双魚宮「死者の泉」潜入戦~死者の泉のアストライア

作者:秋月きり

 双魚宮「死者の泉」。
 魔導神殿群ヴァルハラの後方に位置するこの神殿は今や――だらけきっていた!
「双魚宮の役割はエインヘリアルへの転生のみ。やることやってれば文句言われる筋合いはないわ。まして、今回の戦争には不参加なのだから」
 女は笑う。黒髪、黒肌が特徴的な彼女は申し訳程度の服――むしろ、布切れと言っても良かった――を纏い、諸処の書物を広げている。
 彼女の名前はアストライア。
 この双魚宮を指揮するエインヘリアルであり、双魚宮内にある『死者の泉』の守護者であった。
「それ……欲しい」
「――あっ……それ、ボクの……!」
 何処からか直属の配下の声が五月蠅く響く。だが、彼女は視線を書物から上げることは無い。完全に没頭していた。
 “嫉妬の炎”ギーラと“強欲な炎”ガシェーの姉妹の騒ぎなど、この双魚宮では日常茶飯事だ。奪うことを是とするガシェーと、奪われることで嫉妬するギーラ。如何に姉妹と言えど、この二人が仲睦まじくなど出来ようはずもない。
 だが、そんな問題はアストライアにとって些細なことだ。其処に思考の一割、否、一分すら割くつもりはない。
(「ふふ。貴方を暴いて上げる。今日も、明日も、明後日も、ずっと、ずーっと」)
 彼女の思考は全て、死者の泉の研究のみに捧げられていた。

 磨羯宮ブレイザブリクの探索完了と、『門』42体撃破による転移門開放の報は直ちにケルベロス達を駆け巡る事となった。
「それもこれもみんなが頑張った結果よ。お陰で双魚宮『死者の泉』のみならず、魔導神殿群ヴァルハラの状況を予知することが出来たわ」
 感謝と幾許かの疲労が籠もった声は、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が紡いだ物だった。『門』42体の撃破の後、他のヘリオライダーと連携して予知を進めていたのだろう。金色の目の下に出来た痕が彼女達の奮闘を物語っていた。
「その魔導神殿群ヴァルハラだけど、王族率いる複数の軍勢が戦争の準備を行っているようなの」
 予知が告げる刻限は一ヶ月後。複数の神殿を地球に侵攻させる大作戦を行おうとしているようなのだ。
「もしも転移門の開放が間に合ってなければ、大変なことになっていたでしょうね」
 だが、お陰で先手を打つことが出来る。
「制圧した転移門の先の双魚宮『死者の泉』は戦闘向きでは無い性質上、さっき言った地上侵攻作戦には加わらないようなの。だからかな? そこに戦力外のシャイターンの軍勢が詰めている様子なんだけど……」
 そして、戦力外通知された者々の悲しさなのだろうか。双魚宮のシャイターン達は、自分達には戦争が関係ないと油断しきっているようなのだ。
「今の状況を利用し、死者の泉を強奪するわ」
 死者の泉を制圧し、残りのシャイターン軍勢を降伏させてしまえば、他の神殿に気取られることなく、双魚宮そのものを制圧する事も可能だろう。
 とは言え、問題もある。一番大きな問題は、ケルベロス側が用意出来る戦力だ。
「転移門を利用する為、少数精鋭を送り込む作戦になるわ」
 だけど、みんなならきっと成功させることが出来るはず。
 リーシャは信頼を込め、微笑する。
「双魚宮は魔導神殿群ヴァルハラの中でも、後方に位置している為、エインヘリアル達は侵入者の存在を想定していないようなの」
 だからこそ、内外問わず油断している訳だが、今回はそれがケルベロス達に取っては追い風になったようだ。
「転移門で一度に転移出来るのは8人ずつ。転移先は双魚宮内の『隠された領域』になるわ」
