三浦半島の南端にある城ヶ島が、ドラゴン勢力の手に落ちて4か月が過ぎた。
島を舞台に行われた竜牙兵本土上陸阻止戦は、ケルベロスの奮闘により無事成功。現在、新たな竜牙兵の出現は確認されていないと、ザイフリート王子は告げる。
「しかし状況は予断を許さぬ。竜業合体のドラゴンがいつ現れるか判らぬ今、ニーズヘッグを放置するのは危険であるゆえな」
己が身を贄とするため、日々その力を蓄え続けるニーズヘッグ。
彼らをドラゴニアの竜たちが喰らえば、その力は途方もないものへと膨れ上がるだろう。
そこで今回、数名のケルベロスによって、事態打開のための作戦が提案された。
「それが城ヶ島の奪還――『第三次城ヶ島制圧戦』だ」
本作戦の内容は至ってシンプル。
城ヶ島へ侵攻し、ニーズヘッグを1体でも多く撃破することだ。
「作戦の性質上、今回の戦いではサポートの参加が許可されている。島を奪還する為にも、ぜひ奮って参加してもらいたい」
そうして王子は、作戦の詳細へと説明を移した。
城ヶ島への進攻は、陸海空のルートを6つの班が分担するかたちで行われる。
王子を含む4つの班は海から、残る2つの班は陸と空から、それぞれ島へと向かう。
この班の出発地点は青木造船所だ。海中を進路に300mほど南下し、城ヶ島の北東端にある黒島堤防から上陸。途中で遭遇する敵を撃破しつつ、島の深部を目指し進軍する。なお他3班の上陸地点は、灘ヶ崎、馬の背洞門、旧安房埼灯台跡の3か所となっている。
「島の外周部には、竜牙兵の残存部隊が残っている。ニーズヘッグの根城である島の深部へ向かうには、竜牙兵との戦闘は避けられまい。加えてお前たち海路班は、海底に溢れているニーズヘッグとの戦闘が先に発生する可能性がある。留意を願いたい」
補足として、王子は陸路と空路の情報を付け加えた。
陸路。城ヶ島大橋の正面を担当するこのルートは、竜牙兵の数が非常に多い。
ここで派手に暴れれば、それだけ敵軍が引き付けられ、他所の守りも手薄になるだろう。
空路。作戦参加人数分のヘリオンにより、上空から降下するルートだ。
こちらはまとまった戦力を島へ送り込める反面、周囲の班から充分な支援がなければ降下するまでに大打撃を受けてしまう。最悪、降下後に即撤退といった状況にもなりかねない。
故に――と王子は続けた。
「今回の作戦では、班同士での連携も重要となろう。城ヶ島への攻略をどのように行うか、十分に話し合って決めてくれ」
そうして複数の方角から、一定以上の戦力で城ヶ島に飽和攻撃をくわえ、島内へと進攻。島の深部にいるであろうニーズヘッグ――竜業合体ドラゴンの生贄となる者たち――を1体でも多く撃破することが、この作戦の目標だ。
「深部についての詳細は、私の予知でも判明しておらぬ。ニーズヘッグの蠢く中枢区域が、果たしてどうなっているのか……それを探るためにも、万全を期して臨んでもらいたい」
説明を終えた王子は、作戦を提案した8名のケルベロスの名を最後に読み上げた。
端境・括。ピジョン・ブラッド。マーク・ナイン。
レスター・ヴェルナッザ。ティアン・バ。アンゼリカ・アーベントロート。
そしてルティア・ノートとオズ・スティンソン――。
彼らの言う通り、今こそ城ヶ島を奪取する好機なのだ。だがそれは同時に、ドラゴン勢力の懐へと飛びこむ危険な戦いでもある。
「激戦になることは間違いなかろう。だがお前たちなら、必ずや成し遂げると信じている。悔いのなきよう最善を尽くしてくれ。頼んだぞ!」
参加者 | |
---|---|
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612) |
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399) |
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020) |
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850) |
