シャイターン襲撃~福生みし街に来たれり

作者:柊透胡

 東京都福生市、全国でも有数の行政面積の小さな市だ。長らく都市景観事業に取り組んでおり、街全体が大きなミュージアムの様相。様々な彫刻が景観に溶け込んでおり、道往く人々を和ませている。
 その彫刻のタイトルは、コスミック・エレベーション――多摩川沿いに広がる南公園に、独特の曲線を描くオブジェが鎮座する。
「何だ、これは?」
 ――今しも、魔空回廊が開かれる。
 濁った瞳で巨大な彫刻を見上げ、胡乱げに呟いたのは、まだあどけない少年。背にはタールの翼、癖の強い黒髪から尖った耳が覗いている。
「…………」
 少年の周囲に集うヴァルキュリア達は、虚ろな瞳を見開き立ち尽くすのみ。少年は忌々しげに唇を歪める。
 ドガァッ!
「おら、さっさと行けよ! イグニス王子殿下地球侵攻の前祝いだ。派手に人間共を殺しまくって来い!」
「…………」
 八つ当たりのように足蹴にされたそのヴァルキリュアは、無表情のまま小さく頷いた。
「おい! 誰が全員行けと言った! そうだな……4人。そこの剣持った4人は俺の護衛だ」
 動き出したヴァルキュリア達に、再び怒声が飛ぶ。
「残りは四方に分かれて、さっさとグラビティ・チェインを刈って来い! グズグズしてっと、その面ァ切り刻むぞ!」
 一方的に命令を吐き散らす傲慢な少年に、言い返すヴァルキュリアはいない。いっそ機械的に命令に従う彼女らは、忽ち姿を消す。
「グズ共が……だから、女ってヤツは使えねぇ」
 ゾディアックソードを手に淡々と護衛に就く4人のヴァルキュリア達を、侮蔑の眼差しで眺めやる。面倒臭げにオブジェに背を預ける少年の指には、金の指輪が光っていた。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 タブレットから顔を上げた都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)は、集まったケルベロス達を静かに見回した。
「城ヶ島のドラゴン勢力との戦いも佳境に入っていますが……エインヘリアルにも大きな動きがありました」
 鎌倉防衛戦で失脚した第一王子ザイフリートに代わり、新たな王子が地球侵攻を開始したらしい。
「エインヘリアルは、ザイフリート配下であったヴァルキュリアを何らかの方法で強制的に従え、魔空回廊を利用して人間を虐殺。グラビティ・チェインを得ようと画策している模様です」
 虐殺が為されようとしているのは、東京都近郊の都市。その1つが、東京都福生市だ。
「ヴァルキュリアを従える敵は……シャイターン、と判明しています」
 妖精8種族の1つであり、『炎』と『略奪』を司るシャイターンは、暴力衝動のままに闘争を繰り返す危険な一族だ。
「福生市内で暴れるヴァルキュリアに対処しつつ、シャイターンを撃破するのが今回のミッションとなります」
 タブレットが福生市内の地図を映す。多摩川沿いにある南公園にマーキングされた赤いポイントを指差す創。
「皆さんの担当は、シャイターンの撃破となります」
 福生市に現れたシャイターンは、10歳くらいの少年の姿。南公園にある独特の形状の巨大オブジェの傍にいる。タールの如き翼が目印となるだろう。
「シャイターンは、護衛として4体のヴァルキュリアを置いていますが、苦戦している市内の戦場に対して、2体ずつ援軍を派遣するようです」
 ヴァルキュリアと戦うケルベロスの状況にもよるが――最初の2体が3~5分後。次の2体は7~10分後が、派遣される目安となる。
「援軍を派遣して手薄になった所を襲撃する、大凡そんな作戦と考えて下さい」
 細長い敷地の南公園だが広々としており、オブジェ周辺は見晴らしが良い。戦うにも困らないスペースがある。
 指揮官であるシャイターンを撃破出来れば、ヴァルキュリアと戦う仲間達も有利となる筈だ。
「どの時点で襲撃を掛けるかは、皆さんにお任せします。但し、確実にシャイターンを撃破出来るよう、作戦を構築して下さい」
 シャイターンは炎を操るが、現時点においてグラビティの詳細は不明。又、装備した武器のグラビティも使えるだろう。
