幸せ日和の酉の市~知香の誕生日

作者:寅杜柳

●幸運をかき集めて
 霜月も後半となる日の昼下がり。
 雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)は少々浮かれてご機嫌な様子だった。
 もうすぐ開かれる酉の市――今年は三の酉まであり、そしてその日は彼女の誕生日。
 幸運や商売繁盛を祈願して販売される熊手をはじめとした縁起物は当然のこと、市の熱気は年末と新たな年の訪れを感じさせてくれる。
 世間は色々慌ただしいけれども、だからこそゲン担ぎは割と大切だと彼女は考えている。
「折角だし皆も誘ってみるかねぇ」
 何事も――特にお祭り気分な時には。
 一人で行くよりも二人、三人と集まった方が楽しいのは確かである。
 去年や一昨年の誕生日を思い返しつつ、白熊は口元を緩めながらケルベロス達をどう誘うか思案しはじめた。

「今度酉の市が開かれるんだけど、一緒にどうだい?」
 直球。思案の末結局そうなったようだ。
「えーとまだ行った事ないけど熊手? めでたい縁起物を買えるとこなんだっけ?」
 そんな知香にソニア・コーンフィールド(西へ東へ・en0301)も行く気満々な様子で聞いている。
「そうそう。酉の市といえば縁起熊手がよく知られてるね! 幸運を掻きこむとか商売繁盛を願って作られる大小さまざまな熊手がずらりと市に並んでいて、威勢のいい売り買いの遣り取りも賑やかに、交渉成立したら手締めで締め括る……何ともまあ賑やかで楽しい市さ」
 交渉? と首を傾げるソニアに知香はああそれは、と説明する。
「熊手を買う時は値札は気にせず店主との遣り取りが大切だね。買ったまけたの丁々発止、駆け引きを楽しむ事も福を呼ぶには大切だと言われてるね」
 当然熊手以外にも切山椒をはじめとした縁起物も数多くあるし、普通に下町の味わい一杯の屋台もずらっと並んでるから其方を楽しむのも悪くはないのだと知香は言う。
「デウスエクス達の侵略も厳しくなってきて大変だけど、そういう時こそ楽しい事は忘れちゃいけない。寧ろ楽しみに飛び出してくくらいの方がいい方向に転がるとアタシは思うんだ」
 福を呼び込むため、そうでなくとも一時の平穏を楽しみにお酉さんにいかないかと白熊は表情を綻ばせながらケルベロス達に誘いかけた。

 今年ももうすぐ終わり、新たな年を迎える準備もそろそろ。
 来年はどのような運命が訪れるのか――それは誰にもわかりはしないけれども、幸せ願い人々は酉の市へと訪れるのである。


■リプレイ

●福を掻っ込む酉の市
 下町の雰囲気溢れるその街は、この年三度目の酉の市に賑わっていた。
 三の酉まである年は火事が多いというお話もあるけれども、それはまた別の話。
 並ぶ出店に熱気溢れる人々の遣り取りはお祭りのよう。熊手だけではなく数多の縁起物に、寒い冬の日に優しい熱々の料理も並んでいる。

 そんな市の入口。大柄な白熊と黄色の竜の少女――雨河・知香(en0259)とソニア・コーンフィールド(en0301)の二人の背中を見つけたローレライ・ウィッシュスター(e00352)とオイナス・リンヌンラータ(e04033)は呼び止め声をかける。
「知香さん、今年もお誕生日おめでとう!」
「めでたいのですー」
「おー、ローレライも有難う! オイナスも元気そうで何よりだね!」
 二人の祝いの言葉に知香はからからと景気よく上機嫌に笑い返す。
 暖かな日差しに柔らかく照らされた白い毛並、けれども冬の空気の冷たさは堪えるようで彼女はゆったりとした和風のコートを着込んでいて、そしてその隣のソニアは手袋マフラー上着と完全装備といった具合。ドラゴニアンだから、という訳ではないが少々寒さは苦手らしい。
「素敵なお誘いありがとうね! ……熊手、熊手は確か縁起物なのよね?」
「ああ、そうさ! ここの熊手はきっと色んな福を掴んで離さないでくれるはずだよ。……熊の手といってもアタシのとは違うからね」
 幸運をかき集めるにはもっと大きな手でなきゃね、と冗談めかして言う知香に二人は苦笑する。
「確か、毎年大きなものに買い替えていくんだよね?」
「うん、だから自分にぴったりのサイズを選ぶのがいい。見栄を張るのも大事だけど身の丈を考えるのも大事だよ!」
 見上げ問うソニアに知香が答える。その言葉に成程、と思いつつローレライとオイナスは白熊と黄竜と別れて市へと歩き出した。