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828) |
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382) |
シャムロック・ラン(風の走者・e85456) |
オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471) |
●一
「必ず、城ヶ島を取り戻してみせる!」
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)の胸には、不動の決意があった。
それは同時に、この戦場に立つケルベロスたちが抱く悲願でもあった。
神奈川県三浦市、城ヶ島。そこを巡る戦いの端緒は、城ヶ島大橋の陸路チームが仕掛ける攻撃によって開かれた。
「陽動は順調のようじゃな。重畳じゃ」
大橋の東、青木造船所から戦場を眺め、アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)はそう呟く。
陸路チームの攻撃はまさに圧倒的だ。連携を組み、デバイスを駆使し、獅子奮迅の戦いで敵の竜牙兵を蹴散らしていく。今ごろ城ヶ島の防衛戦力は、陸路のケルベロスたちに意識を奪われていることだろう。
「つまり、島へ侵入する絶好の好機という訳じゃの」
「そっすね。ドラゴン勢力を大掃除してやりましょう!」
水中探査用ゴーグルを装着したシャムロック・ラン(風の走者・e85456)が眺めるのは、海を隔てた先にある黒島堤防。彼をはじめ、35名のケルベロスで構成される北東チームの上陸ポイントだ。
「ソロさん、デバイスの調子はどうっすか?」
「上々。海も陸も敵反応でいっぱいだ」
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)が、そう返した。
彼女が装着するゴッドサイト・デバイスの画面には、大量の敵反応が示されている。この戦い、どうやら忙しくなりそうだ――初使用するデバイスに心地よい緊張感を覚えながら、ソロは親友を振り返る。
「どうかなマイヤ、似合う?」
「バッチリ。わたしも、この機械腕でサポートするね!」
箱竜のラーシュを抱え、マイヤはアームドアーム・デバイスでサムズアップを送った。
今回はヘリオン部隊の支援により、全員がデバイスを装備しての参加なのである。
それから程なくして進軍準備が整うと、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)のギターがぎゅいんと鳴り響いた。
「いざ出撃デース! ロックンロール!」
軽快な旋律を合図に、ケルベロスが冬の海へと潜っていく。ゴーグルやボンベを装着し、水中呼吸を活性化し、万全の態勢を整えて。
「ここは南国、そう言い聞かせれば多分温かい気がする……うん、冷たい!」
冷たい海に身震いしつつ前衛を行くのは、ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)。周囲を警戒しつつ、暗い海底を進む足取りに、一切の迷いはない。デバイスを介して表示される地形情報が、彼を導いているからだ。
「堤防まであと100m。前方に敵反応があるから気をつけて」
マインドウィスパー・デバイスを介して送られてくるのは、オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)の思念。彼は地図やGPSを併用し、ソロと思念を交わしながら、戦場の情報をリアルタイムで伝達していた。
「おっと、噂をすればだね。敵だ」
ソロが指さした先、ケルベロスの進路を黒雲めいた何かが塞いでいた。
黒い蛇を思わせる異形のドラゴン――ニーズヘッグの群れである。
「島から溢れた群れかな。幼い個体ばかりだ」
