乙女な姫の魔草少女

作者:雷紋寺音弥

●桃色悪夢
 気が付くと、辺りには微かに雪が降り始めていた。肩に舞い降りた白い粉雪を払ったところで、西園寺・琴子(さいおんじ・ことこ)は思わず両手を擦って震え上がった。
「うぅ……寒っ……!」
 冷たい空気が肌を刺し、その度に身体が震えて白い吐息が漏れる。勢いに任せて家を飛び出してしまったが、その先のことを何も考えていなかったと、今さらながら後悔した。
「でも……今さら、家には帰れないわよね……。いえ、もう絶対に帰ってやるもんですか!」
 先刻、家で両親と喧嘩した際のことを思い出し、琴子は自分に言い聞かせるようにして叫んだ。そんな彼女の言葉が、魔を呼んでしまったのだろうか。
「やあ、こんばんは。君、随分と悩んでいるようだね?」
「だ、誰っ!? ……って、あなた、何者!?」
 突然、後ろから声をかけられて振り向くと、そこにいたのは奇妙な生物。咄嗟に距離を取る琴子だったが、その生き物は何ら気にせず、更に彼女へと話しかけ。
「僕の名前はソウ。君、よかったら、僕の種子を受け取って魔草少女にならないかい?」
 ソウ曰く、魔草少女になって世界を変えるために戦うことで、世界中の誰もが幸せな世界を作ることができる。そこには何の差別もなく、誰もが等しく幸福になる権利を得られるのだと。
「そういうわけで、この種を貰って欲しいんだ。魔草少女の仲間達は、君のことを差別や偏見の目で見たりしないよ。君が、どんな趣味や思想を持っていようとね」
「本当に!? 本当に、私のことを分かってくれる人達のところに、連れて行ってくれるの!?」
 ソウの言葉が、余程魅力的に感じられたのだろうか。琴子が身を乗り出して種子を受け取れば、彼女の身体は眩い光に包まれて……やがて、ラッパのような形をした、桃色の花の装飾が施された衣服を身に纏っていた。
「えぇっ! な、なにこれ!? 夢……じゃないよね! まさか、私、本当に……あぁ、すっごい尊い展開だわ!!」
 どこか遠くを見つめるような瞳で、琴子は叫んだ。それを見たソウは満足そうな笑みを浮かべると、彼女に改めて提案する。
「うんうん、なかなか立派な魔草少女になれたね。さあ、それじゃ手始めに、君のことを否定した、悪い奴らを殺しに行こうか。そうすれば、君は真の意味で解放されて、自由を手にすることができるんだ」
 耳元で囁かれる悪魔の誘惑。その言葉に……琴子はしばし考えた後、静かに首を振って頷いた。

