第三次城ヶ島制圧戦~溟海擾乱

作者:銀條彦

 ヘリポートへと集ったケルベロス達を出迎えたのはヘリオンとヘリオライダー。
 タイタニアの少女、ネイ・クレプシドラ(琅刻のヘリオライダー・en0316)は足労の礼を述べた後、城ヶ島で続いた竜牙兵本土上陸阻止戦の勝利と終息とを告げたのだった。
「大幅にその戦力を減じた竜牙兵が彼の地から出撃する気配は途絶え、また新たな竜牙兵の出現も確認されていない様です。これらは、ケルベロスの皆さんがここまで幾度にも渡って粘り強く戦い抜いた末に勝ち取った戦果と考えて間違いありません……!」
 ドラゴン残党ニーズヘッグによって再占拠されて久しい城ヶ島は、神奈川県三浦半島南端に位置する。
 かねてよりこの地への積極攻勢が端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)やレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)によって提案され、ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)やアンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)からもニーズヘッグ掃討の声があげられていた。
 そして、機を逃さず城ヶ島そのものの奪還をとのティアン・バ(呼ぶ声遠く・e00040)、マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)、ルティア・ノート(剣幻・e28501)、オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)らによる尽力が実を結び――今ここに城ヶ島を奪還する第三次城ヶ島制圧戦が実施されようとしているのである。
「複数のルートからそれぞれ一定以上の規模の戦力でもって城ヶ島へ攻め寄せる飽和攻撃によって一挙に敵地の中枢深くにまで侵攻し、巣食うニーズヘッグを可能な限り討伐する……作戦の骨子としてはそのような形となりましょう」
 本星ドラゴニアから『竜業合体』で遠く宇宙を渡り地球を目指す本隊ドラゴンの到達は、未だ明日とも数年後とも知れないが……その贄となるニーズヘッグを減らせるだけ討ち減らしておけば、来たる『竜業合体』ドラゴンとの戦いで必ずや有利に働くだろう。

「そして……皆さんには高速艇へと搭乗して部隊を率い、相模湾からの海上ルートで馬の背洞門と呼ばれる地点から上陸していただきます」
 城ヶ島の中央部南端に広がる岩礁地帯の一角に存在する『馬の背洞門』は、波濤や雨風の浸蝕によって長い年月をかけて作りあげられた雄大たる景勝地である。
 第一次制圧戦に先駆けての強行調査やドラゴン・ウォーを可能なものとせしめた浸透作戦等、過去の重要作戦においてもたびたび上陸地点に選ばれて来た場所だ。
 今回の第三次制圧戦では、複数の海路ルート以外に陸路や空路も合わせて計6ルートから出陣する事がまず確定している。
「外周部における残存部隊との戦闘での留意点として、正面陸路である城ヶ島大橋ルートを侵攻する別部隊の戦局次第では竜牙兵がそちらへと押し寄せて他の地域は手薄となる可能性が考えられます。それと上空からの降下作戦を敢行する別部隊に関して、彼らの降下を支援する部隊がその周囲に全く存在しなかった場合、極めて危険な任務と化すという未来予知も弾き出されておりますが……」
 思案がちに睫毛を伏せてそこまで呟きかけたネイだったがそれ以上は言及せず口を噤んでしまった。
 各方面戦力が最終的にどれ程の規模になるかも不明な現状、実際に現場へと赴いて指揮を執るケルベロスの判断こそが最優先されてしかるべきと考え直したのだろう。
「……俺もお前達の内いずれかの指揮下に入り、その指示に従って戦わせて貰うつもりだ」
 そうこうしている内にもよろしく頼むとケルベロス達に頭を下げ、エヤミ・クロゥーエ(疫病草・en0155)がまず最初に戦列へと加わっていた。

 現在エインヘリアル残党との決戦の最中ではあるがドラゴン勢力の存在はいつまでも放置できるものでは無い。
 一時的な協力関係を解消して再び敵対する事となった死神勢力についても、アスガルド・ウォー直前にミッション地域が全滅した彼らが今すぐ地球に対して大規模な攻撃を行うのは難しい筈である。
「マークさん達のおっしゃる通り、長く待ち望んだ城ヶ島を取り戻す好機がようやく訪れたのかもしれません。ならば私達も今ここに唱えましょう――『ヘリオライトよ、光を』!」

