ボーン・ブラックの子守唄

作者:朱凪

●ボーンブラックの子守唄
 集まったのは片手で数えられる程度の人間。
 場所は薄暗い下水道。他の人間たちが来る可能性はない。
 人々の前に立つのはひとりの──あるいは一匹の、もしくは一羽のデウスエクス。
 辿り着き、睨みつける少女に対してデウスエクス・ガンダーラは問う。
「お嬢さん。貴女は私の教義に否を唱えるのですか?」
 周囲に集まった人間──信者たちは虚ろな瞳で少女たちを見て、なにも言わない。
 言葉に詰まる少女に構わず、デウスエクス・ガンダーラ、すなわちビルシャナは両の腕を開いて見せた。
「人間は罪深く、救えないのです。強欲で、憤怒と憂鬱と色欲に塗れ、暴食と怠惰を貪り、虚飾で彩り、傲慢な。そんな存在を、私たちは使ってやるのです。感謝しても良いほどだと言うのに」
「……っ、じゃあきみは、」
 強欲だったかもしれない。憤怒と憂鬱と色欲に振り回されたかもしれない。暴食と怠惰と虚飾に塗れたかもしれない。傲慢だったかもしれない。
 そんな人間たちを、ずっと見てきた。
「僕が……愛しいと思った人たちのことも罪だと言うの」
「ええ、罪です。私たち神〈デウスエクス〉に逆らうことが既に罪なのですから」
 『何処かより来た神』。
 そんな風に訳すこともできる名前を最初につけたのは、誰だったのだろう。
「……そんなの、認めない」
「貴女が認めようが認めまいが、事実なのですよ、罪深きお嬢さん。御覧なさい。現に貴女が護ろうとしている人間たち自身が、私たちの餌になることを望んでいますよ」
 ビルシャナは数人の人間たちを示し、表情の判りにくい顔で薄く笑った。

●罪
「これが、俺の視た予知です。説明は……要らないでしょうか」
 おそらくケルベロスたちはこれまでに何度もまみえたことがあるであろう敵。
 既に懐かしの鎌倉奪還戦の折に、ビルシャナ大菩薩が放った光により『悟り』を開いたのが今回の敵だ。
 放置すれば配下をどんどん増やしていく、だけでは収まらないだろう。
「なにせ、今回のビルシャナの教義は『デウスエクスの餌となることが罪深い人間の定め』というものですからね」
 そう言って暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)は宵色の三白眼を曇らせた。
 現在敵の周囲にいる人間たちはまだ配下にはなっていない。ケルベロスが説得を行い納得させることで救い出すことが可能だ。
 説得に失敗しビルシャナの配下となった人間たちは戦闘になればサーヴァント程度の力を持って戦いに参加するが、ビルシャナさえ倒せば元に戻ることができる。ただし、配下自体を倒してしまった場合、その命はそこで途絶える。
「戦闘行動は当然必要ではありますが。今回に限っては、舌鋒戦だと思っていただければ」
 例えば、戦うことだけを選択することもできなくはない。
 けれど配下を殺してしまえば配下としては「ただ否定され、意味もなく殺された」と言う感情だけが伝播するだろう。
 その身に宿るグラビティ・チェインをなんらかの役に立てることもなく死んだ、と。
「人間という罪深いものの存在に、嫌気がさしたようですね。でも、Dear」
 チロルは視線を上げる。地獄の番犬たちの顔を見渡す。
「罪を犯していないひとなんて居ますか? 役立つ方法って、死ぬ以外にないんですか?」
 俺はそうは思いたくないです。そう言って、唇を引き結ぶ。
「おそらく、理屈だけでは信者たちを納得させることは難しいでしょう。一般論など、この際には空々しい。言わない方がましです。Dearたち自身のことを話してください」
 それはきっと、傷をえぐるようなものであることもあるだろう。
 それでも。
 チロルは小さく肯いた。
「信じています。……では、目的輸送地、神の御許。以上。どうか、無事のご帰還を」


参加者
ティアン・バ(水底五四節・e00040)
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
ベーゼ・ベルレ(ウソツキ・e05609)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
ギフト・アムルグ(残焦・e25291)
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)

