ミッション破壊作戦～屍の視る未来は在るか

■リプレイ

●ミッション２０－２「松阪市防疫戦」
　三重県松阪市――古くは伊勢商人を輩出した商業町であり、現代では松阪牛の生産地である。
「松阪市、ですか」
　青竜のヘリオライダーは懐古の表情だった。彼の地のミッション破壊を試みるのも、今回で3回目。その2回目の挑戦――2年と半年前にケルベロス達を現地に運んだのも、彼であったという。
「もうそんなになるのか」
　その『2回目』に参戦していた卜部・泰孝（ジャンクチップ・e27412）だが、こちらは然したる感慨もなさそうか。彼が参加したミッション破壊作戦は40回に迫る。或いはもう日常の一部なのかもしれない。
「今残ってるミッション地域の中では１番長く占領されている所だね」
　寧ろシルディ・ガード（平和への祈り・e05020）の方が意気軒高。デウスエクスとの戦いに心痛めていても、そこは地球の人が優先だ。
「挑戦した皆の思い、成就させよう！」
　一方で、紺崎・英賀（自称普通の地球人・e29007）は緊張の面持ち。
（「屍隷兵は見た目が怖くて……でも、ミッション破壊の度『奴』を追い詰めている筈」）
　脳裏に浮かぶのは、別のミッション地域を牛耳る宿敵だ。決着をつけず、中途半端に終わらせはしない。
　決意を固める青年の肩を、ゼー・フラクトゥール（篝火・e32448）は軽く叩く。
「今回も馴染みの方が多く、心強い限りじゃのぅ」
　歴戦揃いのケルベロス達、ヘリオンデバイスの援けも在る。言外に肩の力を抜くよう若者を諭す『師匠』を見上げ、ボクスドラゴンのリィーンリィーンは同意の鳴き声を上げる。
「僕みたいな人間でも……役に立てるでしょうか？」
　尤も、悩める青少年は英賀のみならず、帰天・翔（地球人のワイルドブリンガー・e45004）も独り言を零す。
「大丈夫だよ、私に任せてくれれば良いよ」
　頼もしく請け合ったリサ・フローディア（メリュジーヌのブラックウィザード・e86488）は、青きメリュジーヌだ。自信に溢れた表情は、外見に違う年の功か。
「それにしても……まだまだ数が多いのよね」
　屍隷兵のミッション地域を指折り数え、リサが憂鬱な溜息を吐いて程なく――松阪市上空に到着する。
「魔空回廊は何処かな？　肉塊の中？」
　地図を眺めるシルディは、撤退経路の打合せに余念がない。泰孝も援護を頼む他のケルベロスの動向をアイズフォンで確認している。
「回廊の破壊と一緒に、巨大肉塊も一掃したいけど……」
「『前』はどうだったけな……」
　少なくとも前回は別個だったが、最優先は魔空回廊の破壊。肉塊の排除は、それからでも遅くはあるまい。
「では、穢れを掃除に参りましょうかー」
　おっとりした声音に冷徹を滲ませ、眼下を見やるフラッタリー・フラッタラー（絶対平常フラフラさん・e00172）。霧崎・天音（星の導きを・e18738）は、真顔でグラディウスをしっかと掴む。
（「屍隷兵になった人達も犠牲者……なら、私に出来る事は……」）
　ハッチより寒風吹き込み、天音の巻き髪を靡かせる。
「ヘリオンデバイス、お願い」
「了解しました……ヘリオンデバイス・機動！　――ご武運を」
　ヘリオライダーのコマンドコードに背を押され、ケルベロス達は冬空に身を躍らせる。

