愛を伝えたいだれか

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 潮の香りが漂う郊外をエルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)は散策していた。
 雪が積もった道。足を踏み下ろす度に小気味良い音がする。
「寒いですねぇ」
 白い息とともに呟きが漏れたが、それは嘆きでもぼやきでもなかった。寒さは苦にならない。自由に歩けるなら。
「ん? また降ってきましたね」
 エルムは歩みを止め、空を見上げた。口元が綻んでいる。枠に囲まれていない空は彼に喜びを与えてくれるのだ。たとえ雪降る冷たい空であっても。
「誰かにとって掛け替えのない存在に……なによりも大切な存在になれる方法を知ってる?」
「え?」
 いきなり背後から問いかけられ、エルムは振り返った。
 いや、問いかけられたわけではなかったのかもしれない。声の主――青みがかった銀髪の若い女はエルムを見ていなかった。先程の彼と同じように空に視線を向けている。
「その『誰か』の大切なものを片っ端から壊していけばいいの。そしたら、最後に残るのは自分だけでしょ。だけど、それはとても手間がかかるし、たとえ壊し尽くすことができたとしても『誰か』は現実を認めようとないかもしれない」
 語り続けながら、女はゆっくりと視線を下げた。
 その容貌はどこかエルムに似ていた。
 しかし、エルムと違って、白い息は吐いていない。
「いっそのこと、『誰か』そのものを壊したほうがいいのかもね。そうすれば、『誰か』は自分の中で永遠の存在になれるから」
 中途半端に進化したAIによる自動読み上げ、もしくは台詞を棒読みする新人女優のごとき抑揚のない語調であるにもかかわらず、女の言葉からはどす黒い情念が感じられた。
 彼女の姿を見た瞬間からエルムの中でも激しい想いが渦巻いている。しかし、それは情念とは別種のものだ。
 その情念ならざるものを口に出そうとしたが――、
「しー!」
 ――女が唇の前に指を立てて機先を制した。
「なにも言わないで。貴方がなにか話す度に私の大切な『誰か』の思い出が汚されていくから」
「……」
「いえ、貴方がただ生きているだけでも汚されてしまうの。だから、死んでちょうだい。貴方がこの世からいなくなれば、『誰か』は『誰か』のままでいられる。私の記憶の中でね」
 女の口元が綻んだ。
 広い空を見ても喜びを覚えない者の笑み。
「ほら、早く死んでよ。私のために死んでよ。『誰か』のために死んでよ」
「……」
 無茶な要求に対して、エルムは言葉を返すことができなかった。
 その代わり、行動で意志を示した。
 武器を手に取り、身構えたのだ。
「あら?」
 女の顔から微笑が消えた。
 反抗されるとは思っていなかったらしい。

●音々子かく語りき
「エルム・ウィスタリアくんが大々々ピンチなんですよー!」
 雪景色のヘリポートの一角に並ぶケルベロスたち。
 その前で大声をあげているのはヘリオライダーの根占・音々子だ。
「エルムくんは大分市の郊外にいるんですけど、そこにデウスエクスが現れるんですよー! 一見、人間の女性みたいなデウスエクスですけれど、あれは間違いなくダモクレスですねー! で、そいつはエルムくんを殺そうとしやがるんです!」
 その予知のことを音々子はエルムに伝えようとしたが、アイズフォン等の機器は一切通じなかった。件のダモクレスにジャミングされているのか、あるいは別の要因なのか――それは定かではないが、音々子の言うようにエルムが『大々々ピンチ』であることだけは間違いない。
「そのダモクレスはエルムくんと面識があるみたいです。もしかしたら、レプリカント化する前のエルムくんの肉親とかだったのかもしれません。でも、だからといって、エルムくんを見逃すことはないはずです。ダモクレスにとってのレプリカントというのは人間から見たソンビみたいなものなので、情が湧くことはまずないらしいですから。いえ、そこらへんのことを差し引いたとしても、エルムくんと普通に接することはないでしょうね」
 なぜなら、そのダモクレスが(かつての)エルムに抱いていた感情がそもそも『普通』と呼べるものではないからだ。
「詳しいことは判りませんが……そいつは色々とアブないヤンデレな感じの奴なんですよ。人の話を聞かずに自分の想いだけを延々と吐露した挙げ句、理解や共感が得られないとブチギレちゃうタイプですかね。なーのーでー、言うまでもないとは思いますが、交渉とは無理です。倒すしかありません」
 そこまで語ると、音々子は雪を撒き散らすほどの勢いでターンし、ヘリオンに向かって歩き始めた。
「では、行きましょう! そして、ヤンデレなダモクレスに見せつけてやりましょゆ! 病んでない絆の尊さってものを!」


