双魚宮「死者の泉」潜入戦~双魚の炎舞

作者:椎名遥

 双魚宮『死者の泉』。
 その一角に作られた広場を喧騒が満たす。
「はっはあっ!」
「まだまだ!」
 仲間達が作る円陣の中央で、相対するのは二人の女性シャイターン。
 気合の声と共に蹴撃が閃き、炎が走り。
 かわし、ぶつかり合い、相殺してはじけ飛び。
 交錯が重なる度に歓声が上がり、足踏みの音が地面を揺らす。
「ああ、いい気迫じゃないか」
 一歩離れた場所からその試合を眺め、周囲に満ちる熱気に目を細めて『蹴撃部隊長』シャラール・アズライールは満足げに頷く。
 自分達シャイターンが、地上侵攻において戦力外と見られていることは自覚している。
 だが、それを良しとして受け入れられるほど、彼女や部下達のプライドは安くない。
「ああ、そうさ――あたし達はあいつらとは違う。地上侵攻作戦の役に立てるってことを、エインヘリアル達に見せてやるさ」
 ふいに、遠くから聞こえてくる酒盛りの声に眉を顰めて苛立たしげに息をつき。
 気持ちを切り替えるように一度地面を強く蹴ると、シャラールは踊るように身を翻して円陣の中央へと飛び下りる。
「今度はあたしが相手になってやるよ。全員まとめてかかってきな!」


「皆さん、死者の泉の『門』が開かれました!」
 興奮した面持ちで、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まったケルベロス達に呼びかける。
 磨羯宮ブレイザブリクに発見された、双魚宮『死者の泉』へとつながる転移門。
 幾度も蘇る防衛機構に守られていた門は、ケルベロス達の42回の攻略を経てついに突破されるに至ったのだ。
「『門』を突破したことによって、双魚宮『死者の泉』も含めた、魔導神殿群ヴァルハラの状況を予知することができましたが――」
 そこまで語ると、セリカは表情を改めて緊張した面持ちで言葉を紡ぐ。
「現在、魔導神殿群ヴァルハラでは、王族が率いる複数の軍勢が戦争の準備をしています」
 このまま準備が進めば――『門』の突破が遅れていたならば、一月後には複数の神殿が地上に侵攻する大規模作戦が展開されることになっていただろう。
「ですが、間に合いました」
 ケルベロス達は『門』を突破してヴァルハラへの侵攻経路を確保し、ヘリオライダーの予知は侵攻計画を察知できた。
 ならば、エインヘリアルの侵攻を座視する理由はどこにもない。
「『門』が双魚宮につながっていたことも幸運でした」
 双魚宮『死者の泉』はエインヘリアルにとって秘蔵と言える重要施設であり、地上侵攻作戦には加わらない神殿の一つだ。
 ――だからこそ、この場所に配置されているのは、戦争において戦力外と見られていたシャイターンの軍勢のみ。
 この状況を利用すれば、主だった敵を撃破した上で死者の泉を制圧し、残りのシャイターンを降伏させて、他の神殿に知られる事無く双魚宮を制圧する事ができるだろう。
「作戦に利用する転移門は一度に転移できるのは8人までのため、この作戦に投入できる戦力は限られたものになってしまいます……ですが、皆さんなら、きっと成功させることができると信じています」
 戦場となる双魚宮は、魔導神殿群ヴァルハラの中でも後方に位置しており――だからこそ、配置されているシャイターンは、侵入者が来る事などありえないと油断しきっている。
 この状況を利用し、各チームごとに目的の敵を撃破に向かうのが今回の作戦となる。
「転移先は双魚宮の『隠された領域』。皆さんは、そこから広場を目指してください」
 周囲の警戒は手薄なので、予知に従って動けば目的地まで進むことは難しく無い。
 また、運悪く発見されてしまった場合でも、シャイターンの戦闘力は低いために、騒がれる前に倒すことは十分可能だろう。
「広場にいるのは、『蹴撃部隊長』シャラール・アズライールと直属の配下です」
 炎の魔法と肉弾戦を得意とする武道家シャイターン美女軍団『蹴撃部隊』。
「隊員のシャイターンは皆さんよりも低い戦力しかありませんが――隊長であるシャラールは、他の隊員とは別格の強さを持っています」
 踊り子のような姿をしたシャイターンであるシャラール・アズライール。
 その踊るような体捌きから繰り出される蹴撃と炎の魔法は、ケルベロス達をまとめて相手取れるだけの威力と精度を併せ持ち――さらに警戒すべきは、その立ち位置。
 かつては第四王女レリに仕え、今もエインヘリアル寄りの立場を示すシャラール達は、襲撃を知れば双魚宮から脱出して他の神殿に救援を求めに行こうとするだろう。
 そして、双魚宮制圧前に他の神殿に知られて援軍が来てしまえば撤退せざるを得なくなるために、逃すことなく確実に全滅させる必要がある。
「幸い、彼女もまた襲撃を受ける可能性を考えていないことと、他のシャイターン達が酒盛りや喧嘩で騒がしくしているおかげで、潜入時に多少騒がしくしても外部からの潜入を疑うまでには至らないようです」
 潜入し、逃げ道を封じ、確実に全滅させる。
「相手の本拠地で、しかも数の多い相手に達成するのは難しい作戦になりますが……それでも、やらなければいけません」
 『門』を撃破した仲間達の尽力に応えるために。
 大規模侵攻を防ぐために。
 だから、
「皆さん――御武運を」


