おやすみ、蜜蜂

作者:彩取

●おやすみ、蜜蜂
 花壇の隅で、一匹の蜜蜂が死んでいる。
 偶然それを見つけた木瀬・鞠子は、その前でぴたりと足を止めた。
 ころんと土の上に転がり、動かなくなった小さな蜜蜂。
 すると鞠子はその場に屈み、そっと蜜蜂に土を被せ始めた。もう死んでしまっているが、冬風を浴びるよりは、土の中の方がきっとあたたかいだろう。
「これで良し、と。さ、私も帰ろっと――」
 そろそろ、バイトの子が帰る時間だ。そう呟き、立ち上がった鞠子。
 踵を返した彼女が目にしたのは、ぽつんと佇んだ大きな蜂の怪物。
 鋭い針を鞠子に向ける、一匹のローカストの姿だった。

●蜂蜜屋店主の危機
 夕刻、帰宅途中の女性がローカストに襲われる。
 それは蜂型のローカストで、グラビティ・チェイン奪取の為に地球に送り込まれた個体である。知性が低い替わりに、戦闘能力に優れた敵。その撃破が今回の目的だ。
「襲われるのは、鞠子さんという女性です」
 ジルダ・ゼニス(レプリカントのヘリオライダー・en0029)が言うには、彼女が襲われるのは買い出し途中に通過しようとした公園の中。鞠子が花壇の隅で屈み、立ち上がって後ろを振り返るまでの間に、ローカストは彼女の後ろに現れる。周囲には人が隠れられる位の茂みが多くあり、それ以外は広い広場なので、戦いに支障はない。しっかりと準備をして行動すれば、ローカストと鞠子の間に割り入る事は可能だろう。
「鞠子さんのいる辺りに人はいませんし、戦いが始まれば近づく人もいないでしょう」
 鞠子を守る為にも、皆の力を貸して欲しい。そうして一礼した後、ジルダはこう続けた。無事鞠子を守り切れたら、彼女を送り届けつつ、店を訪れてみては如何かと。
「じーるだー、鞠子の店って何の店?」
「じーるだーではありません、ジルダです。蜂蜜のお店のようです」
 鞠子の店は、蜂蜜を扱う店である。瓶詰の蜂蜜の販売は勿論、店内に設けたカフェスペースでは、蜂蜜たっぷりの紅茶や、蜂蜜シロップを練り込んだ特製バウムクーヘン等、甘い物好きには堪らないメニューが揃っている。そう聞いて、そりゃあ良いと頷く都峰・遊佐(ウェアライダーの刀剣士・en0034)。
「冬本番の前に、蜂蜜を買っとくってのも悪くないな」
 喉にも良く蜂蜜だ、冬の健康に一役かって貰うのも良い事だろう。


参加者
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
泉本・メイ(待宵の花・e00954)
梅鉢・連石(午前零時ノ阿迦イ夢・e01429)
タルパ・カルディア(土竜・e01991)
霜月・零(幻月・e04539)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
フィニリオン・グランシア(春霞抱擁・e18426)

