魔導神殿改造作戦~ピスケス・ハピネス

作者:秋月きり

「皆様、ようこそお越し下さいました」
 グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の声色は緊張に染まっていた。それもその筈だ。いつもであれば、皆の前での説明はヘリオライダー達の仕事だ。そのサポートに回ることはあるものの、自身が主として喋るのは滅多に無いことだ。
「さて。近年の皆様の活躍により、世界中の人々は遠くない未来、全てのデウスエクスを撃破し、平和を取り戻すことが出来るとの確信に至った……とのことです」
 数多くのデウスエクス達のゲート破壊に至り、今やゲートだけに言えばダモクレスや死神、ビルシャナを残すのみだ。
「その上でですね、昨年、東京で行われた大運動会の影響もあって、日本文化に詳しくなった世界の人々は、デウスエクスを撃破し平和を取り戻す願いを込め、全世界一斉に『SETUBUN』と言うイベントを行おうと盛り上がっているみたいなのです」
 SETUBUN――即ち、『節分』。
 立春の前日に行われる「鬼を払い、福を招く」と言う古来、日本より行われ来た行事のことだ。
 成る程。時期的にも行事――儀式の内容的にも、今の状況に最適なのかも知れない。
「この全世界を巻き込んだ節分イベントは、世界規模で季節の魔力を集めることが出来るでしょう」
 その膨大な季節の魔力を、例えば死神勢力などに奪われれば、こと、一大事になりかねない。
「そんな事態を阻止する意味でも、皆さんで季節の魔力を使い切る必要があります」
 故に皆に集まって貰った。
 手元の資料とケルベロス達に視線を交互させながら、グリゼルダはそう告げる。
「季節の魔力の使い道ですが、アスガルド・ウォーで獲得した魔導神殿の再起動を行う予定です」
 全ての魔導神殿を、磨羯宮「ブレイザブリク」のようにケルベロス側で利用出来れば、その戦力は非常に大きな物となるだろう。
 また、世界規模の季節の魔力であれば、ケルベロス達の願いを叶える形で、魔導神殿の改造すら可能と予測されているのだ。
「現在、ヴァルハラ大空洞から移動出来ていない『死者の泉』の扱いなども合わせて、この季節の魔力で解決方法を探せるかも知れません」
 そして、節分の儀式だが、日本時間に合わせて一斉に行われるとのことだった。
「皆さんはそれぞれの魔導神殿で節分の儀式を行って下さい」
 ケルベロスの皆が儀式を行うことで、世界中からの季節の魔力を束ね、その魔力を使用して魔導神殿を再起動することが出来る。
 その際、願いを伝えることで、望む形で再起動を行おうと言うのが今回の趣旨だ。
「魔導神殿の所在地はヴァルハラ大空洞に、双魚宮『死者の泉』、天蝎宮『エーリューズニル』、女宮『スキーズブラズニル』、獅子宮『フリズスキャルヴ』の4宮殿。東京焦土地帯に、磨羯宮『ブレイザブリク』。鎌倉市に、金牛宮『ビルスキルニル』。仙台市に双児宮『ギンヌンガガプ』の3宮殿です。それと……東京焦土地帯の奥地に白羊宮『スティクス』がありますね」
 以上、8宮殿が今回の儀式を執り行う魔導神殿の対象である。
「私たちの担当は、その中でも双魚宮『死者の泉』になります」
 弾んだ声でグリゼルダはそれを告げる。やはりヴァルキュリアとして、死者の泉への思い入れは人一倍、と言った処か。喜びと気恥ずかしさが入り交じった表情は、戦乙女の頬を朱に染めていた。
「死者の泉の役割はエインヘリアルを生み出すことでした。死者を悼み、デウスエクスへと転生する――それに倣い、『幸運な人』への祝福を行いたく思います」
 邪気を払い、幸福を呼ぶが節分の趣旨である。
 また、節分の前身となったと言われる行事――いわゆる旧正月に於いては古き年を忘れ、新しき年を迎える儀式でもあった。
 ならば、節分と死者の泉の相性は良いはずだ。
「この会場では幸福、幸運――即ち幸せな人が鬼です。最近、幸せなことがあった人に豆をぶつけ、祝福しましょう」
 例えば最近、恋人が出来た、でも良い。家族が増えた、でも素敵な幸せだろう。
 何かの籤に当たった等の些細な幸福でも勿論、素晴らしいことだ。
 全てのデウスエクスを倒したら結婚する予定だ――は、ちょっと縁起が悪いから言わない方が良いかもしれない。
 死者を悼むことは、現世の喜びを伝えること。
 死者の転生を望むことは、新たな生が喜びに満ちていることを示すこと。
「そんな幸せに満ちた儀式を行えば、きっと、全て、満足して貰えると思うのです」
(「きっと、姫様も、姉様達も」)
 全てに笑顔と祈りを込め、グリゼルダはぺこりと頭を下げるのであった。


