魔導神殿改造作戦~乙女の魔船

作者:白石小梅

●節分の魔法
 呼集に集まった者たちの前に、望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)が進み出る。
「近年の皆さんの活躍により、世界には希望が灯りました。人々は遠くない未来、全てのデウスエクスを駆逐して平和な世界を作り出せると確信しています」
 東京で行われた大運動会の影響で日本文化に詳しくなった世界の人々は『デウスエクスを退けて平和を取り戻す』という願いを込め、あるイベントを企画しているという。
「そう。全世界で一斉に『SETUBUN』を行なおうという気運が高まっているのです」
 なるほど。鬼を祓い福を招く『節分』の儀式。確かに今の状況にはぴったりだ。
「これは世界規模の儀式となります。この連帯は皆さんに素晴らしい力を与えてくれるでしょう。比喩ではなく、本当の力に」
 小夜はぎゅっと拳を握り、何人かの番犬は合点が言ったように顔を上げる。
 ……そうか。あれか。
「ええ。このイベントが世界規模で『季節の魔力』を集めるのは間違いありません。季節の魔法は用い方によって戦略レベルの効果を発揮する反面、死神勢力などに奪われれば一大事です。それを阻止する為にも、皆さんの手で魔力を使い切る必要があるのです」
 そう。自分たちは今や、願いを成就する大魔法『季節の魔法』の使い手たる勢力なのだ。

●魔導神殿再起動儀式
 しかし、その力をどう使うか。問題はそこだ。
「ごきげんよう。使い道は、わたくしが説明いたしますわ」
 朧月・睡蓮(ドラゴニアンの降魔拳士・en0008)が目配せすると、スクリーンが明滅する。
「これらはアスガルド・ウォーで制圧した魔導神殿群ヴァルハラの各宮殿……世界規模の季節の魔力なら、これらを再起動させて改造することが可能と予知されたそうですの」
 つまり、季節の魔法で勢力規模の切り札を創造するのだ。現在、拠点として利用しているブレイザブリクも、様々な局面でその力を発揮した。やる価値はありそうだ。
「ええ。今はヴァルハラ大空洞から移動させられない『死者の泉』も、これで解決法を見出せるかもしれなくてよ?」
 節分儀式は日本時間に合わせて世界で一斉に行われる。こちらも魔導神殿で儀式を行って季節の魔力を収束し、願いを込めて魔導神殿の再起動と再構築を行うのだ。
「そう。それが今回の計画ですわ」
 魔導神殿は、ヴァルハラ大空洞に双魚宮「死者の泉」、天蝎宮「エーリューズニル」、処女宮「スキーズブラズニル」、獅子宮「フリズスキャルヴ」の四つ。
 鎌倉市に金牛宮「ビルスキルニル」と、仙台市に双児宮「ギンヌンガガプ」。
 そして東京焦土地帯に磨羯宮「ブレイザブリク」と、その奥地に第八王子ホーフンドが立てこもる白羊宮「ステュクス」がある。
「この際、白羊宮にも行動を起こします。泣き虫さんのお宅がどうなるのかは、参加した方次第ですけれど」
 睡蓮はふふっと笑う。

●処女宮『スキーズブラズニル』
「皆にはここで儀式を行ってもらいたい」
 アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)がスクリーンを操作する。
 映るのは、巨大な船。
「処女宮『スキーズブラズニル』……帆船の形をした大神殿だ。先の戦争では音楽を操る女性勇者たちが詰めていたな。乙女の魔船と言うべきか」
 固有能力で『周囲を海に変える』という、危険すぎる巨大兵器。だがイメージしやすい外見と能力だ。
「願いは多様な方がいいから、思い思いに願を掛けて欲しい。華やかな船だし、家族や恋人、友人と和やかに儀式をしてくれ。他の神殿は、厳めしげな雰囲気のものが多いしな」
 豆とは元々、植物の種子。ならばと、船を花々で彩って種(豆)まき用の花壇を用意した。甲板には彩られた舞台もあるという。元々、女性勇者たちが使っていたのだろう。
「想い人と花々の種子を撒いたり、甲板舞台でライスシャワーを散らしてパフォーマンスを配信するのもいい。鬼祓いの願いを込めて殺陣や演武を披露したり、試合を行うのも歓迎だ。家族や友人と豆料理を食べて願いを語らってくれてもいい」
 鬼を祓うだけでなく、祝いを以て福を呼び込む方も節分。賑わいが苦手なら、年齢分の豆をつまみに鎮魂や黙祷を静かに行えばいい。
「儀式後に魔法を発動して神殿を改造する予定だ。人々の希望と皆の願いが、どんな形を紡ぎあげるのか、楽しみにしよう」

