●音々子かく語りき
「青い空、仰ぎて見れば、チョコの雨……と、詠んだのはマツオバショーでしたっけ? それとも、コバヤシイッサ?」
『たぶん、どちらもでないよ』とケルベロスたちは心中でツッコミを入れた。このヘリポートに自分たちを呼び集めたヘリオライダーの根占・音々子に向かって。
「さてさて――」
謎の句の通りに空を仰いでいた(が、句と違って、チョコは降ってこなかった)音々子が視線を下ろして、本題に入った。
「――今年もまたバレンタインの季節がやってきたので、恒例の復興イベントをおこなっちゃいまーす。言うまでもななく、イベントの開催場所はデウスエクスどもに占領されていた元ミッション地域です。そう、皆さんが命がけで奪回してくれた地域ですよ」
音々子が参加者を募集している地域は岐阜県各務原市。昨年末のアスガルド・ウォーで解放されたばかりの街である。
「鉄と炎を操るシャイターンが幾度も火災を起こしやがったもんだから、現在の各務原市は焼け跡だらけの無惨な状態なんですよー。その荒れ果てた地を愛の力とチョコの甘さでヒールしちゃってくださいなー」
毎年の復興イベントがそうであるように、今回も現地には多くの一般人が訪れるだろう。避難していた住民たち、各務原市への引っ越しを考えている人々、そして、ケルベロスから贈られるチョコレートやヒールのパフォーマンスを楽しみにしている観光客。
「やっぱり、ギャラリーがいるからには、かっこよく美しく派手にヒールしたほうがいいと思うんですよ。というわけで、普通にヒールするんじゃなくて、華麗に空を舞いながらやっちゃってくださーい。空自の基地――それも国内で最も長い歴史を有するという飛行場がある各務原市に相応しいイベントだと思いません?」
空を飛べない種族にはジェットパッカーが貸し出される。ジェットパック・デバイスではなく、大運動会でおなじみのジェットパッカーなので、牽引ビームや攻撃力上昇といった効果はない。
「あえてなにも装備せず、別の飛行者と一緒に飛ぶというのもアリですよ。定番のお姫様抱っことか、タンデムジャンプ用のハーネスで密着したりとか、子猫みたいに首根っこを摘んだりとか……好きにイチャコラするがいいさ。ああ、するがいいさ」
イチャコラするのに向かない例が一つだけ含まれていたような気がしたが、それを指摘する勇気を持つケルベロスはいなかった。
「とはいえ、絶対に飛ばなくてはいけないってわけじゃありませんので。地上で飛行組をサポートしたり、地上と空中で連動してパフォーマンスに興じるというのもいいと思いますよ。かく言う私も地上で皆さんのお手伝いをしまーす。本当はヘリオンで一緒に飛びたかったんですけど、なぜか他のヘリオライダーの方々に全力で止められちゃったので」
一部のケルベロス(音々子の操縦の荒さをよく知っている者たち)は他のヘリオライダーに深く感謝した。ありがとう、あなたがたはいのちのおんじんです。
「ヒールだけじゃなくて、チョコの配布も空からやっちゃってください。晴天にチョコの雨が降るなんて、素敵なシチュエーションだと思いません? なるべく、頭とかに当たっても痛くないチョコとか、落ちた時に壊れにくいチョコにしてくださないね。あるいは小さいパラシュートをつけてフワフワと落下させたりするような工夫を施してください。では――」
音々子は一通り話を終えると、再び空を見上げた。
「――行きましょう! だいぶ・いん・ざ・すかぁーい!」
●そらをとぶ
「空を見ろ!」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「いや、ケルベロスだ!」
何人かの市民が次々と空を指さして叫んだ。お寒いことこの上ないが、場を盛り上げようという気持ちだけは評価してもいいだろう。
もっとも、既に場は盛り上がっている。人々は目を輝かせ、鳥でも飛行機でもない者たち――ケルベロスの空中ショーを眺めていた。
「すごい、すごい! ね、エトヴァ!」
ジェミ・ニアはジェットパッカーで空を舞っていた。
風の音に負けないように大声で語りかけた相手はエトヴァ・ヒンメルブラウエ。ジェットパッカーを背負い、ジェミと手を繋いで飛んでいる。
