魔導神殿改造作戦~ビーン・ストリート

作者:土師三良

●音々子かく語りき
「おにはそとー! ふくはうちー!」
 ヘリポートの一角に並ぶケルベロスたち。
 その眼前で平和な光景が展開されていた。
 ヘリオライダーの根占・音々子が豆を撒いているのだ。
「あ? これは投擲専用のバイオプラ製の豆ですから、拾って食べたりしないでくださいねー。さてさてー」
 食べられない豆を撒き終えると、音々子はケルベロスたちに向き直った。
「ここ最近、皆さんはいつにも増して大きな戦果をあげられてますよねー。デウスエクスとの戦いの終わりも見えてきたような気がするのは私だけでしょうか? ……否! 私だけじゃありませーん! 世界中の人たちが確信しちゃってるみたいですよ! 戦いの終わりを! 平和の到来を!」
 その確信を更に強くするため、全世界の人々があるイベントをおこなおうとしているのだという。
 イベントの名は『SETUBUN』。
 そう、節分である。去年の八月に東京で開かれたオリンピックの影響によるものか、日本の文化に興味を抱く者が増えたらしい。
「というわけで、全世界で一斉にSETUBUNを祝うわけですが……時事イベントでおなじみの『季節の魔力』が大量に集まることは間違いないでしょうね。なにせ、世界規模ですからー」
 その膨大な魔力を死神等の勢力に奪われてしまったら、見えてきたはずの戦いの終わりがまた遠のいてしまうだろう。
 よって、ケルベロスたちの手で早急かつ有効に使い切る必要がある。
「魔力の使い道を色々と検討した結果、アスガルド・ウォーで獲得した魔導神殿の再起動をおこなうことに決定しましたー! すべての魔導神殿をブレイザブリクのようにケルベロス側で利用することができれば、今後の戦いが有利になること間違いなーし! しかも、ただ再起動させるだけじゃありませんよ。ケルベロスの皆さんの願いを叶える形で、魔導神殿を改造しちゃうこともできるはずです。さっきも言ったように、世界規模の魔力が集まるんですから!」
 節分の儀式は日本時間に合わせて世界中で一斉におこなわれる。
 ケルベロスたちの役目は、世界のそこかしこから集まってくる季節の魔力を束ね、願いを込めて豆を撒くこと。成功すれば、魔導神殿は再起動するだろう。皆の願いに応じた形に変わった上で。
「皆さんに担当してただく魔導神殿は、東京焦土地帯にある白羊宮『ステュクス』です。ヘタレ王子ホーフンドの一党が籠城してやがりますから、宮殿内部でイベントを始めるのではなく、ますは遠距離から豆を投げつける形になるでしょうね。上手くいけば、季節の魔力によって、白羊宮を停止させることができるかもしれません」
 何人かのケルベロスが笑いを噛み殺し、肩を小刻みに揺らしている。宮殿の外からグラビティならぬ豆をぶつけられた時のホーフンド軍の反応(毒気を抜かれるか? 度肝を抜かれるか?)を想像しているのだ。
「もちろん、他の魔導神殿と同様に停止だけじゃなくて改造していただいて構いませんよ。改造後の形がどんな感じになるのか――」
 音々子は小さなパケをポケットから取り出すと、その中に詰まっていたバイオプラ製の豆をまた撒き始めた。
「――それは皆さんの願い次第! 豆に願いを込めて投げまくっちゃってください! おにはそとー! ふくはうちー!」


■リプレイ

●城の外で
「このお豆、食べられないんだ……」
 ローレライ・ウィッシュスターはしょんぼりと肩を落とした。視線の先にあるのは、掌に盛られたバイオプラ製の豆。
「だけど、投げっぱなしにできるから、エコで楽だよ」
 そう言って、エマ・ブランが同じバイオプラ製の豆を投げ始めた。
「それもそうだね」
 ローレライは気を取り直し、空いているほうの手で豆を掬い取り――、
「おにはぁーそとっ!」
 ――力の限りに投げつけた。
 この東京焦土地帯の一角に鎮座している白羊宮『ステュクス』に向かって。
「普通の豆と違って、遠くまで届くという長所もあるよね」
 サバイバルゲーム用のヘルメットとゴーグルを装備したシルディ・ガードが腕を大きく振った。カラフルな豆が放物線を描き、白羊宮に降り注いでいく。
