ヒーリングバレンタイン2021~プチフール・セック

作者:東間

●ヒーリングバレンタイン2021
 日々が巡り、2020年から2021年へと移り変わる。その一年という月の間には様々な出来事があった。新たな武器、新たな種族、戦い――その中でケルベロスたちが取り戻したものも数多くある。
「という事で、今年もミッション地域復興を兼ねたバレンタインイベントがある。と言ってもそんなに堅苦しく考えなくて大丈夫さ。イベントを楽しんでいれば、やって来た人たちへのミッション地域イメージアップに繋がるからね」
 笑顔でタブレットを操作するラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)の言葉に、今年もこの季節が、と壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)は獣耳をぴんっと揺らした。
「去年は、群馬県みなかみ町でチョコレートのメダル作りでしたね」
「そうそう。色んなメダルが見られて楽しかったわ」
 どれも素敵でと微笑んだ花房・光(戦花・en0150)に、あれから一年、としみじみ頷いたラシードがタブレットの画像を見せる。そこには、佐賀県伊万里市のフォントがデカデカと表示されていた。

●プチフール・セック
 佐賀県伊万里市、とは、豊かな自然の中で様々なものを育み、発展させてきた地域だ。
 美味しい牛肉に果物、美しい焼き物――過去にそこで生活してきた人々が生み出したものをこれからも伝え、残し、楽しんでいく為にも、まずは各所のヒールに取り掛かる事となる。
「君たちに頼みたい範囲は有田川沿いの住宅街。ここからここまでだね。それが終わったら、ここにある施設がイベント会場に……クッキー工房になるんだ」
 テーマは『プチフール・セック』。
 通販サイトやスイーツ店でこういうの見た事あるんじゃないかな? と見せられた画面に表示されていたのは、様々な入れ物の中を満たしている美味しそうなクッキーたちだ。
 四角、丸、花形、リング、星、ハート、動物や鳥形――バター、ココア、抹茶、苺――形や味もバラエティ豊かなクッキーが並んでおり、どのプチフール・セックも入れ物にこだわっているとわかるデザインばかりだ。
「こういうものを作って贈ろうっていう趣向でね。誰かの為でも、一年頑張った自分の為でもいい。特別なプチフール・セック作りを楽しんでおいで」
 伊万里市にちなんで、伊万里焼をモチーフとした缶やクッキーも用意されるという。
 アクセントとしてクッキーたちの中に伊万里焼クッキーを一種加えたり、逆に、開けたら伊万里焼クッキーがずらり――なんていうのも楽しいだろう。
「テーマを設定するのも楽しいかしら。バニラとカカオでオセロみたいな色合いにしたり……あ、全部動物の形にしたら動物園になりそうね」
 くすり笑った光に継吾は成る程と頷き、自分だったら、とあれこれ想像しながらスマホ画面の上で指をするすると滑らせていく。
 誰に作ろう。
 味は。
 缶は、どんな。
 気になったものはブックマークして――あ、と小さく呟いたその頭上で獣耳が揺れた。
「クッキーの匂いがつくかもしれませんね。でも……それも幸せな気がします」
 それでは、心を込めて美味しい宝箱を。


■リプレイ

 現在進行系でクッキーが増えゆく中、和希と遊鬼は伊万里焼の缶を手にじっと顔を見合わせた。缶の中身は――これからだ。
「カズキはクッキーを作れるか? 俺は……型抜きしか出来る自信がない」
「ううむ。僕も料理が得意な訳ではありませんし、出来合いのものをもらいますか」
 その方が良くも悪くも失敗しないからと和希はバニラとカカオを選び、アクセントには伊万里焼クッキーとロシアケーキを。その目があるクッキーに留まり――せっせとサーヴァントクッキーを詰める遊鬼に気付いた。
「これは……ルーナが選んでおるだけだからな?」
「ふふ、ルーナがですか? 可愛らしくて良いと思いますよ」
 そのルーナは遊鬼の頭をぽこぽこしているけれど。遊鬼のチョイス、二人の掛け合い。意外のようでそうでもないものに和希はやわらかに笑む。その手には。
「む? その丸っこいクッキーはそのオウガメタルと似ておるな」
「朧さんもそう思います? これ、なんか可愛くて良いかなと……」
 そう、可愛い。遊鬼と交互に見られた白銀の子がぽより、と嬉しそうに揺れ――宝箱の出来上がり。