参加者
風音・和奈(怒哀の欠如・e13744)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)
水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)
武蔵野・大和(大魔神・e50884)

■リプレイ

●霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
 僕たちはヘリオンから飛び出し、ウィスタリアさんがいる場所へと降り立ちました。着地の衝撃で雪煙が舞い上がり、空から降る雪と交差する様はなかなか美しいですが、心を奪われてる余裕などありません。
 ウィスタリアさんの前に敵がいるからです。
 人間の若い女性にしか見えないダモクレス。
「エルムさん、助けに来ました!」
 ウィスタリアさんを背にかばうようにして敵の前に立ったのはパン職人の武蔵野さん。
 僕を含む他の面々もウィスタリアさんの前に並び、敵と対峙しました。
「ありがとうございます」
「邪魔しないでくれる?」
 ウィスタリアさんの声と敵の声が重なりました。どちらも僕たちに向けられたもの。
「関係ない人は引っ込んでてよ」
 邪魔者である僕たちを見る敵の眼差しはとても憎々しげ……ではありません。その瞳から感じられるのはウィスタリアさんへの愛憎だけ。僕たちのことなど、文字通り眼中にないのでしょう。
「『引っ込んでてよ』と言われて、素直に引っ込むとでも?」
 鎧装騎兵の水瀬さんが厳しい声で問いかけました。
 敵がそれに答えるよりも先に――、
「引っ込むわけないですよねー」
 ――朱藤さんが身を屈めました。お尻を後方に突き出し、左右に揺らしています。それに合わせて、尻尾もゆらゆら。獲物に飛びかかる前の猫を思わせる動き。実際、彼女は猫のウェアライダーなのですが。
「たとえ、エルムさん自身に『引っ込んでろ』と言われたとしても引っ込まないと思いますよ。ここにいる誰一人として!」
 叫びざまに朱藤さんは走り出しました。

●朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
 敵にタックル! これは甲冑騎士だけが使える組み付き。怒りを植え付けるグラビティです。
 更に怒りをダメ押ししておきましょう。相手の腰にしがみついたまま、頭を上に突き出して――、
「これ、エルムさんからのプレゼントなんですよ」
 ――桃色の蜻蛉玉と白い百合があしらわれた綺麗な簪をアピール。
「うぉりゃあぁぁーっ!」
 後ろから怒号が聞こえてきたので、私は敵から離れました。
 入れ替わりに突進してきた怒号の主は武蔵野さん。地獄の炎のように燃え上がっているフェアリーブーツでファナティックレインボウを打ち込みました。
 その燃えてるブーツが離れると同時に、二発目のファナティックレインボウが命中! 蹴り手は、白と黒の翼を大きく広げた風音さんです。白いほうは、オラトリオである彼女の自前の翼。黒いほうは、フェアリーブーツから伸びるオーラの翼。
「……」
 怒り攻撃を連続して食らったにもかかわらず、敵は無言。でも、効果はあったらしく、私たちを見る目付きが変わっています。足下に転がっている無害な石ころを見る目から、頭の周りを飛び回る鬱陶しい虫ケラを見る目に。
 そして、無言のまま、ミサイルを次々と撃ち込んできました。狙いはエルムさんのいる後衛ではなく、虫ケラであるところの私たち前衛。やっぱり、怒り誘発作戦は成功だったみたいですね。
 当然のことながら、私たちはダメージを受けたわけですが――、
「こっちは任せてください」
 ――竜派ドラゴニアンの中条さんがガーディアンピラーで傷を癒してくれました。
「うん。そっちは任せたよ」
 お人形を抱いたシャドウエウルフのアンちゃんことアンセルムさんがブレイブマインを炸裂させて、後衛陣にエンチャントを施しました。
 それによって生じた爆風の中をヒーリングパピヨンがひらひらと飛び、中条さんの頭にピトっと着地。飛ばしたのは、ピラーの傍に立つダスティさんのようですが……なんだか、とても凄い形相をしていますね。エルムさんを襲った敵に対して、かなり怒っているみたいです。

