音無しのマーシュラ

作者:紫村雪乃


 銀河のように美しい光景は地にもあった。
 鮮やかな光の洪水。天の川のように、それは輝く道を描き出している。
 イルミネーション。そこは輝く夜景で有名なテーマパークであった。
 夜にしか見られぬ美観を求めて、訪れる人は多い。クリスマスも近い夜、人々は特別な一時を過ごすために人工の星空を歩いていた。
 その時、巨影が現出した。
「こういうところならば、獲物も多かろうと思ったが」
 ニヤリと笑うと、イルミネーションには目もくれず、巨漢は足を進ませた。
 剣を携えたデウスエクス。エインヘリアルであった。
 静謐の光園に、悲鳴と混乱が渦巻く。人々が逃げ惑う中、エインヘリアルは哄笑を上げながら、彼らを切り裂いていった。
 星夜に鮮血がしぶく。鮮やかな光は、すぐに真紅に染まった。


「エインヘリアルによる人々の虐殺事件が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「このエインヘリアルの名はマーシュラ。過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者です。放置すれば多くの人々の命が無残に奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられます。急ぎ現場に向かい、このエインヘリアルの撃破をお願いします」
「マーシュラの武器は何なの?」
 問うたのは妖艶な女である。ほとんど裸といっていい身なりで、輝くばかりの肌を惜しげもなくさらしていた。和泉・香蓮(サキュバスの鹵獲術士・en0013)である。
「巨大な刀です。グラビティは日本刀のそれ。威力は桁違いですが。その日本刀をマーシュラは縦横無尽に操り、音無しのマーシュラなどと呼ばれているようです」
「音無し?」
「はい。一合も刃を打ち合わせることなく相手を斬り伏せる腕前から、そう呼ばれているようなのですが」
 青ざめた顔でセリカはいった。
「音無しね。そんな危険なエインヘリアルを野放しにするわけにはいかないわ。皆、必ずこいつを倒してね」
 艶然と笑うと、香蓮はウインクした。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)
不動峰・くくる(零の極地・e58420)
肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ


 地上の星の海に浮かび上がる巨影が一つ。
 音無しと呼ばれた手練のエインヘリアル。マーシュラがその姿を現した。

「いやー、これは素晴らしいテーマパーク。テンション上がりますね~」
 光の洪水を見回し、霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)が歓声をあげた。が、すぐに視線をとめると、
「しかしどう考えても景観が台無しになりそうな異物発見! デストローイ!」
 さらに声をはりあげた。
 この時、確かに裁一は敵を真面目に倒すつもりではあった。が、同時にテーマパークを楽しむであろうリア充たちをも爆破したい、などと思っていたりもする。