 リーシャは手元のタブレットに双魚宮内の地図を表示させる。未来予知の結果を元に作られた地図に一点、赤い丸が灯っていた。
「ここが皆の目的地。ターゲットは、双魚宮の指揮官、アストライアよ」
 プリントアウトしていたのだろう。同じ内容のコピー用紙をケルベロス達に手渡しながら、リーシャは言葉を続ける。
「直接の護衛が2体いる様だけど、こちらは別の班が対応するわ。それ以外の警備は手薄な筈だけど……例えば偶然、通りがかったシャイターンに遭遇するとか、不確定要素が発生する可能性もあるから、警戒は怠らないで」
 もしも遭遇すれば騒がれる前に瞬殺する等の手段が必要だろう。詰めているシャイターンの能力を鑑みても、ケルベロス達の優位は変わらない為、対処を誤らなければ速効の撃破は可能と考えられる。
「ただ、アストライア旗下、能力の秀でたシャイターン達もいるわ。配下と違い、それらを倒す事は簡単なことじゃ無いから、気をつけて」
 当然ながら、アストライアもまた、能力の秀でたデウスエクスである。ただし、彼女は他の有力者と異なり、エインヘリアルのようなのだ。
「だからこその指揮官なんだろうけども」
 ケルベロス達の目的が死者の泉、そして双魚宮そのものの制圧である以上、アストライアとの衝突は必至。また、油断しきっているとは言え、彼女自身は優秀なエインヘリアルの戦士だ。4本の腕から繰り出される攻撃は侮り難い。
「得物は三つ。一つはナイフ。一つは鞭状の髪の毛。それと……天秤の皿のような武器ね」
 クラッシャーの恩恵を受け、そのいずれの得物も高い破壊力を誇っている。何より天秤の皿の様な武器は、自身の傷を治癒しつつ、敵の治癒を阻害する効果を持つと言う。
「アストライア自身は強力なデウスエクスだけど、それを征することが出来れば指揮官を失ったシャイターンは烏合の衆も同然よ。魔導神殿群ヴァルハラへの逆侵攻の足がかりに出来るわ」
 そして、アスガルドゲート攻略する為のケルベロス・ウォーを発動させることが出来るようになる。
「他のデウスエクスが動き出す前に、なんとしてでもエインヘリアルを弱体化させたい。みんなの――地球の勝利の為に」
 その為にアストライアを撃破し、双魚宮を制圧して欲しい。
 リーシャは激励と共にケルベロス達を送り出す。
「それじゃ、いってらっしゃい」
 それは、いつもと同じ送り出しだった。


参加者
烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
鈴城・咲(焔の拳・e56641)

■リプレイ

●OPEN SESAMI
 双魚宮最奥部、死者の泉。
(「長かったですわね」)
 書き込みだらけの地図を見下ろしながら、烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)は唇を尖らせる。
 流石予知の産物と言う事だろうか。ヘリオライダーに持たされた地図は大まかな物であり、そして、双魚宮内部は広く複雑だった。
(「双魚宮の『宮』って迷宮って意味……だよね?」)
 愛柳・ミライ(明日を掴む翼・e02784)も同じ思いだと言わんばかりに内心独白する。肩をぽんと叩いてしまいたいくらいだった。
(「磨羯宮もダンジョンでありましたしね」)
 これは、クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)の弁。傍らのフリズスキャールヴがぐるぐる目を表示している姿が、少しだけ可愛かった。
 三者が交わす言葉はしかし、空気を震わせてはいない。
 これはリューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)が所持する『マインドウィスパー・デバイス』によるものだ。