 大海原に臨むケルベロス達の為にと紡がれたヘリオライダーの祈りがヘリオンデバイスの『力』与える光を放ち始める……。


参加者
ティアン・バ(此浜彼岸・e00040)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
小車・ひさぎ(夢のレセプション・e05366)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)

■リプレイ


「どうやら、海でのニーズヘッグ戦は完全に回避できたようだな」

 身を切るような冬の潮風すらも凛と受け止め、いかにも闊達な声が明るく響く。
 強化ゴーグルの奥で天光の耀き宿すアンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)の瞳が見据えた先は目指す上陸目標。
 城ヶ島南岸にぽっかりと空いた空洞――海蝕奇岩『馬の背洞門』。
 海底にまで溢れたニースヘッグからの襲撃も可能性として示唆されていたのだが、幸いにしてここまで航路を阻む影はまったく存在しなかった。
 アンゼリカと同様にゴッドサイト・デバイスを装備し高速艇デッキから偵察に励んでいたニケ・セン(六花ノ空・e02547)の視界は今、起伏に富んだ岩礁地帯の造形美など無視してただ敵配置のみを伝える情報ばかりが横たわっていた。
「うーん?? 思ったよりも敵の数は少ない……のかなぁ?」
「はい。ですが――ニーズヘッグですね」
 双眼鏡を覗き込むカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が翡翠の双眸に捉えた光景を速やかに仲間達の眼へと共有させる。
 まず飛び込んで来たのは波打ち際に配備された竜牙兵の姿だったが、ニケが評した通り、その数は拍子抜けするほど少数でありこの艇の戦力であれば秒殺といったところだろう。
 だが問題はその更に向こうに控える敵の存在。
 なんと、其処には既に10体ものニースヘッグが守りについていたのである。
「……どいつもまだこの艇の接近に気づいた気配は無い。だったらおそらく元々この周辺で警戒にあたっていた奴らだろう」
「そういえばここら辺から上陸すんのもこれで2度目だけど、浸透作戦の時にも貪食竜ボレアースなんて大物といきなり遭遇できてその後もドラゴン連戦だったし。あいつらドラゴンにとってこの馬の背洞門は防衛上わりと重要拠点ってトコなのかもね」
 待ち望んだ決戦到来にざわつく胸中を抑え、努めて冷徹を装うレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)が述べた推測にすかさず小車・ひさぎ(夢のレセプション・e05366)が頷く。
 重要にも関わらず重ねてケルベロス上陸を許してしまっている形か、はたまた、たびたび侵攻を許し続けたからこそ重要拠点と目されるようになったのか。
「あのでけぇミミズも、本当にどこにでも潜んでやがんだな。そこまで永住したくなるほど居心地良いんだろうか。あの島……」
 ニコリともせぬまま呟かれた狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)の述懐にツボを突かれ、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は堪えきれず思わず吹き出した。
「ふはっ、ミミズは益虫だしミミズの方に失礼ナンじゃねーのってカンジ?」
 いかにも飄々としてともすれば軽薄なその物言いの奥から立ち昇る不可視の焔。
 それは骨の一欠けらたりと残さず『竜』は消し去るという決意/殺意。

「――上陸と同時、最小限の列攻撃を撒けば混成部隊として機能させず竜牙兵は絶やせる。そのまま全ニーズヘッグに対して奇襲を掛け、短時間での制圧完了を目指そう」
「各分隊の戦力をいったん均等化させておく必要がありますね……」
 ふぅわりと首を廻らせて思案したティアン・バ(此浜彼岸・e00040)による建策は、予め打ち合わせた方針にも沿っているとの賛同で一致し、カルナらはさっそく自チームの者達と適正配置の確認に取り掛かる。
 かくして、南部海路ルートを攻め寄せるケルベロス26名及びサーヴァント6体の上陸は電撃戦として戦端開く手筈が着々と整えられてゆくのだった。