 その裁一の見たものを、少女と見まがうばかりの美少年もまた見つめていた。
 叢雲・蓮(無常迅速・e00144)という名の彼は、新しい玩具を与えられた子供のようにニッと笑うと、
「音無しの異名かぁ…うん、カッコ良くて強そうなのだ! けど、負けないのだよ!」
 蓮は腰に落とした二振りの刀ーー弾正大疏元清と玉環国盛にちらりと視線をむけた。
「敵の攻撃力が高そうだし、長期戦でのジリ貧を避ける為に短期決着を狙うのだよ。流石に初手から互いに一撃必殺とはいかないだろうけれども、斬り合う中で最も動きの読まれ難いタイミングは重要だよね、ってコトで最初から全力全開でぶった斬りに行くのだよ。音無しの剣より速いボクの居合、見せるのだぜ」
 蓮は笑みを深めた。剣技には満腔の自信をもつ蓮である。
「あれでござるか」
 不動峰・くくる(零の極地・e58420)は紅い目を眇めた。
「音無し、とはまた大層な肩書を持った相手にござるな。一合もさせずに切り裂くとは、ぞっとしない話でござるが……拙者の『轟天』と『震天』は破壊力もさることながら、守りも堅牢。前衛の守りとして支えて見せるでござる!」
 くくるの左右手の鉄甲が変化した。一気に巨大化、物騒な形状を露わとする。
 轟天と震天と名づけられたそれらは、ただの鉄甲ではなかった。多数の武器を内蔵した巨大手甲型ガジェットなのである。
「避難に手を割かなくていいみたいだけど、だからといって気が抜けるわけでもないよ。みんなが心置きなくイルミネーションを楽しめるようにしないとね」
 きらきらと輝く陽光の瞳と真っ直ぐな眼差しをもつ娘ーーメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が星より鍛えられたという星剣『main gauche』を地に突き刺した。すると輝く紋様が現出。生み出された聖域からの光がケルベロスの体に吸い込まれて力に変わった。
「苦労してエインヘリアルのゲートをようやく破壊したんだ。残党ともいえる罪人エインヘリアルはきっちり仕留めようか。無差別に殺戮する危険な奴はこの世界にはいらない。行こう、沙耶さん」
 源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)がひたむきで端正な顔を愛する妻にむけた。
「ええ、瑠璃。共に行きましょう」
 と頷いたのは、瑠璃よりも年上の女性で、年齢のわりにはひどく落ち着いた物腰をしていた。如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)である。
「エインヘリアルのゲートは破壊したし、後顧の憂いは取って置きましょう。ただでさえ罪人エインヘリアルは無差別に殺人をする危険な存在だもの」
「そうだね」
 頷き返した瑠璃はエクトプラズムを立ち上らせ、のばした人差し指に凝縮、弾丸と化してを放つ。霊弾は、かの罪人、マーシュラへと飛翔した。
 着弾、そして眩い光が炸裂した。
 その不意打ちに、しかし、マーシュラは刀を一閃。霊弾をはじいて無傷であった。そして、彼はそれを放った瑠璃を見ていた。
 その脚が、岩すら割らんと力強く踏み込まれる。黒い颶風と化して巨体が迫った。