■リプレイ

●ピスケス・ハピネス
 鬼は外。福は内。
 掛け声と共に福豆が撒かれている。
 鬼は外。福は内。
 凶事を祓い、幸福を呼び込む節分は、『SETUBUN』の名を全国――それも日本全国では無く、世界各地で行われていた。
 そして、それは地球の上だけでは無い。

 ヴァルハラ大空洞。
 その中に聳える双魚宮『死者の泉』においても、その行事は行われていた。

 イズナの語る幸せは、仲間との関わりだ。闘技大会に向けて仲間と全力を尽くす。それが結果に結びつくことは存分に嬉しいことだ。
「えへへ、幸せいっぱいのみんなも、いっぱい祝ってあげるからね!?」
「はい! 是非」
 天真爛漫な笑顔に、グリゼルダも華のような微笑みで返す。
 そう。此度、この双児宮におけるSETUBUNのテーマは『幸運な人』――即ち、幸せだ。
 幸せな出来事を皆で祝福する。ここはその為の場であり、そして豆をぶつけられる鬼役は、今、幸せを感じる人々であった。イズナの様に豆をぶつけ、祝福することに楽しみを見出しているケルベロス達の姿もある。
 グリゼルダもその一人だ。
(「食べ物をぶつけるのは少しだけ、勿体ない気がしますが――」)
 そんなお祝いの形があっても良いだろう、とも思う。
「そうですね。誰かと共に過ごし、思い出を重ねられたことは幸いです」
 恋人。そして友と、5年以上も幸せな時間を過ごすことが出来たと、共感の言葉を零すのはフローネだ。その気持ちはグリゼルダにも分かる。この5年間、全てが楽しい物ばかりでは無かった。それでも幸せだと感じることが出来る。
「はい!」
 だから、笑顔で豆を投げつけるのだ。
「さあ、喰らえ幸せ野郎どもめ!」
 その隣で、機関銃よろしく豆まきに奮闘するアンヴァルの姿があった。その後、迂闊に「こうして豆をまけるのが幸せ」とか呟いてしまい、逆襲されてしまうのだが、今はまだ、幸せな時間だ。今は、まだ。
 【天牙】で参加した鈴、煉姉弟の紡ぐ幸せは身長の話、そして恋人の話題だった。
「俺の成長は止まらねぇ♪」
「昔はわたしの方が高かったのにぃ!!」
 179センチの弟へ、25センチほど下から投げつけられた姉の豆は、見事に顔面を強打する。痛っと上がる声は、全力の投擲だった証拠だ。豆が命中した鼻が赤く染まっているのが見て取れた。もの凄く痛そうだった。
 だが、仲睦まじいのは幸せの証拠。互いの恋人の話題に盛り上がる二人にも、集中砲火の如く豆が投げつけられる。
「俺はカレーだな」
 いつもの半裸と微妙に異なり、鬼角、虎柄の腰蓑姿で登場した泰地は、自身の思いを強く主張する。
 レパートリーが増えたこと、世界中の人々や師団の皆、そんな様々な人達にオウマ式カレーを振る舞えたこと。
 得意げに胸を張る彼にもドカドカと豆が投げつけられる。
「オレの幸せは身長が20センチ伸びたことだ!」
 加えて、仲の良い仲間が沢山出来て、強くなれたこと、とラルバが声を上げる。
 数年に及ぶ戦いの歳月は、少年を戦士へと成長させるのに充分な長さであった。
「そして何より、皆の笑顔が沢山見られたことだ!」
「判ります!」
 促され、グリゼルダも強く頷く。ケルベロスの皆には敵わなくとも、それなりに彼女も成長した。その喜びが何物にも勝ることを、彼女もまた知っている。
「おれのしあわせは毎日ゴハンがおいしいこ……ぎゃー」
 ベーゼの言葉が遮られたのは、誰かから投げられた豆のお陰か。
(「いえ、大事なことです!」)
 食事に関しては五月蠅いグリゼルダも納得の文言だったが、流石に言い直す気になったようだ。
「地球の皆がこうやって笑いあって楽しんで、これがきっとおれの一番のしあわせだ!」
 今、地球上の皆が笑い合っている。ここに居なくとも、この場所に集えない人々がいたとしても、その光景が目に浮かぶようだ。
 にこりと笑むベーゼに、グリゼルダもまた笑顔で返す。
 そう、今、一番幸せを享受している者が居るとするならば。
 それは、ケルベロス達のことを指すだろう。

