冷たい海辺に蘇りし者

作者:神無月シュン

 夏が過ぎ、海水浴シーズンは終わりを迎えた。ずらりと並んでいた海の家も今は跡形もなく撤去され、賑わっていたのが嘘の様に静まり返った砂浜に、聞こえてくるのは波の音だけ。
 そんな閑散とした深夜の海辺に3つの魚の影が訪れる。
 それだけならばなんて事のないごく普通の出来事なのだが、その魚の影は海中ではなく海上2mほど上空を浮遊していた。
 体長2mにもなるその魚の体は青白く発行していた。魚は空中を泳ぎやがて砂浜のある場所で動きを止めた。
 円を描く様に泳ぎ始める魚たち。その青白い軌跡が徐々に魔法陣を形作っていく。
 完成した魔法陣が光を放つ。光が収まったその中心には、かつてこの地でケルベロスたちが倒したエインヘリアルが立っていた。
 召喚の際に変異強化を受けた影響か、両腕の肘から先は2倍に膨れ上がり、エインヘリアルの表情には知性の欠片も感じられない。
「ウオオオオオオオオォ! ガガギギギギギィ!」
 エインヘリアルは奇声をあげ、拳同士を打ち付けると、3つの魚に誘われるように人の居る方向へと歩き出した。


 季節外れの海水浴場で死神の活動が確認された。
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の知らせを受け、ケルベロスたちは会議室へと集まっていた。
「死神といっても、かなり下級の死神で、浮遊する怪魚のような姿をした知性をもたないタイプです」
 怪魚型死神は、ケルベロスが撃破した罪人エインヘリアルを、変異強化した上でサルベージし、周辺住民の虐殺を行ってグラビティ・チェインを補給した上で、デスバレスへ持ち帰ろうとしているようだ。
「海水浴場から住民が集まる場所は少し距離が離れているとはいえ、安心はできません。死神を撃破し、サルベージされた罪人エインヘリアルに今度こそ引導を渡してください」

 皆が駆けつける頃には、周辺の避難は行われているが、広範囲の避難を行った場合、サルベージする場所や対象が変化してしまう恐れがある為、戦闘区域外の避難は行われていない。
「皆さんが敗北してしまった場合、かなりの被害が予測されます。エインヘリアルは知性を失った状態である為、思いもよらない行動を取る恐れがあります。怪魚型死神の方は空中を浮遊し攻撃をしてきますが、それほど強くはありません」
 なお、ケルベロスが現れ劣勢になると、下級死神は、サルベージした罪人エインヘリアルを撤退させようとするようだ。
「撤退を行うタイミングは、死神もエインヘリアルも行動が出来ず、皆さんが一方的に攻撃する事が出来るでしょう」
 下級の死神は知能が低い為、自分たちが劣勢かどうかの判断がうまくできないようだ。
「こちらが上手く演技すれば、優劣を偽り戦闘を続行させたり撤退させることも出来るでしょう」
 不利と感じたら、エインヘリアルを撤退させ住民の被害を抑えることも大事だろう。

「死神の意図は不明ですが、調査や考察は後にして事件の解決をお願いします」


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)
オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)

■リプレイ


 深夜の砂浜に砂を踏みしめる音が8つ。ヘリオンデバイスを装着し、目的地へと歩いていくケルベロスたち。
「はぁ。流石にこの時間の海辺は寒いなぁ」
 白い息を吐きながら、水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)は水平線を見つめる。
「シーズンオフで良かった。悲しい思いをする人も巻き込まれる人もいないんだ。賑わった海岸も見てみたいけど、それはこの戦いを乗り切って、あと半年ほど戦い抜いた後だね」
 オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)は辺り一面に海の家が並び海水浴客で溢れる様を想像する。
「こうして寒くなった季節に夏の思い出にふけるのもまた風流かな」
 オズの隣に並んだ瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)は、来年の為にも頑張らないとねと2人で話す。
「静かな波の音、風情がありますわね。エインヘリアルとの戦いが無ければ存分に堪能したいところでしたけど」
「海は私も大好きですので、海の音を聴くと心が落ち着きます。さて、そんな中でもエインヘリアルが出てきたからには、倒すしかないですね」
 彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)と湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)の2人はゆっくりと波の音を聞いていたかったのを堪え、戦いの準備を始める。
「夏に滅され、冬に目覚める、か。怪談話にゃ、時期外れって奴だと思うが、なぁ」
 まだ現れぬ元凶の死神へ向けて、恨みの一つも言ってやりたいと鬼人。
「夏場の予兆と同じ結末にはさせません!」
 放置すれば訪れるのは虐殺の未来。ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は気合を入れる。
 死神が行動を起こすのを待つ間、ケルベロスたちは作戦の最終確認を始める。

