未完のプロメテウス

作者:寅杜柳

●未完成、かつて完成していた場所にて
 その日、神楽火・みやび(リベリアスウィッチ・e02651)がその場所を通りかかったのは偶然だった。
 共に暮らす家族の待つ家への夜の帰路、工事で通行止めになっていた為にいつもは通らない遠回りをする羽目になり、その途中である建物に目が止まった。
 長年放置されたかのような荒れた大きな建物、立入禁止の看板のかかった門の向こうで建物に侵入する長い黒髪の女のの上半身が見えた。
 それが妙に気になって、門に近づき軽く押せば簡単に開いてしまう。
 見るからに崩れそうな建物に、怪しいな人影。普通の人ならこんな時はどうするのだろうと考えつつ、みやびはその人影を追い建物へとそっと侵入する。
 月光が窓から射し込み、シンプルな造形の建物の内部を照らしている。照らされた壁にかかっているのは中身のない額縁。ここは美術館だったのか、そんな事を考えながらみやびは行き止まりの中庭へと辿り着く。
 ここまでほぼ一本道、誰かとすれ違うような場所もなかった。
 見間違い――そう思いかけた瞬間、
『ねえ』
 声が聞こえた。振り返ればやけにリアルな女の絵が中庭の壁にかかっていた。
 いや、絵ではない。
『貴女の魂を頂戴?』
 額がふわりと浮かびみやびへと滑るように近づいてきて、そして絵の女が上半身を額の中から乗り出して手を伸ばす。
 なにか熱に浮かされたかのような女に、咄嗟にみやびは魔導書を開きながら後方に飛び退く。
 死の気配を色濃く宿す眼前の敵は小首を傾げ、そして更なる攻撃を加えんと周囲に怨霊の弾丸を展開した。

「みんな大変だ! ケルベロスが襲撃を受ける未来が予知された!」
 夜のヘリポートに雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)の慌てた声が響く。
「今回狙われたケルベロスは神楽火・みやび。潰れた美術館に誘い出されて屍隷兵に襲撃されるみたいだ。予知して急いで連絡をしてみたんだが応答がない。通信の妨害されてるのか分からないが、とにかく一刻の猶予もない事は確かだ」
 そして知香はケルベロス達に要請する。
「今から予知の現場までヘリオンを飛ばすから、多分襲撃を受けて大ピンチの状況の彼女を救出して、襲撃を仕掛けてきた屍隷兵を撃破してきてくれないか」
 そして知香はノートを広げ、手早く彼女の得た戦場と敵とについての情報を書き込んでいく。
「戦場となるのは美術館の中庭、月明かりも射していて十分な広さもある。放棄されて基本的に誰も近づかないようになっている上に人払いもかかっているみたいだから手加減と下記にせず暴れて大丈夫だ。襲撃をかけてきたデウスエクスは未完成のミレイユという名で、少女の魂を集め継ぎはぎにして創造されたんだが……完成前に創造主が斃れたようで未完成らしい。だから完成の為に色々魂を求めていて、今回はみやびが標的にされたわけだ」
 格好としては額縁から上半身だけ乗り出したような感じで額ごと浮かんで移動するみたいだね、と白熊は言う。
「そして攻撃について。全体的に前のめりにこちらを攻撃してくるみたいで、接近してきてその手で触れられれば魂を縛られたかのような感覚に襲われて体力をごっそり削られるのがまず一つ。怨霊の魂を弾丸にして毒をばら撒いてきたり、自身の未完成の境遇を嘆いて傷を癒し攻撃の威力を増してきたりもするようだよ」
 ヘリオンデバイスは準備できるから真っ当にやればそうそう押し負ける事はないだろうがそれでも十分注意して欲しいと、知香は説明を終える。
「今から急いで飛ばすけど到着はかなりギリギリだ。とにかく、ヤバそうな屍隷兵にこれ以上好き勝手させないよう確実に倒しておくれよ!」
 そう知香は話を締め括ると、ケルベロス達と共に廃美術館にヘリオンを飛ばすのであった。


参加者
神楽火・皇士朗(破天快刀・e00777)
神楽火・みやび(リベリアスウィッチ・e02651)
神楽火・勇羽(蒼天のウォーバード・e24747)
神楽火・天花(灼煌緋翼・e37350)
神楽火・國鷹(鬼愴のカルマ・e37351)
神楽火・詩奈(夜歩きの仇桜・e50359)

