東京都国立市。喧騒は過ぎることなく、心地良い賑わいの地だ。
国立駅から真っ直ぐ伸びる大通りでは人々が行き来し、桜は次の春を待つ。その上空が、ふいに歪んだ。
空いた空間から姿を現したのは、タールの翼広げる異形と、ヴァルキュリアの群れだった。
「今回の侵攻はイグニス様への前祝い。ゆえに、つまらぬ殺しは許さん! 王子が喜ばれるよう、一匹でも多く、派手に殺せ」
両腕を大きく広げ、巨漢の異形は愉快げな声色で命令する。沈黙するヴァルキュリアの目は虚ろで、一切の感情を感じさせない。各々の手には、剣が握られている。
「行け! 人間どものグラビティ・チェインを略奪し尽くすのだ……貴様らのその身、砕けるまでな!」
歯向かう事もなく、シャイターン周囲の四体を残して、ヴァルキュリアたちは街へ飛び立って行った。
「皆さん聞いて下さ~い! 城ケ島も大変ですけど……エインヘリアルの情勢に、大きな動きがあったみたいです!」
笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)の慌てた声が、ケルベロスたちの耳に入った。
「鎌倉防衛戦で地位を失った第一王子ザイフリートに代わって、新しい王子が地球へ攻撃を始めたみたいなんです!」
「その王子は、ザイフリートの手下だったヴァルキュリアを何かの方法で無理矢理従えたみたいで……魔空回廊を使ってグラビティ・チェインを奪おうと企んでるんです」
グラビティ・チェインの獲得……つまり敵の目的は、人々の虐殺!
「敵は色んな街で暴れてます! 今回皆さんには、東京都の国立市に行って欲しいんです」
次にねむは不安げな表情を浮かべ、ケルベロスたちへ新たな情報を打ち明ける。
「ヴァルキュリアたちを従えてるのは……妖精8種族の一つ、シャイターンというデウスエクスです。暴れるヴァルキュリアから街を守りながら、このシャイターンを倒してください!」
一行のやるべきことについて、ねむは説明を続ける。
「まず、ここにいる皆さんは、シャイターンを倒しに行く係になります」
どうやら今回の任務は、ヴァルキュリアに対処する仲間と分かれて行動するようだ。
「シャイターンには護衛用のヴァルキュリアが四体付いてます。でも、襲わせてる戦場が苦戦した場合、このヴァルキュリアを二体ずつ援軍に送るみたいです」
ヴァルキュリアと戦う仲間の状況にもよるが、ねむの予想では、最初の援軍が三分~五分後、次の援軍が七分~十分後が一つの目安になると言う。
「護衛四体とシャイターンの相手は……かなり危険なので、援軍を派遣し始めて、シャイターンの守りが薄くなったところに飛びこむ作戦になると思います」
指揮官であろうシャイターンを撃破出来れば、ヴァルキュリアと戦う仲間たちも有利に戦うことが出来るだろう。どの時点で戦いを仕掛けるか……? ケルベロスたちの判断が鍵となる。
「それと敵の能力、シャイターンはマインドリングと、炎を操るグラビティを使ってきます。ヴァルキュリアはゾディアックソードのグラビティだけみたいです」
これ以上のことは、現時点では分からないようだ。装備も慎重に選んだ方が良いだろう。
「シャイターンの力は分からないことだらけです。でも、ヴァルキュリアを使って悪いことをするなら、絶対に止めなくちゃ……ですよね!」
ねむは小さな両手をぎゅっと握り、一行を見上げる。その瞳が、自分が出来るのはここまでだと語っていた。
今、国立の命運はケルベロスたちに託されたのだった。
参加者 | |
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神地・滄臥(ウォーガンナー・e05049) |
日之出・光輝(昼行燈のゲーマー・e06561) |
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123) |
スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079) |
千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097) |
茶野・市松(ワズライ・e12278) |
サラミン・アラカルト(お菓子大好き・e13876) |
ファニー・ジャックリング(のこり火・e14511) |
●曇天
その日、国立の空は雲に覆われていた。
空には四体のヴァルキュリアが囲む新たな敵……シャイターンが翼を広げ佇んでいる。
大通りを歩む人々は上空の物体を不安げに見上げながら、何故か歩みを止めることはない。