 自ら詰めるプチフール・セック。そう聞いたアンジェリカは調理場にいた。
 ディマンシュ家の娘、そして一人前の淑女として家事の心得はバッチリだ。慣れた手つきでプレーンとチョコの生地を作り、型抜きで増やしていくのは、音響操作能力者たる自分らしさ溢れる音符クッキー達。
 焼き上がった音色は高貴な意匠が美しい伊万里焼の缶に収め、優しく蓋を。これは自分でも交流のある誰かの為でもなく、家族を失った孤児や被災者の為に作った、想い籠めた宝箱だ。
(「わたくし達貴族の存在意義は弱者の救済故に」)
 そしてこの身はケルベロス故に。

 缶選びに迷っていたエルムの心は、空の青思わすグラデーションに染まった缶を見た瞬間決まった。
 太陽のように明るく丸い缶を選んだかりんの方は、中身のイメージがある為、クッキー選びは実にスムーズだ。赤、白、黄。ピンクも入れて、紫とオレンジも。花形クッキーでいっぱいにすればそこは甘く美味しい花畑。中央の青狐二匹は?
「こっちがぼくで、隣のは兄様なのです!」
「成る程」
 エルムは文鳥・島柄長・鶏・島柄長と鳥クッキーを詰め――じっと覗き込むかりんに微笑み、青い鳥をそっと摘む。
「この鳥さん、かりんさんみたいで可愛いですよ」
「わぁ……あ、この鳥さんとか、エルムっぽいですよ!」
 指した鳥は愛らしい島柄長。他の皆はどんな風にしたのか後で見せにと無邪気に笑ったかりんは、島柄長を追加していくエルムを見て首を傾げた。
「お疲れですか?」
「いえ、大丈夫です」
 実は自分みたいと言われた事が少し――いや、かなり嬉しくて。どうしよう。ちょっと顔が熱い。不思議そうに見上げるかりんへとエルムは誤魔化し笑い、ぱたぱたと手で扇ぐのだった。

 素敵なクッキー缶はよく再利用される。食べて幸せ、食べ終えても幸せ。生まれる幸せは『プチ』に収まらない。エンボス加工された伊万里焼の四角缶――環がチョコに伊万里焼を写したクッキーを隅に詰めていくそれも、きっと。
(「ちょっと高級演出して……他はサブレやフロランタンでシンプルめにしましょう」)
 鮮やかさとのバランス取りつつ選んだ猫柄クッキーは、猫ライダーとして必須なので一番目立つ中央に。
 そこへ漂い始めた香りに目を向ければ、アンセルム作のクッキーがまた増えた所。
 犬、猫、花――蓋を開ければ豊かな色と煌めきが並ぶだろうそれは、ロシアンクッキーをアレンジしたジャムクッキーだ。形もジャムも色々と。そう思案する目が、環の視線と一緒に竜矢の手元に向いた。
「おー、中条さんは番犬部セットです?」
「番犬部の皆さんと一緒にいるととても楽しいんです。だからそれを詰めてみようかなって思いまして」
「いいね、クッキーでも皆一緒という感じ」
「ただ、自分をどのクッキーにするか迷ってるんですよね……」
 犬クッキーに雪の結晶クッキー。猫クッキーは環で、人型クッキーはアンセルム。竜矢を挟んで二人も暫しクッキー達と見つめ合い――あ、と環が一つを指した。
「このアイシングクッキーの青とかぽくないですか!?」
「いいですね。真ん中に私のを、お二人のを近くに並べて……ふふふ」
 それぞれが選んだ缶とクッキー、焼いたものを見れば会話はより弾む。缶とクッキーのチョイス、並べ方――あ、そうだ。
「中条と環は何か希望のジャムとかある? オススメでも」
「オレンジが好きです!」
「イチゴとかブルーベリーとかどうでしょう?」
「了解。楽しみにしててね」

 ヴィヴィアンが抱いていたイメージ通り、高級で扱いには繊細さを求められる伊万里焼。それが今ではマグカップや缶になり、更にクッキーという形で気軽に持てるように――え、クッキー?
 ちょっと感動していた鬼人は転写技術に感心していたヴィヴィアンと顔を見合わせ、恐る恐る摘んでみる。チョコのつるりとした表面を利用して転写された伊万里焼は、本物が持つ彩を見事に写していた。
「綺麗なもんだよなぁ……しかも食べられるんだろ?」
「ね。せっかくだし、これを引き立てる感じで詰めたいな……あ、そうだ!」
 缶の中央には伊万里焼クッキー、周りには花形クッキーを。綺麗に詰めるのが苦手な鬼人にはヴィヴィアンの助言が寄り添い、チョコとプレーンを二人で交互に詰めていけば――出来た物を前に、食べる事がちょっと勿体ないと呟き合う二人の姿があった。
「でも、味にも興味があるんだよ」
「冗談だよ! 帰ったら一緒に食べようね」
「そうだな、珈琲飲みながら、一緒に食べようぜ」
 一緒に詰めたクッキーは、二人一緒に食べればもっと素敵なひと缶になる。