■リプレイ

●告白、あるいは懺悔ではないなにか
 踏んだ水が弾け、僅かな光源を反射する。
「ユノっ!」
 ベーゼ・ベルレ(ウソツキ・e05609)は敵と向き合っていた少女──ユノ・ハーヴィスト(つみびと・en0173)を自らの背に押し込み放たれた閃光から庇う。
 その前には四人の人間。そして。
「鳥さん、神様なんだってね」
 軽い口調でシル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)が光を放つ鳥を窺う。その表情は穏やかなまま、けれど双眸に宿る光は強く敵を射る。
「人は生きているだけで罪だなんてそんなの、あなたに決められたくないよ」
 ──罪ってなに? 罰ってなに?
「生きているだけで罪って……そんなのは認めないっ!」
 いつもは僅か揺れる碧眼をひたと据え、オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)は「神、」吐き捨てた。
「じゃあ、私も去年にはまだ、神か。……ふん」
 くだらないとばかりの語調の彼女はセントール。コギトエルゴスムからかの種族が復活したのはまだ記憶に新しい。
「そもそも、『私たち神に』等と言うが、鎌倉奪還戦で悟りを得たくちなら、お前だって元は人だったのだろうに」
「そそ、他人にありがたがれっつう輩はペテンだって相場が決まってンだろ?」
 首を傾けたティアン・バ(水底五四節・e00040)の台詞にキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)はからり笑って応じる。
 信者たちの中に戸惑いが広がった。
「今一度考えてみろよ、あんたらの教義ってヤツをよ」
「ええ。僕らも、振り返ってみますから」
 地獄化した双眸を燃やし笑うギフト・アムルグ(残焦・e25291)と焔色の瞳のヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)も肯く。
「うーん、罪ってなんだろうね」
 まず一石を投じたのはイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)。指を口許に添え、彼女は小首を傾げて見せる。
 思い当たるものがない、わけではない。
「わたしもヴァルキュリアとして選定とかしてたし、傲慢って──それを罪って言うのは、誰かに決められることじゃないよね」
 わたしたちだって、滅びから逃れるために必死だったんだから。
「自分が生き残るためなら他者が死んでもいいと?」
 ビルシャナが嘲り笑うが、イズナは怒りも苛立ちも瞳に宿すことはなく「それでも」変わらぬ微笑みを浮かべ、人間たちを見据える。
「人をいっぱい看取って来た──それをいま罪って思うのは、生き残るためだったとしても人の命を奪ってきたことが悪いことって、わたしが気づいたから。そしてそんなわたしでもみんなが赦してくれたから。迎え入れてくれたから」
 だからわたしはいまここに生きてるの。
 己の胸に手を添えはっきりと告げたイズナの台詞に、信者らは視線を交わし合う。こつり蹄を鳴らしオルティアも一歩踏み出す。
「そう……私達に限らず、地球の人に救われ、共に生きると選んだ者が、どれだけいると、思っている」
 一歩。たった一歩。それだけでも彼女にとってはとおい距離だった。
「その生き方を知り、そう在りたいと願って、限りある命を選んだ者が、どれだけいると、思っている」
 それでも踏み出したいと願うほど、彼女には『人間』は眩しかった。なのに。オルティアは僅か眉をひそめた。信者たちはその理由を、まだ知らない。
 左薬指の環を握り締めるように両の手を重ね「わたしは」シルも言葉を紡ぐ。
「わたしの信じる道を行くだけ。例え、神からわたしの大好きな人が罪人といわれたとしても、──そんなの知ったことじゃない」
 力強く断じる彼女に、信者たちは明らかに動揺した。
「神だろうが悪魔だろうが、わたしの大好きな人を守るためならいくらでも抗うよ」
「ご」
「それが傲慢だと、悪だというなら好きにいえばいいよ。そんなことでわたしは揺らがないから」
 鳥の言葉を遮り、シルはにっこり笑った。
「守りたい人を守る。助けたい人を助ける。ただそれだけの事だよ。だからわたしはあなた達のことも助ける」
 人類すべてを救うっ! ──そんなことは言えないけれど。
「……なら彼らが死にたいように死ぬのも、それだけのことなのでは?」
 不服気に『神』に「お前、頭悪いな」普段と変わらぬ茫とした灰の双眸が向けられた。
「なん、」
「それだけのことだろ」
 淡々とティアンの声が言い切るのに、悪友と兄のような友人はそれぞれ小さく笑う。
 そっと色味のない手が胸元に添えられる。下にある傷から零れる地獄の火は濁り黝い。
「死んでしまいたいとか、刺し違えてでも殺すとか、思うこともあるけれど」
 己の罪というなら、あの絶望と綯い交ぜに海を染めた赤橙の夕焼けの日だろう。
「何度も死に損ない、ころしてと願う事もあったけれど」
 君と──いきたかった。
「それでもそれは、ティアンがそうしたいから。だからお前たちが死にたくても、ティアンが助けたいなら助ける、それだけ」
 欲する所を思うのは罪か?
「あるがまま、思うまま、感じるままを受け容れるよう教えられたし、それは確かにティアンの力になっている。……傲慢は罪か? ティアンは、誇りなく生きる方が余程嫌だ」
 生きることは罪か?
「嘗て故郷で封印竜の封印を維持する贄に望まれ、それでも反対して、抗って、ティアンを生かしてくれた人達がいた。……生きていくことは罪ではないと、おもう」
