●隣人の隣
「今年は、なにもしないんですか?」
ぽすり、と。
よく鉢合わせる喫茶店で、鱗の翼持つ青年が机に突っ伏すこちらの頭に文庫本を載せた。
初夏に贈った台詞を返してくるところが意地が悪い、と思う。
「……大変な、時期、でしょ」
「息抜きくらいはあってもいいでしょう」
あっさりとそう言って向かい側に相手が座る気配がする。乗せられた文庫本を手に取る。小難しそうなタイトルだ。
「……」
「難しいことはいいんですよ、ユノ君」
顔を上げると、宵色の三白眼が悪戯っぽく笑うのが見えた。
「ただ、この日に隣に居て欲しいひと達がいるんでしょう?」
●きみの物語
「移動図書館ってご存知ですか、Dear?」
目を細め暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)は、己の蔭に隠れるようにしているユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)を見遣る。
手には一冊の本──ハードカバーの絵本。
そのペリドットの瞳はおずおずと、けれど輝いて。
「あのね。絵本限定の移動図書館なの」
それも車で届ける普通のそれとは違う。サーカスのような大きなテントに、多くの絵本を運び込んでいる。
床は分厚く柔らかなマットを敷詰めてあり、そこでもっこもこのブランケットに包まって絵本を楽しむのが此度の移動図書館──夜更かし絵本キャラバンでの過ごし方だ。
「テントの天幕は切り抜き透明なシートを張っているので、星空を見上げることもできますよ。そのために夜間しか開かないそうで、それが“夜更かし”の所以ですね」
星見を楽しむ場合はひとりひとつ配られるランタンを消すといいだろう。
とは言えど、朝までだって眠ってしまっても許されるのがこの図書館の良いところだ。
「なので眠れなくなるような珈琲や紅茶はお出しできません。ハーブティとホットミルク、葛湯、蜂蜜入りのレモネード……というところでしょうか」
メモを確認しながらチロルが言い、ユノは顔を上げる。
「……ね、みんなは、どんなお話が好き」
上がらない語尾は、彼女なりの疑問文だ。
絵本を抱き締めて小さく肯く。
「良かったら、教えて。それが、──僕の、我儘」
●
「おや」
「やあ」
顔を見合わせたエトヴァ(e39731)とカルナ(e05112)は互いに目を見開いたあと、ふぅわりと相好を崩して小さく笑み交わした。
カルナの傍に佇むユノ(en0173)へと腰を屈め、エトヴァは瞼を伏せた。
「ユノ殿、お誕生日おめでとうございマス。幸せ満ちる一年となりますように」
祈りの言葉にユノは深く頭を下げ、ありがとうと告げる。その様子を翡翠の眦和らげて眺め、カルナは手にしたランタンを掲げた。図書館と聞けばつい覗いてみたくなる程度には、カルナも本が好きだ。自然と口角が上がる。
さして高さのない本棚がずらりと並び、そこに様々な絵本が並んでいる。
「どんな絵本と出会えるのかわくわくしますね」
しばらくめいめいに出会いを求めてテント内を巡り、特に待ち合わせるでもなくブランケットに包まって、寄り合って。
カルナはレモネードのカップを両手で包んで、ほぅと息を吐く。じんわりと這い上がるぬくもり。見上げた天井の一部は切り取られ、星が煌めく。
「こんな気持ちの時はやっぱり幸せな絵本が読みたいですね。『末永く、幸せに暮らしました。めでたしめでたし』──そんな締めくくりの言葉がふさわしい一冊を」
ぱらり。
ページを捲る音と、ランタンの芯が燃える音だけがかそけく響く。
「……幸せな結末も悲しい終焉も、僕は等しく愛してるけど。できれば、作中の者達にとって幸せな終わり方だといいな、って思います。ユノさんはどんな本が好きですか?」
「僕も、『めでたしめでたし』のお話が好き。……きみは」
「エ、……俺の、好きなお話……?」
真剣に絵本の世界に入り込んでいたエトヴァはさらと蒼穹の髪を揺らし小首を傾げた。手に包んだホットミルクからはあたたかな湯気が上がり、もこもこのブラケットに包まれた膝の上に広げられているのは宇宙の星々をめぐる旅を描いた物語。
とある惑星で、満天の星の下、旅人は安住の地を見つけた──そこで呼ばれて顔を上げた視線の先にはまだ、煌めく星々。彼は瞬いた。
──まだ絵本の中?