■リプレイ

●鋭い針
 花壇の隅に屈んだ鞠子。
 彼女を襲おうと現れたのは、一匹の蜂型ローカスト。
 しかし、その鋭い針を鞠子が目に映すより先に、割り入る者が現れた。
「ほい、そこまで。おいたは俺達ケルベロスが許さないよ」
 両者の間に立つと同時に、声を発したタルパ・カルディア(土竜・e01991)。火竜のソルと前に立ち、竜の翼を広げるタルパの隣、泉本・メイ(待宵の花・e00954)も鞠子を守ろうと構え、少しだけ後ろの様子を窺った。
「え、え!? 何で後ろに!? それに貴方達は!?」
「はーい、ちょっとだけ目を瞑ってて下サイナ」
 動揺する鞠子の視界を、コートで覆った梅鉢・連石(午前零時ノ阿迦イ夢・e01429)。それは一重に、彼女が蜂を嫌いにならないようにとの心遣いだ。直後、霜月・零(幻月・e04539)は鞠子を茂みの奥に誘導した。
「え! もしかしてあの、狙われてるのって私――」
「大丈夫。貴女のことは我々が絶対に守りますから」
 その時、鞠子は零の顔を見た。風が吹いた瞬間に覗いた彼の眼差しは、鞠子を安心させようという思いが感じられる、柔らかなものだった。
 そんな仲間達と鞠子の姿に、目を細めてメイは思う。
(「初めての一番前……少しこわいけれど、でも」)
 頑張ると決めた以上は、逃げたりしない。
 そうメイが決意した瞬間、牙を伸ばして襲いかかったローカスト。
 初撃を阻む盾となったのは、フィニリオン・グランシア(春霞抱擁・e18426)が頭を撫でて送り出したばかりのウイングキャット、ミモザだった。
「ミモザ……!」
 小さな身体で懸命に戦うミモザの姿。
 直後、フィニリオンも仲間達に続いて音速を超える拳を撃ち放った。
 その姿はフィニリオン同様に、今回が初任務となるマイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)の心にも響いたのだろう。
「心強いお仲間さんが一緒だもん、大丈夫。ね、ラーシュ?」
 縛霊手に地獄の炎を纏わせながら、ボクスドラゴンのラーシュにそう告げ、敵へと迫り戦うマイヤ。すると、月霜・いづな(まっしぐら・e10015)は敵の鋭い針を見定め、日頃ぐうたらなミミックのつづらが獣の如く奮闘する中、むむりとした表情で呟いた。
「あんな大きなおちゅうしゃは、とてもいたそうですの……」
 満月に似た光球をタルパに送り、火力を高めるいづなの声。瞬間、メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)もカプセルを投射してこう宣誓した。
「痛いのも、悪い虫も掃ってしまいましょうか。鞠子には、触れさせないわ」
 そして、仲間が深く傷付く前に倒してみせる。
 誰もが速やかなる撃破を掲げているのなら、きっと成し遂げる事が出来る筈だ。

●弔いの心
「なるべく、けが人が出ないようにしたいな」
 そう思い、加勢に加わって光球を送り続けたイノリ。ウイングキャットのエスポワールと共に戦う美琴も、戦陣に力添えをするように戦った。
(「蜜蜂を埋めた優しい鞠子さんを、守る為にも――」)
 一方、お手伝いと称して戦うジゼルも、敵に負ける気なんて更々なし。
(「終わったら、お疲れ様と、いってらっしゃいを言いたいな」)
 鞠子を助けて、彼らが楽しい時間を過ごせるように立ち回る。ただ、少し違った意味合いで、愉しげに戦う者達もいた。
「なあ。虫のトラウマって、どんなだと思う?」
「――それならここで、いたぶってやればいいんじゃないの?」
 それはアガサと陣内、そしてウイングキャットの猫の一団だ。陣内の一撃により、何らかのトラウマに襲われもがくローカスト。
 一方中衛で傷を負う連石の元に、零は鎧型に変化させた御業を放った。
 戦場に吹き抜けた冬風により露わとなった零の視線。それは先程鞠子を見つめたものとは思えぬ程に、冷たく鋭い眼差しだ。
「心優しき女性を守って差し上げねばね――」
 そう囁くと共に風が止み、銀の髪が再び零の瞳を覆い隠す。
 直後、後方で射手の役目を担っていたマイヤが再び前へと前進し、炎の一撃を叩きつけた。その時、ふとマイヤの目に映ったのは、前衛でぴょこぴょこ戦うテレビウムと都峰・遊佐(ウェアライダーの刀剣士・en0034)の姿である。
「遊佐、丸助可愛いね!」
「そりゃわしの丸助だし! 君のラーシュには負けるかもしれんがな!」
 足手まといにはなりたくない。
 その一心で奮戦するマイヤに続き、フィニリオンもミモザが見守る中、前へと駆けた。
「蜜蜂を大切に弔った優しい方を傷付けるなんて……絶対にさせません」
 音よりも速く繰り出された拳は、射手という役目も相俟って、的確にローカストを傷付けていく。そんな彼女達と交差する瞬間、タルパは二人の肩にポンと触れた。
「大丈夫! みんな一緒だぞ!」
「はいっ、後は……見切られないように注意していくだけなのです」
 三つある能力値の内、連続して同じ能力値の技を使うと命中率が半減する。それに注意しながら戦うフィニリオンの言葉に、大きく頷いたのは連石だ。
「その通りデスー! というコトで僕の次なる技はー……」
 直前が竜の幻影を放つ魔法。そして敵の体力を鑑みて、連石は颯爽と銃を構えた。
「蜂蜜が待ってますンデ、そろそろお別れと参りマショー」
 しかし瞬間、大きく外れたその軌道。だが、敵の後方の地面に着弾した銃弾は、掴み所のない術者の言葉を真似るかの如く跳ね、敵を背中から貫いた。それでも鋭い鎌がメイを襲い、いづなが癒しの力を前へと放つ。
 そこに詠唱を重ねたのは、一つ前に凍結弾を放ったメロゥ。
「満ちる空の輝き。降り注ぐ星の、瞬きの歌が――」
 言の葉を一つ唇に乗せ、紡ぎ出されたのは小さな音、
「――ねぇ、あなたにも、聴こえるでしょう?」
 そうして天にさんざめいたのは、数え切れない数多の星々。光は雨の如く、目が眩む程の煌めきと共に、敵の頭上より降り注がれた。それはメロゥが火力よりも命中を重視した結果であり、続くタルパの技も同様にして選択された。
「土竜は飛べないとお思いかい?」
 一言告げた直後、翼を広げて天を翔ける。
 滑空の勢い、重力、その全てを込めて、繰り出された刺突撃。
「飛べるのはお前だけじゃ無いんだよ!」
 その一撃に敵の終わりを感じた一同。更に攻め続ける中、メイはその命がある内に、ローカストへと声を届けた。
「大きな蜂さん、もしかして誤解したの……?」
 鞠子はただ、あの蜜蜂を思って亡骸に近づき土をかけた。
 その弔いの行為を、蜂を死に至らしめたのだと誤解しているのなら、
「鞠子さんは、働き者の蜜蜂さんを、大事に想ってるよ――」
 せめて鞠子の気持ちだけは、正しく理解して貰いたい。
 しかし、異形の爪はなおも鋭く、仲間達を傷付ける。伝わらない思いと、交わせぬ言葉のもどかしさ。それらを胸に秘め、メイが放った達人の一撃。己が技量の全てをもって、目標を強く斬り裂いたその瞬間。力無く膝から崩れ落ち、ローカストは消滅した。言葉が届いたのかは分からない。それでも、空を仰いでメイは祈る。
「……大きな蜂さんも、蜜蜂さんと一緒に」
 願わくは、この冬風より高い場所、天国へと行けますように。