 そして、それが及ぶのは、一班だけではなかった。
(「この先にアストライアとギーラ、ガシェーがいるようね」)
 ゴーグルを介し、鈴城・咲(焔の拳・e56641)が告げる。これは彼女が所持する『ゴッドサイト・デバイス』の力。そして、中を窺うのは彼女や華檻だけではない。
(「よろしく、なんだよ」)
 イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)はもう一方の班へと微笑む。彼らが護衛を抑えている間、大将首を自分らが獲りに行くことが本作戦の趣旨だ。また、彼らの頼もしさは、共に進んだこの道中で、既に体験済みだ。
(「私たちの役目はアストライアの撃破だけじゃない。それと――」)
 少しでも死者の泉の情報を持って帰ること。自身に言い聞かせるようにフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)は胸に手を当てる。準備は調えて来たつもりだ。
(「それではケルベロスライブ、スタートデース! ロックンロール!!」)
 扉の突破を促すシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)の声が響く。それが、開門の呪文となった。

「……誰? えっ、ケルベロス……?」
 虚を突かれたのだろう。乱入者を見止めた青髪のシャイターンがぽつりと呟く。
「どうしてボク達の双魚宮に? 一体どうやって。……あんなに連れ立って……妬ましい」
 赤髪のシャイターンが零した疑問にしかし、ケルベロス達からの返答はない。
「サフィーロ王子がやったのか、ホーフンド王子がやらかしたのか、或いはヴァルキュリアが何らかの手引きをしたのか……そんなところかしら?」
 それを待たずして、黒肌のエインヘリアルが言葉を紡いだからだった。
(「流石に気付いてなさそうデスね!」)
 彼女こそがアストライアなのだろう。淡々とした推測に多少の驚愕を覚えながらも、シィカは内心で独白する。
 如何に頭の回転が速くとも、磨羯宮ブレイザブリクに存在した転移門が認識外であれば、推論は的外れなものだ。だが、彼女達に真実を告げる程、彼女らはお人好しではない。
「ま、関係ないわ。殺して聞き出せば良いだけよ」
「だったら……その後、欲しい。元ケルベロスの、エインヘリアル、なんて」
 アストライアの真意は、続くシャイターンの台詞で理解した。
 殺してエインヘリアルに転生させた後、尋問する。この場ではそれが可能だと、ケルベロス達も知っているのだ。
(「つまり、ここが死者の泉の核心部……!」)
 部屋の奥にある、円形をした、水のような液体の湛えられた場所へと、ケルベロス達の意識が向かう。それこそが、死者をエインヘリアルに転生させるという、死者の泉に間違いないだろう。神殿内であるにも関わらず、水はひとりでに静かに渦巻き、その底は見通すことができない。まるでどこまでも深く続いているかのようだった。

「じゃ、貴方たちに任せるわ。16体とも全部、殺しちゃって」
 言外に自身はそんな些事に関わるつもりはない、と語るアストライア。
 その命令に従い、息の合った動きで前進するシャイターンの姉妹。だが、同じくしてケルベロス達からも声が上がる。
「あの姉妹はオレ達に任せろ! 絶対にそっちに向かわせたりしないぜ!」
「こちらで出来る事は精一杯頑張らせて頂きますわ。アストライアはどうか、よろしくお願いしますの!」
 それはここまでの道を共にした班のメンバーからだった。自らは自らの役割を全うする。だから貴方たちは貴方たちの役目を!
