ユエの誕生日と、初夢準備

作者:baron

 初夢には元旦説と二日説がある。
 この場合は二日説を取ろう。どうしてかと言うと『ある人物』の誕生日が一日だからだ。
「本日はよお来てくれはりました。温く温くしながら、ちょっとした余興でもしましょか」
 ユエ・シャンティはニコニコと笑いながら座敷へ来客たちを通した。
 そこには大きな炬燵がいくつかと、離れた場所にプリンターやらアイロンがある。
「プリンター? それとアイロンですか?」
 来客たちの一部が首を傾げるのも無理はない。
 普通ならばこの二つは繋がらないものだからだ。
「シールの中にアイロンで色を定着させるゆうのがあるのを知っとられますか?」
「あー。むかしTシャツに印刷したりしたわね」
 ユエの説明に客の誰かが頷く。
 その言葉を受けてユエは改めて説明を再開した。
「今回は御絵描きしたり、パソコンで取り込んだりした画像をシールに印刷してみよ思いまして。その上でTシャツの他に寝間着やら法被やらに摺り込も思うんですわ。あー炬燵布団のカバーにもええですね」
「それ面白そう! ぼく、お祭りの法被がいい!」
「炬燵のカバーがいけるなら、シーツも良いかもねぇ」
「絵はちょっとね~。あ、寝間着にフードとかはどう? 耳を付けてケモミミしたら着ぐるみみたいに見えると思う」
 そんな感じでワイワイと乗って来る者も居る。
 勿論そんな人ばかりではないので、他にも余興は用意してある。
「お鍋とお酒を用意しとりますし、定番の御餅もありますえ。一風変わった福笑いやらカルタもええかもしれませんね」
 ユエはそういうと鍋の上に掛けられた、立体状の網を取った。
 今ではあまり見られないが、直ぐに食べないときは昔はこうして埃が入らないようにしたのだ。
 そして傍らには真白な顔の輪郭と、同じく白地のカルタが何組かあった。
 これもプリンターで皆の顔やら絵やらをシールで張って、遊ぼうということらしい。


■リプレイ


「「あけましておめでとうございます」」
 皆はひとまずお約束の挨拶を入れた後、細かい所はそれぞれにと言葉を交わすことになった。
「よお来ていただきました。是非にゆっくりしていってくださいな」
 ユエ・シャンティエが座敷への小道へ案内する。
 通路は狭く区切られた上で火鉢が置かれており、竹で出来た椅子が二脚ほど並んでいた。
 外には雪が降っているからこそ、寒風が途切れて火があるというだけで十分に暖かく感じる。
「ユエお姉さん、お誕生日おめでとうございます……! これを」
「お守りさんですか?」
 地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)はユエのお礼を聞いてから、改めて内容を確認した。
「今年の誕生日プレゼントは、初心にかえって航空安全御守りです……。ヘリオンデバイスのおかげで格段に戦いやすくなっていますが、その分ヘリオンさんやヘリオライダーさんが危険にさらされるようになったので……」
「ありがとさんです。うちも気ぃ付けますけ、夏雪くんも気ぃつけてな」
 ユエの言葉に夏雪は微笑んだ。
 そしてペコリと頭を下げると、次の人たちに場所を譲る。

「改めてユエ先輩はお誕生日おめでとうさん。新年もやな。今年もよろしゅう」
「ありがとさんです。よろしう」
 暖気の都合狭い通路なので、美津羽・光流(水妖・e29827)があいさつの途中で後ろに視線を流し、もう一人居ると告げた。
 仲睦まじくやって来る姿に、ユエは一歩引いて火鉢の傍を譲る。
 光流は寒い国の出身なのでこのくらいは気にしないが、せっかくの気遣いに手を取って一緒に火鉢にかざそうと誘った。
「ユエさん、お誕生日&明けましておめでとうー」
 ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)は気遣いをありがたく思いつつも、手持ちの荷物を先に渡してしまう事にする。
 それは温めるのには適さないので、先に手渡しておくべきだからだ。
「お祝いに苺の一口カップケーキ作ってきたから良かったらどうぞ」
「ありがとさんです。水入らずでも賑やかさんでもええけ、ゆっくりしたってください」
 ウォーレンからケーキの箱を受け取りながら、ユエは竹で出来た椅子の内、火から遠い方に一旦置いた。
 本当は直ぐにでも屋敷に持って入りたいが、他にもお迎えするお客さんが居るからだ。
「一口ゆうたら食べ易うてよさそうですなあ。後でお出してもええですか?」
「うん。お正月のご馳走の、邪魔にならないようにって一口サイズ」
「それは楽しみやなあ。酒も行けるけど甘いもんもいけるで」
 せっかくお客さんが居るのである。
 正月の卓を彩るのも悪くないと、三人は笑いながらご挨拶。
 最後の二名がやって来れば入り口でのあいさつは終わりだ。