 手応えもあったが、同様に厳しい場面もあった。それでも、勝利を得た一同が互いの傷を確認しあう中、零は鞠子の元へと急ぎ駆けた。
「大丈夫でしたか? お怪我は」
「だ、だいじょうぶ。こ、怖かったわー……」
 心臓が飛び出しそう。そう語る鞠子の顔色の良さに、安堵を覚えた零。すると皆も彼女の様子を窺いながら、店まで送ると申し出た。
「あとね、メロたち、お客さんになりたいの」
 加えて、メロゥがこう言うと、目を見開いて鞠子は言った。
「やだ、命の恩人さんだもの! うちの店のでよければ食べてって!」
 その言葉に甘える形で、公園を離れ始める一同。
 最後に、いづなは花壇の端に屈んで言った。
「ふゆをこえて、また花のきせつにおあいしましょうね」
 季節が巡るように、命もまた巡りゆく。
 だからさよならではなく、いつか訪れる日を願いながら。

●蜂蜜の香り
「すみません連石さん、荷物まで持って頂いちゃって」
「イイエー、もう一袋くらいあっても大丈夫デスヨー」
 さらりと自分の買い物袋を持って歩き始めた連石に、感謝を伝えて先導する鞠子。彼女の店、蜂蜜専門店は公園から数分の所にあり、すぐに店に到着した。
「――素敵なお店!」
「わー、お店の中も蜂蜜色で可愛いー!」
 扉を開け、思わず声をあげたメイとマイヤ。
 店内には木のぬくもり、床も家具も棚も木製だ。天井には蜂蜜色の照明が輝いており、蜂蜜瓶の近くにはまるまるとした蜜蜂のぬいぐるみも置いてある。
 陳列された蜂蜜瓶を発見して、近づいたのはタルパだった。
「アカシア、百花、クローバー。花の種類で色が違うね」
「ふふふ、色だけじゃないのよ。こちらサンプルでございまーす、一口どうぞ?」
 すると、二つの瓶を開けた鞠子。そこにてててと駆け寄ったいづなは瓶を一つ受け取り、次いでタルパと交換した瞬間、二人は一斉に目を見開いた。
「わああ、こちらのびんとそちらのびん、かおりがちがいますの!」
「もしかして味も違う……ほんとだ!」
 その声に自然と集まり、蜂蜜を眺める一同。
 瓶の形も豊富で、蜂の巣を思わせる多角形型の瓶や、壺型のガラスもの。中にはデフォルメされた蜜蜂型の瓶もある。ラベルが花の形をしていて、これまた可愛い。
「蜂蜜って、見ているだけで甘い気持ちになりますね」
「それに、きらきらしていて綺麗だわ。……美味しそう」
 思わずうっとりと眺めるフィニリオンとメロゥ。すると、お店巡りに熱心な少女達の様子を眺めながら、零は変わらず笑みを浮かべて鞠子にこう訊ねてみた。
「メニューを拝見して宜しいですか? 調理の間、店内をじっくり拝見しますので」
 その言葉に手渡された蜂蜜メニュー。食べたい物ばかりの一覧を前に、結構な人数が唸りながら選んだのは、言うまでもない事だろうか。