「関係ねぇな。大人だろうが餓鬼だろうが、叩き潰すだけよ」
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)は悪辣な笑みで敵群を睨みつける。
ドラゴン。宇宙最強の名をほしいままにしたデウスエクス種族。そんな連中相手の初任務が何でもありの総力戦とは、負ける気がしない。
「さぁて始まりだ。精々楽しくのたうち回れや」
手段は選ばぬ。容赦もしない。
暗く冷たい海の底、いま戦いの火蓋が切られるのだった。
●二
濁った殺気が、渦となって海底を満たす。
敵襲を察知して一斉に牙を剥くニーズヘッグの群れ。そこへケルベロスのアタッカーが、先を争うように殺到していく。
「さあ皆、攻撃開始だ」
オズの歌声が紡ぐ寓話語り『彼岸の復讐譚』を嚆矢に、番犬の砲火が竜を捉える。
炎のグラビティで燃え盛る前衛のニーズヘッグたち。そこへ気吹がペイントをばらまき、ディミックが超存在の『影』を喚び、足止めと炎で苛み始めた。
「1匹も逃がさないからな!」
「ふむ。ロートルの身だが、力添えするとしよう」
お返しとばかり飛んでくる反撃から仲間を庇いつつ、ディミックは敵の攻撃能力を仲間に伝えていった。追尾性能を持つ体当たり。生命力を吸収する噛みつき。いずれも状態異常を付与する力は有していないようだ。
「加えて敵は盾役が多め……守りを重視した隊形ですね」
前衛の1体を雷刃突で葬りながら、エリオットが言う。
とはいえ、守りに関して言えばケルベロス側も負けてはいない。オズのチームが織りなす隊列の守備は固く、竜の攻撃で生じた傷は、シィカとヴィルフレッドを始めとする回復支援によって、即座に塞がっていく。
「ボクの歌を聞けデース!」
「さあ、派手なのいくよ」
シィカのオウガ粒子が、前衛の仲間を包む。
息を合わせ、身体を強化したヴィルフレッドが、カラフル煙幕で後衛を鼓舞。そこへ続くかごめは、ハエトリグモ型のレスキュードローンに掴まりながら、更なるオウガ粒子を前衛に散布していった。
「城ヶ島奪還のため、力は惜しみません!」
決然とした言葉で、高らかに告げるかごめ。
そうして敵の攻撃を凌ぎきると、シャムロックが即座に攻撃へと反転する。
「蹴り砕くっす!」
背蹄脚の一撃が竜を葬る。同時、アタッカーの猛攻がニーズヘッグを襲い始めた。
「慈悲はねぇ。藻掻いて苦しんで砕け散れや」
最初に仕掛けたのはグラハだった。彼が投擲した絶対零度の手榴弾は、数を減らした敵の前衛を潜り抜け、後衛のニーズヘッグを次々に氷結の破片で葬り去る。続けざまに飛来するのは回転しながら冷気を放つ、カナの氷結輪だ。
「もう一息です。頑張りましょう」
「私の狙いからは、逃げられないぞ」
カナと同じく後衛から、ソロが一撃を放つ。
手中から飛び出したのは、狙い定めた暗黒縛鎖。デバイスに導かれた鎖はニーズヘッグの中衛を生き物のように絡め捕り、一切の容赦なく絞め殺す。
熾烈な攻撃と、的確な回復支援。ケルベロスの連携によって、敵は瞬く間に数を減らし、その命運は風前の灯火だ。アデレードは地獄の炎をまとう大鎌を振り被り、その切先を残り僅かとなった竜に向ける。
「幕引きじゃ。行くぞクロコ!」
「は、はいっ! 参りましょう!」
クロコの轟竜砲が、後衛に残った1体を粉砕する。
そこへアデレードはジェットパック・デバイスで突撃。最後に残る1体を地獄炎の一撃で両断、海中での戦いに幕を下ろした。
「よし、僕たちの勝利だ。敵反応はどうかな?」
「大丈夫だオズ、周囲に敵影はない」
索敵モードに戻ったデバイスを確認し、ソロが告げた。
「急ごう。他のチームも上陸する頃だ」
そうしてケルベロスは隊列を整えると、堤防へと浮上を開始していく。
これから始まるであろう、更なる激戦の予感。それを各々の胸に抱きながら。
●三
城ヶ島の北東に位置する、黒島堤防。
島の中心から1kmほど離れた場所に、ケルベロスたちは上陸を完了した。
「気をつけるんだ。すぐ南に敵がいる」
ソロはデバイスの示した反応を、オズの地形情報と突き合わせながら仲間へと伝える。