 最期に再び小夜が前に出る。
「この儀式は、今後の戦略さえ左右し得る……戦闘任務以上に大事かもしれません。皆さん、願いと心を込めて儀式を行ってください。では」
 儀式の準備を、始めましょう。
 そう言って小夜は頭を下げるのだった。


■リプレイ


 タラップの上で七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)が呟いた。
「女性勇者たちが使ってた場所、か。レリとかも、来たのかな」
「恐らくな。豊穣の女神に因む処女宮の、あの時とは異なる顔じゃ」
 端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)とバラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)が見るのは、花々に彩られた甲板に、花を待つ花壇。
「折角ですしもっと彩りましょう。この大きさの花壇なら、色々描き出せます」
「願い事も忘れずにな! この船で大海原はもちろん、宇宙も駆けたいぜ!」
 レヴィン・ペイルライダー(キャニオンクロウ・e25278)の呼びかけに、皆が頷く。
 番犬たちは、再び処女宮を訪れた。


 クレア・ヴァルター(小銀鬼・e61591)は、華やかな甲板を駆ける。
「無謀王女が詰めていたのはここかー。あの闘いを思い出すぜ。なあ、種まきの後、誰か試合でもしないか?」
 鬼祓いの願いも込めてさ。と、語る彼女に、アメリア・ウォーターハウスが応じる。
「力不足だが、付き合わせてくれ」
「試合か! じゃあ、腹が減ってはなんとやらだ。オウマ式豆カレー、振舞わせてくれ! 辛さもお好みで揃えているぜ!」
 相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が鍋を広げて、野菜、ひき肉、シーフードと、それぞれ温め始める。そのを受け取りつつ、大豆と海老のかき揚げを食むのはラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)。
「花の彩に包まれて豆料理だなんて素敵だね。シズネ、知ってる? 福豆を歳の数より一つ多く食べると来年も幸せに過ごせ……って、食べすぎじゃない!?」
「今の聞いて、いっぱい食べれば長生きできるんじゃないかと思ってな! そうだ! おめぇが長生きする分の豆も、食べてやろう!」
 吸い込むように豆を喰らって胸を張る相棒に、掃除機じゃないんだから……と苦笑するばかり。
 笑い合う二人の横では、火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)が己の従者と共に、カレーを頬張って。
「ねえ、タカラバコちゃん! 闘いに大事な事って何だ? そう! 食べる事なんだよ! お船さんなら、食事には気を付けていた筈だし! 『兵糧生産システム』いっちょ~、おねがいしますなむなむ!」
 早口で捲し立てる彼女の隣で話し込むのは、シアナ・ヨーク(オリーブオイルは飲み物・e32631)と彼女の元団長だ。
「今日、姉さんは?」
「別に出かけるとさ」
 自分の料理に大量のオリーブオイルを掛けつつ、相手の料理に勝手に辛味を足したりして。
「おい。俺でも体に悪いと分かるぞ、それ。お前らは食べ姿は可愛いのに暴食が……って、俺のカレーに何か入れたか?」
「搾りたてのオリーブオイルは、いわばフルーツです。それに、見るまで気付かないなら同じですよ……ふふ、これも平和、ですかね」
 極端な味になった料理を平然と平らげていく二人。
 霧崎・天音(星の導きを・e18738)は、その近くの花壇に向かって。
「豆カレー、美味しそうだから食べようかな……私も頑張って楽しもう……まずは、種まきから……」
 跳ねるように豆を撒けば、何故か飛び出して来るのはノワル・ドラール(ハートブレイカー・e00741)。
「?」
「伝統行事セッツ・ブーンには虎柄ビキニで参加するのが作法よ! さあ私に豆をぶつけてみなさい!」
