ユケムリ・クリスマス

作者:秋月きり

 夜の町に大輪の華が咲く。
 降り注ぎそうな星空も、ゆるりと舞う雪景色も、ここではただの装飾品。
 モクモクと立ち上る湯煙達をライトで輝かせれば、それも素敵なイルミネーション!

「と言う感じで、大分県別府市では毎年、クリスマスに花火を打ち上げるお祭りあったのだけど、今年はデウスエクスの攻撃の影響で延期になっているみたいなの」
 ヘリポートでリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)はひらひらとチラシを振る。海沿いの夜景とその上に咲く花火の写真はとても綺麗で、そして、その合間に描かれた白いトナカイとそりやふくよかな人間のイラストが、クリスマスイベントの告知だと告げていた。
「ああ、確かに開催日未定と書かれていますね」
 そのチラシに押されたゴム印が告げる内容に、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は苦笑する。
「でも、こう言う時代だからこそ、人々に笑顔と心の活気を与えるお祭り事って大切だと思うのよね」
「なるほど、ですね。それではヒールに向かいましょう」
 一も二も無くグリゼルダが応じる。話が早くて助かるわ、とリーシャの微笑に、グリゼルダ自身も微笑で返す。
「花火会場は別府的ヶ浜海浜公園とその周囲ね。駅に繋がる大通りにも破損が見えるから、それもお願いしたい」
 修復した一帯は全てお祭り会場になるようだ。よって、夜からのお祭りを楽しむのも良いだろう。
「屋台でお食事に舌鼓打つも良し、花火を楽しんでもいいし、タワーのラウンジでお酒を楽しむ事も出来るわ」
 そして何より、今から向かう先の名物――温泉だ。
「修復のお礼に、周辺の温泉旅館やホテルが宿泊をサービスしてくれるようなの。今回限りだと思うけど、展望温泉に浸かりながら花火を見る、と言う事だって出来るわ」
 とは言え、節度は大事。能力者であるケルベロスは人々の模範となるべきなのだ。
「ま、余りハメを外し過ぎないことぐらいね。お祭りの雰囲気を楽しむのも、クリスマスの夜を楽しむのも大事なことだから」
 友人と、家族と、そして恋人と。
 大切な人と楽しく、或いは静かに過ごす、そんな夜もいいだろう。
「それじゃ、いってらっしゃい」
 そして、リーシャは微笑と共に、送り出すのだった。


■リプレイ

●人々の営み
 大分県別府市で開催されるクリスマスの花火イベントを紐解けば、平成の頃合いからの開催となる。
 当初、海岸埋め立て地を開放し行われた冬の花火大会も、気がつけば20余年。今や会場を的が浜海浜公園へと移し、毎年の恒例行事と化していた。
 時に2020年12月。
 短くも、だが、それなりの歴史がある行事はしかし、開催中止の憂き目を見ていた。
 他ならぬ、侵略者達がもたらした傷痕によって。

「まずは会場となる公園と、そこに面した国道10号にヒールを施します!」
 意気揚々と片手を上げるグリゼルダに、おーと応じるケルベロスの面々は、20数名を数えていた。
 これだけの人数が地方都市の為に集まってくれた。その事実にも感銘を受けてしまう。
「酷い壊れようだね。デウスエクスの暴れっぷりが目に映るようだ」
 炎の犬を喚びながら治癒を施す豊の言葉に、バラフィールが頷く。花火会場とだけあって、海岸沿いに開かれた公園はしかし、滅茶苦茶に破壊されていた。
「ドラゴン、死神、屍隷兵……。海やその近隣で暴れるデウスエクスが多いみたいですね」
 豊後水道に瓜生島伝説、そしてコンビナート。魔空回廊による侵略行為の他、数々の事件を数えれば、枚挙に暇がない。
「あれ? 別府地獄に出るシャイターンもいたよね?」
「東には残霊がいた気がするよ」
 破壊された国道は四県に跨がる東九州の交通の要だ。亀裂が走る道路へとヒールを施す鈴の言葉に、同意をアリアが示す。
「同様の被害は日本全国に広がっているさ」
 第二次大侵略期の開始から五年と半年。それでも、日本各地に刻まれた爪痕は大きかった。

