魔導神殿追撃戦~白羊宮の第八王子

作者:白石小梅

●勝利の果てに
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。そして、先に祝辞を述べさせてください」
 望月・小夜が両手を広げて番犬たちを出迎え、深く頭を下げた。
「アスガルド・ウォー、本当にお疲れ様でした……彼らは、地球とも縁深き強大な宿敵。その勝利に、世界中が湧いています。本当に……ありがとうございました」
 アスガルド神が興してエインヘリアルを頂点に、かつてはドワーフに妖精八種族の全てを糾合したとされる大連合世界『アスガルド』。その地は遂に、滅亡した。
「そう。残るは『天秤宮アスガルドゲート』の力で三神殿ごと地表へ逃れてきた残党のみ。流石に侮れぬ戦力ですが、本来ならば金牛宮を除く五宮殿の駐屯戦力に双魚宮奪還部隊の全てが東京焦土地帯に現れていたのだと思えば、対応は可能です」
 三神殿は異なる場所に出現し、それぞれ独自の動きを始めた。それらを迎え撃つのが今回の任務。当然、番犬たちも承知の上だ。大事なのはどこをどう攻めるかのみ。
「ええ。私が予知したのは『第八王子ホーフンド』が護っていた『白羊宮ステュクス』。白羊宮は駐屯していたホーフンド軍と共に、ゲート直上の東京焦土地帯に出現しました」
 因縁の地に、因縁の男。あの臆病者とその軍勢に、決着をつけるべき時か……!

 そこで、小夜は嘆息して肩をすくめる。
「と、意気込みたいところなのですが……白羊宮の特殊能力は戦闘用のものではありません。おまけに駐屯主力はあのホーフンドとその軍。焦土地帯の最奥で守りを固め、一切の動きを見せなくなってしまいました」
 ホーフンド軍は元々の地上侵攻計画でも首都圏を強襲する主力を支援する役割……つまり補助戦力であったらしい。いくさですり減った彼らだけでは、現在のケルベロス拠点『磨羯宮ブレイザブリク』の突破も不可能だという。
「その戦力は恐らく、出現した魔導神殿群の中でも最弱。指揮官ホーフンドも果敢に行動を起こすような積極性とは縁遠い、臆病かつ慎重な性質です。敵中に孤立したこの状況で即時に大きな動きに出ることはあり得ないでしょう」
 閉じこもったか。まあ……だろうな。
 狼狽して縮こまる第八王子の表情は、容易に思い浮かべられる。
「当然、放置は出来ないのですが……他二つの戦闘用神殿の脅威度が高すぎる今、直接的な脅威がない白羊宮に割ける戦力は、二班が限界です」
 となると、いくらホーフンド軍が最小戦力とは言え、攻め落とすのは非現実的だ。だが敵には内務に長けた秘書官ユーフラがいる。死に物狂いで生存策を探しているはず。対応は必須というわけだ。
「ええ。そこで皆さんともう一斑で、接触の方針も含めて決断していただきたいのです。ここはつついて、出方を見ましょう」
 降伏勧告などの交渉を行うか、あるいは威力偵察を行うか……といったところか。
「ええ。今回の作戦では、いつもより詳細な予知が出来ました。理由は不明ですが、制圧した『獅子宮フリズスキャルヴ』が私たちの力に何らかの影響を与えているのかもしれません。判断の為、情報を役立ててください」
 小夜はそう言って、予知の詳細を語る。

●白き羊の宮
「まず白羊宮は、前回の第八王子強襲戦の戦場とほぼ同じ場所で停止しており、動き出す気配はない状態です」
 そしてその周囲をホーフンド軍の部隊が警戒している。ホーフンドの娘『アンガンチュール』も、白羊宮を守る為と称して少数の取り巻きと警戒活動を行っているという。
「敵軍の動きを確認して配置や戦力を測るだけでも成果ですが、アンガンチュールを襲撃して討ち取ることも可能でしょう。そうなれば敵戦力を削れますね」
 だがアンガンチュールを除くホーフンド軍は、ケルベロスを発見しても闘わずに撤退するよう命令されているらしい。
「闘っても勝ち目はないと思っているようです。相手はゲートを失い、ブレイザブリクに包囲され、完全に追い詰められた状況ですからね。優位を利用して何らかの交渉を持ちかけるのもありかもしれません」
 だが互いに交渉で切り札に出来るほどのカードは無さそうだ。何を交渉すべきか、何を目標にするのかから考える必要があるだろう。でなければ、意味がないまま終わってしまう可能性も有る。
「二班で密に連携しても良いですし、それぞれ別の目的で独自に動いても構いません。手札は二枚、というわけです」