場所は堤防を200mほど南下した先、造船工場の敷地内だ。駐車場に面したグラウンドの一角に、数十体を数える敵勢力が集結しているという。他の戦場へ向かう予定の防衛戦力――恐らくはその主力だろう。
「何とか、事前に潰したいっすね……」
「ああ。情報が揃い次第、攻撃をかけたいところだ」
シャムロックとオズは頷きを交わすと、城ヶ島大橋へ目を向ける。
奮戦を続ける陸路チームは、いまも敵を引き付けているが、連戦による負傷も蓄積されているだろう。数十体の援軍が押し寄せれば、劣勢は明らかだ。
斥候のヴィルフレッドとエリオットが戻って来たのは、ちょうどその時だった。
「お待たせ。大体分かったよ」
「竜牙兵軍団に間違いありません。ニーズヘッグも数体混じっています」
情報によると、敵はゾディアックソードを装備した一団らしい。
目的は大橋への増援で間違いないだろう。幸運なことに、城ヶ島大橋での奮闘が奏功し、こちらには気づいていないという。
「ふむ……逃す手はないのう」
「おうよ。一気に叩き潰してやる」
「了解。他のチームにも連絡しておくね」
アデレードとグラハが襲撃の支度を終えるなか、オズは他チームへと思念を送った。
(「こちら北東チーム。これより、竜牙兵の一団と戦闘に入るよ」)
程なくして、思念による通信が返ってくる。
(「南岸チームのカルナです。僕たちは多数押し寄せたニーズヘッグを迎撃中。これらは全て中央部から南下した戦力と思われます」)
(「こちら空挺チーム。タイミングを測って予定通り島の中央部へ降下する」)
両チームの情報をもとに、オズは戦況を整理していく。
どうやら島の外周に、中枢のニーズヘッグが現れ始めているらしい。ケルベロスの攻撃を受けて迎撃に出てきたか、あるいは危機を感じて逃げようとしたか――オズは妙な胸騒ぎを覚えつつ、通信を終えた。
「よし。OKだ」
「こちらも問題ありません。いつでも行けます」
エリオットは仲間のデバイスに靴のビームを連結すると、オズに合図を送る。
そうして全ての準備が済み、緊迫する空気が流れる中、シィカは仲間たちへかざした指をゆっくり1本ずつ折り曲げていく。
4、3、2、1――。
「突撃なのデース!」
その一言が、戦闘開始の合図となった。
●四
「レッツ、ドラゴンライブ……スタート!!」
シィカの『天穹へ至れ、竜たちの唱』が、勇壮な鼓舞の旋律を奏でる。
虚を突かれ一斉に振り返る竜牙兵。そこへグラハを先頭にケルベロスが殺到した。
『何ダト……!? 敵襲、敵襲ダ!』
「遅ぇよ、間抜け」
ガトリングガン『凝息銃ロサビス』が、敵陣を嘲笑うように弾丸の嵐をばら撒く。機先を制された竜牙兵たちは、それを一方的に防ぐ以外に選択肢はない。そこへグラハとシィカのチームメンバーが喰らいつき、烈火のごとき猛攻で敵の守備をこじ開けていく。
「おいらのゴーレム、受けるといいっす!」
「千代金・橘也、加勢させてもらうぜ」
雹牙の生成する氷のゴーレムが竜牙兵を圧し潰す。続けざまに飛来するのは、橘也の射出する小型ミサイルの群れだ。氷と麻痺に混乱する竜牙兵。そこへ、シィカの旋律に包まれたローゼスが誘導式のフレシェット弾を発射する。
目標は最前衛。負傷した1体のニーズヘッグだ。
「忠誠はあれど意思なき供儀に敗れる道理無し!」
デバイスに導かれた一撃が胴を穿ち、その足を縫い留める。
一方の竜牙兵は、ケルベロスへの怒りに燃えながら、地面に守護星座を描き始めた。回復で時間を稼ぎ、態勢を立て直す作戦だろう。
『動ケル者ハ、橋ヘ向カエ! 番犬ヲ轢殺セヨ!』
「許すと思うかな、そんなこと?」
ヴィルフレッドが言うや、大橋へ駆けだそうとした竜牙兵たちが吹き飛んだ。
透明地雷による攻撃である。同時、足止めを受けた敵の集団へ、ケルベロスの集中攻撃が浴びせられ始めた。
「貰ったぜ、そこだ!」
「私も、全力で皆さんを支えます!」
辛くも足止めを逃れた竜牙兵めがけ、竜鎚の一撃で進化可能性を奪うラルバ。