「また随分と派手な色の豆だなぁ」
 目の上に手をかざして豆の軌跡を視線で追っているのは相馬・泰地。
「誤食を避けるための配慮だよ」
「杞憂って気がしないでもないが……まあ、いいか」
 苦笑を漏らしつつ、泰地は投球ならぬ投豆のフォームを見せた。
「せーの、鬼は外ぉ!」
 豪快に豆を投げる泰地の出で立ちは節分に相応しいものだった。上半身を剥き出しにして、腰には虎柄の毛皮を巻き、頭に角をつけている。
 彼ほどではないが、端境・括も肌の露出が高めだった。身に着けているのは晒と褌のみ。非武装であることをアピールするための格好だ。
「寒くて冬眠しちゃいそうじゃが……恐がりのホーフンドにはこれくらいしてみせねばのう。鬼は外ぉーっ!」
「風邪など召されぬようニ……」
 括に優しく声をかけてから、エトヴァ・ヒンメルブラウエも楽しげに豆を撒き始めた。
 そして、白羊宮に籠城しているホーフンドたちに呼びかけた。
「お祭りの日なのですかラ、皆さんもご一緒にいかがですカ? エインヘリアルにも独自の風習があるのでしょうガ――」
「――地球式のお祭りも楽しいもんどすえ」
 八千草・保が後を引き取った。オラトリオの翼で飛び、豆の雨を降らせながら。
「ちょっと勝負してみまへん? お祭りいうても、ある意味では戦いみたいなもんやから。ふふふ」
 白羊宮からの反応はない(『勝負してやるわ!』と飛び出そうとしているアンガンチュールを兵たちが止めている光景は容易に想像できたが)。
 それでもケルベロスたちは豆を撒き続け、勧告も続けた。
「ホーフンドよ。第四王子ジーヴァは死んだし、第三王子モーゼスは宇宙に逃げよった」
 と、括が言った。
「よって、エインヘリアルの在地球組の指揮権はおぬしにある……と、わしらは考えておる。その上で新たな選択を望みたい。血を流さぬ選択をな!」
「つまり、共存の方法を探したいのでス。残されたエインヘリアルの民を王族として統括し、本星との連絡役になっていだだけませンカ?」
「殿下の賢明なご判断を切に願います!」
 エトヴァの提案をエマが嘆願で補強した。
 そして、声音を明るいものに変え、付け足した。
「地球を愛する人なら、地球側は誰でも歓迎するよー」
「それに地球には――」
 ローレライも説得に加わった。
「――いろんな楽しいことがあるのよ。全部を水に流すわけにはいかないかもしれないけれど、王子が私たちの仲間になってくれたら、とても頼もしいし、嬉しいわ」
 ケルベロスの大半(実は当のローレライでさえ)が『頼もしいか?』と心中で首をかしげたが、それを口に出す者は一人もいなかった。
「同族を裏切りたくないという気持ちはよぉーく判ります」
 続いて、愛柳・ミライが語りかけた。撒いているのは殻付きの落花生。『殻を破って出てきてほしい』という想いが込められているのだ。
「でも、地球に残ってる他のエインヘリアルさんのところを一軒一軒まわって、『ホーフンドさんは裏切ったわけじゃない』と伝えて説得しますから! 何十年かかったとしても!」
 あいかわらず、白羊宮は無反応。
 殻を破るつもりはないらしい。

●城の傍で
「さあ、SETUBUNパワーで白羊宮を改造しちゃうわよー。どんな風に改造するかって? おもいっきり可愛い形に決まってるじゃなーい! ……なーんて、ウソウソ」
 アニメ声で一人芝居をしながら、大弓・言葉が銃を乱射していた。銃といっても、豆を撃ち出す玩具の銃だが。
「まあ、可愛いに越したことはないんだけど、おっきなピラーに変わってくれたりしたら、色々と捗るかなー」
「うん。ピラー関連の機能は欲しいね」
 と、保が言葉の頭上で(まだ飛行していたのだ)頷いた。
「たとえば、安全なピラーを作る機能とか。そういうのができたら、他の星ともやり取りができるかもしれへんし」
「ピラーも結構ですが、私が望むのは――」
 葛城・かごめが話に加わった。
「――白羊宮の本来の機能である記憶洗浄を拡張し、記憶の改変もできるようにすることですね。そうすれば、我々にとって都合のいい記憶を敵に植え付けて、洗脳……いえ、懐柔することもできるかもしれません」