●理解されぬ少女
「招集に応じてくれ、感謝する。リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)が予期していた通り、播種者ソウが再び魔草少女の勧誘を始めたようだ」
 今回のターゲットは、西園寺・琴子という、それなりに裕福な家のお嬢様。だが、一見して何の不自由もなさそうな彼女が家出をし、魔草少女にされてしまうのだと、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は自らの予知をケルベロス達に語って聞かせた。
「実は、琴子は趣味で漫画を描いていてな。その内容なんだが……どうも、少女と少女の恋愛という、少しばかり特殊なネタを扱っているものだったらしい」
 要するに、琴子は百合同人を描いていたのである。しかし、彼女はその趣味を両親には秘密にしておいた。とにかく厳しい両親のこと。説明したところで、絶対に理解されないと分かっていたからだ。
 だが、運悪く部屋を親が勝手に掃除した際、隠していた漫画の原稿を発見されてしまった。そして、親から一方的に漫画の内容を否定された挙句、原稿を目の前で破り捨てられてしまったのだ。
「琴子の両親からすれば、彼女の描いていた漫画の内容は『いかがわしく汚らわしい』ものだそうだ。もっとも、そんなことを言われて原稿を破かれれば、琴子だって黙ってはいないさ。そのまま家を飛び出して……後は、俺が最初に説明した通りだ」
 このまま放っておけば、琴子はソウに誘惑されるまま、自分の両親を殺してしまう。彼女が魔草少女になるのを止めることはできないので、両親を手にかける前に、なんとしても阻止する必要がある。
「魔草少女になった琴子は、そのまま戦って倒された場合、デウスエクスとして死亡してしまうからな。説得しようにも、元凶である播種者ソウを倒さない限り、お前達の言葉も届かないぞ」
 琴子を救う唯一の方法は、先に播種者ソウを倒した上で、彼女を説得しながら戦い倒すこと。幸い、ソウの戦闘力は極めて低く、グラビティの一発でも命中させれば即死する。播種者ソウさえいなければ、こちらの言葉も琴子に届くはずなので、後は彼女を納得させた上で戦って撃破すればよい。
「例の如く、播種者ソウは琴子を盾にして来るはずだ。どうしても播種者ソウを先に撃破するなら、狙撃が行える者がいなければ不可能だが……」
 反対に、先に琴子を倒してしまえば播種者ソウは逃げようとするので、そこを叩けば瞬殺できる。しかし、それは同時に琴子の死を意味するので、できれば避けたいところではあるが。
「琴子を助けようとした場合、長期戦に耐えつつ、播種者ソウだけを先に倒す術を用意しておいてくれ。彼女の攻撃力は決して高くはないが……ソウを守りながら戦うのに、無駄のない能力を持っているからな」
 魔草少女としての琴子が纏う花はオトメユリ。別名、ヒメサユリとも呼ばれる花で、花言葉は『私の心の姿』、『飾らぬ美』……そして『好奇心の芽生え』など。
「そういえば……琴子の漫画は、ネット界隈や同人業界の間では、そこそこ人気があるようだな。親や学校の友達には理解者がいなかったのかもしれないが……世界はまだ、彼女を完全には否定していない」
 少しでも自分のことを理解してくれる者がいるのであれば、希望はある。たとえ、それが身近な者ではなかったとしても。そう言って、クロートはケルベロス達に改めて依頼した。


参加者
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)
犬飼・志保(拳華嬢闘・e61383)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)
ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)
 

■リプレイ

●サブカル少女の意地
 悩める少女を誑かし、悪の道へ堕とさんとする播種者ソウ。その魔の手が新たな少女に伸びていると警戒していたリリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)は、自分の予感が的中したことに、どこか複雑な気持ちだった。
(「警戒していたけど、また女の子を騙す悪い草が生えてきたんだね」)
 二度あることは三度ある。そう、頭では分かっていても、本当は外れてくれるに越したことはないのだ。
「どうされました、リリちゃん?」
「ん……なんでもない。大丈夫、今度もリリ達が刈り取ってやるよ」
 ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)の問いに、リリエッタは迷いを振り切るようにして答えた。悩んでいる時間などない。事件が発生してしまった以上、播種者ソウを倒す以外に、誑かされた少女を救う方法はないのだから。
 果たして、そんな彼女達の前に、播種者ソウを引き連れた西園寺・琴子が現れた。播種者ソウはケルベロス達の姿を見つけるなり、琴子が何かを言うよりも先に口を開いた。
「気を付けて、琴子ちゃん。あいつらは、君の世界を否定して、君を殺そうとする悪い奴らだよ」
 相も変わらず、悪辣な手法を使う。こちらが説明するよりも先に嘘を吹き込み、弁解の余地すらなくさせるとは。
「悪人、ね……。まあ、デウスエクスからすれば、確かに私達は悪人でしょうね」
 下手に説明するとこじれそうだったので、円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)はソウの言葉に対して敢えて皮肉で返した。どちらにせよ、この腐った心根の生き物を排除しない限り、琴子を説得することは不可能なわけで。
「お嬢様育ちの言えない趣味ですか……。何となくですが、分かりますね」
「確かにな。厳格な家で育ったからこそ、それに逆らいたいという気持ちも理解できなくはない」
 それでも、琴子の気持ちは分かると賛同の意を示す犬飼・志保(拳華嬢闘・e61383)とジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)だったものの、琴子から返ってきたのは拒絶の言葉。
「……分かる? 私の作品を読んだこともない人間に、なにが分かるっていうのよ!!」
 杖を構えて大きく掲げれば、その先端から放たれる光がケルベロス達に襲い掛かる。咄嗟に庇ったジークリットだったが、そんな彼女の視界は、顔を上げた瞬間に歪み始め。
(「なんだ、これは……? 全員が、敵に見え……!?」)
 気が付いた時には、その精神を深く浸食されてしまっていた。これこそが、魔草少女と化した琴子の恐ろしさ。魅了と誘惑で相手を甘美な地獄へと誘い、互いに自滅させる魔性の技。
「よ~し、行きなさい、アロン! あいつを斬り裂いて……って、ちょっと待って! なんで味方を攻撃するのよ!?」
「ソラマル、あいつにリングを……痛っ! こ、こら! 敵はこっちじゃなくて、あっちでしょ!?」
 同じく、催眠術に罹ってしまったのか、アロンやソラマルといったサーヴァント達も、あろうことか味方に攻撃を始める始末。
「皆様、ここは耐えてください。必ず機会は訪れるはずですわ」
 光の蝶が夜の世界を染めて行く。苦渋の決断をし、ルーシィドは敢えて前衛のフォローを断ち切り、後方に立つ者達へ力を届けることを優先した。播種者ソウを倒さない限り琴子を助けられないのであれば、多少の無理をしてでも、早めに準備を整えなければならないから。
「ならば……その間、あの娘の相手は……私が引き付けよう」
 時折、ぼやける視界を振り払いながら、ジークリットの放った鬼火が琴子へ迫る!
 余裕の動きで琴子を盾にする播種者ソウだったが、元よりジークリットの狙いはソウではない。
「……熱っ! やってくれたわね! もう、許さないわよ!!」
「悪いな、これも戦術なんでな」
 案の定、怒りに任せて琴子の狙いがジークリットに向いた。危険な賭けではあったが、ソウを排除するための要である後衛は、可能な限り狙わせたくなかった。