 小夜は、出せる情報はこんなところだと、息を吐いた。
「喫緊の課題となるのは金牛宮と双児宮ですが、今回の作戦が白羊宮への今後の対応を占うでしょう。何を成さんとするのか、じっくりと考えて出撃してください」
 放たれた番犬は、その自由をどう使うのか。
 ここは、思案のしどころだ。


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
八千草・保(天心望花・e01190)
小車・ひさぎ(シアワセ方程式・e05366)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)

■リプレイ


 そこは、廃墟と剣の大地。
「ええ……ホーフンド王子たちが降伏してくれれば良いのですが……交渉は、お願いいたします。いざという時の退路は、確保しておきます」
 カッツェを撫でて、バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)が呟いた。通信を終え、見るのはアルベルトを従えたアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)。
「……慈悲を掛けてやる気にはなれないけれど、殺し合い以外の未来を掴みたいと願う方の支援はするわ。ただ、目標を見分けるには接敵しなきゃね」
 彼女は片眼鏡のように展開したデバイスで、哨戒部隊や僚班の位置を把握する。スーパーGPSを併用すれば、ある程度まで浸透できるだろう。
(「敗残兵……か。まだ立ち続けるのは誇りか、矜持か……彼女たちにも、家族の情はきっとあるのだろうが……」)
 白く息を吐くのは、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)。
 彼女らはもはや、寄る辺なき漂泊の軍。追撃戦では、考えずにはいられない。
「……いや。行こう、皆」
 廃墟と剣の間を歩みながら八千草・保(天心望花・e01190)が肩をすくめる。
「ほんまは、直接交渉したかったけど……リーシャ班を信じて、頑張らんとね。向こうの支援と偵察のため、姫さんとの対話と説得、やね」
「うん。後のない連中叩っ斬っていい気持ちはしないもの。それに娘ちゃん、いかにも子供で我儘お姫様で、周り見えてなくて……って子だし」
 応えるのは小車・ひさぎ(シアワセ方程式・e05366)。王子の娘は武闘派ではあるのだろうが、戦場で死ぬのが望みとは思えない。
「できるだけ対話路線……難しそうだけど交渉成功が第一、かー。ん、食べ物屋さんでお食事しながらお話しできればいいのにな……」
 エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)が、朽ちた光景を見てお腹を鳴らす。
 と、その時だった。
「あれは……」
 葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)は、逃げ去る敵小隊を見つけた。こっちを発見したようだが、戦意はないようだ。
「降伏を受け入れる度量が、彼女たちにあるかどうか……まあこの分ならば、目標を見付けるのは容易そうです」
 相手は完全に警戒状態だから、隠密気流も効果は薄い。だが目標以外の部隊は逃げるから、むしろ好都合だ。向こうが勝手にこちらを見付けるだろう。
 その証拠に、アウレリアが地図から顔を上げた。
「今逃げた連中とすれ違った途端、接近して来る小隊がある……目標ね」
 バラフィールが、耳元に手を当てる。リーシャ班も交渉を開始するようだ。
「……ええ。こちらはアンガンチュールに接触。手筈通り、説得と足止めを行います」
 顔を上げると、恨みに塗れた女の姿が見えた。後ろに、四人ほど部下を引き連れて。
『見つけたわよ! あの時の屈辱! 今こそ晴らすわ!』
 ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)は、武器を抜かずに語り掛ける。
「その前に、話をする気は、ありませんか!」
『あるわけ、ないでしょ!』
 女は鉄槌を振りかぶり、そのまま突撃する。引き止める部下すら突き飛ばして。
「……問答無用、って感じですけれど。話をするなら、闘いながらしかなさそうですね。では……いざ!」
 番犬たちは、武装を引き抜く。これは、敵を殺さぬための闘いだ。