 動きを見定めんと八人のケルベロスを眼下に見据えて立つマーシュラは、数秒、その反応を確認する。
「……貴様ら、俺の相手をできるとおもっているのか?」
 大太刀を引っさげ、マーシュラは暗鬱にいった。それは落胆であり、嘲りでもあった。
 マーシュラがすうと大太刀を上げた。正面に。青眼のかまえというやつだ。
 次の瞬間、マーシュラの大太刀が消失した。ケルベロスですら視認不可能な速度での斬撃である。
 さらに次の瞬間、闇にしぶきが散った。
「……っ!」
 斬られた沙耶が呻いた。そして、ほう、とマーシュラは感嘆の声をもらした。
 彼が狙ったのは瑠璃であった。それを沙耶が庇ったのである。
 沙耶にマーシュラの斬撃が視認できたはずはなかった。それなのにーー。
「沙耶さん!」
 倒れかかった沙耶を慌てて瑠璃が抱きとめた。周りの仲間は既にアグリムから間合いを取り、戦闘行動をとっている。流石の戦闘能力に、全員の背につうと冷たい汗が伝い落ちた。
「ここまで骨の髄まで邪悪だと戦いやすいですね」
 気丈に言い放ったのは肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)である。
 鬼灯はデウスエクスの襲撃によって家族を失い、親戚や遠縁を盥回しにされていた過去がある。その哀しみを克服しての現在であった。
 その鬼灯の目が赤光を放った。するとマーシュラの腕が爆発した。何が起こったのかわからない。いやーー。
 ケルベロスたちのみわかっていた。鬼灯の仕業であると。鬼灯は爆破能力者なのであった。
「まずは右腕です」
 鬼灯はいった。つぶすことはできなかったが、損傷は与えられたはず。ならば攻撃力も低下しているだろう。
「音無しのまーしゅら……罪人えいんへりやるの、残党だ、ね。巨大な、刀使い。危険な、相手。野放しに、しておく、ことは、できない、ね」
 ぽつぽつと区切るように、眠たげな顔のその少女は呟いた。名を兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)という。
 その十三はバニーガール姿であるのだが、その衣装は月兎式霊装であった。そして彼女の携えた禍々しい気をまとわせた大太刀こそ月喰みであった。デウスエクスに対抗しうる月喰みの贄となる戦闘奴隷『拾参』として十三は育成されたのである。その十三が月喰みに選ばれたのは皮肉な結果であった。
「まずは、その、足を、止める、よ」
 十三が跳んだ。流星の煌めきを秘めた蹴りをマーシュラへと叩きつける。凄まじい破壊力にエインヘリアルの巨大さをもつマーシュラの体が地面から引き剥がされた。
 それを追撃するように、くくるもまた跳んだ。ビルですら蹴り砕く重さのある蹴撃を放つ。
「お主の相手は拙者でござる。そのナマクラで斬れるとは思えぬでござるが」
「女が……っ」
 蹴り飛ばされた体を制御、着地したマーシュラに裁一の握る日サバ刀が、凄まじい精度と鋭さで迫った。が、マーシュラはそれに刃を打ちつけ、軌道を逸らし回避。
「……くっ」
 攻撃をいなされた事に苦い言葉を吐いた裁一の横から、その時、蓮が跳び込んだ。
 わずかに意識の逸れた隙に、蓮が流星の如き速度をそのままに、攻撃を回避したマーシュラに玉環国盛の斬撃を叩き込む。さすがにたまらずマーシュラが足をとめた。
 その間、メリルディは気を身裡に凝縮、たわめた。聖気の域まで高められた気を放散し、沙耶の傷を癒やす。
「沙耶さんをよくも!」
 義憤ではなく私憤。でも、それでいい。
 瑠璃は竜鎚をマーシュラに振り下ろした。噴射加速させた一撃が砕けよとばかりに巨体にぶち込まれる。
 さらに鬼灯。迅雷の鋭い刺突を繰り出すが、それは大太刀の刃に狙いを逸らされた。
 直後である。返されたマーシュラの刃が鬼灯の脇腹を貫いた。
「……っ、大丈夫です!」
 零れる血は大量、それでも鬼灯はいった。痩せ我慢はいつものことだ。つらいことには慣れている。
 その時、くくるは疾駆していた。拡張兵装滅神脚から放たれる火花散る炎撃が振るわれた刃に激突。マーシュラの体に炎を植えけた。
「……そらっ!」
 怒りを変換。稲妻に変えて蓮は放った。マーシュラの刀が唸る。
 迸る電撃と刃が拮抗。刃に絡みついた紫電は、一瞬の均衡の後、弾き飛ばされて闇空に消え去った。
 が、マーシュラの態勢が崩れている。それを見逃す裁一ではなかった。
「リア充でなくとも爆発すべし! とーう!」
 光を空に刻みつつ飛翔。砲撃並みの蹴りを裁一はマーシュラに浴びせた。
「くっ」
 衝撃でよろけるマーシュラの口から苦鳴がもれた。しかめられたその目が見ている先には鬼灯がいる。脇腹の傷はまだ癒されてはいなかった。
 そのマーシュラの視線に鬼灯が気づいた一瞬後のことである。彼に影が降りた。
 はじかれたように振り向く鬼灯。その目は、大太刀を振り上げているマーシュラの姿を見とめている。ぎらりと刃が冷たく光った。
「危ない!」
 沙耶が負傷した鬼灯を庇う為に走り寄り、直後、沙耶の身体を閃光が過ぎった。