 瞼を伏せた彼女の言葉に信者たちは更にどよめく。
 だからヨハンはひとりひとりへ視線を合わせた。
「皆さんは、理想と違ったことに罪悪感があったのでしょうか」
 強欲、憤怒、憂鬱、色欲、暴食、怠惰、虚飾、傲慢。あるいは別のなにか。ヨハンの場合は憂鬱──あるいは強欲だった。
「僕は生まれた意義と、家族の期待に背きました」
 代々戦士を輩出する家系なのですが、と眉を寄せて苦く笑う。
「前線で拳と剣を揮うべく幼少期から鍛錬尽くしの日々でした。でも僕は──戦士になんてなりたくなかった。普通の家の、普通の子になりたかった」
 鎧の奥に痛みを与える方法を考えるより、路傍の花を愛でる時間を求めたかった。けれどそれを口にすることすら許されなかった。
 ヨハンは纏う白衣を握り締める。脳裏に浮かぶ、撫子色の瞳の娘や梔子の迷路で出逢った姿、友人、……家族。
「殺人術を叩き込んだ身で、傷を癒す治療家を目指したのは自分への慰めなのです」
 憂いは未だ、ある。
「所謂犯罪とは違うのでしょう。けれど惹かれては駄目と判りながら惹かれたり、我を貫いたり、他者を妬み、世界を恨んだ僕もまた罪人です」
 憂いは未だ──あるのだけれど。
 過去は引き摺るし、未来は疑わしい。「それでも」大切な人たちが、丸くなりかける大きな背を、押してくれるから。
「……罪人のままは、悔しいのです。至らないなりに悩み苦しんだ時間も決して短くない。生き抜いて、儘ならない自分や世界をどうにか赦して、報いたいのです」
 何も成せないまま、罪人のままで死にたくない。
 ──皆さんは、いかがですか。
 彼の声に高齢の男が呻いた。同時、ヨハンと同等に大きな背中が「おれは、」ユノの前で震えた。
「おれは、……たくさんのいのちを、奪ったんだ……。破壊衝動の、そのままに」
 ベーゼの告白にオルティアは唇を引き結び、拳を己の胸の前で握り締めた。
 彼は強く奥歯を噛み締め、深く俯く。
 前の人間たちを見ることができない。
 後ろにいるキミを見ることができない。
 憶えている。豊かだった森が焼け焦げた匂いを。向けられる怯えた無数の瞳を。相棒にも隠していた過去。ああそう。それだけでも罪深いと言うのに。
「……我に返ってそれを知って、おれは逃げ出した。臆病な皮をかぶってヒトが良いクマのふりをした。“わるいクマ〈ベーゼ・ベルレ〉”、それが、……おれ」
 ああそうだ!
 ベーゼは硬い下水路を踏み締める。
「始めから、ぜんぶウソっぱちだったんだ。ほんとうのコトを知られるのが恐くなった」
 恐れられるのを恐れ、ウソツキになって。ほんとうの臆病者になってしまった。
「ッそれでも変わりたいから、足掻くんだ」
 嵐雲色の瞳に僅か層が浮かぶ。機械の娘に吼えたこと。声に出して胸を張って、生きて。そうしたら。
「罪を重ねてだって、護る為に、おれは生きる。皆に生きて、ほしいから!」
「、」
 その背に小さな手がしがみつき、キソラはその肩をぽんと叩いた。空色の瞳が柔く笑う。
「そもそも、価値や命の使い道を勝手に決めるコトこそ傲慢だろーが」
 なぁ? 若い男を見遣って肩を竦めるが、責める声色は滲まない。
「何の価値もないと言われ続けて、せめて道具になれとただ生かされて。その末に文字通り親を殺めたオレは間違いなく罪人だ」
 真実は言葉のとおりではない。
 けれどキソラにとっては事実だ。
 虐待を受けそれ故に歪み、己を犠牲に死から逃れようとした母を見殺しにして。父を己の歪みが故に狂わせ、『神』と化した父を討ち果たした。
 それを告げたところで意味はない。伝えたいのは、そこではない。
「──ケド、だからと言ってこの命を誰かの手に委ねる気はねぇ」
 そんなものは、罪に対する贖いではない。
「勝手に価値を決められ命を差し出すなんて、全てを放り出した逃げの口実だ。大体、欺瞞を振り撒く為に使われる命は、誰かの涙や笑顔より、価値があるってぇのか」
 死に、父の歪みが生んだ『家族』の居場所を改めて潰すべきだったと?
 ティアンの肩に軽く肘を乗せて「生きるコトが罪なら罪人で結構」に、とキソラは信者たちに視線を据えて笑う。
「罪ならその手で償え。価値を他人に委ねて責任から逃れるな」
「大体神ってヤツは人よりよっぽど傲慢だ。俺を育てた奴もそうだった」
 かしかしと後頭部を掻いて、ギフトは思い起こす。『神』──否、かつて慕った“悪魔”と共に彼は生きて来た。
「逆らう事は許されない、全て捧げて当然だって教わったからそんなモンだと思ってた」
 そしてその欲望のため、同じ命を踏み躙って悦んでいた。“悪魔”の横で。
 ──許されねーのは分かってる。
 でも連中を助けられたら少しは贖いになる気がすっから。ギフトは壮年男の胸倉を掴む。その手は震えた? 判らない。男は震えた悲鳴を零した。
「違うって気付いた時には殺されて、後に残ったのは未練だけ、よ。だから手遅れになる前に言っとくぜ。有り様は自分で決めるこった」
 あんたらの命を利用するだけのソレは本当に救いか?
 顎をしゃくって鳥を示す。口角を上げて骸の男は信者に諭す。
「テメェの命を役立てたいなら棄てずに燃やしてみちゃどうだ? 罪人にも救える命の一つや二つあんだろが。──例えば、あんたの隣によ」
 そして手を離す。無様に腰を落とした男は、おろおろと隣の女を見た。
「なァ。生きて抗う様を見せてくれよ」
「ああ。何を背負い込んだか知らねぇが、死は全ての終わり。生は、多彩な可能性だ」
「そもそも生に意味が、価値が、理由が、必要か?」
 ギフトの挑発にキソラが言い、その肘を無表情に押しやりティアンが問う。身も蓋もねぇなと振り返るふたりに、彼女は当たり前のように言った。
「それは生き切った後についてくるよ、きっと」