 冬の空の下、奔流するグラビティに波と砂と骨兵たちの体が盛大に爆ぜた。
 竜の骸から創り出されたデウスエクスを只の骸へと還したその戦果は、しかし、仕掛けたケルベロスの側にとっては行きがけの駄賃にも満たない。

「一匹残らず叩き出してやる」

 二度三度と煩わしく、黴の如く増殖し蔓延り続ける眼前の敵勢に向けたレスターの怒りは深い。忍耐強く捩じ伏せられ続けた激情は今ようやく解放の機を得て猛き銀に噴き上がる。
 彼や彼と同ポジションのキソラの精悍な背中からはそれぞれ専用にパーソナライズされたアームドアーム・デバイスが実体を獲得していた。
「ンじゃ、こっからはチョイとムチャしてもらうぜ」
「ガッテン承知! おれもミクリさんもリーダーの指示に従うっす!」
 ツキノワグマの獣人型ウェアライダー、ベーゼ・ベルレ(ミチカケ・e05609)はほっこり笑顔は見るからに癒し系だが挺身厭わぬ戦闘姿はいかにも頼もしく。
 樽っぽい宝箱の中から具現化した武器ビュンビュン振るって援護するミクリさんだって、かわいいだけじゃなく盾としても大活躍なのである。
(「……しんどい時に肩を叩いてくれた。だから、これはそのお礼に」)

「友達だもん、バリバリ手伝っちゃうよー。何でも言ってね!」
 ティアンを支える分隊員、フィー・フリューア(赤の救急箱・e05301)はにじいろ星の瞬きに様々な支援エンチャントを乗せて。
 もうひとりはレプリカント。煌めき踊る、砂糖菓子。
「『これ』は、そのためにまいりました。そのつもりでまいりました。どうぞ『なんなり』と――『指示』を」
 求められたメディックの役割を、小さき歌劇は、ましろく唄いあげる。

 ミミズ共に明日はねぇ、あるのは死だと。黒フードから零れたのは哄笑。
 これと狙い定めた奇襲目標たる竜めがけて禍々しきジグの異腕が振り下ろされて、殴打とともに、怨め絶やせ滅ぼせと『終わり』が注がれる。
「竜退治だ! 来たる竜業合体のドラゴンとの決戦を前に、出来る限りのことをしよう!」
 ぶるんと豪快に巨大ハンマーを振り回したシュネカ・イルバルト(翔靴・e17907)からは勇者の裔たるに相応しき膨大なドラゴニック・パワーが迸る。
(「ドラゴニア本星の竜――その中には我が一族が伝承に語り継いできた『宿敵』たる奴もいるのかもしれないな……」)

「これだけのニーズヘッグが詰めているのなら、そりゃ指揮官級竜牙兵までこっちに寄越さないだろうねぇ」
 何処か長閑を残した口調で、あまりにあっけなかった竜牙兵全滅を納得しながら。
 ニケが放った轟竜砲に対し完全に不意を衝かれたニーズヘッグは全く対応できぬままその不気味な横っ面に喰らった直撃に巨体を揺るがせる。
 更にと追い討たれた大判小判は桐箱ミミックの大口(?)からの大判振る舞いで、又の名を愚者の黄金と云う。
「……今はまず防御よりも、攻撃支援を重視する局面か」
「そうだね。早め早めのヒール、お願いするよ」
 手短なニケとの遣り取りの後、潮風にと翻ったエヤミ・クロゥーエ(疫病草・en0155)のケルベロスコートから戦場へ、無数のオウガ粒子が拡散されてゆく。

 挨拶代わりとばかり放たれた一射は、足止めの警告と呼ぶには過剰が過ぎる。
 そんなひさぎの弾丸に重ねられた雷切が如き降魔の一閃は、見惚れるような阿吽の呼吸。
「やあやあ、すまん。少々遅れたか? よろしくな小車リーダー」
「いやタイミングはバッチリですが……てか、え、なんで? 鎌倉の追撃戦は??」
 血振りから納刀の動作も涼やかに。
 あまりにも巽・清士朗(町長・e22683)たる颯爽見参ぶりに、ここまで逆立ちつづけていたひさぎの紫尻尾の警戒は瞬く間に驚愕へと上書きされてゆく。
「はっはっは。無理するなと言われはしたが、しかし、戦争は数だからな」
 まったく返答になっていない。
 が、遠く仙台の地から駆けつけたケルベロスだって少なくなかったのだしこの町長ならばさもあらん。