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
小車・ひさぎ(シアワセ方程式・e05366)
タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)
夢見星・璃音(輝光構え天災屠る魔法少女・e45228)
パシャ・ドラゴネット(白露の虹橋・e66054)

■リプレイ

「ここが双魚宮かー」
 周囲を見回し、小車・ひさぎ(シアワセ方程式・e05366)は苦笑する。
 磨羯宮を奪い、転移回廊を突破し、今やケルベロスの牙は喉元まで。
(「磨羯宮さえ動かさなければ、ゲートに迫られることもなかったのにね」)
「現在地は、ここです」
「相手の配置は、こんな感じだね」
 パシャ・ドラゴネット(白露の虹橋・e66054) が地図を広げてスーパーGPSで現在地を確認し。
 その上に、夢見星・璃音(輝光構え天災屠る魔法少女・e45228)がゴッドサイトデバイスから得た周囲の情報を重ね、
「潜入開始やね」
 ルートを確認すると、ひさぎはデバイスを起動させる。
 ひさぎが身に着け、仲間達と共有するチェイスアートデバイスの能力。
 それに加え、服装や靴による隠密効果に隠密気流、ゴッドサイトデバイスの察知能力を合わせれば――敵の本拠地であっても、隠密行動は十分に可能となる。
 無論、デバイスでは把握できない通路の状況や階層によって回り道を強いられることもあるが……それでも、有効性は非常に大きい。
 遭遇を避けて、見つからないように。
「ん、何だ――」
「寝てるんだぜ」
 そして、避けられないなら速やかに。
 左右を見回すシャイターンを、タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)が頭上からの急襲で沈め。
 回廊をぬけ、角を曲がり、門をくぐり。
(「わ」)
 のぞき込んだ伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が、物陰に顔を引っ込める。
 門の先には、大きな広場。
 そこに集まっているのは、幾人ものシャイターンと――ひときわ強い気配を纏う踊り子のような一人。
「あの人がシャラール?」
「たぶん、そう」
 身を隠し、仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)と勇名は声を潜めて言葉を交わし。
「ここガ目的地カ。ならバ」
「ああ、ちっとばかり細工しておくか」
 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)と尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)はアームドアームデバイスを操り、花瓶や鎧や水瓶を動かし、扉をセメントで固めて封鎖する。
 その気になれば簡単に壊されるものでも、一手を奪えるならば保険としては十分。
 後は死力を尽くすのみ。
 得物を構えて息を整え。
「それじゃ――いくぜ!」
 ――ケルベロス達は地を駆ける。


