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冬の訪れを感じる雪国の田舎道。
「おや、カマキリの卵があるよ。この高さだと、今年は雪が少なさそうだねぇ」
早朝、老夫婦が畑に向かう際、道端の細い木にカマキリの卵が産み付けられているのを見つけた。
雪国では、カマキリの卵の位置で雪がどれだけ積もるか予想することがあった。尤も現在では迷信だと判明しているらしいが。
老夫婦は気付かなかった。卵の下近くにそれを生んだカマキリの亡骸があったことを。
ゆらり……。
畑に向かった老夫婦の背に大鎌を携えた影が迫る。
●
新たな動きを見せ始めたローカストの情報は直ぐに伝わった。
「早朝に畑に向かう老夫婦がローカストに襲われるようです」
そこは雪国と言われる場所。国道周辺はスキーリゾート地としてビルが立ち並んでいるが、そこから少し離れると、元の温泉地としての静かで風情のある田舎の風景が残っている。
「知性の低いローカストが、グラビティ・チェインの奪取のために地球に送り込まれているようで、今回動きを見せたのはこの内の一体です」
知性が低い分、戦闘能力に優れた個体が多いようだとセリカ・リュミエールが告げる。
「ローカストはカマキリ型で、大鎌による攻撃を仕掛けてきます」
それ以外にも、近接する敵を拘束して噛み付いたり、羽を擦り合せて広範囲に破壊音波を撒き散らすという。
「私達が駆け付ける頃には、夫婦のどちらかが襲われていると思われます」
恐らくは敵に拘束されているだろう。ただ、このローカストはグラビティ・チェインをゆっくり吸収しなければ吸収できないタイプなので、直ぐに殺されることはないらしい。
それでも襲われていることに変わりはない。拘束している人を助け、へたり込んで動けない人を避難させなければならない。
「幸い早朝で人が少ないので、今のところ、この老夫婦以外に襲われる人は居ません」
だが放って行けば被害が拡大するのは目に見えている。
「敵の思惑がどうあれ、人々を虐殺してグラビティ・チェインを奪うことなど許されません。ローカストを倒し、老夫婦を救ってください」
参加者 | |
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四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389) |
呉羽・律(凱歌継承者・e00780) |
サルヴァドール・ナイトフード(無貌・e00934) |
グリム・シドレクス(不可逆進化可逆変化・e01303) |
神薙・灯(地球人の降魔拳士・e05369) |
黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471) |
小田桐・レイ(白いドラゴニアン・e13579) |
ケーシィ・リガルジィ(幼き黒の造形絵師・e15521) |
●絆
冬は寒い。それが雪国で更に山間ともなれば、雪が降らなくとも気温はかなり下がる。
加えて老夫婦が畑仕事に赴いたのは早朝。この季節に畑仕事が出来るくらい良い天気であれば、放射冷却で肌が刺すように冷え込む。
「傍迷惑な……さっさと退場してもらおう」
白い息を吐きながら四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)は足早に現場へ向かう。厳しい口調とは裏腹に、老夫婦に対する優しい思いが胸中に広がっている。
「寒いトコは苦手なのにゃ、早く終わらせてほっくほくーになるのにゃ」
もっこもこーのふっかふかーなコートの襟を立てて寒さから身を縮めるケーシィ・リガルジィ(幼き黒の造形絵師・e15521)。傍らのミミック──ぼっくん──は蓋をパクパクさせ、何か言いたげにケーシィを見る。
「あ、しっかりボコるにゃ、悪い虫にはおしおきにゃー!」
心配しなくても仕事はちゃんとするにゃよ、と笑顔でぼっくんの蓋を撫でる。
「卵を守りたいというのが理由なら同情の余地はあるが……」