 ラシードが選んだシックな缶をサイガは腕を掴んで降ろさせて、逆――キラキラのピカピカを上げさせた。
「いやコッチだろ。カラフルは欠かせねえ、伊万里焼の花柄七種なんか『パパ大好き!』待ったなしよ」
 そう言われた父心は助言のままに一直線。想定通り実家に贈るという男にサイガがした助言は、どちらかというと自分好みかつ女児寄りなのだが――あれ娘今何歳だ? という疑問は動物クッキーで霧散した。
「おいこのカピバラアンタに似てんぞ」
「とうとう俺にゆるキャラ要素が。髭? それとも茶色い所?」
「このへんとか」
 言いながらしれっとヘリオン形を隅に入れる。型があるのは支持の現れ。番犬は今も変わらずヒーローだけれど。
(「おたくの親父も立派に頑張ってんぞ、なんてのは」)
 ――報せるまでもなく届いてるのだろう。だからヒーローのままでいられるよう、サイガはクッキー選びもビシバシ助言(?)するのだった。

 中央には伊万里焼の。他はフロランタンに苺のディアマン、ボックスクッキーと、清春は目にも舌にも華やかで楽しいひと缶を作りながら、ちら、と隣を見る。視線に気付いた右院が、はは、と笑った。
「話せば長くなるんですがネット上で女子と間違われて。夢を壊すのも悪いなぁ……と気を使っていたら今に至るんですよ」
 その勘違い主である遠方のネット友達にと右院が作るのは、煉瓦状のココアクッキーを駆使したルビーショコラのハート形クッキー。アイシングした白翼形は、勘違いの理由であるヴァルキュリア――戦乙女の要素。
「それだけでなかなか盛大な勘違いされたわな……ってハート型だぁ?! ったく無駄に女子力発揮してんじゃねぇよ。貰ったヤツがガチで喜ぶやつだぞ、それ」
 清春は頭を抱え、強く誓った。後々偽装彼氏役を依頼されても絶対やらない、と。
 しかし右院は、伊万里焼缶で佐賀土産風に仕上げてと何だかんだ楽しそうだ。
「いやー独りだと精神が死にそうな状況だけど友人がいて良かった!」
「うっし、こっちも完成だ。ちょい量はあるが二人で食ったらすぐになくなんだろ」
「二人家族かー……いいなぁ、式には呼んでくださいね」
「どーすっかなぁ」
「ええ!?」

 蓋を開けた時、チェス盤に見える模様に。
 ロコの希望に添う四角缶をメイザースの手が取り、ぱかりと開けばまだ空のそこが二人の選んだクッキーで少しずつ満ちていく。
 白の陣地はメイザース担当だ。バタークッキー、変わり種にはハーブ香るクッキー等。
 黒の陣地担当であるロコは、ココア系やチョコを纏ったものをメインに詰めていき――試食で食べたラングドシャを始めとするクッキーの話になり、二人の間で香るそれがこれも美味しいと保証するよう。駒の位置には転写クッキーが座し――、
「シックで綺麗で食べる前に少し遊……素直に食べるよ。一番下の段は、苺味や抹茶味でカラフルに埋めても楽しそう」
「それじゃあ一番下にはカラフルなクッキー達をお招きしようか」
「うん。あと、留守番の子達にも土産は要るだろ」
 ロコが取った掌サイズの丸缶にメイザースは微笑んだ。いい子にはご褒美も必要だ。選ぶクッキーに魚形が多いのは――圧、ではなく、白猫お嬢さんたっての希望。
「ティータイムが楽しみだ。紅茶のチョイスは宜しくね」
「いいとも、シアン」
 素敵な宝箱の為、腕を振るって飛び切りの紅茶を。
 そして甘い盤上遊戯を、二人で楽しもう。