 と、人道的とは言えない発想を述べた後で、かごめはなにくわぬ顔でプラカードを掲げた。白羊宮にいる者たちに見えるように高々と。
「いえ、冗談ですよ?」
『ドッキリ大成功!』と記されたそのプラカードの意味がホーフンドたちに通じているかどうかは判らないが。
「いや、目がマジだったような……」
 少しばかり気後れしながらも(しかし、アニメ声はキープしていた)言葉は玩具の銃による豆まきを再開した。
 傍らではボクスドラゴンのぶーちゃんがパチンコを手にして、豆を撃っている。しかし、その表情はなにやら不服そうだ。『パチンコより鉄砲のほうがいいっス』と思っているのだろう。
 その心中を読み取り、言葉は銃を差し出した。
「はいはい。じゃあ、交換しよっか」
 しかし、ぶーちゃんはそれを受け取らなかった。小さな拳銃よりもオトノコ心をくすぐるアイテムを見つけ、魂を持って行かれてしまったのだ。
 大口径のガトリング砲と機関銃である。
 それらを両脇に構えているのはアウレリア・ノーチェ。
「いや、いくらなんでも物騒すぎない?」
 アウレリアの横で円城・キアリが笑っている。苦笑と呼ぶには強張りすぎの笑み。
「心配御無用。どっちもモデルガンだし、弾丸はバイオプラ製の豆よ。本音としては――」
 アウレリアは左右の手で同時にトリガーを引いた。
「――グラビティを込めた実弾を撃ち込みたいのだけれどね」
 銃声の二重奏が響き、豆が飛び散り、ガトリング砲が次々と空薬莢を吐き出し、機関銃が弾帯を右から左に流していく。ちなみに弾帯を保持しているのはアウレリアの亡夫(ビハインド)のアルベルトだ。
「リリもガトリングでいくよ」
 誰にともなく宣言して、リリエッタ・スノウがガトリングガンを連射した。射角を上げて空に向かって撃っているが、最終的な着弾点は白羊宮である。シルディと同様、放物線の軌道を描く撃ち方をしているのだ。
「ホーフンドが! 泣くまで! 豆まきをやめないよ!」
 きっと、もう泣いている。
「おにはそとー! ふくはうちー! デウスエクスもそとー! ……って、ちょっと語呂が悪いかな?」
「MAMEMAKI執行! おにはそと! ふくはうちぃー!」
 リリエッタの発した『語呂』という単語に反応したわけではないが、長篠・ゴロベエも派手に豆を撒き始めた。
「やったか!?」
「いや、フラグは立てなくていいから」
 謎の台詞を発するゴロベエにツッコミを入れたのはウェアライダーの小車・ひさぎ。黒いスーツを着て、黒いソフトを被り、黒いサングラスをかけている。
 同じスタイルで決めた巽・清士朗が後方から颯爽と現れ――、
「友は近くに置け。敵はもっと近くに置け。そして、女は自由にさせつつも、たまに密着しろ」
 ――ゴロベエのそれとは別のベクトルの謎台詞を口にしながら、ひさぎの腰を抱き寄せた。
「それは誰かって? そう、町長だ」
「真面目にやってくださーい。一応、大事なお仕事なんでー」
『町長』こと清士朗に尻尾の往復ビンタを浴びせて、ひさぎは『大事なお仕事』であるところの豆まきを始めた。得物は二丁拳銃だ。
「白羊宮は記憶にまつわる神殿なんだから、思い出と過ごせる場所になるといいなー。あと、アンガンチュールたちにとって快適な住居になってほしいかも」
「それ、大賛成なんだよー!」
 七宝・瑪璃瑠が大声で賛意を示した。元気に跳ね回り、豆を撒き散らしながら。
「居住性はすごく重要なんだよ。ホーフンドたちだけじゃなくて、他のデウスエクス込みで住み心地のいい宮殿になってほしいんだよ。たとえ、交渉が上手くいかなくてもね」
「では、その願いを叶えるためにも――」
 清士朗がガトリングガンを構え、豆を次々と撃ち出した。
「――地上げさせてもらおうか」
「地上げねぇ……わたしはもうちょっと平和的にいこうっと」
 そう呟いたのはキアリだ。
 絶え間なく銃声が響く区域から少しばかり距離を置いて、彼女は白羊宮を改めて眺めた。
(「ホーフンドたちとも平和的に手を取り合いたいの。だから、彼らの説得に力を貸して」)
