試練と覚悟、秘密と思惑

作者:ほむらもやし

●予知
「クビなんて、ひどすぎる。教官を許さない!!」
 鳥人間型の異形、ビルシャナは一方的に言い放つと、警察官の制服を着た男に向けて錫杖を振り下ろした。
「それが返事か――君には、いますぐここを辞めてもらう!」
 男は持っていたバインダーで攻撃をはたこうしたが、嫌な音がして腕が折れ曲がる。
「うっ!!」
 激痛が走る。
 迫って来るビルシャナを見れば状況の危険さは瞬時に理解出来る。
「俺にはもう後が無い。警察官になるしかないんだよ!」
 ビルシャナは怒りの言葉を吐き出しながら、態勢を崩した教官に向かって、何度も錫杖を振り下ろす。
 ビルシャナとなった青年は佐賀県にある警察学校の生徒。
 成績不振の悩みから、カンニングに手を染めたことがバレて退校届を渡されていた。

●ヘリポートにて
 予知を告げた、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は深く息を吐き出し、そして依頼の説明を始める。
「退校届を渡された生徒が、ビルシャナとなって教官を襲撃することが分かった。対応をお願いしたい」」
 現場は佐賀市日の出にある警察学校の校内。
 全寮制で生徒全員が校内で寝起きして、警察業務を学んでいる。
 教官は就寝時間後に見回りをしているところをビルシャナに襲われる。
「到着はビルシャナが教官に襲いかかる直前になると思うから、すぐに動く心づもりいて欲しい」
 なおビルシャナと融合した青年は、まだ完全にビルシャナになっていないので、説得によって元の人間に戻すことも可能だ。
「青年を人間に戻すには、『死にたくない』と言う様な、打算からでは無く、真に『復讐を諦め契約を解除する』と願い、宣言させなければならない」
 警察官になるために頑張っていたのに、いきなり退校届を渡されれば動揺もするだろう。
 信じたくない気持ち。
 何かの間違いだと思いたい気持ち。
 少しでも成績を良くするために、してしまったカンニングへの後悔。
 期待をしている家族へどんな顔をすればいいのか?
 青年の抱いている気持ちまでは予知出来ないが、追いつめられた状況は想像に難くない。
 戦闘となれば、ビルシャナは錫杖を振り回し、炎を放ち、または詠唱を駆使して戦う。
 戦闘力はさほどではないから、余程のことがあっても、ケルベロスが敗北することは無いだろう。
 そこまで言って、ケンジは遠くを見つめた。
「間違いを犯すことは、誰にでもある。それが致命傷となるか、ギリギリ繋がるかは当人には分からない。でも報復に手を染めてしまったら、すべてが終わってしまう。今回はビルシャナが絡んではいるけれど――」
 未熟な精神と、それを後押しするビルシャナとの出会いがこの事件を引き起こした。
 引導を下して楽にさせるか。
 もとの人間に戻って、もう一度人生をやり直すか。
 これほどのことをやらかしてなお、必死でしがみつく覚悟を示せるか。
「人の心は分からない。だが善意は信じたい。手を貸してくれないか?」
 ケンジは静かに頭を下げた。


参加者
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
岡崎・真幸(花想鳥・e30330)
栗山・理弥(見た目は子供気分は大人・e35298)

■リプレイ

●夜の学び舎
 ビルシャナは教官が渡り廊下を通るのを待ち構えていた。
 ビルシャナとなった生徒の成績は最下位付近に低迷していた。採用試験に受かって警察官になれると思ったのに、安定した職業に就いて一安心と思っていたのに、教官は厳しく、甘い目論見を崩された。
 ばん回したかった。
 正確には成績のつじつまだけでもあわせて、一時の間、卒業できないかも知れないという恐怖から逃れたかったのかも知れないが、今となってはもう、どうでもいい。
 荒ぶる、この気持ちを抑えたい。
 教官に復讐をするんだ。

 あれっ?