「いくよ、いっぽ!」
「合わせるんだぜ、ミミック!」
 かりんの放つフォーチュンスター。タクティの撃ち込む轟竜砲。
 さらには、かりんのミミック『いっぽ』とタクティのミミック『ミミック』の呼び出す愚者の黄金が降り注ぐ。
「な、なんだ!?」
 最重要施設の一つの双魚宮。
 外部の侵攻を想定していない場所だからこそ、その警備の意識は低い。
「さて、勝負といこウか」
 うろたえるシャイターンを見据え、眸の呼び出す怒れる女神の幻影が、ビハインドの『キリノ』が飛ばす礫と共に襲い掛かり、
「まず、ひとり」
 それに重ねて、勇名も光線を撃ち放ち――。
「――やらせないよ」
 直後、荒れ狂う炎の波が、幻影も光線も飲み込み焼き払い。
 続く璃音の星の煌きを宿す蹴撃が、炎を纏う蹴撃に弾かれる。
「敵襲だ。構えろ!」
(「対応が早いね」)
 璃音を押し返し、広喜の呼び出す青の光を焼き払い、迎撃しながら部下に檄を飛ばす姿に、ひさぎは胸中で息をつく。
(「勝手なイメージでしかなかったけど、『シャイターンは女性の方が有能』って見立て、案外間違ってなかったみたい!」)
「けど――」
 レイピアを握りなおし、体を沈め。
 前を見据えてひさぎは駆ける。
「ちっ!」
 パシャの放つプラズムキャノンを打ち払った隙を突いてシャラールの脇をすり抜け。
 大きく踏み込むと共に、握るレイピアが氷の御業を刀身に宿す。
 襲撃に対応できているのはシャラールのみ。
 他の隊員も指示を受けて構えているものの――意識までは、追いついていない。
 故に、
「遅いっ。爆ぜろ、”凍星”!」
 わずかに、しかし致命的に遅れた守りの隙を縫い、閃く刃が隊員を凍り付かせる。
「これで、一人っ!」
 相手が倒れるより早く、ひさぎは飛び退き――直後、幾重に重なる炎の波が走り抜ける。
「体勢ヲ整えタか」
「もう一体は倒したかったが、まあ十分だ」
 態勢を整え、意識を切り替え、ケルベロス達に相対する蹴撃部隊。
「どうやって来たのかわからないが……まずは包囲を抜けてからか」
「てめえらがここにいると、ヒトが焦土地帯に帰れねえんだ」
「逃さなイぞ。貴様らはここで斃れルのだ」
 言葉と共に敵意と闘志をぶつけ合い、シャラールにも、広喜と眸の口元にも、浮かび上がるのは楽し気な笑み。
「それじゃあ――」
「あア――」
 ここからは削りあい。
 どちらが狙いを通すかの消耗戦。
「突破する。援護しな!」
「倒しきる。いくぞ」
 直後、襲い掛かる炎の波を、大地から立ち上がる無数の骨が受け止める。
 それは、かりんが呼び起こす大地に塗り込められた『惨劇の記憶』。惨劇で散った命達の想いの具現化。
 希望を掴めなかった無数の骨の手は、絶望に立つ者達の盾となり。
 届かなかった明日への叫びは、今日を生きる者達の心を奮い立たせる。
「ぼく達は、みんなの命を背負って、みんなの命の上に立っているのです。だから、絶対に、負けられません!」
 ひさぎのジグザグスラッシュとタクティのマインドソード。二つの刃が隊員の蹴撃と切り結び、押しこみ――しかし、横合いから走る炎に追撃を阻まれて。
 距離を取ろうとする隊員へと、上空から勇名が小型ミサイルを飛ばす。
 足元を狙うミサイルに体勢を崩した隊員を、璃音のレゾナンスグリードが捕らえ、
「貴様の罪を自覚させテやろう……傷が痛むたび、ワタシを想ウがいい」
 動きを封じられた隊員を見据え、光を放つ眸の瞳。
 放たれるのは、身体の構成を見抜き、神経を的確に貫く一撃。
 罪の意識のようにいつまでも膿み、疼く傷跡が隊員へと刻み込まれ――そして、苦悶の中で、倒れ伏す。
 実力も人数も、蹴撃部隊はケルベロスより低い。
 だが、それでも侮れる力ではなく、侮れる数でもない。
 故に、包囲して逃げ道を塞ぎ、一体ずつ確実に。
 けれど――、
「これで二体目だぜ!」
「いや――避けろ、タクティ」
 息をつくタクティへと、広喜が警告を飛ばし――、
「甘く見られたもんだね」
「なぁっ!?」
 反応するより早く、タクティの体が跳ね飛ばされる。
 それを成したのは、炎を纏う蹴撃部隊の長『シャラール・アズライール』。
 攻撃を集中して、戦力に劣る隊員から一体ずつ確実に。
 その作戦自体は間違いではない。
 だが――それは、最大の戦力を持つ彼女への抑えが弱まることと引き換えでもある。
「タクティさん!」
「ちっ」
 パシャの呼び出す氷雪の妖精を振り切り、放つ蹴撃が割り込む広喜を捉えて退かせ。
 荒れ狂う炎の如き激しさで、シャラールの脚が閃き――、
「こ、の!」
 その蹴撃を、タクティの拳が受け止める。
 はめられた結晶が碧の光を放ち、意地を込めて振り抜く拳がシャラールを押し返し、
「こっちも甘く見られちゃ、困るんだぜ!」
「いい根性じゃないか!」
 血を拭い、笑みを浮かべるタクティへとシャラールも笑みを返す。
 蹴撃、炎撃、射撃に打撃。
 無数の攻撃が交錯し、ぶつかり、削りあい。
 ひさぎの呼び出す黒い太陽の光に動きを止めた隊員を、勇名のミサイルが打ち倒し。
 仲間を庇ったミミックを、重ねて撃ち込まれる蹴撃が跳ね飛ばし。
 連撃を受け止め、傷つく仲間達をかりんの呼び出す黄金の果実の輝きが癒し。
 倒し、倒され――しかし、
「もらったよ!」
 炎を纏う蹴撃でいっぽを打ち倒し、隊員がケルベロスを牽制する隙を突いてシャラールが包囲の外へと駆ける。
 その足を、眸と広喜が重ねて呼び出す女神の幻影が。
 そして、
「こんなところで敵前逃亡したら、女性の復権を考えていたレリはどう思うだろうね?」
「――!」
 璃音の言葉が縫い留める。
 第四王女レリ。
 彼女の配下だったシャラールに、その名は聞き流すにはあまりに重い。
「……あの方のことを、あんたたちがどれだけ知っている?」
「知ってるぜ」
 問いかけるシャラールを見据え、タクティは応える。
「思いも、戦いぶりも、最期も。全部覚えているぜ」
 幾度も戦い、そして打ち倒した相手なのだから。
「……そうかい」
 その言葉に、シャラールは俯き。
 ――そして、晴れやかな笑みと共に顔を上げる。
「それなら、いい」
 自然な声で、自然な動きで。
「あの方のいないエインヘリアルにどう思われても構わないが、そういうことなら話は別だ」
 握る拳は炎を纏い、舞うように腕を振るえば、飛び散る火の粉は炎の翼を描き出す。
「第四王女レリが配下、蹴撃部隊の力――余さず全部、刻んでいきな」
(「ああ……」)
 燃え盛る炎翼を背にして、猛々しく気高く周囲を照らす姿に、パシャは知らず息をつく。
 エインヘリアルの配下になる前のシャイターンの事は何も知らないけれど、これこそが本来の姿なのだろう。
 それは想像でしかないけれど――そうだったら素敵だと思ったから。
 だからこそ、
「シャイターンの事、あなたの事。もっと知りたいから――全部受け止めてみせます!」
「ああ、やってみせな」