「生きてたら妬んだり、恨んだり、貶めたり──誰でも罪を背負ってる。ううん、誰もが逃れられないことなの。でもそれは人もデウスエクスも、そして神さまだって変わらない」
 ──それが『原罪』。
 わたしはそう思うとイズナは告げて。
「大切なのは、それに気付けるかどうかなんだよ。気付いて悔いて、また歩みだす。それが大切なの。あなたたちが自身の行いを罪だって思ったなら、きっとやり直せるよ、もう気付いたんだから」
 そう、と。口の中でベーゼも零す。
「キミを赦せるのは他の誰かでも神さまでもない。キミ自身だけ」
 それはきっと……おれも。
 振り返らない横顔を、ユノは見上げる。イズナは大きく肯いた。
「そう! 諦めるなんて誰でもできること。精一杯生きること、それだけでみんな勇者なんだよ。みんながんばって! ビルシャナに打ち克った人は勇者って認めてあげるよ!」
「なんと罪深き」
「罪、結構」
 瞼を伏せ、五感を放棄し。敵の周囲にのみ張り巡らせたオルティアの感知魔術が、鳥へと斬撃を放った。
「お前が言うところの、その罪にこそ、私は惹かれた」
 蹂躙戦技:舌鼓雨斬。距離を保つ彼女にこそ得られたグラビティ。
「短い命なればこそ、その中に欲求も感情も、溢れるほどに詰め込んで儚く膨れ上がった、けれど輝かしい、泡沫のような生に」
 触れ合いを恐れた。温かさに慄いた。拒絶して混乱して暴れて──閉ざされた。
「沈み閉じ籠っていただけの、浮かぶ事さえできなかった私は」
 長らく裡に籠り、諦観と共に安寧さえ得た終りなき生。伏せたその顔にまで届くほどの光を、外に感じたのだ。
 だから切望した。髪を風に揺らして、彼女は吼えた。