●狡猾なる者
 魔草少女と化した琴子を救いだすには、まず邪魔なソウを排除せねばならない。
 だが、琴子を巧みに盾として逃げ回るソウを狙い撃つのは、狙撃に秀でた者であっても至難の業だ。おまけに琴子の使用するグラビティは、どんな技であってもケルベロス達の強化をリセットし、ゼロに戻す効果を持っているのだから。
「ほら、どうしたんだい? 早く、あの後ろにいる連中をやっつけないと、君の命も危ないよ」
「ええ、分かってるわ。私だって……伊達にサブカル好きで通ってるわけじゃないんだから!」
 漫画を描くことが趣味の琴子は、お嬢様でありながらアニメやゲームにも多少は詳しかったのだろう。己の力の性質を存分に理解した上で攻撃を仕掛けてくる琴子の動きは、なかなかどうして無駄がない。
「……っ! しまった、蝶が!!」
 防御の網を抜けて来た魔力の奔流が、キアリを覆っていた光の蝶を吹き飛ばした。おまけに、身体がズシリと重たくなり、なんとも言えぬ重圧から、狙いがますます定まらなくなって行く。
「ご心配は要りませんわ。直ぐに立て直します」
 すかさず、ルーシィドが再び蝶を撒くものの、これでは堂々巡りのジリ貧だ。こちらが力を溜め終わる前に、少しでも敵の攻撃を受けてしまえば、それで今まで重ねて来たものが全てダメにされてしまう。
「ふふふ……どうやら、戦いの流れは僕達の方にあるようだね。今度こそ、僕の邪魔はさせないよ」
 琴子の肩越しに顔を覗かせ、ソウが不敵な笑みを浮かべて呟いていた。確かに、ソウの言う通り、このままではいつまで経ってもソウを狙うことができないままだ。狙いを前衛に引き付けようにも、琴子は自らの身体に百合の装飾を増やすことで、容易く状況を好転させてしまう。おまけに、その百合の花は彼女の魔法の効果を更に高め……それを破壊しようにも、肝心のリリエッタやジークリットは、敵の齎す幻覚を振り払うので精一杯。
「くっ……! まさか、こうも好き勝手に振り回されるとは!?」
「仕方ない……本当は、あまり余裕ないんだけど……」
 気合いで魔術の効果を吹き飛ばすも、そのせいで手数が減れば、敵はますます攻撃の手を強めて来る。本当は、ルーシィドがフォローに回るべきなのだが、後方に立つ者達を支えようとした結果、彼女の手が完全に回りきっていないのだ。
「もう少し、チャンスを作っておきたいところだったけど……」
「多少無茶でもやるしかないわね。あの子の体力だって、無限にあるわけじゃないんだし」
 混乱して立ち往生になっているサーヴァント達を余所に、キアリと志保は覚悟を決めた。
 このまま戦っていても埒が明かない。あまり長引かせれば、それだけ琴子を殺してしまう危険性が高まり、ほんの少しの間違いが取り返しのつかないことになり兼ねない。
 狙うは諸悪の根源であるソウだけだ。その結果、琴子に攻撃を当てることができなかったとしても。
「……殺しちゃうよりはマシだからね。行くよ!」
 ここに来て、キアリが遂に切り札を切った。どこまでも延々と追尾する矢。いつもであれば、容易く敵の急所を射抜くことができるのだが。
「おっと、危ない、危ない! さあ、琴子ちゃん。しっかり僕を守ってね」
 ソウが琴子の影に隠れたことで、矢は明後日の方へと飛んで行ってしまった。ならば、と今度は志保が仕掛けるも、彼女の放った凍結の弾丸も、やはりソウを傷つけることはなく。
「なんの力も持たない僕を狙って来るなんて、あいつら本当に卑怯なやつらだよね。琴子ちゃんも、そう思うだろう?」
 ともすれば、琴子に事実を誤認させるような言葉を吹き込み、更に疑心を煽って行く。
「いい加減にしてよね、あなた達! これで消えてなくなっちゃえ!!」
 琴子の放った魔力の奔流が、そのまま後ろを狙って放たれた。咄嗟に前に出て主人を庇おうとしたアロンやソラマルが、その攻撃に巻き込まれて消滅し。
「思った以上に強敵だな。せめて、少しでも魔法の効果を弱めることができれば……」
 その手に握った剣に星辰の力を込めてソウを狙うジークリットだったが、そもそも狙撃に特化していない彼女の攻撃では、ソウを捉えることは不可能だった。
「ふふふ……残念だったね。いくら僕が弱くても、君の攻撃に当たるほど間抜けじゃないんだよ♪」
 軽々と身を翻し、ソウは嘲笑する。やはり、後ろから狙い撃ってもらわなければ、この性悪な怪物を倒すのは無理なのだ。
「あの百合は……リリが壊す。だから、ルーは後ろの人達を手伝って」
 拳を握り締め、リリエッタが一気に琴子との距離を詰めた。既に自分もボロボロで、反撃を受ければ持たないかもしれない。それでも、敢えて親友からの回復行動を拒んだのは、この戦いに必要なものが、本当は何かを知っているから。
「わ、わかりましたわ! キアリ様、志保様、今一度……私の力を!!」
 再び蝶を撒くルーシィド。チャンスは一瞬。琴子がこちらを攻撃してくる、それまでの間に、ソウを狙い撃つことができれば。
「任せて。今度は逃がさないから」
 拳を構え、まずは志保が気弾を発射した。懲りずに琴子を盾とするソウだったが、志保の気弾はその動きも読んで、しつこくソウを追い回す。
「うわっ! ひゃぁっ! こ、琴ちゃん、助けてよ! このままじゃ、僕がやられ……っ!?」
 そう言って、何気なく顔を上げた時に、ソウは見てしまった。自分を狙って弓を番える、キアリの姿を。
「ようやく捕まえたわ。絶好の機が訪れるまで耐えて待ち続けることも、狙撃手の役割なのよ」
「なっ……! し、しまった!!」
 気弾に翻弄され、琴子から随分と離れてしまったことに、ソウが気付いた時には遅かった。
 盾になるべく魔草少女がいない今、ソウが隠れる場所など何処にもない。狙い澄まされたハートの矢は、そのまま一直線にソウの身体を貫いて。
「……ぐふっ! そ、そんな……馬鹿な……」
 他人を謀ることにばかり気を回し過ぎ、自分が謀られている状況に気付けなかった。驕れる播種者の身体が砕け散り、夜霧の中に緑の染みとなって広がった。