 黒地に彼岸花の和服、やや落ち着いた赤色の羽織を着こなし肩で風切りながら街並みを歩くのは柄倉・清春(e85251)。
 洒落た縁起物は好きな彼、盛大に飾り立てられた熊手を選び取りたいところ。仮店に並ぶ熊手たちを見ながら清春は歩き、そして遠目にピンとくる熊手を発見する。
「お、おうこれは……」
 それは弁才天にえびす様、升に亀に所狭しと飾り立てられた派手でにぎやかな縁起熊手。遠目に見る分には爪の部分がほとんど見えない程だけど、これはいい。
 大きさも十分、からんころんと下駄を鳴らし早速その店に近づいて、そしてその値札に目を見張る。
『おう兄ちゃん! 豊穣芸能学問美貌武芸、多くに通じる一番の大物に目を付けるとはお目が高いねえ!』
 二倍すれば六桁に届くその数字に気圧されるがそれはほんの一瞬。――駆け引きは既に始まっているのだから弱気はよろしくない。
 一枚の写真をすっと出す。その写真は恋人のベストショット。
「綺麗な人だろ? まるで弁才天様だ」
 となりゃひっかけたオレはさながらエビス様とくらぁな、と口上を並べ立て。
「二人の門出をこいつで祝う――つまり、七福神に功を積むんだ、あんたの商売繁盛間違いねぇってもんよ!」
『――ああ、この熊手を前にそう言われちゃ、まけるしかねえな!』
 そう威勢よく返しながらも、店主のおっちゃんが提示した値引きの額は目標にはまだまだ遠い。大物の熊手だけあり中々きっちりしているようだ。
 難しい戦いになりそうだけれども、負けるつもりはさらさらなし。
 袖を捲り気合いを入れる清春、本格的な交渉はここからだ。

「酉の市に来るのは初めてです! 前の市とはまた違った雰囲気ですね」
 昨年訪れた月無い夜の市を思い返すのはミリム・ウィアテスト(e07815)。藍色のジーンズにややラフな格好で酉の市に訪れた彼女は初めて見る風景にウキウキ気分。
「縁起熊手って凄い豪華なのが多いですね。どれにしましょうか……」
 小判に宝船、見れば見るほど華やかで、凝った造りの熊手がずらりと並ぶ通りはこれ一つ、といきなり絞るには悩ましい程に魅力的。そして熊手だけではなく他の縁起物――切山椒やお汁粉等の屋台も出ているようで、そちらの面でもミリムには興味深い。
 その魅力的な店の数々の中にあるだろう、ぴったり目標に合うものを探しミリムはきょろきょろと視線を巡らせながら道を歩いていく。
 そして冬の寒さを吹き飛ばすような市の熱気溢れる遣り取りの中、雪のように透き通る白髪に赤い瞳のヴァルキュリア、バラフィール・アルシク(e32965)は市の賑やかさに圧倒されつつも、丁々発止の掛け声の中の人の流れのままに市に並ぶ種々の縁起物を眺めていく。
 彼女の肩に乗った白手袋と白足袋を履いたような黒猫のカッツェも賑わう市に興味深げに青い瞳を大きく開き通りに並ぶ仮店――祭りの屋台のようなそれらをきょろきょろと視線を彷徨わせていた。
『そこのお姉さん! 一つどうだい?』
「熊手のご利益は商売繁盛、でしたか……?」
 ふむ、と少し考えるのは彼女が医者だから。繁盛するのは少々困りものだから、つい苦笑いしてしまう。
『またまた! 家内安全に恋愛成就、健康祈願に豊漁……商売繁盛に限らず福を掻っ込んで離さないのが熊手だよ!』
 なるほど、確かに福は商売限定という訳ではないようだ。
 ちょいちょいとカッツェが肩から飛び跳ね軽い羽ばたきと共に、一つの小ぶりな熊手の前の空中で静止する。
 神輿飾りを中心に上品に纏まっていて、値札の数字も飛びぬけて手が出ないと云う程ではない。
「縁起物、ですしね」
 少し思案しつつ、バラフィールは決心。酉の市の醍醐味と聞いていた交渉に入る。
 慣れているならオプションを付けつつ値段据え置き、二つ買うから割り引いて、などという交渉もあるのだろうけれども初めての彼女には少々難しい。
 値引率を提示してみるけれども、熟練の店主に威勢良くその希望より高めの額を返されてはついつい気圧されそうになる。けれどもこれは交渉、希望はきちんと伝えるように――、
「え、ええと……もう一声?」
 それでも、少し言葉は控えめになってしまう。そんな主を見かねてか、カッツェが熊手飾りの神輿に飛び乗って、透き通るような青い猫の目でじーっと店主を見つめる。
『……ええい負けた負けた! 招き猫がそっちについてるんじゃこちらに勝ち目はねえな!』
 ちょっと悔しそうに、けれどいい笑顔で店主が折れて交渉成立。ぱしり、といい音を立てて二人が手締めをすれば、白い猫の手もぽふりと可愛らしく合わさって。
 ふふっと笑うバラフィール。そして負けて貰った分をご祝儀にして、黒翼猫とヴァルキュリアは再び市を歩き始めた。