そこへエリオットとともに追走をかけるチェレスタが、「悠久のメイズ」を歌う。
『ググ……ッ』
「とどめです」
氷と麻痺に悶絶する敵めがけ、エリオットは絶空斬を一閃。竜牙兵を葬り去ると、続けて仲間たちへ思念を飛ばした。
「空挺チームが動きました。注意を」
彼が指さす先、3機のヘリオンが島の中央を目指して飛んでいく。
いよいよ本格的な攻勢が始まるようだ。それを見たリューディガーは、ヒールドローンを操作して、護衛対象のエリオットに無言の頷きを送る。お前の背は俺とチェレスタが守る、そう告げるように。
「俺たちの……否、全人類の期待を乗せて、全力でぶつかってこい!」
「はい。名誉にかけて!」
『オノレ、調子ニ乗リオッテ!!』
対する竜牙兵は援軍を諦めたのか、残った兵をかき集めて襲い掛かってきた。
ニーズヘッグとともに迫る捨て身の攻勢を、オズと彼のチームは正面から受け止める。
「踏ん張りどころだ。行くよ皆」
心乱すエネルギーの矢で、竜牙兵の心臓を射抜くオズ。
直後、凍結のオーラと、重力を込めた斬撃が、嵐となってケルベロスに押し寄せる。
「Shangri-laとしてもフギムニ団長としても、良いところ見せなきゃ!」
仲間を護る分厚いディフェンダー陣、その先頭に立つのは右院だ。
彼はヒルデガルダ、そしてオズのウイングキャット『トト』とともに、敵の猛攻を受ける防壁となった。仲間を庇い、反撃の組み付きで敵の攻撃を封じる右院。そこへヒルデガルダの散布する花弁のオーラが、モヱの雷壁が、仲間の負傷を癒し始める。
「敵は残り少しね。みんな、攻撃をお願い!」
「ライトニングウォールを発動しマス。回復支援はお任せ下サイ」
サーヴァントたちも盾を務める中、溢れんばかりのヒールがケルベロスを包む。
同チームの慧子は、モヱらと足並みを揃えて魔法の樹を召喚すると、妨害力を向上させる魔法の葉で中衛を包んだ。
「葉を隠すなら木々の中。さあ反撃と行きましょう」
「承知した。1体も逃がしはしない」
そうして槐の投擲する手榴弾が、氷片を派手にばら撒いた。
星座の守護を遥かに上回る氷に全身を刻まれながらも、しかし竜牙兵は攻撃をやめない。自分たちに後がないことを、悟っているのだろう。
『撃破セヨ! 敗北ハ許サレヌ!』
「そうはいかないっすよ!」
重力を帯びた斬撃を防ぎながら、氷結輪を撃ち返すシャムロック。
その横ではフリージアの御業を帯びたアデレードが、瑠璃へと攻撃の合図を送る。
「感謝なのじゃフリージア。瑠璃、一気に攻め込むのじゃ!」
「了解よ。竜砲弾、発射!」
息を合わせて放つ気咬弾と轟竜砲が、最後のニーズヘッグを吹き飛ばす。
そうして残された僅かな竜牙兵を、織り交ぜた闘気と魔力でソロが包み込んだ。
「とっておきってヤツだ」
鏖殺結界――標的を消し飛ばす波動は、回避も防御も許さず、敵を消滅させる。
静寂を取り戻すグラウンド。ふと一行が島の中央へと目を向ければ、ヘリオンから降下を開始する空挺チームの姿が見えた。他チームの戦いもあってか、敵の集中攻撃を受けている様子はなさそうだ。
「首尾は上々。俺たちも行くとするか」
「了解だ。ここからが本番だしね」
オズはグラハに頷き返すと、戦闘不能者がいないことを確認して動き出す。
作戦開始からじきに1時間。戦いは後半戦を迎えようとしていた。
●五
いつしか、戦いの熱気は城ヶ島全体を包み始めていた。
島の内部には、食い荒らされた樹木や、歯形の刻まれた建造物が無残な姿を晒している。ケルベロスはその道中を進軍しながらも、時折聞こえる咀嚼音の源を探し出して、ひとつも残さぬよう徹底的に排除していく。
「ニーズヘッグ、覚悟!」
たちまち発見されて集中砲火を浴びる竜に、エリオットは絶空斬を叩き込んだ。
生まれて間もない、幼生の個体だった。傷口を炎上させて悲鳴を上げる竜の脳天を一撃でかち割り絶命させると、エリオットは唇を噛み締めて、ふたたび仲間たちと走り出す。
――僕は忘れない。この手から零れ落ちた、助けられなかった命を。
――彼らが歩むはずだった、未来への希望を……!