「ピンチになったら、逃げるか……最低限の戦力分析はできる、そういう事なんだろうな」
「判断能力は低いとの事ですが、演技の自信のほどは?」
 鬼人の言葉を聞いていた紫は、友人である2人に訪ねる。
「やれるだけはやってみますよ」
「上手く騙されてくれるといいですけど」
 ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)と麻亜弥は自信なさげに答える。
「僕も嘘は苦手ですが……」
 3人の話を聞いていたエルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)の心配を打ち消す様に鬼人が口を開く。
「状況次第で苦戦している演技はするが……事実、油断はできないからな。最大級の警戒は絶やさないさ」
 演技にばかり意識が向いているが、実際戦ってみたら演技する暇もなく苦戦するかもしれない。
 油断だけはしない様にと気を引き締めていると、水平線の向こうから青白く発光する魚の姿が3つ。こちらへとやって来る。
「この段階で襲撃してしまえれば、どれだけ楽だろうね」
「様子を見ている事しかできないのは、もどかしいね」
 怪魚型死神が魔法陣を作る様子を、右院とオズは飛びだして行きたいのをぐっと堪え見つめていた。
「ウオオオオオオオオォ! ガガギギギギギィ!」
 エインヘリアルが蘇り奇声をあげるのと同時、ケルベロスたちは一斉に飛び出す。

「理性が無いのは生前からでしょうけれども、サルベージ前よりさらに理性が吹っ飛んでいるのでは……」
 エインヘリアルの様子を見てミリムは声をもらす。
「知能が低い相手は、戦いやすいのでありがたいですね。蘇ったばかりで申し訳ないですけど、人々に被害が出る前に倒させて頂きますね」
「本当に次から次へと……。人のいる方へは行かせません。ここで大人しく散って下さいな」
「人々に手出しはさせません。私達が相手です!」
 ミント、エルム、ミリム3人の言葉を皮切りにケルベロスたちは戦闘を開始した。


「一番手は貰うぜ」
 斬霊刀『越後守国儔』へ空の霊力を宿しエインヘリアル目掛けて振り下ろす鬼人。
 振り下ろされた刃はすんでのところで割り込んできた怪魚型死神によって防がれる。
「簡単には狙わせてくれねぇか」
「それなら範囲攻撃でまとめて削ってしまえば……」
 右院の放った冷気を帯びた手刀が怪魚型死神とエインヘリアルをまとめて薙ぎ払う。
「狙うところは足元がお留守な……そこ!」
「我が翼よ、全てを侵食する砂嵐を巻き起こしなさい!」
 続くミリムがゲシュタルトグレイブ『崩天槍ホワイトローズランス』を振り回し回転斬撃を繰り出し、紫が翼を大きく広げ羽ばたいて砂嵐を巻き起こす。
「この光弾で、その動きを封じてあげますよ!」
 ミントは縛霊手『青薔薇の籠手』を前方に突き出すと、砂嵐目掛けて巨大光弾を発射。
「僕の瞳を見な」
 オズの瞳が魔力を帯び怪しく輝く。
 オズへと注意が集まる中、ウイングキャットのトトは尻尾の輪を飛ばし攻撃を加えた。
「この飛び蹴りを、見切れますか?」
 隙を見て上空へと飛び上がっていた麻亜弥。エインヘリアル目掛けて急降下を始め、流星の煌めきと重力を宿した蹴りはエインヘリアルの右肩へと突き刺さった。
 怪魚型死神たちは、エインヘリアルを守ることに集中してか、空中を泳ぎ回って回復に努めている。
「ウガアアアアアアアアア!!」
 エインヘリアルの方は雄たけびをあげながら、膨れ上がった拳をオズへと叩き込む。
「っ!?」
 衝撃を殺しきれず砂浜に投げ出されるオズ。一つ二つと砂の上で体が跳ね、砂を抉ること5m。体がようやく止まる。
「なんて力だ……これは演技がどうこう言っていられるかどうか……」
 オズが立ち上がる。勿論、演技で大げさに吹き飛ばされたわけではない。その事実を前に冷や汗がオズの頬を伝う。
「雪も積もり積もれば盾となる」
 エルムが詠唱を終えると、ふわりふわりと雪が降り積もり、最前列に守りの盾が生まれる。
 鬼人が刀を振るいエインヘリアルを斬り裂き、右院の水の霊気を纏った一撃が荒波のごとくエインヘリアルたちへと襲い掛かる。
「燃えてください」
「貴方の時間ごと、凍結させてあげますわ」
「炎よ、高く昇りなさい!」
「昔々、川を挟んで対立する人々の村がありました。弓矢で射られた東の村長の仇を取るために、その息子は斧で西の村を襲いました」
「荒れ狂う海原の如き、剣の舞を受けてみなさい……」
 ミリム、紫、ミント、オズ、そして麻亜弥と攻撃は続く。
 エルムのマインドリング『不断桜』が輝くと、右院の前に光の盾が具現化された。