●賑やかに巡る酉の市
 市に並ぶ熊手は色とりどり、飾りも色々でローレライもついつい目移りしてしまう。
「いろんな熊手があるわね。オイナスさんはどの熊手がいいと思う?」
「……うーん、悩んじゃうのです」
 折角なのだから満足のいく熊手と巡り合いたい、そう思案するレプリカントの青年。
 色とりどり、どれもにぎやかで幸福を願って作られた熊手の中から一つを選ぶのは実に悩ましい。
 可愛い招き猫、いやいや格好のいい風神雷神、方向性も少々悩むけれども千差万別、多種多様な熊手たち。このまま眺め悩んでいては日が暮れそうだ。
「ローはどんな熊手がいいと思うです?」
「私は……ああ、あのお店の鯛の顔がかわいい熊手ね」
 一点を見つめローレライが示した熊手の大きさは割と手頃なサイズ、『めでたい』に掛けた鯛の飾りも気に入ったローレライは。早速店主のおじさんに声をかけて交渉にかかる。
「おじさん、もう少し安くしてくれないかしら……!」
『難しいねえ。こちとら年越しがかかってるんだから!』
 けれど相手はなかなか慣れた様子の店主。そう簡単には値下げには応じてくれない。
 もう一声、と少しずつ店主と妥協点を探るローレライの交渉を、オイナスは横槍を挟まず静かに見守っていた。
 自分の選ぶ熊手も大切だけれども、今日のオイナスにとっては今まさに交渉に熱を入れているローレライを応援したい気分なのだから。
 ローレライとオイナス、そして店主の戦いは熱を帯びながらも中々長引いた。けれど最後は熊手を掲げて大きな手締めが一つ鳴り響き、三者共の笑顔で幕引きとなった。

 かったまけたは酉の市の華、その中でも一際盛り上がっていたのは清春。
 少々チャラい印象の彼、値切る様子は喧嘩寸前。けれども店主のおいちゃんも歴戦らしく、値切られつつ、それでいて致命を躱すような言葉の駆け引きは清春を以てしても中々に攻め辛い。
 いつの間にやら人だかりができている中、清春は強気に攻め立てる。
「笑う門には福来る、美人を泣かせちゃいけねぇなぁ。涙で海が荒れりゃ宝船だって帆をおろすぜ?」
『うーむ……三割! こちとら一番の大物、これ以上は負けられねえな!』
 店主の調子もやや苦し気になって指三本、けれどもう一声を狙い清春が畳みかける。
「おたくも江戸っ子。人情商売心意気! ここで魅せるが漢粋! ってもんだ」
 さぁさぁおやじ、ここでまけなきゃ男が廃るぜと清春が迫り、そして、
『……ええい負けた負けた! 大赤字だ大赤字!』
 とうとう店主が白旗を上げる。最終的に四割と頑張りに頑張り、掲げる熊手に一際大きな一本締めが響く。
 当然祝儀は忘れぬとして――それでもこの凄い熊手にはちょっとばかり足りないと清春は思い立ち。
「さあさ巡りくる新年前に、福を掻っ込む熊手はどうだい!」
 くるりと周囲の人だかりに向かい、呼びかける。
 纏う和服は店主にも店にも丁度いい具合に似合っている。そんな恰好で彼が持ち前の対人能力を活かして呼び込めば、元々集まっていた以上に人がぞろぞろと集まってきて、店の熊手が飛ぶように売れていく。
 ご祝儀どころかそれ以上、清春自身はゴキゲンな縁起熊手を満足いく値で入手出来て上機嫌、店主にとっては年越し前の思わぬ福、大物は赤字だけれどもそれ以外が売れに売れれば十分に元は取れる。
 そして客には素敵な熊手との縁に繋がって。清春の呼び込みもあり、店の人だかりはその店の熊手完売まで続いたという。