「ハイ!」
エトヴァは青空に視線を巡らせた。
「なんと美しいのでショウ」
視線がジェミの笑顔へと返り、エトヴァもまた笑みを浮かべた。
(「君と一緒なラ、こんなに素敵な景色が見られるのですネ。俺はもう――」)
想いをヒールの歌声に託し、風に乗せた。
(「――高いところも怖くナイ」)
ジェミもヒールのグラビティを発動させた。エトヴァの歌声に合わせるかのように、色とりどりの小鳥たちが舞う。
その鳥の群れを一組の男女が追い抜いた。
自前の翼で飛ぶドラゴニアンのヨハン・バルトルトと、ジェットパッカーを噴かすクラリス・レミントンだ。
「さあ! 癒しの大実験、地上の皆に見せてあげよう!」
スーパーヒーロー風のボディスーツに身を包んだクラリスが凛々しい表情を決めて叫んだ。
「おう! いつでも準備はできているぞ、ナックルファイター!」
鋲付き肩鎧に白衣という出で立ちのヨハンも芝居がかった調子で叫ぶ。
「聴け、医療系戦士の二重奏!」
二人はダイナミックに飛び回りながら、そこかしこでカラフルな爆炎を発生させた。
クラリスたちのブレイブマインの爆発音が響く中、比嘉・アガサはハート柄の布切れやピンクのリボンを用いてキュートかつファンシーなラッピングを施していた。
ヴァオ・ヴァーミスラックスの全身に。
「いや、なんで俺をラッピングすんの!? 意味わかんねーし!」
「各務原市の皆さんを応援するために決まってるでしょ」
情けない声をあげるヴァオに対して、アガサは真顔で応じた。
「こういう時こそ、あんたの力が必要なんだよ」
「ひ、必要?」
「うん。それにとても似合ってるし。特に鼻先のリボンがいい感じ」
「マジでぇ?」
持ち上げられて(?)満更でもなさそうな顔をするヴァオ。
そんな単純極まりない彼の姿を玉榮・陣内が横目で見ていた。
「アギーの奴、ヴァオを転がすテクニックが日に日にレベルアップしているな……」
呟きながら、視線を反対側に向ける。そこにあるのは『がんばれ、各務原市』と記された垂れ幕。
「おい。この垂れ幕、二人くらいで掲げて持つことが前提の構造になってないか?」
陣内はアガサに尋ねた。『二人のうちの一人は俺じゃなかろうな?』という不安と非難を声に込めて。
しかし、アガサがそれに答えるより先に――、
「ねえ、ヴァオさん。私、飛べないから、代わりに飛んで」
――彼女と同じくヴァオ転がしに長けているであろうユーシス・ボールドウィンが話の輪に加わり、無茶なリクエストを述べた。
更にエマ・ブランも加わった。
「ヴァオさん。飲酒飛行して『フライング・ヒールならぬフライング・ビール!』とかやっちゃダメだからね」
「あちゃー! 読まれてたかー……って、やるわけねーだろ!」
ノリツッコミを返すヴァオ。掌の上でコロコロと転がされている。摩擦はゼロに近い。
「そもそも、俺は下戸だっつーの」
「そんな設定、初めて聞いた」
「設定とか言うな!」
ギャラリーの歓声に『おめでとう!』という祝辞が混じった。
モーニングとウエディングドレスという新郎新婦スタイルの男女が飛び始めたからだ。
「幸せ過ぎて溶けそう……」
恥ずかしそうに微笑む新婦はファレ・ミィド。
「お祝いされるのは良い気分だな」
新郎はメガ・ザンバ。ファレを抱えてジェットパッカーで飛んでいる。
「幸せのおすそ分けー!」
ファレはライスシャワーさながらにオウガ粒子を振りまいた。
「ブーケも! ブーケもお願いしまーす!」
ギャラリーに紛れてブーケトスを要求しているのは根占・音々子だろうか? 鬼気迫る声音だ。
ブーケが一つだけでは流血沙汰になる……と思ったわけでもないが、メガがフローレスフラワーズを踊り、無数の花を降らせた。
華輪・灯はオラトリオである。
しかし、自分の翼を使わず、ドラゴニアンのカルナ・ロッシュに抱き抱えられて飛んでいた。
「そんなに翼の調子が悪いんですか?」
「はい。持病の筋肉痛の発作で一ミリも動かせませーん」
心配そうに尋ねるカルナの首にがっしと腕をまわす灯。
『持病の筋肉痛云々』という謎のワードにツッコミを入れる余裕など、カルナにあろうはずもない。灯の顔があまりにも近すぎるので、心拍数が危険なレベルに達しているのだ。
