魔導神殿追撃戦~凍てついた月

作者:鈴木リョウジ

●再対、氷月
「皆さん、お疲れ様でした。皆さんの活躍で、アスガルド・ウォーに勝利できました」
 集まったケルベロスたちの顔を見回し、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は穏やかにほほえむ。
「ですが、エインヘリアルの残存兵力が、魔導神殿群ヴァルハラの宮殿と地上に出現してきました。第四王子ジーヴァが護っていた、金牛宮「ビルスキルニル」もそのひとつです」
 金牛宮「ビルスキルニル」は、敗残のエインヘリアルの軍勢を吸収し、鎌倉市周辺に出現。蒼のビフレストがある鎌倉駅に向かって進軍を開始している。
 青のビフレストは、エインヘリアルが第一王子ザイフリートが、最初の地球侵攻時に使用した『虹の城ビフレスト』の中枢であり、その力を求めての進軍と思われる。
「皆さんは、敵の目的地である鎌倉駅で金牛宮を待ち伏せしてください。鎌倉駅に到達すると、金牛宮は移動形態から停止形態へと形状を変化させようとしますから、その瞬間が攻撃の好機となります。形態変化を行う瞬間に、皆さんはその間隙を縫って、金牛宮内部に突入してください」
 金牛宮の移動形態は『巨大な牛』の姿で、停止形態は『宮殿型』となる。
 移動形態になると止まることができないため、止まるためには形態変化が必要になるのだ。
 形態変化時には、駆動部分や変形部分など、複数の箇所からの突入が可能となるので、ピンポイントで狙った敵と戦うことができるだろう。
 幸い、5年前の鎌倉奪還戦で一度壊滅した鎌倉市は、市民の避難訓練が行き届いており、市民の避難を、なんとか間に合わせることに成功している。そのため、市民の避難誘導を考慮する必要はない。
 作戦の概要を書き留めていたケルベロスのひとりが、ふといつもよりも詳細な予知を指摘する。
「詳細な予知ができた理由、ですか?」
 イマジネイターはこくりと首を傾げ、現在のところ不明ですが、制圧した『獅子宮「フリズスキャルヴ」』の影響があるのかもしれません、と答えた。
「皆さんにお願いしたいのは……アスガルド・ウォーで『氷月のハティ』という名前を聞きましたか?」
 その名前に、幾人かが顔色を変えた。
 アスガルド・ウォーの戦場のひとつ、ヴァルハラ大空洞で近衛騎士団とともにいた。しかしハティは、正規の近衛騎士ではないようだが……?
 ぴりとした表情を浮かべて彼女の居場所などを記した資料を睨むケルベロスの様子にヘリオライダーも目を伏せ、それから視線を上げる。
「彼女のいる場所へ向かう途中には他にも敵がいますが、気づかれないよう十分に注意すれば敵と遭遇することはないかと思います」
 逆に言えば、注意を怠ったり時間をかけすぎたりしては敵に見つかる可能性もある。名を馳せた有力な敵ではないだろうが、余計な手間をかけずに済むならそのほうがいい。
「エインヘリアルが蒼のビフレストで何をしようとしているのかはわかりませんが、放置することはできません。それにこれは、大きなチャンスでもあります。集結したエインヘリアルの残党を一気に殲滅することができれば、今後の戦いが有利になるでしょう」
 言って、少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
「一度は壊滅して、ヒールで復興させた鎌倉市街が壊されるのは忸怩たるものがありますが……命さえ守れれば、町はまたヒールできます」
 形態変化中はトールの雷も使用できないのでその点は安心だと言い添え、
「皆さんの無事のお帰りをお待ちしています、ね。よろしくお願いします」
 きゅっと拳を握って、イマジネイターは頭を下げた。


参加者
青葉・幽(ロットアウト・e00321)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