■リプレイ

●過去より来たり
 最初の一撃を回避できたのは運がよかった。
「あなたは……ミレイユ……なんですね」
 距離を取って相手の姿を認識した瞬間、神楽火・みやび(リベリアスウィッチ・e02651)の口からか細い声が洩れる。
 知っている。これがどうして『ミレイユ』なのかを、みやびは知っている。
 だってそれはみやびもかつて付けられた名前なのだから。名前だけではない。その黒髪も、赤瞳も、声も、そして命でさえも――『ご主人様』がみやび達『ミレイユ』から奪いこの屍隷兵に与えたものなのだから。
 手にした魔導書を取り落としてしまう。体も思うように動かない。
「……いやだ……これ以上、私から……奪わないで……」
 ああ、次は何を奪われるのか。抵抗の意志すら圧し潰す恐怖と嫌悪に青の瞳が潤んで滲む。
 そんなみやびに怨霊弾が放たれようとした、その瞬間。
「待っておるのだ、みやび! 今行くぞ!」
「あたしがフォローするから! みんなもできるだけ早くね!」
 空から二つの声が響き五つの影が降下。姿を現したヘリオンより光線が降り注ぎ、空中のケルベロス達、そしてみやびの体にヘリオンデバイスを実体化させる。
 待ちきれぬとばかりに最初にヘリオンから飛び出した青髪のヴァルキュリアは神楽火・勇羽(蒼天のウォーバード・e24747)。
「我が身は剣にして、戦雲の空を駆け抜ける嵐とならん!」
 背の光翼に冬の冷気より冷たく凍てつく風を纏い、屍隷兵が下半身を潜ませた額縁にその拳を叩き込めば、重力と光翼、更にジェット加速を乗せた一撃に大きく弾き飛ばされる屍隷兵。
 直後、オラトリオの神楽火・天花(灼煌緋翼・e37350)が空中より半透明の御業から業炎を屍隷兵に放つ。
 屍隷兵が炎を振り払わんとしている間、みやびを守るよう割り込み降下した神楽火・皇士朗(破天快刀・e00777)は七哭景光の切先を屍隷兵に向け、
「そこまでだ。みやびから離れろ、デウスエクス」
 その姿を見据える。
 だがほんの少し、屍隷兵の姿を見た時に何故か数年前――みやびを保護した時、彼女に抱いたような感覚が蘇る。
 髪も瞳も色は真逆、見た目に共通点なんてないのに。
 そして中庭にへたりこんだみやびにオウガの神楽火・詩奈(夜歩きの仇桜・e50359)が駆け寄ってその体を助け起こす。
「みやびちゃん、大丈夫……?」
 今のうちに立て直して、と天花もみやびに語り掛けみやびは立ち上がる。
 だが明らかにいつもの彼女の様子ではない。二人が確認しようとするが、その前に屍隷兵が怨霊弾を放って対話を中断させられる。
「忌まわしい死の臭いがするな。その半身を作るのに何人犠牲にした?」
 先に降下したケルベロス達の後方に着地した神楽火・國鷹(鬼愴のカルマ・e37351)があくまで冷静な声で問う。けれど屍隷兵は何を言っているのか分からないという風に首を傾げる。
 元より回答は期待していない。話に聞く限り、この屍隷兵の創造主はもういないのだから。
「ならば今は、彷徨う死者を正しく葬るのが先決だ」
 胸の内に秘める命を弄ぶ所業への怒り、表に出さぬよう押し込んでを國鷹は冷静に告げる。
『私が花嫁と在る為に、あなた達の魂を頂戴?』
 正気なき瞳で屍隷兵がケルベロス達に強請る。だがそれを是とする者など当然居らず、返答は殺気。
『そう……くれないのなら奪いましょう』
 屍隷兵がふわりと体を潜らせた額を浮かべると同時、ケルベロス達のグラビティが発動。夜の廃墟での戦いが始まる。