「ここは危険デス」
「どういう意味だ?」
「ビルシャナとなった生徒が待ち構えています」
 扉を開けて、中庭を横断する渡り廊下を進もうとしていた、教官の前に、パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)と若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)が立ち塞がった。
「ビルシャナ? 君たちはケルベロスなのか」
 微かに額に皺を寄せて、めぐみとパトリシアの顔をジッと見つめる教官。
 悪いことが起こりかけている、不穏な空気を察した。

●それぞれの気持ち
 ビルシャナ側の目線でみれば、前触れもなく現れたケルベロスが、教官をガードする形になっている。
 襲撃する前に邪魔が入った。偶然か? どうしてばれたのだろうか?
 でも、今、やるしかない。もう人間をやめてしまっているのだから。
 襲撃が察知された理由に思い至ることの出来ないまま、ビルシャナはクソッと呟き錫杖で地を突く。そしてヤケクソに気味に走り出す。
 錫杖の金属の輪が擦れ合う音が響き、中庭の景色が炎の橙色でぱっと明るくなる。
「うりゃああああ!!」
 教官とケルベロスの視線が、叫ぶビルシャナにあつまる。
「そういうことか! やはり君はここを辞めるべきだ!!」
(「最悪だ。やけになってやがる」)
 岡崎・真幸(花想鳥・e30330)の額に冷たい汗が伝う。助けたいと思って来ているのに、話をする前に相手が襲いかかって来るのではどうしようも無い。これでは救えるものも救えなくなってしまう。
 教官の冷徹な声に続いて、得物のぶつかり合う音が響く。
「辛いよな……追い詰められてつい不正に走って、それがきっかけで結局辞めさせられるんじゃ……」
 栗山・理弥(見た目は子供気分は大人・e35298)もまた警察官を目指している。
 だから他人事とは思えなかった。
「お前に俺の何がわかる?!」
 学校の外から冷静な視点で見れば、多少成績が悪くとも基準をクリアすれば落第とならないことは分かるが、当事者の焦燥は想像に難くない。その場面を取り繕いたいために、正しくない行為に手を出してしまう気持ちも理解出来る。
「でもさ、ビルシャナって警察官とは真逆の存在だぜ? 何せ一般人扇動して犯罪者を生み出す種族だ。警察官どころか、そんな存在にまで身を落としてもいいのか?」
「ケルベロスはいいよなあ。あは、あははは、俺だって、夕方までは……」
「殺されては元も子もないのじゃ。できれば、教官殿は避難してくれんかのう」
 端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)が避難を要請したが、教官は険しい表情のまま避難しようとしない。
 どのような結末に至るのか、一部始終を観察するつもりなのだろうか。
 言葉ではなく、立ち去らないという行動で示す、教官から、シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)が感じたのは、教え子に対する、愛情とは違う――責任感であった。
 警察の仕事を全う出来ずに、不正な行いをして、市民に被害をもたらすような者は警察官にしてはいけない。
「守り切れんかもしれんぞ……」
「だいじょうぶ。こんな時のために、鍛錬をしてきたんだよ!」
 教官の意志に反させて、避難させることもできたが、括は意志を尊重し、シルディは真心を信じた。

「落ち着け。お前学生ではなく既に警察官だろ」
 ビルシャナがデウスエクスであるという特別な事情を考慮しなければ、教官に暴行を加えようとした時点で、この生徒の警察官への道は断たれていると見るべきかも知れない。が、その前の段階で、教官が退校届を提出という手続きをとっていることを、真幸は見逃さない。
「公務員のクビは懲戒免職だ。届を出して無いなら辞めた事にはならない」
 まだクビではないと、呼びかける真幸。
 その反応を注視している教官。
 この生徒に今必要なのは、ケルベロスに教官を説得してもらって、まだ元通りの立場に戻れるようにしてもらう、という打算めいた甘やかしではなく、間違いを認識して、本人が強く警察官になりたい、という決意だ。
「こんななりで、辞めたことにならないって? 馬鹿は休み休み言え!!」
 鏡を見なくとも、自分の見た目が鳥人間の異形に変わり果てていることぐらいわかる。
 気持ちが昂ぶった状態では、どんなに真心をこめた言葉も通じない。
「弱いデスネ、普段の訓練よりも手ぬるいデス」
 ビルシャナの全力攻撃を、両腕で力強く受け止めるパトリシア。
 ディフェンダーのポジションをとるパトリシアとめぐみは並み居るケルベロスの中でも最精鋭と言えるレベルだ。現状で完全になりきっていないビルシャナを相手に遅れをとるはずもなかった。