 シャラールと共に駆ける、残り二名の隊員。
 軽くない傷を受け、呪縛に動きを縛られながらも、その動きは時にこれまで以上の鋭さを宿し。
 視界を埋め尽くすほどの無数の攻撃――その全てを、広喜は眸と共に受け止める。
「温いぜ」
「この程度カ」
 重なる攻撃に押し込まれ。
 幾つもの攻撃がその身を穿ち。
「俺たちは絶対に壊れねえ」
 それでも、広喜は楽しげに笑う。
 それは、共に背を預ける眸もまた同じ。
「なあ、眸」
「あア、広喜」
 蹴撃を受け流し、連撃を押し返し、炎の波を打ち払い。
 一歩、また一歩、前へ。
 前を向く目は、真っ直ぐに相手を見据え。
 突き込む蹴撃に肩を打ち抜かれながらも、眸が繰り出すスパイラルアームが隊員を打ち倒し。
 距離を取ろうとする一人へ広喜が放つのは狂イ詠。
「さあ、一緒に壊れようぜ」
 青い回路状の光が引き起こすのは精神をも浸食する強力なジャミング。
 それに乗せて送り込むのは、単純で逃れ難いただ一つのコマンド。
『壊せ。壊せ。壊せ』
 破壊を求める命令に突き動かされ、広喜へ飛び込む隊員へとタクティは手を伸ばす。
「セット……」
 相手にも事情はあるのだろう。
 けれど、自分達の背負うものもまた重いもの。
 だから、これは意地の通し合い。障害になるなら倒すのみ。
 指さし、狙いをつけ、撃ち出すのは結晶の弾丸。
「咲誇れ愚者の華! 晶華ァ!」
 その弾丸は、撃ち込まれた相手のグラビティチェインに反応し、舞い散る華を運ぶ風のように爆発を巻き起こし。
「うごくなー、ずどーん」
 崩れ落ちる隊員の脇をすり抜け、踏み込むシャラールへと勇名が小型のミサイルを降り注がせる。
 巻き起こるミサイルの爆風がシャラールを飲み込み――しかし、それすらも背を押す勢いに変えるように、シャラールは駆ける。
「やぁっ!」
「そこっ!」
 氷の御業を纏うひさぎのレイピア、雷の霊力を帯びたパシャの白木蓮の杖。
 二種二重の連携がシャラールの蹴撃と火花を散らし。
 捌き、かわし、押し返し――打ち勝つのは炎を纏う蹴撃。
 パシャの突きを受け流すとともに、繰り出す蹴撃がパシャを捉えて跳ね飛ばし、
「それで終わりかい?」
「いいえ、まだです!」
 地面に打ち倒されながらも顔を上げ、かりんが呼び出す月光を浴びてパシャは再び立ち上がる。
 まだ、ケルベロスの在り方を伝えきれていない。
 まだ、シャイターンの事を知れていない。
「だから、ボクは、負けません!」
 炎を掲げるシャラールを見据え、指先で大気に描くは白く輝く雪結晶の魔法陣。
 召喚された雪と氷で作られた妖精は、戯れるように楽し気な笑い声と寒気を振りまきながらシャラールへと飛んで行き。
「Jack o' Frost 迷える我らを救いたまえ」
 作り出す霜が炎の波とぶつかり合い、巻き起こるのは衝撃と白霧。
「いくよ、シャラール!」
「来な、ケルベロス!」
 霧を吹き散らし、衝撃波を突っ切って、璃音とシャラールは駆ける。
「生命の輝きよ、私に集いて一時の力となれ!」
 璃音の手の中に形成されるのは、火水風土雷氷光闇の8属性の魔力を束ねた巨大な虹色の剣。
 一方のシャラールの足を覆うのは、触れるものを焼き払う、太陽の如き輝きの炎。
「――これで終わらせる! レディアント・ステラ・グラディオ!」
 振り抜く刃と閃く蹴撃が交錯し、璃音の手の中で剣が砕け――そして、シャラールが崩れ落ちる。
「ここまで、か」
「うん、ここまでにしよう」
 地面に膝をつき、どこかすがすがしそうに笑うシャラールに、璃音は手を差し伸べる。
「……どういうつもりだい?」
「仲間達から、アストライアを撃破して、死者の泉を確保したと連絡がありました」
 訝しげに見つめるシャラールに、デバイスに手を当てたパシャが言葉を紡ぐ。
 双魚宮を制圧し、死者の泉を確保できたのならば、自分達の目的は果たされている。
 そして、相手が降伏を受け入れてくれるなら、これ以上戦う必要はない。
「いいのかい?」
「……知り合いから、レリの配下であるあなたの事をよろしく頼まれててね」
「あたしのことを?」
 首を傾げるシャラールに、璃音は笑顔で応え。
「うん、帰ったら教えてあげるよ」
「帰ったら、か」
 璃音を見つめ、倒れた部下を見つめ、空を見つめ。
 そして、シャラールはその手を取る。
「ああ、楽しみにしているよ」