●貴方といる幸せ
 貴方と存在出来る。貴方と過ごせる。貴方と共に歩むことが出来る。
 それを幸せと言うのならば、それに勝る幸せは他には無い。
 これから何年何十年。
 共にいることを誓う二人の姿を、生まれ変わりの力を湛える泉は、ただ、静かに見守っていた。

「琴と、恋人から家族になりますっ!」
「私が16となるその日に、シルと伴侶となります!」
 折角だから報告を。
 仲睦まじく手を繋いだシルと鳳琴は、力強く宣言する。
 年齢の関係上、今はまだその日が来ていない。だが、それも月日が解決してくれる。今はその為の第一歩。その為の宣言だ。
「長女よりも先に婚約するなんて、別れたら許さないからね!」
 身内には容赦しないと、セレスティンが二人に豆をぶつける。その様はどこか、ライスシャワーによる祝福に似ていた。
(「じ、自分だって-」)
 そんな姉が恋する乙女だと言う事を、シルは知っている。ともあれ、如何なる豆もどんとこいと身構える彼女だ。姉からの豆鉄砲に対しても、臆するつもりは無かった。
「これが私の、至上の現世の喜びですっ」
 照れ臭いけれども。
 そう口にする恋人がいれば、どんなことだって怖くは無い。

「最愛の人と婚約しました」
 婚約の喜びは続いていく。清春とモヱの夫妻もまた、その喜びを享受する者達だ。
「一目惚れ同然で猛アタックしてお互いの気持ちが通じ合って」
 そう主張する清春にしかし、モヱの言葉は少々厳しい。
「確かに好みのタイプで推せるけどナマモノお触り禁止大原則という腐れ界の常識。そんな葛藤との壮絶な戦いを経るなど色々あり、お付き合いを経過、今に至りマス」
 ナマモノとの言葉に旦那の顔が歪むが、それは無視。
 今が幸せであればそれでいい。そう主張せんばかりの表情だった。
「オレしか知らねぇ一面もっと見てぇと思ってまーっす」
 そんな喜びの声に、皆から豆がぶつけられる。いいぞもっとやれ。

「交際しはじめてそろそろ5年……な訳だけど」
 照れの表情を形成するハインツの隣で、その相方である悠はばーんと胸を張る。
「5年の時が流れ――ケッコンすら可能となったのだ!」
 皆から投げつけられる祝福の豆。それと同時に投げつけられたヤジは、ハインツの表情を朱に染め上げた。
「……ちゅー? ってキスか! いや、その、それはまだだけど」
 二の足踏む彼への援護射撃は意外な処から。
「覚悟を決めて口づけてくれても構わないのだよ。ぼくの覚悟は出来ている故にッ!」
 力強い言葉だった。
 ならば、と覚悟を決める。臆するのはケルベロスの所業ではない!
 二人の唇が重なったと同時に、盛大な祝福が響き渡る。おめでとう! おめでとう!