だがローカストはやりすぎた、と神薙・灯(地球人の降魔拳士・e05369)は思う。恨みや罪はないが人を襲った時点で倒す理由は十分に出来てしまった。ならばせめて苦しませずに倒すだけだ。
「卵には攻撃しないよう細心の注意を払おう……彼等に罪はないのだから」
卵は呉羽・律(凱歌継承者・e00780)にとって戦劇の舞台外のもの。
サルヴァドール・ナイトフード(無貌・e00934)は小田桐・レイ(白いドラゴニアン・e13579)にちらりと視線を向ける。彼女は今回が初仕事となる。緊張している様子は見られないが、それでもいざという時は身を挺してでも守ろうと心に決めている。
(「義娘のレイちゃんの初陣、父としてしっかりカバーしてあげねば……!」)
「案ずるなれいちゃん! パパがついとりますぞォ!」
叫ばずにいられないグリム・シドレクス(不可逆進化可逆変化・e01303)。彼に過去の記憶はない。だが未来の記憶はこれから作っていける。義娘や仲間と共に。
(「強そうな仲間もいるから余り緊張はしてないし、お父さんが付いてきてくれたから少し安心」)
レイは父の姿を見てほっと息を吐く。初めてだから全く緊張していないわけではないけれど、一緒なら大丈夫、そう思える。
全身隙間なく覆う黒鉄の鎧を身に纏う黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471)。顔は隠れて見えないが、その鋭い眼光は老人を押さえ込んだカマキリに向けられていた。
「任務を遂行する」
発した言葉は彼の意識化かAIか。救出劇が今始まる。
●カマキリと卵と
まず動いたのはサルヴァドールだ。
「精が出るなローカストの戦士。だが、少々『我が子』を疎かにし過ぎではないか?」
畑に続く道すがらに卵があると踏んだ予想は当たっていた。カマキリを挑発し、老人から意識をこちらに向ける為、潰さんと卵に手をかける。あくまで相手の気を引く為で本当に潰すつもりはない。
カマキリは老人(爺)を抱えたまま声のした方を見る。昆虫なので表情は分かりにくいが、目には何かしらの感情が浮かんでいるようにも見える。それでもグラビティ・チェインを吸う行動はそのままだ。吸う行為もある意味ローカストの本能であり使命でもある。
挑発が通じなかったと判断した灯は、仲間が挑発している間に背後に回り羽交い絞めにした。カマキリの鎌は身体構造上背中には届かないだろうと判断しての行動だ。捕えている老人を放すよう、関節技のような形で破凱衝を仕掛ける。
ギチギチと不穏な音を上げつつ、剥がされた腕は拘束力を失い、捕えていた老人は重力に引かれて地に落ちていく。
「おっと」
体が地面に着く前に両腕で受け止めたのは律。
獲物を奪われたカマキリは大鎌を振り上げ、獲物を奪った者に攻撃を仕掛けようとする。だがそれはレイが放った一発の銃弾により阻害される。大鎌を撃たれてバランスを崩したカマキリを、ケーシィのブラックスライムが丸呑みにした。
「今の内にゃん!」
その言葉を聞いたおばあさんは、へたり込んでいた自分の足腰を叱咤し、救出されたおじいさんの下へ向かう。吸われ始めて間もない間に救出された為、おじいさんは意識はないものの、呼吸も顔色も悪くない状態だ。律は怪力無双でおばあさんを背負い、おじいさんをお姫様抱っこで安全圏に避難を開始する。歳を取っても御婦人の誘導はお姫様抱っこだと思っていたが、まさか男をお姫様抱っこする事になろうとは……。
速やかに避難するのを鋼が攻撃を受けないようにガードに回る。
スライムから脱したカマキリが追おうと踏み出した先に躍り出たのは柚木。
「獲物はこっちだ、だが食いきれると思うなよ」
老夫婦から自分に意識が向くように立ちはだかる。
グリムもケイオスランサーで攻撃して意識を向けさせる。その上で鋼に『そちらは任せた』と目配せする。
幾多の攻撃と挑発で、カマキリの意識は完全に柚木に向けられる。もう老夫婦には目もくれず、大鎌を振り回して襲ってくる。仲間が老人達を安全圏まで送り届けるまで、引き付け班は時間稼ぎに集中するのだった。
●倒すべきは
ザシュッ! 大鎌が肉を引き裂く。
「ちっ!」