 缶はやや大きく平たい四角形。ココアとバニラの丸クッキーを並べれば本物のオセロへ近付くよう。二人何度かオセロで遊んだ時が思い浮かんで、眸と広喜の心は当たり前のように弾んでいく。
「へへ、遊ぶの楽しみだなあ」
「うン、遊びながら飲む飲み物はホットミルクかな、ロイヤルミルクティーかな」
 味わいながら遊ぶその時を楽しみに広喜は一つ一つ壊さないようそっと詰め、眸はこれに合うものはと穏やかにシミュレーション。――と、その視界に黒白一枚ずつのハートクッキーがずずいっ。
「眸、眸っ。これも入れようぜっ」
 視線を上げて飛び込んだ無邪気な笑顔とハートのクッキーに、少しだけはにかんだ緑彩が嬉しそうに煌めいた。
 ハートがオセロの中に隠れれば、遊びながら宝探しも出来るひと缶の完成だ。入り切らなかったやつは半分こだぜと広喜は眸の口元へ差し出し、悪戯ぽく笑いこっそり味見する。その空気と味わいに眸の表情も密かに緩んだ。
「ココア味は甘さ控えめで、バニラは良い香りダ。どちらが良イ?」
 お返しダ。口元に差し出された一枚が、サクッと音を立てる。
「へへ、どっちも美味えっ」

 時期柄か心配されたほど疲れずヒールも捗った。ほら、と笑うウォーレンに光流はクッキー作りが捗ってないと思わずつっこむ。
「……うん。切るのって結構難しいね」
「……綺麗にできてると思うで。花やろ」
「ありがとう……でも花じゃなくて手裏剣……」
 割と不器用なウォーレンにとって一口サイズかつ細かい作業は、ちょっとした試練。内心ほっとしていた光流は、自分のイメージにしたくて型紙も作ったというウォーレンの手元を見て微笑む。
「その作り方は難しいやろ。型紙自体ガタガタやん。ほな持参した星のクッキー型をこうして……これでどや」
 目の前で出来た即席の型に橙の瞳が瞬き、型を使うと煌めいた。もう少しだけ甘えてみよう――遠慮がちにアイシングを頼めば任しときと頼もしい声。
「僕は……何をしよう」
「食べる時、俺にあーんて食べさせてくれたら良えよ」
 じゃあとびっきり甘くすると予告すれば、どれだけ甘くしても君には叶わへんやろからと甘さは抑える方向へ。そう言われてしまったら“好き”が溢れそうで――ウォーレンの目はつい、ヒール場所を探してしまうのだった。

 中身も缶も自分プロデュース。そんな超贅沢が味わえる場を萌花が見逃す筈はなく、萌花とのクッキーデートに如月も気合十分。ぐっと握り拳でヒールしていた姿の可愛らしさに、つい頬が緩む。
「あたしはこの伊万里焼缶にしよっと。如月ちゃんは?」
「これ! 猫の頭モチーフなのよぅ♪」
 楽しく缶を決めたら大事な中身選び。如月は外も中身も猫づくしにと、目に留まった猫クッキーを詰めていく。黒猫、白猫。それから。
「……あ、これも似てるかも?」
 我が家にいるとっても気まぐれ猫さんオーラの誰かと重なる桃色猫は、苺味。気付けば好きになっていて。ペアリングも猫。ここにもと伊万里焼クッキーの中に猫を見つけた手が、中央にぴったりの伊万里焼クッキーを探していた萌花の袖を引く。
「……もなちゃんもなちゃん、何個かずつ、いれない?」
 おずおず見上げる瞳に青い目が楽しげに輝き笑う。
「あはっ。いいね。かわいいじゃんそれ。真ん中にいれんのあたしもそれにしよ」
 二種の転写クッキーを二個ずつ重ねて中央に。シンプルな丸形チョコ味の隙間を星や宝石形クッキーが彩れば、完璧キュートな一つが出来上がる。

 缶も中身も好きに出来る楽しみに添うのは、大切な人へ贈りたいという共通の想い。
 ヴィは箱庭を作るような楽しさを抱きながら、白色チョコを纏った雪結晶形のクッキーにラングドシャ、あれとこれとと選んでいく。
 寒くても温かかった雪景色と、いつも傍にいてくれた存在――雪斗をイメージして缶の中にふわりと初雪積もらすように、これまでの冬の思い出と一緒に缶の中をやわらかな白色へ。
(「できた! こんなんでどうかな?」)
 対する雪斗はというと。
(「んー、いざ自分で並べるとなると難しいなぁ」)
 けれど喜ぶ顔を想像すれば悩む時も楽しく、心のままに詰めていく。小さな星で銀河を生み、走る汽車の先には一際目を惹く緑と青の星形アイシングクッキーを。そして。
「ヴィくん、みてみて! うわ、凄い!」
「おお、雪斗のもすごい! 素敵なの作ってくれてありがとう。すっごいうれしいよ!」
 披露された銀河の旅はヴィに笑顔を生み、それを見た雪斗にもぱぁっと笑顔が生まれる。
 銀河旅行を食べるのは勿体ないけれど――籠めた願いと二連星のアルビレオのように、二人の旅路はこれからも永く、いついつまでも。