かつて幾度となく潜り抜けた戦いを思い返しながら、仲間とともに駆けるエリオット。
それからも散発的に襲い来るニーズヘッグを撃破しつつ、ケルベロスは進路を島の南へと向けた。ソロのデバイスが他チームの反応を捕捉したのだ。
「敵の集団と戦っている。状況は良くなさそうだ」
戦場は城ヶ島公園。位置からして、南東の灯台から上陸したチームだろう。
オズはただちに精神通話を試みた。向こうの連絡担当は、眼鏡をかけたヴァルキュリアの男性だったはずだ。
(「こちら北東チーム、今から援護に向かう。待っていてね」)
(「北東チームへ、援護感謝します! 私達もまだ戦えます。耐えてみせますとも!」)
果たして帰ってきたのは男性ケルベロスの思念だった。
敵の猛攻を凌ぎ続けているせいだろう、その声にはやや疲労が感じられる。
どうやら、一刻の猶予もなさそうだ。オズはティフ・スピュメイダーを呼ぶと、先発隊のセントール――シャムロックやローゼスとともに出発するよう伝えた。
「ティフ。彼らと一緒に、伝令を頼めるかな?」
「任せてなのー!」
「準備OK、行くっすよ!」
進軍しながら支度を終えたシャムロックは、すぐにセントールランで駆けだした。
伴走するティフとローゼスと共に駐車場を抜け、松林を突っ切る。一陣の風となった彼は何物にも阻まれない。そうして瞬く間に到達した公園の草原では、まさしくニーズヘッグの群れに防戦を強いられる仲間たちが見えた。
「見えたっす。このまま突撃っす!」
「承知しました。セントールの本領、遺憾なく発揮しましょう」
同時、前方で戦っていたニーズヘッグの1体が振り返る。
シャムロックらに気づいたのだろう、すぐさま牙を剝いて迎撃態勢を取るが、
「邪魔なのっ!」
「退け!」
ティフの放った怒號雷撃と、ローゼスの繰り出す雷刃突の一撃を浴び、反撃の暇さえなく悶絶する。同時、シャムロックは青銅の槍『Perseus』を掲げて、南東チームの仲間たちへ応援の到着を伝えた。
「遅くなったっす。さぁ、派手にいくっすよ!」
草原を駆け抜ける異形の蹄が、反撃の狼煙となった。
シャムロックの『草原の走者<feroce>』が瀕死のニーズヘッグを蹂躙し、葬り去る。
間を置かず、次々に駆け付ける仲間たち。そうして開始されたのは、ケルベロス2チームによる大規模な挟撃だった。
「大丈夫? ケガはないかな、シャムロック?」
「平気っす。感謝っすよクローネさん!」
シャムロックの力強い頷きに胸をなでおろすと、クローネは番犬鎖を展開。戦場の仲間を守護の魔方陣で包み始める。そこへ続くのは同チームのカロンだ。
「さあ行くよ。ぼくたちが来たからには、一人だって倒れさせないからね」
「お力添えします。行くよ、フォーマルハウト」
カロンは友達のミミックを引き連れて、敵の前衛へと襲い掛かった。
彷徨者達のパラノイア――傷口を切り開く、無慈悲なる幻視魔法で。
「忠告したからね。その結末を選んだのは君たちだ」
妖しく光る瞳。噛みつくフォーマルハウト。ニーズヘッグの轟く悲鳴。
シィカが奏でるギターの調べを筆頭に、ケルベロスの攻勢は更なる強さを増していく。
「ボクの歌を聞け、デース!」
挟撃をうけたニーズヘッグはそれからも本能の赴くままに抵抗を続けたが、もはや戦況が覆ることはない。ケルベロスの猛攻を受けてみるみる数を減らし、最後には1体残らず掃討されるのだった。
●六