 丸いテーブル席に並んで舌鼓。
 その時、フィニリオンはウイングキャットの名を呼んだ。
「ところでミモザは……、あら」
 ふと後ろを振り返ると、そこには低い丸椅子の上にまるまる蜜蜂のぬいぐるみを置いて、それを見たりつついたりしているサーヴァント達の姿があった。ソルとラーシュはじっと観察。ミモザは辺りをくるりと飛び、冬眠よろしく動かないミミックのつづらの傍で、丸助はつづらの分までぴょんぴょんしている。
「蜜蜂や皆と遊んでこーいって丸助に渡したんだが、ああなったか」
「ラーシュ、皆と遊んだ後はご褒美タイムだからねー!」
 ともあれとても和む、良い事だ。
 そんな皆の前には、蜂蜜尽くしの料理がずらり。
 誰ともなくかけられた交換会の申し出には、自然と皆が頷いた。
「まりこさま、みつばちさん、いただきます!」
「頂きマスー! しかしコレは、何とも見事な五段重ねデスネー」
 頂く感謝の気持ちを込めて、両手を合わせるいづな。そして同じように告げた連石の前には、蜂蜜入りホットケーキがどどどどどん。圧巻の五段重ねの上からは、更にレンゲの蜂蜜がたっぷりとかけられた。
「連石さんのレンゲの蜂蜜、とても綺麗……」
「メロも、マドレーヌやバウムクーヘンに蜂蜜をつけてみようかしら」
 その様子に自分のお皿を見て、目を輝かせるメイとメロゥ。メイの前には悩んだ末に選んだお勧めのバウムクーヘンと蜂蜜プリン。そしてメロゥの元には、ふっくら蜂蜜マドレーヌが花弁に見立てて並べられていた。ちなみに、バウムクーヘンはメロゥやマイヤ、いづなとタルパも選んだものだ。
 そこで鞠子は、こんなお勧めの食べ方を提案した。
「折角だから、かける蜂蜜を別々にするのもありよ」
 そうしてシェアすれば、色んな違いが楽しめる。
 一方、テーブルの上に並んだ蜂蜜料理を見て、蜜蜂のようにせっせと、けれど少し遠慮がちにそっと視線を移すフィニリオン。
「わっ、わっ、どれから頂くか迷ってしまいます……」
 フィニリオンが選んだのは、お揃いの蜂蜜紅茶と蜂蜜クッキー。クッキーの形はミモザ達の所にある蜜蜂ぬいぐるみと同じ形で、鞠子の自作デザインらしい。交換会をすると聞いていたので、鞠子が枚数を多めにしてくれたようだ。
 片や、蜂蜜ドーナツを選んだのはマイヤとタルパ。
「あ、奇遇。タルパもドーナツ選んだの?」
「俺はねー、紅茶とクーヘンと、あとメニューの上からみっつ! って頼んだ」
 ちなみにあと二つは、蜂蜜アイスとマドレーヌだ。
 蜂蜜を練り込んだドーナツの表面には、よくドーナツについている白い砂糖のような部分――所謂アイシングが付いている。そこを一口食べた瞬間、マイヤはこう訊ねた。
「! もしかしてこれにも蜂蜜が使われてるのかな?」
「そう、蜂蜜アイシング。一番好きなアカシアのやつね」
「おー、アカシアが鞠子サンのオススメという事デスネ!」
 そう訊ねた連石に、自信を持って答えた鞠子。
 本当に彼女は蜂蜜が好きなのだと感じながら、零もお任せした物に手を伸ばした。
 零の前に用意されたのは、小さなシュークリームをピラミッド状に重ねたクロカンブッシュ。皆が選んでいないメニューと言ったところ、中々の大物が現れた。
「ああ、シューの中にも蜂蜜が入っているんですね」
 不思議と甘すぎないのは、シューやクリームとのバランスか。何より一口サイズで食べやすいし、シェアするのにも良い品だ。
「気になっている人がいればどうぞ……と、皆、興味津々のようですね」
 もれなく全員が、じーっと見てる。
 そうして笑みを零して堪能する中、メロゥとフィニリオンの視線は遊佐の手元に。男が選んだのは四葉のクローバー型の白マシュマロだ。
「遊佐……その中は勿論」
「蜂蜜入り、ですよね? 都峰さん」
「ん、ご明察。嬢ちゃん達も食べなー、わけっこしよう」
 中には、ひんやり冷たいメニューもある。一つは、先程運ばれてきたメイの蜂蜜プリン。牛乳瓶のようなガラスの容器に入った、蜂蜜を混ぜた甘い逸品。
 その上から更に蜂蜜をかけ、蜂蜜色のスプーンで一匙掬えば、
「スプーンのトップについてる蜜蜂も、とっても可愛い……」
 蜜蜂が運んできてくれたような心地になれるのも、小さな幸せ。するとふと、メイはこう思いを馳せた。お土産はやっぱり蜂蜜で決まり。これで、母に蜂蜜のお菓子を作って貰い、
(「……ううん、教えて貰いながら一緒につくりたい」)
 いつか、自分でも美味しく作れるようになるのだと。
 そしてもう一つのひんやりメニュー。それはいづなの蜂蜜ゼリーだ。色は琥珀色で綺麗なのだが、白いスプーンで掬うと一団と可愛い。
「みなさま、ごらんください! はーとがたですの!」
「ああ、だから彼女のスプーンだけ白いんですね」
 ハートの形がよく分かるように。
 見事そう察した零の言葉を耳に、あたたかい気持ちでゼリーを頬張り、微笑むいづな。
 金色のあまい雫から生まれた、美味しくて幸せな気持ち。ただ、いつもと違う思いに気づいて、いづなは遊佐にこう呟いた。
「ねえ、ゆささま。いつもより、ずーっとあまくておいしいのは」
「きのせい、じゃないと思うぜ。わしも」
 皆で一緒だから、一層楽しくて、とっても幸せ。
 そして、タルパはこんな風にも思った。彼にとって、蜂蜜とは採りに行くのも一苦労な、とても美味しいたまのごちそうである。それがこうして売られている事は勿論、美味しい料理に変身して楽しめるという事も、新鮮な驚きに他ならない。
(「俺、ちょっといますごく感動してる。人里はやっぱりすごいや」)
 初めての料理もあるから、忘れないようにメモもしよう。
 そうして料理が綺麗にお腹に収まれば、
「ごちそうさまでした!」
 自然と、この言葉が溢れたのである。