 願いを込めて、恵方巻きを供える。心中で語りかけた相手は白羊宮だ。魔導宮殿も心を有しているのではないか? ――そう思ってのことである。
(「白羊宮は、エインヘリアルたちの戦いに不要な記憶を洗浄してきた神殿。つまり、エインヘリアルの戦いを望まない想いに最も触れてきた神殿と言えなくも……ん?」)
 声なき独白を中断して、キアリは横を見た。妙な気配を感じたのだ。
 気配の主はエヴァリーナ・ノーチェ。キアリの恵方巻き(猫のウェアライダーである彼女が用意したのは海鮮巻きだった)をじっと見つめている。涎を垂らさんばかりに。
「これ、もらっていい?」
「ダメよ。お供え用なんだから。てゆーか、自分の分の恵方巻きはどうしたの? 山ほど用意してたじゃない」
 そう、エヴァリーナは恵方巻きを山ほど用意していた。しかし、食い尽くしてしまったのだ。一本につき三秒のスピードで。
 そんな彼女が込めた願いは『白羊宮がお菓子の家ならぬ総菜の家に変わること』である。
 それと似たような願いを抱いている者がいた。
 豊田・姶玖亜だ。
「恵方巻きをどんどん作り出してくれる自動恵方巻き製造ラインがあると面白いかもね。どれだけ作り出されても、みんなが食べてくれたら、ノルマなんて関係ないし」
『ノルマ』という単語が出たのは、姶玖亜がスーパーでバイトをしているからだ。
「売り上げノルマがあるから、節分ってのは好きじゃなかったんだけど、今年は楽しめ……ん?」
 先程のキアリと同じように横を見やる姶玖亜。
 そこにいたのはエヴァリーナ。彼女もまた先程と同じように涎を垂らさんばかりの顔をしている。
「よかったら、どうそ」
 相手の欲求を察して、姶玖亜は恵方巻きを取り出した。ホーフンド軍の兵たちが怒りに駆られて飛び出してきたら、それを口に突っ込むつもりでいたのだ。なんとも平和的な武器である。
「ありが……とう」
 礼を述べるエヴァリーナ。途中で空白が生じたのは、その間に恵方巻きを食べた(というよりも流し込んだ)からだ。
「ボクの願い通りに自動恵方巻き製造ラインが実現したとしても、キミがいる限り、食品ロスの問題は起きないだろうな」
 と、感心半分呆れ半分の顔で述懐する姶玖亜の前にエヴァリーナはもういない。本物の豆を撒いているケルベロスたちのところに行き、文字通りおこぼれにありつき始めたのである(かくして、シルディの配慮が杞憂でなかったことが証明された)。
 天然の豆を撒いて(意図せずに)リリエッタの腹を満たしている者たちの中には玉榮・陣内の姿があった。
「オニハーソト、フクハーウチ」
 カナで表記されるレベルの棒読みだが、やる気がないわけではない。いい大人が豆まきごときではしゃいでいると思われるのが嫌なのだ。
 そんな胸中を知った上で、陣内の従姉妹の比嘉・アガサも豆を全力でぶつけた。
 白羊宮ではなく、兄も同然の従兄弟めがけて。
「鬼は外!」
「ぶべっ!? な、なにしやがる!」
「節分って、悪いものを祓う行事なんでしょ? だから、祓ってあげたんだよ。タチの悪いデウスエクスに絡まれることが多くなってるみたいだし」
「余計なお世話だよ! だいたい、おまえは……」
 微笑ましき兄妹喧嘩を始める二人。この時点で『いい大人』の貫禄は失われたので、棒読み作戦は無駄だったといえよう。
 その騒ぎに巻き込まれることなく、柊・むつかはマイペースで作業を続けていた。
「あの辺りは入り組んでそうだから、巨大迷路ができるかも」
 白羊宮の一角を見ながら、豆を投げる。
「それにしても、かっこいい建造物よね」
 別の一角に視線を移し、また豆を投げる。
「再起動して変身した暁には『エインヘリアル城』って名付けようかしら」
 後退して全体像を視界に収め、またまた豆を投げる。
「おまえ、ちゃんと墓参りしてるか? 実家に年賀状は出したか? それが面倒なら、せめて電話くらいしろ」
「墓参りはしてるし、年賀状も出してるし、電話も後でかーけーまーすー。うっさいな、もう。物言いがだんだん伯父さんに似て……って、ちょっと待って」