 王子の娘が、槌を大地に叩きつける。立ち上がるのは、凄まじい衝撃波。飛び込んだマルティナの切っ先がそれを断ち割り、仲間たちを護る。
「アンガンチュール! 話を聞け! あなたに守るものがあるように、私にも守るものがある! 挑んでくるならば、迎え討つしかないぞ!」
『望むところよ!』
 跳躍と同時に敵の足元を爆破して、動きをいなす。勢いあまった相手に向けて、組み合うように激突するのは、かごめ。
「お久しぶりですねアンガンチュール。それとも、記憶洗浄でこの顔を忘れましたか?」
『あの時の、嘘つき女!』
「ご存知でしたか。そう、あれは磨羯宮への援軍を阻止するためのブラフです。サフィーロは最期まで立ち塞がりましたが、あなたのおかげで孤立した磨羯宮を奪えました。ご協力に感謝します」
『卑怯者! 私に勝てないからって!』
「わかりませんか? つまりゲートが破壊されたのは、あなたの責。大人しく降伏するなら手を差し伸べますが、厭だというなら……我々が手を下すまでもない。そうでは、ありませんか?」
『黙りなさい、二枚舌! 私の勇気と力は、今こそ皆に必要なのよ!』
 かごめは嘆息し、巨体を蹴りつけて振り回される刃から逃れた。
 甘やかされて育ったゆえか、自己に非があるとはまるで思っていないらしい。
(「……血の通った存在なだけに、理詰めだけでは通らない。交渉も続いている。だからこそ、彼女を死なせてはならない。カッツェ、皆の盾に……!」)
 滑り込んだバラフィールの蹴りが王子の娘を転ばせて、カッツェはそれに続く部下たちの前に割って入った。
『姫様……っ!』
 アルベルトを引き連れて、アウレリアが即座に部下たちへ銃口を向ける……が。
 怯える部下たちの目に、戦意は感じられない。
「……私個人の本音を言えば、倒せる敵は倒せる内に潰しておきたい。でも、此方からは仕掛けないわ。そちらから来るなら、応戦するけれど?」
『ひ……姫様を護れ!』
 部下たちはアウレリアと二体の従者へ突貫する。嘆息が、もう一つ。銃声は、多数。肩口を射抜かれた敵兵は、緋を散らしながらも姫へと走る。
 が。
「他の隊と同じように、戦闘避けろって指示はされてないの? もしかして娘想いなお父さんに行動を起こさせる為に、ユウフラは彼女を見殺しにする気なのかな」
 飛翔するエヴァリーナが、黒い輝きを解き放つ。疑念を煽りつつも、純粋な疑問と共に。だがその答えは、すぐに出る。
『御身が危険です、姫さ……ッ!』
 辛うじて部下の一人が駆け寄ったものの、姫君の返答はわき腹への肘鉄だった。
『うるっさい! 勝てばいいでしょ!』
 きょとんとするルーチェ姉妹。部下は、接敵時は彼女を連れて退けと指示されているらしい。恐らく無駄とわかった上で。
(「ああ。秘書官より立場が上だから制御できないのかな。勝手に出撃してるのね、この人。だから仕方なくお目付け役をつけてあるんだ……」)
 ガートルードは、中間管理職の苦悩を想って独りごちる。部下が仕方なく武器を振り回すのを、支えの盾で弾き返して。
 厄介だ。部下の方に戦意はないのに、こちらが応戦する限り姫君を護るしかない。
 ならば。
「君の望みは何ですやろ。強い戦士であること? でも、戦いの時代は終わるよ。今、お父さんはそん為のお話をしてる。英雄王は民のために戦った。君は何の為に戦うの?」
 雷電の壁で味方を支えながら、保は問いかける。番犬に囲まれながらも荒れ狂う姫君にむけて。
「君らの始祖の系譜は地球や。先に、色んなこと知って欲しい。その上で、君が選んだらええ」
 更に、ひさぎが牽制弾を撃ち込んだ。姫は剣を振り回して蠅のように叩き落とすが、それは予測の上。目的は、語り掛けの隙を作ること。
「強襲戦にアスガルド・ウォーと、随分と怖い思いをしただろうにその態度……さっすが勇ましいお姫様。でもね、戦争はもう終わったんよ。英雄王だって徹底抗戦させるために地上に逃がした訳じゃないでしょう」
 二人の語り掛けは、停戦の意志として届いたはず。だが女は、それを振り払う。
『あんた達は母様もお爺様も、アスガルドに残る者たちも滅ぼした! 皆がやられたことを、私がやり返す! それで私たちの逆転勝利よ!』
 激烈に大地を打った槌が、爆風を巻き起こす。
 アウレリアの竜弾がそれを貫いて、マルティナが飛び込むように彼女を庇う。
(「幼い精神ね……未だにエインヘリアルの勝利を信じている」)
(「現実認識が甘すぎるが……非戦闘員のことを言われると辛いな」)
(「更に今も部下たちが我儘に付き合わされているのが問題ですね」)
 ガートルードは盾を輝かせて部下を弾き飛ばした。
 その合間にも、部下は縋るように主に語り掛けている。
『姫様、お気を確かに……!』
 勝ち目がないわけではない。しかし。
(「うーん……下手したら交渉がどうなるか……だよね」)
 エヴァリーナは白銀の拳を振るって、バラフィールを見やる。部下の攻撃を避けながら黒光を放つ彼女は、首を振って。
(「向こうは目下交渉中です。どうにか、足を止めるしか」)
 時間を稼ぐしかないが、相手は腐っても戦争指揮官級。戦意の低い部下たちが、回復や防御的行動を重ねるのも厄介だ。
 番犬たちと敵の部下の望みは停戦で一致して、戦意があるのは一人だけ。
 奇妙な闘いは、望まず深まっていく……。