「クリスマス色一色だね」
 公園と国道の修復を仲間たちに任せ、ロディと翼は駅前通りを歩いていた。
 見上げる町はヒールのお陰か、修復の一途を辿っている。砕けた壁や屋根は塞がり、道路に荒れた影は微塵もない。
 加えて、修復された町並みが赤と緑に染まっていた。これは、纏う幻想の所業だろうか。
「こんな日もたまにはいいだろう?」
 翼の言葉に、ロディは笑って返す。
 ケルベロスの働きに何かが応えてくれた。そんな日があってもいい。今日はクリスマスなのだ。
「タワーの修復も終わりました」
「汗が止まらないや」
 微笑と共に自分達の功績を誇るツカサと瑠璃音の視線は、高く聳える観光タワーに向けられている。
「ツリーって訳にはいかないよね」
「心持ち、って感じかな?」
 幻想を含んだ鉄塔はモミの木を思わせる様相にも見えた。ケルベロス達に思わず笑みが浮かんだその瞬間。
「あ、点いた」
 タワーを中心に、周囲の電飾がぱっと輝く。
 それは、祭りの始まりを意味していた。

●お祭りの始まり
「屋台であります! 姉君、行くでありますよ!」
 ルラの手を引くルソラのお目当ては、お祭りの目玉と言われているふぐ雑炊だった。
 高級魚と名高い臼杵ふぐの雑炊は、原料が近隣の市の特産品であると言う立地条件の為、暴力的な安価で提供されていた。
(「まるでクリスマスマーケットみたい」)
 故郷を思い出す祭りの賑やかさはしかし、目に飛び込む風景は日本そのもの。そのギャップに戸惑ってしまう。
「ところで、雑炊は締めじゃないの?」
 思わず零れた言葉に、返ってきた妹の返事は和やかなもの。
「食べたいと思ったものを、食べたいと思ったタイミングで食べる、と言うのも良いと思うのであります」
 ふーふーもぐもぐ。
 かぼす醤油の酸味と、滋味豊かなふぐの出汁が、口いっぱいに広がっていく。
「あっちの串焼きも美味しそう。 ――ッ! 鶏めし! 甘いお汁粉も美味しいであります!」
「そうね。次、行きましょうか」
 賑やかな妹と共に歩む祭りの風景。
 思わず表情が綻ぶのは、賑やかな様子に当てられただけではなさそうだった。

 そして、舞台は海浜公園から少し上空へ。
 彩られた別府タワーの展望台に位置するラウンジは、ケルベロス達によって賑わっていた。
 眼下を彩るイルミネーションも、回復した国道を走る車達のライト群も、まるで宝石のよう。
「グリちゃーん! メリークリスマース♪ それと、かんぱーい」
「はい、メリークリスマスです」
 巡回にと彷徨うグリゼルダを鈴が捕まえたのはつい先程のこと。
 今や、アリアを含めた3人で、ドリンクを片手にラウンジのカウンターへと腰を下ろしていた。
「お酒、ハマっちゃったかも」
 ショートカクテル片手で上機嫌に笑う鈴に、紳士然と礼服姿のアリアの苦笑が重なる。彼の手に握られたワイングラスは、真紅の液体で満たされていた。
「存分に楽しんで下さい」
 微笑するグリゼルダの手には、淡い色のカクテルが揺れていた。炭酸の如く泡立つそれについて、種類を特定することは叶わなかった。
 二人を見守るアリアの視線は、やがて窓の外へと向けられる。
 そしてぽつりと呟いた。
「あ、雪だね」
 白銀の輝きが、ふわりと天から降り注いでいた。

「素敵な眺めだね。アルシク君の隣なら、尚更だ」
 窓から覗く光景は、雪によって拡散し、強く輝いていた。町の明かりも、車の群れも、そして祭りの喧噪も。
 豊の台詞に、バラフィールは頬を朱に染める。投げられた言葉の真意を聞きそびれたが、告げられたそれはとても心地よかった。
「さて、どうしようか?」
 ラウンジ慣れしていない彼女に微笑し、周囲に視線を巡らせる。百戦錬磨とは言わずとも、それなりの自負があった。それでも、エスコートの瞬間は悩むものだ。
「折角ですしお酒を頂こうかと思うのですが、どういったものが良いのでしょうか?」
「成る程。それならば」
 方向性が決まれば儲け物。大分県の名産品は麦焼酎だが、日本酒も悪くない。
 だが、豊が選んだのは真っ白な色合いのロングカクテルだった。
「マリブミルクのホットなんかどうだい?」
 任務で冷えた身体が暖まる。そして、ロングカクテルならばゆっくりと味を楽しむことも出来る。
「ええ、それを是非」
 微笑みは柔らかく、そして甘く。選んだココナッツミルクの味にそっくりだと、想いを馳せていく。