●武蔵野・大和(大魔神・e50884)
「番犬部のお友達を連れて行かれるのは困ります!」
 旅団の名前らしきものを口にしながら、燈火さんが紙兵を散布しました。
「はぁ? なに言ってるの?」
 雪と混じり合う紙兵の向こうで敵が眉をひそめています。
「どこにも連れて行くつもりはないわ。ただ壊すだけよ」
「姉さんになら、壊されてもいいかな……と、少しだけ思っていた時もありました」
 エルムさんが歩き出しました。たぶん、『姉さん』というのは敵のダモクレスのことなのでしょう。
「でも、今は壊されたくない。僕以外のものも壊してほしくない。だから――」
 エルムさんの前に半透明の御業が出現し、『姉さん』とやらに禁縄禁縛呪を仕掛けました。
「――ごめんなさい」
「皮肉な話ね」
 御業に拘束されながら、敵は吐き捨てるように言いました。眉間の皺が深くなっています。
「あたしに壊されてもいいと思い続けていれば……そう、あたしの愛を拒絶したりしなければ、絶対に壊したりしないのに。あたしにとって、あなたはなによりも大切な存在だったから」
「ぜっんぜん、わかんねぇ!」
 翼さんが叫んで、動けぬ敵に肉薄しました。
「大切なのに壊すとかなんとか……それって、ただの独りよがりだろ」
「バカなの? 大切じゃなくなったから壊すと言ってるのよ」
 敵は御業から逃れ、翼さんの攻撃も躱しました。
 しかし――、
「そんなの絶対に間違ってる!」
 ――怒声ととともに飛んできた砲弾の雨を避けることまではできませんでした。
 それらを発射したのは和奏さん。翼さんのお姉さんです。同じ姉として敵の言動が許せないのか、怒りと悲しみがない交ぜになったような顔をしていますね。
 続いて、和希さんがスターゲイザーを命中させました(どーでもいいけど、名前に『和』の付く人が多すぎません? 僕も含めて)。翼さんと違って無表情ですが、憤怒のオーラとでも呼ぶべきものが感じられます。
 でも、この場で誰よりも怒りの炎を激しく燃やしているのは敵のダモクレスなんでしょうね。
 一ミリも正当性のない怒りですけど。

●水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)
「空を飛ぶ様が美しい小鳥もいれば、鳥籠の中で囀る様が美しい小鳥もいる。あなたは後者だった。それなのに、鳥籠を捨てた。そんな貴方には――」
 ポエムじみたことを唱えながら、ダモクレスが片腕を突き出しました。
「――もう、なんの価値もないわ」
 腕の先端から熱線が迸りました。
 その熱線の先にいたのは、『なんの価値もない』と評されたエルムさん。
 だけど、彼には命中しませんでした。和奈さんが立ちはだかり、盾となったからです。
「変わってしまったから、価値がない? ふざけんじゃないよぉーっ!」
 熱線の直撃に屈することなく、和奈さんは叫びました。
「変わって! 成長して! それが自分の望まない姿であっても! たとえ、自分を見なくなっても! 本当に大切なら――」
 黒いオーラの翼を有するフェアリーブーツから別のオーラが飛び出しました。フォーチュンスターのオーラです。
「――自分を傷つけてでも受け入れるべきなんだ!」
「そういう説教はあの子に聞かせなさいよ」
 オーラを胸に受けてよろめきながらも、ダモクレスはまた腕を伸ばしました。今度は熱線を放つためではなく、エルムさんを指さすために。
「あの子のほうがあたしの愛を受け入れなかったんだから」
「アンタのは愛じゃない! ただの妄執!」
「そうです」
 と、竜矢さんが和奈さんに同意を示すと同時にスターゲイザーで敵を攻撃しました。
「あなたの言動にずっと違和感があったんですけど……うん、やっぱり違いますよ。それは愛じゃありません」
「いいえ。愛よ」
 ダモクレスは力強く断言し、エルムさんを睨みつけました。
「愛し合うというのは心のリソースを奪い合うこと。あたしは貴方のためにだけにリソースを割いてきたのだから、貴方も同じだけのリソースをあたしに提供すべきなのよ。あたしだけを見て、あたしだけを愛するべきなのよ」
 滅茶苦茶な理論ですね。
 でも……私は思わず翼のほうに目をやってしまいました。少しだけ不安になってしまったから。ある意味、自分もあのダモクレスと変わらないのではないか、と……。