●理想の人形
 ぬるりと、距離を一気に詰めてきた未完成のミレイユがみやびにその腕を伸ばす。
 皇士朗が割り込み巨大機械腕を交差させ阻むが触れられただけで一気に生命力を奪われる感覚。
 顔を顰める彼を支援するように天花がゴーグルのデバイスで狙いを定め雷霆の如き早撃ちの弾丸を放ち屍隷兵の肩口を正確に撃ち抜き勢いを削げば、雷気を纏った鬼哭景光が屍隷兵の黒のドレスを裂く。
 そして國鷹が指輪を輝かせ皇士朗の眼前に光盾を障壁として展開、彼の傷を癒すと共に守りの加護を与えて、みやびが歌声を響かせ――ない。
 声が、出ない。
 家族が傷つけられた、気力を振り絞り癒しを奏で歌おうとするが、声が震えてしまう。
 眼前の存在を意識すればする程に増す恐怖と嫌悪に金縛りにかかったかのように動かない。
(「私には……歌しか残ってないのに……」)
「しっかりしろ、みやび! 奴が何者だろうと、おれ達がやることは決まっているはずだ!」
 明らかに様子がおかしいみやびに皇士朗が呼びかける。けれどその連携が乱れた隙を見逃さず、未完成のミレイユは彫刻のような無表情で周囲に展開した怨霊を弾丸として前衛二人に向けて放つ。
 漆黒の魔導装甲纏いし刀剣士は二振りの斬霊刀で斬り払うも被害を軽減するものの数発被弾、傷がじわりと痛む。
 そして屍隷兵と相対し、姿をよく見れば見る程に皇士朗が最初に抱いた印象はますます強くなる。
(「こいつは……」)
 光ない瞳は今を見ぬかのよう、見れば見るほどに保護した当時のみやびにだぶってしまう。
 そして屍隷兵の纏う気配にみやびに似たものを感じるのは勇羽も同様。
「……なるほど。命の色が似ている故にみやびを狙うのであるな!」
 それが真実かはともかく、粗削りながら速度を乗せた勇羽が屍隷兵に反撃の蹴撃を見舞うが軸をずらされ回避、距離を取られてしまう。
 一旦離れた敵を見据え皇士朗は思考する。
 もしかするとみやびと屍隷兵の間には魂を狙う者狙われる者以上の関係があるのかもしれない。
 だが、今は関係ない。みやびが今背に居て、眼前の存在は皇士朗の家族であり戦友を狙うデウスエクス。皇士朗が剣を向ける理由はそれだけで十分。
「覚悟しろ。手を出して無傷で済むほど、神楽火の刃は鈍くはないぞ」
 そう皇士朗が集中を研ぎ澄ませる中、詩奈は屍隷兵の言葉を心の裡で反芻する。
(「『花嫁』か……」)
 デウスエクスの結婚、それが尋常の意味であるはずがない。特に屍隷兵を言葉通りに花嫁とするはずなど。
 だけれど詩奈は頭を振り、戦闘へと意識を集中させる。
 目的は重要ではない。今重要なのはみやびが狙われている事だ。
(「……家族が危ないなら、守らなきゃ」)
 前衛二人にかかった毒の呪縛を祓わんと國鷹の薬液の雨が降り注ぎ洗い落とし癒した所に、詩奈が惨劇の記憶より抽出した魔力で勇羽の傷を完全に治療する。
 靴のデバイスの補助があればやや力量に自信のない彼女でも当てていく事も十分可能だが、仲間を信じ詩奈は支援中心に行動を定めていた。
 そして回復に専念しながら國鷹はみやびを思う。
 普段との違い、その怯え。あくまで推測であるが、みやびも眼前の屍隷兵と近しい状況に置かれていた被害者の一人であるのならば、彼女が屍隷兵を討つ事は正当なる復讐だ。
 何よりもこの下らない屍隷兵を創る為に犠牲にされた被害者達への救済でもある。
 胸に抱く怒りに状況を見誤る事無く、冷静に國鷹は回復支援を行う。
 そして天花が乱れ狂い咲くような刃紋の日本刀を構え飛び込み月弧の軌跡で正確に斬り裂けば、同時飛び込んだ皇士朗が構造的に弱いと見極めた胴を強烈に打つ。
「たとえ魂を奪おうと、汝はみやびにはなれぬ!」
 更に勇羽が燃えるような輝きの光翼と同化するようにその身を光の粒子に転じ突撃。とことん前のめりに責め立てる彼女、それは普段の性格もあるけれども直感が警告する危機感を振り払う為でもあって。
「死神の眷属め……! 絶対に! みやびは渡さないのだ!」
 受け流すように振り払われても勇羽はしつこく喰らいつく。