 キリノが飛ばしたポルターガイストの念で不気味に蠢くニーズヘッグの尾が硬直したのを視認し、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)の片手が静かに握り締められる。
 たちまち起こった遠隔爆破のタイミングに言葉取り交わす事なくピタリ合わせ尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)からも攻撃が重ねられた。
「一緒ならどんな敵にだって負けやしねえ。なあ、眸っ!
 さあ! この島、取り戻そうぜっ」

「最強の座を争うライバルでもありますが今回はリーダーの座を譲ってあげます!
 シアも一緒でやる気満々。さあ行きましょうリーダー!」
 ずずいとカルナチーム随行に一番乗りした華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)に、
 そのウイングキャットであるシアことアナスタシア。
「んうー。ぼく、きたー。ばばーん」
 幼くも無邪気な言葉遣いからは想像しにくいがわりと天然に戦巧者である伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)。
 作戦上、緒戦である今だけは別分隊に廻ってもらっているが他にも続々と集結した馴染みのケルベロス達の参戦はカルナにとってはこの上なく頼もしく心強いばかりで自然と笑みが零れる。
(「これは勝ちましたね、 ――ってものすごく言いたいところですがそれはフラグっぽいですから。このままの調子で慢心せず行きましょう……」)

「個ではなく、群と絆の力。それこそがケルベロスの力だ」
 早くも1体を撃破し、他分隊が抑え込んでくれていた2体目の首級めざして勇ましく斬り込むアンゼリカ分隊。
「そうね。みんなで力を合わせれば、きっと――さぁやっちゃってよ、リーダー!」
 紅き焔の如きジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)の斧撃が真っ先にそれに続き、紅蓮の闘魂纏う幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)も音速の拳で力強く応える。
 心強き仲間達の奮闘に、リーダーたる騎士の鼓舞は昂ぶるばかり。
「さぁ私達を信じてくれる人々の土地をまた1つ取り戻そう!」


 奇襲による緒戦に危なげない短期決着で勝利した一行は南部中央域の制圧を報告すべく、カルナから思念を飛ばす。
 一方で、非戦闘状態と言える状況が整った事で再び強化ゴーグルでの索敵を開始したニケが大きく首を捻っていた。
「おや……中央の敵大軍が守備を捨てて動き始めた? 北へ多数。南に移動を始めた群れも決して少数とは言えないね」
「南下した敵部隊の目標はおそらくはここ。つまり、私たちの存在を異変として察知したのだろう」
 率いる分隊とともにアンゼリカが速やかに戦闘態勢に入ると同時、2つの強化ゴーグルの千里眼は途切れたがもはや一刻の猶予もない。
 地図を取り出したカルナは、そこに浮かび上がったスーパーGPSのマーカーと併せて新たな敵情報を他部隊に……とりわけ中央部降下を目指す空挺チームへ向けて通信を試みたが不通のまま。
 空挺チームのデバイスはまだどれも実体化前なのだろう。
 ほどなく彼らは、増援として雪崩れ込んで来たニーズヘッグの大戦力を相手に今度は守勢一方の難しき迎撃戦を強いられる事となった。
 サーヴァントが大半を占めるディフェンダー陣を少しでも長く戦場に留めるため互いに声掛け合い負担分散をと心砕くレスター達だったがそれでも徐々に脱落の数は増えてゆく。
 実戦経験に劣るエヤミを含め彼らはティアンのレスキュードローンから救護を受けていた。

「紫は気高き精神と癒しの色――さあ、立ち上がる意志と力を!」
 フィーからティアンへ降り注がれた慈雨は七色秘薬『紫』(オーバードーズ・ヴィオレ)。全体の回復支援を指揮する彼女に更なる力を与える。
 彼女に同行して支援に訪れた筐・恭志郎(白鞘・e19690)の挺身と回復補助もきわめて堅実に戦線を下支えし続けてくれていた。
「これではキリがありませんね」
「でも。こちらに中央のニーズヘッグがあつまってきた、ということは……」
 ここで引きつけ討ち倒した分だけきっと空挺降下の援護に繋がるはずだと告げたティアンの言葉は、ケルベロス達にとって最大の鼓舞となる。