いいえ。首を振り、エトヴァはふたりへと微笑んだ。
「そうデスネ……安らぎを得られるような、そんな物語でショウカ」
このまま微睡みに包まれたとして──きっと夢の中でも、星々を旅することができるに違いない。鮮やかで眩い輝きの中へ。
彼らはランタンの温かな揺れる灯りの中、互いの絵本をもう一度、開いた。
●
誕生日おめでとう、とユノへ三人は声を揃えた。
「これからの一年がキミにとって素敵なものでありますように」
「この一年『も』ですよーアンちゃん!」
いつもの人形と共に告げたアンセルム(e34762)の裾を引いて環(e22414)はぴこりと耳を揺らせば、そうですね、とエルム(e35594)も肯いて。
そうしてユノと手を振り交わし、三人は本棚の間を歩き出す。環は黄金色の瞳を輝かせてあっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ。
「絵本を読むのはいつぶりですかねー」
子供っぽく見られる彼女も二十三歳。今日は大人コーデでキメている。
「そういえば僕、絵本って読んだ事がないんですよ」
「おや、奇遇だね。ボクも何気に絵本って読んだ事がないし、何かオススメの本があるならそれを読みたいな」
繋がれた機械がすべてだったエルム、深い森の中で過ごしてきたアンセルム。幼い頃に子供が触れてくる文化には、出逢って来なかったのだろう。
「あ、いえ……一冊だけありましたね。昔、姉が読んでくれた泡になって消えた人魚の悲しい恋物語。あの絵本、あるのかな……。探してみようかな」
ふむと思案顔のエルムを覗き込んで、環もにっこり口角を上げる。
「そうですね! 折角の機会だし、小さかった頃に好きだった仲良し猫さんの冒険物語でも探してみようかな」
「いいね。ボクにもなにか見繕っておくれよ」
「正直言って荷が重いですね」
「アンちゃん、自分で探すのも大切なんですよー?」
なんて、やりとりを交わしたあと。
「見てください環さん、アンセルムさん。もっこもこ。もっこもこですよ」
菫色の瞳に星を灯しエルムが言うのに、アンセルムはハーブティのマグを両手で包んで微笑んだ。
「あったかいブランケットに包まって、ランタン片手に絵本……ふふ、非現実的ってこの事かな」
「星空が見える特別な場所で読むのも、また贅沢な感じですー」
温かな湯気にほわほわと環も頬を緩める。彼女の手許にあるのは蜂蜜たっぷりのホットミルク。あまぁい優しさが夜の身体に沁みる。
「この優しい甘さが良いですね。ハーブティの淹れ方も教わっておきましょうか?」
蔦屋敷の家政夫として、主人が気に入った様子のそれについてさり気なく問うてみれば、アンセルムは満足気に肯いた。
「ああ、いいね。結構好みの味だし、安眠効果もあるなら重宝しそうだ」
「エルムさんが淹れ方を覚えてくれるなら、今度私も飲ませてもらえますねっ」
楽しみです、と環も破顔して絵本を繰り、時折天井──その向こうの星空を見上げて、甘いホットミルクにひと息ついて。
──……あー、これは、心地よすぎますねぇ。
「、」
ぽす、と肩に乗った重みに環は眠い目を擦りつつそちらを見る。そこにはすっかり長い睫毛を伏せたアンセルムの頭が乗っていた。良い夢でも見ているのか、抱き枕にでもするように腕が巻き付いてくる。
視線を落とせば、彼が開いていた絵本。柔らかな色合いの妖精たちが踊っているような絵が見えたけれど、続きも気になるけれど、──環の瞼もうとり、うとり。
──美味しくできたら、喜んでくれるかな。