「こんな夜は何を飲めばいいか、迷ってしまうよ」
「あら? 何でも良いと思うわ。貴方の好きなお酒。私の好きなお酒、それと、お店のお勧めとかも、ね」
 メニュー片手に眉をひそめるヴァルカンに、さくらの悪戯っぽい微笑みが重なる。
 今宵はクリスマス。聖なる夜だ。酔いしれるのに、無意味な酒はないだろう。それがワインでも、ビールでも、カクテルでも。
「でも、飲み比べは飲み過ぎかしら?」
「問題ないさ。夜は長い。そして」
 語らいの時間は長くとも苦ではない。今年の思い出、来年の予定。静かなBGMの中、様々な物を想い、紡ぐことは悪いことではないだろう。
「そうね。それじゃ、貴方と私の特別な夜に乾杯しましょ♪」
 二つのカクテルグラスが静かに持ち上げられる。
 グラスが重なる軽快な音は響かずとも、絡まる両者の視線が、静かな夜を燃え上がらせていく。

●ユケムリ・クリスマス
 空から零れ落ちた銀の欠片は、大地に等しく降り注いでいく。
 明日には溶けて消える定めの雪だとしても、今は、ただ、輝いていた。

「もう五年か」
 湯船の中でシルは左手の薬指を掲げ、目を細める。指輪の向こうは【森緑のギルド】の面々が並び、そして、その背後には夜空が広がっていた。
 女三人寄れば姦しいとの言葉があるが、五人も集えばやることは一つ。展望露天風呂の一角で行われるのはそう、恋バナであった。
「ボクの馴れ初めはね♪」
 シルに続き、摩琴も自身の現在を口にする。
 出会いとその後、そして気が付いたら好きになっていた、と。朱に染まる頬は上気具合を告げていたが、その理由が温泉なのか、情熱なのかは判らない。
「お付き合いからまだ一年半だけど、シルみたいに長く続く関係にして行きたいな」
 二人の惚気に当てられ、ククとペルが笑む。
「双方ともタイプだった、と言うわけか」
 是非はそれ以上追及しない。語る為の前置きを、わざわざ否定する二人でないことも理解の内だ。
「我のタイプは、……強い男が良いな」
 自身の隣に立てるような男。自身を飽きさせない男。
 不遜な笑みで語る理想像に、ふふっと柔らかい微笑が差し込まれる。
「ナイト様も大変そうね」
 カリンだった。彼女の呟きは、まるで全てを包み込むように差し込まれていた。
「恋とか憧れとかはまだよく判らないけど、わたしね、思うんだ」
 続く言葉はマイヤから。ゆるりと紡ぐそれは、願望か、それとも思慕にも似た情か。
「特別な人も相棒も親友も、どんな関係だとしても、誰かと縁が繋がったからこそなのかなあって」
 だってお互いが一緒に居たいって思わないと難しいでしょ? と可憐な笑顔が言葉を紡ぐ。
「クク、マイヤは良い事言うじゃないか」
 ペルの返答に、少女達の笑い声が重なる。
 それは、華咲くように、愛らしく、愛おしく。
 夜の帳が下がろうとも、終わりが見えない語らいであった。

 そして、華が咲くのは彼らも同じだ。
「先に入っているぞ」
 ぶっきらぼうな物言いと共に、ゼノアは家族風呂へと足を踏み入れる。視線の先の夜空は雲の所為か、星の瞬きすら見えない。零れ落ちる粉雪だけが、やけに綺麗に思えた。
「お、お待たせしました」
 そんな彼に掛けられた声は、心恋の物だった。身体を白いバスタオルで巻き隠す彼女は視線を逸らし、しかし、ゆるりとゼノアの顔に赤い瞳を向けてきた。
「あまり見つめられると……ちょっと照れてしまいます」
 その言葉に、慌てて視線を逸らしてしまう。
「すまん。見過ぎた」
 白い肌も、整ったスタイルも、水着等で見慣れた筈だ。だが、それでも見惚れてしまった。その訳は……。
(「雰囲気に飲まれた、か?」)
 見れば、隣に座った心恋もまた、同じく視線を逸らしている。同じことを考えているのだろうと、何故か直感が囁いていた。そして。
「なぁ」
 声を掛けようとしたその刹那。
 大きな破砕音が響き渡る。
 同時に広がる大輪の華は夜空を朱色に染め上げていた。
「はい?」
 きょとんとした表情。真っ白になった頭が、自然に言葉を紡いでいた。
「月並みだが、花火よりお前の方が綺麗だ」
 一瞬の静寂。そして、ふっと心恋が微笑を浮かべる。
「少し大袈裟ですね。けど、悪い気もしません、ね」
 次の花火の音が響く中、黄色い光に映された二人の影が動き、そして重なっていく。