●おやすみ、蜜蜂
「うーん、あの自然な甘さが溜まりマセンデシタ!」
「色々欲張っちゃった。でも、どれもあまくて幸せの味、だね」
 そう語る連石に続き、きらきら金色に輝く蜂蜜を思い出しながら、また来たいと呟くマイヤ。鞠子は勿論歓迎と言って、皆のお土産に蜂蜜キャンディを添えてくれた。
「僕もまた来ますね、ご馳走様でした」
「うまいのいっぱい、ありがとう! またな!」
 そう告げて、扉を開ける零とタルパ。
 入口には、来る時には分からなかった玄関ライトが輝いていた。それは、加えたお菓子をずっと美味しくしてくれる魔法のような蜂蜜と同じ、優しく柔らかな蜂蜜色。それを見て笑むメイが鞠子に手を振ると、メロゥは手にした蜂蜜瓶を持って囁いた。
「しばらく、お部屋に飾っておこうかしら」
 食べるのが勿体無い位綺麗な色。
 蜂蜜は、蜜蜂が集めてくれるからこそ味わえる物だ。
 だからいづなは、感謝の言葉にこう添えた。
「みつばちさんにも、まりこさまにも、みなさんにもたくさん、ありがとうですの!」
 その言葉に笑顔を浮かべて、皆を見送る鞠子。
 すると最後に、鞠子はフィニリオンにこう言った。 
「チューリップ、きっとあの蜜蜂も喜んでいると思うわ」
 それは、少女が蜜蜂のお墓に添えた、切り花の事。
 花と一緒に蜜蜂が大地へ還りますように。そんな願いと共に添えられた思いやりの花の話に、フィニリオンも笑みを浮かべて、仲間達と共に歩いていく。あたたかさを胸に、口の中に残る蜂蜜の香りに、少しだけ頬を緩ませながら。

作者:彩取 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 2
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