●夢から覚めて
 播種者ソウさえ倒してしまえば、そこから先は早かった。
 元より、先の戦いで琴子にもダメージが蓄積していたのだ。互いに消耗し切っている今、倒すだけなら容易ではあるが。
「自分の漫画を否定されてどれほどつらかったとしても、否定した相手を物理的に排除するのは創作者としての完敗よ。漫画描きとしてのあなたは、本当にそれで満足なの?」
 万人に理解されることは難しいが、それでも創作者であるならば、あくまで作品で勝負すべきだとキアリが問い。
「そんなこと言ったって……人の漫画を破るような人達に、どうやって説明すればいいのよ!」
「……そうか。そんなに両親や友人らはお前に無離解なのか」
 ならば、先程の怪物は、どこまで琴子のことを知っていたのかとジークリットが問い返した。
 身近な者であればこそ、本気になって感情をぶつけられる。しかし、怒りに任せて無理解な者を手に掛けるのであれば、それは互いに五十歩百歩。
「あんた勘違いしていない? ネットや業界ではあんたの漫画、人気あるんでしょ? それは、あんたを認めてくれる人がいる証拠なの」
 それでも自信がなさそうにしている琴子に、今度は志保が発破を掛けた。
 志保自身、女だてらに喧嘩師でもある。しかし、彼女はその性質を変えるつもりはない。同じように、そちらも自分の趣味を捨てる必要などないのだと告げ。
「琴子のお話が好きだって人、いっぱいいたよ。リリもこのお話の続き、気になるな」
 だが、一度でも魔草少女になってしまったら……人間を止めてしまったら、もう人間の目線で続きを書くことはできないとリリエッタが続けた。
「琴子様、あなたはきっと、夢を見ているような気持ちなのでしょう。自分のいちばん大事なものを、傷つけられる悪い夢。だから、怪物に魔法を与えられて、命じるままに足を踏み出そうとして……」
 しかし、その先にあるのは漫画ではなく現実だと、ルーシィドが諭すようにして告げる。悪の巣窟と名指しされた場所は、自分が生まれ育った我が家でしかない。そして、そこに住んでいるのは、当然のことながら今まで育ててくれた両親であると。
「『真の自由』は、その怪物にとって都合がいい、真実を隠すための言葉。あなたが本当に望んでいるものじゃありません」
 物語を紡ぐのを趣味とする者なら分かるはずだ。嘘を隠すための最高の場所が二つの真実の狭間なら、真実を隠すための最高の場所は、二つの嘘の間に他ならない。
「そんな……それじゃ……私は……私は……」
 ソウを失い、心に迷いの生じた琴子に、もはや先程までの勢いはなかった。この状態であれば、彼女の中に巣食う種を除去できる。ケルベロス達の放った最後の一撃は、見事に琴子の胸を貫いて……その中に宿る魔草少女の種だけを、体内から弾き出す形で消滅させた。