 告げる彼らに、ミライは笑顔で応えた。
「――判りました。ありがとうございます! ……必ず期待に応えてみせます!」
 そして、その一方で。
「あらあら」
 一度は興味を失った筈のケルベロス達を、しかし、好奇の視線で捉えたアストライアは薄く笑う。その侮蔑が掻き消えない内、両者の衝突は始まっていた。
「本当に」
 雷壁が、砲撃が、弾丸が、戦歌が、呪詛が、そして小型偵察無人機の群れが轟き、アストライアの独白を掻き消していく。
 対するシャイターン姉妹も己がグラビティで応戦するが、彼らの勢いを殺すことは出来ない。徐々に圧され、動きを止めてしまう。
「そんな暇はないのだけど」
 護衛の矜持だろうか。それとも任務が全う出来ないことへの不安からだろうか。
 シャイターン姉妹の視線はアストライアへと向けられている。だが、それだけだ。彼女の元に馳せ参じることも、空いてしまった彼我の距離を縮めることも出来ずにいた。
 その隙を見逃す道理がケルベロス側が持ちえる筈もなかった。
「相手して貰うよ。死者の泉のアストライア!」
 8人のケルベロス達とシャイターン姉妹が繰り広げる戦闘の間隙を縫い、突破したリューインが宣言する。
 彼女だけではない。アストライアの前に立ったケルベロスは総勢8人と2体。何れも得物を構え、身構えている。
(「ギーラとガシェーを突破したと言うの? たかだか定命種8体如きが?」)
 護衛としての彼女らが弱い訳ではない。むしろ手練れだ。ならば、二体を押さえ込むほどの気概が、対峙するケルベロス達にはあったのだろう。
「ふふ」
 致し方ないとアストライアは4つの腕にそれぞれの得物を構える。
(「笑ってる――」)
 実験動物を見る研究者を想起させる表情に、咲は戦慄を覚えていた。

●静かに、されど、激しく
 黒髪がしなり、鞭を思わせる殴打が急襲する。飛沫の如き弾ける輝きは、瞬く星々を想起させた。
(「重い――」)
 逆手に握った短剣と鞭髪の殴打をタワーシールドで受け止めたクリームヒルトは零れ出る感嘆の吐息を噛み殺す。
「研究員と聞いていたのですが、戦闘能力も大した物でありますね。流石であります」
 その思いは持ち上げる意味もあったが、半ば、本心からでもあった。
「故に、優秀なエインヘリアルである貴方が派遣されたのでありますね」
「あらあら。ありがとう」
 言葉を受け、アストライアは薄く笑う。――だが。
(「おや? 存外?」)
 喜色を隠し切れていない。よもや、おだてに弱いと言う事は無いだろうが、戦闘とは別次元で、会話を楽しむタイプなのかもしれない。
(「会話を拒否されないのならっ」)
 双斧のルーンアックスを構えたイズナは一瞬の思考後、言葉を繋ぐ。
「わぁ、研究者さんなんだ! 凄いね!」
 まずは感嘆、そして。
「死者の泉って不思議だよね、わたしもすっごく気になってたの。ねえどんなことがわかったの?」
 本来ならば守秘と口を噤む内容だろう。されど、ヘリオライダーは語っていた。死者の泉の研究に没頭しているのはアストライアのみ、と。
「あらあら。貴方たちも死者の泉が気になるのね」
 口の端を吊り上げ、にぃっと笑う。そこに見え隠れする色は、ウイルスカプセルを射出するシィカにとって見慣れた特有の物だった。
(「こいつ、オタクデース」)
 ロックに傾倒する自分とある意味同類だ。背後に響くミライの歌に併せ、弦をかき鳴らす。その響きは歓喜の笑みのようだった。
 そして、咲とリューインの跳び蹴りが重なる。続くアミクスの鎌を短剣で受け止めたアストライアは脚を旋回。柔らかくしなる回し蹴りはビハインドの身体を捉え、壁まで吹き飛ばした。
「貴方様は、死者の泉を研究しているのですね。ならば、既に解明したのかしら。例えば――『カラミティ』、『ザルバルク』、それと『レクイエム』」
 華檻から向ける眼差しは、羨望にも似ていた。その理由がアストライアの持つ知識だけでなく、豊満な巨躯にも由来していたのだが、幸い、彼女以外に知る者は居なかった。
「ほほう。デスバレスを構成する3元素が、死者の泉の研究に重要だと気付いていたのね」