「お誘いありがとうございます。それと……お誕生日おめでとうございます」
「こちらにも足を運んでいただき、ありがとさんです」
 バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)の挨拶にユエは殊更微笑んだ。
 近々始まる作戦に他にも参加する者はいるが、今から入って来る二人はユエが移動を手配するからである。
 その足元で翼猫のカッツェが火鉢にスリスリして温まっていた。
「白檀ベースにブレンドした塗香です。よろしかったらどうぞ」
「ありがとさんです。ちいと失礼しますな」
 バラフィールが小瓶を取り出すと、ユエは袂からハンカチを取り出した。
(「あれっ。そうだ……うん。そうです。うんうん」)
 夏雪はその様子に、ユエが香料を入れた袋を持っている事を思い出した。
 きっと匂いが混ざらないようにしたのだろうと思いつつ、別のアイデアを考えていたので後で実行しようとする。
 そうしていると最後の人物が入って来たのである。
「シャンティエ君も私と同じ誕生日だったとは、奇遇だね。ひとまずおめでとう」
「お互い、歳拾うて嬉しい年齢やないけど祝われるのがありがたいですなあ。改めておめでとさんです」
 千歳緑・豊(喜懼・e09097)も同じ今日、つまり一月一日が誕生日だ。
 とはいえそれがダモクレス時代の生産日時か、レプリカントになった時に決めた物かはあえて言わない。
 今の彼は地球のケルベロスであり、続ける言葉の代わりに代わりに赤漆で仕上げた竹製の筆巻きを送った。
「きっとお気に入りの物を使っているとは思ったのだが、汚れるものだからね。気が向いたら使ってみてくれると嬉しいよ」
「ありがとさんです。大事にさせていただきますね」
 ユエは豊にお礼を言いながら、筆巻きも一緒に袂へしまった。
 此処で気が付いたのだが、豊は煙草を吸っていたこともあり、一同の……特に子供である夏雪から距離を空けていた。
 それなのにバラフィールは彼の移動を待ち、踏み入れる動きを見てから僅かに先行しているようだ。
「千歳緑さん……お煙草吸われますけ、ちとお炬燵が離れとりますでしょお? 運ぶの手伝うていただければありがたいですえ」
「……はい。ぜひそうさせていただきますね」
 その様子を見ていたユエは何気なくバラフィールに尋ねておいた。
 煙草を理由に尋ねれば、話としては自然だし苦手な人は苦手なのだ。
 特に理由が無ければ断るかもしれない。しかし彼女は断らなかったのである。その姿はどこか楽しそうであった。

 座敷に通されると今時の家庭では珍しい長炬燵。
 中には足を延ばせるように掘り炬燵の形状になっている物もある。
 そして面白いのは、銀色のシートとその上に掛けられた無地の……白いシーツだ。

「銀の方は断熱シートだね。効率よく温める為だと思う」
「あれか。あっつい時にお世話んなったわ。んで白い方は、コレにプリントせえゆうわけやな」
 ウォーレンが銀色のシートに指先を掛けて教えてくれると、光流は遠慮なく掘り炬燵に足を突っ込んだ。
 言われてみると低温式の炬燵なのに、不思議とあったかい気がする。
「正確には、お試しも兼ねてますえ。どんなシールになるんか判った方がええですしなあ。上手く刷れたらお持ち帰りくださいな」
「それもそうですね! 僕はプリンタで服に模様を付けたいです……!」
 ユエが説明用に作っておいたワンコのシールを取り出すと、夏雪は瞳を輝かせた。
 ハスキーの赤ちゃんらしきシールを白いシーツに乗せてみると、まるで雪の中で遊んでいるようだ。
「寝間着ではないですが、着る毛布とTシャツ……それとYシャツを持ってきました……」
 アイロンをかけるとシールが定着していくのだが、夏雪はその様子を楽しそうに眺めている。
 自分が描いた模様が服にプリントされるのを夢見ているのであろう。