●光刃に託す
「犠牲になる人をこれ以上作らせない……」
　空中で器用にグラディウスとパイルバンカーを構える天音。
「レブナントになった人達もこれで解放する……！！」
　懐に在るのは、降下の直前まで握っていた集合写真――月喰島での記憶の一片。
（「私に……ここにいる人達の命を解放する力を！」）
「腐肉は地獄へー、穢れは清めをー」
　風圧にも負けぬ声は朗々と。フラッタリーのサークレットが展開するや、金の眼をカッと開く。
「……残リ死諸々ハ皆！　尽kU焦熱セシ滅ン！！！」
　禍々しく笑み、フラッタリーの断罪は軋るように轟く。
（「松阪市……古い町」）
　シルディの眼下に広がるのは、日本に住む人達が今の時代まで繋いできた証。受け継いだ人々が守ってきた町並みだ。
「大分待たせちゃったけど。町の人の期待に応えてみせるよ」
　長きにわたる侵略で、荒らされてしまったけれど……いつかは完全に取り戻す！
（「まずは回廊にトドメを！」）
　ドワーフの小柄には寧ろ丁度よいサイズ感の光剣を、シルディは力一杯振り下ろす。
「うむ、随分と長くこの地を占領させてしまったのぅ」
　ムフロンの如き竜角を揺らし、ゼーは嘆息を1つ。なればこそ、奪還の意志は強い。
「3度目の正直とは言わぬが、ここで幕引きといこうかのぅ……疾く、この地を去るが良い！」
　老獪なる古強者の一喝が響き渡る。リィーンリィーンごとグラディウスを構え、切迫の気合で一閃した。
（「無限に増殖していくフライガール達か……このまま放っておけば、屍隷兵だらけになってしまうわね」）
　ケルベロス達の防疫戦で、辛うじて完全な占領は免れてきているが、その被害も多かろう。
「必ず奪還してみせるわ」
　リサの言葉は、凛として簡潔に。光の剣閃は、己が魔力と誇りを込めて力強い軌跡を描く。
「……」
　恐らく目が眩んだのは、既に何十回と経験した直接降下の所為では無いだろう。弱気の虫を飲み下し、英賀は大きく息を吸う。
「奴らの理不尽に止められた魂を解放する力を！」
　思い切って大声で叫べば、思いの丈が堰を切る。
「未来に意志を持つ僕らの邪魔をさせない！　憎しみを持って元凶の消滅を望む！」
　前向きながら憎悪も露な言葉は、彼の中では矛盾なく在るのだろう。
「何の罪もない人達を喰らい、際限なく増える屍隷兵……人の血肉で生まれるなんざ、悪趣味極まりねー！」
　魔空回廊への接近につれ、翔の表情が粗暴を帯びる。
「しかも、なんて醜悪な姿だ！　作り主の性格を反映してやがるのか！？」
　容赦なく言い放ち、グラディウスを振り被る。
「だったら尚更潰してやるぜ！　蠅は大人しく叩かれて死ね！」
「……やれやれ、血気盛んな事で」
　小さく肩を竦め、弾いたコインは降下前のゲン担ぎ。その結果を見る前に、殿の泰孝は勢いよく飛び出す。
「長期の占領、つまりは存分に飲み食いしてくれた訳か」
　眼下に蠢くフライガールは、人を喰らい牛を食らう度に増殖する悍ましき存在。
「そろそろお帰りの時間だぜ。ま、元々死体だったテメーらの帰る場所はあの世だが」
　フライガールの作者は知れぬ。だが、望む望まぬ関係なく屍を貶めた連中も、勿論、見過ごす心算はない。
「テメーらを改造した連中への借りは返してやる。後はオレ達に任せて大人しく眠ってな！」