相手を直視したい欲求に負けるも、思わず視線を反らしてしまい、また欲求に負け……という初々しいサイクルを繰り返しながら、カルナは声に出さずに呟いた。
(「か、かわいい……」)
(「かっこいい……」)
と、灯が同じタイミングで(同じく声に出さずに)呟いた。
彼女の心拍数も跳ね上がっていたのだ。
「ずっと前から約束していましたが――」
魔女風の衣装を着たエルス・キャナリーが空を行く。オラトリオヴェールの光を降らしながら。
「――やっと、空中散歩ができましたね」
「うむ。冬の空もなかなか良いものだな」
ドラゴニアンの翼で伴走ならぬ伴飛行している巽・清士朗が頷いた。
地上から黄色い声が聞こえてくる。杖にローブに眼鏡という魔術師風のコスプレをしている清士朗に向かって、ギャラリーの女性陣が声援を投げかけているのだ。
「やっぱり、人気ですね。清士朗様は……」
少しだけ頬を膨らませるエルスであった。
清士朗に対する声援が消し飛んだ。
「きゃあぁぁぁーっ!?」
円城・キアリの絶叫によって。
『ジェトッパッカーの扱いが最もヘタなケルベロス』を自負する彼女が錐揉み状態で上昇して空の彼方に消えると、数秒のタイムラグを置いて、光の蝶が舞い降りてきた。ヒーリングパピヨンだ。
「んにゃあぁぁぁーっ!?」
消えたはずのキアリが急降下してきた。フローレスフラワーズで生み出された花々とともに。
そして、直角に折れ曲がり、今度は水平に飛び去った。フリスビーのように回転しながら。
ギャラリーは呆気に取られていたが、やがて我に返り、一斉に拍手をした。一連の暴走をキアリ独自のマニューバと思っているのだろう。ただ一人(一匹)、真実を知るオルトロスのアロンは主人の動きをおろおろと目で追っている。
「ふっ……なかなか、やるね」
アロンの横で盛山・ぴえりが余裕の笑みを浮かべた。
「でも、まだまだ二番目だ。一番は――」
問われたわけでもないのに、サムズアップするかのように自分を指し示す。
「――大運動会や超会議で何度も大空に打ち上げられた経験を持つ、このぴえりんだよ!」
名乗りを上げると同時に背中のジェットパッカーが火を噴いた。
それも盛大に。
「ぴえりん、空へ! ……って、なにこれぇ、スピード出過ぎぃ~~~っ!?」
不規則に蛇行しながら、大空高く昇っていくぴえり。
「ぎょえぇぇぇ~!」
悲鳴のエコーが消え、空の一角でなにかがキラリと瞬いた。
「じゃあ、飛ぶよ」
「ちょっ、待っ……う゛み゛ゃあぁぁぁーっ!?」
別の場所でも絶叫が轟いた。
悲鳴の主は陣内。ジェットッパッカーを装備したアガサに首根っこを掴まれ、上空へと持ち上げられたのだ。ちなみに陣内自身はジェットパッカーを背負ってない。翼のない種族(黒豹のウェアライダー)なので、自力で飛ぶこともできない。
「ほら、喚いてないで、さっさとヒールする」
「ん゛な゛ぁー!?」
アガサが冷静に(冷徹に?)指示するも、恐慌状態の陣内は空中で手足をばたつかせるばかり。強引に持たされていた『がんばれ、各務原市』の垂れ幕も離してしまったが、主人に変わってウイングキャットが口でキャッチした。
垂れ幕のもう一方の端を手にしているのはリボンまみれのヴァオだ。自力で飛べるのだが、陣内と同様にアガサに首根っこを掴まれて浮上中。そして、ヴァオ自身も垂れ幕を持ってないほうの手でユーシスを抱えていた。
「私、けっこう重いわよ? 腰を悪くしても知らないからね」
そう言いながら、ユーシスはドラゴンの幻影を地上めがけて放った。
ヒール効果を有するその幻影と交差したのは一羽の妖精……いや、妖精に扮したエマだ。地上のギャラリーに向けて時にはカメラ目線を送り、時には可愛いらしいポーズを決め、妖精の鱗粉ならぬオウガ粒子を撒いていく。
「見ろよ、エマ」
と、ヴァオが妖精に声をかけ、騒ぎ続ける陣内を指さした。
「ネコ科のウェアライダーが首ネッコを掴まれてるぞ! なはははは!」
「うんうん。よかったねー」
凍死必至の寒い親父ギャグをエマは笑顔で受け流すことができた。防具特徴の『寒冷適応』のおかげだ。