 その様子を見て、瑪璃瑠も笑ってそこに飛び込む。
「あ、虎さんだ。ふふ、しめっぽいばかりじゃ駄目だね。ならボクは、幸せ兎として豆と花をふりまくんだよー!」
 別にぶつけているわけではないけれど……と、呟く天音をよそに、彼女たちは華麗に種を避けていく。
 朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)が、その様子をくすくすと笑って。
「鬼は外ー、って種まきなんて、ちょっと斬新ですねぇ。私のはガザニアの種です。すっごい華やからしいですよー。二人は?」
「薄雪草……エーデルワイスですね。うまく育って花開いたらすごく綺麗だなって。それに、花言葉がすごく好きなんです。アンセルムさんは?」
「ボクはカンパニュラ。エルムも環も……出会ってきた皆に感謝を込めてね。ボクがここまで頑張って来れたのは、皆のお陰さ」
 【蔦屋敷】の三人が花言葉で語り合うのは、誇りと、思い出と、感謝の意。
「お豆をぶつけるのはちょっと苦手ですので、この豆まきはのんびりしていて良いですね、犬飼さん」
 御巫・かなみ(天然オラトリオと苦労人の猫・e03242)の隣には、頷く従者と恋人の姿。二人で、青と桃色の花の種を撒きながら。
「オレ闘いが終わったら、この船でまた旅に出たいな。なあ、もし……」
「ふふ、この船に乗ってからすごく楽しそうですもんね~、レヴィンさん。ね、その時は私も、一緒に行きたいです」
「それは……ああ、すごく楽しみだ!」
 ポカンと口を開けたレヴィンは、目を輝かせて頷く。
 その傍の花壇で穴を掘るのはアロアロと、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)。
「春に向けて種をまくのっていいね。青紫系のつるバラを選んだんだ。花言葉が『夢かなう』『神の祝福』だから……」
 ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)は覗き込むマギーを撫でて、肥料袋の口を切る。
「いいね。じゃあ僕は肥料を漉き込んでおこう。出た根が痛んでしまわないよう間隔を開けて、っと。いい花が咲くといいねぇ」
 青薔薇の咲く光景を想い笑みを重ねる二人。
 リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)は、望月・小夜と肩を竦ませて。
「ふふっ……邪魔しないようこっちに植えましょ、小夜ちゃん? アタシだってエルフだし、土いじりぐらいならね!」
「ええ、そうですね」
「おや? では、これを使うといいよ、お二人さん」
 と、土に濡れた顔をタオルで拭い、千歳緑・豊(喜懼・e09097)がガーデニング用品を差し出す。
「一緒に来た師団仲間のためにと思ったが、まだまだあるからね……地味ではあるが、下準備係とはそういうものだ」
 彼の後ろでは【緋蜂師団】の面々が、話し合っている。
「之布岐、千振、竜胆、鬱金に南天などの薬草で飾るのも、をかし。じゃな!」
「地盤に白薔薇などを配し、地水火風に対応した色で黄道十二宮を描きましょう」
 相談を聞きながら薬袋・あすか(彩の魔法使い・e56663)は花壇に線を引いて。
「うんうん! 花時計だね。この花に懸けて平和にすると、乙女に誓おうか! ……あ、お汁粉食べるー! お餅は二倍で!」
「はい。寒い日はやっぱりお汁粉っすよね。大鍋で作ってありますし。お餅もまだまだありますから……さ、召し上がれっす」
 篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)が忙しくお汁粉を配る傍ら、一足先に小皿の漬物まで完食したのは、北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)。
「ご馳走さまでした! さて、ひとしきり済んだら演舞で悪鬼を祓いましょう。こう見えて剣士ですからね!」
「ん、僕も僕も―!」
 こうしてあすかも走り出し、壇上では演武の披露が始まるのだった。