　叫びが8度響き渡り、光刃が8度閃く――魔空回廊を護るバリアにグラディウスが触れた瞬間。ケルベロス達は確かに破砕の感触を認めた。

●フライガール
「よし、と」
　満足げに生身の右掌を開く泰孝。握り締めていたコインは、表――破壊成就の先触れであった。
　――――！！
　だが、フライガールの混乱の最中、魔空回廊破壊を喜ぶ暇はない。
　左のジャンクアームにねじ込んでいたグラディウスを引き抜きながら、泰孝はケルベロス達の集合に駆け寄る。
「準備出来た？　急ぐよ！」
「うむ、間違っても落とさぬようにの」
　各々、グラディウスはしっかり仕舞い込んでいる。シルディに応じ、ゴッドサイト・デバイスを装着したゼーの先導で、身を翻すケルベロス達。英賀のチェイスアート・デバイスよりビームを繋ぎ、速やかに撤退を開始する。
「……む、来るぞ！」
　煙幕の向こうに、巨大な塊を認めるや、爆ぜるように四散する。
「ウジュルジュルジュル……！」
　中からのっそり現れたのは、醜怪なる屍隷兵『フライガール』――その体躯は、通常より二回り程大きい。
　――――！！
　或いは、長きに渡って血肉を喰らい続けてきたボス格か。
「あわわ……これは犠牲者……怖がったら、駄目……」
　何とか悲鳴を押し殺した英賀は、憤怒の咆哮に竦みそうな足で踏ん張る。
（「僕が落ちると、デバイスの効果が切れるんだ」）
　その実、ヘリオンデバイスの効果は戦闘不能になっても継続するが、己を鼓舞する為にも。
「そのきたねぇ面を叩き潰してやる！」
　真っ先に飛び掛かったのは、翔。思いの丈を叫ぶ間にスイッチが入ったか。文字通り「鋼の鬼」と化し、拳で打ち掛かる。
「ぐ……！」
　真っ向からの一撃を、フライガールの骨管が弾く。忌々しげに歯噛みする翔。
「落ち着いて、翔さん。皆で力を合わせれば、大丈夫だよ！」
　迫り来る死の抱擁を遮り、シルディは戦友へ明るく声を掛ける。ゾブリと喰らい付く骨牙に対して、シルディの防具はよく耐えた。
「……っ」
　だが、骨管に抱き込まれ、牙を捻じ込まれる執拗さに、思わず顔を顰めるシルディ。
「自然を巡る属性の力よ、仲間を護る盾となりなさい！」
　リサのエナジープロテクションが、シルディを庇い癒す。同様に、ゼーの弟子であり盾たるリィーンリィーンも、自らの属性を注ぐ。
「多分、キャスターじゃない……でも」
　眼力が示す命中率は、常と変化はない。だが、実戦経験のある方の天音でも、万全の命中率とは言い難ければ。
「予定通り……仕掛ける」
　ヒビ割れたアスファルトを蹴り、天翔ける。流星の如き蹴打で敵の動きを止めんと。
　――――！！
　了解とばかりに、泰孝とゼーの轟竜砲が相次いだ。
　ミッション破壊作戦に於いて、エネミーデータが知れているのは、大きなアドバンテージだ。フライガールの攻撃の間合いは短く、英賀はまず前衛に雷壁を巡らせる。
（「ブレイクされたら、重ね掛けして……」）
　ジャマーの援護は心強い。フライガールにその守護を破る術は無い筈だが……果たして敵のポジションは？
「ウジュルジュルジュル……！」
　すぐさま、フライガールが狙いを定めたのは――前衛ならぬ、唯一の中衛。
「……！？」
　ディフェンダーも全ての攻撃は遮れない。一足飛びに前衛を飛び越え、フライガールは英賀を上回る敏捷さで骨管を突き刺す。
「……こ、の……」
　文字通り、縫い留められる。パラライズなど、本来は重ねに重ねて漸く発動が見込める厄だ。それを、たった一手で成し遂げたという事は。
「ミッション時と同じ、ジャマ―じゃと」
　厄介そうに黒の双眸を細めるゼー。屍隷兵と言えど、強豪ならば初手で守りを重ねた前衛を避ける知恵くらいは回ろう。
「大丈夫よ、落ち着いていれば安全だからね」
　すぐさま、麻痺を祓うヒールグラビティの数々が英賀を癒す中、おっとりと首を傾げたのは、絶対平常フラフラさん。
（「見た感じはー、九相図の噉相あたりでしょうかー」）
　九相図とは、野ざらしの屍が朽ちていく様を描いた仏教絵画。噉相は6段階目で、死体に虫が湧き鳥獣に食い荒らされる状態を指す。
「なるべく早い目にー、灰に致しませんとー」
　マイペースに呟いたフラッタリーの金眼が、再度刮目した瞬間。
　――掲ゲ摩セウ、煌々ト。種子ヨリ紡ギ出シtAル絢爛ニテ、全テgA解カレ綻ビマスヨウ。
　額の弾痕から地獄が迸る。白い繊手で握りしめた種火を鉄塊剣に移すや、爆炎が奔った。
「紗ァ、貴方ヘ業火ノ花束ヲ！！」
　火火灼灼と明瞭に、たった一つの事を為す――眼前に蔓延る世迷い者共、その一切を煉獄にて灰燼に帰すべく。