 感心の言葉は天秤の輝きと共に。光の攻撃はフリズスキャールヴを激しく殴打、その場で踏鞴踏む。
「死者の泉は、元々ザルバルクの中で存在していたもの。ザルバルクの外側では、その力の半分も使うことが出来ない。それこそ、エインヘリアルをサルベージする程度くらいかしら? ――いつか、デスバレスを征服し、ザルバルクの中で、この死者の泉の力を全て解き明かしてみたいわね」
 言葉が若干早口なのは、シィカの思考の証左か。
 表情は何処か恍惚として、自身の研究の先へ思いを馳せているようでもあった。
(「そう言うタイプのオタクなのね」)
 咲の感嘆は如何程か。先のアストライアの言葉は華檻の問い全てに答えていない。知っていて当然と考える内容を言及する気はない様だ。
(「でも、話の腰を折るわけにはいかないわ」)
 残念ながら、ケルベロス達が有する知識はアストライアに大きく劣る。それを悟られたが最後、彼女が会話を打ち切る可能性もあった。
 今は情報を引き出す時だ。それを悟られる訳にいかない。
「では……」
 続く疑問は体当たりと共に紡がれた。
 フローネによる渾身の吶喊に、アストライアの視線は――否、アストライアの興味は彼女へと向けられていた。
「もし、貴方が死者の泉をデスバレスに持ち込んだなら、……死神がこの宇宙に染み出してこなくなる、という事ですか?」
「さぁ、どうかしら。調べてみなければわからないわね」
 黒と紫。真珠光と薄菫色。火花と共に幾多もぶつかり、言葉もまた交わっていく。
「でも、私がデスバレスに死者の泉を持ち込むのは、死神を滅ぼしてから。だから、それを調べる方法は存在しないわ」
「だったら」
 ならばと、言葉を重ねる。親友が交わした約束の為の問いかけを。
「もしも死神を滅ぼさずに、死者の泉をデスバレスに戻したとしたら?」
「幾つか推論はあるけれど、最悪は、世界の全てがザルバルクに飲み込まれる……ね」
 面白い問いだ、とアストライアが笑う。
「死者の泉を発見したのはヴァルキュリア。けれど、それを命じたのは創造主であるアスガルド神。そしてアスガルド神は、死者の泉をデスバレスから奪い、死神を滅ぼす兵器としてエインヘリアルを生み出した。今となってはアスガルド神が何を考えていたかは判らないけれど、それを行う理由があったと考えるのが妥当なのでしょうね」
 我欲か、それとも何かの理由があったのか。アストライアの考える最悪が本当であれば、アスガルド神の行いは妥当だと思える。
 うん、とフローネは頷く。視線を戻した先のアストライアは未だ、笑みを浮かべたままだった。それは、推論に対するフローネの反応を楽しんでいるようにも見えた。
「確かに、エインヘリアルは、アスガルド神が終末戦争に備えるべく呼びだした『死者達』ですね」
 死神と死者の転生。細かい差違があれど、死者が元になっていることは違いない。
「そう考えれば、アスガルド神が備えようとした『終末戦争』が、デスバレスでの戦いであると考えるのは、妥当かもしれません」
 ――これは、なんとしても地球とデスバレスを往復して情報を得るべきだろう。
 フローネの思いは次第に確信へと変わる。アストライアの微笑は、まるで教え子の成長を喜ぶ師を思わせる物だった。
 そうだ。彼女もまた、デスバレスの情報が必要だと考えているのだ。
 ならば、と問う。
「デスバレスへの往復する方法を知っているのね」
「ええ。方法はあるわ」
 行くだけで無く、帰還する方法も。
 首肯と共に振ったのは、光の如く疾走る刃だった。
「――え?」
「フローネさんっ?!」
 ミライの声がやけに遠くに聞こえた。クリームヒルトが、フリズスキャールヴが、アミクスが駆け寄ってくるのが見えた。
 だが、それよりも早く翻った光は、フローネの首筋を切り裂き、朱の色を空に零す。菫の花弁に赤薔薇が混じっていたように、真紅の花がぱっと咲く。
「デスバレスに向かうのは簡単よ。死ねばいいだけだから」
 大丈夫、とアストライアは語る。それは乳飲み子を寝かしつける母の如く、優しい声だった。