「──惹かれたんだ!」

●檻を毀す
「なるほど、これが答えですか」
「そう。わたしは、わたしの両手いっぱい広げて、大好きな人達を守りたいだけ。ただ」
 シルは片目を瞑って見せる。
「わたしはわがままだからその両手はとっても沢山抱えるよ? それにね……みんなが笑顔でいられる世界が罪というのならば、そんな世界、わたしが壊してあげるよ!」
 神様なんかに邪魔はさせない!
 六属性の精霊の魔力を増幅収束させて、貫く。ヨハンは雷の壁を張り巡らせつつ、静かにビルシャナへと告げた。
「優しく誰かを愛し、愛されたい。だから闘う──僕は生まれつきの戦士なのですから」
 そして問う。
「このまま終わりは悔しいでしょう。人々を誑かした罪を認めて、僕達と共に生きてはみませんか?」
 地球を愛すことはできないかと。
「罪深き人間は餌でしか有り得ません」
 けれど清々しいまでにビルシャナは言い切った。ヨハンは唇を引き結び、瞼を伏せた。
「ま、そもそも俺はお前らを神とも思っちゃいねえからな」
 信者と敵の間に割り込んだ姿を「グレイン」信頼乗せてユノが呼ぶ。彼は軽く耳をそよがせた。
「生きてる中で罪を犯す。そうだとしてもそれを償ったり背負っていくのも、生きていく中での話だ」
 姉弟子と慕った存在を己の手で討った記憶は背負い続ける。そしてグレイン(e02868)もベーゼの背を叩いた。
「共にあると感じられるだけでも力になる事もあるしな」
 彼は既にビルシャナの教義に是と言えなくなった四人を引き連れ駆けていく。任せろ、と残して。
 ぐ、と口を引き結んで。ありがとう、と伝えたなら。
「……ちょっとだけ、離れててほしいんだ」
 ベーゼは仲間に依頼する。ゆらりと立ち昇る黒い靄。それは魂に封じられた破壊衝動〈デウスエクス〉の力を一部解放するグラビティ。罪の証左。獸王──ベル・セルク。鋭い爪が敵を掴んで叩き付ける。生体がひしゃげる音がした。
「────!!!」
 昏い地下坑に無我の咆哮が反響する。
「救われねーなァ、鳥のあんたも」
 床に潰れる敵の傍にしゃがみ、覗き込んでギフトは眦を細める。
「人を棄てて尚罪を重ねて、重いだろ。苦しいだろ。今楽にしてやるから、絶望塗れの世界におやすみを言いな」
 濃紅のオーラを纏った拳を握り、
「背負った全部を埋めてやるよ!」
 音速で叩き込む。更に潰れる音がした。

「歩むことを拒むあなたは、止めちゃうね」
 イズナから放たれるグラビティ・チェインが如き鎖。貪り喰らう魔法の紐──グレイプニル。動きの妨げられた敵に向け、ティアンは胸に添えた両手を伸ばす。
 世界の、相手のあるがままを受け容れたなら、世界と己は同じである、と得た彼女の力。
 おまえの生きた世界だから意味を決めていいのはお前だけだと、言われたから。
 嘗ての様に愛しいひとの後を追おうともせず、今生きているのは、己が変わったから。
「罪だとしても、罪でもいいよう変わりゆく。……そう、生きていれば」
 ティアンの幻〈せかい〉を、お前にあげる。
 あるはずのない潮騒が、ビルシャナを縛めた。
「実に──愚か。実に──無様。しかしそれでもあなた達は生きるのでしょう」
「そーだね」
 キソラがへらと手を振った。彼の喚ぶ虚声ノ疾風は、音もなく敵を裂く。
 他者には聴こえぬ音の中でただ、『神』は最期に呟いた。

「実に──相容れません」

●澱を溢す
 めいめいの足音が反響する帰路、ベーゼはミクリさんを抱え、隣のユノへと言う。
「わるいクマじゃないって前にキミが言ってくれた時、おれ、嬉しかった。この気持ちは、これまでは、願いは、ほんとうだから」
 だから決めたんだと、彼はやっとペリドットを見た。
「おれは、もう恐れないって。背負う重さを軽くするコトは出来なくても……また、我儘をきかせてほしいんだ」
「……じゃあ今度、僕の嘘も、聞いてくれる」
 上がらない語尾は、此度は再び涙に喉が震えたから。大粒の涙を零してきつく、彼の裾を握り締める。
「要はコインの裏表じゃねーのか、な」
 その後ろを歩きぼやくギフトを、ティアンが見る。
「光がありゃ影ができんのと同じ。人がいりゃあ罪が生まれる」
 どーって事ねェ自然な事で。何気なくユノやイズナの暗がりで光る翼と、その足許の影を指した。
「只“在る”だけで否定されちまうなんてのは、全くフザケた話だよな」
 相容れぬと言われてなお、ヨハンは『神』に誓う。
「それでもやはり、……僕らは生きていきます」

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 4
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