「みんなが頑張ったからよお」
軽田・冬美(雨路出ヘリオライダー・en0247)は、うきうきとした様子で言った。
近年のケルベロスの活躍をみた世界中の人々は、遠くない未来に、全てのデウスエクスを撃破して平和を取り戻すことができると確信している、と。
「東京大運動会の影響もあってね。日本の文化に詳しくなった世界の人々は、平和への願いを込めて、全世界一斉に『SETUBUN』を行なおうと盛り上がってるのねえ」
鬼を払い福を招く『節分』の儀式は、今の状況にも合致する。
「ただ、世界規模だから、集まる『季節の魔力』が膨大なのが心配よねぇ……」
冬美は前髪とともに、ポンチョ型レインコートの、フードをいじった。
例えば、死神勢力などに魔力を奪われたら大変である。
集まっていた面々にも、その危惧はすぐ理解できた。そして、対策があろうことも。
「ケルベロスの手でね、使い切っちゃえば、いいのよ!」
にこやかにフードをめくると、サキュバスの角があらわれる。
それは、金色にペイントされていた。
「季節の魔力の使い道として、アスガルド・ウォーで獲得した、魔導神殿の再起動を行おうと思うの」
全ての魔導神殿を、『ブレイザブリク』のようにケルベロス側で利用できれば、その戦力は非常に大きなものになる。
また、世界規模の季節の魔力があれば、ケルベロスの願いを叶える形で、魔導神殿の改造すら可能と予測されたという。
現状、ヴァルハラ大空洞から移動できていない『死者の泉』の扱いなども合わせて、この季節の魔力で解決法を探せるかもしれない。
「『SETUBUN』は、日本時間に合わせて一斉に行われる。みんなには、それぞれの魔導神殿で節分の儀式を行ってもらい、世界中からの季節の魔力を束ね、その魔力で願いを伝えて、望む形で魔導神殿を再起動してほしいのよ」
各所在地がスクリーンに投影される。
大空洞には、双魚宮『死者の泉』のほか、天蝎宮『エーリューズニル』、処女宮『スキーズブラズニル』、獅子宮『フリズスキャルヴ』がある。
地上では、鎌倉市に金牛宮『ビルスキルニル』、仙台市に双児宮『ギンヌンガガプ』。
東京焦土地帯に磨羯宮『ブレイザブリク』と、その奥地には、ホーフンド王子が立てこもる、白羊宮『ステュクス』も残っている。
「というわけで、わたしの担当は、鎌倉市の金牛宮『ビルスキルニル』よぉ」
自分の角をつついてみせた。
形は羊ぽいものの、そういうつながりだったかと一同も頷いていたが。
「会場は、先日の『魔導神殿追撃戦』で守られた鎌倉駅のそばに、牛と宮殿の半端な形で据えられてる。そして、なんと一般市民のみんなも参加してくれるのよお!」
ガバッと、コートを脱ぐ。
黒い全身タイツに黄色い模様が加えられ、角とあわせて鬼の格好だった。
「金牛宮では、ケルベロスが仮装をして、市民に豆をぶつけられる鬼役をやりまぁす」
近隣の幼稚園や保育園からも参加がある。
子供たちを喜ばせてあげたい、という気持ちからの企画だ。
もちろん、それ以上の年齢の市民もいるし、一般人のなかからも、鬼役ボランティアが名乗りをあげているそうだ。
「福の神の役でもいいよぉ。鬼も福も、仮装は自由! ちょっとくらい解釈がはみ出してもいいから、楽しくやろうねぇ。レッツゴー! 鬼はそとー!」
儀式のクライマックスは、『ビルスキルニル』の改造だ。
「こちらも、思いつくまま自由にね。みんなの願いは、きっとうまいこと混ざり合って、いい結果になるから。レッツゴー! 福はうちー!」
●金牛の下で
鎌倉の市民たちは、『魔導神殿追撃戦』の避難から戻ってきて、街の活気はまた元通りになっていた。
さらに遡ればここは、史上初の全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)が発動された地であり、鎌倉駅の地下にはダンジョン『ビフレスト』を擁する。
騒ぎの元となった金牛宮『ビルスキルニル』は、その鎌倉駅の西口側に据えられていた。
神殿と牛の混ざった姿で。
変形途中を狙った突入により機構が停止して、牛の頭部だけが中央階段の上に張り出しているのだ。
階段とその周辺までを、『家の玄関』に見立てて、市民たちが詰めかけていた。
最前列には境の線が引かれ、幼稚園、保育園からの子供たちを優先的に並ばせている。小さな手に升も持たせて。
その向かいになるように、仮装した市民が取り囲む。
全世界同時『SETUBUN』への期待感が盛り上がっていた。