「しばらくしたら、私が貴方をサルベージしてあげる。さぁ、貴方の望む地球とデスバレスの往復よ。良い情報を持ち返りなさい」
 そして無慈悲に振り下ろされた刃は――。
「させないであります!」
 横合いから伸びた槍が、その切っ先を捉えていた。
 火花が弾け、金属音だけが空間に残る。
 間一髪だった。アストライアの刃がフローネの胸に落とされるより早く、クリームヒルトの槍が凶刃を防いだのだ。
「この炎で、焼き払ってあげるわ!」
「ここまでですわ!」
 そこに咲の炎蹴と華檻の砲撃が続く。クリームヒルトの槍を弾いたアストライアはそのまま後退。だが、そこに浮かぶ表情は、只の疑問だった。
「あら? 気に障ったかしら?」
「当たり前デース! そんなに死にたければ……!」
 シィカの大喝は、重力弾と共に放たれる。
「私たちが、貴方たちを葬送ってあげる!」
 鉄拳と共に振るわれたイズナの怒声が重なった。

●死者の泉のアストライア
 じりじりと追い詰められていく。
「――っ」
 ミライの悲痛な声は何度目だろうか。フローネ、フリズスキャールヴ、アミクス、そして……。
「クリームヒルトさん、しっかり!」
 明日を願う少女の歌は仁王立ちする騎士の傷を治癒し、
「まだ倒れるには早いであります! 光よ!」
「さぁ、ここからはボクのロックなステージデスヨー! みんな、ノリノリで聞いてくださいデース! イェーイ!!」
 クリームヒルト自身もまた、光を召喚。続くシィカの歌が彼女の負った傷を塞いでいた。
 だが、それでも――。
(「限界は近いであります」)
 今や、盾役と立つ者は彼女のみだ。フローネは倒れ、サーヴァント達は既に消失している。ジェットパック・デバイスの効果でイズナとリューインが飛翔する現在、アストライアの攻撃は主としてクリームヒルト、そして中列のシィカに集中していた。
 そして、如何にミライ達が治癒に専念しても、全ての傷を癒やせる訳ではない。また、彼女らの体力は有限であった。
「じゃあ、こっちかしら?」
 髪鞭が捉えたのはシィカだった。鞭のようにしなる繊髪は皮膚を裂き、零れた血を啜る。
 そして、輝きが迸った。真珠色の煌めきと共に、再度、赤い花が双魚宮内に広がった。
「くぅ。ロックンロー……ル」
 パタリと地に伏す、乾いた音だけが響く。だが、シィカに追い打ちはない。トドメを刺す余裕が無いのだ。
「みんなの犠牲は無駄に出来ないわ! 攻撃をっ!」
 咲の激励はむしろ、悲鳴にも似ていた。
 仲間が倒れる中、それでもアストライアに攻撃を当て続けた。彼女が如何に血を吸い、如何に自己治癒を施そうとも、無傷ではいられない。
 蹴打、殴打、そして杭の刺突。ただ愚直に攻撃を繰り返し、それがアストライアの身体へ傷を刻んでいる。
「そうだね。やるよっ!」
 青い雷がリューインの魔槍に宿る。それは神殺しの一刺し。霹靂の鉄槌を全身で引き絞り、そして放つ。
「神々より託されしこの一投、神殺しの一撃を受ける栄誉を貴方に授けましょう。そして真の死を貴方に。……クングニルバスター!!」
「――っ」
 肉が焦げ、蛋白質が変質する臭いが漂う。全身を覆いかねない火傷を前に、しかし、アストライアは倒れない。
「ケルベロス達の力がこれほど迄とはね。貴方たち――」
 それは、ぞっとするような笑みと共に紡がれる。
「良い勇者になるわ」
「魅力的なお誘いですが……お断りですわ! さあ……わたくしと楽しい事、致しましょう……♪」
 それでも尚、足掻く。諦観など、無いと叫び、華檻はアストライアへと組み付く。
 身体全てを用いた組み技は、アストライアの巨躯を締め上げ、捻っていく。骨を軋ませ、破砕する音が辺りに響き、しかし、それでも。
「デスバレスの中身がどうだったか、しっかり記憶しておいてね」
 拳が華檻の腹部に突き刺さり、その身体を引き剥がした。
「まったく。言ったはずよ。暇は無いって。……とりあえず、貴方から行きましょうか」
 傾く天秤の輝きは、光の刃と化してリューインを強襲する。全力を一撃に注ぎ込み、肩で息をする彼女にそれを躱す術は無い。
「――っ?!」
 そう。無かった。