●屍の視る未来は在るか
　結論から言えば――徹頭徹尾、ケルベロスの優勢は動かなかった。フライガールとケルベロスでは、実戦経験の桁が違う。
　ジジッ、ジジジ――。
　仮借ない猛攻に翅を震わせるフライガール。だが、泰孝の百点棒が回復を妨げ、虚しく羽音が響くのみ。
　そんな致命的な隙をケルベロス達が見逃す筈もない。一気に間合いを詰めるや、泰孝の狙い澄ました音速の拳が唸りを上げる。尚も厄を撒き散らさんとする執念を叩き潰す。
「大人しく転がるのが死体じゃないか。腐った身体ごと凍り付いて、さっさと砕け散ろ」
　底光りする眼で睨めつけ、英賀の凍れる螺旋が幾重にも屍隷兵を強襲する。
「いっけぇ！！」
　間を置かず、シルディのファミリアロッドより、大量の魔法の矢が迸る。
「そろそろ、終幕とせねばな。のぅ、リィーンリィーン」
　ドラゴニックハンマーに混沌を纏わせるや、老兵の見た目に違う重撃を繰り出すゼー。同時にボクスドラゴンもブレスを浴びせ掛ける。
　ジャァァァァッ！
　ケルベロスの猛攻に、フライガールの体躯がビキビキと音を立てて凍り付く。
「てめぇがくたばるまで、この攻撃は止まねーよ！」
　得物ごと全身、混沌を限界まで纏った翔の猛ラッシュに穿たれた、手足が砕け散る。
　ウジュルジュルジュル……！
　それでもまだ、フライガールは動きを止めない。複眼に飢餓を浮かべ、接近した翔に牙を剥く。
「……っ！」
　すかさず、エナジープロテクションを展開したリサは、最後まで回復に専念する。
「……こんな姿で、死んだ後も戦わされるなんて……絶対に許される事じゃない」
　天音の右脚を象る地獄が、ゴウと吼える。
「私が……全ての恨みを晴らす。地獄の……怨嗟の声を聞け……！」
　天音に宿ったでデウスエクスの犠牲者達の憎しみの炎が、無数の刃と化す。
　――――！！
　喰われた怨讐を晴らすべく、フライガールへ突撃する。天音の右脚より、復讐の炎刃が突き刺さる！
　ウジュルゥゥゥゥッ！！
　腹に風穴開けて絶叫するフライガールを前に、フラッタリーは野干吼を構える。
「死二損ナヰシ骸ハ、肉ヲ剥ギ骨ヲ砕キ、焼灼セシメテ灰二還シtE漸ク供養tOナラン」
　纏う獄焔を放つ様は、狐が火を吐くが如し――地獄の焔は羽虫を苗床に、曼珠沙華を咲かせる。もう戻る事の無いように――。

「では、参りましょうかー」
　フライガールが跡形もなく失せれば、修羅場と打って変わった穏やかな口調。フラッタリーの額は既にサークレットに覆われている。
「了解……牽引する」
　天音は粛々と仲間をジェットパック・デバイスのビームで繋いでいく。
「あ、ちょっとだけ」
　シルディは、屍を利用された人々を悼むように黙祷を捧げる。
　丑年になって、金牛宮で戦い、松阪市を解放した。そんな『縁』を不思議に思う。
（「年神様、力を貸してくれて、ありがとう」）
「シルディの旦那、そろそろいいかい？」
「うん！」
　ゴッドサイト・デバイスが使えるようになったのを幸いに、泰孝は残党の少ないルートを先導する。
「う……煙も臭いも血も凄いし、家帰ったら温かいお風呂入る……」
　表情の明るいシルディと対照的に、英賀はげんなりした面持ち。けれど、服の上からグラディウスをなぞると唇を緩める。後は英賀自身が帰還すれば大丈夫。
「……」
　鉄火場の勢いが落ち着いたか、翔の横顔も穏やかだ。
「……これで、守れたでしょうか」
「屍隷兵の駆逐には時間が掛るだろうけど、一歩ずつ、脅威を除いて行かないとね」
「だが、長きに渡る松阪市を解放出来たのは、儂らの誉。翔殿もリサ殿も、もっと胸を張ると良い」
　ゼーの言葉はこそばゆく、作戦の完遂は確かに誇らしかった。

作者：柊透胡	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2021年2月2日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 1／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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