「僕らはパジャマに絵を入れるんだー。ペアパジャマを買ったら、どっちがどっちのかわからなくなっちゃって……」
 ウォーレンは取り出したパジャマを自分の肩の位置に、そして相方の肩にも合わせてみる。
「寝巻はサイズも同じやし、わからんくても困らへんけど君はわりとそういうの気にするタイプやったな」
 光流はウォーレンに好きにさせておいた。
 特にこだわりが無くとも、合い方が望むならば合わせることなどなんでもない。
 それはそれとして、気になるモノが炬燵の上に載っていた。
「まずは絵や……な。あっちのこたつで……おっ良い酒揃ってるやん。滅多にお目にかからん銘酒までさすがユエ先輩や」
「普段は地域大手のに混ぜて均一に使われる、それぞれの蔵元のをもろうて来たんですわ」
 光流が目を付けたのは日本酒の瓶だった。
 紙を透かして見ると確かに見たことのない名前がある。
 ユエが言うには、地域で主導する大手が小さな酒蔵から買い付けて、ブレンドする前の物だという。
 普段であれば地域地消の小料理屋でもなければお目にかからない物だ。
「絵があればわかりやすいよね。そ・れ・と、……お酒は後にしようね」
「大丈夫や。酒に浮気したりせえへん、君の為に何でも描くで」
 ウォーレンの忠告に光流は良い笑顔で返した。
 こういうのは雰囲気が重要だ。自分一人で飲むよりも、みんなで楽しく。
 そして相方の頬が染まり唇が艶やかに成るような雰囲気で呑む方が何倍も楽しいものである。

「ゆう話ですけど、そちらはどうされます?」
「まずはお雑煮を作ろうかと。その上で時間が余って居れば、余った材料で何か作らせていただきますね」
 ユエの質問にバラフィールは奥の部屋に並んでいる材料の中から、雑煮用の物を取り出した。
 もちろん味の決め手になる物は持ち込んであるが、汎用の品は利用させてもらえば沢山作れる。
「私の方も……なんだ。定命化してから世話になった人が、季節ごとの行事を大事にする人でね……」
 豊も奥へと進み、ホンの少し間を置いて話始めた。
 材料を気にするでもなく、誰かに先を譲るような視線と間合い。
「居候なりに料理もしていたし。ああ、今日は手伝いに徹するよ。アルシク君の味が食べたいし」
 豊は遠慮しているのだろう。
 レプリカントというものは大なり小なり家人に影響されるものだ。
 人の良い彼の様子を見れば、家人が居候ではなく家族として扱っているのは良く判る。

 むしろ遠慮するのは彼の方だと、カチャカチャ言う音が丁寧な事で伺えた。
 あるいは単に照れているのかもしれない。
 そんな彼を立ててバラフィールの方にも少し動きに間がある。
 夏雪は夢中になって絵を描いているのに気が付かないが、光流とウォーレンは時折に眺めては微笑ましい表情を浮かべていた。
 トントントンという包丁の音とカチャカチャ言う食器の音が、言葉の無い世界にBGMとして優しく君臨している。

 そんな小さな世界が破られたのは、ガチャリ。ジーっという新しい音が世界に入り込んだからだ。
 ウィーンウイーンと音がするたびに、ガチャガチャと賑やかな音を立て始める。
「なんや。出来上がったんか?」
「お、驚かしてしまいました? すみません。第一号を試してみようかと。でもダモクレスの声でも迷惑でしたよね」
 光流はニヤっと笑う事で、ビックリしている夏雪の緊張を解してあげた。
 思い出してみると少年にとって身近な機械というのは、奇声を上げたりするタイプである。
「……それについては一部の例だと訂正を呼びかけたいね。ほとんどの個体はむしろ理知的なんだ。しかしその絵は雪の結晶みたいだね」
 話を聞いて豊は苦笑しながら顔を覗かせた。
 大鍋を持って炬燵の上に置き、カチンとスイッチを入れて出汁を炊き始める。
「雪の結晶をモチーフとしたイラストを張り付けていきます……あ、安直でしょうか……?」
「判り易くて良いのではないでしょうか?」
 首を傾げる夏雪に食材を運んでいたバラフィールは微笑む。
 鍋の中に紅白のかまぼごや白菜を入れながら、湯通しして柔らかくした丸餅を脇に待機させる。
 うどんやカレーのトッピングなどは、こうして小鍋で分けておくと煮崩れしないし味付けし易いのそうなのだ。
「判り易いのと隠しておくのと、どちらが良いかは人それぞれです。 モチーフもお似合いですし……ほら、カッツエもそう言っているようですね」
 バラフィールの声を聞いたからか、翼猫のカッツエが炬燵の中から顔を出す。
 男性二人の方は足が長いので、夏雪が居る炬燵の中に入り込んでいたのだ。
 ナアンと鳴き声あげて撫でてくれと甘える姿に皆もホッコリした。もしかしたら猫なりに機転を聞かせただけかもしれないけれど。