 時と共に、闘いは過酷さを増す。そう。互いに。
『お母様の、仇ッ!』
 両手の武器を広げて回転し、アンガンチュールが竜巻を巻き起こす。暴風に呑まれ、カッツェとアルベルトが消失した。
「そろそろまずいぞ……!」
 マルティナは息を切らしつつ、黒隗を放って姫君を捕縛する。部下の一人が、慌ててそれに飛びついて。
(「だがこれを、戦意ある集団とみなすべきか? くっ……闘いの最中に、迷うとは」)
『お逃げください……! もう限界です!』
 苛烈に攻めるのなら、狙い目だった。しかし交渉を狙う以上、この状況は攻めを鈍らせる枷となる。
「定命化しろとは言えないし、仇討ちを忘れろとも言えないよ。けど、せっかく生き残ったんじゃんか……! 別の道、見つけるのも悪くないでしょ!」
 ひさぎの花吹雪が牢となって抑え込むも、王子の娘は強引にそれを打ち破って。
『あんたを殺してから考えるわよ!』
「よう考えてほしい。今、新しい時代が来てるんや。お父さん、闘いが好きじゃない人やろ? 地球のことやボクらのこと、知ってもらってから、お父さんとも君とも、話し合いたいんや」
 それは、保の心からの想い。敵の部下は降伏する気はないにせよ、その説得で退いてくれないかという期待を込めて主を見る。だが。
『お父様まで誑かす気ね! そうはさせない!』
 姫の驕慢は、槌の爆風となって弾け飛ぶ。やるせない想いと共に、ひさぎと保は攻撃を受け流した。土煙と血に塗れながら、番犬たちは身を転がして。
「あれはもう、止まりませんね……」
 傷を拭い、かごめは本人の説得を諦めた。向き直るのは、部下の方。
「あなた達は、まだやり合うつもりですか。見上げた忠誠心ですが、逃げたところで誰も咎めはしませんよ」
 ボロボロの部下たち。しかしその内の一人が震える手で得物を握り締めて。
『わ、私は……姫様を守る!』
 ため息を落とし、かごめは雷撃で攻撃を弾いた。痺れる敵の脇から、ガートルードが飛び込む。
「ならば、仕方がありません……! 人々に与えた恐怖の報いを受けよ! この異形の姿に……恐れ慄くがいいッ!」
 彼女の左腕から伸び上がるのは、恐ろしい爪。一撃で貫かれた敵兵が、悲鳴を上げて崩れ落ちる。
 決死の形相でもう一人が打ちかかるところに、上からふわりと襲い掛かるのは、エヴァリーナ。
「お腹空いた……向かってくるなら、ご飯にしちゃうよ? もう、私たちも我慢してあげられないから、ね」
 流血は猟犬と化して、泣き叫ぶ敵兵に喰らい付いた。そこを無慈悲に……いや、慈悲を込めて幾度も引き金を落とし、アウレリアは目の端に嫌悪を込める。
「この光景を見なさい。貴女がきちんと部下を率いていれば、起きなかったことよ……お姫様」
『わ、私じゃない! 悪いのは全部……全部、あんたたちよッ!』
 アンガンチュールは甲高く叫びながら、渾身で爆風を練り上げる。心は泣き喚く子供さながら。しかし、その威力は。
「まさしく爆弾娘、か。やれやれだ……!」
 滑り込むのは、マルティナ。番犬の業を背負うならば、迷いはない。咄嗟に仲間を庇った彼女を巻き込んで、戦場が爆裂する。
「……っ!」
 敵は二人死に、こちらは一人が戦闘不能。
 互いの戦線が崩れ始めた。
 すでに、双方がズタボロ。だが庇われたことで、ギリギリの戦力はある。
 どうする。決着をつけるか?
 悲壮な覚悟で睨み合う両陣。
 その時だった。
 その間に、割り込むように稲妻が落ちたのは。
「向こうは交渉終了です! 時間は稼ぎました……! これ以上続ければ、暴走も覚悟しての死闘となります。ですが、私たちは恨みを深くすることを望んでいません……!」
 そう叫ぶのは、バラフィール。ひさぎは、目を閉じて。
「じゃあ、ここまで……だね」
 今すべきことは一つ。彼女は足元からデバイスの力を共有し、保は即座にマルティナをドローンに乗せて、振り返る。
「ああ。君に……また会えたらええな」
 そして番犬たちは、跳躍した。戦場の、外に向けて……。