少しずつその場から、人影が減りつつあった。その様子を、ひそり伺う者たち。
「ひとまず様子見だ……混乱を大きくしないよう、動いたほうがいいだろう」
人々の動きの理由。殺界形成を張るシャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)は、静かに呟いた。
「ああ。俺たちもあいつも、動き出すのはまだ先だからな……おいっ、降りろって!」
頭の上で座るウイングキャットのつゆを引っ張りながら、茶野・市松(ワズライ・e12278)がぼやく。
本心では率先して避難を促したい。だが目立った行動が許されないのも事実。人々を見送るに留めていた。
ケルベロスたちは、大通りに植えられた桜の木々に身を潜めている。ここが戦場になるまで、まだ時間があるはずだ。殆どの一般人は、それまでにこの場から去るだろう。
「十分。短いようで長いですね」
日之出・光輝(昼行燈のゲーマー・e06561)は、話しながらゲーム機を操る。少々場違いな光景だが、これが彼の自然な姿だ。
意識は相棒のライドキャリバー、暁号と共に周囲へ向けられている。
上空のシャイターンが、ヴァルキュリアたちへなにかを命令したようだ。二体が持ち場を離れ、飛び立ってゆく。
「あとすこし、しずかにしていましょう」
しいっと、小さな手を口元に当てるスズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)。彼女が発生させる隠密気流の威力は、あくまでも補助的なものだからだ。
その力があるからこそ、八人と三体が一か所に隠れるという行為を、不安無く実現させていた。
「ただの祝いっていうだけで殺す……それが、気に食わない」
気持ちだけで言えば、すぐにでも叩き潰してやりたい。神地・滄臥(ウォーガンナー・e05049)の信念が、彼の瞳に火を灯す。
「未知の相手との戦い、血が滾るね」
千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)もまた、同意するように笑みを深める……なにを思っているのかいないのか。
「出来るだけ、後味悪くならないよう立ち回りたいけどねぇ……」
サラミン・アラカルト(お菓子大好き・e13876)が食べる揚げせんべいは、早くも二袋目。その隣で、ファニー・ジャックリング(のこり火・e14511)は寡黙に待機する。
護衛のヴァルキュリアが全員出払った時、それが一行の共通認識だ。
様々な思いを抱えながらも、ケルベロスたちはその時を待つのだった。
●接近
スズナは持って来た懐中時計に目を通す。待機を始めてから、八分と五十秒を過ぎたところだ。
もうすぐだろうか? 空を見ると、残りの二体のヴァルキュリアが空を駆けて行った。
「……少し早いな」
ファニーは目を細める。彼女の言う通り、ヴァルキュリアの動きは予想よりも前倒しに進んでいる。
それは早く行かねばならないほどに、ヴァルキュリアを相手取る他の仲間が善戦していることを示していた。残るシャイターンは街を見渡しながら地へ降り立つ。自らも虐殺に加わろうというのか?
「さあ、俺たちの出番だ!」
「チャンスは今……、ですよね」
「準備は出来ている……行くぞッ!」
ならば自分たちは、一刻も早く司令塔を打ち取るのみだ! 短い会話の終わり、ケルベロスたちは一斉に大通りへ飛び出した。
先頭はシャイン! シャイターンの頭上をひらり飛び越え、背後に回る。
「くらえ! 私の攻撃から逃れる術はないぞ」
翻る白いロングドレス。振り返る勢いのまま、螺旋の拳がシャイターンの背にめり込んだ。滄臥はシャインの後ろに付きリボルバー銃に感覚を集中、狙いを定める。
「てめぇは俺が絶対殺してやるよ」
『……随分な歓迎をするのだなぁ? 困るぞ、ゴミを勝手に片付けられては』
ゴミ、というのはおそらく一般人のことなのだろう。表情に満ちるのは、余裕を含めた笑み。
「こちらも気になっていたんだよ。君の翼が飾りか否か」
高めた技術力は奇術のような光景を生み出す。豊は見えぬ早撃ちで、タールの翼に穴を開ける。更に、サイの生成したエクトプラズムのナイフが斬りつけた。
「ふむ。期待外れだったかな?」
煽りに、静かに煽り返す。豊の微笑みはまるで、待ち焦がれていたようだ。
『ほう、面白い顔をする。戦いを好む目だ。ではお見せしよう……私の力を!』
シャイターンの両手に炎の塊が集まる、手を合わせれば一つに。熱のうねりが、豊に集中……! その直前で、市松が炎塊を受け止める!