●希望と現実
「くそう、くそう!!」
「あなた、名前は? どうして警察官を目指したのですか?」
「や、山下……正平だ」
 このまま斃されたら、この世に生きた証が無くなってしまう。
 そう感じたのか、ビルシャナとなった生徒は口を開いた。
「子どもの頃に憧れたというのは、本当は違う。本当は、公務員だし、安定した仕事につけば、誰にも馬鹿にされないと思った」
 身も蓋もない正直な気持ちが、飛び出して来て、額に汗をにじませるめぐみ。
「そうですか、もう、警察への憧れはないのですか……?」
 残念そうに言葉を切る。
 無邪気な憧憬や、目指したい理想の警察官像があるなら、糸口にできるかと思っていたが……。何となく、この青年があっさりとビルシャナに肉体を明け渡してしまった事情が、分かったような気がした。
「でも、木村教官に出会って、変わった。どうしてもなりたくなった。警察官に」
 だが、それで終わりとせず、ビルシャナは言葉を継いだ。
「どういう心境の変化があったのかな?」
 漠然としていて分からないので、シルディは、具体的にどういうことかと、問いかけた。
「どう言って良いかわからない。すごい気合いが入っているというか、生半可な気持ちでやってはいけないというか……」
 シルディはビルシャナとなった青年が、自分の気持ちを整理して、言い表すのが苦手だと解釈した。
 だから急がない。
「気合いというか、ボクも初対面だったけど、ちょっと変わった雰囲気の先生だよね、口数も少なすぎる気がするよ!」
「まあ、なんじゃな。わしはガツンと注意されて当然のような気がするのう。カンニングをして成績が上がって、ばれなければ、それで良いと思っていたわけじゃあるまい?」
 括の入れた横やりに、がっくりとうな垂れるビルシャナ。
「なんて馬鹿なことを……」
 悪い成績は自分の実力を示すものなのに、なぜ実力を伸ばさないまま評価だけを変えようとしたのだろう?
 後悔と反省と共にビルシャナとなった青年の胸に去来するのは、もう一度人間をやり直したい願望。

 そしてみんなを守る頼もしい生き方をしたいという気持ち。
 ――もう警察官になるのは、無理そうだけれども。
「警察官は直接人の生死や汚い部分と向き合わねばならん。お前のような未熟な精神のままでは勤まらんし、辛いばかりで犯罪にも手を染めやすい」
「今の俺、そのまんまです……」
 真幸の言葉にガックリと下を見て、呟きで応じるビルシャナ。
 2人の会話を聞きながら、めぐみは表面に現れる言葉だけでは、本当の気持ちを理解するのは難しいことだと気づく。だから諦めない。
「山下さんは、どんな警察官になりたいと思っていたのですか?」
 ビルシャナにはもう復讐心はなく、後悔しているように見える。
 急に暴れ出す危険はあるため、警戒は緩めないが、一行は表情から互いの意図を汲んで、攻撃の手を止めた。
「小さな手がかりから、事件を解決できるような……」
 だから鑑識を希望していたと、ビルシャナは寂しそうに呟く。
「ヤクザと詐欺師と忍者のカモなのです、そういうのハ」
 誘惑にあっさり乗ってしまうようでは、警察官としては未熟だとパトリシアは指摘する。
 生徒がビルシャナになる直前に抱いていたのは焦燥と後悔は想像できる。
「苦しくて堪らないのに、どうしていいか分からなかったんだ!」
 いくら悩んでも答えが出ないとき、悩みの原因を他責化できれば楽になれる。他責化の果て、ビルシャナによって復讐の実行へと誘導されたとすれば、ビルシャナとの融合を望んだ人間は被害者とも言える。
「理解はデキマス。でも、選んだのはアナタデス」
 職場失踪、大けが、大病、破産etc……生きていて遭遇するピンチは一回じゃない。
「人生びっくりするぐらい何とかナッチャウモンヨ」
 泣きついたり、必死でもがき続けたり、努力が報われるか分からない状況でも、『ずる』をせずに、まっとうに頑張ってみれば、意外に何とかなることが多いのかも知れない。
「学校は自分の弱さを知り、どう向き合うか考える為の場所でもある」
 真幸は確りと告げた。
「実は俺も採用試験受けようと思ってるんだぜ」
 理弥は真幸の前に歩み出ると、うな垂れ気味のビルシャナの顔を見る。そして自分がまだ大学生であり、卒業後は警察官になりたいと打ち明ける。
「格好良いね、ケルベロスで警察官、俺と違ってきっとなれますよ」
 デウスエクスとの戦いも終わって、平和な時代になっても、人々の為に働こうとしている理弥をビルシャナになった青年は心底羨ましく感じているようだった。
 ――復讐を成し遂げれば、完全なデウスエクスになれる。
 憧れは嫉妬に変わり、青年の意識のなかで薄れていた殺意が膨らみ始める。