「ドラゴン共がうじゃうじゃ湧きやがって……だが逆に丁度いい。さぁぶっ飛ばそうぜ!」
 トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)はアンゼリカをリーダーと仰いでの参戦。
 威勢良くパイルバンカーを構えた彼が赤の奔流と化して突撃を敢行すればボクスドラゴンのセイが盾としてその死角をフォローする。
「舞いなさい――『黄金翼』」
 赤松・アンジェラ(黄翼魔術師・e58478)の背に輝くは金色の翼。
 相棒たるシャーマンズゴーストは果敢に盾としての役目を果たし切ったのち既に脱落済だがバッドボーイらの貢献あればこそいまだアンゼリカ分隊のケルベロスは全員が健在だ。
「さぁまだまだだろー! 頑張っていこうな!」
 なかなかにピンチと呼べる状況に攻撃重視で臨んだクレア・ヴァルター(小銀鬼・e61591)すら癒しの光輪発する事度々。
 だが負けん気の強いこの武道家少女は決してへこたれない。
「お互い大事な人が待っているのですから……ぜひ良い報告を持ち帰りましょうね、アンゼリカさん!」
「うん、タイミングが不吉すぎるからその話はまた後でね」
 鳳琴から繰り出された疾き『龍』の蹴撃が敵戦列を薙ぎ伏せるさまに感嘆しつつ。
 ツッコミを堪え切れなかったジェミの『魔法(物理)』がニーズヘッグの体を内側だか外側だか関係なく粉砕する。

『こちら北東チーム。これより、竜牙兵の一団と戦闘に入るよ』
 その時カルナの注意はオズ・スティンソンから発信された1本の連絡へと傾けられた。
 眼前のニーズヘッグとは分離する形で中央部から北上した敵戦力。
 その移動と交戦突入を最優先で告げるべき先は空挺チームである筈だ。
『……失礼。こちらは南岸チームのカルナです。僕たちは多数押し寄せたニーズヘッグを迎撃中。これらは全て中央部から南下した戦力と思われます』
『了解。こちら空挺チーム。タイミングを測って予定通り島の中央部へ降下する』
 カルナから再度投げかけられた思念は、今度こそ、空挺チームの1人ピジョン・ブラッドのもとへと届けられた。
 激戦続くさなか、ふと、高き空を見上げれば。
 遥かかなた――城ヶ島中央部上空と思われるあたりから、忽然と、幾つもの小さな人影が墜ちてゆく。
「!!」
「よし、やったぞ!」
 ……それらの中には、ドローンはともかく、どうみてもお姫様だっことかが混じっていたような気がしてならないのだがそれはまあ置いておくとして。
 ハイパーステルスを維持する3機のヘリオンから、遂に、最後の部隊も空挺降下を果たして続々とこの城ヶ島への進攻に加わる瞬間をケルベロスらは目撃したのである。