 アガサが陣内との喧嘩を中断し、むつみを見た。
「巨大迷路だのエインヘリアル城だのって、なんのこと?」
「わたし、あの宮殿が大きな遊園地みたいになったらいいなって思ったの」
 と、むつみは自分の願いをアガサたちに伝えた。
「そういう楽しい場所にして、籠城している連中をダメダメエインヘリアルにしちゃおうって作戦よ。ふふふ」
「作戦の有効性はともかく、遊園地ってのは悪くないね」
 真顔で応じるアガサであった。
「かく言うあたしもテーマパーク系がいいと思ってるし。あと、白羊宮なんだから、羊の牧場とかね。ジンギスカン食べ放題で」
「遊園地だの食べ放題だの……おまえら、なんのために白羊宮を改造しようとしているのか判ってんのか?」
 陣内が『いい大人』な顔つきをして、アガサたちを窘めた……が、次の瞬間には自分の欲望を吐露していた。
「だけど、そういうのがアリなら、俺は植物園がいいな」
「私は図書館に一票!」
 ミライが話の輪に入り、単純な絵を地面に描いた。
「見た目がこんな感じだと、なお良いですね」
「うんうん。ワタシもこっちの路線がいい」
 と、絵を覗き込んで何度も頷いたのは蘇芳・深緋だ。
「外装は金色がいいなー。まあ、普通に白だったとしても――」
 深緋は振り返ると同時にエアガンを抜き、豆を撃ち込み始めた。白羊宮を『こっちの路線』にするために。
「――フォルムは譲れないな」
 そして、挑発の文句も投げ始めた。無表情な上に声が眠たげなので、迫力に欠けるが。
「さあ、アガンチュール。戦うつもりなら、豆をぶつけておいでー。なんなら、鬼になってあげようかねー」
「ボクも鬼役をやってもいいんだよ!」
 周囲を飛び跳ねていた瑪璃瑠がジャンプの高度と頻度を上げた。それに豆を投げるペースも。
 元気一杯な彼女に触発され、他の者たちも更に豆を……いや、豆だけではない。何十羽もの鳩が飛び始めた。
「鳩は平和の象徴だからね」
『SETUBUN』と記された横断幕の下でウォーレン・ホリィウッドが笑っていた。
「豆に当たらないように気をつけて」
『大丈夫だ。当たったりしない』
 鳩たちに注意を促すウォーレンの横で櫟・千梨がそう断言した。もっとも、恵方巻きをくわえているので、皆の耳には――、
「はひひょうふは。ははっひゃひひひゃひ」
 ――としか聞こえなかったが。
『いや、当てたりしない。今日の俺はスナイパーだから』
「ひひゃ、はへひゃひ(略)」
 口から恵方巻きを半分ほど突き出して豆を正確無比に投げる姿は滑稽だったが、鳩に関しては彼が一番の功労者だと言えるだろう。防具特徴の『動物の友』を使用して集めてきたのだから。
 ホーフンドたちとの交渉に関しての功労者は美津羽・光流だ。
「アスガルドの奴らには『SETUBUN』ゆうても伝わらへんかもしれんから――」
 横断幕を誇らしげに指し示す光流。
「――ふりがな、付けといたで! ほら、『せつぶん』って!」
 功労者だ。間違いなく。
「うわっ!? よう見たら、鳩たち、豆めっちゃ食うとるやん。エヴァリーナ並みに食うとるやん。俺らもバイオプラの豆にしとけばよかったわ……ん? なんや、おまえら!?」
 光流が声を荒げたのは、豆にたかっていたはずの鳩たちが彼の傍に寄ってきたからだ。ウォーレンが作ってきてくれた恵方巻きに目をつけたらしい。
「これはやらんぞ! どうしても欲しいんやったら……戦争じゃ、こらぁーっ!」
「や、やめてよ、光流さん! せっかくの平和を台無しにしないでー! 恵方巻きなら、まだ沢山あるからー!」
 鳩たちを本気で威嚇する光流を必死に止めるウォーレン。前者に恐れをなしたのか、後者に同情したのか、鳩たちは離れていった。
「沢山あるから、か……」
 去りゆく鳩の群を見送りながら、ウォーレンは自分が口にした言葉(ことば)を繰り返した。
「グラビティチェインも沢山あれば、戦わなくてよくなるのかな」
「ひょうひょほひへひゃいひゃ」
「ごめん、千梨さん。なに言ってるか判らない」
「はははは」
 ウォーレンと千梨とのやりとりを見て、光流が笑った。