●認めた間違いは修正できる
「何か勘違いしてんじゃねえの、今はまだ警察官で、俺の先輩だろ?! 間違いは犯したとしても、こんなところで人生まで諦めて欲しくないんだよ」
「……え?」
「お前はビルシャナに唆され、自分の弱さを知っただろう。そう今もだ。だからこそ分かるものもある筈だ」
「分かるもの?」
 考える時間はどれほど残されているか、何とか答えにたどり着いて欲しいと、ヒントを出す真幸。
「ビルシャナとの契約を解除して、何が最善か考えてみないか」
 ビルシャナの姿にはなっているが、一行が教官を襲撃する前に介入している為、踏み越えてはいけない一線はまだ越えていない。小競り合いの戦闘を問題視するケルベロスがいれば別だが、問題にしたいと考える者はいない。
「そうとも、まだ取り返せるはず。間違いを間違いのままにせず、正すことができるのは、他の誰でもないおぬしの心一つだけじゃ」
 括は、ゆーっくりと、全員に良く聞こえるように言うと、
「あれ、シルディ。教官と何を話しておるのじゃ?」
「はい。――いろいろお話をさせてもらったんだよ!」
 どうして教官が常に厳しい態度をとっているのか、その理由が気になっていた。
 実は話してみても、ハッキリしたことは分からなかったのだが、攻撃的な性癖があるわけでは無く、使命感をもって職務にあたっていることは分かった――気がする。
「時に人は間違いを犯すけど、正義を守りつつも、その人の心の弱さを知って受け入れた上で更生を促せる……育てたいのはそんな人ではないの?」
 交通安全の啓発活動のように、警察の指導には、必ずしも処分が伴うというわけではない。
「やってしまったことへの贖罪は必要だとは思うけど、教官さん、彼の道が閉ざされたわけではないよね?」
 間違いの度合いや悪質性も重要だが、悪質では無いから、見て見ぬ振りをして、見逃すことも無い。
「ここは、警察官に必要な知識や技能、教養を習得させる場所だ」
 シルディの言葉を確りと受け止めた教官は、短い言葉で答えた。
 しかし、警察は警察だ。裁判官とも検察官とも弁護士とも役目が違う。
「その通りじゃな。で、教官の任務を全うするにあたり、言うべきことがあるんじゃないかのう」
 括は幼い女の子のように、教官の顔を下からジーッと見上げた。
 直後、教官は表情を変えないままに、ビルシャナの方を睨み据える。
「山下! 退校届はいつ出すのか? 出さないつもりか?」
 鋭い口調で言い放つ教官。
「はいっ!」
 ビクッと背筋を伸ばして応じるビルシャナ。
 真幸も理弥も、もう何も言えることはなかった。
 間違いを犯さない人間はいない。
 間違いへの反省が自分を厳しく律する力になる。むしろ間違いを反省できる者が警察官になるべきだ。
 シルディも括も『こうしてほしい』とは思うことはあっても、口にだせない。
 なぜなら、人々の命を守る盾となる、厳しい世界に飛び込むか、違う職を目指すか、もうなにもしないか……人間に戻れたとして、その先を決めるのは本人次第。
(「さて、これだけ言って分からないナラ、さっさと殺ってシマイマショウ」)
 完全にビルシャナになると言う選択肢も、可能性で言えばありえる。
 パトリシアとめぐみはビルシャナが不穏な動きを見せないか、警戒を続ける。
 ――ビルシャナやめますか? それとも人間やめますか?
 ふと、昔よく耳にした標語のようなものが、めぐみの心の中に浮かんだ。
「お、俺は……復讐なんてしたくない。立ち去れビルシャナ!」
 警察の仕事はハードだ。極限の状況で正しい判断をしなければならない。
 希望した職種に配属されるとも限らない。
 本当につとまるのだろうか――でも、やりたい。ダメだと言われても、しがみついてみる。
 どんなに格好悪くてもしがみついてみせる。
 そして、この学校を出たら、皆の安全を守る盾になる。
 瞬間、ビルシャナの身体が閃光となって爆ぜる。そして光条が立ち昇り、夜空に十字を描いた。
 光が消えた後には、両腕をだらりと垂らし、膝をついた青年がいた。
「こんなにみっともない俺なのに助けてくれて、ありがとうございます。これからは市民の安全を守れるように全力で頑張って行きます」
「先輩なら、きっと良い警察官になれると思う。何しろビルシャナの誘いを、はね飛ばせたんだぜ!」
 卒業試験までに、沢山の課題や試練が用意されているだろう。
 でも、もう心惑わされることなく、自分の力で乗り越えて行くと信じている。
 そして次は自分の番だ。
 教官と共に灯りの消えた校舎に向かう青年を見送りながら、理弥は再開の日に祈りをこめた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月29日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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