「……あれ? 環さん? アンセルムさん? 寝ちゃいました?」
絵本を捲り屋敷へ戻ってからのことに思いを馳せたエルムが、不意の静けさに顔を上げた。見ればブランケットに包まれたふたりが、すよすよと穏やかな寝息を立てていて。
エルムは小さく笑みを零し、そしてついでにあくびもひとつ。
「ふぁあ……僕も寝ましょうか。──ふたりが素敵な夢が観れますように」
●
「隣、良いか?」
軽くハーブティのマグを掲げて口角を上げてグレイン(e02868)が声を掛けたなら、チロル(en0126)はそのマグに己のそれを軽くぶつけて「もちろん」と笑って見せた。
「Dearはどんな本を選んだんです?」
グレインの手にある大判の絵本を見遣り、チロルは首を傾げる。友は柔らかなマットに腰を下ろしてブランケットを肩に羽織り、それを開いた。
描かれているのはデフォルメされた森の動物たちのちょっとした冒険の物語だ。
「こういうとなんですが、Dearらしいですね」
チロルは両手でマグを口へ運ぶが、グレインは小さく笑み返す。
「確かに、昔なら冒険の様子にわくわくしてたかもな。けど、……今は日常の場面も良いなってな」
ぱらりと捲れば、兎と狐がひと休みしてお弁当を食べている場面。更に捲れば、冒険を終えて狼の少年が住処である森に帰って来てゆっくりしている場面。
「……今この時間も、」
告げて、グレインは天幕の向こう側を見上げる。
「サーカスみたいなテントに夜更かし、物語の詰まった場所そのものへのわくわく、よりも、──共にゆっくりあることが」
顎を上げたまま、蒼穹色の双眸が宵色の三白眼を見て悪戯っぽく笑う。
「折角だから、あんたの選んだ絵本でも読み聞かせしてもらおうか、先生?」
風の噂で聞いた、彼の仕事。チロルはふ、と口角を緩めた。
「おや、憶えてませんか? 学校で本を朗読するのは、生徒の役目ですよ?」
「やっぱりそう来るか」
苦く笑って軽く耳を倒して見せたグレインに、なんてね、とチロルは笑って手にしていた本を開いた。それは見開き一面が柔らかな彩に塗り潰されている。
「空の色を、眺めて歩く少年の視点の絵本なんです。朝、朝焼け──……」
穏やかな声に、グレインは瞼を伏せた。
●
「お、っと」
柔らかなマットに足を取られそうになって、眠堂(e01178)はバランスを取り直す。ちらちらと揺れた灯りが、離れた場所にいる灰色の後ろ姿を掠めた。
彼女がどんな物語を選ぶのか、想像するだけでも楽しくて、眠堂は口角を上げて再び本棚へと向き合った。
絵本、だなんて。久しく読んでいない。背表紙を眺めるだけで懐かしい気持ちが胸に満ちる。悩んだ末に一冊を手に取り、彩に乏しい娘の傍へと寄った。
「いいのは見つかったか?」
ティアン(e00040)はくてりいつもどおりに首を傾げつつも、一冊の正方形の本を見せた。タイトルには『ふうせん』。
「そっちのは可愛い絵本だな」
軽く眉を上げて眠堂が口許を綻ばせたなら、ティアンは羽織ったもこもこのブランケットを首許に引き寄せた。かつて学んだ魔術や古代語の署ならいざ知らず、絵本を言うものには馴染みがない。
だから間違いだったかとほんの少し心配になったけれど、友はティアンを否定するひとではないことを知っているから、小さく瞬いて。
「これは……何事もなく穏やかに流れるささやかな日常の御話。それがどんなに得難く、幸福な事か」
よく分かっているから。
揺れなかった眸。眠堂は大きく肯いた。ささやかな幸せも絵に描かれたなら、もっと輝いて見える気がしたから。
「眠堂は」