「戦いの潮目ガ――変わっタ?」
 そんな、眸の呟き。
 ジャマーとして戦うリコリス・セレスティア(凍月花・e03248)にも、メディックを補うヒール使用がすっかりと減ってより攻撃に廻れる機会が増えてきたとの実感があった。
 なればこそ今。この白き彼岸花の乙女から捧げられる歌は氷哀。
「――貴方に、葬送曲を」
 誰かの指揮下に入る経験は新鮮とややはにかみつつ騎士としての良い経験になると生真面目に語ったセレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)もカルナ分隊である。
「騎士の名にかけて、貴殿らを倒します!」
「がりがりーの、ぎゃりぎゃりー」
 セレナもまた奥義を軸としてアデュラリア流剣術が冴え渡り、時にはメディックの勇名にすら攻撃する余力が生まれた。
 強き再生力を備えるニーズヘッグに対して26名中で唯一アンチヒール手段を持つ彼女の存在は大きい。
「細かい理屈はわかりませんが――これは勝ちですとも! ええ!」
「怪我だけは気をつけてくださいね」
 すっかりとイケイケドンドンに積極攻勢な灯に合わせる形でカルナのアームドフォートが火を噴く。
 敵地真っ只中の最前線で言う台詞ではないけれど、カルナとて内心では灯と闘えるならば何だって倒せるし勝てる気しかしてこないのだという本心は内緒だ。
「へへっ、お見通しだぞカルナ。けど俺と眸だって最高の相棒なんだぜっ」
 そんな風にてらいなくはしゃぐ広喜のレプリカントとしてのボディは、その時、敵包囲を破る一点突破の為の最適行動を動作していた。
 追って撃ち込まれた援護掃射が誰のものかなんて確認する必要も無い。
「そうだな。物量には直球の力で応戦しよウ。蹴散らすぞ」
 眸のクールな応答がはたしてどれに対してのものだったか。
 さしあたってケルベロス達の反撃は激化の一途を辿るばかり。

 空挺部隊の接近を最初に伝えたのは、鳴り響く砲撃音。
 氷霄・かぐらがハンマーから撃ち出した竜砲弾だ。
「頭上注意、だよ?」
 そんなマヒナ・マオリの愛らしい声を追ってしばらく続いたココナッツ落下に伴う殴打音が止んだ頃にはすっかりと息絶えていたニーズヘッグの骸が崩れ落ち……。
「1匹でも多く殺してさしあげましょう……!」
 ミリム・ウィアテストが冷ややかに絶望スライムを捕食モードへと解き放ち、また1体、別のニーズヘッグがひといきで丸呑みにされて。
 中央部から駆けつけた空挺部隊による横槍に端を発し、馬の背増援のニーズヘッグ全体へと波及した混乱は厳しい連戦を耐え抜いた南岸上陸のケルベロスらに齎された好機であった。
 先にカルナと通信を交わしたピジョンの姿も見受けられ、両班のキャスターが再び思念で連絡取り交わすこと自体は今や容易い。
 が。今もうその必要は無い。
 頼もしき友軍との間ですでに最良の形で挟撃は成っており、あとは各々眼前の敵を討ち崩して進むばかりでよいのだから。
「ならば――穿て、幻魔の剣よ」
 魔力を凝縮させ、カルナが顕現させた不可視の魔剣は、攻防一体。
 すらり抜き放たれた斬撃は竜の口腔へと突き立てられ、根齧りの牙の半ばを砕き断つ。
 追って放たれたニーズヘッグの咆哮は、どこか悲鳴じみていて。
 なだらかな海蝕の大地踏みしめたアンゼリカの体を純白の翼が天高く運ぶ。
 じゅくじゅくと滲み出した再生樹液に塗れた竜の異貌を睨みつけ……。
「人々の想い背負い戦うケルベロスの重力、味わうがいい!」
 その脳天めがけて急降下した少女が繰り出したのは、不屈たる闘志篭る戦靴から振り下ろされた踵落としだ。
 衝撃のあまりよろめいた巨体に迫った凶刃は、唸りと昏き獄炎を加速させてゆく。
「悪ぃけど死んで貰おうか。まあ悪ぃとも思ってねぇけどな」
 すっかりと興の乗ったジグのチェーンソー剣捌きは、執拗なまでに。ズタズタに。
「そろそろ終わりにしたいんだけど、どうかな?」
 ここまで延々立ち塞がり続けた敵群の姿もそろそろ倦んで来たと言わんばかり、突き放すように炸裂したニケの回し蹴りが流星の明滅とともにニーズヘッグの命を葬り去る。
 ニケと同様に、ひさぎもまた島の中枢調査を強く望んでいるひとり。
(「城ヶ島中枢に秘されたナニカ。母なるニーズヘッグか、それとも……」)
 降ろされた御業はひさぎの行く手阻むものすべて打ち砕く礫と化し、堅き竜すらも穿つ。
「ここから先へ、行かせてもらうんよ!」