●風音・和奈(怒哀の欠如・e13744)
 私たちは敵を激しく攻めまくったし、敵も激しく攻めまくってきた。
 激しさの度合いは同じでも、人数に差があるから、ズタボロ度は敵のほうが上。体のそこかしこの傷口から機械のパーツらしきものが覗き、血だかオイルだか判らない液体が流れ出している。
「正直、君の言い分にも共感できないことはないね」
 ズタボロ状態の敵にアンセルムさんが語りかけた。軽い語調だけれど、冗談に聞こえない。本気で共感してそう。
「でも、エルムになにかしたければ、まずは家主のボクに話を通してよ」
 玩具っぽい拳銃(の形をした爆破スイッチ)を敵に突きつけて、トリガーをひくアンセルムさん。銃口とは明後日の方向――私たちの背後でブレイブマインの爆発が起きた。
「もっとも、キミの物騒な話を通したりしないけどね。エルムは大事な同居人だからさ」
 その言葉も冗談には聞こえない。間違いなく本気。
「アンタにとって、エルムは大事な肉親なのかもしれないが――」
 敵を見据えて、遊鬼さんがマインドリングを光らせた。
「――だったら、こうする以外にアンタにしかできないことがあったはずだ」
「ええ、あったわ。そして、あたしはそれを何度も実行してきた。あの子のためにね」
『あの子』であるところのエルムさんめがけて、ダモクレスが熱線を発射。
 だけど、環さんが盾になった。ちなみに環さんも別の盾に守られている。遊鬼さんが展開したマインドシールドよ。
「可哀想なお姉さんですねー。新しい表情を見せる弟を受け入れられないなんて!」
 環さんが手刀を振り下ろすと、龍を思わせる半透明のなにかが敵の足下から飛び出し、絡みつき、牙を突き立てた。
「なにを望もうと勝手だけど、私たちの大事なお友達を巻き込まないでほしいですねー」
「あたしが巻き込んだんじゃなくて、貴方たちが割り込んできたんでしょ!」
 体のそこかしこを龍に食いちぎられながら、敵は怒鳴った。声を荒らげたのはこれが初めてかな? その無惨な姿を見ていると、ちょっと哀れになってきたわ。
 だけど……。

●アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
「だけど……あんたは幸せだと言えなくもないわ」
 風音がオウガメタル(『クウ』ちゃんっていう名前らしいよ)を全身に纏った。
 そして、ダモクレスにパンチ。
「大切な人に最期を見取ってもらえるんだから」
「いいえ! 最期を見取るのはあたしのほうよ! あの子の最期をね!」
 と、ダモクレスが叫ぶと――、
「見取らせたりしません!」
 ――十倍くらい大きな声を返して、武蔵野が旋刃脚を決めた。
「いいかげんに認めろ」
 ぼそりと呟いたのは和希だ。大音声がデフォルトといっていい武蔵野とは対照的な、静かで小さな声。心の中で渦巻いているであろう憤りは隠し切れていないけど。
「彼がおまえのものではないことを……」
 その憤りを噴出させる代わりに和希はバスターライフルからフロストレーザーを発射した。もちろん、命中。
「あたしのものじゃないのは判ってるわ!」
 ダモクレスがまた声を張り上げた。苦しそうに顔を歪めているけど、その苦しさはレーザーのダメージによるものじゃないだろう。
「あたしのものじゃなくなったから、怖そうとしているのよ! 何度も同じことを言わせないで!」
 ……うーん。皆が伝えようとしているのはそういうことじゃないんだけどな。ヘリポートで根占が言ってたとおり、話が通じるタイプじゃないらしい。いつまでたっても平行線だ。
 でも、まあ、平行線のままでいいような気もする。交わったら交わったで、もっと面倒なことになりそうだから。

●エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)
「ずぅーっと交わらないであろうことは承知の上で言わせてもらうけどね」
 アンセルムさんの腕に絡みついていた蔓型の攻性植物が勢いよく解けて蛇に姿を変え、襲いかかりました。
 傷だらけのダモクレスに。
 僕の姉さんに。
「キミがエルムについて語るのは十年早いよ。だって、なんにも知らないに等しいからね。ボクたちと違って」
「黙んなさいよ!」
 アンセルムさんは口を閉じました。でも、姉さんの命じるままに黙り込んだわけじゃありません。閉じた口の端を吊り上げ、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべているのがその証拠。ワルい顔だ……。
「これもエルムさんからのプレゼントなんですよー」
 僕が贈ったペンダント(ルビーの果物を咥えたシルバーのシマエナガのペンダントです)を見せびらかしながら、環さんがフラワージェイルで攻撃しました。
 ワルい顔もプレゼント自慢も効果覿面。姉さんはかなり怒ってるようです。
 僕としては複雑な心境ですね。
 きっと、『あたしはそれを何度も実行してきた』という姉さんの言葉に嘘はありません。少なくとも、本人は嘘だと思っていないでしょう。
『それ』とは、僕の大切なものを壊すこと。姉さんにとっては『それ』が最大の愛情表現であり、『それ』を受け入れることができない僕のほうが悪いのかもしれない……と、思い悩んだこともありました。
 でも、今は違う。『それ』が間違っていることを僕は知っています。皆が教えてくれたから。こんな僕を愛することで。
 そのことを姉さんに伝えたい。
 でも、きっと伝わらない。
 理解してもらえない。
「エルムは、あの人に何か伝えたいことはありませんか?」
 と、かりんさんが声をかけてきました。僕の心を読み取ったかのように。
「何も言えないままお別れするのは……きっと、寂しいですよ?」
「そうですね」
 僕はかりんさんに頷いてみせると、一呼吸置いてから、アイズフォンを起動しました。
『姉さん』
 呼びかけると、姉さんはこちらに目を向けました。
『とても大切でした。なにをされても、なにがあっても……僕の一番は貴方です』