「尚、護衛のヴァルキュリア達は、ゾディアックソードを使う模様です」
 新たな敵は妖精8種族が1、シャイターン――その能力は未知数だが、ヴァルキュリアを使役して悪事を為すのであれば、それを迎え撃ち阻止するのみ。
「新たなエインヘリアルの王子の影も見えてきましたが……指揮官が誰に変わろうと、為すべき事に変わりはありません」
 しっかと教えてやろう――ケルベロスがいる限り、地球は好きにさせないと。


参加者
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
陸野・梅太郎(黄金の脳筋犬・e04516)
吉野・雪姫(ホワイトスノープリンセス・e04533)
チェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614)
ミュシカ・サタナキア(新城さんちの娘・e11439)
夜殻・睡(眠りを斬り裂く氷刃・e14891)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)

■リプレイ

●福生みし街に来たれり
 既に、多摩川緑地福生南公園に一般人の気配は無かった。冷たい冬の風は流れ往く多摩川の水面を浚い、雑木林の枝葉を揺らす。
 木々の間に身を潜める複数の人影は、コスミック・エレベーション――独特の曲線描く彫刻の方を見詰めていた。
(「出来れば、あのオブジェも破壊したくはないものだ」)
 内心で独りごちるレッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)。本来は、もっと近くで彫刻を眺める筈だった。
 彫刻のすぐ傍に佇むのは、南公園の管理小屋だろうか。そこにケルベロスが潜み、魔空回廊が開くのを待つ――不意討ちも狙いたい所、であったのだが。
 彫刻と小屋の位置は、余りに近過ぎた。イシコロエフェクトや隠密気流は、確かに潜伏の一助となる防具特徴だ。しかし、完全に気配を断つ迄の効果は無い。
 或いは、敵の出現と同時に仕掛けるのであれば、問題なかったかもしれないが……ケルベロス達の作戦は「襲撃部隊の司令官が独りになるまで待ち、襲撃する」。時間にして10分以上、敵のすぐ傍で息を殺す事になる。けして短時間と言えない。更に、小屋で待伏せする数はサーヴァントも含めて4。これまた、けして少数ではない。
 もし、何かの拍子に潜伏を勘付かれれば――その責を負うのが自分達だけならまだ良い。これからの戦いは、福生市内でヴァルキュリアと対する4チームにも影響を及ぼすのだ。
 未知なるデウスエクスを相手に「多分、大丈夫」程度の楽観視は酷く危うい。結局、小屋の待伏せ組も、万全を期して雑木林に身を潜めていた。それでも、他の5人よりオブジェに近い場所にいられるのは、確かに防具特徴の賜物だろう。
(「重要な任務だし、頑張らなきゃな!」)
 ライドキャリバーのウルフェンと並ぶ陸野・梅太郎(黄金の脳筋犬・e04516)は、いつもに増して張り切っているようだ。
 ケルベロスの待伏せから暫時。果たして、オブジェの傍らに、魔空回廊が開く――現れた浅黒い肌の少年はヴァルキュリアを足蹴にするや、怒鳴り散らす。
「おら、さっさと行けよ! イグニス王子殿下地球侵攻の前祝いだ。派手に人間共を殺しまくって来い!」
(「……乱暴な奴」)
 僅かに顔を顰める夜殻・睡(眠りを斬り裂く氷刃・e14891)。この少年が妖精8種族が1つ、『シャイターン』なのは間違いないだろう。異性とは会話がやっとの睡は、戦闘などの非日常でも無い限り、女性には近付きたくないし近付けない。だからと言って、シャイターンの言動が見過ごせる訳でもない。
(「新たな種族……いや、古い種族というべきなのかな」)
 木の陰より目を凝らすクリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)。数多の戦乙女の中で唯一の少年の姿は、遠目であってもよく目立つ。
(「どちらにせよ、こんな暴挙を許す訳にはいかない」)
 今しも、シャイターンに足蹴にされたヴァルキュリアが、よろけながら立ち上がる。理不尽な無体にクリムの表情が険しくなる。