 故に、クリームヒルトは飛び出たのだ。リューインを守る為に。
「……お生憎様、であります」
 金色の髪はちりぢりに焼け、砕けた鎧の欠片はぱらぱらと地面を叩く。後を追うように地面に倒れた彼女は一度だけ悪態を吐くと、そのまま横たわった。
(「全滅――?!」)
 イズナの頭に最悪の想像が頭をよぎる。だが、それが脳裏に浮かんだのは、自身だけでは無いだろう。
 今の攻撃でクリームヒルトが倒れた。即ち、この瞬間、盾役が全て倒れたと言うこと。今や、窮地に立つのは自分達だった。
「――煌めきはなくならない」
 だが、それでも。
「身に纏うは炎の首飾り――」
 己を、仲間を、皆を信じる。今の今までアストライアに攻撃を重ねていた。ならば、と炎を紡ぎ、放つ。
「――まだこんな手を!」
 七色の炎は揺らめき、燃え盛り、そして灼いていく。それはアストライアの身体を灼き、焦がし、破壊していった。
「みんな、いまだよ!」
 炎が尾を引く中、攻撃の手を絶やさぬとイズナが叫ぶ。
 そして、能力が奔った。
 砲弾、電撃、そして杭打。諸処のグラビティがアストライアに突き刺さる。
 だが、それでもエインヘリアルの動きを妨げる事は無かった。
 刃を握った複椀を振り上げ、そして。
「――なっ?」
 そして、弾けた。刃を握る手は砕かれ、手首から先が消失していた。残る傷痕は、それを為したのが弾丸の一種である事を示していた。
 自身の攻撃の結末を見届け、ミライは荒い息を零す。イズナの叫びに治癒役の自身が応える方法はただ一つ、唯一の攻撃手段である時空凍結弾を撃ち出すことだった。そして、それを為したのだ。
「――おのれ、ケルベロスゥッ!!」
「これで最期よ、アストライア!!」
 終焉は流星の煌めきと共に。
 咲の蹴りはアストライアの身体を捉え、壁へと叩き付ける。
 生じた破砕音は今までの中で一番大きく、そして重かった。
「もう少しで、もう少しで死者の泉を――デスバレスを――」
 それが死者の泉を統べるエインヘリアルの最期だった。
 残された手を虚空へと伸ばし、しかし、事切れた身体は光の粒子と化して消えていく。
 幾多の、幾千幾万の年月を死者の泉に費やした彼女の痕跡は何処にも残らず、ただ戦いの痕のみが、この場所に残されていた。

●それは儚き約束なれど
 歌が聞こえる。死者の泉に歌が響いていた。寂しく、物悲しく、そして、儚く。
「情報は引き出せた、かしら?」
 リューインの言葉に、存分に、と微笑する華檻。隣に立つ咲もまた、強く頷くことで、同意を示していた。
「役に立つかどうかはこれからだけど」
 イズナが口を尖らせるのも仕方ない。3名の重傷者と引き換えに得た情報がこれからどのような転機をケルベロス達にもたらすのか。それはまだ不明だ。
(「それでも……」)
 交わした約束を守る為。地獄の番犬としての責務を果たす為。
 死者の泉を取り返すことが出来た。
 ミライの歌が響く。いまは、その喜びと、そして。
(「私達も、いつか泉の向こうへいくのかな?」)
 想うはただ一人。この泉に全てを捧げたエインヘリアルの女性の生き様は、この目に焼き付いている。全てを捧げ、夢に殉じた。夢中になれたことは素敵だと、敵対していた彼女に抱くそれは、むしろ敬意だった。
(「今は……先に貴方を、送り出そう。貴方の為のレクイエムで」)
 鎮魂歌はゆっくりと響き渡っていた。

作者:秋月きり 重傷:シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612) フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983) クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月11日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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