「最近あった幸せな出来事、それは紺がプロポーズを受け入れてくれた事だ」
 本日4組目の婚約報告。それはムギと紺のカップルからで有った。
 折角の場だから、もう一度伝えたい。その言葉と共に、ムギは紺へと向き直る。
「紺、俺は君が好きだ、愛している。これから先も、俺と一緒にいて欲しい」
「私もムギさんが大好きで、愛しております。これからも共に歩み、一緒に未来を描いていきたいです」
 自身にとって一番の幸せは大好きな人が幸せにしている姿を眺めることだと紺は主張する。その姿がとてつもなく、愛おしい。
 二人の唇が重なることもまた、その幸せの表れ。
 しばし交わした抱擁の後、ムギが高らかに宣言する。
「今日また幸せな出来事が増えた。みんな、祝福してくれ!」
 大量の豆と歓声が、その答えだった。

「幸せか……」
 ひとしきり仲間達へ豆を投げつけたレスターは「ふむ」と頷く。次々と自身の幸せを言葉にしていく彼らに、ならば、自分の――否、自分達の幸せとは? と問うてしまう。
「レスターがこの作戦に一緒してくれたの、ティアン、うれしい。しあわせ」
 それが相方の答えだった。
 鬼の面に隠れた表情は読み取ることが出来ない。ただ、長耳が上機嫌に揺れている。
「そうか」
 照れ隠しなのか否か。ティアンに豆をぶつける。幸せな人間に豆をぶつけるのが、この場の務めだ。
「ま、お前が幸せなら、おれはそれでいい」
 その後、二人の話題は豆を食べる話へと移行する。
 40歳と19歳の隔たりを、しかし、それすらも楽しいと笑い飛ばすのだった。

「幸せなこと、は……」
 カルナは隣を見やる。共に歩く灯は今日もまた元気で明るい。
「やっぱり、大切な人ができた事、でしょうか?」
 それが彼の本心。
「わ、私は最強なのでいつでも元気!」
 真摯な瞳に中てられれば、ドギマギしてしまう。灯にとってもカルナは安心して翼を預けられる止まり木のような大切な存在だ。
 照れ隠しに投げつけられた福豆に、カルナの目が白黒する。
(「仲の良いカップルですね」)
 とは通りがかりのグリゼルダ談。伴侶へお返しにと豆をぶつけられず、食す方向に逃げるカルナの様子に、クスリと笑う。
「はい、お幸せに!」
 二人へと精一杯の豆をぶつけることにした。

 皆の幸せを聞いて思う。
 この世は幸せなことばかりでは無い。ここに貴方がいないことは幸せと思えない。
 それでも、貴方と会えたことは幸せだったと、それだけは思う。