輝島・華(夢見花・e11960)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)

■リプレイ

●最期を語り継ぐ者たち
 金牛宮「ビルスキルニル」の中を駆けるその時ばかりは、彼らは番犬ではなかった。
 今だけは狩るのが目的ではない。……それが叶うのであれば。
「!」
 氷銀が人の姿をとったような、その存在。
 周囲に彼女以外の敵はなく、感じ取れる限りでは不意打つために伏兵が息を潜めている様子もない。ただひとりだけ彼女は立っていた。
 それでもしばらく様子を見て、やはり彼女以外に敵はないと確信してから、ケルベロスたちは身を隠すのをやめて姿を見せる。
「ハティ。私たちはアンタと話し合うために来たわ。戦うためじゃない」
 過去にレリ王女が配下たちのために停戦に合意し、交渉に応じた時のように。
 告げた青葉・幽(ロットアウト・e00321)に、彼女……氷月のハティは、得物に手をかけたまま微動だにしない。一切の表情を浮かべず、静かにケルベロスたちを見据えている様子は、異様とさえ思えた。
「まあまあまあ……今が仇討の好機でしょうけど少しは人の話も聞きなさいな」
 エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)が困ったように微笑む。
「前回逃げた理由と今回は逃げない理由、是非とも聞かせてもらいたいものですわね」
 その言葉に、ひくりとハティの手がかすかに震えた。
「レリが最後まで私達に抗ったように復讐は止めませんけども……語り手がいなければレリが貴女達に託した想いも死にますわよ?」
 エニーケの言葉に重ねるように、フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)が問うた。
「ホーフンド軍を混乱に陥らせたのは、ハール王女への復讐……だったのでしょうか」
 その真意を聞かせてほしい。そして叶うことなら……。
 希望を含んだ瞳で見つめる相手は、頑なに表情を動かさない。
「俺たちハ、レリ王女の想い、確かに受けとめタ。ハール王女の最期も、この眼で見届けタ」
 煌めく機械音響のノイズを語尾に含め、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)も、武器を収め話しかける。……あの始まりの時のように。
「……もうエインヘリアルの戦は終わル。武人としての誇りを貫く時は終わるのだと思ウ。レリ王女がいたラ、争いなき世に何を望み、どう行動するでショウ」
 あなたの同胞たちガ、民としても、女性としても不平等なく過ごせる世界となるヨウ、この星で「これから」を導く礎となってほしイ。
 訴えを聞き、ぎり、と彼女の得物にかけた手に力がこもったことに、彼は気づいただろうか。
「……俺たちが協力しマス」
 だからどうか、とこいねがうエトヴァに、ハティはようやく応えた。
 定命化などすれば二度とレリ様に会うことができない。お前たちは永遠に引き離そうというのか。
「そんなつもりは……」
「お願い、ハティ。私たちの話を聞いて」
 ケルベロスたちの懇願は、エインヘリアルに届かない。得物をづ、っと振るい、今まさに攻撃を仕掛けようと構えた。
 意志疎通が可能であるからと、理解し受け入れ応えるとは限らない。ケルベロスたちの『都合のよい』話など聞く理由はない。
 やはり駄目なのか。彼女に言葉は届かないのか。それとも……実は別人なのか、洗脳されているのか。あらゆる可能性を懸念し、ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)は不測の事態に備え注意深くハティの様子をうかがう。
 その視線を遮るように、ハティの周囲に氷の障壁が形成されていく。
 もはや対話の余地はないのか。
「日輪にゃこっぴどくやられたからな。奴の相方が技術提供した武装を野放しにはできん」