合流を果たした北東・南東チームは、城ヶ島大橋の方角へと進んでいった。
連携を欠かさず、索敵を怠らず、戦闘と戦闘の間に心霊手術で負傷をふさぐ。
そうして散発的に現れる敵を追撃しながら進軍を続け、しばらく経った頃――。
「……おや?」
最初にその異変を察知したのは、ソロだった。
デバイスに表示されていた、進路上の敵反応。島の東側に存在するそれらが、まるで何かに導かれるように、北を目指して動き始めたのだ。
東だけではない。西も南も中枢も、島中のニーズヘッグが次々動き出していた。
ソロらの向かう方角、城ヶ島大橋を目指して。
「……まさか、奴ら……」
「島を捨てて逃げる気か。橋の防衛を突破して……!」
オズは、先刻の胸騒ぎが現実となったことを悟る。
自分たちの命運が危機に晒されたことを、ニーズヘッグは感じたのだろう。尋常ではない数だった。このままでは陸路チームが危機に陥ることも、誰もが理解していた。
「ちぃと洒落になってねぇな。急ぐとするか」
「うむ。最後の戦いじゃな!」
グラハの言葉に、アデレードが頷いた。
橋はもう目の前だ。デバイスを駆使し、武器を構え、全てのケルベロスが走り出す。
「見て下さい。他のチームも合流して来ます!」
「敵味方集まっての最終決戦か。よし、行こう」
エリオットの指さす先、ニーズヘッグを追撃するのは、西と中央のチームだ。
ヴィルフレッドは盾の務めを最後まで果たさんと、傷だらけの体を叱咤する。
「皆さん、最後までよろしくっす」
「イエース! GOGOデース!」
力強い蹄で大地を蹴るシャムロック。ぎゅいんとギターをかき鳴らすシィカ。
そして――。
上陸、空挺、そして陸路。全6チームによる包囲殲滅戦が、今ここに幕を開けた。
取り囲まれたニーズヘッグの群れめがけて、絶え間なき砲火が降り注ぐ。
包囲を突破せんと死に物狂いで暴れる竜を、ケルベロスの前衛が抑え込む。
「倒れる訳には……いかないっすよ!!」
「おっと残念、こっちだよ」
スチームバリアで守りを固め、必死に踏ん張るシャムロック。
ヴィルフレッドは敵の攻撃を受け流しつつ、ブレイブマインで前衛を癒し続ける。
「負けられない。負けるものか……!」
「ファイト、ファイト、デース!」
エリオットが聖剣を掲げ、『いと高き希望の星』の光芒でニーズヘッグを焼く。
シィカがエールに乗せて、ドラゴンライブを歌う。魂を振り絞るような歌声に力をもらいながら、同チーム所属のリューデはオラトリオの翼を広げた。
「……貴様らも、これで終わりだ」
大阪城地下での邂逅。ユグドラシル・ウォーの終結。
ユグドラシルの根を辿り、同胞さえ食い尽くしたドラゴンたち。
その末路には憐憫を、竜たらんとした最期には敬意を抱き、リューデは力を解き放つ。
「いざ、尋常に」
黒翼の放つ聖なる光が、竜の群れを断罪する。
一方、ニーズヘッグの攻勢はいよいよ強い。風前の灯火が最後に激しく燃え盛るように、死にもの狂いで暴れ続ける。対するオズは、その猛攻に一歩も譲らずに竜の翼を広げると、チームメンバーに檄を飛ばした。
「もうひと頑張りだ。みんな頼んだよ」
それに応えるように、ことほが、メロゥが、あこが、惜しみないヒールによって、戦場の仲間たちを支援していく。
「メロゥちゃん。私の『碧落の冒険家』、どう?」
「とっても素敵だ。ここは僕も、一肌脱ごうかな」
「あと少しです、頑張るのです!」