「もう一度、会いたいな」
 それはミライの願い。叶わない願いを抱くことを幸せと呼べるのか、その是非は彼女には判らない。
 幸せな時間を皆が過ごすのは良いことだ。豆を投げて祝福した。その喜びもまた、本心から零れた物だったけれども。
「……姉さん、俺もね」
 陣内は自身が映る水面を見下ろす。
 全てを奪われた姉はこの先にいるのだろうか。それとも別の場所だろうか。それは判らない。だから願う。この思いが喪われた彼女に届けばと、それだけを想って。
(「そんな日が来るなんて思えない時間は長かったけど、あの子と一緒に生きていくと、決めたよ」)
 そう、喜びは此処に無くて、ここにある。
「いつか、いつか輪廻の果てで出会えたら」
 大切な人を喪った悲しみはグリゼルダにもある。自分を犠牲にして、全てを助けてくれた。姫と慕ったあの人の死は悲しかったけれども、その痛みを癒やしてくれる人達がいた。
「だから、明日を願うようになった――」
「故に、まだ、幸を願っている」
「誰かとの繋がりを、求めている」
 三者三様の祈りを聞き届ける者が居るのか判らなかった。
 それでも、ただ願う。
 その根底にある思いは一つだ。
 貴方に会えたことは、自分にとって、とても大切な『幸せ』だったのだ――。

 そして祭りは終局へと向かっていく。
「さてグリゼルダよ。西国辺りでは節分に小豆を『食べてもらう』ことで厄を祓うこと、ご存じかの?」
 括の差し出す善哉は甘く、温かくて。
「節分にお蕎麦を食べる地域もあるようです」
 道灌が用意したのは蕎麦だ。成る程。大晦日と言う節目に蕎麦を食べることが厄除けの風習ならば、季節の節目である節分に蕎麦を頂くのは理解出来る。
 彼曰く、中国地方の風習のようだ。
「こ、これは――」
 甘味と塩味のループに箸が止まらなくなる。
 これもまた、この上ない幸せであった。

●ドルフィン・ミューテーション
 ふと顔を上げる。
 最初に覚えたのは地響きだった。
「外へ避難しろ!」
 誰かの声を皮切りにして、皆が動き出す。
 避難経路を始めとした諸処に溢れた光は、やがて、魔導神殿そのものを包み込んでいった。
「――これが、双魚宮」
 神殿そのものが拡がり、庭園と泉、そして、それを抱える宮殿と化していく。
 それは例えるならば、西洋風の荘厳な宮殿を思わせた。
「派手な外観だな!」
「これ、死者の泉か? 新鮮な湧き水が流れ出ているみたいだけど」
 悠の歓声に泰地の驚愕が重なる。どうやら、これこそが願いを反映した双魚宮の姿のようだ。噴水と化した泉にイルカが飛び交い、辺りに散る水滴が、光を乱反射している。その光景は夢のように、とても綺麗だった。
「コインを投げ入れてもいいのか?」
「それは……どうなのでしょう?」
 ムギの疑問に、紺は同じく首を傾げる。それが二人の願いの形らしい。
 イルカと言えど、生物では無く、双魚宮の一部が姿を変えたオブジェの様なものだ。だから、コインを投げ入れても毒にはならないだろう。
 それだけは何故か判った。
 判ったのだが……。
「全ては調査が終わってから、でしょうか?」
 皆が提示した願いの中には、変化後の外観だけでは分からない物が多々ある。死者の泉が持っていた力そのものも、願いによって変貌してしまっている可能性は充分にある。故に、調査は必要だとグリゼルダは呟き、しかし――。
「それでも、中を見る分には問題ないでしょう」
 これはケルベロス達の願いの結晶だ。
 ならば、自分達を害する筈がない。
 そう信じて、足を踏み入れる。