 とんっと投げたガネーシャパズルを掴み、レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)が唸るとともにパズルから怒れる女神の姿が現れた。
 襲いかかるカーリーの攻撃をハティが受け止める間に、輝島・華(夢見花・e11960)と副島・二郎(不屈の破片・e56537)が雷壁を築き陣形を象る。
 本来ならもっと早く戦うはずだったハティ。
(「先日は戦わずして撤退したと聞きます」)
 華は花咲く箒のライドキャリバー、ブルームに指示を出しながら想う。
(「ハティはレリ王女の最期を聞いて何を思うのでしょうか。対話する皆様の思いが少しでも伝わりますように」)
 もし戦う事になっても全力でお相手するのが礼儀でしょう。私は皆様を守るだけです。
 決意する彼女が見つめても表情を変えず、しかしぎらりとした感情をその瞳に宿すエインヘリアルを前に、ケルベロスたちはそれでもわずかな希望を手放さない。
 目を矯めて狙いを定め、ウォーレンの放つ闘気が牙を剥く。喰らいつこうとする気咬弾を鎌で受け止めたハティの不可解な静けさに、レリ王女と和解したいと思っていたと告げかねた。
(「彼女の白百合騎士団が敵討ちに来るなら受け止めようと思ってた」)
 でもハティは、八王子で部下を置いて遁走した。それが信じられない。何か事情や理由があるなら確かめたい。
 無論、彼女の思惑を知っているわけではない。問うたことも願うことも顧みられない。だからこそ、確かめなければ。
 幽が砲撃形態に変えたドラゴニックハンマーを振り抜き、その勢いで撃ち出した竜砲弾に貫かれたハティのくぐもった呻きがこぼれる。
「掲げる正義と理想は違えど、レリの信念に敬意を抱いていたわ」
 私自身もその誇りを尊重したいと訴える彼女に、ハティは蒼い刃を振るって応える。フローネが間に割って入りながら素早く手を掲げて光の盾を展開し、鎌の一撃を防ぐと同時に鮮やかな輝きを放った。
「っ!」
「この紫水晶の輝き、貴方に無視できますか?」
 麗凛とした輝きを挟んで、ハティとフローネの視線が交わる。挑発めいた言葉は敵意を煽るのではなく、前衛への引きつけと真意の引き出しのために。
 フローネにレリ王女との直接の面識はないが、白百合騎士団と多く接し、彼女たちの生き様や絆の強さに感銘を受けている。できうるならば、ハティには生きる道を選択して欲しい……その願いが届くことを祈って。
 エトヴァが旋律を紡ぐかにレイピアを閃かせた。剣の先端から放つ美しき花の嵐が襲いかかり、捕らわれるより早くひと凪で払う隙をついてエニーケの両脇両腰から砲塔が展開され、一息に斉射。
 ガガガガッ!!
「…………!!」
 発爆音に悲鳴が混じった。様子をうかがう一瞬の間に砲煙のなかからハティが跳躍し反撃の一閃を繰り出すが、巨躯を躍らせ無骨な大剣を掲げたレスターに防がれる。
 そして再びの問いかけと干戈。
 ケルベロスたちの攻撃は、決して手抜きではなかったが、倒そうとするには手が込んでいた。幾合も武器とグラビティを交えながら、過ぎたことを幾度も問い由無しを繰り返す。
 忌々しい。深くひそめた声が何事か紡ぐと、刺すような冷気がハティの周囲に集まる。それまでよりも厳しく……そして、幾人かには覚えのある酷凍。
 フローネが鋭く警戒を発するも半瞬遅く、激しい氷結の嵐がケルベロスたちを飲み込んだ。
 華の降らせた癒やしの雨が皆を優しく守るがそれでも間に合わない。ぎりと歯を軋らせながら、二郎は癒やしをもたらす。
 短く礼を叫びながらウォーレンはハティの懐に滑り込み、いっそ優しく触れるとその内側で力がうねり、呻きとともにゴパッと血を吐く。まとう氷銀の色彩を朱に染めて。
 堪らずたたらを踏む彼女を抱き止めようとすると、その手を弾き距離を取った。
(「レリ王女が信じた絆が、もし、ダモクレスや何者かに歪められているなら正したい」)
 ウォーレン自身もまた、その絆を信じたいから。