グリムは軽口を叩く暇もなく、大鎌で傷つけられた自分を含む前衛陣にヒールドローンを施す。
「こっちにゃ!」
ケーシィがねこぱんちを、ぼっくんが噛み付いて敵の気を逸らす。
「猛る赤き焔歌よ……彼等を焼き尽くし給え!」
その時敵の背側から『歌』が飛んできた。避難を終えた律達が戻って来たのだ。
「~~♪」
紡ぐ其の歌は烈火の如く敵に食らいつき、纏う炎熱で焼き尽くすような衝撃を与えた。
(「さぁ、戦劇を続けようか!」)
牽制できればと放った技だが、敵にダメージを与えられるなら全力で攻撃するまで。歌ならば指先を傷つける事はない。
鋼も合流し、フォーレストキャノンで敵にダメージを与えると共に、攻撃阻害に勤しむ。
同じ旅団で仲間意識も強い彼等の攻撃にサルヴァドールも合わせる。チェーンソー剣の刃で仲間が付けた傷口を広げるように攻撃を加える。
だが敵も黙って攻撃を受ける玉ではない。反撃すべく、複数の足を広げて獲物を掴もうとする。獲物に選んだのはサルヴァドール。あの時は吸収を優先にしていたせいか無表情ではあったものの、卵に攻撃しようとした者を『倒すべき敵』だと認識していたのかもしれない。
「がっ!?」
避けきれずにサルヴァドールはカマキリの腕に拘束され、肩口に噛み付かれた。ぶしゅっっと噛み付かれた部位から血が噴き出す。何とか振り解こうともがくが、予想以上に拘束力が強い。
「サリー!!」
レイが後方からローラーダッシュの摩擦を利用して、炎を纏った激しい蹴りを放つ。狙いは左の大鎌。片腕でも引き剥がせれば脱出出来ると信じての攻撃だ。信用に応えるように、サルヴァドールは自力で逃れ速やかに敵と距離を取る。
即座に柚木がマインドシールドを展開。光の盾を具現化し、味方を防護させつつ回復する。完全ではないが表面の傷は塞がった。これで動く事は可能になるだろう。治療の間は灯が旋刃脚で注意を逸らしていた。
「取り敢えず言わせて貰うと、蟷螂に子を守る習性とかありませんな? 蟷螂の姿してる癖に再現足りてねえんじゃお話になりませんなァ! そんなんじゃこのモノマネ業界やっていけねえよ!」
変な事叫びながら大鎌に向けてクイックドロウを放つグリム。仲間に噛み付いた報いを敵に味合わせなければ気が済まない。
「見せるのにゃ、ぼくの世界!」
ぼっくんから絵筆を取り出しケーシィは刀剣を持った獅子獣人の戦士達を描く。描かれた戦士が攻撃を始めるも、カマキリは体格にそぐわない動きで回避した。
「戦劇を続けようか!」
回避した先を狙ってグランドファイアをお見舞いした律。蹴りなのにバレエを見ているように思えるのは何故だろうか。美しく伸びた真っ直ぐな足、まさに劇。観客がいないのがもどかしい。そんな仲間の姿に触発されて鋼が地獄の炎弾を放つ。燃え上がった炎は打ち込まれた胸から全身に広がり、カマキリに声なき悲鳴を上げさせた。
「──ッ!!」
反撃。カマキリは羽をこすり合わせ、破壊音波を主に攻撃を仕掛けて来る前衛に放った。今回の配置はどちらかというと前衛に偏っている。深くはないがそれなりのダメージを2/3が受けたことになる。
「いけません」
サルヴァドールは即座に地面にケルベロスチェインを展開し、味方を守護する魔法陣を描く。守りと共に施されたヒールは僅かではあるが、戦闘員の気力を支えるには十分。 そこにレイがクイックドロウを放ち、敵の攻撃を止めさせる。
「今ここに武士(もののふ)集いて戦に挑む。――照覧あれ!」
回復が足りな分は柚木の戦巫女の舞が補う。戦の神に舞を奉げ、味方に加護を与える。その力と美しさに一同は感嘆の溜息を洩らした。
自分を含む回復を受け、灯は仲間に攻撃が行かないように振る舞う。セイクリッドダークネス。光輝く聖なる左手で敵を寄せ、漆黒纏いし闇の右手で粉砕する。引き寄せには成功したものの、攻撃は避けられてしまったようだ。それでも今までに受けた攻撃は地味にダメージを与えている事だろう。結果が出るのはもうすぐだ。
グリムはケイオスランサーを放つ。だがカマキリは、ブラックスライムの動きを見て攻撃を予測、体を捻って回避に成功する。回避したカマキリは、そのまま大鎌を振り下ろす行動を取ろうとした。
ガッ!!