●聖夜に貴方と
 大輪の華が夜空に咲く。赤、青、黄。空に舞う銀色の欠片がキラキラと光を受け、色彩を奏でていた。
 湯船の中で見上げる花火は綺麗だと、ツカサは傍らの瑠璃音に笑いかける。
 繋いだ手は強く、堅く、睦まじく。
 一緒に見たいと思えば、自然とその手を引き、肩を抱き寄せてしまう。
(「は、恥ずかしい」)
 頬を押さえれば、上気していることが判るだろう。水着姿とは言え、湯船の中の二人の距離は無いに等しい。早鐘の様に打つ自身の鼓動すら、伝わってしまうのでは無いかと、瑠璃音はドギマギしてしまう。
「メリークリスマス、瑠璃音ちゃん。明日の朝の雪景色、一緒に見ようね」
「はい、メリークリスマス。明日が楽しみです」
 ああ、今、自分は幸せだと、自身の身体を抱いてしまう。彼と共を過ごす喜びが、こんなにも幸せな物だったなんて!
 そんな彼女を抱き留めるツカサは首を傾け、頬で柔らかな黒髪の感触を受け止めていた。
 綺麗な花火。温かな温泉。そしてもっと綺麗で、そしてもっと温かい大切な恋人。
 聖夜を紡ぐ恋人達を、湯煙がそっと覆っていった。

 貸し切りの展望風呂、と言う贅沢なロケーションを堪能するのは、ロディと翼の二人も同じだった。
 水着姿で湯船の中から花火を見物する。外気は寒くとも、温かいお湯の中から見上げる夜空のステージは、眩いばかりに綺麗だった。
「前だったらこーゆーのはあたしが誘う方だったけど、ロディくんからこーゆーのを申し出るのって珍しいよねー」
 花火は永遠に上がっている訳ではない。
 その切れ間に紡がれたのは、翼からの揶揄の言葉だった。
 もしかして期待してる?
 ある意味サキュバスらしい台詞に、ロディは咽せてしまう。
 ロディも翼も19歳。共に、良いお年頃であった。
「なーんてね」
 浮かんだ笑みは、彼の目にどう映っているだろう。
 そこからは無言だった。ただ、二人で夜空を見上げ、お湯の温もりと共に、花火の彩りを楽しんでいく。
(「これからも、『二人一緒』でいたいな」)
 翼の視線はロディの横顔を撫で、そして花火へと向けられる。星ならぬ、大輪の華に向ける願いがあっても良いだろう。
「……綺麗だな」
 ちょうど同じくして聞こえたのは、ロディのそんな声。
 向けた視線と、彼の視線が交わる。
 綺麗の対象は、花火か、それとも……?

「温泉に浸かりながら花火も見れるって贅沢じゃない? ケルベロス業も悪くはないな!」
 それは、膝の上に座ったリーズレットから零れた言葉。対する奏もまた、同じ微笑を紡いでいた。
「そだねー。こういう贅沢があるし、ケルベロスってのも悪く無い。リズとも出会えたしね」
 人目が気にならないのは家族風呂の特権だ。貸し切り温泉内で、ただ、二人だけの空間を楽しんでいた。
 愛すべき伴侶。温かい温泉。そして花火。これ以上の幸せは考えられないと断じる奏に、しかし、リーズレットは更なる極楽を持ち出してくる。
「あ、そうだ! お酒、私が飲ませてあげる!」
「お、酒か。更なる贅沢って奴だね。ありがとう」
 感謝の言葉と共に受け取った御猪口は、飛び鉋の文様が指に絡むこの地方独自の焼き物だった。
 同じ模様の徳利を構えた妻は、ゆるりとお酒を注ぐ。柔らかな香気が鼻孔をくすぐった。
「リズを飲む? 酔い潰れたら介抱してあげよう」
「えへへ~♪ それじゃあ私も頂こうっかな?」
 返杯と別の御猪口に日本酒を満たせば、二つの盃が、ちりんと鳴り響く。
 二人で過ごす最高のクリスマス。
 だからこそ、リーズレットも奏でも、同じ言葉を紡ぎ、同じ微笑を刻むのだ。
「「めりーくりすまーす♪」」