「ふふ、音楽を用いる女性勇者達には、少しだけ親近感が湧きます。披露するほどではありませんが……少し、歌いましょうか」
 華やかに彩られた舞台を振り返り、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は小竜シャティレと共に散った命へ鎮魂の歌を口ずさむ。
(「花々が再び咲き誇るように、枯渇した星を再生させることができるようになれば、きっと……和平の道を繋ぐことができる」)
 透き通るような歌の中、フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)は花壇の前で一心に祈り、葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)は未来への願いを込めて種を振るう。
(「東京焦土地帯は、生命の存在が許されない場所。いつかあの場所を復興し、此処と同じく花々で一杯にできれば……」)
(「種が芽吹き、育ち、美しい花を咲かせて、やがて実を結ぶ……災厄を祓い、人の世に幸福と安寧が、そして希望があるように」)
 それは、エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)の鎮魂。
 その祈りは、未来へ、過去へ……力となって、今に高まっていく。

 【緋蜂師団】が舞を終えた舞台では、フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)が静と動を調和させた動きで鬼祓いの演武を披露していた。
 凛とした風を引き連れて動きを止めた彼女は、そっと礼をして。
「……どうだったかな」
 壇上から降りた彼女が語り掛けるは、朧月・睡蓮。
「素晴らしい剣舞でしたわ。願いは掛けましたの?」
「ああ。私達が皆を守ろうとする気持ちの分、重く強く……どんな未来も切り開いていけるように、と願ったよ」
 剣舞の中で迷いを払った彼女は、照れくさそうに語る。
 その隣を、社守・虚之香(宵闇に融ける蒼黒の刃・e06106)が駆けあがって。
「じゃあ次はボク! 良かったら、これを撒いて見ててね!」
 星辰の剣を振るいながら、彼女は豆のシャワーの中でくるくると舞い踊る。煌びやかな舞が終わった後に進み出るのは、ティアン・バ(いつかうしなうひと・e00040)。
「演武を奉納する者は多いな。ティアンはたまに舞をやったが、演武は見てる方が多かった。恥ずかしくないようにしないとな、キソラ」
「演武なら大昔師匠に見せられたな。今ンなってやるとは思わなんだが。ティアンちゃん、胸を借りるつもりでいかせてもらうぜ?」
 瞬間、防具特徴を起動して二人は光を纏う。お互いの刃の間に稲妻を迸り、冬を超える春雷の如く打ち合って、空に虹を描き出して……。
 月隠・三日月(暁の番犬・e03347)は斬霊刀を構えて、如意棒を構える相棒に応じる。
「繊細華麗な舞から段々と激しく、か。負けられないな。ルナティーク殿」
「武器のリーチは上ですが三日月殿の機動力の前では有利とは言えませんね。お手柔らかに」
 ふっと微笑を交わし、二人は一足飛びに打ち合った。決まった型のない即興ながら、魅入るような殺陣を演じて。
(「戦場を幾度も共にしたんだ。息を合わせるぞ……!」)
(「ええ。信頼が故に、遠慮なく……!」)
 届いた映像が人々の興奮を誘う中、節分の儀式はその力を高めつつあった。