 アンガンチュールは、唖然とその背を見た。
 番犬が、逃げたのだ。
『勝っ、た……? や、やった! 勝ったわ! さあ追撃よ、お前たち……!』
 だが命令は、途中で止まる。生き残った部下が、主に飛びついたから。
『ちょっ、何! 放しなさい!』
『お連れしろ! 撤退だ!』
『誰か! 誰か来て!』
 仮初の勝利に酔う姫君が部下と揉み合う隙に、番犬たちの姿は遠くなる。
『臆病者! 何度来ても私は負けないわよ! そう仲間に伝えなさい、負け犬! 負け犬ーッ!』
 もはやその目に狂気を宿し、哀れな道化は喚き続ける。
 その罵声を背に、番犬たちは戦場を離脱した。

 ……東京焦土地帯の、瓦礫の影。
 敵が追ってこないことを確認し、エヴァリーナがふうっと、首を傾げる。
「交渉の邪魔はさせなかったし、どつきあってもみたけど……負けちゃったの、かな?」
 傷を癒されつつ、マルティナが苦笑した。
「その問いに答えるのは難しいな……とりあえず、彼女は勝ったと思っているだろう」
「気迫で番犬を撃退せしめた英傑気取りでしょうね。もう、絶対に折れないでしょう」
 アウレリアはそう言うが、役目は果たし、対話も出来たのは事実だ。過程が少々……過激だっただけで。
 一方、ひさぎは自責を抱えて首を落とす。
「語り掛けるほど頑なになっちゃうんよね……娘ちゃん、更に歪んだかなぁ…………」
「彼女は妄想に憑かれていると言ってもいい……他にやりようはあったでしょうか」
 息を吐くかごめに、保が哀し気に首を振る。
「ボクらは、選択肢をあげたよ。彼女は、交渉事とかできる子やなかったんやろうな」
 きっと彼女は、輝かしいエインヘリアルの未来を自分が齎すという妄想を生きるのだろう。恐らくは、死ぬ時まで。
「リーシャ班の方は、どうですか。敵の追撃や、撤退援護の必要は?」
「交渉自体は穏やかに済んだようです。でも、まずは無事に帰らないと」
 ガートルードの問いかけに、バラフィールは微笑んだ。
 風は、再び動乱が起こるまでの、束の間の静けさを奏でていた……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。