(「新しい妖精さん……と言ってもカワイイ相手じゃなさそうだね~」)
 同じく、嫌悪も露な吉野・雪姫(ホワイトスノープリンセス・e04533)。柔和な表情が常のチェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614)も虐げられるヴァルキュリアに同情し、シャイターンには憤りを覚えたようだ。
「さっさとグラビティ・チェインを刈って来い! グズグズしてっと、その面ァ切り刻むぞ!」
「ああ……本当に気に食わないのですよぅ。絶対やっつけてやるですぅ……」
 一方的な命令に、吐息混じりのミュシカ・サタナキア(新城さんちの娘・e11439)の呟きは明確な殺意が滲んでいる。
(「……女の子、に、乱暴する奴は許さないですぅ……」)
 だが、今はじっと我慢の時。公園より飛び立つヴァルキュリア達は、等分に四方に散り、残ったのは戦乙女4体と少年が1人。これでも、まだ数は多い。
「グズ共が……だから、女ってヤツは使えねぇ」
(「はっ、随分と生意気な野郎だぜ」)
 蔑む言葉が聞こえてくれば、ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)の表情も剣呑を帯びる。
(「分不相応って言葉を、身体に叩き込んでやるよ」)

●幻砂蜃気楼
 時間が経つのが、遅く感じられる。
 護衛のヴァルキュリア達に囲まれ、面倒くさげにオブジェに背を預ける少年は、時折、冬空を仰ぐ。
「……チッ」
 ヴァルキュリア達が飛び立って5分経過――漸く、不満げに舌打ちするシャイターン。
「死に掛けにトドメ刺すしか能がねぇだけあるぜ。使えねぇ」
 どんな仕掛けか、少年は福生市内のヴァルキュリアの戦況を把握しているようだ。
「てめぇら、さっさと片付けて来い」
 まずは2体、ヴァルキュリア達が飛び去った方向を見定め、何処の救援に向かったか見当を付けたハンナは片目を閉じる。
 アイズフォンで3コール数えて、そのまま切った。素早く、もう1度繰り返す。戦闘中だろうヴァルキュリアチームに、簡潔に増援を報せる。
(「後2人……」)
 祈るように両手を組むチェレスタ。
(「ごめんなさい、どうか耐えてください」)
 ヴァルキュリアチームの負担を考えれば心苦しいが、ここで確実にシャイターンを倒さなければ被害は増えるばかり。ある意味、被害者であるヴァルキュリア達も救えない。
(「ホントに操られてんだな」)
 唯々諾々と従う戦乙女の様子に、梅太郎は異様を実感する。ヴァルキュリアと関るのは初めて故に、他のケルベロスに比べれば、シャイターンに対しても特別な思い入れはない。
(「けど、操るのは卑怯だよな!」)
 単純明快な戦友に対して、レッドレークはもう少し複雑な気分だ。
(「愛が湧かぬ理由、か……」)
 それは、鎌倉奪還戦で散ったヴァルキュリアの末期の言葉。心を初めから持っていながら、捻じ曲げられる苦痛はどれ程のものか。
 嘗てダモクレスとして命令に従うだけだったレッドレーク。地球に拾われた身として負目すら感じるし、ヴァルキュリア達を不憫に思う。
 待機の手持ち無沙汰に満月に似たエネルギー光球を弄ぶミュシカにしてみても、自分の過去を重ねて、ヴァルキュリアには同情と親近感がある。けして表には出さないけれど。
 抱える思いはそれぞれだが、ケルベロス達の決意は同じ。
(「ヴァルキュリアを受け持ってくれる皆の為にも、確実に」)
(「全力全開! 1分1秒でも早く倒してみせます!」)
 毅然とした面持ちでライトニングロッドを握るクリム。陽炎うバトルオーラに合わせて、雪姫の髪に咲く桜花が揺れる。
 斬霊刀『雨燕』を何時でも抜刀できるよう、睡は半眼のまま身構えている。
 息詰まる時間はジワジワと過ぎ――第1の援軍から6分経過。
「クソッ! おい! てめぇらもさっさと行け!」
 明らかに苛立った怒声が響き渡る。無言で飛び立つヴァルキュリアを一顧だにせず、空へ拳を突き上げる少年。魔空回廊を開く儀式か。
 2度のアイズフォン3コールの時間ももどかしい。ハンナからの合図にレッドレークが立ち上がると同時に、ライドキャリバーのエンジン音が響き渡る!
 ブロオォォッ!