しかし、本当に必要とされているのは『温熱適応』かもしれない。空を行くカップルたちは、心の熱量とでも呼ぶべきものをこれでもかとばかりに上昇させている。
「俺の嫁さん、美人だろ?」
カメラを向けるギャラリーにそう問いかけた後、メガが『俺の嫁さん』ことファレにキスを迫った。
もちろん、ファレは笑顔でそれを受け入れた。
「天使には――」
膨れっ面のままのエルスの顎に清士朗が手をやり、眼前に引き寄せた。
「――笑顔でいてほしいな」
「えっ、そ……!?」
戸惑いと驚きの声が漏れかけたエルスの唇を別の唇が塞ぎ、地上で響いていた黄色い声が何オクターブか上がった。
それに触発されて、カルナと灯も唇を重ね……たりはせず、目線を合わせては外す例のサイクルを反復しながら、本来の作業を始めた。
「と、とりあえず、ヒールです!」
「そ、そうですね。ヒール、ヒール!」
グラビティの花が空に咲き乱れ、傷だらけの(しかし、ケルベロスの優しく見守る人々でいっぱいの)地上に降り注いでいく。
その花の雨にジェミの小鳥の群れが加わった。
「青い空、笑いて踊る、鳥の虹」
「誰の句ですカ?」
「もちろん、僕です」
笑顔を交わし、踊るように飛ぶジェミとエトヴァ。
「さあ、次は――」
ナックルファイターことクラリスが声を張り上げた。
「――チョコだ! チョコだぁーっ!」
ヨハンが後を引き取った。
●ちょこがふる
「わははははは! 集え、民衆! 奪え、チョコマシュマロ!」
ドラゴニアンの翼をはためかせて、アジサイ・フォルドレイズはチョコマシュマロ(あたってもいたくないよ)を撒いていた。
「うむ。人気者になったようで良い気分だ」
「『なったよう』じゃなくて、本当に人気者なのよ。主に私が!」
と、はしゃいでいるのは千手・明子。ジェットッパッカーは使用せず、アジサイとハーネスで繋がっている。
「そーれ! おにはそとー!」
「待て。これは節分じゃないぞ」
「ふくはうちー!」
相棒の声を耳に素通りさせて、明子はチョコを撒き続けた。
ピジョン・ブラッドもジェットパッカーを使用していない。オラトリオのマヒナ・マオリに抱き抱えられているのだ。逆お姫様抱っこ、あるいは王子様抱っこというべきか?
「ギャラリー、見てる? おおう、見てるねー。ちょっと照れるけど、お祭りはこうでなくっちゃ!」
両手が塞がっているマヒナに代わり、ピジョンは小さな球体を次々と投下した。不織布で包まれたその贈り物の中身は、オラトリオの白い羽と夜空のごとき色合いのペーパークッションにくるまれた惑星型チョコ。
それらは次々と空中で花を咲かせた……ように見えたが、その花の正体はパラシュートだ。
「あら?」
マヒナが声をあげた。パラシュートに小さな手形模様がついていたのだ。ピジョンがテレビウムのマギーの手を(文字通りに)借りて印したのである。
「かわいい!」
「確かにかわいいのー! これは負けてられないわね」
マヒナの歓声を聞いて対抗心をめらめらと燃やしたのは、『KAWAII教』の伝道者とでも呼ぶべきケルベロス――大弓・言葉。
「この華麗な飛行をとくとご覧あれなの!」
言葉はオラトリオヴェールの光を放ちながら、三対の翼を軽やかにはためかせた。ギャラリーの注目度が上がったところでプラ製の容器を投下。中に詰まっているのはポップコーンだが、それは緩衝材の代わり。メインは中心部に収められた一口サイズのハート型チョコだ。
「ちなみにポップコーンは容器ごとに味を変えてるから、家族やお友達とシェアすると楽しいかもなの!」
言葉がギャラリーに解説すると、一緒に飛んでいたぶーちゃんが『えっへん』とばかりに胸を張った。彼もポップコーンの製造に尽力したのである。
味見役として。
言葉とぶーちゃんの共同作業(?)の産物たるポップコーン&チョコの雨に別のチョコの雨が混じった。
降らせているのは二羽・葵と流星・清和。両者ともにジェットパッカーを用いて飛んでおり、他の多くのケルベロスのように密着してはいない。 その代わり、手を繋いでいる。指を深く絡ませるような繋ぎ方。所謂『恋人繋ぎ』だ。
こうなると、会話もまたさぞかし甘ったるいものなのだろう……と思いきや、そんなことはなかった。