彼女が瞬いたのを見て、彼も手にしていたハードカバーの大判の本を見せた。深い夜空に、雪の降る水彩画の装丁。その下に子供たちの小さな手袋の手がいくつか描かれている。
ぱっと見では判りにくいが、
「……冒険譚か?」
「そう、クリスマスを待つ子どもたちの、短い冒険って感じだな。この季節に似合いそうで心惹かれる」
「ワンパクの血が騒いだのか?」
優しい色合いの表紙に眦を和らげつつもティアンが言えば、ふ、と噴き出して「確かに」と眠堂は肩を竦めた。
「子どもの頃を思い出すかも」
「眠堂の子供の頃? ……絵本より気になるかもしれないな」
肩を寄せ合い、ふたりは湯気立つレモネードを手に。柔らかなマットに、ふかふかのブランケットに包まって、ゆるり、ページを繰る。
「な、読み終わったら本を交換しないか? そっちも読んでみたくなったんだ」
「もちろん。寝なかったら交換しよう」
無論、眠ってもいいんだが。
ぬくもりが包みやさしい物語が夜空へと誘ったなら、それは終点? 否、きっと──。
●
「……はぐれちゃった」
撫子色の瞳を瞬いて、クラリス(e35454)はランタンと絵本を手にぽつり零した。
見渡すテント内は、背の高くない本棚が並び、幾多のランタンが方々で点るけれど、全体的にはもちろん仄暗くてなかなかひとりひとりを判別することができない。
彼の大きな背丈を。そう思っても、彼も夢中になってしまうとこの低い本棚に屈み込んでしまったりするだろうから難しい。
──手を、繋いでおけばよかったな。
ぽすりと柔らかなマットに腰を下ろし、クラリスはホットミルクを両の手に包んだ。下手に動き回るよりはここにいる方がいいだろうと絵本を置いて開いた。
気付けば、傍らの恋人のランタンがなかった。焔の如き虹彩が大きな戸惑いに揺れて、ヨハン(e30897)は大きな身体を翻した。
彼女が弱い人間でないことは百も承知。それでも胸の裡が揺れるのだ。どんな敵を前にしたとて、こんなに不安に感じることなどなかったのに。
「、」
途中で見つけた、名前だけは知っていた絵本。太い指先で取り出す。小さな惑星に住む王子が、そこに咲く我儘な一輪の薔薇と仲違いし、地球へも旅したその果てに──薔薇咲く母星へと還っていく物語。
ヨハンは顔を上げる。天幕の向こうに輝く星々。
──あの星達の何処かに薔薇が咲いていて、
そして彼は視線をテントの中へと落とす。
「このランタンのどれかが僕の恋人の灯りなら、その全部を愛するのが理想的ですし、それは幸福でしょうね」
けれど。
──ただひとつ逢いたい光があるのです。
僕は我儘になり、その喜びを知ってしまったから。
まだ姿が見えるうちに、まだ触れられるうちに、『目には映らない大切』ばかり追う前に──貴女に!
彼は唇を噛み締め、絵本を閉じて振り返った。
かけがえないのない友と夜空を駆ける蒸気機関車で、さいわいを探す旅にでた孤独な少年。
「……でも、このお話って確か最後には、」
絵本をの硬いページを繰る指先が鈍る。読む本を間違えたかもしれない。クラリスは小さく唇を引き結ぶ。
もう、夜は怖くないはずなのに。
近くには無数の光があるのに。
──置いて行かれた子供のように心細い。
「……やっぱり、探しに行こう」
『さよなら』で旅が終ってしまうなら、さいわいなんて、欲しくない!
肯いて、本を閉じて、立ち上がって。引っ手繰るようにランタンを手にしたなら、クラリスは大きな背中を探して柔らかなマットの上を小さく駆け出す。
そしてこの両手に抱き締めるの、そう、──めいっぱい!