 こうして絶妙に連携し合う事となった両班の猛攻たるや凄まじく。
 いまや戦の天秤は完全にケルベロスの側へと傾きニーズヘッグを追い詰めてゆく。
 両班が合流と呼べるまでに接近を果たした頃には残す敵はたった2匹で、自然、2班が各々手近な竜を引き受ける流れとなった。
 一方のニーズヘッグにと確実に狙い定めたピジョンが味方には手厚い歓待、招かれざる敵には手酷い一撃を見舞う『博覧怪奇の歓待』にと捉えれば、彼のテレビウムや他の空挺ケルベロス達も攻撃を畳み掛けてゆく。
 もう片方がここぞと繰り出したのはただ単純に巨体に物を言わせただけの突進。
 だがそれも、ドラゴンによって行われれば恐るべき威力を発揮する事は上陸直後からここまで繰り返されたニーズヘッグ戦で身に沁みていた。
 大小の礫片を巻き上げて後衛突破を図ろうとした巨敵へキソラは敢然と飛び込んで背に負う仲間への到達を許さない。
 すかさずヒールを施そうとしたティアンを彼は無言で制し、促した。
 竜を討てと。
 みたび故郷を追われた城ヶ島住民の為にとここまで我慢を重ねて尽力続けた彼女になら今それが許されると。
 こくりと頷き、分隊員らに治癒を託したティアンは仄青いカンテラの光に手を翳せば、
「ドラゴンはきらいだ。一匹たりとものがすものか」
 泳ぎ出でたくじら座の幻影がニーズヘッグへと襲いかかる……。

「――これで終わらせる! レディアント・ステラ・グラディオ!」
 8属性の魔力束ねた虹剣を振るう夢見星・璃音の輝ける連撃が傷深いニーズヘッグの命斬り落とした、そのほぼ同時。
「仕留める」
 竜を憎悪し滅さんと欲すレスターの獣性が今ここに――『檣(ホバシラ)』と為る新たな『竜』を産む。
 右腕を伝う銀炎は無骨な剣先にまで達して『骸』を満たせば巻き起こる渦中から鎌首もたげた火柱。
(「……お前らにはこの星を一片たりともくれてはやらん」)
 最後のニーズヘッグへと執拗に追い縋る銀炎は遂にはその喉笛を喰い千切り、貪欲な胎に蓄えし力もろとも竜の生命を奪い尽くしたのであった。


「周囲に敵性存在なし、クローズ・コンバット」
「つまり撃破完了ってワケだ。今度はコッチが助けられちまったナ」

 ミオリ・ノウムカストゥルムが静かに告げたのは、合流果たした2班の勝利。
 激戦の間中ずっと盾役として奮迅の活躍を続けたキソラはようやく大きく息を吐く。
 青年は空色の瞳を陽気に細め、レプリカントの少女に笑いかけると互いを労った。
 南岸上陸チームと空挺降下チーム。2班による挟撃は、馬の背洞門へと押し寄せたニーズヘッグの大群すらも遂には見事に掃討してみせたのだ。
 ……だがしかし、城ヶ島を襲う擾乱はいまだ終わりでは無かった。
 再び使用可能となったデバイス索敵がケルベロスに告げたのは島内中のニーズヘッグ残党がただ一点へと集結しつつあるという事態の急変。
 もとより、今作戦は城ヶ島制圧戦。今日この地で繰り広げられた戦い全ての目標は、まずニーズヘッグ掃討なのだと理解するケルベロス達は躊躇しない。
 ――対ニーズヘッグ最終決戦は全6チームが城ヶ島大橋を目指す包囲殲滅戦となった。

「地球を、デウスエクスの脅威から解放された真の楽園に」
 蓄積する疲労はデバイスが癒してくれる。
 人々から託された力、期待そして未来。それらの重さを噛み締めつつそれでもアンゼリカが謳うは高らかな凱歌――『約束の魔法』。
「それが、――”約束”だ!」

 かくして城ヶ島の地において、百をゆうに超して集結した番犬の牙はニーズヘッグの悉くを平らげる結果となった。
 ケルベロスが勝ち取ったこの完全勝利によって、来たる『竜業合体』ドラゴン本隊はもはや一片たりとそのグラビティ・チェインを貪る事は叶わなくなったのだ――。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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