 その頃、ミリムも交渉にかかっていた。
 先程通過した和服の青年が威勢のいい声で呼び込みを行っていたお店は客足上々、そこに飛び込んで交渉するのは少し厳しそうで、切り替えて他を巡り彼女の希望にうってつけの熊手を探しにかかっていた。
 そして悩み悩んでミリムが見つけたのは少々小ぶり けれども米俵に小判、鯛に招き猫、優しい顔のおかめが飾られた『青』だ。
 まず彼女が低めの値段で買いと言えば、店主のお兄さんはそれより高い値で返す。
 だけれどそれはミリムの想定内、元々目標より安い額で提示していたのだ。
「間を取ってこの値で!」
 そう小気味よく返しミリムが提示した値は上乗せしてもまだ目標よりはやや低め。お兄さんはそれじゃ商売あがったりだと口にしつつ、まだ余裕はある様子。
「……ではそこに二割足し! ついでに『火の用心』も!」
 だから畳みかけるようにミリムがオプションを付けて上乗せすれば、それを付けるならもう少し上にと切り返し。
 そんなこんなで丁々発止の遣り取り続き、熱気あふれる応酬に興味を惹かれた人々が仮店の周りに集まり始めて、そして。
『あーまけたまけた! お嬢ちゃんの勝ちだ!』
 言葉は悔しげだけれども店主は笑顔、そしてミリムも目標よりちょっとばかり高くはなったけれども、火の用心に『上手くいく』よう馬までついたオリジナルな一品になり、お互い満足のいく交渉になった模様。
「せーのっ!」
 当然手締めは忘れずに。集まった人々も合わせてぱんっ、と大きないい音を鳴らして締め括り。
「ふふふ、良い買い物が出来ました!」
 ほくほく顔で熊手を抱え歩くミリムは、見慣れた白熊の熊耳を人ごみの中に見つけ、駆け寄る。
「おお、ミリム! その表情だといいのが見つかったんじゃないかい?」
 そう知香が問えば、元気にミリムが頷き返し黒耳が大きく揺れて。
「知香さん、ソニアさんはどんな熊手ですか?」
 そうミリムが尋ねれば、差し出された二人の熊手はどちらも比較的小振りなもの。知香は馬におかめを中心に、それなりに飾りの付いた落ち着いた雰囲気の熊手で、ソニアの方は神輿を中心に、縄やえびすのお面で飾られた賑やかなもの。
「来年もまた買い替えに来るからね。いい感じだろう?」
「賑やかでいいよね! いい事あるといいなー……」
 そう言う知香とソニアは満足げな様子。熊手を選んだなら後はお祭り気分、うろうろしている間に目を付けていた丁度いい黄金餅のお汁粉があるのだとミリムが言えば、
「お汁粉! こんなさむーい時にぴったりだね!」
「ああ、丁度体も冷えてきてたからね。案内してくれるかい?」
 目を輝かせ黄金色の竜の少女が言い、ミリムに朗らかに笑いながら白熊が尋ねる。
 そうと決まれば早速向かおうと、三人はよく晴れた熱気あふれる酉の市の街並みを歩いていった。