オズとメロゥが送り込む鎮めの風が、深手を負った仲間を優しく包む。
竜翼の風に乗って、あこのブラッドスターが生きることの罪を肯定する。
そこへことほの奏でる旋律が響き、グラハとアデレードに未来を拓く勇気を授ける。
「叩き切ってくれる!」
「ドーシャ・アグニ・アーパ。病素より、火大と水大をここに仰がん。――後悔するにゃあ遅かったな、風穴空くまでは決定事項だ」
地獄炎を帯びた鎌で、破壊をまき散らすアデレード。
漆黒の靄を身体にまとい、悪鬼そのものの形相で暴れ狂うグラハ。
そうして猛攻を受けたニーズヘッグは悲痛な叫びを上げて、1体また1体と物言わぬ骸へ変わっていく。どうやら決着の時は近いらしい。ソロはありったけの力を絞り出しながら、チームメンバーの悠仁とマイヤに告げた。
「さあ、仲良く敵をぶっ叩こうぞ。準備はいいかい?」
「ええ、いつでも」
「オッケーだよ!」
悠仁のブレイブマインが咲き乱れる。
ビハインド『透歌』の金縛りと、ラーシュのブレスが荒れ狂う。
『Hexagram』の光でニーズヘッグを蝕むマイヤは、傷だらけの体でソロを庇いながら、にこりと微笑みを向けた。
「無事に終わったら、とっておきのスイーツ食べようね」
「ああ。もちろんだ」
胸に込み上げる想いを愛しむように、ソロは頷く。
妹にも等しい大切な親友は、随分成長していたようだ。自分の力量をもはや追い抜いた、そう感じられるくらいに。
「さて――最後の仕上げだ」
すべての力が、消滅波動に変換された。
ソロの放つ波動が、一分の狂いもなくニーズヘッグの隊列に直撃する。
そうしてニーズヘッグは断末魔も骸も残すことなく、その存在を消滅させていった。
●七
殲滅が確認されたのは、それから数分後のことだった。
ニーズヘッグは残らず死に絶え、城ヶ島はみたび奪還されたのである。
「作戦成功、か……」
大橋から島を眺め、ヴィルフレッドは呟く。
そう、作戦は成功だ。しかし彼の心には一抹の疑念が残っていた。
「竜十字島の一件……ですか?」
「うん。ニーズヘッグたちが出てきた、魔空回廊みたいな空間が気になってね」
ローゼスの言葉に、ヴィルフレッドは頷き返す。
かつて二人が参加した竜十字島の戦い。あれに関わる謎を解明する手がかりが、城ヶ島に残っていたとしたら――そう考えていたのだ。
「そういや、空挺チームの数人が島に残ってるらしいな」
グラハはそう言って、回ってきた連絡を伝えた。
何でも中枢の一か所に、数体の敵が残っていた場所があったらしい。詳しい情報はじきに判明するだろう。もしかすると、そこには過去の謎を解く手掛かりがあるかもしれない。
「ニーズヘッグ……『根を齧るもの』……か」
囁くような声で、オズは言った。
島に残った仲間の調査が、良い結果に終わるといいが――そんな思いを抱きながら。
城ヶ島の中枢で発見された、歪んだ魔空回廊。
朧げな歌声が誘う道。
その存在をケルベロスたちが知るのは、それから少し後のこととなる。
作者:坂本ピエロギ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年1月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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