 戦う仲間達、彼らの姿を見ながらみやびは歌声を取り戻そうとしていた。
 大切な人達が戦っているし、戦わなくてはならないのは頭ではわかっている。
 しかし恐怖は止まらない。泣きそうな震える声しか出せない、焦れば焦る程泥沼に陥るみやび。
「怖いなら、無理に戦わなくていいんだよ」
 そんな彼女に詩奈ができるだけ優しい声色で語り掛ける。
「そんな風に泣きそうな声……聞いてられないよ」
 詩奈のよく知るみやびの歌声、今の彼女には出せない声。
「記憶をなくしたボクに、みやびちゃんがいろいろよくしてくれたみたいに、今度はボクがみやびちゃんを助けるから」
 戦えないなら自分が助ける、力不足でも戦わなければ守れないから。そう言った桜色の髪のオウガはその端正な顔に宿りし呪詛を屍隷兵へと解き放ち動きを封じる。
 戦えぬなら自分が補うと考えていたのは天花も同じ。
 正直なところ、天花は昔からみやびの事を少し心配していた。彼女の思っている事と実際に言葉として発する事、意図的に変えているような雰囲気を感じ取っていたから。
 人の事をとやかく言える身ではないとの自覚はある、そもそも他人である天花がみやびに口出しするようなことでもないと考えていたが、
「……今はちゃんと言わなきゃいけない時だよ、みやびちゃん」
 敢えて天花はみやびの目を見、言葉と発する。
「キミの心のぜんぶ、ちゃんと言葉にして、力にして、ぶつけなきゃ」
 あのデウスエクスに――昔のみやび自身に負けてはダメだと。
「俺達はこの屍隷兵のルーツを知らない」
 更に國鷹が言葉を継ぐ。
「だから、犠牲になった人達を正しく葬れるのは貴女だけだ、神楽火みやび」
 創造され目的すらなく殺戮する存在の素材にされる――殺されて尚辱められる命など、あっていいはずがない。
「この戦いを終わらせて、きみが話したくなった時に話してくれればいい」
 それは皇士朗の穏やかな声。
 そんな彼らを飲み込むかのように、屍隷兵が大量の怨霊弾を放つ。國鷹が対応せんと癒しの術を編んで――完成する前に、立ち止まらず戦い続ける者達の歌のメロディが響く。