「一撃が重くて回復が追い付かないですね……。少々辛い」
 エルムが前衛の回復を行いながら口を開く。
「数の上では此方が上でも、相手はデウスエクス。演技するでもなく強敵だな」
「くっ、敵の攻撃が熾烈で捌ききれません」
「うう……かなりの強敵ですわね。厳しい戦いになりそうですわ」
「手強い……! このままではやられてしまいます……」
「強い敵ですね、このままでは……負けてしまいそうです……!」
「くっ……なんて強さだ……! どうしよう、撤退も考えたほうがいいんじゃ!?」
 敵を撤退させないための演技のつもりが半分近く本音が混じる。
 人一倍攻撃を受けていたオズが無言で肩で息をしている様子が、状況の悪さを物語っていた。
 ケルベロスたちの反応を眺め、自分たちが押しているのだと怪魚型死神たちは気分よさげに体を揺すっている。
 怪魚型死神たちは作戦とも気付かずに、ケルベロスたちとエインヘリアルたちとの戦闘は続く。
「喰らえ、斬霊斬」
「ジュデッカの刃」
「グレイブテンペスト!」
「オーラの弾丸よ、敵に喰らい付きなさい!」
「大空に咲く華の如き連携を、その身に受けてみなさい!」
「射貫け、ホーミングアロー」
「地獄の業火に焼かれてしまうと良いですよ」
 あたかも最後のあがきの様に、大げさに攻撃を繰り出すケルベロスたち。
 戦況を見誤った怪魚型死神たちは、自分たちが体力の限界に近付いていた事にも気付かずに1体、また1体と姿を消し、やがて全ての怪魚型死神が力尽きる事となった。
「ウ? ウアアアアア!?」
 いつの間にか孤立していたエインヘリアルは焦り、叫び声には最初の様な勢いはなかった。
 撤退手段を失ったエインヘリアルに対し、ケルベロスたちはトドメを刺すべく総攻撃を開始する。
「鬼人さん、支援します」
「おう。……刀の極意。その名、無拍子」
 エルムの強化を受け、鬼人の研ぎ澄まされた刀の一振りが放たれる。
「やがて来たる嵐、未だ来ぬ嵐」
 右院の水の霊気を纏った攻撃がエインヘリアルを薙ぎ切る。
「ぬおおぁあああ!!」
 ある剣闘士の力を込めた魔術紋章を額に宿すミリム。
「オォアアアアアアアア!!」
 エインヘリアルに負けないほどの雄たけびをあげ、ミリムはエインヘリアルへと肉薄し連撃を繰り出した。
 オズは自身の下半身の大蛇の尾へと毒のオーラを纏わせ、エインヘリアルへ叩きつける。
「ウ……ア……?」
 容赦のない連続攻撃にエインヘリアルは呻きをあげる。
「さぁ、皆様で力を合わせましょう!」
「さぁ、合わせて行きますよ!」
「タイミングを合わせて、行きますね!」
 紫、ミント、麻亜弥の3人は頷き合うと同時に動き出す。
 紫の放った弾丸が足を凍らせ、続いてミントのパイルバンカー『青薔薇の稲妻』がエインヘリアルの胴を穿つと纏っていた凍気が撃ち込まれ体もみるみるうちに凍り付いていく。
 そして麻亜弥が袖に仕込まれた暗器を振るい、踊る剣の舞。舞と共に繰り出される斬撃にエインヘリアルはバラバラに砕け散った。


 ロザリオに手を当て、無事終わった事を祈る鬼人。
 手の空いた者は後処理の為に動き出す。
「ただいま。避難してた人たちに、安全だと伝えてきました」
 後処理を行っている中、避難所へと向かったミリムが戻ってくる。
「死神共は、何がやりたいんだろうかなぁ……あんな状態の奴じゃ、戦力にならんだろうに」
 制御のきかない戦力程、役に立たないものはない。適当に暴れさせるためなのか、それとも他に何か使い道があるのか……。
 ここで考えていても仕方がない。考えるのは本部に帰ってからでもいいだろう。
 そう結論付け後処理を終える頃には、日が登り始め空が白み海は輝きだす。
「近くの店で温かい食べ物を食べて行きませんか?」
「いいね。身体も冷えた事だし」
「私も行きますわ」
「お腹減った」
 ケルベロスたちは帰還前に朝食を取ろうと、海辺を後にした。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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