そんな群衆の中から、白焔・永代(今は気儘な自由人・e29586)は、軽田・冬美(雨路出ヘリオライダー・en0247)の、金の角を見つけて話しかけた。
「冬美ちゃん、今日はよろ~」
「永代くん、ありがとうねぇ。すっごい気合いはいった、怖そうな格好よぉ……鬼?」
炎をあしらった古代の鎧のいかめしさが、やさしい笑顔に不釣り合いだ。
ノンノンとふった指を、福の神陣営に向けた。
「毘沙門天だよん。俺って炎使いだし的な?」
敵情視察か、あいさつか。冬美の姿をしげしげと見下ろす。
「んんー? 打合せのときと生地の材質がちがうのねん?」
首から下が真っ黒で、黄色の稲妻もようを貼り付けたカラダ。
「何時もの俺ならダイブして確かめるとこだけど、ヤキモチ妬かれちゃうかもだし、自軍の陣地に控えておくよん」
「福の神も、がんばってねぇ」
鬼の仮装を物色しながら、永代は戻っていった。他のケルベロスたちも、さまざまに鬼を準備してきている。
いよいよ、開始の時がせまる。
赤松・アンジェラ(黄翼魔術師・e58478)の扮する福の神が、金牛の口から降りてきた。
やや透けな羽衣。
「少々きわどいかもしれませんが、それはそれ」
神殿から豆を撒く。
薄着の舞う様は、まさしく天女だ。
「鬼は外―。福は内―」
市民たちも唱和して、いちどきに豆が飛び交いだした。
「駅前イベントの上、全国配信とか、素敵なイベントですねぇ」
エル・ネフェル(ラストレスラスト・e30475)の周囲は、彼女の名声を知って駆け付けた一般人が控えている。
「では、皆さん。福の神ですよー?」
合図で動く、四方の人たち。
御神輿のように、エルの手足を担ぎ上げた。
「まあ……服はいつも通り無いんですが♪」
豆だかなんだかを振りまき、ついでに花びらもまん開にする。
そうして、階段の上からの応援をうけて、園児たちは升から掴み出した豆を、せいいっぱい投げる。
「おにはー、そとー」
あまり遠くまで届かないから、鬼役のほうからぶつけてもらいにいく。
左目の地獄が、わずかに細められた。
灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)のかぶる鬼面は、それを隠している。
のぞき穴から見える子供たちの笑顔。
一番の報酬を得て、恭介の笑顔もまた、面の裏に隠されていた。
鬼は、豆をあびて逃げるふりをしつつ、つかず離れず。
ふたつの人垣は、触れそうな距離になる。
そんな、混乱のなかで、水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)はくせっ毛に角をつけ、赤鬼風味になっている。
「まあ、自分の名前の中に、『鬼』がついてるしな」
などと言いつつ、小さな子たちの前に出れば、にやけてしまうのだった。
「あれ? 怖がらせる役だっけか?」
「鬼だぞー!」
もう、列もなにもなく、駆けまわるシュネカ・イルバルト(翔靴・e17907)。
二本角はつくりものだ。
竜の社に住みしドラゴニアンには、一本自前があるのだが。
「せっかくだから、翼や尻尾もしまって鬼っぽくした!」
虎柄のトレーナーとズボンに、おもちゃの金棒とくれば、十分すぎる量の豆を子供たちから投げてもらえた。
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は、ふと自らの手を見る。
救いに伸ばし、それが届いていたのだと、鎌倉の人たちと触れ合うたびに実感できる。
今は、鬼の金棒を握って。
「がおー! わるいごはいねがー!」
「そりゃあ、なまはげだろ?」
虎皮一枚を腰にまいた相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が、すかさず突っ込む。
「……え? 違うの?」
と、疑問顔のミリム。子供たちは、鬼同士のやりとりがツボにはまったのか、キャッキャと笑い出した。
そこへ、大きな顔の、本格的な『なまはげ』が割って入ってくる。中身は、端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)だ。
『オウガメタルなまはげさん』をまとった姿である。
「古来、節分の追儺は年越しの儀式であった歴史があるのじゃ。そしてなまはげが活動する日もまた年越しの大晦日!」
「へぇ~」
ミリムは、金棒を肩にかつぎなおした。通りかかったシュネカは、ふむ、とご高説を聞く。