「お二人の方は何を描かれとりますの?」
「最初は似顔絵にしようかと思ったんだけど……イメチェンした時にわからなくなるかもって」
「ゆうても髪型が変わるくらいやろ。まあ、せやけこうしたった」
 稲荷寿司を持って来たユエは、作業中のウォーレンと光流に尋ねてみた。
 二人は顔を見合わせて、書き込んでる途中の絵を見せてくれる。
「何か可愛い猫の絵とか? って提案したら、猫耳の僕の絵が……」
「せやったら君は白猫やなゆうて。寝巻きやけ他の人は見んし、恥ずかしくないやろ。あとな、ついでに頭文字も入れたで」
 ウォーレンをデフォルメして猫耳を付けた姿を描き光流はニカっと笑った。
「恥ずかしくない……か。それもそうかな? じゃあ次は光流さんだね」
「次は俺も? 猫ちゅう柄やないけど期待には応えなな」
 ウォーレンのおねだりだからか、光流は頑張ることにした。

「そろそろお雑煮が煮えてきましたね。千歳緑さんのお口に合えばよいのですが……」
「ああ、すまないね。……澄まし汁仕立てか。うちは角餅の鶏雑煮だったからね。いつもと違うぶんだけ楽しさが際立つね」
 バラフィールが遠慮しながらまずは豊に差し出すと、新しい味との出逢いに豊は素直に喜んだ。
 それは新しい味であると同時に、古い伝統のある仕事をしていたからだ。
 古い技法にはちゃんと意味があり、それゆえに伝統というのである。
「丁寧な味の組み立てだね。教えてくださったのは良いお師匠であったようだ」
「長年作っていなかったのですが郷里の味です。祖母直伝の芋きんとんも詰めて参りました、皆さまもよろしければどうぞ」
 豊の言葉にバラフィールは顔をほころばせた。
 単純に料理の腕を褒められても、素直に笑えなかったかもしれない。
 教えてくれた祖母をこそ褒められ、その腕に近づいているのだと実感できたからこその笑みである。
「カッツェには小皿で……」
「せっかくだし私が世話しよう。アルシク君は他の方に料理を味わってもらうと良い」
 ここで豊が肩代わりし、バラフィールに他の人との交流する時間を取り持ってあげた。
 せっかくめでたい席であり、交流を兼ねて沢山話しておくと良いと勧めたのだ。
「そうですね。それでは……ユエさんいかがでしょうか?」
「いただきますね。せっかくですので、うちが作ったのも食べてみたってください」
 バラフィールが作ったお雑煮と芋きんとんをユエはいただき、かわりに自分が作った料理を差し出した。
 稲荷寿司なのは知っていたが、よく見れば大き目の皮を使って口が閉じてある。
 幸せが逃げないようにとも取れるし、沢山幸せを詰め込めるようにとも取れた。

 みんなで歓談しながらシールを張ってアイロンしたり、料理やケーキをつついたり。
 大人組がお酒を頂いている間に、少年はオマケで少し多めに作っていた。
 持って帰っても良いという炬燵の白いシートにワンコやニャンコを描き、それとは別に小さな袋を一つ。
「この手提げ袋をどうぞ。巻物を携帯する時にでもと思いましたけど、良かったら先ほどのプレゼントを入れたらどうでしょう?」
「ええですねえ。さっそく使わせてもらいましょか」
 別れ際に夏雪が袋をプレゼントすると、ユエは微笑んでプレゼントを袋に入れた。
 そして宴会を終えて帰宅する人々に、佳い初夢を見てくださいと告げたのである。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月5日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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