温存し、鮮やかな深紅のベリーソースを深雪に踊らせたティアンの酸味無双が、今、はじまる……!!
 蕩けるクリーミィな乳脂肪のこくに甘酸っぱい果汁が弾け、甘味も酸味も鮮麗なソースが追撃する美味にティアンの尖り耳が御機嫌にぴこぴこすれば、破顔したアリシスフェイルは艶々の苺を雪原に追加し、
「果物は強いよね、でもコーヒーゼリーの苦味もいけるよ!」
「ですよね。ビターチョコの苦味も併せれば、決して屈しはしませんとも!」
 持ち越した果実達を満喫したスバルも夜闇の色を湛えたコーヒーゼリーを深雪にぷるり。柔く崩れたコーヒーゼリーがマスカルポーネと混じり合う美味はヨハンも想像に難くなく、なめらかな深雪と噛みしめればぱきぱき弾ける苦味豊かなチョコチップ、その味わいを雪とともに珈琲で蕩かす至福に眦を和ませる。
 金色に煌く滴をとろりと雪原に落とし、
「甘味も侮れないわよ、これぞ蜂蜜とますかるぽーねのはーもにー……!」
 緑茶の渋みでこれまでの余韻をすっきりと浚った梢子が蜂蜜を纏った深雪を含めば、強く華やかに後引く蜂蜜の甘味がミルク由来のマスカルポーネの甘味をも呼び覚まし、いっそう瑞々しく咲き誇らせて。その甘美な味わいを彼女が皆に滔々と語れば、
『……う……ひっく……恐れおののくがいいんだちょこー!!』
 チョコひよこさんが泣き出した。
 嗚呼、だけど本当は!
 彼を無視するたびにヨハンの胸は締めつけられて、可愛さに絆されぬようスバルは必至で目を逸らし続けてきた。これも世のため人のため、心を鬼にしたクラリスも極限まで高めた集中力でゾーンに突入する! ふりをする!!
 綺麗な断層を描きつつ温存してきた数多の美味、それらと味わうマスカルポーネは贅沢な絶品なれど、夏と秋を凌ぐ難敵であることは明らかだ。温かなココアで心構えを新たにし、満を持した彼女が抜き放つ武器は――バナナのキャラメリゼ!
 香ばしくカリっと弾けるほろ苦いキャラメリゼ、その裡から南国的な甘さを熱でぎゅっと凝縮されたバナナがマスカルポーネと融け合っていく様は、
「うん、思った以上に大正解!」
「わあ、きぃのコーンフレークと一口交換して、クラリス!」
 満開の笑みをクラリスに咲かせ、なめらかな雪にざくざくと唄うコーンフレークに南国の甘さが混じる様を想像したキカの瞳も輝かせ、
「おいしいものはわけあうともっとおいしいからな。桃花も一口交換、してくれる?」
「合点承知、ほろ苦でティアンちゃんをめろめろにしてしまうの~♪」
 桃花のキャラメルソースがティアンの雪原を彩れば、皆にも広がる一口交換の環。
 焙じ茶の香ばしさと深雪にざくざく弾けるコーンフレークの香ばしさが重なればスバルの心も弾み、バナナでいっそう濃厚になる蜂蜜の甘さに梢子も舌鼓、
「食を分かち合うのは幸福度を上げるだけでなく、集団の絆も強めるそうですよ」
「解る気がするよ。本当にそうだよね」
 甘酸っぱさも鮮やかなベリーソースに双眸を細めたヨハンの言葉に、蜂蜜の余韻を珈琲に蕩かすティユも頷いて、皆のチョイスは流石だねとアストラにも笑みが咲く様に微笑んだ。そうして至る雪原の涯てに待つ春は――。
 春薔薇の色に咲く、極上の恋の宝石。
 冷たいルビーチョコレートのアイスは舌の上でなめらかに蕩けて、お味はどうかしら~と桃花に瞳を覗き込まれれば、
「ふふ。春の宵に想う初恋みたいよね」
「うん、何だかずっと味わっていたい感じ……」
 自然に顔を見合わせたアリシスフェイルとクラリスが擽ったそうに微笑みあった。
 ひんやりと昇るのは間違いなくカカオの香り、蕩けて溢れるのも官能的なカカオの風味。だのに続けて咲き誇る甘酸っぱさは苺や木苺をも思わせて、甘やかなカカオバターのこくとともに切ないほどに後を引く。アイスゆえに口中で儚く融けるそれを惜しみつつ、スバルとティアンが手を合わせ、ごちそうさま、と告げたなら、
「おまたせチョコひよこさん、今からきぃたちが相手してあげるね」
『ちょこっ!?』
 絶望ゆえに信仰に走った信者達が希望を取り戻し、真っ白なフェレットがキカの手に飛び込んで杖となる。迸る閃光の幻に続けて展開されたのはティユが星の輝きで描いた天の川、満天の煌きが仲間達の力を高めれば、チョコひよこさんもすぐに天の星々の仲間入り。
 おっきなチョコトリュフそっくりなチョコひよこさん。ふわりと舞ったその羽毛の最後のひとひらが消えゆく様を見送って、ティアンがそっと呟いた。
 帰りにどこかでトリュフを買っていくのもいいかな。
 ――チョコレートは何だって、美味しいものなんだから。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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