●
「星の下のテントも、沢山の本も。移動図書館なんてまるで絵本の中みてぇだ」
跳ねる心をなんとか抑えながらもふたり、並んで寄り添って。ひとつのもこもこのブランケットに包まって。
膝の上には開いた優しい空色の装丁の絵本。それぞれの手元には湯気立つ温かなハニーホットミルク。
ふやりとシズネ(e01386)の口角が緩んでしまうのは、マグの中の蜜色だけが理由じゃなくて。こてりと預けた耳の傍で穏やかに聞こえるのはラウル(e01243)の声。優しくて甘くて、シズネの好きなそれ。
ちらと見遣れば蒼い目が天幕の果てへと向けられて。
「心躍る場所で物語の世界へ旅立てるなんて最高だね」
今度はこちらに向いたその空色にシズネはくふふと笑う。まるで開いている絵本の中のようだったから。
「なぁ続き読んでくれよ、途中で寝たりなんかしねェからさ?」
急かすような、あるいはねだるような声音にラウルも小さく笑って更に繰る。
一匹の黒猫が大きなふわふわの綿毛に掴まって、青空、雨空、茜空、曇り空、星空、それに──。移ろい行き彩りを変えていく空の欠片を集めながら空の涯てを目指す、そんな物語。
ふふんと胸を張っていた大きな黒猫も、万華鏡のように種々に色を変える絵本の中にまるで吸い込まれたかのよう。
ああだって、あの色。あのとき見た。この色もあのときに。この空もこの景色も好き。だってぜんぶ、みんな──彼と。
楽しかったな。綺麗だったな。うれしかったな。──……ああ、
「……ねえ、シズネ。この仔は辿り着いた先でどんな彩に出逢えるのかな? ……シズネ?」
ラウルがそう言って視線をやれば、シズネは幸せそうに頬を緩めてすっかり夢の中。
彼はそっと微笑むとその手からマグを取り、ブランケットの内側へと導いて握った。そして未だ黒猫と瞼の向こうで冒険しているのだろうか、時折揺れる耳をくすぐるように撫でた。
「絵本の魔法が解ける前に、おやすみ。……夢の中で君の空が見つかるように……」
ふわり、ふわり、綿毛にしがみついた黒猫一匹。
辿り着いた、空の涯て。
そこで待っていたのは、冴え冴えとしたお月様。
ねえ、ひとりだった?
もうひとりにはしねェよ? ──覚悟しろ。
お月様は、にっこり笑いました。
●
「あ、……寝ちまったみたいだなあ」
ブランケットに包まったミクリさんがすっかり静かになっているのを大きな掌で撫でて、ベーゼ(e05609)は小さく笑った。
ほっこりするようなハッピーエンドが好きだという彼はそういう絵本をいくつか選んでいるが、うちひとつに相棒のミミックが好む、悪者をやっつける系の物語が混ざり込んでいて。
……ワルモノ。
「……ユノは、──恐くないっすか、おれのコト」
相棒を起こさないように、あるいは別の理由で小さくなった声に、もっこもこのミクリさんを膝に乗せたユノはペリドットをまっすぐに上げた。
「恐くない」
揺らがぬ断言。
「だって僕を救けてくれたのは、きみだから」
「……そう、っすか」
ふやと口角を緩めるけれど、今日は決めてきたんだ。少し前の涙の理由。
「……今日はユノの話が聞きたいんだ」
キミの嘘って、なあに?
ちゃんと聞きに来たよ。
ベーゼが真摯に首を傾げて待つと、ユノは視線を落とした。だから彼はいつも彼女がそうするように、そっとその裾を握った。──隣でちゃんと、きいてるから。
「僕、ほんとは、笑えないわけじゃないの」
だって涙は出る。認めないって、許せないって、怒ることもできる。彼女の無表情も──ウソっぱち。
さすがのベーゼも「え、」驚かざるを得ない。それでもくまはぶるぶる首を振って、懸命にユノを見守った。
「去年、きみが誓ってくれたとき、僕、『がんばる』って言った。でもそのときも、無理かもって、……思ってた。……そんな、資格、ないって、……思った」
ペリドットにみるみる大粒の涙が浮かぶ。けれど彼女はぐいと擦って、彼を見た。
「でも、みんなが……罪があってもいいって言ったから。気付いたらいいって言ったから。変わっていけばいいって言ったから」
嘘ついてごめんねと彼女はベーゼの裾を握り返す。言いたい言葉をいっぱい呑み込んで、うんとくまも肯いた。
「……それでも、おれはここにいたいよ。ユノがしんどい時も、嬉しい時も、こうやって、キミの隣に」
改めて、誕生日おめでとう。そう告げた彼に。
「……ありがと」
ユノは小さく、微笑んだ。
作者:朱凪 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年1月4日
難度:易しい
参加:13人
結果:成功!
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