 ハッと振り返った少年へ、一輪バイクの突進と同時に梅太郎も飛び掛る。
「いて! いってぇ! ……お前も痺れろぉ!!!」
 黄金の雷撃と呼び名はカッコイイが、その実、長毛犬種ならではの静電気を放出する荒業だ。敵を足止めする一方、自身もかなり痛い。
「何だよ! てめぇら!」
「……どうも。残念、逃がさないよ」
 怒鳴る少年に律儀に返答し、睡の斬霊刀が奔る。続いてレッドレークがブレイズクラッシュを繰り出すも、相次いでかわされた。
 サーヴァント伴う攻撃は、厄を撒くには分が悪い。チェレスタがライトニングウォールを前衛に、ミュシカがルナティックヒールを自らに施す間に、雪姫が禁縄禁縛呪を編み上げる。
「まずは一手、凍結させる!」
 氷を意味するルーンを宙に描くクリム。達人の一撃をロッドに集約して放つも、これも又かわされた。
 やはり1度の捕縛で捕えるのは厳しいか――ハンナは、冷徹に紅眼を細める。
 近くで見れば、秀麗な顔立ちの少年だった。濁った瞳はアーモンドアイ、くっきりとした造作は、癖っ毛から覗く尖った耳と相まってエキゾチックな雰囲気だ。
「悪いな、あたしは見た目が子供でも一切容赦しない」
 だが、粗暴な本性も露な生意気な表情は、ハンナに嫌悪を催させる。
「女を隷属させていい気になってんじゃねーよ」
 ガトリングガンが火を噴いた。弾丸をばら撒き、弾幕を張る。
「がたがたうっせーんだよ!」
 たたらを踏むも束の間、シャイターンのタールの翼が翻る。広げた両腕より、湧き上がる砂塵の嵐――ゴウと唸りを上げ、ケルベロスへと襲い掛かった。

●粗暴を砕く
「……ッ!」
 砂嵐に呑まれたのは、後衛の3名。
「女性を見下し、虐げて威張り散らすなんて!」
 憤るまま、エレキブーストを飛ばすチェレスタ――よもや、生命を賦活する電気ショックが、シャイターンの魔力を高めようとは。
「ハハッ! 幻砂の中で踊り狂え!」
「催眠か!」
 これがシャイターンのグラビティの1つか――恐らく、敵のポジションはジャマー。このまま、後衛を放置するのは危険だ。
 ウルフェンがデットヒートドライブを敢行する間に、スターサンクチュアリを描く梅太郎。その威を借り、幻を掃った雪姫の気咬弾は、狙い過たず少年を貫く。
 レッドレークの全身を地獄の炎が包み込んで赤熊手の威力を上げる一方、いっそ軽やかにミュシカは少年に腕を広げる。
「1人のぉ、……自分の力じゃ何にも出来ないんですぅ?」
「そんな台詞はタイマン張ってから抜かせ」
 吐き捨てる少年の金の指輪より具現化した戦輪が、仔兎の抱っこを弾く。
 そのままマインドスラッシャーは、先と変わらず後衛を切り裂いた。チェレスタは梅太郎が、雪姫はミュシカが庇うも、飛沫く血潮に眉を顰めるハンナ。
「お前らこそ何者なんだよ。急に出てきて随分好き放題だな」
「群れる地虫が囀るんじゃネェよ」
「そうかい。じゃあさっさと消えろ」
 すかさず、応酬のバスタービームを浴びせれば、クリムの破鎧衝が爆ぜた。
「お前達が復活した理由は何だ?」
「教えてやっても良いぜ? てめぇら全員が這い蹲ってお願いしたらなぁ!」
 粗暴であっても、容易く情報を漏らす軽はずみではなさそうか。
 睡のグラビティブレイクは一歩及ばずながら、着実にシャイターンへの攻撃は当たりつつある。
「申し訳ありません……」
 沈痛な面持ちで、チェレスタが歌うのはヒュムネ・フロイデ――喜びの聖歌。
「天より降り注ぐ光よ、地に満ちる恵みよ、今紡ぎしこの調に乗せて、我が同胞を護り給え」
 クリムのウイッチオペレーションが幾重も共鳴した。その聖なる歌声は、ケルベロス達の戦う力を蘇らせる。
「私ぃ……アナタみたいなのぉ、大っ嫌い、なんですよぅ」
「吐きそうなくらい気が合うな。俺もてめぇみたいなぶりっ子は、でぇっ嫌いだぜ!」
 重ねての挑発が、漸く功を奏した。ミュシカを斬り刻むマインドソード。その間に、雪姫の【黄金の融合竜】が、睡の螺旋氷縛波が、ハンナのガトリング連射が殺到する。
 梅太郎とウルフェンの息合った連携を眩しげに見やり、攻性植物を芽吹かせるレッドレーク。
(「……頼れる仲間の居る事は幸せだな」)
 そう、侮るヴァルキュリアの盾さえも無い、今のシャイターンにケルベロス達が負ける謂れは無い!