●現代の怪物
「……見苦しいところをお見せしました」
 メロディとその声は、この場のケルベロスの誰もが知るみやびの声。
 胴に満天の夜空を描いた左利き用バイオレンスギターを構え、彼女は両足でしっかりと立っている。
 恐怖はまだある。けれど皆の言葉に立ち止まったままでいる事など、できはしない。
「さあ、彼女を地獄に叩き落として差し上げましょう」
 いつもの調子でクールに。奏でるギターの旋律は夜の美術館に響き渡る。
「やはりみやびはそうでなくてはな! よし、もうひとがんばりであるぞ!」
 復活が当然と信じていたよう勇羽が笑顔で言い、ジェット加速を乗せて屍隷兵に突撃。加速を乗せ黒竜の力を宿せし黒鎌で屍隷兵の腕を鋭く斬り裂きその生命力を奪い取る。
 みやびに近づけぬよう、只管前に出て押し返そうとしていた勇羽、それに加勢するかのようにケルベロス達の攻撃は激しさを増す。
 抵抗のように放たれた怨念の塊の如き弾丸の群が前衛二人に放たれ命中。だが、みやびの生きる事の罪を肯定するメッセージの旋律が毒を祓い無力化する。
『私は完成したいだけなのに何故なの!?』
 絹を引き裂くような、同時に地獄の底から響くような嘆きの声。屍隷兵の力を高め傷を癒すその叫びを断ち切るように皇士朗が重力宿せし斬霊刀を、勇羽がガントレット内臓のジェットで高速拳を叩きこめば、黒き怨念の如き破壊の加護は砕かれ霧散。
 更に追憶に囚われず前進する者の歌が屍隷兵の勢いを減じさせると同時、國鷹の覚悟の証でもある指輪が輝いて皇士朗の前方に光盾を展開、毒を消し去った。
 無数の攻撃を受け止め癒すケルベロスに対し屍隷兵の体は傷だらけ。動きも相当に鈍っている。
 そして天花が放った時空凍結弾が屍隷兵に命中、呼吸を合わせた國鷹が懐に飛び込んで、
「我が罪業の手よ。羅刹の如く、壊せ」
 炎纏いし拳で屍隷兵の顎を真上に撃ち抜いた。
 のけぞる屍隷兵に皇士朗が卓越した達人の技量で飛び込み浸透する一撃を見舞えば、輝きを増した勇羽の光翼に凍てつく風が追い風となり、魂ごと断ち切るような袈裟懸けの一閃が屍隷兵を斬り裂き更に怯ませる。
「――さあ、こっちを見て」
 突如背後よりかけられた声に振り返ったのは屍隷兵の失敗。三本角のオウガの瞳に宿りし魔力は呪われた血の力で増幅されて邪眼としての輝きを放っている。
「もう逃げられないよ。虚ろな月の光は、ずぅっとキミを照らすから」
 言葉と同時、視線に乗せた全力の魔力が屍隷兵の魂を侵食し、自由を奪う。
 そこに天花が飛び込み右手に集中させたグラビティ・チェインを炎に変換して、
「我が手に宿れ、神殺しの炎。悪なる神を討ち破り、灰も残さず無に還せ!」
 これ以上ないタイミングで叩きつけた一撃は、熱と衝撃を以て屍隷兵の体力を大きく削り取る。
「聴こえるわ……宇宙の深淵があなたのために歌う鎮魂歌が」
 そして同時、前衛の二人以上の超至近距離にみやびが飛び込む。
 いまからは誰にも譲れない、始末。
「……私は『神楽火みやび』として生きると、決めたんです」
 狂気に表情を歪めた屍隷兵の耳元に囁き、ギターネックを額から乗り出した胸元へと軽く押し当て、
「だから……私はあなたを殺します。ミレイユ」
 そして弦を弾く動作でグラビティ・チェインを撃ち込む。
 仮初の命を維持する為の心臓を圧壊させる魔法――それは正確に作用して。
 どこか哀し気な無念に満ちた絶叫、その後に無数の犠牲より造られし『ミレイユ』は身体を維持する力を失い砕け散った。

●未来へと向かう
 戦いが終わり静けさを取り戻した廃墟。
 傷も十分治療できる範囲だと、ウィッチドクターの國鷹が皆の怪我の状態を確認する。
「助かりました。ありがとうございます」
 そう言ってみやびが頭を下げる。
「こーしろー、なぜ止めるのだ?」
 みやびに勢いよく抱き着こうとする勇羽だが、皇士朗はそれを制する。ともあれみやびが無事でよかった。
「みやびちゃん…よかったね」
 詩奈がほっと一息を吐く。
 六人全員無事でいる事がよかったこともあるけれど、詩奈にとってはみやびがいつものみやびに戻ってくれた事が何より嬉しくて安堵する事なのだ。
「話したくないなら話さなくてもいいと思うけど……そうだね。みやびちゃんが聞いてほしいなら、いくらでも聞くよ」
 そう天花は言う。言えなかった事、枷が取れたのなら全てを言ってしまいたいという気持ちはよくわかるから。
 応援、とまで言うと大げさにはなるけれど、それでもみやびの気持ちは大切にしたい。
「……聞いてほしいことがあるんです。たくさん」
 これまでみやびが家族にも話せなかった過去、それを話す決心がついた。
 それは彼女を縛っていたものとの決別。
「とりあえず、帰ってからね。もうすぐ春だけどまだまだ寒いし」
 そう明るく天花が笑いかければ、みやびも納得したように雰囲気を緩ませる。
「さあ、みんなで帰るのであるぞ!」
 元気に勇羽が言い、六人全員で廃墟の出口へと歩み出す。

 ――さようなら、ミレイユ。
 最後にみやびが振り返り、小さく呟いた。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月19日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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