「なんか、イベント終了後の掃除が大変そうだよね。地面に散乱してるチョコをかたさなくちゃいけないから」
右手だけでチョコを撒きながら(左手は塞がっている)、清和は苦笑を浮かべた。
「今、そういう非ロマンティックな話はいいんですよ。せっかくのイベントなんですから」
左手だけでチョコを撒きながら(右手は塞がっている)、葵は清和を半眼で睨みつけた。
流星とは対照的に甘い言葉を囁いている者もいた。
ジェットパッカーで飛行しているアンセルム・ビドーだ。
「こういう風にキミと過ごせる時間が嬉しいと言ったら――」
少女人形を肌身離さず抱いていることで知られるアンセルムだが、今日は人形ではなく、朱藤・環を抱いている。
「――どう思う?」
「ふぇっ!?」
突然の問いかけに戸惑い、アンセルムから預けられた人形を強く抱きしめる環。
そこにアンセルムが容赦なく追い打ちをかけた。
「ボクは、キミの事が好きだ」
「ふぇっ!?」
「異性としてなのか友達としてなのかはボク自身にもよく判らないけどね。とにかく、キミが好きだということだけは覚えていてほ……っしゅぅ~ん!?」
決め台詞が変な具合に途切れたのは、頬を紅潮させた環がチョコを口に突っ込んできたからだ。
そんな仲睦まじい(?)二人の様子をエルム・ウィスタリアが地上から見守っていた。
「あれ? エルムくんは飛ばないんですかー?」
「はい」
声をかけてきた音々子にエルムは微笑みを返した。
「今日の僕はカメラマンなので。大好きな人たちが幸せそうにしているのを記録に収めているんです」
『大好きな人たち』であるところの被写体が環とアンセルムであることは言うまでもない。
(「あなたの環に対する気持ち――それに名前をつけるのはあなた自身です。その日が来るまで僕は見守っていますよ。見ていて焦れったくなりますけどね」)
『大好きな人たち』の一人に心中で語りかけるエウム。
やがて、環とアンセルムが地上に戻ってきた。
「おかえりなさい。素敵な空中散歩でしたか? ……うわっ!?」
笑顔で迎えたエルムに向かって、環がチョコを投げつけた。
「な、なにするんですか!?」
「私が真っ赤になってるところ、撮りましたよね! 消してください! 今すぐに! でりぃーとっ!」
エルムにチョコを投げ続ける環であった。
エルムがまだカメラを空に向けていたら、環と同じくらい頬を紅潮させた者たちを撮ることができたかもしれない。
葵と流星だ。
『非ロマンティックな話』をしていたのも今は昔。いつの間にやら恋人繋ぎは解かれ、流星が葵を抱き抱えている。葵は赤い顔を相手の胸に埋めるようにして隠しているが、流星のほうは隠しようがない。
「メカメカしい顔でも真っ赤になるのねー。ひゅーひゅー」
流星(メカメカしいのはレプリカントだからだ)を囃し立てながら、言葉が通過。
「おっと!」
流星たちと同じくお姫様抱っこ状態(だが、抱かれているほう)のピジョンがバランスを崩し、片腕をマヒナの首の後ろに回して密着度を上昇させた。
「大丈夫かい?」
「う、うん。大丈夫……」
ピジョンが顔を近付けて気遣わしげに尋ねると、マヒナは小さく頷いた。どぎまぎしながら。『顔真っ赤組』に新メンバー加入。
「マヒナちゃんたちもひゅーひゅー」
「ひゅー……むしゃあ……ひゅー」
言葉に倣って、明子も囃し立てたが、いまひとつテンポが良くない。チョコを貪っているからだ。
「配るものを食うなよ」
アジサイがたしなめたが、明子はまた耳に素通りさせた。
「空を思いのままに飛ぶっのて、楽しいわね、ほんとに! さあ、次はあっち! 今度はこっち! それから、宙返り!」
「はいはい」
指示通りに飛び回るアジサイ。なんだかんだ言いながらも、彼もこの状況を楽しんでいるのだ。
そして――、
「なんだか、わたくし、ずっとこうしていたいかも……」
――明子と同じことを望んでいた。
作者:土師三良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年2月13日
難度:易しい
参加:26人
結果:成功!
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