 視界が明滅する。胸からどくどくと鮮血を溢れさせ、沙耶は倒れていた。
 彼女に駆け寄りかけ、瑠璃は気づいた。何故、マーシュラはとどめを刺さないのかということに。
「助けんのか」
 嘲弄するようにマーシュラが問うた。
 明らかな挑発。乗れば反撃を受けるだろう。そして乗らねば彼女に止めを指すのだろう。
 一瞬の逡巡。それは戦士の本能だ。が、愛がそれをねじ伏せた。
 あえて瑠璃はマーシュラめがけて馳せた。迎え撃つマーシュラの剣先がすうと上がる。
「ぬっ」
 突如、マーシュラが呻いた。その足がとまっている。
 数舜前のことだ。十三が月喰みの内から数多の怨霊に術を乗せて解放した。その怨霊はおぼろげな影絵の兎の形をとり、音もなくマーシュラに殺到、彼の足を切り裂いたのであった。
 常に冷静沈着。それこそが十三の特質の一つであった。
「動き、鈍った、ね……ここは、一気に、攻める、よ」
 マーシュラの意識の間隙。その狭い隙間を縫うように瑠璃は迫った。
「それほどの剣の業をもっていながら、卑怯者め!」
 瑠璃は腕を振り下ろした。その手にあるのは月光のごとく煌めく光剣である。瑠璃が秘めた太古の月の力を具現化したものだ。
 光る刃は星甲冑ごとマーシュラの肉体をざっくりと斬り下げた。エインヘリアルにとっても、それはあまりに重い一撃である。
 次に動いたのはメリルディと裁一だった。
「この傷は忘れよう? 先に進めるよ」
 メリルディの身体から蔓のようなものが現れた。それは葉を繁らせ、鮮やかな花を開き、鬼灯と沙耶を包み込んだ。
 ケルス。メリルディに共棲する攻性植物である。見る間に鬼灯と沙耶の傷が癒えていく。
 同じ時、裁一はマーシュラに躍りかかっていた。その手には馬鹿げたほど巨大な鋏がある。カップルの強い絆をどうにかして断ち切れないものかと考えた裁一が、苦心の末にホラーゲームを参考にして生み出したものであった。
「エインヘリアルは二度と地球に縁が無いように両断あるのみ!」
 裁一は鋏をふるった。逃れようとするマーシュラを追うようにそれは動き、マーシュラの傷をさらに深くする。
「離れてくださいっ!」
 宙で体を捻り、鬼灯が襲った。流体武装生命体をまとったその姿は、まるで白銀の鬼のよう。
 心を地獄化し、誰がために荒野を独りゆくのか。闇を切り裂く曙光のように鬼灯は一撃を放った。
「……小癪な」
 衝撃に上体を傾がせ、マーシュラは悪態をついた。その崩れた姿勢のまま、マーシュラは刃を一閃。さすがに致命傷とはならないまでも鬼灯を斬り捨てる。今度こそ鬼灯は昏倒した。
 沙耶は縦横無尽にふるわれるマーシュラの刃に接近を断念。遠距離攻撃を行うべく『The Mallets of Slugger』を形態変化させた。戦鎚から迫撃砲へと。
 マーシュラをポイント。掃射する。
 竜砲弾が耳を聾する音と共に衝撃を与えた。マーシュラの体を硬直する。
「右腕『轟天』、グラビティ吸収機構稼働! お主の力、頂くでござる!」
 軽やかに飛び込み、くくるは轟天をふるった。その言葉通り、グラビティ吸収機構を稼働した状態の『轟天』は、鉤爪でマーシュラを引き裂くと同時に、そのグラビティを吸収、自身の体力を回復させた。
 今やマーシュラは満身創痍であった。が、放散される殺気はいまだ凄絶のままである。
 そのことは若年でありながら抜刀術の達人である蓮には容易に察せられた。この場合、しかし蓮は笑った。楽しくてたまらぬ笑みである。
「音無しと戦えて本望なのだ」
 玉環国盛の柄に手をかろくかけたまま、するすると蓮は歩み寄っていった。迎えるマーシュラは青眼のかまえである。
「居合いか」
「そうなのだ!」
 地を割る激しさの踏み込み。疾風と化して蓮が迫った。迅雷の速さでマーシュラが斬り下げる。
 戛然!
 澄んだ音を響かせて蓮はマーシュラの刃を玉環国盛のそれではじいた。のみならず、返す刃でマーシュラの胴を薙いでいる。
 斬った、という感覚に、はじかれたように蓮が振り返った。
 本来ならばはじけぬ刃であった。やはりマーシュラの剣の冴えは鈍っていたのであろう。が、勝ちは勝ちである。
 その眼前、マーシュラはニタリと笑った。
「音が鳴ったか。俺の負けだ」
 どう、とマーシュラは倒れ伏した。


 戦いは終わった。そして周辺の修復も終わった。
「さーて、パークを楽しみつつ……リア充を発見したら追い回しますか。甘い空気反対! リア充は爆発しろぉ!」
 叫びながら裁一が駆け出していった。苦笑で見送る瑠璃は沙耶に笑顔をむけると、
「何とかなったね。帰っておやつにしよう、沙耶さん」
「ええ」
 頷く沙耶。寄り添う二つの影は地上の星の彼方に消えていった。
 様々な出来事のあった一年が終わろうとしている。そして、新しい年が、もうそこまできていた。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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