●しあわせ続く酉の市
 そして少し過ぎて。
 市を一通り巡り少々歩き疲れたバラフィールとカッツェは和風の休憩所で一休み。
 途中で見かけ購入した切山椒とあたたかなお茶を手に腰掛け、外の寒さに少し冷えてしまった手を温めつつ壁に掛けられた看板の文字を読んでいる。
 どこも捨てる事無く使える山椒の有益さと、昔は珍しい甘味だった事もあり縁起物とされた由来とのこと。
 風邪予防の効能もあるとか、そんな文を読みながら切山椒を頂けば、上品な甘みに混じるぴりりとした刺激、次いで喉を潤すお茶の温かさに柔らかく膨らんでいく。
 甘味と温かさに疲れを癒しつつ、食べ終えた彼女がふと顔を上げれば休憩所に入ってくるお汁粉を持った白熊たちの姿。
 丁度いい所に来た、とバラフィールは知香に声をかけ、そしてバッグから準備していた贈り物を差し出す。
「お誕生日、おめでとうございます」
 そしてバラフィールが知香に差し出したるは草木染の風呂敷。今日は彼女の誕生日、実用性も十分だけれども、包み結ぶ縁起物として二者を結ぶ良縁、幸福を包み送る意味もある。
「ああ、有難う! 風呂敷かー……いいもの包んでお祝い返さないとね」
 酉の市、思いがけない縁起のいい贈り物に知香の表情は綻んだ。

 そして陽が低くなり夕方も近づいて。
 オイナスとローレライも一休みしつつ、ゆっくり市を歩いていた。二人の手にはそれぞれの熊手――交渉も程々に、それでもきっちり値引きには成功したオイナスの手に持つのは風神雷神に招き猫を乗せた両取りな青もの。飾られた松の青さも色鮮やかで。
「知ってます? ここに飾られている松の色をとって『青』と言うんですって」
 自身の購入した熊手を示し、オイナスが言う。元々は紙に縁起物を描いた指物を取り付けた『平』という熊手が主流であったけれども、現代では立体的なものも増えている。
 丁度通りかかった店に飾られていた平の熊手を見れば、その違いは明らかだ。
「ふふ、オイナスさんたら物知りなのね!」
 悩む中でいい熊手を見つけた二人は、ふと空を見上げる。
 随分茜色に染まってきた空、本格的に寒くなり陽が落ちるのも随分と早くなっている。もう少しすれば市に灯りが点り始めるだろう。
「――来年もまたこうして新しい熊手を買えたらいいわね」
 酉の市の終わりを感じさせる空気に、ローレライが呟く。
 ――ずっとずっと、この時間が続けばいいのに。
 もうあと一月で今年は終わってしまう。幸福な時間が続く事、それ願う事はどうにも止められない。
「来年もいっぱい嬉しい事や楽しい事をかき集められたら良いですね」
 ローレライに返すオイナス、綻んだローレライの表情はすぐに当然とばかり自信にあふれるものへと変わっていて。
「……さあ、寒くなってきたからおでん食べにいきましょう!」
 手締めにも負けない大きな音を立て、ローレライが手を叩く。
 楽しい時間の終わりが近づいても今楽しめる事に変わりはない。ならば目一杯楽しんでしまおうじゃないか。
「じゃんじゃん食べまくるわよ!」
 意外と大食漢なローレライ、彼女のその言葉に少食なオイナスだけれども、とことん付き合う気で応ずる。
「いいですね。ところでローの好きな具は……」
「私は染み染み大根がだいすき!」
 本当に好物なのだろう、食い気味に答えた彼女にオイナスは微笑み、そして恋人たちは熊手を抱えておでん屋を探しに歩き始める。
 ここは下町、少し探せば丁度いい感じの屋台も見つかるだろう。この寒い冬の中で二人で味わうおでんは、きっとおでんだけの温かさではなく心から温まるような素敵なものとなるだろう。

 霜月も終わり近く、街並みは茜色に染まり早くなった夕闇が街を染め上げていく。そんな中でも丁々発止の遣り取りと手締めの音は高らかに空に響いていて。
 多くの福を掻っ込み掴み、離さないように願う戦利品。それを抱えて人々は市から帰り、次の年を迎える為の支度へと取り掛かる。
 幾度となく繰り返された酉の市は今年もまた無事に終わり、そして人々の福願う営みは次の年にも続いていくのであった。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月20日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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