「はッ、サーヴァントとその使い手の壁、簡単に突破出来ると思うなよ」
ケルベロスチェインが地へ魔法陣を刻む。発せられる優しい光が、傷を僅かに癒す。つゆも翼をはためかせ、仲間の補助へと回った。
「良いように操るなんて、一番嫌いな行為だね……覚悟は出来てるかい?」
サラミンが呼び寄せた御業はファニーのもとへ。半透明の鎧となり破剣の加護を与える。
「あなたが操っていい、いのちじゃありません!」
スズナはヴァルキュリアの行く末を案じる。もし叶うならば、救ってあげたい。焦る気持ちを必死に引き止め、そのための鍵――簒奪者の鎌を投げ放つ。
回転し飛んでゆく鎌の軌道に導かれ、暁号はアスファルトに火花を散らしてスピンを掛けた突撃を仕掛ける。しかし、シャイターンは怯まずそのまま車体を掴み上げた!
『邪魔だ、このガラクタ……、むッ!?』
そのまま叩きつけんと地を睨んだ時、シャイターンはようやく懐にある光輝の姿を認めたのだった。
「僕の暁号を放してもらいましょうかねぇ……ガラクタだゴミだと侮っていられるのも今のうちだッ!!」
穏やかな声色は激情へ。縛霊手から発せられる光弾の束が、シャイターンの肩を貫いた!
●怒涛
『ふむ……改めねばなるまい。貴様らというモノは、ただ喚くだけの存在ではないのだな』
シャイターンはケルベロスたちの実力を前に、納得した様子を見せる。肩に穴が空こうとその活動が止まる気配はない……。
輝く光の剣を具現化させ、力のままに振り下ろす。サイはその斬撃へ噛みついてみせた。あまりの威力に、ガクガクと足が震えている。
「サイ、もうすこしがんばって! 皆のためにも、まけられません!」
スズナは指示を出しながら後方からバトルオーラを放つ。オーラは蛇のように口を開け噛み付き、勢いのまま上方へ吹き飛ばす。
「楽しみたいのはやまやまだが、あまり時間が取れないのが残念だね!」
惜しそうに、だが、好機は与えてなどやらない。豊が放った炎弾が更に上空で爆発を起こす。煙が尾を引き姿を現すと、後方退避するシャイターン。
「任せたよ」
豊の言葉に振り返れば、そこにはファニーの姿。ただ銃を手に、来るのを待っていたのだった。
「ああ……小細工は無しだ。――避けてみろ」
愚直と表して良いほど、シンプルな構え。嘗て最も尊敬した男がそうであったように……心の内は、どんなものだっただろうか。
シャイターンは銃弾を避けることが可能なはず、だった。体は瞬間固まり、剣を持つ腕から血しぶきが上がる。
「ヴァルキュリアを操るとは趣味が悪い、何が目的だ?」
『ふん、あれは駒だ。使役してなんの不都合がある?』
当然のこと。そんな意図が伝うようだ。シャインは短くため息を吐く。傍らに駆ける自らの影が、弾丸を弾き出してゆく。
「それは操る方の理屈だろう!」
光輝の腕からブラックスライムが棘のごとく伸びると、光の剣との鍔迫り合い。何度かの命中を果たすものの、毒を与えるには至らない……サーヴァント使いの宿命だ。
『ゴミの理屈を聞く道理がどこにある。イグニス様の行進を妨げること、許されると思うなァッ!』
吐き捨てると、シャイターンはグラビティから生み出された蛇を次々と体内に取り込み、傷を塞いでゆく……。
「クソッ、攻撃が通りにくくなってやがる」
滄臥の死角を狙った射撃は命中するも、想定ほどの衝撃を与えられない。回復グラビティには守りの呪術も付与されているようだ。思わず舌打ちが混じる。
即効突破を掲げるケルベロスたちの攻撃は徐々に敵を押してはいるが、重要な局面で連携が繋がらず、決定打に踏み込めていない状況だ。
このままでは戦いが長引いてしまう。なにか、手を打たねば……。
暁号が唸りを上げ突撃する! 己が纏った炎が、シャイターンの体へ移ってゆく……その様子を見たサラミンが、仲間たちへ叫んだ。
「回復は僕たちがやる! だからみんなは、一撃でも多く奴へ叩きこんで!」
集中せんと、チョコレートを放り込む。攻性植物から生まれた果実の輝きが全体へ癒しを、半数へ耐性の力を与える!