「ね、シズネ。折角だから一緒に作ろうよ」
 ――じゃないと試食に夢中になるだろ?
 ラウルの誘いは悪戯気な目線と共に。ビビビと感じたそれに、つまみ食いとかそんな子どもみてぇなこと、と返したけれど――する予感しかしない!
「ラウル、どれも美味そう……」
「我慢だよ」
 目を輝かせ、くすり笑って。二人で缶へと迎えていくのは、沢山の思い出と繋がるクッキー達。
「形も味も沢山あって迷うけど、今日の想い出にコレは入れたいな」
 ラウルが取ったのは赤花が見事に咲く伊万里焼クッキーだ。檸檬味の綺羅星と流れ星も続き、春の花見は桜形の、輪っかは夏のプールや海。苺や林檎味のラッコと鯨も外せないし、秋の紅葉に少し歪な丸は――、
「オレが作った雪だるまに見えてきたなこれ!」
 重ねた四季の記憶にきらきらの感情がセットになって、最後にシズネが加えた白と黒の猫クッキーが誰かなんて、誰よりも自分達がわかってる。
 二人で紡いだ幸せの形が本の中を甘く彩り満たし、美しい装丁をしたモダンな蓋を被せれば本を閉じたようにも見える。
「二人の想い出詰まったプチフール・セックだね」
「早く一緒に読みてぇな!」
 そしてその続きも、二人で作っていく。

「ちょいちょい、ラシード。食うならどんなんがイイ?」
「俺? 色んな味が楽しめるのが好きだな」
「成る程ネ。OK」
 手招き呼んだ男から得た情報をもとにキソラはクッキーを詰め――不思議そうな赤色へ、焼くのは無理だし甘いものは苦手だからと笑った。
「だからあんま試食も出来ねぇし。どうせなら、貰うヒトの好きなヤツがイイだろ」
「成る程な。……ン? 貰う人?」
「ところで甘くないのってあった?」
 それならと教えられたのは、酒に合いそうなおつまみ系。キソラはそれを無地の缶に収めて自分用にすると、詰め途中の缶の中央に、チョコに伊万里焼を写したクッキーを収めた。
 唐草に鳥が遊び星が浮かぶ缶。和の雅が詰まったそれを「ほい」と手渡せば、ラシードの目が丸くなってすぐ、くしゃりと笑う。
「まーたこういうイケメンムーブを。よし、来月のお礼は覚悟してくれ」
「おー怖。ま、コレは日頃の感謝のシルシってね。光ちゃん達にも分けたげて」
 今後ともヨロシクとつつけば、勿論とつつき返される。

 行儀よく並ぶ伊万里焼缶は鮮やかで綺麗の一言。ポケットに手を入れティアンの後ろをついて回っていたダイナは、どんなのにするんだという娘から煉瓦色の瞳を外し、折角ならとジャパニーズ感満載な、中心に鶴一羽佇む朱色缶を取った。
「こっちでは縁起がいいんだったか」
 頷いたティアンも“折角だから”と伊万里焼を――白地に青、赤、金と華やかな缶からどれを選ぼうかしげしげと眺め回す。やがてその目は水紋に咲く花に留まった。
「これにする、これがいい」
「スイレンだっけ? 上品だな」
 生まれ生きたものは違えど似たものに惹かれた人はいた様子。
 耳を上下に動かしながらクッキーを選び詰めるのも楽しみだと語る様に、外と中どちらが主役やらという声は言葉以上に愉しげだ。食べ終わったら宝箱に? 仕舞うなら何を? その発想にティアンはまた耳を揺らす。
「大事な貰い物がありがたいことにたくさんあるんだ。ダイナこそその缶、のこしておかないの」
「取っておくに決まってんだろ?」
 首傾げた娘へ返す目はもう遠くを見てはいない。あまり物を溜め込まない性分だ。仕舞うものは何も無かったとしても――形として残るのならば。それで。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月13日
難度:易しい
参加:29人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。