「わわっ。システムキッチンもありますよ!」
「居住区、と言った処でしょうか?」
 聞こえて来たのはカルナと灯、二人の喜びの声だった。どうやら、荘厳な宮殿の外見とは異なり、中は最新鋭の設備が揃っているようだ。季節の魔法、恐るべし、であった。
「喫煙室ぐらい有ると良いんだがな」
 ぼそりと呟くレスターに、ティアンがクスリと笑う。折角の宮殿だ。蛍族宜しくバルコニーで喫煙は少し格好が付かない。その思いが判る気がした。
「つまり、『双魚宮』は居住に適した場所になった……と言う訳か?」
 鈴と煉姉弟が首を傾げたその瞬間だった。
 双魚宮そのものが再度、光を放つ。
「な、なんと?!」
「わ、わわっ?!」
 驚きの声を零したのは括とカルナの二人だ。
 地面が揺れる事数度。揺れが収まった二人が窓から見たその姿は――。
「い、イルカ?!」
「成る程。双魚宮――魚座は神話に於いて、女神が怪物から逃げる為に用いた手段だと言う。故に、双魚宮が魚に変化するのは当然」
 カルナの言葉に、したり顔で解説する括であった。
「……イルカって魚で宜しいのですか?」
 そんな彼女に掛けられた道灌のツッコミはひとまず、脇に置いておくことにした。
「双魚宮そのものがイルカに変形した、だと?」
 くわっと陣内が目を見開く。
 だが、誰しもが彼と同じ表情をしていた。
 先程まで庭園つきの宮殿だった双魚宮は、今や、巨大なイルカと化し、大空洞内を泳いでいるのだ。居住区に変わりが無いことを考えても、これは即ち――。
「飛行船みたいなもの……か?」
 或いは、空を泳ぐ客船と言った処か。
 季節の魔法がもたらした結果に、しかし、まだ終わりは見えない。
 何故ならば、そのイルカの行く先は――。
「獅子宮『フリズスキャルヴ』?! って、ぶつかるーっ!」
 悲鳴と共にアンヴァルは柱へとすがりつく。だが、彼女が危惧するその時は訪れなかった。
「……なんだか、獅子に丸呑みされているみたい」
 ふふりと微笑し、セレスティンは周囲を見やる。
 双魚宮がイルカに転じたのと同様、獅子宮もまた、獅子に転じていた。どうやら、彼女達はその中に格納してしまったらしい。
 だが、願いの成就はそれだけに留まらなかった。
「転移、しましたね?」
「したな……?」
 鳳琴の呟きに答えたのはレスターだ。
 双魚宮の力か、獅子宮の力か判らない。ただ、この二つの建物が、中に乗り込むケルベロス達ごと、空間跳躍したことは理解出来た。
 その先を、ケルベロス達は知っていた。
「東京焦土地帯?!」
 シルが叫ぶ。焦げた臭い。戦いの臭い。それは、ケルベロス達の誰もが知る場所だった。
「え、えーっと、あれは……?」
「た、多分、白羊宮『ステュクス』だと、思います」
 フローネの指差した先には白い毛玉が転がっていた。
 認めたくないと頭を振りながらも、ミライは引きつった笑みで答える。東京焦土地帯の最奥。この場所を彼女は知っていたから。
「すると、ここに魔導神殿が集まっているっすか?」
 ベーゼの疑問に答えるかのように、空が数度、白く光る。
「なんか、カオスだな……」
 ハインツの言葉に、悠は堪えきれないと、噴き出してしまう。それ程までに仰天同地な状況だ。――つまり、彼女好みに派手であった。
 其処に帆船があった。
 其処に骨子があった。
 其処に剣があった。
 其処に宇宙船があった。
 そして、其処に牛があった。
 何れも空間転移でこの場所に出現した――おそらく、それらもまた、魔導神殿群が変形した物なのだろう。
「処女宮『スキーズブラズニル』! 天蝎宮『エーリューズニル』! 磨羯宮『ブレイザブリク』! 双児宮『ギンヌンガガプ』! 金牛宮『ビルスキルニル』!」
 歓声が上がったのは誰からか。
 見上げた空には、出現した五つの光。
 それはやがて骨子である天蝎宮『エーリューズニル』を骨格とし、姿を変え、そして変形合体をしていく。
 その姿はまさに。
「……宇宙船?」
 巨大なそれは天翔る船の外躯をしていた。
「これが……皆様の願い?」
 それは途方もなく規格外で、途方もなく強大で、そして、途方もなく自由な物だった。
 そんなケルベロス達の願いの成就に、グリゼルダは感嘆の吐息を零すのだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月2日
難度:易しい
参加:25人
結果:成功!
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