●己の信ずる道を
 戦いが終わり、琴子を無事に保護したところで、ケルベロス達は彼女を家まで送り届けた。そのまま帰しても良かったのだが、これは他でもない志保の提案だった。
「まあ、琴子! こんな時間まで、外を出歩くなんて……っ!?」
 開口一番に琴子を叱り飛ばそうとする母親。だが、そんな彼女の頬を、志保は問答無用で引っ叩き。
「おい、いきなり何をす……ぐぇっ!?」
 顔を見せた父親も、問答無用で殴り飛ばした。
「娘の描いた漫画を破り捨てておいて、最初に出る言葉がそれ? あんた達から見れば『いかがわしく汚らわしい』ものかもしれないけど……あの子にとっては『尊くて素晴らしい』ものだったのよ!」
 同性愛は不健全。そんな考えなど既に時代遅れ。ましてや、それを否定するだけでなく、不潔なものだと断罪するとは。
「男性も居る世界で、敢えて女性同士が恋に落ちるからこそ尊いのよ。……あなた達には、分からないでしょうけどね」
 どこか冷めた目で、キアリも倒れている琴子の両親を見降ろした。愛の形は人それぞれ。他人のしない選択をしたからといって、それが必ずしも過ちであると断罪される理由もない。
 親は子どもの成長を見守り、その後押しをしてやるものだ。最初は理解できない世界のことであっても、頭ごなしに否定せず、まずは歩み寄る努力をして欲しい。
 そんなケルベロス達の言葉に、琴子の両親は何も言葉を返さなかった。だが、いずれは彼らも気付くことだろう。百合同人作家として、既にネットの中での地位を築きつつある琴子の才能に。
 なお、今回の事件にインスピレーションを受け、無口で小さな少女と眼鏡を掛けた少女の百合漫画を描いたことで、琴子が盛大にネット上でバズったのは、また別の話である。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月28日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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