「いつか平和になって、ずっとこんな風に笑ってられたらエエなぁ」
「ひょうひゃひゃ(そうだな)……」
 千梨が呟くように答え、白羊宮を見た。
 ウォーレンと光流も見た。
 それはいつの間にか形を変えていた。
 大量の豆に込められた季節の魔力と皆の願いによって。
「風通しの良い構造にしてあげたわ。いつまでも穴熊を決め込んでいられないようにね」
 アウレリアが二丁の重火器を停止させた。
「ボクが願っていたとおりの形になったなー」
 シルディがにっこりと笑う。
 改造後の白羊宮の形は決して珍妙なものではなかった。荘厳さは失われていない。むしろ、増している。
 それはパルテノン神殿のごとき形だった。
「確かに風通しが良さそうですね……」
 かごめがあのプラカードを再び掲げてみせた。

●城の前で
 パルテノン神殿風の列柱――防壁としての役割を果たさないそれらの間からエインヘリアルたちがぞろぞろと姿を現した。
「よくも! よくも! よくもぉーっ!」
 と、怒りの叫びを発しているのはアンガンチュールだ。白羊宮があっさりと機能停止したことが堪えているのか、その手段が豆打ちだったことに戸惑っているのか、いつになく覇気が不足気味だが。
 他の面々は不足どころか皆無であった。甲冑の兜を脱ぎ捨て、地面にへたり込み、人目もはばからずに泣き出した者までいる。
 それがホーフンドであることは言うまでもないだろう。
「うぇーん! もうお終いだよぉ!」
「しっかりして、お父様! たかが本拠地がやられただけよ!」
「いや、『たかが』で済ませちゃダメだって。まあ、それよか――」
 父を叱咤する娘(弟を叱る姉にしか見えなかったが)に向かって、ひさぎが語りかけた。
「――一緒に豆まきしようぜぇ。こっちばかりがぶつけるのはフェアじゃないし」
「そうですよ。年に一度のイベントなんですから、楽しみましょう。鬼は私に任せてください!」
「さっきも言ったけど、ボクも鬼になっていいんだよー。ケルベロスに思いっきり豆をぶつけるのは爽快だと思うよ?」
 ミライと瑪璃瑠が鬼役を買って出たが、アンガンチュールは誰よりも鬼役に相応しい形相で拒絶した。
「ふざけないでよ!」
「いやいや、ふざけてまへんよ。アンガンはんたちと本気で楽しもうと思うとります」
 保が舞い降り、アンガンチュールに微笑みかけた。
「充分にやりおうたんやから、もう戦うのはやめよ。それを選ぶのも勇気どすえ?」
 停戦の呼びかけに対して、『アンガンはん』はまたもや怒声を返そうとしたが――、
「諦めましょう、姫様。選択の余地はありません」
 ――肩に手を置いて止めた者がいる。
 ホーフンドの秘書のユウフラだ。他のエインヘリアルに比べると落ち着いているように見えるが、悲壮感は隠し切れていない。
 そして、彼女は空を見上げて宣言した。
「ホーフンド王子は降伏を決意しました!」
「そんな大声を出さなくてもいいよ。ちゃんと聞こえてるから」
 苦笑混じりで半畳を入れるシルディ。
 しかし、その笑顔が凍り付いた。
 秘書の宣言はまだ終わっていなかったのだ。
「聞こえますか、イグニス様! すべての条件を受託します故、我らの降伏をお認めください! イグニス様ぁ!」
「なにっ!?」
 と、驚愕(失望や怒りや悲しみも含まれているかもしれない)の声を発したケルベロスは一人や二人ではなかったし、目の前で起きることを止めようとした者もまた一人や二人ではなかった。
 しかし、誰も止められなかった。止める間もなく、ホーフンドたちは消えてしまったのだから。ユウフラの宣言に応じて地面に出現した魔法陣に飲み込まれて。
「うぇぇぇ……」
 ホーフンドの嗚咽の残響がどこかから聞こえてきたが、それもすぐに消えた。
 魔法陣はまだ消えていない。
 白羊宮までもを飲み込もうとしているのだ。
「マズい! 再起動させないと、デスバレスに引き込まれる!」
 沈みかけている白羊宮めがけてキアリが豆を投げ始めた。他のケルベロスたちもそれに続く。
 すると、膨大な季節の魔力によって、白羊宮が再び目覚めた。
 いや、生まれ変わったというべきか?