 だが、討ち滅ぼすでなくただひたすらに訴えかけようとする仲間たちに、己も復讐を志す者だからこそレスターは、ハティが志を折り仇に降るよりも挑み、散ってでも貫いて欲しいと思うが故に口を閉ざしておく。
 然し。
 ハティの忠誠心、番犬達の寛容さ、己に無い輝きをそこに見れば或いは、とも思ったのだが……。
(「噛み合わない、か」)
 思ってこそこいねがうケルベロスと、その願いを理解してこそ拒絶するハティと。いま一歩踏み込めていない。
 深く傷を負いなお戦意を喪失しないエインヘリアルに、ケルベロスたちは再び、戦うために相対しているわけではないと伝えた。
 彼らが望むのは、長らくのレリ王女への忠誠。
 会談を持ちかけたあの時の腕試し。純粋なレリ王女の戦いぶり、拝見したよとエトヴァが告げる。
「……俺はもう二度と、あの王女と騎士団たちと争いたくないと思っタ。多くの者が心を合わせタ……レリ王女と手を携えたかっタ。俺たちのことを許せなくて良イ……皆あの方のことが好きだっタ」
 愛憐を口にする彼に、荒げた呼吸を整えていたハティは険しいまなじりをわずかに和らげた。
「臣下として、レリの最期の言葉を知っておいて欲しいの」
 言って、幽はその言葉を口にする。
「『残された者たちは絆をより強くするはずだ。そして、いつの日か、エインヘリアルの女たちの尊厳を取り戻してくれるだろう。女である私が城主として戦い、死しても一歩も引かなかった――その事実を語り継ぎ、語り広めることによって』」
 斯くも強く、美しい言葉を。
 寂しげな微笑を浮かべてそう告げた謝罪の対象とレリの目は、床に倒れている白百合騎士団――自分を守って死んだ女たちに向けられていたことを、エニーケも伝える。
「今際まで部下想いだったレリのまっすぐな心、臣下ならば知っておいて当然でしょう?」
「私達への復讐心も、捨てろ、とは言いません」
 フローネが願いを重ねた。それもまた、ハティの心のありようであるのなら。
「ただ、貴女がその目で、その耳で、そのココロで触れた、誇り高きレリ王女のこと。それを後世に伝える語り部として、どうか、生きて頂けませんか」
 訴えに、それまで表情を殺していたハティの顔に浮かんだのは、あの時のレリ王女に似た寂しげな微笑だった。
 ケルベロスたちにその真意が想像でき、そして理解できただろうか。
 戦闘要員ではないためにアスガルドに残留していた多くのエインヘリアルの女たちが、アスガルドのゲート破壊によって、グラビティ・チェインを枯渇させて苦しむだろう。この状況で、自分だけ助かろうという意志は彼女にはない。
 どんなことを言われようと最初からケルベロスたちの提案を受け入れるつもりがなかったのだ。
 それに、語り継げと言うのなら、今まさにケルベロスたちがそうしている。彼女でなくてもいい。或いは死して再びレリ王女に相見えることを夢想していたかもしれない。エインヘリアルにとって真の死以外は一顧だに値しない……が、今がその時と思っていただろうか。
「――……ッ!!」
 鎌を大きく振りかぶり、渾身の一撃を打ち放つ。
 彼女は穏やかに生きることなど望んでいない。望むのは、誇りある死。
「ハティ!」
 これ以上の言葉は何も為さない。
 それが彼女の願いだからと納得することはかなうだろうか。滾る銀の獄炎と青黒い混沌の水がエインヘリアルを灼き穿つ。
「……こんな結末なんて」
 絶命し倒れ伏すハティを見つめ、幽が喉を震わせる。口元を手で覆い華もまた絶句し、フローネは視線を落とす。
 だが、心のどこかで素直に応じてくれるはずもないとも思っていた。
「……行くぞ」
 二郎が促し、ケルベロスたちはやりきれない思いを抱えたまま、二度と動くことのない彼女から目をそらす。
 戦いはまだ、終わりではない。

作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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