「即ち! 節分の豆まきになまはげさんが混ざっておっても何らおかしくはない!」
オウガメタルは、キマッタ、という仕草をしたが。
「括は、鎮守の杜で神様あつかいされているのだろう? 福なのか、鬼なのか」
シュネカの問いに、括は胸をはって答えるのだった。
「なまはげじゃ!」
しかし、脅かすまえに、ケルベロスたちの周囲には、十重二重に子供たちが集まっていた。
「ちょれ~。おにはそと~!」
「……ィテテテテッ! 豆が! 豆の嵐が!!」
ミリムたちは散開し、逃げる鬼に戻った。
泰地の虎柄毛皮から伸びる素足は、太くたくましい。
闘いにおいては、刀剣となすほどの鋭い蹴りを繰り出す。
それが、子供たちにやすやすと追いつかれていた。
「むむ、最強の筋肉が……」
ボディビルのポージングで、裸の上半身にも豆粒を受ける。
お面のひとつが流れに逆らう。
それを被った以外に仮装のない、風音・和奈(怒哀の欠如・e13744)が、二挺ガトリングを構えて登場した。
「鬼だって、やられっぱなしじゃないよ! ほらほらほらっ!」
人には当てないよう、豆の弾丸を空に向けて撃った。
カラカラカラ……と銃身がまわる音だけになる。
「あ、豆切れ」
這う這うの体で逃げだす。
このころになると、園児だけでなく、大人たちも正面階段から撒きだしていた。
もはや雨のように降ってくる。
カルロス・マクジョージ(光りて現す望の月・e05674)は、やられるフリして、そーっと集めていた。
ケルベロスの超敏捷性をもってすれば、豆を手の内に受けるのは造作もない。通常兵器が相手なら、弾丸にだって同様の芸当ができる。
鬼役の仲間は気が付いていて、すれ違いざま、耳打ちする。
恭介は、ちょっと面を上げた。
「お前、落ちたの拾ってんじゃないだろうな」
「消毒すりゃいいんじゃない?」
と、ミリム。
「いやいや、キャッチしたやつだけにしとけよ」
言いつつ、泰地は止めたりはしない。
「それでは、鬼役のみなさん。僕はちょっとお先に抜けるねぇ」
「期待してるぜ、料理長!」
鬼人の鬼は、やはり笑っていた。
福の神の永代は、ひたすらに目の保養をしていた。
冬美は、逃げ回っているうちに、汗で身体のラインがでてきたし、ケルベロスの女子のなかには、水着で参加した鬼役もいる。
そして、叢雲・蓮(無常迅速・e00144)は、『男の娘』ゆえ、スタンダードな鬼といえば、虎縞ビキニなのだった。
どうやって収めているのか、ブーメランパンツ。
「紗綾姉を守るのだよ!」
キリっと美形を主張する。
けど金棒で、子供の投げた豆を子供みたいに打ち返していると。
「蓮くんかっこいいですー♪」
背に隠れた叢雲・紗綾(無邪気な兇弾・e05565)が、抱き着いてくる。
牛の耳と尻尾もつけた牛鬼スタイルだそうだが、豊満な肉体が背中にも感じられた。
「あー、イチャイチャなんかしてたら、的になりますよ……いわんこっちゃない」
巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873)が忠告する間もなく。
「パパ、ぐるぐるメガネの鬼さんがいるよ!」
「そーだね。……スタイルいい娘だなぁ」
「あなた、なにか言った?」
「いや……えと、鬼に内―っ!」
親子参加も数組いて、パパさんたちは、薫らのビキニ勢に猛牛なみのいきり立ち。
「おっと、谷間にばっかり豆投げちゃダメですぜ?!」
薫は、ブラの内側にためてしまって、重さが増したと感じていた。
園児だけでなく、もう少し大きい子たちも参加していた。
ひとりが境の線を越えると、わっと虎縞ビキニに駆け寄ってくる。
「あら、悪戯っ子たちですね……」
朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)が、ひもをひっぱられながら。
「……豆をぶつけるのは良いですが、直接攻撃は駄目ですよ、もう」
なるほど、聖職者である。
子供の扱い方に慣れている。
「んー。なら、福の神側だったんじゃないのん? おかげで見物してられるけど」
永代が、期待するうちに、薫と昴のブラ紐は、するるっと解けてしまうのだ。
「あっぱれだよん♪」
●金牛の変化
「神殿を好きなように改造できるなんて……」
紗綾が身を寄せると、お尻の揺れが牛しっぽに伝わり、ぴたんと蓮の背をたたいた。
「でも、紗綾のこと好きにできるのは、蓮くんだけです♪」
豆撒きが終わり、市民たちには正面階段から降りて、遠巻きにさせていた。