「おおう!?」
 言葉が感動に身を震わせた(地声になっていた)。無理もない。生まれ変わった白羊宮は、彼女がなによりも重視する要素を持ち合わせていたのだから。
 すなわち、『かわいさ』を。
「やっぱり、『こっちの路線』でないとね」
 深緋が眠たげな目で白羊宮を見上げた。
 見上げた? そう、白羊宮はもう沈んではいない。ゆっくりと浮上している。
「実を言うと、わしもこういう感じのやつを願ってたんじゃ。『白羊宮』というからにはこうでないとのう」
「リリもだよ。ゴテゴテした形のままだったら、急に焦土地帯の外まで動き出すようなことがあった時、危ないからね」
 括とリリエッタも見上げた。
 ふわふわと空に浮かぶ巨大な毛玉を。

●城の中で
 残っていた豆をすべて投げつけ、『ふわふわもこもこ度』とでも呼ぶべきステータスを更に上昇させた後、皆は毛玉の内部に足を踏み入れた。
「上下水道を完備しているぜ。ここで普通に暮らせそうだ」
 トイレの扉を指し示して、泰地が皆に報告した。
「いやいや、普通なんてレベルじゃないよ」
 と、エマが目を輝かせて否定した。
「あっちの区画に温泉浴場があったもん」
「それもすごーく広いやつ。泳げるくらいにね」
 クロールの真似をしながら、ローレライが付け足した。
 そんな彼女たちと違って、むつかは少しばかり残念そうな顔をしている。
「うーん。遊園地っぽい要素はなしか」
「ないみたいだね」
 と、答えたのはアガサ。さして残念そうな顔はしていない。
「この分だと、シンギスカン食べ放題もなしかな?」
「ううん。好きなだけ食べられるよ。ジンギスカンに限らずね」
 廊下の奥を指さして、姶玖亜が報告した。
「料理を自動的に生み出す機械が向こうに備わってた。魔力を食べ物に変換しているみたいだから、材料は必要ないみたい」
 なにかが床にぶつかる音がした。食欲魔神のエヴァリーナが歓喜のあまりに卒倒したのだ。一秒半で息を吹き返して、件のエリアに走って行ったが。
 微苦笑を浮かべて彼女の後ろ姿を見送りつつ、エトヴァが皆に言った。
「他にも様々な機械がありまシタ。使い道も使い方も判らないものばかりですガ……」
「機械だのなんだのことは時間をかけて検証や調査をすればいいんじゃないか。起動状態にある限りはデスバレスに引き込まれることもないだろうからな」
 と、陣内が意見を述べていると――、
「来た、来た、来たよー!」
 ――ゴロベエが駆け込んできた。
「なにが来たというんだ?」
 清士朗が冷静に尋ねた。
 もっとも、ゴロベエの返事を聞いた途端に冷静ではなくなったが。
「合体パーツが転移してきたんだ!」
「合体パーツだとぉ!?」
「うん。ライオンとか剣とか帆船の形をしたパーツだ。たぶん、他の魔導神殿が変形したんだろうね」
「それが合体して一つになろうとしているわけか……浪漫だな」
「燃えるよねー」
 顔を見合わせて、何度も頷く清士朗とゴロベエ。この二人は合体変形ロボのことを強く願って豆を撒いていたのだ。
「合体後の姿がロボットだったら――」
 所謂『ドヤ顔』を披露しながら、清士朗は皆を見回した。
「――『ケルベロスキング』と名付けよう!」
 賛同者はいなかった。

 残念ながら(?)合体後に現れ出たのはロボットではなく、宇宙船だった。
 その宇宙船の名は……。
『ケルベロスブレイド』

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月2日
難度:易しい
参加:26人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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