 爆ぜた炎ごと凍りつき、激しいプレッシャーが小柄に圧し掛かる。チェレスタに強いたエンチャントも、睡のグラビティブレイクが今度こそ消し飛ばす。
「レッド!」
「ああ!」
 梅太郎の星座の重力を宿す一撃と、レッドレークの地獄の炎撃が、斜め十字に交錯する。
 ハンナのガトリング連射を目晦ましに、ミュシカの電光石火の蹴りが、狙い過たず急所を貫いた。
「ク、クソガァァッ!」
 罵声が轟く。麻痺に阻まれ、幻砂の蜃気楼は解放の前に掻き消える。
「貫くは己の信念、穿つは悪しき妄念。我が敵を突き抜けろ、ルーン・オブ・ケルトハル!」
 膨大な魔力が掌が焼くも構わず、魔槍を投擲するクリム。追加術式による魔力の炸裂が、シャイターンの半身を抉る。
「地球を侵略、なんて大それた夢を見たまま消えろ――遊酔夢境・一二三断ち!」
 雨燕の力を引き出し、実体ならぬ霊体を切り裂く斬撃はいっそ静謐。睡の眠たげな眼差しも変わらない。
 ウオォォッ!
 それでも尚、シャイターンは吼える。濁った眼差しが彷徨うのは、虚空。その意図を察し、チェレスタは思わず叫ぶ。
「あなただけは、絶対に逃がしません……!」
「あらわれて! 紅のミスパーフェクト!」
 エレキブーストが賦活するのは、白髪の少女。その傍らで『紅』のサラブレッドが嘶く。
「その完璧なる走りを今魅せて!」
 スカーレットに燃え立つ馬が疾駆すれば、忽ちシャイターンに追い付き打ち砕く。
 その勇姿に、馬を愛するオラトリオの少女は誇らかに笑み零れた。

●決戦の後
 シャイターンの骸が急速に風化していく。一陣の風が吹き過ぎれば、後には何も残らない。
「あの金の指輪は……」
 暫し地面を見回すクリムだが、シャイターンは装備品1つ残さず消えた。繰り出していたグラビティからして、恐らくマインドリングであっただろうが。
 その間に、手分けしてヴァルキュリアのチームに電話連絡するケルベロス達。数えて3コール――素っ気無くも明確な、シャイターン撃破の報せだ。
 些か荒れてしまった周辺は、ミュシカがルナティックヒールを以てヒールして回っている。
「終わった、か……」
 聳え立つオブジェを見上げ、レッドレークは溜息を吐く。敵の凌駕の可能性まで考えて気を抜かずにいたが、もう大丈夫だろう。
(「後は頼んだぜ」)
 ハンナも煙草を取り出し一服しているが……携帯電話を握り締める雪姫の気懸りそうな表情に、小首を傾げた。
「どうかした?」
「他のチーム、大丈夫でしょうか?」
 シャイターン戦は、大凡順当に短期決戦となった。だが、それは、各チームに援軍という負担を被せた上で成った戦果だ。
 シャイターンを倒した事で、各地の戦況も変わっているだろうが……ヴァルキュリアの襲撃開始から15分は過ぎた。そこまで戦線を維持できているかどうかも、コールのみの一方通行な連絡では定かでない。
「だったら、行ってみるか?」
 こんな時の梅太郎の行動は、あくまでも明快だ。
「ヴァルキュリアのチームのお陰で、俺達はまだ余力があるしな!」
「そうですね。ヒールでしたら、私もお手伝いできます」
 緩やかに金髪を揺らしてチェレスタが頷けば、睡は「皆に合わせるよ」と女性陣から離れた所で肩を竦めて見せる。
「ここから近いのは……」
 他も否やは無ければ、南公園より急ぎ駆け出すケルベロス達――彼らが福生市の戦況の全貌を把握するのは、それから暫く経ってからの事となる。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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