料理長カルロスは、フルコースをふるまっている。
豆の。
似たり焼いたり、大豆ならおからにきな粉、豆腐に湯葉……。
「うん、なんでも出来ちゃうねー!」
ケルベロスたちにも、ご飯を用意し、お腹を満たしてもらいながら、願いを束ねてゆく。
「みんなでお祭りして、みんなでご飯を食べれば、きっとみんなが笑顔になるし、そのパワーでいろんなことができるよね!」
季節の魔力が集結する。
はたして、思惑は当たったのか。
金牛宮の頭部は内部に収納され、角だけが伸びていた。
各部の隙間はぴったりと閉じ合わさり、宮殿のかたちが完成する。
角先に放電が起こっているのを認めると、恭介が声をあげた。
「俺の願いなのか? 金牛宮が雷を放てるなら、エネルギーとして利用できないか、って」
冬美は、ちょっと首をかしげる。
「でも、形や能力は、元のままねぇ?」
「内部はどうなったのでしょう」
アンジェラにうながされ、牛の口の変化した正面玄関から入ってみる。
そして、すっかり変わった設備に、言い知れぬ感情がわき起こった。
まず、大規模食堂。
そして、大規模キッチン。
さらには、超巨大な冷蔵庫。
ビキニを結び直した菫が、言う。
「あらあら、みなさん。カルロスさんの豆料理が、そんなにおいしかったんですか?」
ウェイトレス役までしていた彼女に言われると、全員が食いしん坊のようではないか。
「即物的な欲が、そのまんま願いになるのかねん?」
エルと昴の、薄着コンビに挟まれた永代が指摘した。
「もう少し、調べてみないとな。だが、俺たちが攻め込んだ時とは内装が違うぜ」
鬼人が、ミリムと泰地に視線を向けると、共に頷いた。
が、次の瞬間、大規模食堂が鳴動する。
「みんな、いったん、外に出よう……うわ!」
冬美だけでなく、ケルベロスらも魔導神殿がまだ変化を続けているのを知った。
正面入り口は、再び牛の口になり、そこから顔を出した面々は、完全に動物の姿になっているのを見たからである。
西をむいていたはずが、方向転換しており、太い四脚が、駅舎に乗り上げている。
「まだ『ビフレスト』を狙っておるのか?!」
括が怒声をあげると、蹄はすこし優しくなった。和奈は、前足の動きを目で追う。
「いえ、ただ駅舎をのりこえて、東口側に降りようとしてるみたい」
「どこに向かうつもりじゃー!」
駅舎は無事だが、そのまま広場をずしずしと進んでいく。
泰地には、前方の商店街が、再び戦場になるさまが見えた気がした。
「小町通りがめちゃくちゃになるぞ!」
しかし、金牛は、すんでのところで店舗を避けた。カルロスは、落ち着きを取り戻す。
「少しは指示に従ってくれるみたいだねぇ。止まらないけどね」
金牛は、徐々に速度をあげて、走りだした。
「あのカタチは、見覚えあるのだよ。天空鶴岡八幡宮なのだよ!」
蓮が、指さした。
「左に曲がって欲しいです!」
今度は、紗綾の声に反応する。国道を踏み抜きながら、金牛は左へ。
「動かせるんだよね! それじゃあ次はもう一回左だ!」
ミリムは、鎌倉駅に戻そうとしたようだが、従ってくれない。
「大船駅まできた。このまま線路づたいに進めば、東京焦土地帯までいけるぞ」
鬼人は、鎌倉奪還戦での、橋頭保を横にみた。
●神殿の集合
「危険ですから、避けて下さい!」
「この線路には入らないでくださいませ!!」
神殿の中から昴とアンジェラが、駆ける金牛に人々が巻き込まれないよう声をかけてゆく。この金牛の移動で壊れてしまった部分は後で、仲間達がヒールを施し、なかったことにしていた。
金牛が辿り着いた先は、東京焦土地帯。そこには既に他の神殿が待機しており。
「もしかして、巨大ロボットに!?」
和奈の期待はある意味、裏切られる。
完成したのは、ケルベロス達を乗せるための巨大な宇宙船。
その宇宙船には、金牛宮が変形して突き出された……。
「収束して放つ雷撃砲……いや『雷神砲』と言うべきか」
シュネカは思わず呟く。
他にも様々な機能が備わっているようだが。
「ひゅー、おったまげたよ。こんな宇宙船になっちゃうとはね……」
こうして、彼らの願いの下、巨大な宇宙船がいや、『万能戦艦ケルベロスブレイド』が完成したのだった。
作者:大丁 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2021年2月8日
難度:易しい
参加:15人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|