 戦いは終わり、双魚宮はケルベロス達が制圧した。
 だが、先頭に立って攻撃を受け止めていた眸と広喜を始めとして、ケルベロス達の消耗もまた大きい。
 仲間達の手当てを済ませて一息つくと、シャラールと、まだ息のあった幾人かの部下を連れて、ひさぎのデバイスの助けも借りながらケルベロス達は帰路につく。
「そういえば、みんなはどうしてエインヘリアルに与してたの? どう思われても構わないって言ってたのに」
「ああ。以前、あの人から命じられていたのさ。『自分が帰ってこなくても、エインヘリアルの為に働いて欲しい』ってね」
 ふと、首を傾げた璃音の問いに、シャラールは淡く笑みを浮かべる。
「それが最後の願いになったんだ……まあ、少しくらいは応えないとね」
 遠くを見つめるその横顔を見上げて、勇名は小さく首を傾げ。
「んうー……なかよし、だったの?」
「どうかね……そうだったかも、ね」
「そっか……」
 呟き、遠くを見つめる勇名と並んで、かりんもまた彼方へ視線を向ける。
 双魚宮『死者の泉』。
 もしそれが名前の通り死者が集まる泉だというのなら……そこには、彼女の、自分の、大切な人がいるのだろうか。
(「兄様も、そこにいるのかな」)
 その答えは、まだ見えない。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月11日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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