●中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)
「心にもないことを言わないでよ!」
 いきなり、ダモクレスが叫びました。怒鳴り声にも泣き声にも聞こえる叫び。
 よく判りませんが、エルムさんがアイズフォンでなにかを伝えたみたいですね。
「本当にあたしが一番だったなら、こんなことにはなってないはずでしょ! 一番だと思っているなら、あたしの手を煩わせずに自分で死になさいよ! 今すぐ、ここで!」
 ダモクレスが腕を突き出し、またブラスターを発射……するよりも早く、和奏さんのフォートレスキャノンが火を噴きました。
「いいかげんに――」
「――しなさいよ!」
 和奈さんが後を引き取り、フォーチュンスターで攻撃しました。
 砲弾とオーラによって吹き飛ばされるダモクレス。
 その体をビームが貫きました。撃ったのは和希さんです。得物はバスターライフルですが、射線上に魔法陣が展開しているところを見ると、魔法系のグラビティなのでしょう。
 魔法はそれだけでは終わりませんでした。敵が倒れると同時に地面から半透明の龍が出現し、食らいついたんです。環さんが幾度も使ったグラビティ。
「さっき、愛は心のリソースを奪うことととかなんとか言ってましたけどね。エルムさんの心のリソースはとぉーっても潤沢なので、あなた一人では奪い切れませんよ」
 胸を張るようにして、環さんはダモクレスに語りかけました。
「心が広いからこそ、アンちゃんなんかと同居できるわけですし」
「……それ、どういう意味?」
 ジト目で環さんを見るアンセルムさん。緊張感のないやりとりですけれど、二人ともエルムさんの心を少しでも軽くしようとしているのかもしれません。
「うりゃあー!」
 耳をつんざく咆哮を発して、大和さんがジャンプし、倒れたままの敵めがけてファナティックレインボウ。
 そして、私も――、
「……」
 ――『シューティングレイ・ブラスター』で攻撃。声が出てないのは、プラズマのブレスを口から吐いているからです。
 すべてのプラズマを吐き終えた時、大和さんがまた叫びました。
「エルムさん、決めてください!」
「はい」
 エルムさんが手を突き上げると、いくつもの氷片が彼の頭上で舞い始めました。羽の形をした氷片です。
「エ……ル……あ……」
 倒れ伏していたダモクレスが上体を起こしました。ノイズめいた呻きを発しながら。
 そのノイズを断ち切るかのように――、
「さよなら、姉さん」
 ――エルムさんは手を振り下ろしました。
 次の瞬間、無数の氷の羽がダモクレスに降り注ぎました。
 優しく。
 けれど、容赦なく。

「ね? 最期を見取ってもらえたでしょ?」
 原型をとどめていないダモクレスの亡骸を見下ろして、和奈さんがそう言いました。勝利者に相応しからぬ虚しい声で。
「やっぱり、アンタは幸せだったね」
 幸せ、か……。
「あの……エルムさんの幸せって、どんなのですか?」
 悲しげに亡骸を見ているエルムさんに私は問いかけました。こんな時にすべきではない無神経な質問だとは判っているのですが。
「なにげない日常を過ごし、なにげないことで笑う……僕が望む幸せはそれだけです」
 エルムさんは腰を屈め、亡骸の傍に落ちていた物を拾い上げました。
「許されるなら、姉さんともそうして穏やかに過ごしたかった……」
 それは十字架でした。
 エルムさんのお姉さんが首からかけていた、小さな十字架。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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