(「力の高まりを感じる……さあ、これから先は舞曲の時間ね」)
 季節の魔法はいつ発動してもおかしくない。九門・暦(潜む魔女・e86589)が竪琴を奏で、オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)は踊りながら豆を撒く。
(「願い、欲し、祈る……以前の『これ』と異なって……」)
 願いを込めて踊り抜き、彼女は静かに頭を下げる。
 暗くなった舞台に、次に響くのは激しいギターの音色。
「イェイ! みんな素晴らしいデス! それではボクも、いっくデスよー! レッツ、ロックンロールッ!」
 シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)が行うのは豆シャワーを振りまきながらの配信ライブ。空を飛び、とにかく明るく元気に、皆を盛り上げる。
 その演奏が終わった直後だった。
 願いの力が弾けて輝き、船が振動と共に動き始めたのは。
「……!」
(「始まった……音楽や歌の力を増幅させて、仲間の力を引き出せますように……」)
 暦が演奏を続ける中、番犬たちを乗せたまま、円形舞台は持ち上がる。巨大な、しかし白く美しい手によって。船は番犬たちを慈しむような乙女の姿へ変わりながら大空洞の中に立ち上がる。
「これは……まるで乙女座……」
 と、誰かが言った時、計都が立ち上がった。
「願い通りです! 乙女の魔船ならやはり女性型! 船の輪郭を女性らしい線に、船体を羽衣状に、マストの部分をなびく髪に見立……」
 拘りをしゃべり続ける彼はともかく、宮の乙女は演出のように掌の舞台を持ち上げる。
「あ! コレ、ボクの願った『空中・宇宙ライブも出来るステージ』デスね!」
 巨大な乙女が微笑みかける。最高の舞台にシィカがアンコールを歌う中、神殿の乙女の衣は彩りを増していく。
「あ! 『外見をもっと可愛く!』って願ったけど、叶ったね……!」
「私、『頭にお花を飾ってもかわいいな!』とか願ったんだけど!」
「僕はもふもふのぬいぐるみで飾ることを願いましたが……あっ」
 【蔦屋敷】の面々が話す内にも、乙女の頭上には花冠が開いていく。目を落とせば、空いた観客席にぬいぐるみが現れる。恐らく船内も、可愛らしく装飾されているだろう。
「わー、この分ならご飯も出してくれるよねー! 愉しみぃ~!」
 ひなみくがタカラバコと抱き合う隣で、アレクシア・ウェルテース(カンテラリア・e35121)は神殿の乙女と同じくギリシャ風の装いで、舞台へ進み出る。
「良い舞台ね……ではここで、第四王女レリ率いる白百合騎士団とケルベロスの叙事詩を、魂を込めて歌い紡ぐわ。ね、エトヴァ?」
「ええ。女性の尊厳を志した王女。忠誠を誓う騎士団。剣と対話を重ねた番犬たち……この神殿と人々に、語り継ぎまショウ」
 秋桜の花飾りを揺らして、声と弦の音が歌を紡ぐ。
(「願わくハ……望まぬ争いがなくなるよう」)
(「ええ……共生を願いましょう」)
 満足したかのように、神殿の乙女は微笑を湛えて番犬たちを手で包み込む。
 そして、温かな掌の中で。
「願い、か。鎌倉、多摩川、熊本……忘れられない思い出がいっぱい。だから、どうかこの地の生命と希望を守って……なーんて。今年で20歳だし少しはしおらしく、ってね?」
 リリーの向けた笑顔に、小夜は顔を綻ばせる。
「大きくなりましたね……本当に」
 そしてフィストは、ふと父の言葉を思い出し。
(「誰かを護る為に振るう剣は重いが、それゆえにその剣は何よりも強い……か」)
(「人々、自然、地球の数多の命を『護る力』……ああ。つまり……」)
 暴走の経験がある風音は、包みこむ掌に、大きな慈しみを感じ取る。
 ふと、耳を澄ましていたバラフィールが、顔を上げて。
「せせらぎの音? あっ、水が髪艶のように舞台を囲っていきます」
「この輝き……色々な演出ができそうですね」
 暦が竪琴をひと撫ですると、水には花弁が流れ始め、舞台は色とりどりに輝くのだった。