攻撃を受けたのはグリムではなかった。仲間を身を挺して守ろうと考えていたサルヴァドールが庇ったのだ。
「馬鹿、攻撃が偏り、過ぎだ……」
グリムは慌てて体を支えつつ苦笑い。馬鹿と言うならサルヴァドール殿もでございましょう、と。盾役の自分を守る為に前に出るなど……それでも自分の事を無価値では無い、守るべき対象であると思ってくれての行動に嬉しさがこみ上げる。
二人がこれ以上攻撃を受けないようにと、ケーシィはブラックスライムをけし掛ける。仲間を傷つけられてちょっとおこな主人に合わせ、ぼっくんも偽物の財宝をばらまく。それをカマキリは羽を広げて後方へ避けた。
敵が離れた所で律が「ブラッドスター」を奏でる。癒しの曲は傷口を小さくさせ、動けるだけの力を与える。
鋼がスターゲイザーで敵の機動力を奪い、レイがレゾナンスグリードで敵を包み動きを抑える。
「お父さん、今の内にサリーを」
グリムは義娘の言葉に従い、肩を貸して後に下がる。そこに柚木がマインドシールドを施す。塞ぎきれなかった傷に光が注がれ、見る間に傷口が塞がっていった。癒し以外の光は盾となり、守るように展開する。
「おおおおお!!」
背後に回り込んだ灯の渾身の破鎧衝がカマキリの背に炸裂した。仲間が動きを阻害していたので、カマキリには回避する術はなく、痛烈な一撃は羽の根元に深い傷を負わせた。
「ギ、ギギ」
苦しむカマキリにグリムの銃弾が追い打ちをかける。
「サルヴァドール殿を傷つけた代償は其方の命でございます」
「にゃ!」
怒っているのはケーシィも同じだ。ねこぱんちこと獣撃拳で右の鎌を弾き、ぼっくんは左の鎌に喰らいつく。
鎌を封じられたカマキリは、再度破壊音波を放とうとするが、先程の灯の一撃で羽を広げる事が出来なくなっていた。例え広げられたとしても擦り合せて音波を出すことは無理だっただろう。
「音を奏でるなら耳障りなものではなく、美しい旋律にするのだな」
十字に構えた二つの剣に力を宿し、律はすっと敵を見据え剣を同時に振り抜く。
「──ッッ!!」
超重力がカマキリの体に十字を刻む。
体を破壊され、命消えゆくカマキリ。最期に手を伸ばした先は──。
●これにて終幕
戦闘を終え、鋼は即座に老夫婦が居る方へ向かった。
安全な場所とはいえ、襲われて怖い思いをした老夫婦に、終わったことを早く告げようと思ったのだ。全身鎧姿では逆に怖がらせてしまうかと不安ではあったが、自分達を助けてくれたケルベロス達に、老夫婦は『ありがとうね』と笑顔で応えた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、大丈夫かにゃ?」
首を傾げて覗き込むケーシィと、傍らでパクパク蓋を開け閉めしているミミックを見て、老夫婦はほっこりとし、笑顔を見せた。
そんな老夫婦の様子を見ながら、柚木は状態を確認する。噛み付かれてグラビティ・チェインを少し吸われたようだが、早期に敵から引き離した為、大事には至らずに済んだようだ。噛み付かれた箇所は手当をした。
「敵を倒す為とはいえ、少々暴れ過ぎたかもしれない。お騒がせして申し訳ない」
律は胸に手を当て、頭を下げる。洗練された優雅な動きに、老夫婦は慌て、いえいえと両手を振った。
「そういえば御二人は畑へ行く途中なのだったか」
手当を終えた柚木は老夫婦に向かって、よければそこまで送っていくと声を掛ける。
戦闘跡は既にヒールで修復済みだ。卵が無事なのも確認している。せめて子等は無事に生まれることを祈りながら、老夫婦とケルベロス達は畑に向かうのだった。
「れいちゃん無事でパパ嬉しい!」
初めての仕事でどうなる事かと思ったが……義娘の活躍と成長にグリムは涙が出そうなくらいの喜びを感じていた。
レイは老夫婦の怪我の具合や不安がっていないか心配していたが、仲間が治療しているのと、ほっこりさせているのを見て安心し、家族の下へ足を向けた。父の喜びようにつられて笑みが浮かぶ。
(「サリー?」)
そういえば姿が見えないと、周囲を見回す。少し離れた場所に彼の姿があった。気になって近付いてみる。
「非道な手段をとったことを詫びよう」
彼が語りかけていたのはカマキリの亡骸を埋めた場所。
「許せとは言わん、私達にも守るべきものがあるのだ」
挑発の為に卵を利用した。大切な『我が子』を。もしそれをされたのが自分であったなら、自分は相手を許さないだろう。
しんみりしているサルヴァドールの肩を叩く手があった。顔を上げて振り返ると、レイが居た。彼女は何も言わない。言わなくても家族同然の身。お互いに何が言いたいのか分かっていた。
「行こう」
「……ああ、そうだな」
灯は残された卵の前に立っていた。
「ローカスト相手とはいえ、あまり気持ちのいいものじゃないですね」
人々を喰らう敵は倒さなければならない。それは今後も変わることはない。だが。
『守りたい』思いは同じだったのだ。
願わくば、今度生まれて来る時は、普通の昆虫でありますように。
作者:秋桜久 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年12月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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