信頼あるメディックの言葉が、全体の流れを変えたのだった。回復の必要があるか考え込んでいた市松を、つゆがひと鳴きし導く。
「みゃあ~っ!!」
「ああ、うるせえなぁ、分かってるよ! サラミン、補助を請け負うぜ!」
イラついた声色で反抗するも、行動は素直だ。癒しのオーラをサイへ注ぎ込む。
『チョロチョロと、動き回りおって……!』
「あんたは喋るばかりだな」
煩わしそうに言い放ったのはファニーだ! 超硬化された両手の爪が剣のごとく、シャイターンの背中を守りの術ごと斬り裂いた……!
●突破、黒の翼
「しつこい奴は嫌われるぞ? 私と共に踊れ!」
シャインはふわり舞う。傍目は軽く美しいステップ、ドレスから覗く美脚は重い一撃。シャイターンは苦い顔のまま翻弄され、その肉体が踊るように跳ねる。
『ギィッ、この、小癪な……!!』
シャインに向け放たれた炎の一撃を、暁号が肩代わりする。
ディフェンダーにサーヴァントたちを抜擢したことが、戦況を有利に導いていた。敵のグラビティが広範囲でなかったことも幸いし、お互いが庇い合うことで極端にダメージが偏ることもない。更に、攻撃が漏れたのはただ一度だけだった。
ケルベロスたちは視線を交わす……油断は出来ずとも確信があった。
このまま戦えば負ける相手ではない、と。
「あまり使いたくないんだけれど、仕方がないね」
やれやれと頭を振ると豊は胸のシャツを開く。変形し現れた砲台から眩いレーザー光線が解き放たれる!
今までの衝撃も重なったのだろうか、あまりの威力に仰け反るシャイターン。
……そんな馬鹿な――屈辱に歪む表情が、そう語っていた。
『こんなことが、あって良いわけがない……このっ、貴様! 退かんか!』
「はい分かりました、とでも言うと思うかっ、ぐ、ああ……ッ!!」
シャイターンは鬼気迫る勢いで剣を振り回す。光の斬撃は市松の足を深く傷つけ、そのまま掴み飛ばされる。
「はい、おすそわけ。元気出るよ!」
痛みに耐える市松へ放られたのはサラミンの具現化した光の飴だ。時々動いたりするそれを一息に口にすると、言葉通り力が湧き出る。距離を詰める代わり、炎の渦を吐き出して行動を阻害する。
奴は何処かを目指している。顔を上空へ向けて……魔空回廊へ逃げ込む気だ!
『イグニス様に、伝えなければ……!』
「逃げるんですか? ……こわいんですか?」
『違う! 貴様らなど、所詮はゴミクズよ。そう、これは、戦略的撤退』
シャイターンはプライドを傷つけられまいと、虚勢を張る。理屈を並べず行動していれば結果は違ったかもしれない。
サイがエクトプラズムで偽の財宝をシャイターンの頭上にばらまいた。それが最後の合図。
「最期に一つだけ言っておく。自分の行いを悔いて、不死を終えろ」
光輝の周囲に小さな数字が散る。それらは集い、青き槍の群れへ型を成す。
「経験、記憶、情報……今ある全てが武器だ。電脳の、奔流(トレントオブサイバー)!!」
腕を振るうと同時に槍の雨が四肢を突き刺し、勢いのままアスファルトへと縫い付ける。
『け、ケルベ……ああっ、イグニス様! こ奴らは危険で……す……、っ!?』
シャイターンが空に見たのは、滄臥のリボルバー銃、フォーマルハウトとアークトゥルスの銃口だった。
「これが……俺の全力全開だ……覚悟しろ……!」
銃撃の雨からの爆発。爆風の中飛び出したグリップの隠し刃が、シャイターンの首を斬り裂いたのだった……!
戦いを終えたケルベロスたち。改めて大通りを見渡す。建物や道路は酷く傷ついてしまったが、人の被害は――少なくとも、この場においては――ないようだ。
時間はかかるかもしれないが、力を合わせれば復興してゆくことだろう。
「残念だが、作戦失敗だね」
シャイターンのあった方へそう声を掛け、豊は胸元を丁寧に直す。シャインは暴走せず済んだことに安堵し、仲間に想いを馳せる。
「無事なのだろうか。私たちがシャイターンを倒したことで、好転に向かってくれていれば良いのだが」
「そうだな……戻った方が良いんじゃないのか」
最低限の言葉でファニーが提案する。やるべきことが終わった今、ここへ留まる理由は無い。一行は頷き合う。
そうして、ケルベロスたちはシャイターン撃破の報告をするべく、国立の街を去るのだった。
作者:日和ののえ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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