 ……一方。
「えーっと、私はバリアとかドリルとか色々願ったんだけど」
「私も……色んな人を避難させられるよう……バリア欲しい」
「偶然だ。バリアなら私も願ったな。張れそう……か?」
 ドラール、天音、三日月が首をひねる。
「ふむ。私は『過去を知る力』を願ったが……見てわからない能力だからね」
「あ、それは私も願いました。やっぱり、検証が必要ですよね」
 顎に手を当てていた豊の呟きに、かなみが頷いた。真幸とシアナも、肩をすくめて。
「俺は『ピラーの作成』機能だが。まあ、まだ操舵方法も不明だしな」
「起動しなければわからない能力は、検証が必要ですね」
「私も『グラビティ・チェインの供給』を願いましタ」
「叶ったかしらね……異種族と語らえる場に出来たらよいけれど」
 季節の魔法が未知の叡智に届いたかは、エトヴァとアレクシアにもわからない。同じことを願っていたフローネは、ふと思い出す。
「『星の海を渡る力』も願ったのですが……この姿では難しいでしょうか?」
 ちっち、と、指を振るのは、佐久弥。
「そこは万全っす。俺、『変形するとこが見たい』って思いました。つまり……」
 神殿の乙女は微笑を湛えたまま、再び華々しい帆船へと姿を変えて行く。
「姿を変える力か! なら私は『屍隷兵を元に戻したい』ぞ! あれはあまりに哀しいからな」
「僕も『変質した犠牲者を元に戻したい』……再び大切な人々と寄り添えるように」
 クレアが笑い、エリオットが応じる。願いの全てを受け止めながら、魔船は出航する。
 浮かび上がる感覚に、括と虚之香が笑って。
「うむ! やはり船は浮かぶものよな!」
「いけいけー! 雲の海も星の海も漕いでいけー!」
「……って、おい! 天井にぶつかるぞ!」
 レヴィンがそう叫んだ時、輝きと共に周囲の景色が虹色に包まれた。
「……!?」
 加速する感覚に、ラウルとシズネが顔を見合わせる。
「魔空回廊……? いや、転移能力? 確かにこれなら、どんな場所でも飛べそうだ」
「いいな、これ! あと、海の水を巻き上げて水流ビームとか撃てたらロマンだな!」
 やってみないとわからないって、と、笑い合う二人。
「あとは環境にどの程度耐性があるかだな。宇宙や水中とか……」
「過酷な環境で甲板に出られるかどうかも、大きいでしょうね」
 手すりを掴んで、泰地とルナティークが言う。耐える力はありそうだが。
「転移距離によっては『星を行き来する』願いも叶うかな?」
「それで、滅びた星の人を助けたい。滅びを待つだけなんて不公平だもの……」
 そう願うピジョンとマヒナの前で、視界が一気に開けた。
 急停止の感覚に頭を振ったティアンの眼下には、廃墟の地。
「……東京焦土地帯? それに、巨大な剣に、牛像に、骨の塊……あれは、獅子像か?」
「他の神殿、でしょうか。地上の毛玉は、白羊宮? 全ての神殿が集まって……まさか」
 かごめが周囲を見る内にも、天蝎宮の骨格が弾け、全ての宮殿と繋がり合い始める。
 あすかとキソラが壮大な光景に笑って。
「『合体変形』なんて、願い通りー! 人型なのは合体前だったけど!」
「すげえな! これなら『大地を癒すヒールの雨』くらい降らせそうだ!」
 オペレッタの見上げる前で、神殿は組みあがって行く。
「『これ』やみなさまに宿る潜在能力……ケルベロスが危機に暴走させうる、強大なる力……『これ』にはわかりません。この力が、あのふしぎな予兆の語る剣(ブレイド)か、否かさえ」
 その声は彼女の口を借りて何かが語り掛けるかのよう。
「……けれど、この重力にひかれた魂より潜在能力をひきだして、われわれの牙とする装置を『これ』は、ねがいました」
 今や全員が見つめる中、神殿群は宙を覆い複雑に結合する。星を渡る船として。
「『これ』は、ケルベロス。そしてこれは地球のみなさまとそのココロを防衛し、滅びを斬りひらくための……」
 神殿は轟音と共に結合を完了し、オペレッタの言葉は止まる。
 だが、全員が知っていた。
 今組みあがったものこそ、番犬たちの剣。
 そうだ。
 その名こそ……――

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月2日
難度:易しい
参加:39人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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