 花火が響く。重厚な音は厄払いと響けと、人々の願いを受けて。
「おとーさん、鈴は、大人になれたよ。ありがと……」
 ここは別府タワーのラウンジ。鈴の零した寝言に、アリアはぽつりと言葉を紡ぐ。
「酔った場で言うのも変だけど。……好きだよ、鈴」
 その言葉が聞こえていなくとも。
 花火が声を掻き消したとしても。
 ただ、その寝顔に、言葉を投げ掛けていた。

 花火は咲き誇る。それは色取り取りの大輪の華。夜空を眩く染め上げて。
「こう言う近い場所から見る花火も乙な物だ」
 豊はグラスを傾け、バラフィールと語り合う。
「そうですね。なかなか見られない光景かと」
 地上50メートルを超える位置からの観覧は、なかなか経験出来ないだろうと微笑んでしまう。
 花火が響く度、ビリビリと震える建物に、少しだけ不安を覚えてしまうけれども。
(「……そう言えば、食べて頂けたかな?」)
 甘い物はじゃすてぃすですよ。そう告げた戦友は「屋台巡りしてきます」と先程、飛び出した所だった。
「楽しんでいますよね」
 誰も彼も。祭りとはそう言う物だ。
 少しだけ必死に思えた表情に、クスリと笑みがこぼれた。

 花火は轟く。その姿で誰しもを楽しませようと。それが自身の役目とばかりに。
「あ、花火が上がったよ!」
 摩琴の歓声に、反応したのはカリンとマイヤだった。
 中でもカリンは摩琴同様、立ち上がって空を仰いでいる。
(「同性だけの集いで良かったな」)
 ペルが眉をひそめたのも無理はない。いわゆる「目に毒」の光景だったが、女子会においては気にする者が居る筈もない。
「わたし達も花火に負けないくらい輝くよっ!」
 シルの宣言は、五人が掲げた誓いでもあった。

 花火が輝く。人々の営みは、自身らを害する者達に負けないと叫ぶように。
「甘い物はじゃすてぃすです」
 バラフィールお手製の手作りクッキーを正味したグリゼルダは、くるりと周囲を見渡す。
 人々が集う祭り会場。そして屋台の群れ。誰しもが笑い、そして花火を歓声と共に見上げている。
「おや、グリゼルダ殿であります! おーい」
「ルソラ様? それと、ルラ様?」
 そんな彼女を見止めるのは、ルラとルソラの姉妹だった。屋台飯を買い漁ったのだろう。両手に山と握った屋台飯は大変羨まし……否、姉妹二人でとても楽しそうだった。
「楽しんでいますね。お二人とも」
「ええ。屋台は逃げないって言っているのだけど」
 グリゼルダの言葉に、ルラが困ったような表情を浮かべる。
「でも……多分、それが皆さんに喜ばれることですよ」
「そうよね」
 次はお茶を買いに行こう。そう会話する二人と別れ、歩を進める。
 次は自身の番だ。そう息巻いて。

 そして、花火は煌めく。それは、恋人達を祝福するように。

 ちゅくりと、水音が響いた。突如交わされた接吻の音は、花火に掻き消され、周りには聞こえなかったと思う。そう信じることにした。
「愛しい貴方をたっぷり酔わせてあげるから、覚悟して?」
 差し出すお酒はアフィニティ。ウィスキーベースのカクテルに込められた言葉は、さくらの心の表れだ。
「帰ったらお互い存分に蕩けるまで、な?」
 飲み干したヴァルカンはふふりと笑みで返す。その意味を彼は知っているのだ。

 この場所で、或いは此処ではない何処かで。
 恋人達の聖夜は、更けて行くのであった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月25日
難度:易しい
参加:21人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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